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『我が子は自閉症 ~奇跡の子育て奮闘記~』このTV番組を見て、考えることが多々あり、2月1日の日記を書きました。そうしたら、もっと率直な感想も書いてみたくなり、一日さかのぼって、31日のページに書き込んでみますね。中学生の自閉症児のご両親。がんばっておられましたね。「親は本人よりも先に死ぬ、だからこそ地元の人と交流させておきたい、地元での理解を得ておきたい」という親御さんの気持ちが痛いほど伝わってきました。現在の日本では、障害を持っているとどうしても限られた範囲の世界で生きることになってしまいます。でも、自閉症者が生きる世界に必要なのは、理解であり、それによって社会参加も可能になってくる場面も増えてきます。だからこそ、あのご両親は一生懸命になって息子さんのことについて理解を求め、足を運び、語りかけられておられるんですね。小学校時代のお友達が声をかけてくれたシーン、本当にうれしかったです。私もあのご両親のような気持ちで、理解を得たい一心で、不安を抱えながら動いたことがあるので、思い出して涙が出ました。あの息子さんのように、療育そのものは普通級でないほうが有効な場合でも、地元の理解があるということで、社会での本人の生きやすさというのは、段違いに変わりますものね。でも、親は勇気が要ります。あのご夫婦、本当にがんばっておられましたね。わが身に重ねつつ、エールを送りながら見ていました。小4の自閉症児のご両親・・・自傷・他害を目の当たりにし、運動会で悲しむ場面で涙が止まりませんでした。家庭での様子と外での様子が違うのは当然ですが、それを目の当たりにし、愛情を受け、一生懸命先生方が対応してくれているという感謝もさることながら、・・・あの気持ちはよく分かりました。そして、今日もまた、明るい気持ちを持とうと努力して、淡々と生きる。決してあきらめない、失望しないで、明るく生きる。そんなことを口癖のように言い続けて自分を励ました日々を、なつかしく思い出しました。今では、あの頃の気持ちをなつかしい・・・と感じるほど余裕が生まれたということですね。日本の制度については、考えることが多々あります。親がここまで動かないとどうにもならない現状がある。親が毎年毎年、子どもの療育がどうなるのか分からない状況で、右往左往せずにはいられない状況。そして、障害児の親が感じざるをえない閉塞感。福祉のお金の使い道を間違っていると、私は思っています。それから発想の根本も見直さないといけない。そんなことを考えて、2月1日の日記を書きました。
2005年01月31日
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「世の中には、暗い話題もたくさんあります。でも、どこに焦点をあわせるか、ということがとても大事だと思っています。暗い話題に取り込まれないこと。大切なのは、心の中に闇を作らないこと。心の中の闇が、相手(学校)に対する不信感を生み、育て、その不信感に、学校の先生が反応してしまうと、先生も身構えてしまいます。どんなことを言われても・・・、マスコミがどんな風に騒ごうとも・・・」学校と仕切りなおす計画を立て、校長先生と面接をしていただくアポも取ってからのことでした。新聞紙上で、ある殺人事件が報道されているのを読みました。TVゲームで航空機の操作をマスターした彼は、本物の飛行機も操作できるに違いないと思い込み、航空機の機長室に勝手に入ってもみ合いになり、機長を殺してしまったというのです。その犯人がアスペルガー症候群だと報道されていました。以前の豊川事件等に比べるとかなり報道に配慮が見られるようになったように記憶していますが、そんなこともよく覚えていないほど、私は動揺してしまったのです。(情けない・・・)病院で知り合った友人からも電話があり、「学校に診断名を伝えるのをやっぱりやめた」と言います。アスペルガー症候群→少年犯罪・・・そんなイメージが、頭の中をぐるぐる回ります。特にTAKUYAは乱暴なタイプで、お友達を怪我させる事で悩んでいたので、この事件を通して、先生方にはどのように受け止められるのか、偏見を持たれ、レッテルを貼られ、わけも分からず怖れられるのではないか・・・??そんな不安に押しつぶされそうになりました。そんな時、深呼吸して・・・心を見つめて・・・冷静になって・・・・・・そして上記のことを考えたのです。心に毒を食らわないで、できるだけ淡々と・・・願わくば爽やかに・・・生きて行きたい・・・!!●心に毒を食らわないで生きていくことそのためには、●心の絵(イメージ)を点検する!「学校と連携して、子どもの能力を伸ばしているイメージ」を作っていたはずなのに、気がついたら「学校に少年犯罪の原因となる子どもというレッテルを貼られて、阻害されているイメージ」「学校のひどさをみんなが理解して、自分の肩を持ってくれているイメージ」に変わっていた・・・。これでは、心の絵が実現したら、子どものためになっていない・・・。心の絵にいつもいつも「自分の本当に願っていること」が描かれているようにしよう。●暗い情報にも、心を揺らさない、意識して明るい人生観を持っている「つもり」になろう!・・・少年犯罪の報道もしかり、マスコミからはひどい学校が紹介され叩かれたりもしている・・・親にとっては深刻で重い問題。マスコミの無責任なネタに踊らされて怒ったり、非難ごっこをしてはいけない。これらに押しつぶされて、心細くなっていくうちに、暗い想念にとらわれ、心に闇を作ってしまうからです。「そんな学校もあるわ」ぐらいに意識してサラサラ流せるようになる努力がいると思いました。意識して自分の心をコントロールし、そしてもちろん、予定通り、校長先生に会っていただきました。
2005年01月26日
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診断名をきちんと伝えて、学校とのかかわりを仕切りなおそうと決意した私は、帰宅してまず作戦を考えました。怒りを伝えたいのではなく、1)障害に対する理解をしてほしい 2)障害に基づいた有効な対応をしてほしいという2点であることを、自分自身に確認しました。そして、そのための有効な手段を考えました。そして、ただ診断名を正直に伝えても「それがどうした」という受け止められ方になって、握りつぶされてはいけないと思いました。そのためには、密室でのやりとりではいけない。また、どうせ教室以外の場所でもトラブルは起きるのだから、勇気を持って学校中の先生全員に理解していただこう。そう思いました。私が立てた計画のメモは、以下の通りです。1.怒りを伝えるのではなく、障害を理解し、それに基づいた対応をしてくれることを要求する。(具体例を挙げる)2.担任の先生だけでなく、教職員全員に理解してもらうようにする。3.冊子「アスペルガー症候群をしっていますか」を増刷りして、教職員全員に配布していただく。4.TAKUYAを事例として使った学習会を開いてもらう。5.障害の知識を得ていただくのに、できる限り専門家の力を借りる6.学校を非難しない7.先生方の事情を理解しようとする姿勢を示す8.