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教師と親の間では、子どもへの対応や評価は、随分違うなと感じることも多いと思います。私もそうでした。教師の対応を理解しようと思っても理解できない・・・理解する前に憤りと悔しさと悲しさが溢れてきます。昨日の日記に書いたように、なぜTAKUYAは授業に乗ることができないのか、課題に取り掛かることができないのか、小2担任のE先生が、なぜ「無理やりTAKUYAを机ごと校長室に連れて行こうとする」などというひどい行動に出たのか、・・・それほどにTAKUYAが抵抗するような姿は家庭では見たことがありません。TAKUYAにそうさせるようなひどい対応を、先生がしたのではないか、・・・・・・・・・・等等、そんな疑問が消えることはありませんでした。不信感が、芽生えていました。そんな中、専門医の初診の予約日まで、3ヵ月ありました。その頃、通っていた塾で「TAKUYA君は座っていられない、注意するとパニックになる、だから、退会してほしい」・・・と言われ、私は動揺していました。”親が同伴する”という条件で、塾は続けることになりました。すると、そのおかげで、集団場面でのTAKUYAの問題行動がよくわかったのです。「えー??」と叫びたいほどでした。やはりその場にいないと分からないことだらけです!自宅での様子と集団場面での様子が、ぜんぜん違うのです!疲れると灯りをまぶしがる。注意されると嫌がってうめく。大きな音がすると耳をふさぐ。所構わず先生に話しかける。甘える。課題に取り組めない。気に入らないとすぐ怒る。怒り始めると止まらない。集団の場面では、指示が入らない(本人が指示を理解できていない)、課題にも乗れない・・・こんなこともありました。「あー、100マス計算!」だいたい遅い子でも5分ぐらいでやりあげるのですが、TAKUYAはこれが苦手!そりゃそうです、右のマスと左のマスとの合う所の数字を探して、足していくという二段構えですし、注意力も続きません。いつも時間切れになってできないうえに、宿題も出ます。宿題の100マス計算は、私がそばについて、常に注意を喚起し続け、初めてやり遂げました。なんと・なんと・・・100マス計算に 40分!!もかかったのです。おー、お疲れ様。 母はひたすら忍耐でした。・・・様々な現実を見て、家でずいぶん泣きましたよ・・・(ふー)・・・結局塾はやめました。そして、それらの行動は、やはり彼独特の「認識障害」や「社会性の障害」「感覚器の異常」から来ているものなんだという事を理解し、本人の人知れぬ苦労をかわいそうに思う気持ちが出てきました。やっぱり見ないと分からない。学校の先生のご苦労も、怒りたくなる気持ちも、母親のせいにしたくなる気持ちも、理解しなければいけないのではないかと思い始めました。(でもまだ、怒りと悔しさを解消できませんでした)まだまだ、親の知らないことがある・・・。学校での様子、どうなのだろうか???知らなかった・・・というショックは大きかったです。もっと本当のことを知りたい!学校との認識のギャップを埋めたい!ただ、親がこう思うようになっても、すぐには学校とのギャップは埋まりませんでした。やはり伝えてもらえない。ある程度分かるようになったのは、小3になって、今の素晴らしい担任のK先生と出会ってからです。いつか書きますが、私だけの「一日授業参観」をさせていただいて、この子を入れて授業運営する場面を見てからでした。親の欲目で、「それでもある程度はちゃんとやれているだろう」と思っていたのが、打ち砕かれ、頭をガツーンと打たれるようなショックもありましたけれども(笑)・・・ね!みなさん、どうぞよいお年をお迎えください。訪問ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。Akiko
2004年12月31日
