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この手の話は好きなので、と図書館で借りてきたのだが。 読み始めて数ページ。 なんか知っているような気がする。 重要アイテムの時計の話も知っている。 魔法に目覚め始める子ども と その魔法力を「漉して」奪おうとする一味の話も確かに読んだような。 最後まで読まなかったのか? それとも読み飛ばして忘れ去ったのか? 最後の印象が薄いと言えば薄いような‥‥‥ とりあえず、昨年ブログを始める前に読んだモノのようだけれど、 やっぱりぼけ始めているのか???? それとも 雑な読み方をしているのか考えてしまった。 というか、微妙にショックだった。 ‥‥‥読んだことを絶対忘れそうもない本もあるのだから 印象がイマイチ薄い本だったのだ とも言えるけれど‥‥
2006年08月31日
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戦争物などはほとんど見ない私は、 ヴィン・ディーゼルのことは 実は「リディック」を見るまで知らなかった。 でも 無表情の中の微妙な揺らぎがちょっと好きだなあ と思い。 赤ん坊を前に固まっている彼は なんとも言えず愛らしかった。 子どもというのはちゃんと関わればちゃんと変化してくる。 相手を少しずつ理解していく部分も だからこそ「良いキャプテン」なのだ という感じがした。 親に適切な愛情をかけられていないような過去を持っていても、 集団生活の中でリーダーとしての技量を磨いていきながら 人として成長することもできるのかな‥‥ なんてことも考えてしまった。 きっちりたたまれた同じ白いティーシャツとか、 番犬のつもりでいる鴨(アヒル?)とか ディテールもけっこう笑えた。
2006年08月30日
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映画評で読んだのか どなたかのブログに書いてあったのか、 タイムマシンを こんなに無駄なばかげた使い方をするとは というのがひしひしと‥‥ 深刻なところはまったくなく、 大学生の無駄な悪ふざけには ちょっとついていけなかった。 あんな感じで日々が流れていくのは、ちょっと嘆かわしいというか。 仲間の言うことをまともに聞こうとする人がいない‥‥ まあ 結局はなんとか通じるのだけれど‥‥ 内容が深刻なモノでないので 仕方がないのかな‥‥
2006年08月29日
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原作は読んだことはなかったが、 原作者が諸星大二郎だというので、興味を惹かれ見てみた。 七歳の子の神隠し というのと、隠れキリシタンの里 というのがキーワードで話が進む。 古びた里の風景が、美しかった。 芸達者な役者たちが、リアリティを与えていなくもない。 知恵の木 と 命の木 というのがあって、 命の木の実を食べると不老不死になる というような話が 途中に入っていて、そこは知りたくなった。 終わり方は微妙だったけれど。。 ホラーでもなく、特に殺人もないので 物足りないと思う人も多いかもしれない。 静かな映画だった。 眠いときに見たら、寝てしまうかも。 実は私も、二日前に見たときには寝てしまったのだった。
2006年08月28日
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なんだか変なお父さんだなあ と思っていたら けっこう とんでもないものを秘めた映画だった。 CMでは、兄だけに注目していた父の注目が妹に‥‥ みたいな感じだったけれど、 そこそこそつなくやっているように‥‥当初は見えるのだ。 夕食の支度をしたり、子どもの勉強をみたり。 ただ なんとなく違和感がある。 徐々に、妹の「綴り字コンクール」にはまるようになる父親は 多分 毎晩やっていた兄との音楽のレッスンを 「妹の邪魔だ」 とやらせなくなる、とか‥‥ 特に違和感を感じるのは母親だ。 母親が、言いたいことを言わなすぎる。 繰り返し浮かぶ、事故の映像。 そして、兄が宗教を変えようとする。 ふと、オームなどの新興宗教に 子どもが入信するメカニズムをみたような感じがした。 コンクールの最後の最後で妹のした決断は ささやかな抵抗であり、 とてもすばらしいバランス感覚だったのかな と思った。
2006年08月27日
