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『福岡市の女性職員が700万着服』こんなニュースは日常茶飯事みたいに多いこの頃だが、この職員は02年に一度着服が発覚したが、その当時の上司が”若いし将来もある、仕事も出来る、全額返済した”ので人事部に報告もしないで、隠蔽し部署を代えてそのまま勤務。当時の上司が異動したあと、またもとの担当に戻り、再び700万着服が発覚したのだとか。 温情ある措置なのか、上司が自分の責任逃れのいずれかだろうが、最初のとき、きちんと罪は罪として対処していれば、2度目の犯罪は犯さずに済んだかも知れない。 性的犯罪など再犯が多いというが着服や窃盗などもやはり再犯は多いのだろうか。今回は懲戒免職になるらしい。 何事もきちんと対処しないといけないのではないか。
2006年02月28日
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明日は3月というのに寒いこと。今朝の気温は2度だった。春はまだ遠そうである。 午後3時ごろ整骨院へ行く。ダウンコートを着ていても冷たい風が強くて思わず首を竦めたくなる。こんな天気では出かけるのも億劫なのだろう、患者が少なくて待つこともなく助かった。 気休めかもしれないが何もしないより、少しは良いような感じはするがどうなのだろう。 明日はラベンダーのリハビリで整形外科に行くのだが…整形外科では腹筋など運動が主体でひざの痛みへの処置は全くしてもらえない。私同様、整骨院と掛け持ちの者もいるのである。一箇所で適切な処置がなされれば本当に助かるのだが、今の医療制度ではだめなのだろうか。 待合室に本があって、『牛乳は危ない』という本があった。漫画だったがさっと目を通した。 骨粗しょう症の予防に、カルシュームをと飲んでいるのだが、乳製品の消費量が多いノルウエーは骨粗しょう症患者がもっとも多いとか。大根葉や海藻などの方がカルシュームも多く摂取できるとあった。 半信半疑で帰って来たが、整骨院の先生の話だと戦後アメリカによる食料政策で、日本の食がアメリカナイズされ、危険になっているのだと…
2006年02月28日
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昨夜はお互いヤフー電話をいいことに友達と超超長話にんあった。昼間携帯で話したのだが、相手が車だったので、話が中途半端で消化不良でと笑って話す。 共通の友人のご主人の容態が話題になった。入院されている病院が友達の家の近くなのだと言うことである。 『入院しても一週間近く検査も何もなかったってよ』と私が言ったら『袖の下が物言うってよ、あそこの病院は』とのこと。 今は病院に一切お断りの張り紙が見られるのだが、そうではないらしい。『袖の下』で検査や治療の順番が早くなったりするのだとか。京大病院はまったくそんなことはなく退院のときも看護婦さんへのお礼など一切受け取ってもらえなかったと話していた。 きっと今度も『袖の下』など及びもつかなかったと思う。『地獄の沙汰も金次第』病気をしても金持ちは助かり、貧乏人は死ぬしかないのか。 役場や市役所などに『人間は生まれながらにして平等である』と書いたのを良く見るが何が平等なものか、格差が広がっていると、生活保護世帯が100万世帯にもと読んだのは今朝の新聞だったかな。 「『袖の下』ってどうやって渡すの」と聞くと、用意して持っていて、医師自身が二人っきりになる機会を作るのだとか。そんなことがあるのか、夫を長く入院させたが、主治医との信頼関係がすばらしく、息子が帰省のときの菓子折りだけで、何かすれば信頼関係が壊れそうでなにもしなかった。 最後の時に謝礼をしただけである。看護婦さんや補助看さんには、オムツ替えなどしてもらうので時折お茶菓子など持っていったけど。 現金を渡したことはない。一人ひとりにもできないし、折角渡しても、全部に渡るという確証もないから… 近代化された病院も旧態依然のところがるようだ。
2006年02月27日
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『でけた~』と編物仲間よりのフォト付メールが来た。『でけた~』とは『出来た』の方言である。フォトを見ると私が編んでいるのと同じものである。おまけに色まで一緒。 講習会で糸を調達すると同じものになるので、糸選びはいつも最後に、他の人にかぶらない様にするのだが、私が選んだとき友達は買ってなかったのである。 その後お店に行って購入したそうで、それが偶然にも同じ配色だったのである。大体好みが似てはいるのだが。 背の高い彼女は身丈を6段長くした書いていた。私は幅を1模様広くした。糸が足りるかなと気になっていたので、聞いたら足りたと言う。 今朝から襟を編んで縁まわりを編んで仕上げた。糸は1m残っただけでやれやれである。 写真を撮って携帯メールで『足りた~』と送った。『さすが~』と返事があった。『襟がきれいだね』編んだ年数が長いもの、一日の長がなければ歳に対して申し訳ない。着てみてもなかなかいい。会心の作と言えるかな。近いうちにデジカメで撮ってブログに載せるかな~。やり方習ったけど覚えているだろうか…
2006年02月27日
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玄関のチャイムが鳴った。『は~い』と返事をしてあわてて出る。背の高い若者の姿が扉から見える。制服姿ではないし、警戒しながら『どなた』と声をかける。『新聞の集金です』先月まで中年の女性だった。 戸を開けると背の高い男性と低い男性の二人連れであった。今の若者らしい格好でちょっと戸惑う。 代金を払って、『悪いけど古い新聞紙持って行ってくれない?』『はい、もう車に積みました』私が財布を取りに戻った間にすでに積み込んでいたのだ。『有難う、今ひざが悪くてどうしようと困っていたの』ズボンを下のほうにずり下げた一見不良っぽい風体に、違和感を感じていた自分が恥ずかしかった。 先入観で人を見てはいけないと、常日頃思っていても、今風な若者にはなんとなく腰が引けるのである。 二人の若者は『有難うございましたお大事に』と優しい言葉をかけて爽やかに帰って行った。
2006年02月26日
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日付の変わる頃から振り出した雨は、午後には止んだ。一雨ごとに暖かくなると思う。2月も今日を入れてあと3日だものね。 昼少し前、気にかけていた友達から電話が来た。『もう諦めた』とぽつりと。病状は芳しくないようである。医師の態度は臨床実験承諾の印鑑を押してから少し変わったと言っていたが、久留米の聖マリア病院のホスピスに入れるようお願いしてみると言っている。 偶然読んだ週刊新潮の小さな記事に『がんの痛みと向き合う』と題して、大阪府立成人病センター泌尿器科兼緩和ケアチーム医・目黒則男氏の一文があった。私のこころに残る言葉「痛みをとることが医師の第一歩」日本のがん末期医療を始められた河野博臣先生は『医師の第一歩は痛みをとることだよ。それが体の痛みであったり、心の痛みであったり。医師が痛みをとろことに鈍感になってはだめだよ』と笑顔で言われたことが、今でも心に残っているとあった。 彼女のご主人の主治医はまったく正反対である。やはり医師はそうであって欲しいと思った。 友達の願い通りホスピスに空きがあって入れたらいいなーと祈っている。それにしても偉いなー、強いなと感心した。 『あなただって3年近く毎日病院へ通ったじゃない。』と言ってくれたが、いきなり意識不明になって、否応なしに運命に従わざるを得なかった私と違って、意識はしっかりとしている病人と向き合っての毎日はつらいものだと思う。 長女の彼女はしっかりしてるなと思う。次女の私は姉の陰で甘えてばかりの人生だったような。がんばってねと励ますほかなんの手助けの出来ないのが歯痒いが…これからの短い人生を痛み少なく過ごされることを祈るのみである。
