2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全32件 (32件中 1-32件目)
1
法然が浄土宗を興し、親鸞がそれを深め蓮如が広めた浄土真宗。 以前、NHKの「こころの時代」で、「法華経のこころを得れば、世の中の売り買いの声も、法をとくなり」。と傘松道詠で道元禅師が説かれているとの事で、立正大の渡辺学長は驚いたと言っていました。 すべては、心の構えからの始まり。 怠惰、うぬぼれ、嫉み、消沈消極等、 いわゆるお通夜のような、最悪の雰囲気を払いのけるために、葬式たる仏教の存在があったように思えます。
September 30, 2006
コメント(0)
ここが、辛抱のしどころです。「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」とは、このことかも知れません。どっぷりついた脂肪という錘を、捨てただけで上昇気流に乗るような気がします。
September 29, 2006
コメント(1)
自分の仕事の畑を耕す。丹精こめて耕す。これが、ストレス退治に一番のようです。 まわりにすばらしい、お手本のライバルが、いるかいないかでも、大きく違ってくるでしょう。 今はリストラで転職が増えた日本社会は、仕事を舐めた素人集団になりつつあります。 社会から感謝の数が消え挨拶もろくろく出来ない人間が、増えるのも、当然の成り行きでしょう。
September 28, 2006
コメント(2)
名称こそ違え、人間は、組織の中に組されます。 昔の村でも、会社でも、宗教団体でも、全く違った角度で、組織を活用することに、気がつくべきでした。純粋培養でだけで組織は大きくなるのではなく、植物が育つにも、いろんな栄養分や光合成が必要です。 組織には、いろんな需要があるにもかかわらず、好き嫌いで、まず判断してしまいがちです。 単に、人間の群れという風にみると、その弱さゆえの群れと、群れる事による強さが、分別できると思います。 どれほどの集団と関わりあいをもっているのか、これ又、問題かも知れません。
September 27, 2006
コメント(0)
貯金は大口がいいが、愚痴は少ないほうがよいです。 神は、人間にヒントを与えるが、答は与えていません。それを解くのが学問、研究です。 野球に恋する球児たち、何かに熱中することが一番のアタラクシアかもしれません。 人間は、最終的に人に認められたり、喜ばれたりするために、善の努力をするのですが・・それが報われないときに悪が発生します。
September 26, 2006
コメント(1)
常日頃、どっちでもいいことに、目くじらをたてて反発している、無駄が多いからです。 定石に近い意見をひけらせても、それは絶対ではない、謙虚さをもつべきです。
September 25, 2006
コメント(0)
警察官が、悪いことをするのは、伝染する事もあり、自分が、反対の立場のお客さんに、なりたいという潜在意識からでしょう。
September 24, 2006
コメント(0)
広島県尾道市瀬戸田町の平山郁夫美術館から、今度、地元福井県越前市で開かれる平山郁夫展の招待券が送られてきました。嬉しいです。(笑)*越前市誕生一周年記念 平山郁夫展(越前和紙で日本の美を描く) 会場:越前市いまだて芸術館 期間:9月30日~10月29日平山郁夫画伯は、ぼくが子供の頃からの憧憬の人でした。優しいタッチは、ほのぼのとしてくれます。著作権の問題もあり、ここに写真を載せることができないのが残念です。代わりに、アンリルソー(1844-1910)の画いた「夢」を載せました。この画家を知ったのは、パリのどこかで絵葉書を見た時です。すぐさま買いました。不思議な感覚と優しい夢と幻想を持つ世界感・・と映ったものです。ルソーが絵を描き始めたのが40歳からです。趣味が高じて49歳で仕事を辞め、借金をしながら画家に徹しました。