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以前読んだ「トロールフェル」の続編。 主人公の少年は 前回の 12才から、15才に成長して 淡い恋心も芽生えている。 前回は、トロルのいる土地の水車小屋で 優しさのかけらもない叔父たちと暮らしながら 自分を大切にしてくれる人たちと出会う という感じだったが、 その優しい人たちの家で、 一生 居候のように暮らすわけにはいかない ということに気づき始めた少年が 叔父たちのモノだった水車小屋をどうにかできないか と 考えたりする。 というのは実は脇の話。 日本の羽衣仙人のような伝説で アザラシの毛皮を脱ぐと人間の女になる という伝説のような話がでてきて その赤ん坊と 漁師の夫、 それては別に出てくるトロルたちが入り乱れ‥‥‥ 一気に読ませる面白い作品だと思う。
2006年08月26日
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昨日のショップでないところに行って 機種変更をしてきた。 修理しても メモリーが復旧するかどうかはわからない と言われ‥‥ 数人の大事な友人のアドレスは残っているので 良しとしなければ。 病の友からのメールは消えてしまったけれど、 彼女の誕生日の昨日、PCからメールしたら 元気な返事が返ってきた。 こういう冠水で故障した携帯、 たまにいきなり電源が入ることがあるそうで そう言うときにショップに持って行けば‥‥ という話を聞いて、ちょっと笑えた。
2006年08月25日
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auショップを検索して車で行ってみた。 「トヨペット」の中にあった。 7年ものの擦り傷だらけのホンダ車に乗っている私。 てっきり「新車購入の相談」などと思われたか、 営業の男性に出迎えられてしまった。 すかさず 「 いや、auに‥‥」というと窓口までご案内された。 トヨペットの事務さんが研修を受けてついでにやっている?? という感じ。 我が家は家族割りで入っているのだが たぶん私が一番使わないだろうということで 息子の名義のものを私が持っている。 で 誕生日などを告げて 本人でない ということで、 受け付けられない と言われ、とりあえず帰った。 帰る途中 あれ?? 6月頃 息子修理してたけど??? と 思い出し、もうあそこ行くの辞めよっと と思いつつ、食料品を買い物して帰宅。 そうしたら電話があった。 四月から そう言う場合も受け付けるようになっている って。。。 でも どのみち「冠水」は 保証の対象外で、 メモリ も救えるかどうかわからない ってことで‥‥ 明日 外出の帰りに違う店に行くことにした。 ただ、昨日は 一切無反応だった感じなのだが 今日は 充電しているときの赤いランプがついているので メモリが生きていると良いなあ と思いつつ。。。
2006年08月24日
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忍野まで ドライブに行った。 晴れ女のつもりだったが、 今日は雨に降られてしまった。 しかも土砂降り。。。。 そこは諦めて とりあえず食事をしたあと、 雨が止んでいたので、 浅間神社を歩いた。 古い神社の 大きい杉の木なんて見ると 少し元気が出る。 写真を撮ったんだけれど‥‥ 今、写真をPCに送ろうとしてみたら、 携帯が どうも通電していないようだ。 見たら、濡れていた。 雨に濡れたのではなくて ペットボトルの口がちゃんと締まっていなかったせいらしい。 買い直さないとダメなんだろうか‥‥ 今日は ついていないかも‥‥
2006年08月23日
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バイトに行く息子に合わせて、起きてしまい 見てしまったボウケンジャー わけのわからない「お馬鹿」なつぎはぎロボットが 偶然「知恵の実」を食べてしまい‥‥ というストーリー‥‥ 良く考えると「アルジャーノン」みたいだ。 ブドウのような「知恵の実」が無くなると元に戻ってしまった。 プレシャスを探す なんて言葉も出てきて それは、「ロード・オブ・ザ・リング」を思い出させた。 おもちゃを売るために 粗製濫造される子ども番組ではあるが‥‥ これって 男の子が通る道 などという諦めとか、そういう感じで 通り過ぎていくだけだったけど‥‥ ‥‥ 考えさせられた と言うほどのモノでもなく ただ 一瞬 固まった という感じ。 デジャブ ってやつだったかも
2006年08月20日
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目覚ましテレビで 本のランキングをやっていて、 毎年 夏になると売れる本 というのをやっていたが その中に 夏目漱石の「こころ」が入っていた。 漱石の「こころ」は 多くの高校の教科書に取り上げられている。 もちろん 文庫の数十ページ分に過ぎないが。 なので、 夏休みの宿題として読め と言われることも多いのだ。 もっとも、教科書に載っているのは 友人との三角関係の部分だったりするし 劣等感とか嫉妬とか、普遍的な感情が描かれているので 高校生の多くは、「こういうの好き」という。 だから 宿題でなくても 読んでみようと思う子もいるかもしれない。