2006年02月26日
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『お仕事中』と息子から。『もちろん編んでますよ』と私。『私です』と息子。私の早とちりだったようだ。 『昨日は心臓にもがんは出来るの?』と聞いたら、『がんはどこにでも出来る』と。その後が面白い『心臓には毛だって生えますよ』だって。 たわいもないメッセンジャーのやりとりで平和が保たれている親子である。
2006年02月25日
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お国柄の違いだろうが、米国内線の機内放送の記事を読んだ。『ポン!シートベルトは緩まないようにしっかり締めてください。下っ腹のお肉に食い込むくらいでちょうどいいのです』ユーモア好きのアメリカ人らしい。 飛び立って後も『機長がシートベルトサインを消しました。どうぞご自由になさって下さい。本日は空席もあるので近くの窓際の席が空いていたらどうぞ移動して下さい。ライバル会社から満席に見られるようご協力お願いいたします』だって。 私がJRで熊本に行ったときのこと。乗り間違えた私が悪いのだが、駅のホームに書いてあった車両番号に乗ったのだが、違う特急が連結されていて、私の乗るのは前の列車だったのである。どっちも熊本まで行くのだが、博多から乗車の連れが前の列車に乗っているのである。乗って来ない私を心配してるだろうと携帯で後ろの有明に乗ってるからと連絡した。 通りかかった乗務員に聞いたら大牟田で前の列車に乗り換えるようにと言う。大牟田は何分停車ですかと聞いたら1分とのこと。 荷物を持って乗り換えられるか、心配になった。先頭の車両のデッに居れば近いからと思ったが、乗務員はこの車両はグリーン車なのでデッキでもだめだと言うのである。仕方なく2両目の前のほうに移動した。機関車があるので2両分走らねば乗り換えられない。 前の車両に乗り込むまで見てますからとは言ってくれたが、もう少し配慮できないかと腹立たしかった。一駅区間である、デッキに立つくらい大目にみられないのかと。 駅で聞こうにも駅員の姿はなかなか見かけない。書いてあるのは間違いでは仕方ないじゃないかと…民営化してもお役所気分は変わっていないように思うのだが。 杓子定規な日本人、まじめと言えばまじめだが、アメリカ人のようにユーモア、遊び心があったらいいなと思いながら新聞を読んだ。 最近は駅員さんを見つけて確認して乗っている。
2006年02月25日
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新聞を読んでいたら『へたくその長糸とり』の文字が目に付いた。初めて見た言葉だが、意味はすぐに分かる。裁縫が下手だということである。 私の母は『下手の長糸・上手の待ち針』と子供の頃に教えた呉れた。『へたくその長糸とり』も『下手の長糸・上手の待ち針』も同様な意味である。 夫と30歳で死別した母は当時肋膜炎を病んでいて、母子4人は母の実家に同居、居候である。父は官吏だったが任官して25年に僅か満たず、恩給を受けられなかったのである。 現在のように福祉があったわけでなく、母は病が良くなってからは、弟嫁と二人、裁縫台を並べ、着物の仕立てをしていた。呉服屋さんが持ってくる反物を裁ち仕立てるのである。そのころ幾らの収入になったのか、知る由もないが毎日せっせと手を動かしていた母の姿は脳裏にしっかりと焼きついている。 夏の浴衣の時期には、姉と私もおくみの襟下の三つ折絎けを手伝わされた。そのときに言われたのが『下手の長糸・上手の待ち針』である。 糸が長いと絡んだりもつれたりするのである。姉も私も母の手を受け継がなかったようで、二人とも編物の世界にどっぷり浸かってしまった。手仕事が好きな所は、似たのかも知れない。 指先を使うとぼけないと言うからせいぜい頑張って編み続けたいと思う。母と姉は同い年に彼岸へ行ってしまい、私はその歳から5年も生きながらえている。
2006年02月25日
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トリノ五輪はメダルなしかも?となかなか取れないメダルがやっと日本にも。しかも金メダル、嬉しかったよね~。 フィギュア女子は大丈夫と、思ってはいてが、荒川静香選手の金はお見事というしかない。 朝から何度見ただろう。何度見ても見飽きないほど、優雅で華麗、のびのびした演技に見ほれてしまった。 『君が代』と日の丸、参加することに意義があるというがやっぱりメダルは取れるものなら取った方がいいに決まっている。 これまでの悔しい思いが一気に晴れた。荒川静香選手、良かったね~。そしてありがとう。
2006年02月24日
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虫の知らせってことではあるまいが、今日は出かけないで正解だった。朝から、引っ切り無しに電話が鳴る。こんな日も珍しい。 私のハム仲間でもあり、彼のご両親は温泉仲間という間柄だが、彼の勤めは大手旅行会社である。 3・4日に出来れば黒川温泉へ一泊旅行に行ってほしいとの相談の電話であった。 大口の予約がキャンセルになり、あわてて友人知人へ誘うの電話を入れているとのこと。 『一泊14000円を5000円でどう?』安いのは願ってもないことだけど、彼一家に負担をかける訳にはいかない。 『困ったときはお互い様、足はないので、乗っけて連れて行っていただけば喜んで行くわよ』と返事した。 4日はダイヤの講習会なのはすっかり忘れていた。まあー行かなくてもコピーを誰かに貰えば、Y先生はあまりよくなかったと言ってたし、温泉宿でのんびりの方がいいに決まっている。 まだ日にちもあるけど、キャンセルは今後の営業に支障がでるのであろうかか。 何人集めたらいいの?と聞いたら17人とか。夕方彼のお母さんに聞いたらなんとか目鼻がついたと話していた。 本当に5000円なら差額7000円の17は?ざっと10万超す金額、旅行会社ってこんな場合個人がリスクもつのだろうか。 私が勤めていたころは品種を間違って送った場合、無理を言って引き取って貰えるのが最上で、返品になることもあった。 伝票を書いた者の責任か、その伝票をチェックした者の責任か、と時々話題にはなったが、といって給料を減額されたことはなかったが。 同僚は貨車一台など大量に間違えたことがあったが…そういう経緯で3・4日は黒川の宿でゆっくり旅情を楽しむことになった。良かった、良かった!