来年度は「34人もいて特別な支援はできない」という先生が担任では困ること、対応できる力量のある先生に担任をしてもらいたいことを要求する。9.どうしても理解していただけなかったら、文部科学省の通達を出して、脅す(かもしれない)これをもって、まず、毎月一回相談に通っている「教育相談センター(教育委員会主催の行政のセンター)」に行き、担当のM先生に相談しました。M先生は、これまでも私が混乱するたびに事実関係を整理し、適切な指導をしてくれた素晴らしい先生です。最初、診断名を伝えずに学校の理解を得る方向性を私が出した時は、M先生は反対意見でしたが、私の意志を尊重して見守ってくれていました。M先生はまず、「お母さんがここまで決意するには、よほどのことだったでしょうね」という言葉をかけてくれました。・・・この言葉が本当にうれしかった。なによりもこれまでの辛さを理解してくれている言葉だと思いました。計画のメモを読んで、良しとし、うちの小学校に専門家を呼んで学習するための予算がまだあることを教えてくれました。そして、学習会の実現へ向けて、講師の選抜等も含めて、根回ししてくださることになりました。学校との具体的な交渉は、まず担任以外に信頼できる人を作ること、校長先生が適役であろうことから、まず校長先生と話し合いをすることに決めました。その後、二段構えで、別日程で校長先生にも後押ししてもらい、担任・養護教諭・学年主任を対象に診断名を伝え、よりよい対応を願うこと、そして学習会の開催を頼むことにしました。M先生のような、学校の内輪事情を知った上で、親の立場に立ってくださる人の存在は、不可欠です。親を冷静にしてくれるだけでなく、具体的な力になってくれます。また、抽象的な要求ではなくて、具体的なすぐに行動に移してもらえるような要求をすることが大事だと思いました。まずは第一歩です。
2005年01月23日
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先生はいつも強そうで、胸を張っていて、威厳がありました。ご自分の経験から得た方法でTAKUYAに対応する話も、自信を持って話していました。先生が落ち込んだり、悩んだりしていることは、想像もできませんでした。反対に、私自身はというと、頭ばかり下げていました。喧嘩して怪我をさせてしまったお友達の家へ、TAKUYAを連れて菓子折りを持って、謝りに行くことがしばしばでした。学校では「泣かないように」がんばって、「頭を下げて」TAKUYAのことを先生に「頼み」、何度も落ち込み、惨めな思いをかみしめていました。謝ったり、責められているとどうしても自尊感情がぼろぼろになって、判断力も落ちていました。例の事件で、中学生6人が小2の男の子を寄ってたかってやっつけたのに、担任の先生に「普通だったらここまではやられない」と言われると、「TAKUYAに問題があるからしょうがないのだろうか」と、分からなくなり、怒っていいのかいけないのか、混乱の渦の中にありました。そんな時、またしても事件が起きてしまったのです。そしてこの事件のおかげで、私は立ち上がり、診断名をきちんと学校に伝えて、真正面から対決しようという「肝っ玉」が据わったのです。・・・・・・・・・・その日は、町内会の「もちつき大会」があり、TAKUYAは意気揚々と出かけていったかと思うと、「6年生3人にいじめられた」とけがをして、大泣きしながら帰ってきました。後頭部にコブが2つもでき、目は膝蹴りされたと言います。「僕は泥棒じゃないのに、泥棒だと言われてコンクリートの床に頭を殴りつけられた」と言いますが、またしても状況が分かりません。私はE先生に電話をして「犯人を捜して欲しいとか、謝って欲しいという事を言っているんじゃないんです。状況を知りたいんです。何か分かったら教えてください」と頼みました。翌日呼び出しがあり、学校へ行きました。E先生は最初に「お母さんにとってはショックな話だと思いますよ」と前置きし、TAKUYAが6年生の子の妹さんのポンピングで勝手に遊んでいたら、「泥棒」と言われ、「僕は泥棒じゃない」と言って向かってきた。それで取っ組み合いの喧嘩になり、いくらやってもTAKUYAが負けないから3人がかりでやった。TAKUYAも相手の顔を引っかいたり噛んだりした」・・・とのことで「ほらね、○○君の顔、ひどいでしょう、こんなにひっかかれて」と言って見せました。「そういうことなんです、TAKUYA君が悪かったんですよ」と言うのです。私は、とうとう切れてしまいました。「先生、私はどっちが悪いとかではなくて、状況が知りたい、と話したはずです。うちの息子が悪いわけないと思ってはいないんです。いつもお話しているように、ADHDで衝動性を押さえられないところがあるから、どうしたらいいのかいつも試行錯誤しているんです。だからこそ先生にも相談しているんじゃないですか。何でもADHDのせいじゃない。二年生の子ならみんなそうです、ただの悪い子ですと言われると、診断されていることは無意味です。大人がこの子のことをわかって、介入してくれないと難しいから頼んでいるんです。この子は悪くないとは思っていません。ADHDのことを言い訳にしているんじゃないのです。状況を教えてもらわないと考えることもできないし、ただ「悪い子だ」と決め付けられるだけでは何の効果もありません。こういうタイプの子は、「悪い子だ」とレッテルを貼られて、自己卑下的になってそこから二次障害を引き起こしやすいから、そうならないようにと、心配して学校にも相談しているんじゃないですか!」興奮して大声を出してしまい、声が震えているのが自分でも分かりました。先生は、「私は今までADHDの子を受け持ったことはないですから、ADHDと言われてもわからないですし、特別な対応が必要なら専門家に頼まないといけないと言うことではないですか」と。その場は一応、取り繕って穏やかに別れたものの、帰宅後、またもや私は混乱状態に襲われました。興奮した自分のことを恥ずかしく思っていました。「親がこうだから子供もあんななんだ」・・・と思われているのではないか、という妄想も渦巻きます。自尊感情がボロボロになっているところに、こんなことがあると、なんでも自分が悪いような気がして、自分を責めてしまうのです。翌日、とうとう鬱状態に陥り、泣けて泣けて何もできなくなっていました。そこでTAKUYAの主治医に無理をお願いして、会っていただく事にしました。私は主治医に救われました。2つの事件と学校の対応を話すと、主治医はこう言ったのです。「学校はバカだ」「バカな教師だ!」そうだ!バカな教師だ、私が悪くてこうなったんじゃないんだ!胸がスカーーーーッとしました。私はいったい何を今まで我慢していたんだろうか?なぜあんなにも気を使い、弱腰で、かわいそうになっていたのだろうか?そして、主治医から「小3になったらいい先生に当たったらいいな、ではなくて、いい先生をつけてもらえるように要求していくのよ!」と背中を押されたのです。主治医は本気で怒ってくれました。私以上に怒ってくれました。その怒りに、私は勇気付けられたのです。力づけられたのです。そうだ!文部科学省からは、「発達障害を抱えた子が、約6.3%もいる、だからちゃんと普通学級で対応しなければいけない」と通達が出ているではないか。そうだ、怒っていいんだ、要求しなけりゃいけないんだ!