哀しいぐらいの彼の物語が生まれます。「子供ぽっい。稚拙。この画家には科学も芸術も思想も研究も努力も何もない」と酷評と嘲笑でいっぱい批評が当時の記録として残っています。からかわれるぐらい人気があったようです。真面目な彼は、それでも負けずと絵を描き続けました。借金がかさみ、画材商に自分の描いた絵を返します。画材商は、ルソーの絵を流し洗ってキャンバスを再利用したとのこと・・(涙)死後、「無意識の天才」と評価されたルソーですが、それほど今尚、有名な画家でもないですが、実際、現在の彼が残した絵画を見ても、評価が分かれる部分があります。ムンクの「叫び」が、ルソーの画と比較するのに格好の材料かもしれません。素朴で純真なルソーが好きです。ぼくにとっては、心の奥深いどこかで理解し合える友という感覚と憧憬があります。絵を眺めるだけで落ち着きます。ルソーが仕事を辞めて、絵に専念しはじめた同じ年齢になりました。
September 22, 2006
コメント(1)
この世は、喜怒哀楽、四苦八苦が、到る所に仕掛けられていて、蜘蛛の巣状の機雷網の中を、歩くようなものかもしれません。 まれに、蜘蛛の巣も機雷も、まったくないスポットが存在することがあります。 これこそ、苦のない楽園でしょう。
September 22, 2006
コメント(0)
塞翁が馬や、風吹かば桶屋の利ではないが、 物事の移り変わりの形は波です。 山と谷のように、形の基本は、波です。 時間は、波となって伝播しています。
September 22, 2006
コメント(0)
来年は、継体天皇即位1500年周年となるらしい。男系天皇維持のため越の国(越前)から迎えられたという伝説もある継体天皇(のちの聖徳太子の祖)をモデルとした謡曲「花筐」・・この発端となる舞台が、現在の福井県越前市味真野。ところで、西郷輝彦さん主演で「どてらい男」という一世風靡したテレビドラマがあった。実在の福井県出身の山善という人物をモデルにした丁稚奉公から大阪商人に這い上がる面白い筋立てである。この作者は、「細腕繁盛記」や福井を舞台にした「らっきょうの花」で有名な花登筐(はなとこばこ)さん。このペンネーム、花筐(はながたみ)に似ている・・。(笑)最後の作品は、これまた福井の「おろしそば」を題材にしたテーマを思案中だったとか・・。滋賀県大津市出身の花登筐先生・・きっと花筐からペンネームを思いつかれていたと長い間、思っていた。しかし、花登筐(はなとこばこ)という名は、バーナード・ショウが由来であるとの由。(笑)
September 20, 2006
コメント(0)
茶髪もいいではないですか。気分を明るくすれば・・・ 耳穴もいいではないですか。運命の風通しが、よくなれば・・・
September 20, 2006
コメント(1)
人生は、生まれて死ぬまでの、待つ時間。 プラットホームで列車を待つ。 次にくる列車が、次ぎの人生を運んでくる。 どこへ連れて行ってくれるのやら・・・花はまだ咲いているかい。 俺達の花は、まだ咲いているだろうか。 心の中の花は、昔のままだけど・・・
September 19, 2006
コメント(1)
昭和33年(50才)から昭和52年9月11日(69歳)まで奄美の島で、人知れず無名のまま大島紬の工場で染色工をしながら金を貯めては、貧困の中、絵を描き続けた人物がいた。田中一村という生涯独身、孤高の画家である。10代の頃には、その若さではただ1人、大正末期の日本美術人物名鑑にすでにこの方の名前が記載されていたという。その後、東京美術学校日本画科へ入学(同期に日本画の巨匠になった東山魁夷、橋本明治、加藤栄三等が在籍)したが、わずか3ヶ月後に退学。彼が、だんだんと日本画壇と離れ、忘れられた存在となるのは人生の不条理と道理だった。画風は日本のアンリ・ルソーとか、人生は日本のゴーギャンとか言われるが、ちょっと異なるような気もする。彼の死後(5年後)に彼の作品が、彼の生き方とともに驚きと衝撃をもってデビュー。一躍、時の人になった。田中一村・・この方は、不安定な天才から鬼才奇才へと奄美の島で脱皮したのかもしれない。生前、名誉も地位も金銭も縁遠く僻村の掘っ立て小屋のような所で一生を全うした彼は、自分の描いた画も自分自身の人生も、後世のこの世では伝説になるということを確信していたような気がする。妖しいほどに鬼気迫るものがある。
