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今日から12月24日のクリスマスイブのコンサートに出演してくださる若き音楽家の人たちとのメールでの打ち合わせがスタートしました。まずはメールでの自己紹介と それぞれの方たちの11月12月の公演に私たちのチラシを折り込みさせていただけるかどうかの確認を行いました。私は毎日 セッションお申し込みの方たちとメール交換をしていますが今日のメールの交換はまた一味違ってとても新鮮でした。音楽に携わる人たちのみずみずしい感性の部分と触れ合えてなんだか昔を思い出して 私がこのブログを書き始めた時の新鮮な輝きを思い出しました。沢山の存在たちと自由にチャネリングを楽しんでいる私の姿に ちょっとびっくりしました。明日は大阪の天王寺の近くにダンスの公演を見に行く事になっています。家族で出かけるのですが このダンスの公演が行われるのは一心寺というお寺の中なのです。あれ、 なんだ、このエネルギーは ちょっと待てよ。あら~~~ まあ どうしましょう。一心寺というのは 大阪の陣の時に家康さまが陣を敷かれた所じゃないですか綾部の母や 母のお姉さん、パパさんや私の妹で 明日は観劇に出かける事になっているのですが我が家は大阪夏の陣で 先祖たちが戦死しておりますのでエネルギー的にいえば敵方のエネルギーの中に入ることになります。皆、そんなことは露知らず、楽しみにしているのですが どうなる事やら。でも実はこれは和解と癒しのビックチャンスなのですね。大阪の陣絵巻さまのサイトにこのような地図がありました。これを見ると 良く出て来てくれる片桐かつもとが 大阪の役では大阪城の近くにいたのが分かりますし先日のセッションで出てきた北条氏の狭山城の位置が 大阪城の直ぐ隣であることもわかりました。なんだか びっくりです。ああ、やれやれ、、、 舞台芸術を楽しむ予定が とんだ休日になりそうですが実は わくわくしている私です。天のサポートさん、 私の家族に素敵なチャンスをありがとう。行ってきま~~す。
2010年10月29日
今夜は久しぶりに自宅に戻って静かな時間を過ごしています。満月の時期に過ごした北海道は 様々な学びを運んでくれました。旭川のひかりサロン「南天」さまに集まってこられる素敵な仲間たちの輪が本州の仲間たちとの輪に広がっていくのが嬉しくて 異なった場所で異なった学びをしている人たちが そのそれぞれの輝きを祝福できる喜びを今、感じているところです。今の時期 小さな場所から大きな場所へ、暗い場所から明るい場所へ、重い波動のゾーンからより高次の波動のゾーンへと移行が始まっています。今まで出来なかったことが(抱きしめて握りしめて変わらなかった部分が)あっさりと出来るようになる、 そんな自分を体感する人が多くなってきています。一方で 大きな器に解放されたとたんに 不安になって また支配系のエネルギーに捕まって行く人たちもいるのですがそんな時は 慌てず、 ああ、また 前の癖がでてきたとあっさり認めて早く「懲りる」といいのでしょうね。もう懲りごりだと思える体験をすると 変わります。今日は静かですね。私は11月12月と音楽企画に携わることが多くなります。12月はXmasイブの夜に手伝っているコンサートがあるので出張はありません。11月までに仕事は終わらせて 後は冬の支度にはいりましょう。いろいろな存在たちが 私を待っていてくれて例えば ずっと見つめ続けている武士団や河内王朝、大陸から来た人々、 そしてアマテラス大神の伊勢..........全国では 戦時中強制労働につれてこられダムや鉄道建設で亡くなった中国人の人たちや、韓国人の人たちが 自分たちのことを知って欲しいと思っています。今 これらの3つの国に光を入れようとする動きがあって 私のところへも身体の不調を訴える人たちを診ていくと 強制労働のエネルギー地場に住み続けたことから 身体がエネルギー的に打撃をうけているケースが連続しています。音楽での癒しやヒストリーヒーラーとしての活動を これからどうしていこうかしらと静かにしみじみと感じているところです。とりあえずは 今夜はこれからkasumiさまが置いていってくださった関東武士団の本を読むことにしましょう。11月は宇宙のワークを名古屋、東京と3回にわたって行います。このワークでは どれくらい高い波動域のエネルギーを私がハンドルできるかが大きなポイントになります。このワークをジャスムヒーンから習った時、その後の1週間は 私の身体は光のグリッドとして感じられました。ジャスムヒーンの波動(光)を自分がダウンロードしたのだと思いますが私の場合はまだまだで 今の時点ではそこまでいきませんが あっさりと高い波動域へ 出入りできる自分になりたいと思います。