子どもを「人質」にとられた様な気持ちになって、自分を弱者だと思うこと自体が間違っていた。自分の力で道を開くことができないと思い込んでいたからだ。私は、急に腹が据わりました。「アスペルガー症候群だとはっきりと校長に話そう。そして何が起ころうとも受けて立つんだ、子供の成長に必要なものは要求するんだ。それが子供を愛するということだ。TAKUYAのような子が勉強しやすい環境は他の子にとってもよりよい環境のはずなのだ」私は初めて、後からくる発達障害の子どもたちのことを考え、その子たちが暮らしやすいように、今私が出来ることをやろう、という気になりました。そう考えるだけの余裕が出てきたのです。人質・・・・確かに、親の行動が、子どもに跳ね返ることがあるとしたら、それは切ないし、避けたい。でも、TAKUYAに対しても、「息子よ、何かあったらお母さんと一緒に耐えよう!」と、力強く背中を押すような気持ちになりました。そんな気持ちで、立ち上がり、驚くほど力がみなぎって、クリニックを後にしました。そして、私は道を開くぞ、学校にどこまでも理解を得るのだ、と肝っ玉が据わった途端に、学校側から支援者が現れたのです。
2005年01月21日
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私は、息子が小4の今、学校でうまくいっているのは「たまたま」いい先生にあたっているからではないか・・・という思いも拭い去ることができず、学校と葛藤した小2の一年間は、どうすればもっと先生と歩み寄れたのだろうか、と考えることがあります。このHPでも、今しばらくは学校と葛藤した話が続いてしまうのですが、親の気持ちをもう一度振り返り、先生の気持ちも推し量ってみたい、そして、もっと歩み寄れるように、何か工夫ができることはないかと、考えたいと思っています。教育関係の方も読んでくださっていると思いますが、批判的なことや耳に痛いことも書いてしまうことを心苦しく感じています。でも、批判したくて書いているのではないということをご理解していただいて、一緒に考えていただけるととてもありがたいなと思います。「先生の言い分」って、聞く場面があまりないからです。そして、親の立場の方は、葛藤を経験した方々なら、言いたいこともたくさんあると思います。この場を発散の場として使っていただいてもいいのです。言いたいこと、もしくは言いたかったことをこの場で言っていただいてもいい。そして、言い終わったら、その時先生は、なぜそうしたのかな、・・・と、少しだけ「想像」してみる・・・そんなチャレンジを私と一緒にしてもらえたらうれしいと思っています。赤裸々な思いを伝え、お互いに理解することが歩み寄りのヒントだと思うからです。先日の話の続きです。小2の担任の先生とのすれ違いは、何度も何度も繰り返されました。先生はなんとしてでも「TAKUYA君はお母さんの思っているような“いい子”ではない。うそはつくし、自分に都合の悪いことは言わないし、乱暴で、やる気がない。こんな大変な子なんだ」ということを私に認めさせたがっている、としか思えなかったのです。私は、繰り返し繰り返し、「それは障害のせいなんだ。言語能力に未熟さがあって、混乱すると「僕は悪くない」「忘れた」という言葉しか出せなくなる。理解できていないから課題に取り掛かれないだけで、やる気がないわけじゃない。特別な支援をしてくれたら、この子はできるはずなんだ。とてもいい子なんだ」と忍耐強く伝え続けました。家では落ち込んで泣いたり、怒ったりしていました。そんな時、ある事件が起こりました。小2のある日曜日、新品の自転車に乗って意気揚々と遊んでいたTAKUYAは、中学生6人に自転車で追いかけられ、倒され、囲まれて自転車を壊され、路上で泣いて前後不覚になってしまいました。そこを通りかかった別の中学生が声をかけて、自宅まで連れてきてくれたのです。TAKUYAは落ち着いてからも状況説明ができず、いつものセリフで「僕は何もしていないのに~」としか話せません。怒りと恐れでつぶれそうになりながらも、どうしてそういうことになったのか知りたい、事実を知りたいと思いました。事実を知らないと、何でTAKUYAが混乱しているのかを理解して、訂正してあげることもできないのです。事実を知らないとアスペっ子の混乱は解いてやれないのです。その一ヵ月後、犯人が分かったとの連絡が中学校からあり、その中学生と保護者から謝罪がありました。幼い印象の中学1年生の6人組でした。凶悪なタイプではなく、一人では何もできない弱虫達だと教師は後から教えてくれました。私が中学生たちに状況を教えて欲しいとたずねると、「TAKUYAをからかったら、石を投げたり、唾を吐いたりした上に、むきになって噛み付いてくるから、やった」とのことでした。からかいに弱いアスペっ子。衝動性の問題もあります。カーッとなってわけがわからなくなり、とことんやらないと終われないのです。またTAKUYAは、「勝てると思ったから喧嘩した」というのです。相手は中学生6人!「そういう時は逃げなさい」と教えましたが、なかなか伝わりません。中学生6人と「喧嘩」をして「勝てる」と思い込んだ状況認知にも問題があるのです。相手が凶悪な子だったら、と考えると怖くなります。私は、担任のE先生に報告を兼ねて、知りえた状況をすべて話しました。TAKUYAも石を投げたり、噛み付いたことも、正直に話しました。E先生を信頼して、そして、こういうTAKUYAをどう育てたらいいのかを一緒に考えてくれるスタンスだと思ったからこそ話したのです。ところが先生の返事は「そうでしょう。目に浮かぶようです。TAKUYA君にも非があるんです。普通はこんなにまでやられません」「TAKUYA君は自分に不都合なことは、嘘をつくんですよ」「お母さんが思っているTAKUYA君と実際は違いますよ。TAKUYA君は賢いし、忘れたと言いながら自分に都合のいいことしか話さないんですよ」・・・と。事件のショックを受けている時に、こんなことまで言われて、私は大変ショックでした。一緒に考えて欲しいと思っていただけに、裏切られた思いが強くありました。TAKUYAの衝動性・状況判断ができないこと、これから同じことがおきないためにはどうしたらいいのか、という私からの語りかけには、反応してくれません。発達障害のことを理解してくれる気持ちはあるのか?新しいことを受け入れてくれる気持ちはあるのか?・・・そんなことを思っていました。学校でのTAKUYAの大変さは、分かるつもりでした。E先生がどれほど大変な思いをなさっておられるのかも。そこを差し引いて考えないといけないことも。TAKUYAが障害のためとはいえ、迷惑をかけていることも、理解していました。客観的に見れば、それも事実なのです。将来、暴力はなくなるのだろうか?被害者にも加害者にもなりうるわが子・・・。「少年犯罪」の文字が目の前をちらつき、怯えました。でも本人自身が一番苦しんでいる、自分の心をコントロールできずに、どうにもならないこの子を見て切なく、これからどうしたらいいのか、と暗澹たる思いに押しつぶされそうでした。学校と連携できないということは、親の孤独感を深め、この現実を一人で背負わなければいけない、この子を一人で背負わなければいけない、というプレッシャーを強めました。親の立場から、「子育てはみんなでするものです!」とは、・・・なかなか言えなかったですね。これは、先生に対してだけでなく、保護者の皆さんに息子の障害の告知をするときにも、感じて苦しんだことです。その時は、「失望」という名の“おばけ”にだけは、捕まってはいけない・・・と、ただただ自分に言い聞かせてがんばる日々でした。
