はんぺん

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2026.04.06
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カテゴリ: 国内政治

日本の左翼の存在感の低下が止まらないのは・・・不幸な事!? 少なくても多くの国民に、多くの選択肢が提示されるべきだ!! 2026-4-6    はんぺん

この論文には、多少の違和感があるものの・・・教訓的である。

左派が「平和主義」?  「平和主義」って、何だろう???

「平和憲法があれば、日本は安全だ。侵略されることも無い、未来で戦争に巻き込まれることも無い・・・」 と言うのであれば、それは、間違っていると今では言えるが、当時はそう思っていなかった。

(平和憲法の理解) そのものが間違っていたという事が分かったのは、相当に後の事だ。僕は ( 護憲 ) を信じこんでいた。それが、日本の明るい未来を約束するものだと信じ込んでいた。

それは、即 (自衛隊反対)(安保反対)(米軍基地反対) に短絡し、一分の疑問も抱くことは無かった!!  そう 『資本主義の最終的発展段階の帝国主義=悪、社会主義(その発展段階の共産主義)=善』 (洗脳) されていたから・・・・  これは、相当に、効いた!

僕は、 現実の歴史 から学ぶべきだったが・・・この (洗脳) は、強烈で、 宗教的ドグマ のように、青2才を捉えて離す事は無かったから。

今なお、 (洗脳) の呪縛から逃れられない、不幸な人たちの事を想う。

皆さんは、どう思われるか?   はんぺん

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仏紙記者が見た「左派が(ほとんど)存在しない国」ニッポンの不思議  2026-3-27   クーリエ・ジャポン編集部

この国は世界の保守派が羨む“ユートピア”──あらゆる面で右傾化し、衰退を続ける日本の「左派」の歴史と現状を仏紙「フィガロ」が紐解く。

「人間にファーストもセカンドもない!」

声にならない叫びなのか、群馬県高崎駅で一人の青年が優等生的な革命スローガンの書かれたプラカードを両手に持って掲げていた。道を行き交う人は、それにほとんど気づきもしない。匿名希望のこの青年がそこにいたのは、 移民流入の制限を呼びかけるポピュリズムの政党「参政党」の集会に抗議するため だった。

実際、数メートル先ではオレンジ色のシャツを着た数百人の参政党支持者が、代表である神谷宗幣の演説に熱烈な拍手を送っていた。 神谷が語るのは、 外国人問題、ワクチン強制接種問題、 それから ジェンダーの混乱 など、得意とするイデオロギー上の定番ネタ の数々だ。

青年に写真を撮らせてほしいと頼むと、彼は自分の存在感をさらに押し殺そうとした。顔を隠すように着けたマスク越しに「顔は撮らずにプラカードだけにしてください」と言う。

両手にプラカードを掲げ、自分はその影に隠れて消え入りそうなこのサンドイッチマンこそ、いまの日本の左派の象徴である。

2026 2 月、 日本では総選挙がおこなわれ、自民党の最右翼を代表する 高市早苗が圧勝 を収めた。 自民党が単独で衆議院の議席の 3 分の 2 以上を獲得 するという戦後史上最高記録となる結果だった。対する 野党陣営は壊滅状態 だ。

立憲民主党と公明党が合流してできた 中道改革連合 は勢力を著しく弱らせ、保有議席数を 70 %も減らした。 1989 年の参議院選挙では自民党相手に大勝を収めた 社会党(現社民党) も、いまや参議院議員が 2 人いるだけだ 。また、日本の政界は共産党があるという特異性でも知られているが、その 共産党 も議席数を 8 議席から 4 議席へと半減 させた。

いまは右派にとって躍進の時期であり、左派にとっては孤立無援の局面なのだ。左派を公言する上智大学教授の中野晃一も悄然として、いまが「どん底」だと語る。

これは驚くべき事態なのか。いや、そうではない。これがむしろ日本では既定路線なのだ。それほど日本の政治において左派の不在は際立っている。

勝負の土俵にさえ立てない左派政党

一見したところ、日本は左派が勢力を伸ばす条件が揃っている国に思える。

中流階級の崩壊が始まり、若者や高齢者は困窮し、女性は低処遇に置かれていて、新たな移民の流入も進む。 それにもかかわらず、この国には右傾化の歯止めとなるものが何一つない。