子供たちからのセッションの依頼も来ていますが 何がおきているのかを知らせてあげるだけで 子供達には 今までと違う世界が広がって本来の光を取り戻します。眠っている時、彼らは別の世界で学んでいるし、 ちゃんとサポートしている存在もいると思いますが この3次元では受け入れらずにいるケースも多くてスポイルされているのが殆どです。今 関わっている若手音楽家の人たちも子供たちと同じようなセンサーを持っていてそれゆえに苦しんでいますが ご縁があれば いろいろなスピリチュアルな事をお話したいと思っています。それにしても出会うべき人が多すぎるので どうするか、、、。昨日なんかも 新幹線で琵琶湖の近くを通ったのですが 彦根の殿様の井伊直弼さまに関するエネルギーと彼を暗殺した水戸藩士の人たちのエネルギーが じっとこちらを見ていて私は 両方を深く知って 愛したいと思いました。彦根は いつか車で行きたいと思います。京都からは近いのです。水戸は ある時代にそこに流れる人々の想いをこの映画は良く伝えていると思います。「桜田門外の変」おっと そんなことを書いていたら ほら 堀川二条の福井藩邸から(現京都国際ホテル)橋本佐内さんが やってきました。 何が言いたいことがあるようですが、、だめですよ。 今日は幕末のゾーンの方はおあづけですよ。武蔵武士の本を読むんですから、、そういえば 桜田門外の変の映画と 鹿島神社はセットでエネルギーが来たなあ。いつもの物部のエネルギーも、、、、やっぱり今夜もにぎやかだなあ、、、まあ、いっか。
2010年10月27日
今朝は午前10時発の旭川発羽田行きの飛行機に乗り込んだ私たちでしたが 旭川空港に到着した直後から私はおなかの痛みに教われました。今朝の旭川空港は団体旅行のお客様でいっぱいで 特にご老人の方たちが和やかに搭乗の手続きを待っておられたのが印象的でした。私はこのおじいちゃん、おばあちゃんたちの腹部の病気の波動を受けているようで トイレとお友達状態でした。(空港のトイレさんありがとう。)羽田までご一緒する喜楽天道さまはと言えば 彼の方はご老人たちの頭の病気、とくに脳梗塞の部分を担当されているようでした。飛行機にのってから 1時間以上も二人は眠りながら おじいちゃん、おばあちゃんたちのヒーリングをさせられていたようです。先ほど目覚めて パソコンを取り出しました。今 窓の外には 関東の山々らしき景色が見えていて 飛行機はまもなく降下を開始する予感です。こういった病気といわれる症状はそれぞれに特徴があって 私はうつ病の人達をよく診させてもらうことがありますがうつ病特有の頭のぐるぐるしたエネルギーを感じます。また それぞれのチャクラはチャクラで病気によって感じられる痛みはそれぞれ違います。私たちの身体を 肉体レベルで見ないで 波動レベルで見たときに 私たちはいくつのもエネルギーの複合体だと言えます。その複合体のエネルギーに固有名詞をつけて互いに呼び合っているのが 私たちでしょうか。頭の先から足の先まで 身体の波動をスキャンすれば もしどこかに特有のゆがみがあれば それは感じられます。まだ 病気が肉体レベルまでいかないエーテルレベルの時に その病気の波動はすでにそのゆがみの波動をだしていると感じます。波動のゆがみは 住んでいる土地が強烈なマイナスのエネルギーを発していればそこからもやってきて 病気のエネルギーを作ってしまいます。前回、今回と強制労働させられた囚人や強制連行された人々が 二百人以上という数で埋められている地域の方からのご相談を受けましたが 相談者の方たちに足には足かせのようなエネルギーがついていました。これなどは 鉄の鎖や鉄の玉をはめられて苦しんでいる今は亡き人々が苦しんでいたエネルギーが残っていることから来ています。もしもこういった地域で 敏感な子供たちが 違和感や恐怖を訴えてきたら耳を傾けてあげてください。子供たちへのスピリチュアルなフォローは今 本当に必要になってきています。来月11月は 小学校の子供さんの個人セッションがたくさん入ってきています。いつかは これらの子供たちを集めて 子供光講座を開催できればと思います。エネルギーに敏感な彼らこそ まさに 負のエネルギーをどう扱っていくかの学びを必要としています。(お知らせ)11月21日、23日の東京宇宙のワークは締め切らせていただきました。12月19日(日)午後1時~4時 京都光講座 (募集スタートしました。)詳細は ニーナカロライのホームページのイベントスケジュールで確認してください。
2010年10月25日
