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自分がいることが、そしてこの世界が存在していることが当たり前の様に思えていませんか。一度頭の中をリセットして、自分がたまたま偶然に生まれたんだと考えてみましょう。そうすると今ここに存在していることがとてもラッキーなものにとして、そして出会うもののという縁もとても不思議でありがたいものに思えてくるでしょう。
2003.09.30
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たまたま今の時代に生まれた。たまたま日本で暮らしている。たまたま同じ職場で働いている・・・このたまたまを純粋に確率論で考えてみましょう。今自分にとって大事な人が50人いたとすると、世界の人口を約50億人として1億分の1の確率で出会っている訳です。これってやっぱり偶然じゃない。どんな人とのどんな出会いでも縁は貴重なもの。
2003.09.29
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ありのままでいられなくなったのは、いつのことでしょうか。記憶を頼りに思い出してみましょう。
2003.09.27
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どんな人間でも、絶対的に善とか絶対的に悪ということはない。「あの人はいい人だ」とか「あの人は悪い人だ」という言い方はよくされるが、これは人間の一面を取り出してその価値観に合致しているかどうかだけで見ている、短絡的な見方なのである。本当は「あの人はこういう人だ」だけしかないはずなのだ。善悪というのは、あくまで一つの価値観、ものの見方のひとつである。さて、人間が天使でも悪魔でもないということ、絶対的な善人も悪人も存在し得ないということ、ここに一つの希望があるだろう。また、ここに他人を理解するための大切なキーがあるはずだ。極端な例を考えると分かりやすい。「自分は絶対的に善であいつは絶対的な悪だ」というところから、戦争がはじまる。というか、そう思い込みでもしなければ、とても戦争などできるものではないのだろう。
2003.09.25
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「もうこれでいいや」と思える様なものは本物ではない。どこまでも無限に先がある様に見えるもの、そして「何としてもそこまで行ってやろう」と情熱をかき立てられるものこそ、本物と呼ばれるに値するものだ。
2003.09.24
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私の人生によって、人類はどうなっただろう。少しでも前に進んだだろうか。
2003.09.23
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こんな思いはしばらく味わったことなかったな、ということは最近なかったですか?
2003.09.22
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人間がこの世に生まれたのはどうしてなのか。こんな究極の問いに今すぐ答えなど出せるはずもない。よく言われる仮説に「神が、それだけでは自分というものが分からないから、自分自身というものを知るために人間を創った」というものがある。これもどういうことなのか、なんだかよく分からない。例えばこう考えてみる。おそらく神様は人間が演じているドラマを観るのが大好きなのだろう。ドラマを通して自分自身のことを知るということは誰にでもあることだ。僕たちの住んでいる世界がそのままテレビのブラウン管に映っている映像の様なものなのかもしれない。
2003.09.20
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というのが大原則だろう。もし、人にやってもらおうとするなら、本当にその人のことを理解しないと駄目だ。特に親が子供に対して、無理な要求をしやすい。子供が親に甘えるだけでなく、親も子供に甘えているのである。上司が部下に甘えるという図式もあるだろう。権威の濫用は慎みたいものだ。そして、権威がどのように使われているのか鋭く見抜く目をもとう。
2003.09.18
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って、確かにあまり気分のいいものではない。でも実は「人がそう言った」というだけのことであって、それによって傷付くかどうかというのは実は自分自身が決めていることなのだ。もう一度良く考えてみよう。
2003.09.16
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どんな時でもにっこり微笑む余裕を持てるのが人間の強さというものだろう。いろんな苦渋を舐めた人間の微笑み。そのいろんなものが刻み込まれたシワこそ最高に美しい。
2003.09.15
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どんなものでも対象を問わず楽しむことができる心。それが、最も強い心のありかただろう。
2003.09.14
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いつからなのだろう。自分の持ち物、親、周囲の環境、身体、人生・・・不平を言っていては切りがない。逆に周りからみたらどんなにちっぽけなつまらないものでも、自分のものになったことによってとても満足したものはなんだっただろう。
2003.09.13
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人類全体の問題に落とし込んでみる。私だけの問題というものは実は存在しないのだろう。みんな多かれ少なかれ同じ問題を抱えている。そのことに気が付けばきっと何かの解決策が見えてくることだろう。
2003.09.12
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「絶対に~しなければならない」という考えが執着につながり、自分を縛り付けてしまうことがある。それは、本当にしなければならないことなのか。もう一度自分に問うてみよう。
2003.09.11
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人との時間をどう楽しむか、相手をどう喜ばせるか、そうしたことにエネルギーを使いたいものだ。マイナスのエネルギーの虜になると結局自分は前に進めないからである。
2003.09.09
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自分が絶対に正しいと思っていると、ついつい自分を変えずに他人を変えようとしがちになる。自分を変えることの方が実はずっと簡単なことなのだ。
2003.09.07
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アントニオ猪木が本の中で、「ボランティアを一度やるとなったらやる方も命を懸けてやらないと駄目だ。パフォーマンスや売名目的という軽い気持ちでボランティアをやる人というのは後で自動車事故に遭ったり、必ず何かのしっぺ返しを食らう」という様なことを言っていた。結局人をナメたり、軽く見ていたりしてはいけないのだ。同じ人間という土俵にしっかりと立たなければ。結局人が人に向きあうということである。
2003.09.06
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ゆっくりとしかし、確実に進んでいくこと。一気に飛ぼうとするよりも、自分で自分のやっていることをきちんと自覚できていること。その方が結果として速い。
2003.09.05
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「もう希望などどこにも無くなってしまった」とか「全てははかない夢の様なものだった」とか、確かにそう思うときもあるだろうが、でも、そう思うときでも死なずに生きている。これこそが最大の希望だろう。一体何が自分を生かしている?
2003.09.01
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