2006年08月19日
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3泊して、父が帰っていった。 昼の薬を飲もうとして出したのを そのまま飲まずに忘れて帰った。 シャツも一枚 忘れて帰った。 父が知人との約束があり、 若干 あわただしい帰りがけになってしまったこともある。 けれど 八十近い年齢では 一つや二つの忘れ物は当たり前だ、と本人も言いそうだ。 父と会うと、老いていく ということを考える。 体操をして、動けなくならないように気をつけている父だが 年々飲む薬は増えているようだし 会いたい人には会いに行く という姿勢からは、やはり「悔いなく」という言葉を思い出す。 目が悪くなり、耳が遠くなり 「敏捷」とは言えなくなる。 年をとるとは切ないモノだ と思う。 ‥‥ 日頃息子二人ととても気ままに暮らしている私には 気遣わなくてはいけない人がいる というのは 久々に疲れた。 多分 離婚前はもっと疲れていただろうけれど、 気ままに暮らし過ぎるのもまずいか? とも思った。
2006年08月18日
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美輪明宏 は 反戦をちゃんと口にしている。 日本ではタレントがあまりはっきりそういうことを 言う という例が少ないけれど、 こういう時代にあって、 そういう発言をしてくれる人がいるとホッとする。 昨日のゲストの 海老名佳世子は 東京大空襲を体験している。 空襲の恐ろしさをわかるわけではないけれど 空襲を忘れないようにしたい と思い いろいろ活動している人を応援したいとは思う。 ネットで呼びかけて 靖国に行った人がいるそうだけれど 東京大空襲の展示や、広島の原爆祈念館などにも ぜひ 訪れて欲しい と思う。
2006年08月17日
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コープスブライドを見た。 ビクターと ビクトリア という名をつけた親たちと その子であるこの二人の いわば 名前負けというか、親に支配されていた育ち みたいなコトを考えてしまった。 ありそうな親たちだったし。 死後の世界に もしもずっと生き続ける(?)ことになったとしたら どうなっていたのかな と また ずれたことを思ってしまった。 生きているビクトリアの頬がバラ色だ と 落ち込む死人「エミリー」の悩み方が微笑ましかった。
2006年08月16日
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日中関係や、歴史認識の問題の議論の中で 「学校で 教えられなかったから」 というものがある。 なぜ教えないのか。 ごく単純に、時間がない ということもあるだろうが 下手なことを言うと「偏向教育だ」と言われる部分もある。 私が教員になったのは三十年近く前だが 当時は 夏休み前には 「平和教育をやりましょう」 などという話が 終戦の八月前には 必ずあった。 社会の教師が ということではなく 担任が、道徳や学級会の中のわずかな時間を見つけて 自主的にやるモノだった。 原爆のパネル展なども しょっちゅうあった。 今、市民団体などが そういうパネル展などを小規模で行い、 学校に、パンフレットやポスターを貼らせて などと頼みに行くと 断られるところが大半なのではないだろうか。 数年前。 「私は私の一存で『良い』と申し上げたんですよ」 という校長とたまたま話をしたけれど、 「もう 私も定年なので」 ということだった。 特に政治色があるわけでもなくて ただ、戦争中は大変だった、 もう戦争はイヤだよね という そんな話をすることをためらわせるようなモノが 今の日本には満ちているのだ。 国語教師である私は 戦争や原爆に関わる教材があるときに 戦争はしたくないね などとは やはり言わない。 ただ ひたすら 作中人物が見たモノをきちんと思い浮かべるように話す。 資料があったら見せる。 新聞の関連記事などをプリントして配る。 自然に力も入ってしまうし、 私自身の思いは、わりと伝わるのだけれど‥ 慰安婦問題にしても南京大虐殺にしても 「あった」とさえ言ってはいけなくなりそうな流れだし、 都合の悪いことは無かったことにする、という この国の都合の良い解釈には あまり迎合したくはないが、これからはますますラクではないだろう。 昨日の新聞に 当時の海外に遠征した軍隊は 食料は現地調達せよ という命令が下るのだ という話が載っていた。 調達するときに、現地の人には手を出さない なんてことは滅多にない なんてことは 子どもにもわかる理屈だ。 「大虐殺」かどうかは別として、 殺戮はあったに違いないし、 「戦争だから当たり前」的な 無責任な居直りを許したくはない。 でも そんなことは 現在 教室では なかなか言えない。 今は講師なので組合は関係ないが、 そういう「言えない」ことについて 話し合える雰囲気が 組合(日教組)にあるとも 思えない。