September 19, 2006
コメント(0)
人は常に道に迷っている。行こうか、行くまいか。 画家は、描きたいことを山ほど描く。 小説家も、言いたいことを山ほど書く。
September 17, 2006
コメント(0)
生きる為には、糧を得なければならないが、得るだけでは、何億何十億得ても、幸福にはなれない。 人は与えることによって、こころが豊かになる。 これはお金に限らず、親切、笑顔暖かさ、芸術、音楽、スポーツ、旅行・・ありとあらゆる環境の中で、世のため人のため、如何に自分が活躍するか、力の出し惜しみをしないか、 ・・という事に尽きると思います。
September 16, 2006
コメント(1)
「今週妻が浮気をします」という質問に対して、あなたは、どんな回答をするのでしょうね・・。そういうサイトがありました。さて、昨夜は、中身の濃い時間がありました。 ミクシィが、昨日マザーズ上場で終値一株312万円。時価総額2199億円。そのミクシィよりも、今、日本でもっとも投資したい急成長の会社と人物が、OKWaveという日本初の最大級のQ&Aサイト。この代表が、ホームレスから這い上がった兼元謙任(かねもとかねとう)という40歳の社長。昨晩、彼が福井にセミナーの講師としてやってきました。この方の話(ミッションとビジョン)には吸い込まれてしまいました。全部が、中身の濃い、凄く興味深い話でした。まだ40歳なのに今までの人生が凄い。こういうタイプは、自分自身を乗り超えた存在人物に映ります。経営理念が面白い。「世界中の人と人を信頼と満足でつないでいくことで社会に貢献し大きな利益をあげる世界企業になること」つまり世界平和です。「困ったことがあったらそれを解決する」のが社会的経営理念で、お金が儲からないからしない・・経営理念としては、おかしい・・とのこと。夕方6時から講演会、グループ討議、立食パーティ。地元福井からは起業者、IT関連者が約50人ほどが参加。ぼくも5分ほど直接立ち話をして名刺交換。彼は、もう福井にくることもなく、もっと大物になるような気がしました。気になったのが、彼が意識的に声をあげて「笑うこと」・・この人は、こうして自分を乗り越えて、生き延びてきたのでしょう。彼の著書に「グーグルを超える日」があります。本当は、「ヤフーを超える日」というタイトルにしたかったのが、出版社がソフトバンクなのでグーグルにしたとか・・(笑)成功をあきらめたことを失敗と言います。と彼のコメント。まだまだ、書き足りないぐらい興味深い話を聞きました。まずは、「自分を超えなければ・・」と思いました。よい一日でした。ありがとうございました。
September 15, 2006
コメント(0)
行き時は、福井から飛騨を抜け信州と甲州を通り過ぎて、東京に入りました。山は、いいなぁ。ふと東京からの帰り時、「今日という日は、残りの人生の最初の日」・・こんな言葉で自分の講演会の最後を締め括る大学時代の友人を思い出しました。東京で暮らしていた頃の20数年前にバイクで「お伊勢詣で(東京と伊勢志摩を往復)」のツーリングをした際の往路のルートを懐かしみながら辿って帰りました。国道1号線経由、小田原から箱根旧街道(大学駅伝の往路最終区の山登りコース)を上って芦ノ湖。下って三島・沼津。そこから富士、清水を抜けて、三保の松原で天女の羽衣と再会。久能山(1159段、いっきに駆け登りました)。さらに御前崎まで(加藤剛さん親子も今年の夏は帰省していたとか)。