2005年01月19日
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先日は、「学校には診断名を伝えずに、エピソードから息子の特徴を理解をしていただき、必要な支援を求めることにした」と書きました。私は学校との連携へ向けて、このようなスタートを切り、様々な努力をしたつもりです。でも結論から言うと、この3ヵ月後には診断名を伝えました。この間の様々なトラブルや先生とのすれ違いが、苦い薬となりました。この苦い薬が「障害名をどう受け取られるかという恐れる気持ち」を破ったのです。先生と信頼関係を作ろうと思ったら、こちらから信頼しないとだめだ。先生に期待しないとだめだと思うに到りました。そうしないと次の扉が開かないことを悟ったのです。そこに到るまでの3ヶ月間にあった、先生とのすれ違いの出来事をいくつか書こうと思います。ある日、授業中にTAKUYAが立ち上がって、「命のポーズ」をしてあきれ返られ、叱られたというので、本人になぜしたのか理由を聞いてみました。TV番組の「伊東家の食卓」で紹介されていた裏ワザで、「“命のポーズ”をすると集中できる」ということを息子は知りました。その番組の中で、笑いを取る場面として、“テスト前に「命のポーズ」をやっている子がいて、みんなで笑っちゃう”という学校風景が映されていました。それで、TAKUYAは「僕もやろう。これで集中力が上がるはずだ」と思って、まじめにやったのです。(集中力が続かないことを実は気にしていたTAKUYAにとっては、切実だったのです)・・・でも、叱られて、笑われた。本人は何が問題で、なぜ叱られ笑われたのかが分からず、混乱していました。それで、悔しかった気持ちを受け止めた上で「あれは単なるジョークで、実際には、授業中に席を立ってそんなことをしてはいけないこと。」等を丁寧に説明したら、状況が少し理解できたようで、比較的ラクに混乱から抜けることができました。この件を担任の先生に伝えました。「授業中にふざけて命のポーズをやったのではないこと。TVの中の、ジョークの場面と現実の区別が分からずに、真似してしまうこと。一見ふざけているように見えたり、笑いを誘ったり、場を乱そうとするような行動が多々あると思うが、教えないと理解できない未熟さがあること。それを主治医からも指摘されていること。なぜ叱られたのかを理解できずに混乱していたこと。家庭でも丁寧に説明し、教えていこうと思うので、ふざけているとか、授業妨害をすると決め付けずに、頭ごなしに叱らないで様子を見守って欲しいこと」等々をできるだけ柔らかい言葉で伝えました。ところが、担任は「2年生ならみんなそうです。注目されたいんじゃないですか?」と。本人に対する「ふざけている」「やる気がない」「場を乱そうとする」という見方は変わりません。厳しく叱ったり、脅したり、罰を与えてみたり・・・先生が長年の経験から作り上げた方法でTAKUYAに対応する日々は続きます。私と先生とのやりとりも、こんな空振りを何度も繰り返しました。何度も言われたのは、「クラスは34人もいるんです。TAKUYA君だけ特別扱いはできません。他にも大変なお子さんはたくさんいるんです」という言葉でした。子どもを人質にとられているような気持ちがしていました。喧嘩にトラブル、面倒ばかりかける我が子に対して、ひどい対応をされないように、冷や冷やしながら先生の事を見ていました。先生に「面倒」をかけていることを重荷に思い、肩身の狭い思いもありました。その気持ちの裏返しで、先生に対する怒りも持っていながら、それを表現することもできずにいました。弱者の理屈にはまっていました。当時の日記に「とりあえず、先生の存在は薬にはなっていないけれども、毒にもなっていない。この状態を崩すのは怖い」と書いてあります。こんな危なっかしい関係を続けながら、一歩前に踏み出すこともできず、そんな状態を保とうとしていたのです。なかなか勇気が出ませんでした。
2005年01月17日
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きよかママさんから、ここの掲示板にご相談をいただきました。4歳のお子さんがはっきりした診断を得られないということです。就学前のお子さんの場合は、診断をと思って受診しても、なかなかはっきりしたことを言ってもらえないもどかしさを感じることがあると思います。ひとつには、診断をしても療育の受け皿がない場合は、就学前のお子さんの場合、診断名をあまりはっきり伝えないこともあります。アメリカのように受け皿がたくさんあれば、「グレーゾーンのお子さんもできるだけたくさん拾い上げて、疑わしきはみんな療育をする、成長と共に発達が促されればそれでよし」ということもできるのです。でも、日本の現状では、(特に軽度発達障害の場合)それができません。早期発見を促されながら、早期発見によって返って苦しむだけの親子を生み出すこともあるのです。(苦しいですね)それが、はっきり診断されないもどかしさにもつながっているのだということを理解してください。そして親が療育をするつもりで、「現時点での診断」を求められたらいいと思います。そんなことを考え、きよかママさんへの私なりのお返事を、掲示板ではなく、日記のページに書かせていただくことにしました。きよかママさん年少からだと、約1年半から2年ぐらい、もしかしたらもっと長い間、大変な中で試行錯誤してこられたんですね。おっしゃるとおり、「子供のためになにかしないといけないと思った事はいいこと」です。がんばってこられましたね。まず1点目ですが、児童相談所の「先生」が医者でないとしたら、いくら検査をしても診断に関わるような断定的な事は言えないという事をまず知ってくださいね。だからこそ、小児科医を紹介したのだと思いますよ。「言語の遅れ」と言われているそうですが、専門職として、「言語」以外の点、きよかママさんが心配しておられるようなADHDにみられる症状をチェックしているだろうと、予想されます。ただ、この点に関しては、母親にショックを与えてはいけないという配慮から、「言葉の遅れ」という一面だけについて知らせ、全体を見ていく・・・というのが一般的です。専門職も母親がどのくらい受け止められるか、どのくらいの知識があるのかを探っているのだと思います。これから発達して、診断名も変更になる可能性もあるし、必要な療育を与えられるのかという問題もあります。特にこの年齢のお子さんに対しては、親にどう伝えるかという事は慎重になっていると思います。これがもどかしく感じられるかもしれませんね。いつまでも腹の探りあいをしていてもしょうがないですから、率直にADHDを心配しているとか、どのような診断が付く可能性があるのか、家庭でのかかわりはどのようにする必要があるのかをたずねてみたほうがいいと思います。2点目に、そこが発達障害を正しく診断し、必要な療育を提供できる医療機関なのかどうかを見極める必要は確かにありますが、そのあたりの情報は、やはり地元の保健師に問い合わせるのがいいと思います。