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学校からの注意がないから、安心しているけれどもどこか心配・・・という方もおられるでしょう。教師によっては、クラス運営がうまくいけばOKとして、個別の問題から目をつぶることもあります。子どもは成長できずに、そのまま放置されます。「誰も障害に気づかないまま」・・・こっちのほうが悲劇かもしれません。小2になって、担任がベテランの先生に代わり、呼び出されることがまったく無くなりました。正直、少しホッとしました。ただ、1学期半ばの個人面談で「ご迷惑をかけているのではないかと心配しています」と言うと、先生は「乱暴だと引継いでいましたけれども、そんな感じはまったくありません。授業中、他のお子さんに迷惑はかけていませんから。ただ、まったく課題に取り組もうとしません。ボーっとして、いくら早くやりなさいと言っても何もやりません。最後は「鍵盤ハーモニカを吹かせない」と言って脅すと、ハッと我に返ってやり始めます。やり始めると能力はあって、すぐにできます。やる気がないだけなのだと思いますよ」と注意されました。「ボーっとしていて、何も学んでいない?」「やる気がない?まさか」「クラスの友達に迷惑をかけていなければ、それで問題なしと言うの?」今度の先生の話はあっさりしていました。でも実際は違っていたようです。3才年上の姉のナナコから、こんな話を聞きました。 たまたまTAKUYAのクラスの前を通りかかると、担任がTAKUYAを机ごと校長室に連れて行こうとして、本人はひどく抵抗しているところだった。「TAKUYAが可愛そうだった」と。あとで担任にたずねると、「私はね、思わずナナコちゃんに、TAKUYA君は、お家でもこんなに大変なの?と聞いちゃいましたよ。違うんですって?ナナコちゃんは家では大変じゃないって言っていましたよ」と呆れ顔で言うのです。それで初めて、やはり学校ではかなり問題があることを理解したのです。押さえられて、おとなしくはなったようですが、迷惑をかけなくなった代わりに、本人は何も成長しなくなっていました。先生は、「やる気のない子だ」というレッテルを貼ってみていました。「このままでは、放っておかれる。きちんと診断を受けなければいけない」と痛切に思いました。私は思い切って、「ADHDではないかと疑っている。課題に取り組むことができないのは、注意力の欠陥によるADHDの特徴ではないかと思う。本によると、できるのにやらないのではなく、本人も取り掛かれないことに苦しんでいるようです」と伝えました。先生は、「そうではない、やる気の問題だ」と言いましたが、その時に校長先生から教育相談センターを紹介してもらったのです。それから約半月後、初めて相談に行き、前述のM先生に出会い、その後、受診に至り、診断を受けることとなりました。
2004年12月30日
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入学式の直後の呼び出しでは、今思うと、担任の話の中にTAKUYAの問題のアスペらしいエッセンスがいくつも隠れていました。TAKUYAは、ある上級生と会うたびに喧嘩をする。落ち着きが無い。授業中も状況にかまわずしゃべる。泣いたら止まらない。体育の授業中、先生に抱きつく。甘える。様々なエピソードがありました。でも、その頃は、かかわり次第で解決する問題のはずだと思っていました。好きな女の子ができたとか、その子からも好きだと言われたとか、そんな楽しい話もありましたので、特別な問題だとは思えなかったのです。それに、自宅での様子には、ほとんど問題を感じませんでした。小1の1年間で何回呼び出されたでしょうか。喧嘩が多くて、謝ってばかりでした。そうすると、周囲に「あの乱暴なTAKUYA君のお母さんだ、どんな育て方してるんだろう」と指を指されているような気がして、肩身がだんだん狭くなってきます。友達も作りにくく、余計に客観的に状況が見れません。これは注意信号です!こんなことがありました。私が仕事を終えて帰宅するとTAKUYAが部屋にこもり「いいって言うまで、絶対に入ってこないでね」と言います。気になって入ってみると、連絡帳に書かれた担任からの連絡を消しゴムで消しているのです。何を書いてあったのか訊ねても言いません。担任の先生の自宅に電話をすると「女の子をいじめた」ということでした。TAKUYAに「連絡帳を消すなんて、どうしてそんなことをしたの?」