2006年08月15日
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NHKの「いま考える・2006・夏」を途中から見た。 9.11 のテロで息子を亡くした人が 息子の名前をつけた爆弾を落としてくれ と 軍に頼んだそうだ。 そしてその通り、名をつけた爆弾は落とされたという。 イラクの人間が何人死のうが関係ない 息子は死んだままなんだ と話すその人が、強い怒りに囚われたままなのはわかった。 また別の。 戦争から帰った息子が自殺した という人は、 今、反戦運動を始めた という。 混乱と混沌。 怒りに囚われた人を非難することも出来るけれど 非難する資格はありやなしや。 ただショックだった。 敵なら何人死んでもかまわない という心の状態は怖い。 ひたすら思うのは 我が息子を戦争に差し出すのは絶対イヤだ、ということ。 ‥‥全然関係ないけれど、 あんなことでとんでもない停電になるってことを 全世界に知らせてしまった‥‥ 日本を混乱させるテロ って簡単だ ってことに 気づかれちゃったんじゃないだろうか。 と、やや本気で考えたりして。
2006年08月14日
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夕方のニュースで 八月十四日に日本のあちこちで空襲があったと言っていた。 ある都市では、焼夷弾五百数十キロだって。 ドイツが降伏したのは五月である。 せめて六月くらいまでに降伏していれば 原爆だって落ちることはなかったし そんな、「明日は終戦」という日に死ぬ人もいなかった。 そのあたりに総理大臣だった人や内閣の周辺にいた人が 責任がないなんて言える人はいるんだろうか??? 東京裁判は いろいろ問題があろうけれど、 そういう事実を考えた上で 責任なし とする人はいるんだろうか と考えてしまった。
2006年08月14日
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いつもは見ないんだけれど NHKにチャンネルを合わせたら がばいばあちゃん の話をしていた。 B&Bのネタには ばあちゃんの話がいつも出ていて 「腹減った」「気のせいや」 というのは いつ聞いても 何度聞いても面白くて もう伝説の域だったと思う。 ばあちゃんがあんまり面白いことを言うので メモもしていたそうだ。 今の奥さんと駆け落ちしたそうだが ばあちゃんが 結婚ていうのは 二人で一つのトランクをずっと持って行くようなモノだ と言うので よくわからなかったけれど とりあえずトランクを買って ずっと二人で持っていた という。 かわいいエピソードだ。 途中でデパートでもらう手提げ付きの紙袋のようなのに いっぱい一万円札をもらうような生活もしたし その後 さっぱり売れなくなる生活も経て まだ そのまま仲良くしている。良い夫婦である。 四畳半から始まったんだから そのくらいなら耐えられるから、と、励ましたそうだ。 朝から良い話を聞いたので、忘れないうちに。
2006年08月14日
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シャルウィダンスの 総集編をやっていた。 どの踊り手も、楽しそうで、そして努力していて面白い。 基本的には私は スポ根ものは苦手なのだが これはつい見てしまうのだ。 驚いたのが、田嶋陽子さん。 踊りを始めたときの体型と 最近の体型が全然違う。 すらりとして美しい。 人間 何事も、きっかけなんだなあ と思う。。
2006年08月12日