2006年02月24日
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眠れぬ一夜を過ごしてしまった。昨晩は恩師の社会教育功労賞(科学文部省)の受賞祝賀会の夜で、出席はできなかったが(東京)出席した姪からその模様を電話で知らされた。 それは盛会でおめでたい嬉しい話だが、その後の親友のご主人の話ですっかり疲れていた。 医師に関しては、私自身が苦い体験をしていたのである。当時のことが思い出されて涙してしまった。 救急車で運び込まれた時は大変手際よく処置して下さった医師だが、医大の高度救命センターから、その病院へ転院後のことである。 高圧酸素タンク治療など、いろいろやって貰ったが、結果は思わしくなく意識は戻らなかった。 殆どを観察室で過ごしたが、一時一般病室にいたことがある。意識はなくても目を開いているときは、植物人間には見えない。隣のベットの家族から『お菓子をあげたのに知らん顔だった』と言われて『ごめんなさい、意識がないのですよ、食べることもできないのですから、気を使わないで下さい』と頭をさげるしかなかった。 副院長のその医師の回診の時、病室には6つのベットがあった。夫は入り口の右側だった。入室された医師は一人ひとりに食事は食べましたかなど、声をかけられたが、夫とその横にいた私には目をやることも、会釈もなく素通りであった。 治る見込みのない患者は見捨てられていたのである。『変わりないですか』の一言でいいのである。そっと部屋を出て廊下の隅で泣いた。 今日の友の電話でそのことがまざまざと思い出され辛かった。その病院へは時々訪れるが、その医師に当たらないよういつも願っている。院長先生は口は悪いけど、いい先生なのだが… オペの腕が良くても態度や言葉で心を傷つける医師は嫌いである。病は体だけでなく心も病んでいる。ほんのちょっとの思いやりで患者は喜ぶものだが、それを望むのは患者や家族の甘えだろうか。
2006年02月24日
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友達と明日は福岡のマリンメッセに出かける予定であった。整骨院から帰ったのが7時半・夕飯を食べていたら近くのYさんが見えて9時まで話し込んで帰られた。 その後、明日の打ち合わせの電話を入れたら、一人しかいない筈なのに聞きなれない声が聞こえた。 『久留米のSです』というと、友達が電話口。京都の娘さんが見えているということは…。 おおよその見当はつく。ご主人の容態が良くないと。 13日がんセンターに再々入院されているのである。先だって『72年生きて、まだ生きたいのですか』と言われてショックだったと話していたが、今日の話に、またまた驚かされた。 ここは他の病院と違って、研究を主眼とする病院だから抗がん剤治験に協力してと患者本人と奥さんの印鑑を求められたと言う。 『がんの治療と心のケアもお願いしたい』と言ったら『獏たちは小さいときから医者になろうと、懸命に勉強して医者になり、今も懸命に勉強している。心のケアまでやってたら、医者の自殺者が増えますよ』と冷たく突き放されたと泣いていた。 彼女が言うには、『僕たちも頑張るので、一緒にがんと戦いましょうね』という言葉だけでもいいというのだ。 医者が大変なのもわかるが、車の修理とは違うのである。人間は生きているし感情がある、心がある。 心安らかに残りの人生が過ごせるように、勇気付けたりできないものだろうか。 病気そのものを治すだけが医者の使命なのか。彼女の傷みが伝わって慰める言葉が見つからなかった。 明日のお出かけはもちろん中止、膝がずきずきなので良かったのかもしれない、私のためにも…
2006年02月23日
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教室が終わったらこの時間になってしまった。日が長くなると長居で困るのだが、家庭的な雰囲気が売りの教室だから仕方ないよね。 洗濯物を取り込んで今から整骨院へ行ってきます。明日はしっかり歩くことになりそうだから…帰ってゆっくり日記書こうかな。
2006年02月23日
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午後から雨になった。開き始めた梅がまたつぼみそうに寒い。郵便局とコンビニへ用足しに出かけた。 丁度2時になったので、9ヶ月ぶりに整骨院へ立ち寄った。中が模様替えになっていて戸惑った。受付の方は顔見知りの方だったのでほっとする。 痛ければ我慢しなくて早く行けば良いのにと思うが、『欲しがりません、勝つまでは』の世代は『無駄な抵抗』が多いのだ。 痛い思いをするのは自分だしと分かってはいるのに、今日はよくよくお天気のせいで膝の痛みが激しくて我慢の限界を感じたのである。 マイクロとかあと整体やってもらって帰ってきたのだが、一日で治るわけないもんね。 当分痛みと戦わねばと思う。金曜日一緒に出かける友達のお荷物にならぬようにとそのことで頭がいっぱい。それなら行かねばいいのに、やはり会いたいし、仕様のないこと。せめてお天気であって欲しいが、どうもぐずつきそうである。 Nさんみたいに背中が曲がってきてると先日言われたことが気になって、先生に尋ねたら、いや歳にしては姿勢はいい方だと言われて嬉しくなった。 明日は教室だが、何とか夕方整骨院の開いてる間に行きたいものである。
2006年02月22日
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事情聴取されていたので、いずれ逮捕?と思ってはいたが、今日午後にも逮捕、堀江被告らも再逮捕(共同通信)粉飾決算は50億とか。 堀江被告は粉飾を指示したつもりはないと言っても、赤字はだめ、黒字でないとと言われれば、事実が赤字なら粉飾するほかに手立てはないと思うのだが。 これは素人の考えでその道のプロにはなにか良い知恵があるのだろうか。地元の人だけに複雑な思いもあるのだが…
2006年02月22日
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市内にある天然温泉の無料招待券を2枚友達から頂いた。期限が25日までなのである。 明日は教室、次の日はマリンメッセ行き、スケジュールいっぱいで行けそうもない。 そうだ、Yさんご夫妻に上げようか、電話したらとても喜んで下さった。今日行こうかと話していたとのこと、タイミング良かったみたいで、券は無駄にならずに済んだ。 今頃はもう湯船の中かも、湯の坂温泉は泉質がいい。喜んで頂いて良かった。一日一善?