国道150号線沿いに浜松まで。静岡県は、広い。面白い。ちょっとオカシイ。工場の煙突から煙があがりぱなっし。あれを見ると富士山が気の毒です。世界遺産なんて夢のまた夢かもしれません。ほんの20数年間で全く変貌した街並みや風景に戸惑い・・何だか沢山のメモリーがフラッシュバック状態で、ぼくの脳裏に詰め込んで整理できていない状態です。20数年前、バイクで観た風景(とことん海沿いを走ったルート)を忠実に辿ることは不可能でした。途切れ途切れの記憶の断片を重ねて合わせながら、もう残りの人生で、また来ることがあるのだろうか思いつつ・・車を走らせていました。20数年前のあの時、御前崎で太平洋の水平線を眺めながら、海の向こうのアメリカで平和行脚の旅をしていた大学時代の友人に手紙を書いた記憶があります。写真は、同じ場所で、そこからの観た20数年ぶりの太平洋の風景です。この風景は、1000年昔も1000年未来も変わらないはずです。一日一生です。山もいいけど、海も、やっぱりいいなぁ。
September 14, 2006
コメント(1)
東京・多摩地区を中心に外資系小売業(スーパー)の市場見学と商用。会費制にしての顧客の取り込み・・階段のないエスカレーターに滑らない買い物カート・・こういった外資の倉庫スタイルの会員制の小売店が、福井のような地方の中小都市までに進出してきたら、既存の地元小売業は、ひとたまりもなく消えてゆくのだろうなぁ。小生、商売人には向いてないかもしれません。(笑)
September 14, 2006
コメント(0)
銀行は金貸し業から、金取り業に変身した。何でもタダのものがない。 サービスがないので、客は、お品書きのない寿司屋に入ってしまった。 いちげんさんのように緊張する。商売とはサービスの延長線の対価である。 決して、キャッチバー如きであってはならない。
September 14, 2006
コメント(1)
上りと下りを間違えては大変。 ブレーキとアクセルを間違えるに似ているでしょう。 それとも今までと違う山を登るのか・・問題は、自分の登りたい山はまだ残っているか・・・ これをはっきりさせた上で、せっせと突き進むしかないようです。 人生の全盛期が過ぎたか否かより、登るべき山がまだあるかどうか、諦めるか、進むか・・それが問題のようです。さて、これから、東京まで出かけてまいります。
September 11, 2006
コメント(0)
郷にいれば郷に従えと言います。人間は、懐かしむ為に長生きをするのかもしれません。ルールや習慣が違えば一緒に生活出来ないので、新入りに対して最初にしなければいけない作業です。その意味で外国人が他国にて生活する場合には、多少の遠慮はすべきです。 多少の差別区別は覚悟しなければいけません。 ましてや、犯罪暴力はもってのほかであり、居候が大家にむかって横柄にするのと同様であります。
September 10, 2006
コメント(0)
殆どの人は、カフカの「門」の前に立ち往生して、日暮れを迎える主人公を、演じて終わります。 夏風邪で、昨日から寝たきりです。今日は、外の満月が煌々としています。
September 9, 2006
コメント(1)
何が悪で、何が善か・・冬に正しいものが、夏に正しいとは限りません。あの人たちは、どこかで会ったような、なつかしい香りがします。人の一生は短い。 基本は、自分のためにだけ生きている人間は、天井をうつが、他のために生きようとする人間は、無限大です。 若い時には、自己中心で力をつける必要もありますが、それがある程度、完成すれば当然クラッチをチェンジしなければなりません。今日、午前と午後に各各のお二人の講演会に出席。午前:マネックス証券社長 松本大さん。午後:フェアベリシュ代表 伊藤弘美さん。講演後、ほんの僅かな時間での名刺交換もしましたが、お二人とも、若くて才能溢れる素晴らしい方でした。その他、今日は、沢山の人と出会いました。6年ぶりの懐かしい人との驚きの再会もありました。それにしても夢があるって・・いいなぁ。続きは、また明日、書きます。