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仕事のことなどを考えると 引っ越しを考えることもありだなあ と思う今日この頃。 ふと友人にそんな話をしたら 「一度 占いで見てもらったら」などと言われてしまった。 占い自体は嫌いではないんだけれど 実際に お金を払って見てもらったことはない。 友人は、いろいろ迷いがあったときに偶然見てもらったら 生い立ちやら性格のことなども言い当てられ、 助言に従おうかと思ったのだそうな。 ‥‥‥ カウンセリングには行かなくても、占いには行く 相談員をしたこともある身からいうと、 占いで良いのか??とも思う。 けれど、 ゆっくり話を聞いてもらいながら自分の中にある答えを探す というカウンセリングは 正直しんどいかもしれない。 それって 自分の人生の責任を全て負う ということだからだ。 ほんの少しだけ背中を押して欲しい と いう時もあるのだろうと思う。 占いがするのは「背中を押す」ということだ。 手っ取り早く結論が欲しいと思う人も多いかもしれない。 だよねえ と思いつつ心の内を探れば 仕事に積極的になることを考えれば、 ( しかも、積極的にならなければならない とも言えるし ) 引っ越した方が良いのだけれど ただ 今の家賃で今ほど条件の良い賃貸はほとんどない ということが ためらわせているのだ、たぶん。 なんと言っても 駅から近いし、収納も多いし。。 そして、いろいろ億劫だ と思ってしまっている部分。。。 とかなんとか言いながら 私も占いに行ったりするのかもしれない。
2006年08月11日
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砂嵐は、宇宙から見ることができるそうだ。 砂嵐の後に 本当の嵐が来たりする。 砂漠にある、10メートルもの高さになるサボテンは 一年にほんの数日雨が降ると 幹の周りがあっという間に太くなって つまり 一年分の水を貯めることができたりするとか。。。 世界中のあちこちに砂漠があり、 それぞれの砂漠がいろいろな顔を見せる。 きれいだな と思えるのは、離れた雨の多い土地に暮らすせいかも。 中東も そういう砂漠に近いところだったな と ニュースで見る地図を見て思ったりする。
2006年08月10日
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昨日は、原爆小頭症の人の話を見て、 オーラの泉を見た。 さっき テレビをつけたら 女優の大空真弓がガンで闘病中だという。 死について考えることが増えている。 三年前に大切な友達が亡くなり 今も もう一人中学以来の友人が闘病中ということもある。 大空真弓は「頑張らない」を心がけているとか。 子どもの年を考えると 自分はまだ死ねないなあ と思う。 それでも 少しずつ準備が必要なのかなあ とも思う。 子どもが高校を卒業すると 母子福祉の関係の医療福祉証はもらえない。 医療費がフルにかかる状態の治療なんてできるだろうか? と、そういう経済的なことまで考えたりする。 というか、そこに話が戻ってしまうような‥‥ ‥‥ 私が考えても、形而上的な話にはならないのだった‥‥‥
2006年08月10日
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このシリーズも、もうずいぶん続いているが 巻末の作者の言葉によると そろそろクライマックスだとか。 女神による呪縛が存在しそうな設定の中で さまざまな人たちが翻弄される世界の話だ。 宗教とはどういうものか、だけでなく、 どう接すれば人がどう育つのか ということを考えさせられる。 「女神の子」と言われる子を 生まざるを得なかったカリエ。 その子を守りながらひっそりと生きていくのは大変そうだ。 善人だ と思っていた人物の闇の部分が初めて出てきて 次もまた 楽しみになってきた。
2006年08月09日
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夏休みなので スカートなども洗いながら 洋服も少し取捨選択しなければ と思う。 自分の色、自分のスタイル みたいなものが 確立しているとは言い難い。 非常勤であちこちまわる身なので その職場での自分 みたいなものを ある程度考えなければならないこともある。 もちろん 全部買い換えたりする余裕はないし 好みの色は決まってはいるけれど。 年々 着るのも洗濯も楽なモノばかりを選ぶようになっている。 昔 雑誌クロワッサンに 「着るモノの色は 「赤白黒」をだいたい選び‥‥」 なんて 記事があって そのくらいシンプルにできたら良いな と思ったものだが、 黒より茶系を選びがちで、 まあ、色の数を減らすことが大事なのね と ちょっと違う解釈をしてしまった。 こんなことも つい考えるのは、 着るモノだけでなく、住むところや暮らし方を含めて、 どんなふうに人生の後半を生きるのか を 考えなければならない時期にはきているからだとも思う。
2006年08月09日
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テレビを消せないのは病気だな と思う。 一種の強迫観念かもしれない。 でも たまに面白い番組に行き当たる。 これもまた そんな感じだった。 デーモン小暮の英語は英国風の発音なのだ と 聞いたことがあるが ほとんど英語で話していたこの番組は 海外向けだったのだろうか。 邦楽の人たちとのコラボも見事だったし 最後の、ハープとのコラボもきれいだった。 聞いてみようかな と思えるような演奏だった。
