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給与体系の雛型が出来たには出来たのですが、他の日系企業はどうなっているんだろう?と気になった私はK統括経理に相談してみることにしました。以前述べたとは思いますが、給与が他社と開きがあるとストライキの原因になったりするからです。当時の私は中国のそのようなところがとても怖かったので、同業他社はどうなっているのか非常に気になっていました。そのようなこともあってかK統括経理のところに行ってその話を持ち出しました。私「あのう。」K氏「何?どうしたの?」私「作成した給与の雛型なんですが・・・。」K氏「雛型がどうしたの?」私「いえ、他の日系企業はどうなっているのかと思いまして・・・。」K氏「ウチはあれでいいよ。」私「他の会社と比較できないかと・・・。しかし、私は他社とはお付き合いがありませんので・・・。どうしようかと・・・。」K氏「なるほどね。しかしどうかなあ。給与体系はある意味では企業秘密だからね。」私「ええ、確かに。私としてはもう少し細分化して運用に弾力性を持たせたがいいのではないかと。先日のはあくまで雛型ですから・・・。どこか会社をご存知ないですか。すいません。」K氏「そうだね。じゃあ、私が以前いた会社に聞いて見よう。」私「すいません。お願いいたします。」と私はK統括経理にペコリと頭を下げました。3日後、私はK統括経理に呼ばれました。行って見ると、「忠君。はい、これ。」と言ってA4版程の紙を2枚私にくれました。紙にはK統括経理が以前いた会社の給与体系の仕組みが書かれていました。よく見て見ると非常に細分化された仕組みで私1人ではとても考えられないほどキチンとしていました。K統括経理は渡し際にこう言いました。「これ、あまり人に見せないでね。最新の物ではないけど、仕組みはそのままだから。」私は礼を言って自分の席に戻り、自分が作った雛型と見比べました。やはり自分が作った雛型は穴がかなりありました。そしてそれを参考に再度修正し直しました。特に役職別の基本給差が私が作った仕組みは大雑把だったので少し、細分化してみました。おかげでずいぶんマシになりました。今度は導入時期が決まったら、その前に再度、各部門の責任者も交えて検討すればよいと思いました。取り敢えず、私の初仕事は不完全ながらも何とか終わることができました。 つづく
2005年08月22日
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給与がみんなバラバラなのでまずは階層別に統一しなければいけません。それでまず工員を5段階・組長を3段階・班長を3段階・主任を3段階にしました。組長以上は上から1級・2級・3級とし、班長、主任も同様にしました。まず、皆勤手当・医療補助・食事補助はどの階層でも同じ金額で固定なのでいじれません。そこで基本給を決めていきました。工員は5級から始まるので、前に算出した工員の基本給の最低金額を置きました。そして工員の5段階には基本給に15~35元の幅を持たせました。組長の3段階には20元~30元、班長は25元~35元、主任は45~65元というように基本給の差をつけて行きました。そして組長以上はそれにプラス役職手当、それとこのシステムが運用された場合、今までの給与から減少してしまう人も出てくるので、運用後1年間の間は特別補助という名目での調整手当を追加し、極端な減少することを避けました。また、運転手や専門職(技術者)などもいましたので、資格手当という項目も追加しました。大体、100元~200元の間で決めました。このようにして新しい給与の仕組みを決めて行きました。本来は上述のように大雑把なものではなく、もっと複雑なものなのですが具体的に書いてしまうといろいろ問題があるので、このくらいにして置きます。何とか仕組みを作り、何度も修正した挙句、それなりのものが出来ました。当時はEXCELなどもなかったので、「マルチプラン」というグラフ計算みたいなもので表を作りました。恥ずかしい話この頃初めてパソコンという物に触れました。私は中国でパソコンを覚えました。最初は大変でしたが、何とか慣れました。仕組みの作成はK統括経理から言われて約2日間掛かりました。総務や人事の知識があればよかったのですが、なんの予備知識もなかったのでなかなか骨が折れました。後は、統括経理に見せるだけです。出来て翌日、確認してもらう為にK統括経理のところへその資料を持って行きました。そして、解らないながらも統括経理に説明をして何とか理解して頂き、OKを頂きました。ただその仕組みの導入は暫らく待って欲しいとのことでした。確かに早く導入した方がよいのだけど、導入のタイミングを誤ると面倒なことになります。私はもう一度他の日系企業の給与などを参考にして金額を修正するべきか考えました。しかし給与は会社にとってはおいそれと漏らせる情報ではありません。私はどうやって調べたらよいかまた悩んでしまいました。K統括経理に後日、相談してみることにしました。 つづく
