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今、家のラップトップが壊れていて明日22日から始まる4連休の間はネットにアクセスできません。 だから・・・ ☆ ★ ☆ メリー・クリスマス! ☆ ★ ☆素敵なクリスマスをお過ごし下さい。
Dec 21, 2006
先週誘いを断ったから、今度は気分新たに誘われたデートに出かけた。久しぶりだったので、この前のイベントのことなどいろいろ聞かれた。不平・不満たらたらになりそうなところをやっぱり彼のスーパーポジティブエネルギーが負のエネルギーを消してくれた。こんな人いないよ、、、とタメイキが出るぐらい前向きな人。ディナーの時は言葉の話題になって、江本勝先生の『水は知っている』のことを話した。良い波動は水の結晶も綺麗なものにする。それは発する言葉も同じだ、って。 彼は沢山いる兄弟の末っ子に生まれ、いつも一番上のお姉さんから英語をきちんとした文法で話すように直されていたらしい。だから友達には「変な喋り方」とからかわれたらしいけれど、それで良かったといつも私に言ってる。カースワードというFから始まる言葉や同様の言葉は使わない。だからなのか、水の結晶の話に興味を持ったらしく、とても熱心に耳を傾けてくれた。 そしてもう1つ、生まれた姪が命名されたのでその話になった。弟が私の名前の一字を取って命名してくれた。そして私と同じく2文字の名前になるように名づけたのだと聞いた時、私は本当に嬉しかった。アメリカでは父親の名前を付けて、子供はJr(ジュニア)となったり、祖父母の名前を付けたりする人が多い。もちろん、有名セレブの名前を付けるのは日本も同じ。そんな話しを彼にすると日本の文化・習慣に興味を示していた。こういうことがあると、なんとなく文化交流の大使にでもなったようでくすぐったい気分になるけど、やっぱり嬉しい。 9時近くになって混み出したレストランを後にウェスト・ビレッジにあるとあるバーに足を運んだ。月曜日の夜だけれども程々にお客がディキシーランド、ニューオリーンズ風ジャズを楽しんでいた。演奏するのは老人ホームかと思ってしまうほどのおじいちゃんたちばかり。ひとり、ふたりと若い人が混じっているものの、44年間演奏を続けていると語っていた。途中から彼らと同年代の女性シンガーがステージにあがり、その貫禄のある渋い歌声を披露してくれた。「彼女20年前はすっごい美人だったと思うよ。」赤い服を着て、歳を取ってもまだ可愛さを残すシンガーを見ながら彼が呟いた。「そうね。」老紳士からまるで少女というか、プリマドンナのように扱われる彼女を見てそう思った。 彼女の歌うメロディー、そしてその歌詞に何十年という長い間、そのバーを訪れる人たちは酔いしれたに違いない。そこに篭るのも音と言葉。愛を囁く言葉。別れを告げる言葉。希望を与える言葉。呪いの言葉。祝福の言葉。賛辞の言葉。お礼の言葉。そして言葉に命を吹き込む私たち。 壁に掛かった額に埃が溜まっているようなそんなバーで、年配女性のシンガーの歌に合わせる様に言葉が、出来事が、とりまく人たちが、笑い声が、バーテンの若々しさが、彼の優しさが、私の周りでぐるぐる渦を巻いていた。
Dec 19, 2006
家のラップトップの調子がおかしい。もしかしたらウィルス、そうでなくても何かがネットを通じて侵入してきてのだと思うのだけれども、なぜかこの出来事は私の内なる世界を映し出しているように思えてならない。 くすぶってスッキリしない気分が続いていた。気分が落ち込んでいる時だったからデートの誘いも断った。会えばきっと愚痴、不平を言ってしまうかもしれないと思ったから。楽しいために会うデートで気分を壊すのは嫌だった。そしてたまたまその日に借りた友近さんがゲストの『オーラの泉』を見ていて、そこに答えがあった。私は彼女のことは殆ど知らないので、この番組でお笑い芸人、女優だと知ったのだけれど、彼女が江原さんと美輪様にアドバイスを受けたことはまさに私へのメッセージでもあった。彼女は人と波長が合うのは人の悪口や陰口の時だと言うと、江原さんが『ごめんなさい、気持ち悪いエネルギーが体から出ている。』と告げ、【類は友を呼ぶ】と釘を刺し、同調の悪い滞った氣がガラスの中にある人形のようにその人を取り巻くのだと伝えた。 デートに行かなくて良かった!デート相手と一緒の時、彼は一言も悪口や不平、愚痴を言ったことが無い。そして誰のことも差別しない。私が時たまクレージーなことを言っても、ジョークで笑い飛ばしてくれる。そんなデート相手は初めてと言っていいぐらい、とにかくすごい良い人。だからそれを壊してしまいたくなかった。自分のことは自分で解決したかった。けれど自分で解決したいという反面、母や親しい友に告げたことはあっても、やはり私自身が良い気持ちでなくて、聞いてくれている相手に申し訳ないという気持ちで一杯だった。 外界には自分の内なる世界が映し出されるとネット仲間が提唱しているけれど、私もそうだと思っていた。普段はストレスも溜めないようにしているし、小さなことで引きずらないようにはしていたけれど、あまりにもネガティブなエネルギーであった為にそれが現実に引き起こされてしまったのだと私は思っている。つまり私という名のラップトップがネットという外界との繋がりを持ち、そこから侵入してきたもの、出来事や感情よってシステムが壊されたのだと。 今、世の中はポジティブ志向、「ついてる、ついてる」と言って成功しよう、、、とにかくそんなことが氾濫しているように思う。