ただ、あまり遠方の医療機関にかかっても、受診を続けることが難しくなれば意味がありません。現実的に考える必要があります。今の小児科は、児童相談所に紹介されて、たしか年末に初めて受診したところですよね。まずは今の医療機関の先生と一生懸命向き合ってみることが必要ではないかと思いますが、いかがでしょうか?心を開いて何でも話してみてはいかがでしょうか。「地元の医者では正しい発達障害の診断はつけてもらえない」というお友達の言葉に振り回されていいのかという問題もあります。あまり色々な病院にかかると、子どもが疲れてそのこと自体がストレスとなってしまいますから注意してくださいね。3点目は、診断にこだわるよりも現時点での問題行動に対する対処法を一緒に考えてくれるよう専門家に頼むことが大事だと思います。お母さんがお子さんの特徴をよく理解するのを助け、お子さんによりよくかかわれるようになって、ラクになれるようにです。保育園とも上手に連携なさっていますから、園でのエピソードを材料に、先生の協力を得ながらかかわり方を工夫してみてください。どちらにしてもね、どんな療育よりも、母親のかかわりをより良く工夫する以上の療育はないんです。日常的なかかわりの中でより有効なトレーニングを子どもは積むことができます。だから、気持ちを楽に持って、どっちに転んでも大差なし・・・と開き直り、かかわり方を工夫してみてください。いい意味でも、悪い意味でも、それが日本の現状です。開き直って現状の中で努力しつつ、社会を変えていく努力もする・・・そんな二束のわらじを履きたいと思います。お子さんのことで迷ったら、余分なものは考えからそぎ落とし、本当にお子さんのためになることだけを選び取れるように努力していると、本質的な課題が何なのかが、少しずつ見えてくると思います。これから生涯にわたってお子さんへの支援は続きます。本質を見通すことができるのは、やはり親だと思います。一緒にがんばりましょうね。私も日々迷いつつ、本質を見極めるように努力しています。
2005年01月13日
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学校には、主治医とも話し合った結果、まだ診断名は伝えないことにしました。様々なエピソードからこの子の特徴を理解していただき、必要としている支援を求めようということになりました。早速学校に行って、「Wisc-3」の結果、1.分野別の能力にばらつきがあること 2.多刺激に対応するのが苦手なこと 等々を伝え、1)具体的な指示を与えてほしいこと 2)刺激が多いと集中できないので、座席は一番前にしてほしいこと 3)指示はひとつずつ与えてほしいこと 4)様子を知りたいのでノート交換をしてほしいことを頼みました。先生は快諾してくれたものの、反応は、「他にももっと問題のある子はいる、算数なんてもっと出来ない子もいる、なのになんで?」という感じでした。親としては、「もっとできの悪い子がいるから安心しろ」と言われるのは、筋違いだと感じました。「教室の中の一人であるTAKUYA」という視点もありますが、「人生の中での一地点にいるTAKUYA」という視点で親は見ています。この子に合った支援があれば、この子はもっと生きやすくなるでしょうし、能力を伸ばすことができれば人生は開いてきます。勉強はこの時点でつまづけばずっと落ちこぼれ、劣等感を育て、学校が面白くなくなるでしょう。「障害があるからここまででいい」とか「もっとできの悪い子がいるから、まだまし」というのは、違います。でも、その時はそのことを上手に伝える「言葉」を思いつきませんでした。だから、心の中で「ひどい」と思っても、黙って「ただお願い」するしかできなかったのです。それでは信頼関係を作ることは難しく、「わかってくれない」と弱者意識・被害者意識を持ってしまうだけです。親は、泣いたり怒ったりするよりも、「伝える言葉を身につける」ということが、なにより必要なことだと感じました。理解されにくい子をもつ親だからこそ、理解されるような努力をしなきゃいけない。言葉で表現できないと、なかなか理解を得られなくて、結局は「愚痴」と「泣き言」「あきらめ」「怒り」で終わらなければいけなくなってしまうのです。「言葉で表現することが苦手なわが子」を見ていると、親も「言葉で表現する修行」を与えられているように感じました。親子で同じ修行を始めたようでした。説明する言葉や理解を得る言葉を選び、考え抜いたこの2年間でした。今は、信頼関係を作って、理解され、必要な支援を得られるようになっていますが、最初は戦いでした。言葉には言葉できちんと返さないといけません。例えば、「お宅のお子さんだけ“特別扱い”はできません」と言われたら、そこでひるむのではなく、「“特別扱い”ではなく、“特別な支援”が必要なんです。どの子に対しても、その子にあった支援をしてくださっていると思います。この子にあった支援には工夫が必要だというだけなんです。」と切り返す力も必要です。それによって、先生自身も納得してくださり、支援しやすくなるということもあると思います。先生だって、「特別扱い」と思うと他の子に申し訳なくて、できないのです。でも、この子にあった「特別な支援」と思うと、一生懸命取り組んでくださいます。言葉って本当に、力を持った生き物だと思います。これまで試行錯誤の連続で、失敗も多々ありましたが、これから折を見て、「有効だった言葉」を共有していきたいと思います。 みなさんからの成功談・失敗談も寄せていただけるとうれしいです。
2005年01月11日
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診断を受けて、長所だと思っていた部分が障害の特徴だと言われたことが、正直言ってショックでした。・・・例えば、人懐っこくて、初めて会った人でも昔からの友達のような感じで親しげに話しかける・・・これは、人との距離のとり方が分からないからだ・・・・・確かにこれが大きくなっても続けば、異様に見えるだろうな・・・。いつもひょうきんで、笑わせてくれること・・・これも場面によっては「いい加減にしてよ」という感じになる・・・その通りだ、限度というものがある。確かに人間関係の問題はある、トラブルが多くて、感情のコントロールが下手だ。人の立場に立つことが難しく、人の気持ちが分からない・・・?そんなはずはない・・・と。大きくなってもそんな状態だったら、これから先、TAKUYAは友達を作れるのだろうか?友達のいない人生なんて、なんて色あせた人生だろう・・・私は急に、これからはなんとしてでもTAKUYAに「人の気持ち」を伝えていこう、人の気持ちが分かるように丁寧に育てるんだ、どんな工夫をしてでも人の立場や人の気持ちを察することができるように、伝えていくんだ、とそう誓ったのでした。当時の日記帳にはこんな風に書いてあります。「人の気持ちを考えるための材料を一緒に探し、一緒に考え、人を悲しませることはしないように、自分がして欲しいと思うことをしてあげられるように、TAKUYAを導き、一緒に努力していこうと思う。 そして、落ち着いて勉強すること。落ち着いて課題に取り組むこと。