2006年02月22日
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『温泉いかがでした?』今夜は午前様ではなかったようです。今夜は温泉に行ったのでお風呂は入らないで寝ます。編んでいたベストも完成したしいい気持ちです。24日マリンメッセである手芸フェスティバルに着て行きます。 今夜は早寝?です。
2006年02月21日
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Cメール着信のメロディが突如流れる。『まだ新宿ビル』時刻は23時00分。自社ではないので打ち合わせか、会議なのだろう。 私の若い頃も遅くまで残業がなかったわけではないが…『午前様になりそう?』『たぶんね』 ヤフーメッセンジャーでメールが来るのはおおむね22時過ぎだけど、時々Cメールが飛んでくる。 それからやっとお風呂に入って布団にもぐりこむのは日付が変わる時刻になってしまう。友達に言わせると『毎日連絡くれる子供なんて今時貴重品だよ』 親子揃って変人扱いである。だからといってべたべた関係ではない。お惣菜など作って冷蔵便で送るなんてことは、大学時代から一度もやったことがないい。『骨折っちゃったから入院するよ』とメールで報告。見舞いにも帰ってこない。命に別状がないのならそれで良し。結局昨日は何時にご帰還だったやら、今夜は何時に連絡があるやら…待つ身はつらいといえばつらいよね。
2006年02月21日
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筑紫野までは、ゆっくり走っても45分で行けた。昨年12月にオープンしたばかりの新しい日帰り温泉である。Amandiという温泉は和風とアジアンリゾートを体感するバリ風の2種類がある。 初めてとあって和風に入ることにした。大きな浴槽とジャグジー。露天は麦飯石をくりぬいた風呂など大小5つの浴槽があった。 近くに国道3号線が通り、鹿児島本線もそばを走っている。客は多いが広いのでゆったりできるのが何よりである。 泉質は単純温泉でつるつる・すべすべとはいかないのが残念だが、入浴料平日950円なのに、雑誌『温泉博士』の手形で無料なのだから有難い。 1時間たっぷり浸って、和食処でお昼を頂いた。いくら好きのSさんは特上海鮮どんぶり・ざるそばがドライバーのHさん。残りは海鮮どんぶりを注文。 見た目はいけると思ったが、刺身は美味しいがご飯が不味い。べたっとしてご飯が不味くて食べる気がしない。上の魚は食べたけど半分以上残してしまった。 ご飯の不味いのはどうしようもない。美味しければお漬物だけでも食べられるけどね。 1カップ炊いてももっと美味しいのに…下のレストランでパスタのほうが良かったかなとみんなで笑った。 『来週は菊陽に行こうね』とのこと。温泉めぐりが本格的に出来そうである。海鮮丼800円+ガソリン代500円でぽかぽか気分です。
2006年02月21日
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牡蛎を食べに行ったからとお土産に殻付きの活き牡蛎を頂いた。昨夜は広島から届いた牡蛎を酢牡蠣で賞味、連続牡蛎尽くしである。 魚焼きグリルを使うとあとの掃除が大変なので、四角のそこが波になっている、グリルパンで焼くことにした。 小ぶりの牡蛎だったが焼いているとぷーんと香ばしい磯の香が漂う。湯気が出てきたので蓋を開けたら小さいのは口が開いている。 皿に取って殻をあけるとふっくらと盛り上がった白い身回りの黒が鮮やかである。 レモンを絞って、行儀悪いけどまずお味見である。旨い。息子は生牡蠣にウイスキーが一番というが、焼き牡蛎もなかなかいける。 小さかったが身は意外に大きくふっくらである。天然の塩加減がえもいわれぬ味で、久方ぶりに美味しい牡蛎にめぐり合った。 こんなときお酒が呑めたらいいのだが、日本酒もシングルモルトもあるのに、日向夏ワインもあったのに。普段呑まないのでつい呑むのを忘れてあとでちょっとでも呑めばよかったなーと思ってしまう。 それにしても今夜の牡蛎は最高に美味であった。
2006年02月20日
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大学受験の発表の季節になった。最近は受験に父母同伴も多いらしく早稲田の大隈講堂の前に『父母休憩所』の立て看板があったとか。うちの息子の頃は父母同伴なんてなかったけどね~。 『サクラサク』などの合格電報も今はないそうである。合否判定はホームページに載せるほか、電話で受験番号を入力しても確認できるそうである。 子供の受験発表を見に行ったのは随分昔の話だが、子供は国立の試験があったので、代わりに私が見に行った。 慣れない東京で水道橋駅を出て、若者がぞろぞろ歩いていく方向に何の疑いも持たず、みんなも合格発表を見に行ってるのだと後ろについて歩いて行った。 確かに大学は在ったが、そこは法政大学で子供の受験した大学ではなかった。見に行かねばならぬ大学とは反対方向に歩いていたのである。 あわてて引き返して、受験した大学に見に行った。受験番号を見つけたときは正直嬉しさよりほっとしたと言うのが本音であった。 東京へ一人で出す不安もあったが、いずれ親離れ子離れするのだしと思ったが、東京の大学に進学した子供は学部、大学院と進学、故郷へ戻ることはなかった。 子供には子供の人生、これでいい思っている。
2006年02月20日
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今日ほど本業に励んだことはない。PCと遊ぶこともせず、せっせと終日編み針を動かしていた。 小学3年の頃、まずは腰紐から、お弁当の袋、やがて毛糸のズロース(今は死語?)セーターと自分の物は自分で編んでいたから、結構親孝行だったんですよね。 誰の影響なのか、姉と二人でこつこつと編むのが好きだったような。最近都会ではニットカフェで指編みとか流行っているようだが、そう言えば、毛糸だまに”O・K針を知っていますか?”12号針だけらしいが、棒針は1本がかぎなし、1本がかぎつきで、輪針も同じくかぎとかぎなし、初心者が裏編みを容易に出来るように考えられたものらしい。そのうち実物を見てみたいものである。
2006年02月19日
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なんと頂き物の多い日だろう。お隣からキュウイ・友達から広島の生牡蛎・Y子さんから、赤カブと蕪・ブロッコリー・菜花・八朔・うずら豆の煮物。 夕方には近所から畑から抜いたばかりの大根・ねぎ・ブロッコリー。別の友達からお赤飯と生椎茸。 酢牡蠣で夕飯を済ませたら、今度は殻付きの牡蛎をお向かいから頂戴した。本当に何から食べていいのやら嬉しい悲鳴である。お陰で買出しに行かずにすむのだが、時々は『頂き物だけど食べて加勢して…』とおすそ分けしないと困るのである。 世界には飢えている人も多いのに、たくさん貰って困っている者もいるとは。 納骨堂の管理人から封書が届いた。改築か修理か、どう負担金がいるのかと内心びくびくしながら封をきった。 中の書状は納骨堂に3区画空きが出来たので、その募集の知らせであった。古く小さな納骨堂なので12万というから破格である。 まずその地区の者が優先でその次が私のように他地区の者の関係者という順だとあった。納骨堂が新設されたとき、夫の姉がその地に住んでいた。一緒に加入したらといわれて、新婚まもなくだったので言われるままに加入したのだが、夫の姉は息子3人に毎年一人づつ先立たれ、お寺に墓地を買って墓を建立した。 納骨堂に取り残されて、今は肩身の狭い思いをしている。維持費とか負担金は他地区に住む者は高く出さねばならない。 管理者が毎年変わられるが知らない方なので、鍵を借りることも出来ず、命日には扉の外から拝むことになる。 正月や彼岸・お盆には開いているので、ゆっくりお参りして、『お世話になっています』と米搗きバッタである。死んでも入る場所があるだけいいのかと割り切ってはいるが。 実家の納骨堂は芝の増上寺の地下にある。我が家は畑のど真ん中、どっちが居心地いいのかしら…