旭川での美しい月とすごした日々が終了し、 今 静かに 北海道の中央で夜の気配を感じているところです。旭川の方たちに呼んでいただき 訪問させていただいた5日間が ちょうど満月の時期で私自身、満月のエネルギーを使って浄化をおこなうことを学ばせていただいた とても貴重な時間でした。お世話いただきましたひかりkaサロン南天様ありがとうございました。(南天様ブログ)今 この数日行った個人セッションの中味を 静かに振り返っています。本州の方たちも お疲れ様でした。 今 凪が戻ってきています。旭川のセッションの中で 見つめてきたテーマを書き記しておきますね。ガレー船 強制労働 (映画『ベンハー』『パピオン』の世界)フランス革命、ハプスブルグ家朱鞠内湖のエネルギー、 深名線鉄道、雨竜ダム工事に関わる囚人、中国人韓国人の方たちの強制労働東川地域のエネルギー戊辰戦争、函館戦争、 フランスの宣教師たち大阪狭山市、河内北条氏、狭山藩、崇神天皇、臣狭山命 天児屋根命、アマテラス大神、ニギハヤヒ、、、今回とくに 印象的だったのは 名寄から来てくださった方たちがつれてこられたかつて鉄道、ダム建設で強制労働させられた人達(霊)のことです。これらの地域では 子供たちが 地域の学習として強制労働のことを習うようですが子供たちが そういった霊たちの姿を見て 大人に訴えてきている例があるようです。ただ 大人はそれをわかってくれずに 子供たちは悲しんでいるようです。昨日いらっしゃった方は 37年間こういった霊たちのエネルギーから影響を受けつづけて体中が痛みだらけでした。この女性を通じて 私は強制労働させられた方たちと 触れ合い、彼らを癒すことができたと思います。前まえからそうですが 名寄(なよろ)からは 来てほしいというメッセージがずっと来ております。来年は 名寄にお邪魔したいと思います。さて 明日から東京です。今回は 大きなスケールでの癒し、月の学びをさせていただきました。本州に帰っても それらの学びを継続したいと思います。さて もうそろそろ 北海道を離れるとしましょう。----------------(お知らせ)11月21日、23日の東京宇宙のワークは締め切らせていただきました。12月19日(日)午後1時~4時 京都光講座こちらの光講座の募集は 今からスタートします。今回は 北海道や関東からの参加者が多いようです。今までにない展開がありそうです。
2010年10月24日
昨夜は代官山のわきさまサロンでの始めての東京光講座でした。22名の人達が集って あっという間の時間がすぎ それぞれに大切なことを受け取ってお帰りになったと思います。アットホームな学びの多い光講座ができて 本当に良かったと思っています。光講座の様子は京都の講座も含めて ブログにリンクさせていただいている方たちが書いてくださっているので そちらをご覧ください。昨夜は お台場のホテルに泊まりました。今回は東京光講座に来てくださった北海道のしーちゃんさまとご一緒だったのですが私たちがいつも使っている薩摩藩邸跡のホテルに泊まるとしーちゃんさまのエネルギーが封印されると喜楽さまがおっしゃるので 水のエネルギー場のお台場での宿泊になりました。ただし いつものように島津のエネルギーが警護にきてくれないので夜の間中 さまざまなエネルギーに悩まされることになり 朝起きたときは全身が痛いです。今 羽田にいます。 あと5分で搭乗なのですが 私が待合に座っている席は札幌行きと旭川行きの飛行機の間の席で この二つの都市のエネルギーがぶつかっているのを癒しながらのタイプアップです。喜楽さまには タイからのセッション依頼が来ているのですが このエネルギーをどこでみつめるか 昨夜から 大変な時間をすごしておられる状態です。愛知、東京、そして 旭川 、、、どのエネルギーゾーンのなかで 緊急セッションを受けるか なかなか大変です。では 搭乗時間なので、、、とりいそぎもし 字がまちがっていたらごめんなさい。
2010年10月21日
今朝は朝ごはんを食べる時間もなく大急ぎで京都ニーナカロライの片づけを終えてタクシーに飛び乗りました。新幹線のホームで私の大好きなお弁当の『日本の味博覧』を買って 朝食がわりに頂き、ほんとうにこの金額でよくこの味が出せるなあと感心しておりました。一つ一つの食材の吟味と味付けにどれほどの手間隙がかかっているのでしょうか。このお弁当を作ってくださっている一人一人に感謝しながらいただきました。そして今 東京行きの新幹線の中でこのブログを書いています。途中で名古屋に止まったときに 大急ぎで名古屋、岐阜の方たちにメールを入れました。ここ数日名古屋ではエネルギーの動きがあり その調整を求めて連絡をしてきてくださっている方たちを対象に 宇宙のワークをおこなうことにしました。11月6日のお昼に名古屋城の近くでワークを行います。さて東京でも11月は2回にわたって 宇宙のワークを行います。 ニーナカロライのホームページにアップしましたが 11月21日(日)と23日(祝)のお昼に3時間瞑想を中心としたエネルギーワークを行います。