今、その能力を少しづつ伸ばしている。もっと褒め、もっと達成感を持たせ、もっと自信をつけさせようと思う。」切実な思いでした。「友達のいない人生だけは、かわいそうだ。自分自身はどうだったろう?自己中心的で、人からしてもらうことは多々あっても、人に尽くしたことはあまりなかったのではないか。マイペースで生きてきてしまったのではないか。友達を作ろうと思ったら、友達の気持ちが分かり、友達のために尽くし、友達を大切にすることだ・・・してもらうことばっかり考えていたら、だめだ。自分のことばかり優先させずに、人のために力を使おう。私は自分の背中でもTAKUYAにこのことを教えなきゃいけない」切実な母親の思いであり、母親の誓いでもあったと思います。でもしばらくは、仕事と家事を終えて夜になると、自閉症関連の本を読み漁り、そして不安に押しつぶされそうになって、泣いて過ごしていました。将来のことを考えると不安でいっぱいでした。今となっては、なつかしいような、いとおしい気持ちのわいてくる話です。こんな気持ちで過ごしている人がいたら、そばにいてあげたいと思っています。
2005年01月09日
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予約した日から3ヶ月待った小2の9月が、初診日でした。すでに市の教育相談センターには行き始めていました。ここでM先生に出会い、これまでの経過をじっくりと話しました。話をすることで客観的に子どもの成長を振り返るいい機会にもなっていました。「愛情不足とかではなくて、お子さん自身が何か問題を持っていると考えられますよ。適切な支援が必要になってくると思います。」と言われ、とりあえず「愛情不足ではない」と自分以外の人に言っていただけたことで、気持ちは落ち着きはじめていました。・・・いくら自分で「愛情不足ではない」と思っても、心の中で打ち消す自分がいます。自分以外の人にそう言って頂けることに、どれだけ救われたことでしょう。自分で我が子のことを判断するのは難しいのです。「人から言われること」というのは、いい意味でも悪い意味でも、本当に大きな影響を及ぼします。それほど言葉には影響力があるのですね。特に専門職の言葉は大きいです。専門職は心しないといけません。専門職としての自分を振り返り、戒めるいい機会にもなりました。また、受診日に備えてWisc-3を受けました。センターは医療機関ではないので、診断的なことはまったく言いませんが、後から考えるとすでにアスペルガー症候群を疑っていたのだということが分かりました。Wisc-3の結果票を持参して、9月に初めて受診しました。簡単な初診の問診表記入を終え、親のエゴグラムを取りました。TAKUYAは「名探偵コナン」のマンガに興じています。9時半には私だけが面接室に行き、問診を受けました。これがアスペルガー症候群判定の検査だったようです。本人のコミュニケーション能力やこだわりについて、意思伝達について訊ねられました。正直に学童保育の先生や担任からは「TAKUYA君はこだわりが強い」「ゆずれない」「これをやりたいと思ったら、みんなに合わせられない」と言われているが、私にはTAKUYAがこだわりが強いとは思えない、と話しました。コミュニケーションに関しては、TAKUYAが「おもしろくて笑わせてくれる子」だという長所だと思っていた部分に注目されました。その後、診察室にふたりで入ります。TAKUYAはすぐに先生に打ち解けて、楽しそうに質問に答えます。テンションはいつもながら高く、受け狙いのような、おもしろい対応をするのです。片足けんけんで進むだけで、笑いが止まらなくなり、ついでに転んで見せたり、閉眼片足立ちでは、おっとっと、とよろけて見せたりするのです。「仲のいい友達は誰?」と問われて、「うーん、いっぱいいるからわかんないよ」「一人だけ」「僕には103人も友達がいるんだよ。覚えらんないよ」「(私)初めて知り合った子でも、友達になろうね、って約束したら友達として人数に数えているんです」「ぼくねぇ、知的障害の友達もいるよ。」「あらそう、その子の名前は何て言うの?」「知的障害だもん、話していること意味不明」「あらら、なにそれ」・ ・・仲の良い子の名前・・・一人と言われると、誰も出てこない・・・そういえば特定の友達がいない・・・103人?そんなに数字にこだわってる?その後、本人は外で待たせ、医師とふたりで話をしました。先生は「TAKUYAのこの様子は、ADHDだけでは説明がつかないものだと思う」と言います。私は再び頭がぐらぐらして「育て方・・・という意味ですか?家庭環境とか、そういう影響を受けていると言うことですか?」と尋ねましたが、先生は「そうではない」と言います。私は意味がわからず、困っていました。すると先生は、「本当は、こんなに早く診断名を言ったりしないのですが、お母さんもフルタイムで働いていらっしゃるし、そう何度も足を運ぶのも大変でしょうから、今考えられる診断名を言いますね。診断名は、アスペルガー症候群と考えます。」と、おっしゃられました。診断基準の紙を出して、「アスペルガー症候群の全部の項目は当てはまらないけれども、この項目・この項目は当てはまる、テストの結果からもはっきりと出ていると言える、対人関係を持つことへの意欲はある、ただ、人と人との関係性や距離を理解したり、状況を理解して適切な対応をしたりすることに障害をもっている・・・・・・・・・」「え?自閉症の一種の?ADHDじゃないの?」・・・(恥ずかしい話なのですが、息子に対人意欲があるというだけで、自閉症ではないと勝手に思い込んで、きちんと勉強していなかったのです。自閉症への理解が正しかったとは思えません。いま思うと保健師として本当に申し訳なかったなと思います。)でもその時は、もう驚いて、ショックを受けて、一瞬頭が真っ白になりましたが、なんとか涙が込み上げそうになるのを抑えて、黙って話を聞いていました。私はADHDなら、服薬によってかなりコントロールできるようになると期待して受診していたのです。服薬に関して、先生は「アスペルガー症候群でも、効果があることが多い」と。ADHDと同じリタリンによって効果が出ることが多いとのこと。私は自分からTAKUYAに服薬させることを希望しました。「ゆっくり考えてからでも遅くない」と言われたのですが、「TAKUYAが楽になるのなら・・・」と思って希望したのです。ショックを受けた私は、すぐに教育相談センターに電話を入れ、急遽面接をしてもらうことにしました。診断名を伝えると、センターでは予想どおりだったという反応で、いたわりつつ私のショックを受け止めてくれました。そして、リタリンの服薬を始めるのなら、学校との連携が必要になる、とのアドバイスを受け、その足で学校へも行きました。学校には、診断名は伝えず、リタリンを服薬することになったので、学校での様子を知るためにノート交換をしてほしいと頼み、快諾されました。(つづく)
2005年01月08日
