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今日は、パチンコで8万円負けました。8万突っ込んだのに単発1回だけ・・。隣のおっさんも10万突っ込んだと怒っていました。おっさんは去り際に台をブッ叩いて帰っていました。私は紳士的なんでそのまま帰りました。5万円オーバーは久々です。でも、まだまだ序の口です。最高に負けたのは1日で35万円でした。5軒行って5軒とも負けた記憶があります。でも、大体、5日もあれば取り返せます。でも悔しいです。
2005年11月22日
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「キミ、どこの出身?」 「湖南から来たよ。」「何時、来たの?」「1週間前、ここには大体1ヶ月くらい居るつもりだよ。」「1人でいるの?」「違うよ。友達と一緒だよ。」「友達も同じところから来たの?」「彼女は四川だよ。」「ここで暮らしているの?」「もちろん、部屋代は老板が半分出してくれて、残りの半分は私達で折半しているよ。」「へえー、仕事大変だろう?」「結構大変、朝11時から翌朝3時くらいまでだもん。」「休みとかないの?」「特別な事情が無い限り休まないよ。」「大変だなあ・・・。お金とかどうするの?」「殆ど故郷の家族に仕送りしているよ。稼ぎは6割は老板に払うから、取り分は4割、でもチップは関係ないけどね。」「それチップ多くしてくれってこと?」「解る?ウフフ。」「しかし、風呂場凄いなあ?下着ばかりじゃん。旗みたいだ。」「そこしか干す場所ないもん。」「このぬいぐるみは。」「かわいいから買ったんだ。抱いて寝ているよ。」「やっぱり女の子なんだ。へえー。」「今日、どうするの?やるの?」「今日は頭痛いから、あんましてよ。」「服、脱がないで?」「もちろん、でもお金は払うよ。」「プライド傷つくなあ・・・?」「仕方ないよ。頭痛いときは、何もしたくないから。」「仕様が無いわね。」「よろしく。」マカオのホテルの部屋での会話の1つです。 つづく
2005年11月21日
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今日は当りが中々来ませんでした。検討の余地ありです。デーロボをもっと活用しなければいけませんでした。
2005年11月14日
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道1つ隔てただけなのにどうしてこうも世界が違うのだろう?私が最初に感じたマカオの印象です。歩いて20分足らずなのに見る物、聞く物そして言葉までも全然違うし、まるで白黒世界からカラー世界にきてしまったようでした。バスもタクシーも珠海に比べるととても奇麗で、まるで日本のようでした。当時は言葉や習慣にうまく順応できないこともあり、珠海にいるのが嫌で嫌でたまりませんでした。だから息抜きの為によくマカオに行っておりました。と言ってもこの頃、会社が設立間もないせいもあり、休みは月に2回の日曜日だけでした。だからいつもという訳にはいきませんでした。香港も近かったのですが、マカオに比べると船で約1時間余りで交通費だけでも360香港ドル掛かりました。おまけに1日掛かりなので、たった1日の休みではとても遊びきれません。その点マカオは歩いていけるし、こじんまりとしており、地理も把握し易かったので何かと便利でした。マカオに来ると先ず行くのが、ヤオハンでした。そこには少し割高ながら、日本食もあり、私はよくカップラーメンやフリカケを買っていました。前述したと思いますが、この頃の珠海には日本料理屋などなく、毎日中華料理ばかりでしたので辟易していました。だから、マカオからフリカケを買ってきては臭いご飯にそれをかけて味をごまかしながら食べていました。あまり食欲がないときは、1日の食事はご飯にフリカケだけで過ごしていたこともありました。食料品以外に買っていたのは日本の新聞でした。1部50香港ドルと日本の3倍以上の値段でしたが、日本の情報を知るために時々買っておりました。インターネットもありませんでしたので、日本の情報を知るのは当時住んでいたホテルのNHKの衛星放送と新聞くらいでした。しかも天候が悪くなると衛星放送が見れなくなるので、雨や曇りの時は困りました。その他には毎週日曜日に香港系のテレビで日本テレビのニュース録画放送を1時間ほど放送していたのでそれを楽しみにしていたくらいでした。来て1年程の珠海の生活は毎日、憂鬱な日々でした。だから、中国以外の場所(当時の香港・マカオはそうでした。)に行くことは私にとっては唯一の楽しみでした。マカオに行って買い物をして総督広場でボーっと座って街並を眺めているとなんだか気分が落ち着きました。
2005年11月12日
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初めてマカオに行ったのは、珠海に来て一週間目の日曜日でした。一人では行けなかったので、当時、会社に居た人と行きました。3人で行ったのですが、私を除く2人は金などの貴金属が好きでマカオはそのような店も多く、安いとのことでした。私を含む3人で国境を越え、といっても歩いて10分くらいですが、マカオに行きました。マカオ側のイミグレーションの前にバス停があったのでそれに乗り、マカオ中心部の「centro」と言われる地区に行きました。マカオは一部を除けばバスはすべて2.5香港ドルでした。マカオ通貨の「ペセタ」というのもありますが、一般的には香港ドルです。当時は返還前でしたので人民元は通用しませんでした。通用するようになったのは、1999年からでした。「centro」でバスを降りると金や時計の店がズラリと並んでおり、そこがマカオのメイン・ストリートのようでした。我々はそのうちの一軒に入ると私を除く2人は金のネックレスを物色し始めました。店の店員さんも2人と顔見知りらしく、いろいろな種類のネックレスを出してきました。2人はネックレスを手に取りながら値切りをし始めました。(そのことは後ほど述べます)値段が折り合わないと見るや2人は「いらない」と言って店を出ようとします。しかし、店員さんは2人を引き止め、2人の言い値に近い値段で折り合いをつけました。これで商談成立です。2人は勝ち誇ったように喜んでいます。しかし、私から見ると妥当な値段かなと思いました。最初にフッかけて、結局は少し高い値段で売りつける。さすがだなあ、と感じました。そのようにしてだまされる日本人の多いこと、しかし私もその中の1人になってしまうのにはそう時間は掛かりませんでした。
2005年11月06日
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昨日で仕事も一段落し、やっと一息ついたところです。ところで去年の今頃は上海で留学生活していたんですな。年のせいでしょうかなんか遥か昔のことのように思えます。なんか日本にいると色々気遣いが多くて疲れてしまいます。
2005年11月02日
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