2006年02月19日
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ゆうパックが夜間配達をうけとりに玄関へ行ってる間に、久保の先制ゴールで1点先取。これを書き始めたときまたゴールを決めて2-0になった。2点目は誰だったのか(恥ずかしいけどあまり詳しくないので)オリンピックがいまいちなので、ちょっと嬉しい。 2点目は小笠原選手だった。
2006年02月18日
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予定が全部外れてめちゃめちゃの一日になった。久しぶりに温かい日と思っていたら、お日様は隠れ気温は上がらず冬日である。 今年の寒さは本当に酷くて、玄関においていたシクラメンが-4度まで下がった一夜で無残にも、ぐにゃりとなってしまった。 整骨院に行く用意をしていたら、以前教室に来ていたNさんがひょっこり尋ねて来た。玄関先では何だからというがここでいいと立ち話になった。 決して悪い人ではないのだが、彼女も一人暮らし、ついつい愚痴が多く、暗い話ばかりなので、みんなが敬遠したがる。 お互い互助の精神で、彼女の話を聞く羽目になった。土曜日は整骨院は2時までである。 彼女が帰ったらもう2時を回っていた。お昼もまだだし…と思っていたら、お向かいのお家から『暖かいぜんざい』の差し入れがあった。焼いたもち入りのぜんざいはちょっと甘すぎたがすきっ腹には美味しかった。 夫は折角甘いのを食べたのにと言っていたが、ぜんざいのあとの塩こぶはなくてなならない。 そうこうしていたら、高塚地蔵にお参りしたからと、生しいたけのお土産を頂戴した。今晩は焼いてあつあつにレモンを絞って食べようか。 ブロッコリーも貰ったし、何も買いだしに行かなくても間に合いそうである。 予定は予定外れたが、そう悪い一日でもなかったような、膝の痛みは益々増しているようだが、月曜日には絶対に整骨院へ行くぞ。
2006年02月18日
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朝の気温0度しっかり冷え込んでいました。でも今は久しぶりにお日様がニコニコ暖かくなるといいな~。 昨日の温泉でのこと、昨年から愛用のマイクロスリムシャツを着ていたら、傍にいた方から声をかけられた。『いいシャツ着てらっしゃるけど、どこでお買いになったのですか?』『これですか、インターネットで買ったんですよ』私の顔をみてちょっと怪訝そう… 『ご自分でインターネットされるのですか?』『はい』私の年代ではネットをやるというのはおかしく見えるらしい。 隣で私の連れが同じシャツを着るのに悪戦苦闘している。スリムなシャツは上からでなく下から靴下のように着るのよと幾度も教えたのにねー。人間の習性って一朝一夕には変えられないものらしい。 シャツは首の方から着るという固定観念(大げさかな)から抜け出せなくて、別の友達がすそを引っ張って着るのを手伝っている。 かく言う私だってほかのことで、常識外れのことをやってて笑われているのかも知れないが。
2006年02月18日
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教室の日、生徒の一人が『野田さんみたいに背中が丸くなって来てるよ』と声をかけた。前日、病院でストレッチ体操の時には姿勢について一言も注意なかったのだが。 部屋は壁が鏡である。座っていて自分の姿勢を見てもそう曲がっていなかった。 2階の背筋を矯正する器具で試しに運動したときも何も言われなかったのだが、生徒の一言が気になって、鏡の前に立つと背中ばかり見ている。 スナップ写真で丸い背中を見て愕然として以来、充分気をつけていた。膝の痛みも取れないし、湯船でしっかり足を伸ばしてよく観察すると右ひざが少し腫れているみたいである。 明日は整骨院へ行こう。痛いのを我慢することないものね。整形外科では痛み止めの薬は下さるが、あとは足定板を作って装着するのみで、痛みは一向に治まらない。早く痛みから開放されたい。
2006年02月17日
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人と人との出会いとは不思議なものである。生徒の友達に帽子を頼まれて編んであげた。 その縁で、今日は生徒とその人の車で思いもかけず、温泉行きを誘われた。行く先は隣の市の福祉協議会にある温泉である。 30万都市のわが市にはこのような施設はないのが嘆かわしい。天然かけ流しの温泉はすべすべつるつるといい湯であった。露天風呂がないのが残念で、それと排気装置がなくて湯気がもうもうで人の顔も見えないくらいであった。 今年になってはじめての温泉でゆったりと長風呂を楽しんだ。その新しい友人は×一で、男の子二人のうち次男を引き取って育てたのだという。 18歳まで元の夫はきちんと付き万の養育費を振り込んでくれたそうで、それでも性格の不一致で…と笑っていた。 今は親の遺産で一軒家を貰い一人で暮らしているそうで、週に二日介護ヘルパーをやっておられるとか。 育てた子に期待していたけど最近、お嫁さんの実家から1千万貰って家を新築して、親は親で暮らしてと突き放されたと寂しそうに話した。 今の社会はあくまでも夫婦主体で、親は親で生きるのが当然らしい。私も子供は息子一人、いざと言うときはと思っているのだが、頼ってはならないのだろうか。話を聞きながら他人事ではないと思った。
2006年02月17日
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今日も雨が降ったり止んだりのお天気、朝の気温は12度だったのに上がるどころか、逆に下がって風も加わり終日寒かった。 市内の梅の名所、禅寺の梅林寺の梅園も例年だと2月の半ばには満開なのに今年はまだ、固い蕾である。暗いニュースの多いこのごろで余計に張るの訪れが待たれてならない。 いつもだと顔を出すふきのとうも今年はまだである。天候が不順だとなんだか人間の心までゆとりがなくなるような気がしてならない。 明るいニュースと言えば姪の娘が大学に合格したこと。友人のお孫さんが高校に合格したことくらいである。 筑後市の自動車運転免許試験場でとんでもないことがあったとかで、夕方の全国ニュースで取り上げられていた。 日曜日は更新手続きが多いそうで、啓発ビデオの冒頭にアダルトビデオのタイトルに続き男性の背中と女性の顔が映り受講者(190人)は一瞬驚きの声があがったそうだが、苦情はなかったという。講師が私物のビデオテープにダビングした際、前の分が5秒ほど残っていたものとのことだが、啓発ビデオは著作権の関係で複写は禁じられているのだとか。