と訊ねると、ケロッとして、「消しゴムで書いてあったからだよ」(!)と言います。(アスペっぽい返事ですよねー)今までだったら、こんな時、ついおかしくなって、プッと吹き出してしまったと思うのですが、「これではいけない!」とその時強く思いました。しかし、職場の同僚保健師や心理職の先生に話すと、「可愛い年齢ね」「子供って、先のこと考えずに、とにかく叱られなければいい、と思ってそういうことしちゃうのよね。すぐばれるのに」要するに、年齢相応ではないか・・・と言われました。小1の年齢相応だと言われるとそのような気もするし、子どもらしくてかわいいと言われれば、ちょっとうれしく思い、これが長所かと思って、自分を慰める材料にしたり・・・。客観的に見ることができずに、混乱していた状態でした。私自身は、これからは厳しく育てなければいけないと痛切に思い、それ以降、TAKUYA に厳しくあたり始めてさらなる挫折感を味わうようになりました。
2004年12月29日
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小学校入学の頃は大変でした。入学式の5日後に、私の妹が3年間の闘病の末、亡くなったのです。告別式の数日後には、TAKUYAの担任のS先生から呼び出しがあり、問題行動の数々を伝えられました。「TAKUYA君が喧嘩をして、友達の体操帽のゴムを引きちぎってしまったので、修理して持ってきてください」と手渡されました。まだ診断されていない時期でした。家庭の状況は連絡帳で知らせてあったので、この時期にこういうことで呼び出す担任に不信感を感じました。そこで一言、これまでの状況や、「関わり不足で情緒が不安定になっているかもしれません」と言ったら「そんな言い訳は子供には通用しませんよ」と言われてしまったのです。心が弱っていたので、涙をこらえてただ担任の話を聞いて帰るのでやっとでした。子どもの世界では言い訳は通用しない・・・厳しいその言葉も、真実だ、と思いました。「TAKUYA君は乱暴者で怖い」とうレッテルを子どもたちに貼られたら、「こんな状況なので今は愛情不足なんです」なんて言い訳できないということです。若いS先生も、言葉はきつかったけど、真実を伝えていくことが必要だと感じての事だったのでしょうね。ある意味これは、診断された今も言えることです。子どもの世界では言い訳ができないからこそ、大人の理解とある程度の介入が必要なのです。ただ、この時は、この厳しい現実を親一人で背負わなければいけないという事かと、すごいプレッシャーを感じました。そして、「その言い訳できない現実を、親だけが背負わなければいけないわけじゃない、学校も一緒に背負ってくれるように働きかけましょう」と言ってくれたのが、その一年後に出会った教育センターの相談のM先生でした。一緒に歩んでくれる人との出会いで、それまで背負い続けていた重荷が、どれほど軽くなったことでしょう。
2004年12月28日
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京都新聞に、発達障害児の記事が連載されていること、ご存知でしたか?http://www.kyoto-np.co.jp/kp/rensai/egao/index.html くりーむママさんのサイトに行って、初めて知り、読んでみましたが、とても元気付けられました。社会の認知度が上がっていますね。うれしいことです。「発達障害児」・・・なんと誤解を招きやすい子どもたちでしょう!被虐待児にも見える。やる気のない子にも見える。やたらとまぶしがったり、掃除機の音を嫌がったり・・・大人をからかう子にも思える。へんな子、悪い子、乱暴な子・・・本人は一生懸命やっているだけなのに・・・親だって一生懸命やっているのに・・・。今日はちょっと小休止。「理解されていく」この快感を味わいましょう。理解される=愛される って感じませんか?子どもの立場でひっくり返していうと、子どもをより理解するって、子どもをより愛するってことなんですね。この子達は、ちょっと愛されるのに「コツ」のいる子供たちなんですよね。