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地域包括ケア病棟は、治療よりリハビリという建前だが、現実はそうでもない。 昨日と変わらず、午前と午後、自転車漕ぎのメニューだった。 私と前後して、自転車漕ぎの方は今日がラストランだと嬉しそう。 でも初めてのひとり暮らしになるなだとか、、、 やっと顔なじみになったのに、まずはおめでとう。 一度家に外出させてと、コロナがあるから駄目と許可貰えなかった。 仕方ないか。 午後、談話室でゲームやっていたら、突然男性の患者さんが大声で「人をバカにしやがつて、、、」と喚きながら、その後を「バカになどしてません、危ないじゃありませんか」 入院患者は多かれ少なかれ、誰しもストレスを抱えている。 軽い認知症の方も、、、 ここへ来て2日目、「談話室からひとりで帰れますか」だって、、、 年齢90と聞くとそう思われるのかな。 多少覚束ないがまだまだ大丈夫よ。 あと一時間は起きてなきゃ、夜が長過ぎます。 今日も無事過ごせました。
2020年03月31日
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午前と午後いつも通りリハビリで自転車漕ぎ、午前中は、10分待ち、その間廊下をぐるぐる回った。 病室に戻ってスマホを見たら(志村けんさん)の訃報が、やはり駄目だったかと愕然、 コロナではないが、私自身が肺炎で、それこそプールで歩いた翌々日、当番医の適切な判断と、高度救命センターの医師の治療のお陰で一命をとりとめたばかり。 がんは宣告されてもすぐには死なないが、肺炎はあっと言う間に呼吸困難になる。 今日、地域包括ケア病棟に替わりました。 介護認定を受けてなくても、医師が認めた場合、入院出来るらしい。 最長2ヵ月、定額で退院な向けてリハビリを重点的に、、、 理学療法士が代わるが、同じ病院内、顔を合わせることはあるし何人かの方とは、FB友達なので心強いです。 明日から頑張ります。 志村けんさんのご冥福をお祈りいたします。
2020年03月30日
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明日、5階病棟へ移動することになりました。 5階病棟は、2ヵ月以内の期限付きだそうです。 差額ベッド代が要らないそうで有り難い。 医療制度は、複雑怪奇、全くわかりません。 日曜日でリハビリもお休みなので、自主リハビリ、同室のちょっと問題ありの方と連れて 廊下を3周、一休みしてもう3周、1000歩近く歩いた。 看護師さんに、ありがとうとお礼言われて、、、 明日は5階へ移るので最初で最後だけど、、、 香典返しのカタログの期限までに、一度外出しなければ、もったいないもんね。 コロナがなければすぐにも退院出来るのに、 流れに身を任せると決めても、時にはぶれる。 情けないが仕方ない。
2020年03月29日
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これが「せん妄」かどうか、分からないが救命センターで入院中、体験してことを書いておきたいと思う。 無地のカーテンなのに、突如カーテン全体に、ブルーの花柄のレース模様が浮き上がる。 暫くするとブルーが、オレンジ色に、そして黄色、グリーンに、花柄のレース模様が、今度はかぎ針編みの、編み図に、これも色とりどり、新聞の番組表も表れた。 叔母が入院中、天井にネズミがいると、幻覚だろう、言っていたのを思い出した。 カーテンは無地だと思っていたが、昼間良く見ると、細い横縞で、私が見た色そのものだった。 その不思議な現象は、病状が落ち着くと、全く見えなくなりました。 コロナは終息するどころか、拡大してるようで、退院すべきか、否か、大きな悩みです。
2020年03月26日
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いつになったら退院が決まるのか、今日もリハビリと体調管理の一日。 コロナがなければ、直ぐに退院したいが、、、 午後、袖ヶ浦に住む弟嫁、つまり義妹から突然電話があった。 救急車で搬送されたのは、知らせてあったのだが、、、 やっと今頃電話と思ったら、鳥栖に居ると言う。義妹の実家である。 実は義妹でもあるが、従妹でもある。 私の見舞いに来たのではなく、自分の姉が脳に出来た血を取ったので看護のため来て、あと2.3日で帰るので電話したのだと。 姉は退院したそうな、、、 どこの病院?と聞くので、面会時間10分なのでわざわざ来なくてもいいと言ったら、そう退院したら電話してねと、、、 彼女には、赤い血が流れてないのだろうか? 肉親の愛情なんて微塵もない。 電話を貰って後味の悪いこと。弟は幸せだったのだろうかと、ふと思った。 従姉妹揃って同じ時期に入院なんて、それだけ歳を取ったってことか、 私90、従姉妹87歳あーあ
2020年03月25日
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何のためにこの病院にいるのか、、、 定期的に、検温、血圧、血中酸素、お変わりないですか、あと午前と午後のリハビリだけ。 主治医と会ったのはいつだったか、思い出せないくらい前だ。 外はコロナで決して住み良いとは言えないが ここも居心地が良くない、と言うより悪い。 今日は先程、「テーブルは、動けない患者さん用だから」ともっていかれた。 私だってきちんと入院費は払っている。 ベッド数だけ、テーブルがないのだろう。 選択肢がなかったと言え何故ここを選んだのか悔やまれてならない。 息子はもう暫く居た方がいいと言うけど、どうしたものか、今の悩みである。
