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「月曜日、10時頃伺いたい」と教室のメンバーから電話が・・・連れ立って3人が、3人も2月6日から初めての顔合わせだという。コロナは罪だ。 今更ながらだが「見舞い」を頂く。 私は死ぬか生きるかの土壇場まで行ったのだが、Nさん曰く「教室のクーラーと換気が不完全で肺炎になったのだ」と・・・結局私が悪者なのだ。 私より1周り年下、思ったことは平気で口にする人なのだが、いつかも「息子は元気ですか」といくらなんでも人に息子は、とは言わないよね。 玄関先での対応上げないで良かったと正直思った。 もう教室はやらない。生涯現役は夢で終わるが仕方ない。 みんなが帰ったあと、用事を片付けることに・・・ 支度をして入院していた病院へ診断書の用紙を持って行った。 会いたい人もいるのだが、コロナで面会は出来ない。文書料を支払って、入浴介助の田中さんに、コツコツ編んだアクリル毛糸のたわしとチョコ甘納豆を渡してと頼んで帰宅。 梅雨の晴れ間、疲れもあるが、不義理してる当番医の病院へ行こうと、ネットで調べた。 午後の診察は3時からと。 お礼とついでに診察もと、薬のリストも持参することに。 お礼にシューまつばらのシュークリームを思って暑いさなかお店に近くまで行ったが隣のカレー店共々閉まっているではないか。 ケーキがだめなら 手作りマフラーをプレゼントしよう。 タクシー朝から3回目、病院へ着くと看護師さんが気づいて笑顔で迎えて下さった。「元気で退院されて良かった」と口々に・・・ 嬉しかった。 肺のレントゲン撮って貰って、服用している薬も見て貰った。 「薬はこれでいいと思う。なにかあったらいつでも電話して、相談に乗るから」と優しかった。 取り敢えず気になっていたことが片付いて今夜はぐっすり眠れそう。 今度の病気が天気で交友関係も大きく変わると思う。 流れに身を任せて生きよう。
2020年06月15日
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退院して16日目、少し良くなったかといえば全く逆で後退したとしか思えない。 病院では足の浮腫はあったが、息苦しいかと問われればNOと言えた。だが今は違う。安定しない脈にイライラ、ふうふう、食欲もない。 咳は出ないが鼻水は相変わらずで、時々息が乱れる。 今日は入院していた病院へ保険用の診断書を書いて貰うため用紙を持っていこうと決めていたが、雨だし、体調もイマイチで断念した。一人で行けるという自信がないのだ。 退院証明書に 病名:発作性心房細動 1.□治癒 2.□治癒に近い状態(寛解状態を含む) 3.□その他上記の3にチェックがされているその鯛の特記事項は白紙私の解釈が間違っているかもしれないが、治癒しないまま退院させられたのではないか。入院4ヶ月、発作性心房細動は、もう発作性ではないのでは・・・薬は大学病院の循環器センターで処方されたものだが、このままでいいのかなと疑念が芽生えている。
2020年06月13日
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担当の包括支援センターから、保健師の方の訪問があった。 ありのままの姿を見て頂きたく飾り気のない私。 どんな印象を持たれただろうか。 病院からの書状には「浴槽にはいれるかどうか」が特筆されていたようだ。 手すりもないもないけど狭い浴室、跨げるかどうか心配だった点は無事クリアだったこと。 私が一番して欲しい道路から玄関までの砂利道の舗装は手すりお取り付けのように簡単ではないらしい。 買物と掃除位しか利用できないようだ。 買物も生協などの宅配を利用すればヘルパーさんはいらないかも。 ディサービスもリハビリならと思うが・・・ とりあえず話ができたことを感謝。
2020年06月08日
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主食 ご飯 100g 卵かけご飯主菜 豚ロース 黒胡椒 レタスミックス+人参・玉ねぎ副菜 春菊胡麻和え久しぶりの卵かけご飯です。ちょっと高級な卵ひと味違いました。満足!
2020年06月05日
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「捨てる神あれば拾う神あり」というが正にそうだと思う。 入院前まで、菜園を手伝ってくれたり、折りに触れ卵や砂糖など届けてくださったり、お惣菜なども頂いて至極良好なお付き合いだった。 入院して一度目の電話では違和感はなかったが2度目の電話でこれまでにない対応に驚いた。 退院して退院の報告の電話にもそっけない返事、入院中に何があったのだろう。 植えてもらった畑も全く手つかず荒れ放題、多分もう植えて下さることもないと思う。 困ったなと思っていたら今朝コンビニに行く途中、学童見守り中の○橋さんと立ち話、Facebook友達でもある○橋さん、畑手伝ってやるとのこと。 野菜持っていくよと、じゃがいも、玉ねぎ、春菊を届けて下さった。 いつも首の皮一枚で生き延びているような・・・綱渡りのような私。 一つ一つことを片付けて、体調も戻したい。 入院中に一体何があったのだろう。
2020年06月05日
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胆嚢癌で入院したのは七年半前、二ヶ月の入院だった。今回は高度救命救急センタープラス予後二次入院で四ヶ月、比べてみて大きく違うのは外科的入院と内科的入院、と年の差である。前回は手術後11日での退院だったが、毎朝、子供が付き合ってくれて歩いていたので、戻ってからもそれほど違和感がなかった。コロナの影響もあって、退院まで一歩も外に出られず、十分なリハビリをやれなかった。それとも歳のせい?病院ではほぼ完璧と思っていたのに、戻ってからは下肢の浮腫はなくなったものの、歩くのも、立ち上がるのも「アイタタ、アイタタ」と思わず声が飛び出す。不整脈がひどい、息切れがする。今日は生ゴミだしで小さい袋3つ、3往復やっとこさ運べた。昼ごはんもないし、ATMまで行こうと炎天下そろそろ歩く。胸がドキドキ、行けるかな〜と不安を感じたとき電話だった。「炊き込みご飯炊いたので持って来るよ」とNさん。それを聞いたらATM行きは中止しよう、その決断の早いこと、歩くのに限界だった。往復500歩、これが今の体力の限界のようだ。暑くなるし、鬱陶しい梅雨も間近、それでもコツコツ体力を取り戻すしかない。(口から出るのはアイタタ・ヨイショ・ため息)
2020年06月04日
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久しぶり画像アップ5月28日4ヶ月ぶり退院し、自炊しています。
2020年06月01日
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