2006年08月07日
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学習し思考するコンピューターの暴走。 そういうコンピュータを作ることは 研究者の夢なのだとは思うけれど、 実際にはできそうもない‥‥んですよね。 何かのプログラムのミスで、そういう優秀なのができる ‥‥なんてことは ありうるのだろうか? ともかく物語は そういう優秀なプログラムが暴走し 本部の機密事項にも侵入して情報も盗み出すが 何しろ、「仮想敵訓練」のはずのターゲットを 攻撃しようとするのだ。 そういう無人機と追いかけっこして犠牲になる兵士がおり、 機体を損傷してしまう機もあり。 北朝鮮上空で機体が爆発し、脱出する女性兵士。 当然、その兵士を捕獲に来る北朝鮮の軍隊。 あの国とは国交がない と、その兵士を見捨ててしまいそうな上官。 ありそうな政治家との癒着。 ありそうな身勝手な上官と そのために見殺しになる部下たち。 最後 その問題ありの戦闘機と共に 北朝鮮に乗り込んで女性兵士を助ける仲間(恋人)は 派手に爆撃しているのだが‥‥ 米国の進んだ武器と北朝鮮の、ひと時代前の武器という 武器の違いが「そうだろうなあ」と思わせる。 もしこんなことが本当に起こったら 北朝鮮はアメリカに宣戦布告するんだろうか と、時期が時期だけに、考えてしまった。 例によって 自分たちの失敗のために 一応無関係だった他国の人間をたくさん死なせた みたいな悼みは まったく描かれない。 アメリカ映画としては当然なのだろうけれど そう言う視点が本当に全くないのだろうか ということが 近頃気になってしまう。 描かれないことは、気づかないことを教育しているようなものだ。 つまり 仲間を助けるためには何をしても良いということを。 国際社会のルールなんて気にしていない 「強いアメリカ」 が ここにも表現されているのかも、と思った。
2006年08月06日
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以前図書館で「トラベリングパンツ」という本を見かけ 気になっていたが テレビでやっていた広告を見て ああ あの作品のことだったのか と思ったのだった。 四人の仲良しの高校生が いつもいつも一緒に過ごしていたのに 今年に限り 別々に過ごさなければならず、 一緒にいられない時間を埋める手だてとして 体型の違う四人なのにぴったりサイズが合うジーンズと出会い それぞれの夏を過ごす という話。 それぞれのエピソードがなかなかに切なくて 感動的だった。 親の離別や死、人種差別のことまで含んでいて。 特に、スーパーでバイトをすることにしたティビィは ある少女のことを深く知った後の表情ががらっと変わり なんとも言えず、「良い子だなあ」と思った。 女性四人組の友情を描いた 「ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密」という佳品があるが この、トラベリングパンツの仲間たちも そんな風に時を重ねていくのかなあ と思った。
2006年08月05日
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「のんちゃん雲に乗る」は 小さい頃好きだった作品の一つだ。 「雲の上」の世界から家に戻るには 「嘘をひとつ」つかなければならないが、 正直者で、正義感が強いのんちゃんは 嘘をつこうと思うができず、泣くのである。 誰かに言われたから嘘をつかない のではなく、 自分が嘘をつくのがイヤなんだ、と。 当時の私は 既に自分にはそこまでの意志力はないと自覚していて、 そういうピュアな感じっていいなあ と思っていたのだった。 雲の上にいたおじいさんは、 「それでよい」 という感じで、のんちゃんを家に帰してくれるのだが 「人間にはひれ伏す心がなければいかん」とかいうのだった。 ゲド戦記 三巻に出てくる王子アレンは 王子でありながら 大賢人ゲドに仕えようと思うのだけれど そういふうに 自然に、「仕えよう」とか思ってしまうのが ひれ伏す心 ってやつなんだろうか? なんてことを ふと考えたのだった。 こういうのには、宗教心ということもからんでくるのだろう。 神の前での傲慢は許されない みたいな。 神とか関係なく 他者を思い通りにしたがるような輩は なるべく近づきたくないけれど。 ( 監禁事件なんてのを聞くとそんなことも思ってしまうのだった。 我が家は息子しかいないけれど 娘を持つ人はさらに心配だろうと思う。)