診断されるまで、私もずっと「自分の感覚」で、子どもを理解しようとしていました。まさか、私とこんなにも違う感覚や認識の仕方をしているとは思ってもみなかったから・・・。ある種の音やにおいがとても苦手だったり、図形の理解ができなかったり、(LDの傾向もあります)痛みにひどく敏感で、いまだに注射をするのに30分はかかります。でも、この子のもっている感覚が理解できたので、怒る看護婦さんから守ってやれるようになりました。(笑)今に、親の「盾」も「守り」もなくても、ありのままを理解され、愛され、社会参加して、社会貢献までできる・・・そんな時が来ますよね。根拠なく明るく!・・・ね。
2004年12月27日
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7ヶ月目から入園した保育園時代は、ずーッと悩んでいました。TAKUYAは言い聞かせても言い聞かせても喧嘩ばかりして、友達に噛み付きます。保育園に迎えに行くと、先生から、今日はこんなことをしたあんなことをしたと叱られることばかりでした。年少までは担任からの非難をひしひしと感じ、心を硬くしていました。 乳児期は、「人見知りをまったくしないのは、母親との愛着関係がついていないからではないか」と言われ、4歳になっても友達を噛み、乱暴で落ち着かないのは、親子関係や家庭環境になにか問題があるのではないか?と。(この件については、後日園長から謝りが来ました)心に刺さりました。痛かったー。あの頃の自分はかわいそうだったな、と思う。本屋に行けば、『親が変われば子供も変わる』というキャッチコピーが嫌でも目に付きます。これは、何も私を責める言葉ではないのです。仕事で出会う母親たちの多くは、自分の接し方は置いといて、子どもを変えよう変えようと躍起になっています。こういう言葉が必要な親だってたくさんいるのです。・・・それが分かっていながらも、自分を責める言葉のように感じていたあの頃・・・被害妄想でした。混乱していたんですよね。それ位つらかったんですよね。 「私のしつけが甘いからこうなったのだ。夫婦仲が悪いからこうなるのだ。私が忙しくしているからこうなるのだ。」心の中ではいつもいつも自分の問題点を探し、自分を変えれば子どもが変わるのではないかと努力し、自分を責めていました。だからこそ、外から責められるのに耐えられなかったのです。 そんな経験はありませんか?であれば、自分の傷つきやすい心を変えてみる努力しかできない・・・被害妄想になってしまう心と状況を客観的に見る努力をしてみよう・・・そう思いました。・・・欠点や負い目のまったくない母親なんていないのですよね。愛情不足ではないかと言われて、「愛情は十分です」と言える母親のほうが怖いかもしれません。だからあんなに自分を責める必要なんてなかったのに・・・と今なら思えます。 一度、園長から「TAKUYA君がどうしてこうなのか、専門家に相談してみませんか」と言われたことがあります。でもその時は、本人に何か特別な問題があるとは思っていなかったことと、相談して「お母さんの育児に問題がありますよ」と言われたら、先生方から「やっぱり」という目で見られそうな気がしていましたし、(ミゾが深かった)何より私自身が「愛情不足のせいです」と言われると、もうこれ以上やっていけなくなるような気がしていたのです。怖くて受け入れ切れなかったので、お断りしました。 あの時診断されて、療育が始まっていたら・・・と考えることもありました。・・・でもあの時は、私の心の準備ができてなかった・・・しょうがないか!・・・って、こんなのばっかです。自分を変える必要があるとしたら、客観的に見る目を養って、傷つきにくい自分になろうとすること。変えるべき部分と変えられない部分とを見分ける目を養うこと・・・かな。相手は変えられないから・・・。
2004年12月26日