そのため国外から見ると、日本は世界の保守派がうらやむユートピア列島になっているのだ。世界にはいまも革新主義がもてはやされている国々があるが、すべてが逆さまになる鏡を使ってそうした国々を映し出すと、日本が現れるとでも言えばいいだろうか。

実際、その違いは強烈だ。日本において 外国人の流入は規模こそ大きいが、労働と観光目的に限定 されたものだ。 結婚として認められているのは伝統的なもののみ。定年は高齢化に合わせて引き上げられ、失業者数は少ない。ジェンダー平等は「男女共同参画」という言葉に置き換えられた。死刑の執行はいまなお続く。

現代日本は あらゆる点で右に傾いている のだ。高市早苗の勝利や参政党の躍進は、その右傾化がさらに進んでいることを示している。

左派政党は勝負の土俵にさえ立てていないのが現状だ。 選挙で政権交代を狙う力がなく、対抗軸を示せる野党ではなくなっている 。そのため、さまざまなテーマに関して妥協案しか提言できていない。敗北に次ぐ敗北により、左派が野党にとどまる状況は、いまや物理法則同然の動かしがたい現実とも言える。左派政党は、その現状に微小な変化をもたらそうとする提言に終始している。

左派はバラバラの勢力に分裂し、内輪揉めで疲れ果て、甘ったるい思考に沈み込んでしまった。共産党でさえ、かつて掲げていた天皇制廃止論を引っ込めているのだ。

立命館大学に留学中のフランス人学生パブロ・ガシユーは、反語的にこう問いかける。「総選挙のとき、私の選挙区の野党候補は『強い国より優しい国』というスローガンを掲げていました。そんな政策綱領にいったい誰が投票するというのでしょうか」

ある女性弁護士は 「左派がNGO(政府から独立して活動する非営利の民間組織)化している」 と愚痴をこぼす。彼女は左派に共感しながらも、 左派陣営の活動家やボランティアが多くの小集団に分裂し、それぞれの課題にしか取り組んでいないように見える という。

日本の左派が最後に奮起したのは、 2011 年の福島第一原子力発電所の事故後に起きた大規模な 脱原発デモ だった。いまも経産省前で続く活動家たちの座り込みはその名残だ。 活動家たちはそこで寒さに耐え、寒さ以上に残酷な人々の無関心にも耐えて活動している。しかし、このテーマが選挙で争点になることはもはや無い。

左派がまだ生きていた頃

日本の左派が昔から未来に希望を持てなかったわけではない。むしろその逆だ。

1854 年、米国のペリー提督に屈して日本が 200 年以上続いた鎖国から開国に転じると、西洋で生まれたばかりのアナキズム、共産主義、そしてフェミニズムといった思想運動がすぐさまこの国になだれ込んだ。

それ以来日本でも、流血を厭わない左派から現実路線の左派まで、ありとあらゆる形の左派が登場した。 およそ左派だと呼ばれるもので、日本に見当たらないものは何一つなかった。

テロリズムで言えば、 20 世紀初頭の 大逆事件 1970 年代の 日本赤軍事件 があった。大衆運動としては 1918 年の 米騒動 1960 年の 安保闘争 1960 年代の 学生運動 があった。

左派の知識人が社会に影響力を持つ時代 もあった。 1960 70 年代、ジャン = ポール・サルトル、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、ミシェル・フーコーなどが来日すると、講堂は超満員になった。左派の力によって、日本が植民地支配をしていた時代に 旧日本軍がアジアで犯した横暴な行為 を教科書に記載させたこともあったのだ(その後、その記述は削除された)。

政治においても、戦後の地方政治では左派が主要都市の首長選で勝つことは珍しくなかった。まず思い浮かぶのは 京都 だが、 東京 もそうだった。 1967 79 年、世界最大の都市である東京の知事を左派の美濃部亮吉が務めた。