2006年08月04日
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ザ・スーラ は、宣伝通り楽しくみることができた。 例によって、親子関係とか 家族の状況とかを思ってしまったし、 お姉ちゃんが、13才? というのも 恐るべし、米国の十代 という感じではあるけれど。 助けられた宇宙飛行士には 何かあるな と思ったけれど なるほどそういうことか と思った。 ジュマンジとの符号は、確かにあった。 どんどん壊されていく家も 壊れたところから見える 広大な宇宙空間も なかなかに見応えがあったような。 年子っぽい感じだけれど、全然頼りない弟と ジャイアンな兄だったけれど、 最後は本気で弟を守ろうとしていて、 子どもがみてもドラえもんのように面白いのでは と 思えたのだった。
2006年08月03日
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たまたま電車に乗っての遠出(笑)の用事があったので 電車の中で「ゲド戦記」を読み返した。 映画の中のエピソードがどれもあやふやだったのだが 自分の中で 少しつじつまが合ってきた。 アレンが奴隷船に捕まるシーンはあり、 それをゲドが助けるところはあった。光に包まれて。 だが、「クモ」があんな城にいて ゲドを捕まえるなんて‥‥ ゲドがあんなふうに、つまり魔力を失って捕まって 処刑されそうになる なんていうのは 四巻のエピソードだ。 また、映画の中でテルーに語らせていた 「死を恐れて、生きることをしない、云々」は 長い旅の中でゲドがアレンに語って聞かせたことだ。 それも 厳しい海の旅が多かった。(私のイメージでは英国から北欧のような) 映画の中で、あんな「クモ」を殺すことが 世の中の均衡を取り戻すことにつながる ということだなんて 全然わからない。 三巻のゲドは 魔法を使い果たしてクモが開けた この世とあの世の壁を修復する。 そうして 力尽きたゲドを抱えるようにして レバンネンが、あの世との境目からこの世へと ゲドを連れ帰る。アレンは 真の英雄なのだ。 その二人を、太古の竜が魔法学院のある島まで連れ帰ってくれる。 テルーは確かに竜の国の者ではあるけれど 物語の中での存在の意味が全然違うのだ レバンネンとは ナウシカのように、昔ながらの言い伝えの中にある 英雄の再来なのだ。空席だった王の座に就くべき人であり、 父殺しはもちろんしていない。 ‥‥‥ まあ 見届けようと思っただけだから文句も言えないか‥‥ 「ゲド戦記」はとても示唆に富んだ物語であり それぞれの世代の担っているものを教えてくれる。 今回久しぶりに読み返して、 「受け入れることが大切」みたいな言葉を見つけてしまった。 「在る人生と、為す人生」なんてのも。 そして、四巻につながる、 「テナーに会いたい」という言葉も。 四巻が出るまでとても時間がかかったけれど 作者は確かに 構想を練っていたのかも ということを思ってしまった。 また ゲド戦記 は ある意味 「学ぶ者」の一生 の物語である。 欧米には 魔法学校を舞台にしたファンタジーがたくさんあるが ゲドの物語はその草分けとも言えそうな気がする。 つまり ゲド戦記 とは ハリポタで言えば ダンブルドアの一生を物語にしたようなものなのだ。 ハリポタだって、 一巻を一本の映画にするのに この大作を 無理に一回分にしようとするから破綻するのだ‥‥‥
2006年08月02日
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中年のゲドが旅をする というので 三巻が中心なのかな、でも テナーや テルーは四巻からだしなあ どんな感じになるのか と、期待する というよりは 「原作のファン」として、見届けよう ‥‥ という感じで見に行ったのだった。 原作では、ゲドとレバンネンだけが旅をする。 生と死の境界の壁に向かって。 最後に竜に助けられる‥‥そこで終わる。 ゲド戦記の四巻は 三巻が出てから10年以上経って書かれた。 去ったゲドがどこに帰ったか という物語だ。 そこでは、ゲドの魔法を使う力は失われてしまっているのだ。 今回の映画では、 中年のゲドには、まだ魔法を使うことができて、 本当は レバンネンに助けられながら旅をするはずが、 テルーの竜の力を見せようとしたために ‥‥‥破綻した‥‥ と言っては気の毒だけれど 悪人を一人やっつけた以外の、もっと大きな問題が 何も解決していないし 解決の糸口が見えたとも言えないのだった。 とりあえず ゲド戦記 をもう一度読もうかな とは思ったのだった‥‥
2006年08月01日
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