2006年02月16日
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『武部氏次男に振込み指示』民主指摘「3000万円」夕刊の大見出しである。武部氏次男 否定ということだが、「前回振り込んだ口座と同じ口座」と記事にある、ということは一回きりではないということか? 民主党の永田寿康議員が明らかにしたメールの全文は以下の通り シークレット・至急扱いで処理して欲しいんだけど、おそくても31日 できれば29日までに△△さん(次男名)宛てに3000万円を振り込 むように手配してください(前回、振り込んだ口座と同じでOK) 項目は、選挙コンサルティング費で処理してね。 ○○○○、宮内の指示を仰いで、○○には、こちらからも伝えておくの で心配しないで。 堀江 (朝日新聞より)事実か否か分からないが、火のないところに煙は立たぬとか、そんな気がする。
2006年02月16日
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学校崩壊とか教育崩壊の話が論じられているが、私の住む市ではこの春から義務教育の公立中学校の学区制がなくなり、行きたい学校へ自由に行けるという。 子育てを早く終えたので詳しいことは分からない。昨年周辺の4町と合併し、市が大きくなった。 中学校が選べることになれば、これまでいい高校に何人入学できたかなどで入学希望者が殺到ということもあるだろうが、その場合はどう対処するのか、学校間の格差が生まれると思うのだが、これが時代の流れなのだろうか。 少子化で統合などということも視野に入れてのことなのか、今日初耳で事情がさっぱり分からない。
2006年02月15日
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来月3月から福岡市内でもITが導入されるとローカルニュースであっていた。 東京で見慣れていて便利でいいなーといつも思っていたのだが、ようやく福岡にもって感じである。 バスがあとどのくらいで来るのか分かるのはほんとに有難い。私の住む久留米市では、そうなることは期待できないと思うけど。 東京では前乗り、中下り。九州では中乗り・前下りと反対である。東京の都バスの低床バスは足の悪い者にとっては嬉しいバスである。とりあえず福岡市内だけでもITバスが走ることを喜ばねば・・・
2006年02月15日
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今月のラベンダー外来は、市内の内藤病院施設見学であった。いつも同乗させて下さる、Mさんが親戚の不幸で参加できないと連絡があった。 バスで行くことにした。場所の見当はついているのだが、バス停から何分かかるか分からないので早めに家を出た。1時半集合なのに、12時50分に到着、まもなく見えたSさんと部屋に入れて貰った。 1階には12.5mの温水プールがあり、流水プールにもバブルプールにもなる、施設である。 エアーバイクなど、運動器具がいろいろあった。 2時からスライドを使って、肥満・糖尿病・高血圧・高脂血症(4大死病)について話があり、その後マットでストレッチ体操を教わった。 プールで30分歩いても、そのあと大福1個食べれば、チャラになるとの話はショックであった。 食事療法と運動、貯筋が大事だと。ラベンダーでは食事指導と運動のカルテを貰うが自主的に家でやるのでは、ついつい寒いからとか忙しいからとかサボることも多いのである。 ここの病院では会員になると一人ひとりに合った運動の指導をしてくれるのである。 入会金が5250円、会費が8???円(パンフ貰ったのに忘れて帰りました)交通費を考えるとちょっとおいそれとはいかない。 お金をかけて太って、お金をかけてダイエット。誰かさんは『お金で買えないものはない』と言っていたが、お金があっても努力しなければ出来ないことが如何に多いか。 今日習ってきたストレッチを少し頑張ってみるかな。見学した感想は今行っているラベンダーより数段施設が整って指導も適切になされているように思えたけど…
2006年02月15日
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夜になって、瀬高の友人に電話を入れた。『どうしてる。寂しいでしょう?』前日ご主人をがんセンターに入院させたのである。 京大への入院の時は娘さん宅だったので、夜一人になることもなかったのに、今度は夜は一人なのである。自分にも経験があるだけに彼女がどうしているのか気になって仕方なかった。 夫が始めて救急車で運ばれたときは、正月で息子が帰省していてほんとに心強かった。 『考えててもしかたないし、少し編もうかなと思ってたところだった』お互いヤフーなので、こんなときはどんな長話も大丈夫である。 今の医療制度だと、他の病院で手術した患者はまあ外様大名みたいなものらしい。検査して化学治療、抗がん剤治療になると思うけど、合わなかったらごこか病院の転院も視野に入れてご主人の教え子などに相談しておられるようだ。 患者と医者の信頼関係が病気の治療には欠かせないように思う。『72年生きてまだ生きたいですか』といわれた先生と信頼関係を結ぶのは至難の業に思えるのだが… 時々電話頂戴ねと電話を切ったが、ほんの少しでも支えになってやれたらと思っている。
2006年02月14日
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月に2回の資源ごみ(ダンボールや新聞紙など)の回収日。ダンボールがかなりあったので、昨日の夕方紐で括った。空模様が下り坂で心配だったが、朝の間は雨は降ってなくて、出せたので良かった。 集積所が近いので助かる。運動にもなるしと手で持っていった。5往復すると寒空なのにぽっぽっと体が暖まってくる。 一仕事したあとの朝食はいつもより美味しかった。長崎のさつきさんに頂いた白菜の漬物は柿の皮を一緒に漬け込んであって風味があっていい味である。 3日間家を空けたので洗濯物がいっぱい。テラスがあるので雨になっても大丈夫なので、思い立って洗濯する。予報通り雨になったので今日は乾かないだろう。 オリンピックの前評判が良かったので期待していたが、まだメダルなしとは寂しい限りである。 オリンピックで実力以上の成績が出せる人、持てる力を十分に発揮できない人の差はなんなのだろう。参加することに意義があるとは言っても出場したら勝ちたいのは人間の本能だと思う。スキー板が身長によって長さが決まるのは知っていたが、体重も関係があるとは知らなかった。200gなら分けてあげられるものなら、喜んであげたいのだが… これからの種目でメダル幾つ取れるだろうか。がんばれ日本!あまりプレッシャーかけてはいけないのかな。
2006年02月14日
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今年の寒さは異常である。1998年の2月13日金曜日の日記772日(この数字は夫が倒れた日からの日数である) 朝は土が濡れていた。日中の気温20度。朝のうち局へ振り込みに行く。日 経パソコンの雑誌代。病院の支払い57、???円。 昨年の1~7月の領収書のコピー貰って帰る(注、確定申告用?) お昼はちゃんこ千代の岩で、河庄のママに馳走になった。これが亡くなった年の日記、探し物をしていたらぴょっこり出てきた。オリンピックの年であったらしい。15日にラージヒルで船木 金、原田 銅スケート1000で清水 銅と記している。東京は雪だとか。とももうこの頃から膝が悪かったようだ。今晩あたりメダルのニュースが聞かれるだろうか。