September 7, 2006
コメント(0)
失敗のない人生とは願ってもない事でしょうが、 失敗を乗り越える人生とは願ったら叶う人生でないでしょうか。うかがい知れない皇室の世界ですが、今日は、朝から一日中、めでたいニュースでした。おめでとうございます。
September 6, 2006
コメント(0)
去年の今頃、何をしていたんだろう、と日記をチェックしていると・・去年の9月は、二度、名古屋の愛・地球博会場に行っている。それも深夜1時に福井の自宅を出発。午前3時前には会場近くの農家の駐車場に到着。それから入り口で朝8時半の開門まで待っていたのである。ものすごい人出だったのを思い出す。お腹がすいているのにもかかわらずオーストラリア館で買ったワニの肉を口にほうばりながら、そのまま赤い展覧車の下の木陰で、小学生だった息子と居眠りをしたのを思い出します。(笑)1年って、早いなぁ。いや、大昔の出来事のように思えます。あの元気・・もう一度欲しいものです。(笑)
September 6, 2006
コメント(1)
昨日は、所用で、加賀の山中温泉まで行ってまいりました。せせらぎの音、情緒のある所です。毎年正月には、この界隈の加賀の温泉郷で宿泊滞在しますが、夏の温泉宿も面白いと思いました。昔、「こおろぎ橋」という番組タイトルで、この界隈を舞台にしたTBS系のドラマが放映されていたそうです。残念ながら、全然記憶がありません。(笑)ところで、芸術家、科学者、実業家、宗教家にしてもです。当の本人ではなく、その「残されたもの」が人類に影響を与えるための存在であって、 例えて言うならば、灯り(明かり)が「残されたもの」であって、 人間は灯りのために燃え尽きる蝋燭かもしれません。 燃焼できるもの、照らし出すものを・・これからでも探しましょう。こおろぎ橋のたもとで。
September 5, 2006
コメント(1)
この世は、あなたの為に用意されたにもかかわらず、なぜ躊躇するのか、 なぜ他人の模倣をするのか、なぜ皆が殺到する場所に殺到するのか、 すべてが、夢の現実の空間の中で、夢を描いて完成させる事が人生かもしれません。
September 5, 2006
コメント(0)
有頂天は他にありますが、 時間の積み重ねの、天辺は、まさに今のほかにしかありません。 皆が言います。「それぞれの私って、一体なんだ。 私だけの筈なのに、皆が持っているのは、妙である」これが、天辺なのでしょう。
September 4, 2006
コメント(0)
今日、関西からの帰路、北陸高速道・杉津(すいず)PAに立ち寄りました。ここからの俯瞰、眺めが好きで、よく立ち寄ります。(写真掲載)半島の根っこに、高速増殖炉「もんじゅ」があります。帰路、「月桃」という曲を聴きました。なかなか・・琴線に触れるよい唄でした。真依子さんという若いシンガーソングライターで、故郷の滋賀県を拠点に活躍されているようです。感想です。この世はそんなに楽しいことはないので、何かびっくりする事を人は探している。 思い続けた人は、すでにこの世の人ではないかも知れないのに・・会いたい。 文殊様の智慧にも・・お会いしたいです。(笑)
September 3, 2006
コメント(1)
馬鹿らしいとか、損とか、無駄とか・・そんな言葉には、毒があります。 損と思う心こそ、損を決定してしまいます。 人生には損はない。
September 2, 2006
コメント(1)
何かが、失われていく・・世の中の動きなのでしょうか? 相手がいなくなった一方通行ならば、何にも生まれません。 これからでも、何かにぶつかりながらも、何かを生み出して、いきたいものです。
September 1, 2006
コメント(0)
全32件 (32件中 1-32件目)
1