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子どもの相談で、とても多いと感じるのが「噛み付く」ということ。もちろん健常児にもよくあることで、それは愛情表現だったり、言葉でうまく表現できない子が、喧嘩の時に思わず噛み付く・・・ということはよくあります。ただ、何らかの発達障害を持った子どもには、特にこれが多いように感じます。噛み付きだけでなく、乱暴で相手に思わぬ怪我をさせてしまいます。これのせいで、母親は頭を下げて回ることが多くなったり、「どんな育て方をしているんだ」と言われて肩身が狭くなったり、協力者を持つことが難しくなり、時にはPTAで吊るし上げを喰うことにもなってしまいますね。まずは、よく観察してみてください。噛む原因が意外なところにあることも多いのです。・・・ある男の子は、喧嘩や物の取り合いが原因ではなく、「やってはいけないことをしている」子を見ると許せなくて噛み付いていました。「自分のこだわり」の中に原因があるのですね。それが分かると対処法も見えてきます。カーッとした時の対処法が必要なのか、こだわりの調節が必要なのか。親は小さくなってはだめですよ。親も困って試行錯誤していることを先生にも父兄にも友達にも伝え、協力を求めましょう。・・・でもそれにしても、これは親にとっては厳しい試練ですね。我が家のTAKUYA君の場合は、小3まで続きました。学校での環境が整ったら、おもしろいぐらいになくなりました。特効薬はないけれども、やはり環境作りから・・・心を明るく持って、がんばりましょう。こんな対処法が有効だったという方は、ぜひ共有してくださいね。 ・・・・・(ここで終わろうと思いましたが)ちょっとうちの話題も書いてみますね。年長時代の親子遠足で、こんなトラブルがありました。長いローラー滑り台の途中で、怖くなって立ち往生してしまった女の子に「早く降りろよ」と押した男の子を見て、いきなりTAKUYAが向かっていって、その子の「顔に」噛み付いたのです!みんな唖然!たまたまその親子とは、帰りのバスの座席が隣り合わせで、謝っても一言も口を聞いてもらえませんでした。担任の先生は一緒に謝ってくれましたが、オロオロするばかり。今思い出すと、笑い話ですが、その時の、情けない・泣きたい気持ちは、今でもよく覚えています。こんな思いをしているお母さん・・・きっといっぱいいるよね。一人じゃないよー!!元気出して!!
2004年12月25日
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初めてホームページを開設してみた。きっかけは、昨日の電話での育児相談だった。(私は保健師です)相談者の母親のお子さんは、聞いているとおそらく発達障害を持つだろうと思われるが、母親は子どもに障害があるとは思ってもおらず、「どんな叱り方をしたら言うことを聞くようになるのか」とあれこれ試行錯誤し、自分を責めたり、子どもを責めたりしている。子どもにしてみれば「できないことをやれ」と迫られ続け、母親にしてみれば「これだけ言っているのにどうしてできないの?!私の子育てが悪いの?」と苦しみ続けている。さらに、「専門家への相談」というと、母親は「自分自身を否定」されたように感じてしまう・・・それほど、これまで傷ついてきたのだ。なんとか、なにか・・・もっと早くに気づけるように、できることはないだろうか・・・。人に言われて、子どもの障害に気づくのは苦しい・・・でも、自分から気づけたら、もっと早く救いの手を求めることができるようになるはず。そんな思いで、なれないホームページを作ってみようか、育児に悩んでいるお母さんに、見てもらえないだろうか・・・と思ったのです。何をどこに書いたらいいのだろう?・・・と、悩んでいる私。保健師として、日々相談を受けながら感じていること・アスペルガー症候群と診断されているけれども、本人はそんなこと夢にも思っていない10歳の息子(TAKUYA)のこと。息子を通して出会った人々のこと。診断されるまでのこと。学校との3年間に渡る葛藤の末、今は最高の環境をいただいていること。学校といい関係を築くには、何が必要なのか?これから歩んでくる仲間たちへのメッセージをこめて、綴ってみたいと思っています。・・・が、どんな構成になっていくのかは、徐々に考えることにします。試行錯誤ですが、よろしくお付き合いください。
2004年12月24日
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