2020年03月23日
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救急車で搬送されたのだから、苦しいのは当然だが、水分の摂取が一日500ccこれには参った。 今日は後、200ccや、優しい看護師さんも、鬼に見える。 夏なら、一度な飲める量だもんね。 何日続いたか、身体が自由に動けないので覚えてないが後できいたら、肺に水が溜まるにを予防するためだったそうだ。 点滴の針刺しも大変だった。一発でと言うことはまずない。 手の甲の細い血管に、4回目にOKだったことも。 「痛かったね、下手でごめん」と言われて思わず本当に下手ねと、、、 やっと安心しても、一日持たぬことも。 診療明細書が8枚もあって、、、 最初の計画書では、入院約一週間とあるのに、13日になったのは、高齢だったからなのか、いづれにせよ命を助けて頂いたのだ。 残り少ない人生、悔いなく生きねばと、、、
2020年03月22日
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リハビリの先生に「家に帰りたくないの?」といきなり言われた。 「何が不安?」 夜、今度のようなことが起きたら、ひとりは怖い。 看護師さんに、退院したくないなんて言ったことないのに、、、 最近、主治医と会ってないし、自分の状態がどうなのか、説明受けていない。 息苦しさはないし、糖尿といわれたのが、気になっているのだが、、、 毎食前のチクリがないことは、良くなったってこと。 それならそうと、説明すべきだと思う。 退院してもいいよ、嬉しいけど何となく喉に骨が刺さったよう、、、 帰ってどうなるか、分からないが、まずは 帰って見て無理だったら、そこで次善の策を考えればいい。 選択の余地がなかったけど最善の選択でなかったのは、残念だったけど、、、
2020年03月21日
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コロナがなければ、祝日の午後は見舞い客も多いのだろうが、家族ひとり10分の制約では、足も鈍ると思う。 今日は3度目のシャワーの日だった。 自由に出来れば嬉しいが、転倒のリスクなどで、手取り足取り、有難いことだけどさっぱりはするが、気分的には疲れる。 毎日、介助される方の苦労は大変なものだ。 その度に違う方で、看護師さんに事前に聞いたとか、本当に90なんですか?と 入院前の私なら良かったのに、、、 リハビリで自転車漕ぐのに、歳を入力しようとされたら、80歳までで、90はなかった。 100歳も珍しくない時代、これからはできるかも。我が家の体重計もないもんね。
2020年03月20日
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お昼の食事が、ちゃんぽんだったことくらいで、いつもと同じ一日である。 一日2000歩と思っていたが、達成するのは難しそう、、、 動物園の熊さんみたいには行かない。 5階に、移られたあとに、入ってこられたところの入り口に、小さいマットが敷いてある。 野次馬根性旺盛な私、気になって仕方ない。 質問したわけじゃないが、偶然聞いた。 センサーマットらしい。 ベッドを離れるとナースセンターへ、、、 色んな患者さんがいて、色んな器具があるんだと、、、 私の知らない世界がまだまだいっぱい。 死ぬまで勉強です。
2020年03月19日
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今朝も早く目覚めた。 8時には寝るので5時に起きても充分な睡眠時間だ。 6時なるのを待って談話室へ行く。 新聞を読む。リハビリと食事、服薬、あとは スマホで時間を潰す。それが日課。 一つ忘れていた。 午前と午後、検温、血中酸素濃度、血圧測定も、、、 一番奥の病室なためか、先生の顔を見ることも稀。 午後、栄養士さんが食事のことで見えた。 そろそろ退院の話しは?、、、 全然聞いていません。食前の血糖値は計らなくていいと言われたけど、転院時、血液検査しただけで、その後どうなっているのか? 先生に聞いて来ますねと言われたが、そのまま梨の礫だ。 コロナ騒ぎで、退院しても、難しいので、いいようなものの、まるでほったらかされているようで、、、 回診もないしね。 鬱にならぬよう気を付けねば、、、
2020年03月18日
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朝、9時リハビリ、右足のマッサージやって貰った。 右足は浮腫んだことがなかったのに、最近は右足の方が酷い。 昼間は弾性靴下を履いているが夜は脱ぐ。 履くのは、簡単ではないが何とか履けるけど、脱ぐのは、難しい。 ごめん、脱がしてとお願いする。 午後のリハビリは、自転車漕ぎ、レベル9で18分漕いだ。 これまでスマホは、キャリーケースに入れていたが、手に持ってあるくと、歩数が出ることが分かったので、今日から始めた。 今日の歩数1347歩だった。
2020年03月17日