2005年08月12日
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会社で働く人達にとって敏感な問題の一つは「お金」でしょう。所謂「給与」なんですが、それがはっきりしないとやはり働く人達にとっては不安なものだと思います。私もそうです。多い時はいいのですが、少ないと1円でも腹が立つと思います。その仕組みを作れと言われたのですから、その当時の私はとても不安になりました。まず、私は給与システムの仕組みを作る前に1つの決め事を自分の中で決めました。それは「誰でも解る様な仕組み」です。誰でも解る仕組みをまず作ってしまえば、問題があった場合でも説明できるからです。その前にまず現状確認です。そこで去年1年の会社の給与明細を出してもらい、小会議室を借りてそこで1人で1人1人の役職・勤続年数・基本給・手当などを確認して行きました。当時従業員は日本人を除くと1,200人ほどいましたので、なかなか大変な作業でした。人数が居ればいいのですが、おいそれと他の人には任せられません。話が漏れたら大変です。そのようなこともあり、1人でやることになったのです。このようなことは初めてだし、やり方も解らないので取り敢えず全従業員の給与明細を確認した後、一般工員・管理職の2つに分類し、一般工員の最高金額と最低金額、そして管理職では当時は上から主任・班長・組長とありました。そこでその階層ごとに最高金額と最低金額を分けていきました。そしてそれぞれの階層の平均基本給を出しました。解ったことは、基本給や手当ともに統一されてなくバラバラだったことです。特に最初からのメンバーはその時の日本人駐在者が、適当に決めていたようで、それが、まだ続いているということです。勤続年数は同じで、給与も同じなのに給与の内容を見てみると、基本給が100元も違っており、その基本給の差額を訳の解らない名目の手当で補っているのです。結果的には金額が同じでいいじゃないかとは思うのですが、人は次から次に入ってくるのです。今のままのやり方を続けていれば、会社の収益が落ちた場合に大幅減給などで混乱に陥る可能性があります。ですから、仕組みの整理は急務のことだということがこの時解りました。工員がそうですから、管理職はもっと複雑でした。中には主任より、基本給が高い組長もいました。実力主義ならそれでもいいのですが、当時のウチはそういうことはやっておりませんでした。私は書き出したメモを見ながら、どうしようかなあ・・・。と考え込んでしまいました。 つづく
2005年08月05日
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7月25日に日本に帰国致しました。その前に約10日以上、日記の舞台である珠海市に滞在しておりました。今回は上海留学時の同学2名と一緒です。その時のことはいろいろ面白いことも聞いておりましたので、後日披露するとして、上海に来て1年の間、都合3回行きましたが、行く度に変わっています。まあ、物事は日々変わり行くもの当たり前と言えば当たり前なんですが、やはりここに住んでいた者としては自分が居た頃の景色が変わって行くのは少し寂しい感じがします。このように感傷的になるのも年のせいでしょうかね。しかし、古い友人にも会えたし、新しい友人も出来たことですし、良しと致しましょう。次に来るのは何時になるか分かりませんが、また来たいと思います。そしてまたここで仕事をやってみたいです。ここは大げさに言えば、第二の故郷のようなものです。当面は日本で地味に仕事をやって行くつもりです。次は約1ヶ月近く中断していた珠海奮戦記を書いて行く予定です。ああ、疲れるなあ。仕事。
2005年08月04日
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