もちろん良いことではあるのだけれど、それが陽であるならば陰の部分もある。陽だけでなく陰を知ること、受け入れることがあってこそ陽が陽として活動するのではないかと私は思う。だから陰の部分を知ること、受け入れることはとても大事なことなのだと。幸いと思えるのは、くすぶっていた気持ちが全部ラップトップに吸収され、私は気分が本当にスッキリしてしまったということ。後は無事に修理が出来ることを祈るだけ。 そして最後にひとつ書き残しておきたいことがある。私は昔から占いが大好きだった。この10年近く、タロット、チャネリング、霊視などいわゆるサイキックと呼ばれる人たちに定期的にみてもらっていた。けれど最近はそれを控えている。それはその人たちの言葉で呪縛されないようにするため。過去のことは良いけれど、将来のことは知りたくないと思うようになった。答えは内なる自分が知っている、ということを知ったから。番組ゲストの友近さんも霊能者といわれる人たちを沢山訪ねているらしい。けれどその多くが言うのは現世利益。「こうすれば得する」「こうすれば良くなる」「こうすれば出世する」「こうするとお金がはいってくる」という努力しないで棚ボタ式に落ちてくる祈願、祈祷。それは「心のご利益ではない」と美輪様が一言。考えると、ひとり悩み、くすぶり悶々としていた数日間。けれどそれは私にとっての悟りとなり気づきとなった。内なる世界が外界に映し出され、その世界に私は住む。 太陽があり、月があり、嵐が来ても雨が降って浄化される。そうやって同じ様に自然も私たちが作り出す世界を映し出している。 心地よい環境に住み続けたい。
Dec 15, 2006
初めて敷居を跨いだ寿司屋のカウンターにいたのは2年程前に出会った若者だった。 「あれ?どうしたの??」 マイナーリーグのバスケットボールチームで働く彼に会ったのは、私自身も昼間の仕事の傍らフリーライターとして取材に出向いた時だった。ニューヨークでも日本人選手がマイナーではあるけれど、NBAが手に届くかもしれないという場所でプレーするということで話題になっていた。 これは応援しなくては! そう思った私は編集長に取材許可を貰い、トライアウトと呼ばれるテストの取材に出かけた。その年、全米の各地でマイナーリーグのバスケチームの誕生が相次ぎ、選手たちは夢に胸を膨らませていた。それを私は目の当たりに見た。首が痛くなるぐらい見上げないと取材の出来ない背の高い選手たち。その多くはストリートバスケで名を知られる選手だとも聞いた。その中に混じって汗をかいていたのが数人の海を越えて挑戦しにきた日本人選手だった。そしてその選手たちのお世話係をアメリカの大学でスポーツ学を学び卒業ホヤホヤの日本人が受け持っていた。カウンターでスシを握っていた彼もそんな1人だった。スポーツライターになりたいという彼は実践を学びながら書くことへのアプローチをしたいと思っていたようで、まだその頃は黒ぶち眼鏡を書けて学生臭さが残っていた。 そしてその彼が今年3月に出かけた飲み会に、当時付き人というよりマネジャーのように世話をしていた選手と共に現れたのだ。ストリートファッションに身をつつみ、陽気にはしゃいでいる彼には私が初めて会った頃の面影など全くなくなっていた。だから私は「ニューヨークにもなかなかカッコいい若い子たちがいるんだなぁ」とはしゃいでいる2人をバーカウンターから眺めていた。「あっ!!おひさしぶりっす!!」マネジャーらしき彼がニコニコしながら私に挨拶をしに歩いてきた。不思議そうな顔をしていると、「Mです!前に取材に来てくださった時にお会いしました!」「え?えええええ???? Mくん?! きゃー、カッコよくなっちゃってー!わからなかったよ!」思わず私までテンションがあがっていた。少し話しをして、彼はまた大盛況のカラオケフロアーに戻って行った。寿司屋のカウンター越しで聞いた話では、当時の彼は選手の洗濯はもちろんのこと、身の回りのお世話を本当に献身的にやっていたのだという。一緒にいた選手はその飲み会の一ヶ月後、新たな新天地であるフロリダへ旅立っていた。「N選手はフロリダに行っちゃったんだよね。」「そうです、でもダメで日本に帰っちゃいました。チームも解散しちゃいましたし。」「へぇー、そうなんだ。あと1人、日本人選手いたよね?名前何だっけ、忘れちゃったけど。」「あぁ、彼、アキレス腱を切ってバスケを諦めて日本に帰っちゃいました。」「ふうん、そうなんだぁ。。。」 脳裏にはもうひとりの顔が浮かんだ。M君と同じく働いていたY君という若者も随分前に帰国したと聞いていたからだ。そうか、皆、夢が砕けて日本に帰っちゃったのか。若いからひとつの夢が破れてもまた次がある。でも挑戦したということがきっと彼らの将来に自信と誇りをもたらすに違いないと私は思う。そう、願いたい。「こいつはね、昼間はライターやってるらしいです。良いヤツですよ、真面目で。」私たちの会話を聞いていたオーナーシェフの板前さんがそう言った。 ニューヨークは夢を求めてくる人たちが世界中から集まってくるところ。夢を叶える人もいれば、最初描いていたものと違ったことで成功した人、何度か挫けてそれでもチャレンジして成功する人、諦めてしまう人、そして今も夢に向かって頑張っている人たちがいる。下を向いて包丁を握りながら、まだこのニューヨークで生き残り、夢に向かってチャレンジしている彼。 彼の夢が成就することを祈りたい。
Dec 7, 2006
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