2006年02月13日
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大分県日田市中津江の『地底博物館鯛生金山』で売店の商品が盗まれていると警察に通報があり、署員が駆けつけたところ、博物館に展示されていた『純金製の鯛の彫刻』がなくなっていた。鯛は92年、観光坑道内に1億円かけて取り付けられたもので、雌雄1対でオスは重さ30キロ、メスは20キロ、盗まれたのはオスで5千万円とも7千万とも。12日の閉館後、翌朝被害に気づいたそうである。 金の鯛はどこにいるのであろう。
2006年02月13日
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3日間連続で外出で疲れていたのか、すっきりお目覚めとはいかなかった。8時で外気温-2度である。キッチンの水道が凍結寸前であった。栓をひねるとチョロチョロとでて、『しまった』と思った瞬間ドバっと出てあー良かったと胸をなでおろした。 電報がパソコンから打てると電話帳にあったので、挑戦することにした。さて、送信とやるが住所を『修正』とエラーメッセージが出る。見直すが町名も地番も間違っていない。 おかしいと2度3度やったが同じである。試行錯誤で分かったが、区切りにスペースを入れるのを怠ったためであることがわかった。 ちょっと一言そのことが書いてあるか、例文があれば、悩まなくて済んだのにと、いやボケないように頭を使えという親切心かな… パソコン世代ではスペースを入れるのが至極当然のことなのかも知れない。人間は推測で処理できることが、パソコンではすべて拒否されるので始終あたふたしている。 祝電を打つのに30分もかかってしまった。出来たから善しとしよう。
2006年02月13日
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先天性脳動静脈奇形による脳出血で開頭手術2回受け生命は取り止めたが、意識障害3度で、所謂『植物人間』を持つ家族と、『がん』で余命を宣告された病人を持つ家族。どちらがより辛いだろうか。 友達のご主人が『進行性がん』の再発で、主治医に『72年生きてきて、まだ生きたいですか』と言われたと聞いたとき、そんな医師がいるのかとショックだった。(息子曰くそんな医師は免許剥奪だって) 医師のそんな対応にも動ぜず普段通りに、穏やかな笑顔でそんな話しをする、彼女を偉いな、と思うし尊敬もしている。 彼女に言わせると、『意識のないご主人を3年近く雨の日も雪の日も365日見舞い行ったあなたに感動させられた』と言うのだが。 病院へ行って全く意識のないおっとの顔を見る。爪を切ってあげる、それくらいが私の出来ること。毎日顔をミニ行かずにはいられなかった。 一瞬でも意識が戻らないかと奇跡を念じたが叶わなかった。人間どうせ一度は死ぬのだけど、弱っていく人を見つめながら生きる辛さ、痛みがあってもどうしてもやれぬ苛立ちなど。 私が彼女に援助してやれることがないか考えているのだが。
2006年02月12日
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今朝も6時起床、かもめ5号で長崎へ行った。ヨーロッパ旅行を共にしたNさんがニッケの講習会の講師で来ると言うので会いたくなって出かけたのである。 家を7時過ぎに出てバスでJR駅、鳥栖で乗換えである。ランタンフェスティバルの最終日とあって意外に列車は混んでいた。 まさか、久留米から来るとは思ってなかったのか、目が合ったときの驚きの顔、姉の友でもあり、旧友と会うのは懐かしく嬉しいものでる。 丁度脂ののった世代で、立派な講師になっていてちょっとばかり、羨ましく、妬ましくも思うのは恥ずかしいが本音でもある。中央集権社会だし、田舎にいては世に出るのは難しい。 もっと若いうちに違った生き方を考えるべきだったのだが、この歳では人生やり直しもできない。むしろあの世の方が近いのだから。 長崎の講習会の楽しみは昼食が美味しい。季節の季節のお吸い物が、社長の(女性)の心づくしのお手製である。昨日も同じメーカーの講習だったのだが、講師によって、全く違うものを学べるのは嬉しいことである。 好きな作品が2つ今日は大収穫である。帰りには『一人暮らしだから』と白菜のお漬物までお土産に頂いて来た。 指定席がすべて売り切れなので、一足早く駅に行き、自由席に座れてやれやれ、2時間で鳥栖につくのだが、それからの乗り継ぎが時間がかかって家に着いたのは6時半、明日はゆっくりしたいな~
2006年02月12日
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『もう72年も生きてきたのじゃないですか。まだ生きたいですか』医者からこう言われたご当人はどう思われたであろうか。 友達のご主人はがん患者なのである。この前の診察日にご夫婦を前にそう言われたそうである。 話を聞いて『えっ、主治医の先生が本人を前にそんなこと言われたんですか』思わず声が大きくなった。 娘さん二人で上の娘さんは若くしてご主人を白血病で亡くされ一人息子さんと母子家庭である。『あの孫がせめて高校まで父親代わりに生きていたい』とおっしゃったそうである。 肺がんと脾臓・大腸・横隔膜雁の手術を京大病院でされた。4期だそうで、その後の抗がん剤で一時数値が2まであがったと喜んでいたのが、悪くなりまた抗がん剤治療らしい。『もう、入院はせん』と怒っていられたようだが、月曜日に福岡に入院されることになったそうです。 先生との相性ってあるのかも知れないが、、こっちの方なのに京大病院で手術したことがネックになっているように感じる。 娘さんが京都に住んでいて手づるがあって京大でされたのだが、今の主治医は日本でも有数な腕のいい医者であるらしい。『でもまだ生きていたいのですか』という医者は腕は良くてもいい医者とは言えないと思うのだが・・・
2006年02月11日
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天気予報が今日も外れ、晴れで暖かな筈が雨降りで寒いこと。いつもはスーパーまでしか送ってくれない友達が玄関まで送ってくれた。帰りは荷物が多いので嬉しかった。 若くて気さくな先生なので受講者の多いこと。私は正月以来一月ぶりの再会である。『特産の高菜漬け』懐かしく美味しかったと喜んで下さった。 隔月に会っていたメンバーに会うのが楽しみだったのだが、KさんとYさんがお休みで寂しかった。 大牟田までとなると時間も交通費もかかるので、足が遠のくのも頷ける。同じメーカーでも先生で作品が全く違う。新しい技法はなかったが、まあ講習会としてはいい方だと思う。 明日はNさんの講習会、姉の同僚である。姉も元気だったらとふい思ってしまう。 今日の先生に携帯のアドレス教えて貰った。これから気軽にメールが出来ることは大きなメリットである。 今頃は博多駅だろうか。
2006年02月11日