2009 年には、国政でも政権交代が実現したが、その後の 3 年間の ( 民主党 ) 政権運営は、日本国民を失望させるものに終わった。

左派を打ち砕くのは常に 自民党 だった。自民党は、選挙戦に勝つために徹底的に組織化された実利重視の政党だ。 1955 年に複数の政党が合併されて自民党が結成されたのは、まさに社会主義の政党が政権を奪取するのを阻止するためでした」 。こう説明するのは、歴史学の研究者サミュエル・ティミンスキーだ。

自民党はスポンジのように票を吸い取れる政党であり、 実務能力にも長けた 政党だった。 左派の政策綱領のなかから 「取り入れやすいもの」(国民皆保険、環境対策、労働者を保護する解雇規制など)を自分たちの政策に採用 して実現し、民衆の支持を固める老獪さ も備えていた。

一方、日本の労働組合運動は、経営陣との真っ向からの対決よりも 「労使協調」の道 を選び、それによって経済成長の恩恵を享受した。ティミンスキーは言う。 「中間管理職が経営陣と手を結びました。それが経済発展の利益を得る最善の方法だと考えたからでした」

日本の労働組合は中央組織を持たなかったため、フランスや米国の労働組合のような力を持つことがついになかった。

道徳の授業の「ウサギとクマ」

日本の左派はこれまで、大小さまざまな揺れを数多く経験してきた。だが、壊滅的な事態はまだ起こっていない。

左派がこれまでの歴史で得た最大の勝利は、 平和主義 だ。この国は 1947 年施行の 「平和憲法」 で、まるで 自ら自分の手足をもぐように、一方的に戦力を放棄している のだ。そのため、日本の軍隊は 「自衛隊」 でしかない。

「日本の左派とは、 平和主義 のことです」。前出の中野晃一はこう述べる。実際、この防波堤はまだ決壊していない。平和憲法の改正を自らの政治家人生の最大の目標に掲げていた安倍晋三元首相でさえ、それには挑まなかった。だが、それもいつまでもつだろうか。 高市早苗は憲法改正を目指している

中野に言わせれば、古くからあるこの争点が、左派を目覚めさせる可能性があるという。「日本の左派」は、まだ最後の一言を発していないというわけだ。それは 2026 2 8 日の衝撃的な選挙の前の数度の選挙で自民党が過半数を割り込んでいたことからも見て取れるという。

中野はこう言って自らを慰める。 「選挙では自民党が勝ちましたが、それは世間で報じられているような圧勝ではありません。得票数を数えれば、自民党は全有権者の 25 %を代表しているにすぎません。自民党が勝てたのは、私の側の陣営が無策だったからなのです」

しかし、この問題の根本は、政治的な次元よりもっと深いところにあるのかもしれない。 仮に左派が日本で権力を握ったとして、いったい何をする というのだろうか。

日本には上下関係に基づく文化があり、教師と生徒、男性と女性、雇用主と従業員といった関係は対等ではない。そんな日本では、 平等の概念 が必ずしもしっくりくるわけではない。日本で、忠義の化身である侍の姿が称賛されるのは決して偶然ではないのだ。

左派にとって極めて重要な 「人権」 という概念も、日本では、どこか誤解されているところがある。 個人が国家に対抗するための法的な「武器」というよりも、むしろ守るべき「作法」のようなものとして扱われている のだ。

「授業参観で見た小学生の息子の道徳の授業を思い出します」。中野晃一は言う。

「教師は、クマとウサギのどちらが先に一本橋を渡るのかで揉める物語の話をしていました。結局、その物語ではクマがウサギを背負って橋を渡り、強き者が弱き者を助けるという『ノブレス・オブリージュ』の教訓譚になっているんです。平等という価値観に目を開かせたいのなら、教師はウサギとクマが対等な立場で描かれる物語を選んでいたはずです」

中野はそう言って苦笑し、若干の希望を込めてこう付け加えた。

「息子はクマとウサギの話を、死ぬほど退屈そうに聞いていましたよ。家に帰ってから、その態度を褒めてやりました」






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最終更新日  2026.04.06 00:00:09コメント(0) | コメントを書く


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