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お風呂で転んだそうで、古賀21に救急車で運ばれ入院したそうだ。 背骨が折れてますと言われただけで、詳しい説明はなかったとか。 明日、娘さんがくるので、と言っていた。 友人も、一人暮らしである。 最低十日は全く動けないそうである。 日曜日の病院は退屈だと、、、 知人の外科医マサヤ先生に、退屈なのは良くなっている証拠、リハビリ頑張ってと、、、 いい、お医者になったなと、感無量❗️
2020年03月15日
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転院して貰った書面に、病名として、肺炎後、突発性心房細動、糖尿病と併記されている。 胆嚢癌摘出後7年半、経過観察で3か月1度の血液検査は欠かしたことはない。 これまで一度も血糖値が高いと言われたこともなかった。 178と知らされた値も、初めて聞く値で、糖尿病と言われても納得いかなかった。 救命センターで食事がうまく取れなかった時、ゼリーならいいかもと、それから毎日毎食、カロリーメイトゼリーを飲んだ。 そのせいかどうかわかりませんが、転院して十日あまり食事前に血糖値を測られたが、もう測らなくてもいいと、、、 食事は糖尿食1200キロカロリーを摂っている。 一過性のものだったらと思っているが、、、 何はともわれ元気になって帰りたい。
2020年03月14日
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鼻には、酸素、胸には心電図、手の甲に、点滴針、尿管全く動けない。 金曜日、元気にプールで歩けたのに、この有様である。 その前日、いつもと違うと、かかりつけ医に行ったあの時、胸部レントゲンを撮っていたら、呼吸不全で苦しむことはなかったのだ。 心房細動の持病があるため、先生もまさか肺炎とは、考えられなかったのだろう。 救命センターなので、一応命の危険から脱したので、呼吸器科のある一般病院へ転院となり、現在に至っている。 救命センターでびっくりしたのは、飛び交う言葉が、方言だったこと。それも昭和時代を彷彿される懐かしい言葉。 息子が中学時代にタイムスリップしたようだと、、、 「よか、よか」だとか、「いっちょん気にせんでよか」とか。 酸素のまま転院の予定が前々日に取れました。 転院して、今日で21日です。
2020年03月12日
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備え付けの酸素では、間に合わず、器具が持ち込まれ、酸素の量が一気に増えた。 後で聞いた話ですが、初動治療が全く効かず先生方を慌てさせたらしい。 癌の告知は冷静に聞けたのに、終活半ばで、呼吸困難の時の延命措置の話は、ショックだった。 余談ですが、コロナ対策で「外国へいかなかったか、中国人の友達はいないかやなど聞かれた。 HCUへの出入りは厳しく、入室時、入口に用意された、マスク、エプロン、手袋の3点セットを着用、出る時は廃棄、面会人も、教授回診も、皆義務づけられていた。 ドクターヘリもある、最高な医療機関である。続きはまた、、、
2020年03月10日
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思いがけない展開だった。大学病院は最近は肺炎は受け入れてくれないと言われたが、13日に消化器センターに、経過観察の、予約があったからか、受け入れてもらった。 到着と同時に、大勢の人に囲まれ、細部に亘っては覚えていないが、レントゲン、CT、採血、HCU–9に収容された。 3日前、プールで歩けた人間が何故?夢か現実か、自分が納得いかなかった。 家族歴、病歴など聞かれ何枚もサインさせられたがよく覚えてない。 翌日、息子がいすみ市から駆けつけた。 二泊して、帰った。 その夜か、その次の夜か、先生が大事な話があると、、、 急変の恐れがある、気管切開、人工呼吸器、鼻から栄養摂取など、延命治療をどうするか? えっ私死ぬの? もうこの歳まで生きたので、その時は自然に任せて逝かせて下さい、痛みは取って欲しいと答えました。 じゃ、息子さんにそのように伝えていいですね。 はい、 知らせの電話で、翌日息子が飛んで来た。 ここまで、、、
2020年03月09日
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談話室で、食事摂ってもいいよと言われて今日からそうすることにした。 ひとりっきりだけど、月を眺めながらの食事は嬉しい。 スマホでなブログ入力は初めてで、写真などもと思うけどまだおっつかない。 90の手習いである。
2020年03月08日
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2月9日は日曜日だった。 体調が悪かった私、当番医へ行くようにと息子に強く言われ、夕方タクシーで、病院行った。 当番医は顔を見るなり、即座に胸部レントゲンを 肺炎です、大病院でないと手に負えない。 酸素で息苦しさが少し和らぎ、そこから医大救命センターへ運ばれた。続きは明日、、、
2020年03月08日
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