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障害受容は、親にとって最初の大きなハードルです。自閉症児、とくに「軽度」と言われる子を持つ親ほど、心のどこかで「普通になる」ことを願い続けています。効果的なかかわり方をして、とりあえず「行動面」が改善されると、内面に抱える課題(認知力の課題・言語力の課題・感覚器の異常など)に気づかなくなって、さも問題が消えたように思い込んでしまいます。仕方のないことではありますが、そのことで本人への支援が遅れたり、中断したり、大変な状況に追いつめられてしまった事例もたくさんあります。私も初診日直前まで、心が揺れました。ADHDを疑い始めてから初診日までの2ヶ月。この2ヶ月で、私もかなり勉強し、TAKUYAへの対応方法をかなり変えることができました。集中力が続かず、衝動性も押さえにくい子なのだということがわかり、それを本人自身もコントロールできないことに苦しみ、苛立っているのだということが理解できたのです。それまでのような「どうしてできないの?」「きちんとやりなさい」「まじめにやりなさい」「ボーっとしないで」という叱責は止めることができ、「できないことをとにかくやれ、ということほど残酷なことはない」と理解して、かなり忍耐強く、丁寧に指導し始めました。自分でもよく頑張ったと思います。TAKUYAは、気持ちにムラがあって、乗ることさえできればすごい力を発揮するのです。100マス計算など、以前は40分もかかって、本当に大変だったのに、忍耐強くかかわり褒めちぎって、本人をその気にさせたら、俄然集中力を発揮するようになりました。なんと「4分45秒!」すごい!最高記録だ!TAKUYAは天才だ!と言って褒めまくると、本人もこの記録が信じられない様子で、ものすごく喜びました。それ以来、毎日100マス計算をするようになり、タイムを伸ばすことをとても喜び始めました。励みになり、自信にも、学力の向上にもつながっています。私も当時は必死だったと思うのですが、夏休みは仕事から帰宅後、くっついて勉強させたら、TAKUYAの集中力はかなり続くようになり、漢字の練習帳をほとんど一冊終わらせました。すごいことに、私がいない時でも、ご褒美を用意したらやることができるようになっていったのです。(ABAもどきをやっていました)担任のE先生からは、「2学期になってから本当に落ち着いている。課題を授業中にこなせることも増えてきたし、漢字の力と計算力が伸びた」と褒めていただきました。ところが、「かかわり方を工夫することでこんなに伸びるのか」・・・という喜びが、「医療診断が本当に必要なのか」という疑問に変わってきてしまったのです。「だんだん問題行動も減っている。いい方向に向いている。診断を受けることで、マイナスは出ないだろうか」・・・と悩みました。ただ、「やはりあの子自身の問題もあるのは確かだ。友達関係でのトラブル、場面に関係なく寝転がったり、はしゃいだりする。これは小2にしては、やはりどう考えても「幼い」と見える。問題がなくなったわけではない。あの子がこれから苦しむ場面が出てくるのは、目に見えている。」そう気を取り直して、数日後、予約日に診断を受けに出かけることにしました。キャンセルしなくてよかったです。
2005年01月06日
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TAKUYAの話に戻ります。私の場合、予約から初診日9月までの3ヶ月間は、本当に長かったです。ADHDと診断されるだろうと、確信していました。この年の夏は酷暑続きで、また心中も穏やかではなく、苦しい日々でした。様々な感情が湧き上がってきました。「TAKUYAの問題行動は、私のせいではなったのか」と思うと肩の荷が下り、安心すると同時に、ようやく混乱から抜けて、子どもを客観的に見ることができるようになった喜びも感じていました。それに加え、今まで「親の愛情不足だ」とか「しつけが・・・」などと無責任に私を責めた人たちへの怒りが湧いてきたのです。心の中では「近い将来TAKUYAがリタリンを飲み始め、すっかり落ち着いている様子」を思い描きます。そして、「どう?私の育て方のせいじゃなかったのよ」と保育園や学校や塾の先生に文句や恨み言を言い、鬱憤を晴らしている自分の姿を妄想してしまいます。妄想しているうちに、強い怒りがこみ上げてきて、「それによってどれほど傷つけられたか、この親の気持ちがわかるか!」「こんな風に、あんな風に文句を言ってやろう」・・・と思わずにいられませんでした。そして、しばらくすると冷静になります。落ち着いて考えてみればわかるのです、「先生方も理解できずに苦しんでいただけなのだ」と言うことが。でもまた、同じように恨みや怒りが湧いては、消え、湧いては消え・・・・・。将来への不安や、また過去の出来事への怒り。これらを鎮めるには時間が要りました。 そんな頃、たまたま道で保育園のI先生に再会しました。あんなにも様々な感情を抱いて、「ああ言ってやろう」と思っていたはずなのに、お顔を見ると「先生も一緒に我が子のために苦しんでくれていたのだ」と思い、戦友のような気がしてきて、文句が言えなくなったのです。そして、「その後どうしてるの?」とたずねてくれた先生に、感謝の気持ちが湧いてきました。気がつくと、心素直に「ADHDの疑いがあるから、相談に行き始めていて、今度受診もするんです」とお話ししていました。「あんなことを言われて、辛かったんですよ」とは結局言わずに別れ、そんな気持ちが萎えてきました。そして、いつかこれからの保育に役立ててもらえたらな・・・と、思いました。色々苦労した結果として、周囲に反発し、「誰も理解してくれなかった」と怒るようになるのでは、苦労した甲斐がなくなると思いました。子どものためにも、私たち親に必要なのは、周囲の理解を得ることと協力者を増やすことだ・・・。自分の心を、少し努力して見つめて、こうして心を開いて先生方と話ができる自分であり続けようと、その時思いました。
2005年01月05日
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以前、仕事で、「ぜんそく児の親のための教室」(保育付き)を開いた時、こんなことがありました。かなり多動で指示が入りにくいお子さんがいたのですが、その子の母親が講師に質問したのです。「ぜんそく薬の副作用で、手先が不器用になったり、落ち着かなくなったり、乱暴になったりすると読みました。うちの子もそうで、散々悩んでいるんですが、ぜんそくの薬はやめられないのでどうしたらいいでしょうか?」講師が苦労して多動の原因が他にもないか探ってみるよう勧めていますが、母親は、かわいそうなぐらいにかたくなになっています。ハリネズミのように攻撃的で、自分を防衛しています。子育ての相談コーナーへの来所も拒否でした。よほど辛い思いを重ねてきたのだと思います。まずは、できるところまで、「ぜんそく薬」に関する努力をすることです。納得できるまで、薬を変えたり、一時止めてみたり、ありとあらゆることを試してみるしかありません。時間がもったいないように見えても、それが一番の近道になることもあります。こんな時、どんな言葉も母親の耳にも心にも届かないことが多くて、悲しい思いをするのですが、私は必ず「お子さんが育てにくくて苦労なさっているでしょう。周囲の人から辛いことも言われているかもしれないけど、お母さんの育て方のせいだとは思っていませんよ」と伝えます。すると、なかには「私の育て方のせいなんです」「自分が虐待しているんじゃないかと思う」と、話しを始める方もいます。