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「欲深な者は欲のためによく働きはするが、しかし欲に気がとられて物事をありのままに見ることができなくなり、ついに身を滅ぼす」 (播磨灘物語、司馬遼太郎)「おごる心があれば、見えるべきものも見えなくなります」 (箱根の坂、司馬遼太郎)「私心があっては、それに囚われて物が見えぬ。物が見えなければ、武辺はできぬ」 (播磨灘物語、司馬遼太郎)「私情を殺せば、たいていの人の心や物事はよく見えてくるものだ」 (播磨灘物語、司馬遼太郎)以上をまとめると、「欲が過ぎると物事の本質がよく見えない、真実がよく分からない」ということですが、つまり、「公平無私になることが大切である」と言い換えてもよいかもしれません。自分の欲にだけに目がいき、他人やまわりの環境に目がいかなくなるため、全体像がつかめなくなって、真実や全体像が見えにくくなるのは容易に想像できます。以前にも述べたことがありますが、ものごとの本質に迫り、真実を知る方法として、次のような複眼の視点を持つことが重要であると思います。1.立場を替えた視点(相手の立場、第三者の視点等) 2.空間的視点(マクロ、ミクロ)3.時間的視点(長期、短期)この複眼の視点をよく機能させるためには、「公平無私」となることが必要であるといえそうです。
2009/08/29
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「大事は小事より破る」(歳月、司馬遼太郎)これと似たような中国の故事に「韓信の股潜り」というのがあります。この意味は、大志を抱く者は、小さな恥辱に耐えなければならないということです。漢の高祖を助けて天下統一の功績のあった名将の韓信は、青年時代に、町のやくざの若者から侮辱を受けたが、よく我慢してその股の下をくぐったという故事で、大望を抱く者は些細なことには腹を立てずによく忍耐するという意味です。やはり現代の我々も、特に若い人たちは、長期的には、何をしたいのか、何になりたいのかといったような将来のビジョンを強く持ちつづけ、途中の誘惑や小さなことで足をすくわれないように注意することが大切だと思います。人間はどうしても安きにつきやすく、自分に甘い面がありますので、夢を現実のものにしていくには、ある程度欲を抑えて、自分に厳しく、ストイックに生きていかなければなりません。夢は思っただけではなかなか実現しません。それを実現するために、強く思いを持ちつづけ、途中小さなことや誘惑に負けることなく、それなりの創意工夫や努力が必要だと思います。もし人に頼りやすい性格であれば、これも直さなければなりません。夢は自分でかなえるものです。人がかなえてくれることはあまりないでしょう。「棚からぼた餅」式のように、たとえあったとしても、それは自分で努力していない分、本物ではありません。簡単に崩れ去ってしまうでしょう。夢の実現にはやはりそれなりの努力が必要だと思います。
2009/08/12
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「ある人物をひとに観察させるとき、よほどの器量の者に見せなければ印象を誤る」 (夏草の賦、司馬遼太朗)これはどういうことかというと、蟻が像の全体を見ることができないように、普通の人では、大人物は大きすぎて見えないというようなことでしょう。つまり、心の内面で考えていることとか志などが高尚すぎて、凡人では慮ることができないというようなことです。凡人はその大人物を自分のレベルで浅くしか見ることができず、本当の姿というものを知ることができないから、その大人物の人物評を誤りやすいということです。同じ行為をしていても、たとえば寄付をしているときに、行為は同じでも、その動機のところが問われます。寄付を売名行為の手段にしている場合と、純粋に本当に役立てて欲しいという気持ちで寄付をする場合とでは、大きな違いがあります。一般に、寄付をする人の動機まで見抜くのには難しい面もあります。ただ、大人物の場合は、認識力が高く、物事や人物がよく見えるので、寄付をする人とちょっと話しただけで、その人の動機まで見抜くことはたやすいかもしれません。会社の入社面接試験でも、人事部の採用担当者が不採用にした受験者が他の会社で採用され、将来その会社の社長になったという例を聞いたことがあります。一般に人事部の人は自分の部下にしたいぐらいの人を採用する傾向にあるらしいです。その人事部の採用担当者は将来大成するような人を見抜くだけの力がなかったといえます。本の偉人伝なども同じようなことがいえます。偉人伝の中の偉人とその作者とでは、通常偉人の方が、大人物であり、認識力が高く、物事がよく見えます。したがって、作者はその偉人の全体像を捉まえきらずに正確には表現できないでしょう。誤解する場合もあるかもしれません。目に見える行為については書くことができても、どういう思いでその行為をしたかまでは理解できないということが考えられます。私たちは、大人物や偉人にはなかなかなれないでしょうが、近づくことはできます。そのためによこしまな考えや、自己中心的な考えを捨て、認識力を高めていく努力をしていきたいものです。
2009/08/05
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