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広川の仲間がわざわざ後戻りしてくるまで迎えに来てくれます。荷物が重たいので有難いことです。 いい作品があるといいけどな~講師とは東京でお会いしたけど、仲間とは12月以来の顔合わせいろんな話が聞けるのも楽しみです。行って来ま~す。
2006年02月11日
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生徒のAこさんが友達のところですごいニットを見たと言ってきた。今まで見たこともない、素晴らしいものだという。なんでも福岡のニット工房らしい。 先輩のY先生ならご存知かと思って電話のついでに尋ねてみたらやっぱり市っておられた。 お店には商品はなく、あちこちで展示会を開いて売って回っているのだとか。 30年来のお付き合いとのことであった。いっぺん見てみたいと言ったら、見るほどのことはないよ、ただ色使いは上手だけど…ラメ糸を使って華やかなものらしい。 20万も30万もするのだとか、どうも私の好みには合わないみたい。シンプルなものが好き。凝ったものも好きだけど、華美なものは好みではない。 織物なら大島や絣、焼き物なら備前焼とか。A子さんに知ってると問われて気になっていたが、Y先生の話で頭のもやもやが吹っ切れた。やはり経験の長い友人は有難い存在である。
2006年02月10日
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携帯電話のアラームを6時にセットして寝た。西鉄集合時間が8時と聞いていたので6時には起きないと間に合わないなと思ったのである。 最近は7時半起床と遅かったので起きる自信がなかった。そのなのに、目が覚めて時計を覘いたら5時58分、人間って意識しているとちゃんとできるものだな、神様は良く作ったものだと妙な感心をした。 支度してくるまで送ってくれる家に約束の7時20分に行く。そこからNさんを誘いに行ったら、彼女はまだエプロン姿である。『8時40分集合なのにこんなに早く行ってどうするの』 どうも3月の旅行と時間を間違えたのらしい。一度家に戻っていくことにした。悪いのは私かな。全く書面を見てなかったから。 ○サキ真珠点に寄って、シーホークで昼食、日本料理はまあまあ美味しかった。そのあと、九州国立博物館へ、『中国美の十字路』と常設展を見て歩く。一応自由行動だが4人メンバーの趣味が違えばゆっくりと見ることが出来なくて、消化不良のような… 暖かくなたらまた出直したいと思った。明日は講習会今から支度せねば、当分忙しい日が続きそうです。(真珠は×・○キモトの彼が来たときも×だったのだもの)
2006年02月10日
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昨夜11時過ぎ姪から電話があった。お通夜から帰ったところだと言う。何だが不満そうな声、『何かあったの?』弟嫁の弟に、結婚式の当日の不満を言われたらしい。極、内輪の披露宴でそれぞれが二人に祝辞を述べたと思うのだが、もう6年にもなると何を言ったやら私はすっかり忘れている。『お姉さん(姪)が弟のことをほめて不愉快だった』と言われたそうである。仲の良い二人っきりの姉弟なので、弟の嫁には私の気に入る人と思っていた姪は急に見合い結婚した弟にちょっぴり不満があったのか?その辺はわからないが。 『なにもお通夜の席でねー』と…。『翌日、9時の告別式だというから、泊まるつもりで出かけたけど、みんな家に帰るというので私も帰って来たけど、9時には行けそうもない』と言っていた。 弟が数珠も持ってなかったのもカチンときたらしい。遺族、親族が誰一人数珠がなかったとか。『仏教徒なの?』『もちろんお寺さんお経読んでお説法もあったもの』 100の家族があれば100の暮らしがあるのだろうし、あんまりかっかしないようにと言って電話を切ったが、私の頃は結婚のとき数珠を持って嫁婚家今夏の仏壇にお参りしたものだが、今はご先祖様は忘れられているのだろうか。 よその通夜の話に複雑な思いを抱いた
2006年02月10日
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立春を過ぎて日暮れが徐々に遅くなった。教室に来るなり『暖房入ってるの?』8時前に28度に設定して入れていたのだが、マイナスの温度は暖かさを感じさせぬくらい寒かった。 先週が教室初めだったけど、風邪で一人、欠席だったので今日お年玉をやることに。旧正月だねと笑いながら。 一応アウターだけど、色々なのでじゃんけんである。みな童心に返って真剣にじゃんけんに熱中する姿は面白い。勝った者から順々に好きなものが選べるのである。一人だけ大きい人がいるのだが、家族が着られるので喜んでくれる。 母も姉も亡くなって、孫もいないし、物を買ってあげる人がいないのは寂しいものである。喜んで貰って下さる人は大好き。 『さんりんぼ』なんて若い人は知らないだろうなー。教室のみんなが間違いばかりで、相当年期が入った者までとんでもない間違いをして解く羽目に。 編物は解いてやり直しが出来るからいいようなものの、きちんと教えたつもりのことが、身についていないことにがっかりさせられた。 教え方が悪いのか、覚えてない生徒が悪いのか?5時過ぎ生徒が帰ったあとAさんが、『白内障の手術することにした』と報告に見えた。どこの病院がいいかとこの前会った時聞かれたが、経験がないのでアドバイスできない。 病院の紹介ほど難しいことはないと思う。美味しいお店を教えるのより責任重大だから…かかりつけの病院の紹介状を貰ったと言うことでその先生を信じてと言うしかなかった。懸案の手術うまくいって世界が変わるほど見えるようになって欲しいのだが、神様に祈ることだけが私に出来ることである。
2006年02月09日
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今朝は2度、東京は昨日は寒さが和らいだと言ってたけど今日はどうなのだろうか。 時計を見たら9時少し前、甥のお嫁さんのお父さんの告別式があと数分で始まるのだな、早いですよね。9時の告別式って聞いたことないような… 息子に話したら『変ね~』と言っていたが、寂しいお通夜、なんだか哀れを感じた。安らかにと祈るのみです。ダンスが好きだと聞いていたけど、同好の友達が見送ってくださっているといいのですが… 教室頑張ろう!
2006年02月09日
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”ところ変われば品変わる”いろんな行事やしきたりが地方によって違うのは百も承知だが、甥のお嫁さんはお通夜に泊まらないで自宅に帰るのだそうである。 お通夜は家族・親類縁者や、親交の深かった者が故人を偲びお灯明・お線香を絶やさずにするものだと思っていたのだが。 姪の話だと、千葉から来る長男だけが通夜の会場に残り、長女・次女・三女・奥さんも家に帰るのだというのである。 翌日の告別式は朝の9時からだそうで、式に参列される方々も大変なことだと驚いた。亡くなられたお父さんもせめて一夜、家族に見守られて欲しいのではないかと思うがどうなのだろう。 盛大な葬儀はごめんだが、せめて子供には見送って貰いたいと私自身は思う。
2006年02月08日
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