発達障害を持つ子どもは、やはり育てにくいですから、親がついヒステリックになってしまったり、時には感情的にぶってしまったり、怒鳴りつけてしまったりすることはあります。みなさん、そんな経験ありますよね。そしてきっと、多くのお母さん方は、自分のやったことを振り返り、めげている我が子の姿を見て落ち込み、「私のせいだ」「私、虐待しているんじゃないかしら」と、自分を責めている方も多いのだと思います。特に診断前は、親も混乱していますから、感情的に子どもにあたってしまうことはあって当然です。それを問題行動の“理由”にして、これさえやめることができたら・・・と、さらに自分を追い込んでしまう人・・・いませんか?親がぶつことをしなくなったら、子どもは問題行動がなくなるのでしょうか?私のこの子への対応をこう変えることができたら、子どもはよくなる・・・でしょうか?我が子をぶってしまうお母さんに対しても、私は「お母さんの育て方のせいだとはおもっていませんよ」と伝えたいと、いつも思っています。本当にそう思っています。虐待されている子の多くが、実は発達障害を持っている、と言われています。親への支援者がいなくて、そこまでエスカレートしてしまうしかなかったんですね。社会が、もっと発達障害児を早くに診断し、早期療養を始められるような体制を整える必要があります。それと同時に、ハリネズミになってしまって、相談を受けられずにいる多くの母親に、心を開くことができたらいいな。誰もあなたを責めていないよ、誰もあなたのせいだと思っていない・・・そういって母親が楽になれて、心を開ける場所が少しでも増えたらいいなと思っています。
2005年01月04日
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昨日、なんでも問題行動の“理由”にして責められることを書きましたが、親が”理由”にしがみついてしまうことも多々あります。親が“理由”にしがみついてしまうのは、その“理由”さえなくしたら、子どもの問題行動が消える、治る、他の子と同じになる・・・はずだ、と思いたいからです。そこに、切ない希望をつないでしまうからではないでしょうか。親心ですよね。これを書くと、フーっとため息をついてしまうほど、自分のことが思い当たります。愛情不足といわれれば、心の中で反発しながらも、そこを解決すれば息子はよくなるのではないかと希望をつないで努力していました。この気持ちは、皆さん共通ですよね。「我が子のためなら何でも努力したい」という、切ない親心です。他人にひどい言い方をされようとも、そこに希望があるかもしれないと思って、その部分でも努力しようと思うんです。それがなければ、簡単に他人の言葉ははじき飛ばして、無視しているはずです。どの部分で努力するべきなのかが分かっていなかったから、他人の言葉に揺れていた、ということです。今まで辛かったのは、この「切ない親心のためだったんだ」「だから苦しみ続けたんだ」「だからこそ、人の言葉に傷ついてしまうんだ」と気付くと、ちょっと自分を褒めて上げられますよね。そう、相手がなんて言ったとか、こう思われているとかで、親は傷ついて心を閉ざしてしまいがちですが、それは親自身が子どものためを思っているからです。そんな自分を大いに褒めて、自分で自分を包んであげでもいいんじゃないかなと思います。そして、客観的に状況を見て、受診することによって「どの部分で努力したらいいのか」を考えよう、と考えたらいいと思います。
2005年01月03日
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子どもが問題行動をとるとき、色々なことを理由にされてしまうことがあります。また、親自身が思い当たる“理由”を見つけて、その理由にしがみついてしまうことも多々ありますよね。私もそうでした。それが、「受診しよう」という行動を遮ってしまうことがあります。・両親共働いているから寂しいのではないの。・一度母親が仕事をやめてみて、それでも落ち着かなかったら受診も考えたら?またある母親は、こんなことを言われたそうです。・専業主婦だから過干渉になっているのではないか。・心配しすぎではないか。はたまた、・一人っ子だからわがままに育ててしまったせいじゃないの?・親が年取ってから産んだ子だから、甘やかして育てたんじゃないの。・上の子と年が離れているから・・・。・夫婦仲が悪いから、子どもに悪影響が出ているのではないの?「もう本当に失礼ね、いいたい事言ってくれちゃって!」と、言いたくなりますよね。冷静に考えたら、これらの理由が本当に「余計なお世話」で、無責任な発言で、なのに、当事者の心にはグサッと刺さるものなんだ・・・ということが分かると思います。ちょっと笑っちゃうぐらいですよね。他人が言われていることを聞いてみると、第3者の目で冷静に考えられます。世の中の健常児とされている子どもたちが、これらの条件のどれにも当てはまらない、なんていうことは、絶対にないんです。完璧な環境で育児をしている人なんでどこにもいません。なのに、育児がうまくいっていないと、色々なことを理由にして、責めたり責められたり・・・。虐待を疑われたりしたら、もう本当に親の自尊心が傷ついてしまいます。結果として、「責められないように」と、ハリネズミのように防衛的で、攻撃的になってしまう。でも、それで一番ソンをしてしまうのは、親自身です・・・いえ、子どもかな・・・っていうことに気付いたほうが賢いですよね。他人は思いつきで色々なことを言うものです。言った本人は、言ったことなんて今頃忘れているでしょうね。一度他人の目は抜きにして、子どもを見てみたいです。当事者だけでは、なかなか客観的に見ることはできないものです。一度、評判のいい専門家に相談して、客観的に見つめてもらうと、安心材料が増えると思います。何かあるなら、それにあわせて対応を考えればいい・・・というだけです。だから、受診を躊躇している人がいたら、あまり悩みすぎず、受診=「診断を付けに行く」と思うよりも、「専門家と一緒に育児を見直して見てから、これからのことを考えよう」と思ったらいいのではないでしょうか。ぐっと握り締めている手を、ぱっと解き放ってみましょうよ!初めて手を握りしめていたことに気付くと思います。
2005年01月02日
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あけましておめでとうございます。息子はいつもはふざけてばかりで、まじめに考えているようには人の目には映らない子です。が、年始に当たって目標を書かせると、真剣にう~~~んと考えて「ケンカを少なくする」と書きました。本人も一生懸命考えているのですね。自分の手にももてあましている「衝動性」感情のコントロールができなくて、苦しみつつも努力している。目に見えない、本人の心の中での努力を、親だけはどんなときも信じて、励ましながら、育てていこうと決意も新たに思いました。こういう子を育てるって、目に見えない部分を信じる力が必要なんだと強く感じます。今年もよろしくお願いいたします。
2005年01月01日
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