今 現在も各地で あ!! ちょっとまってくださいね。 今 どこかの川を通過したのですが ものすごく重い波動がやってきたので位置を確認します。 静岡県の磐田地域のようです。後でまた調べます。さて つづきですが 今も各地で光のシフトが起きていますが おそらく11月になるともっと大きなシフトが起きてくると感じます。京都光講座ご参加の皆様からも感じましたが これまでうわべでおきていたことが より内部で起きてきています。自分の中、家族の中、身近な世界でおきてきて内面からの変容が強制的に起きているような感じがします。今までできなかったことが より大きな器に変わることによって びっくりするくらい易々とできるという感じです。もちろんこれまでの 地を這うような学びの期間があって そいいったレベルアップが起きてくるのですがその環境のシフトが上がるために より大きな光のサポートをその方に必要な形で しかも宇宙のハーモニーの中でいただくのが良いと思います。今まで家庭で美味しい料理を作ってくださっていたお母さんが 一流の料理人に弟子入りして 彼女の料理が 味、見た目、栄養ともに格段にレベルアップするようなものかもしれませんね。ご家族の方は お母さんの料理がより豊かになるのを見て きっと喜ばれることでしょう。私の『宇宙のワーク』では宇宙のより大きな光に降りてもらい そのエネルギーと触れ合う体験をしていただくことによって ご自分の常日頃の波動領域のアップを図るという楽しさがあります。私ができる範囲での 高次のサポート存在を降ろしてきますので その光を体感してください。きっと 毎日の生活が変わってくると思います。受付は 今から行いますが 本日午後東京で光講座を受けられる方につきましては会場でのお申し込みも可能です。どうぞよろしくお願いします。
2010年10月20日
今日、ニーナカロライに滞在中の喜楽天道さまにリーディングをお願いしていつものように光講座の座席表を作ってもらいました。喜楽天道さまのハイヤーセルフによって作成された座席表は いつも向かい合わせ、隣同士に座った人たちが何らかの関連した学びがあることが多々あり、とても参考になるのですが今回の座席の配置は ぱっと見ただけでは どのテーマを宇宙のサポートが喜楽天道さまのハイヤーセルフを通じてみるようにと導いているのか はっきりしません。それだけに 新しい学びに突入するように光のサポートが導いてくれているのではないかと感じます。それは明日の10月17日に行われる京都光講座にも 20日に行われる東京光講座にもあてはまるように感じています。両方の光講座を感じてみると それぞれの人たちが 以前よりも心の内面に向かっておりより大きな また光の多いステージでの学びが用意されているようで楽しみです。明日の光講座では わたしの前に座られるのは大阪府寝屋川市のなないろさまです。実は 私は先日なないろさまがセッションの中で持ってきてくださったエネルギーに対して向き合うことがストップしているので 私は なないろさまがもたらしてくださったテーマを見つめたいなあと感じました。 (その時のなないろ様のブログ)今の私のテーマ 応仁天皇 仁徳天皇 河内王朝 星の民 八幡神大阪の土地のエネルギー etc.さて 明日の光講座はどうなるでしょうか? 楽しみです。あ、 そういえば ニュースですが今日のニーナへは まったくの偶然で(実は天のお手配)で 東北のアテルイとモレの転生を持つ人が 出会われることになりました。びっくりしましたが そんなこともあるんですね。このところ、アテルイやモレにかかわりのある場所の東北や大阪では苦しいエネルギーを訴える人が出てきていますが (小さな地震による解放も行われているようです) そんな時はチャンスで ご自分の内面を見つめて波動のアップを図る良い機会のようです。以前にアテルイ、モレたち 京都の朝廷によって処刑されたアテルイたちのお墓を尋ねた時たくさんのアテルイ軍団がやってきて ニーナカロライまでそのエネルギーがついてきたことがありました。(関連する映像)今日ニーナで偶然出会われたお二人には たくさんの愛の歌が降りてきたようです。ああ、そういえば 今朝ニーナにこられた小さな小さなお子様は アラハバキ神とご縁があるエネルギーを持つようです。長い間の虐げられた時間にさよならを言って 愛の喜びの光の中にかつてのアテルイ軍団たちが上がっていけば 東北のエネルギーが随分楽になるでしょう。全国のアテルイ、モレに関わる人たち、 がんばってくださいね。 応援しています。
2010年10月16日
ここしばらく秋の音楽コンサートに出かけておりまして 音楽の領域でのヒーリングに取り組んでおりました。毎年の11月11日の地球の大シフトの日に向かって 急ピッチでエネルギーが動いているようで昨日からは いったん音楽の世界からは連れ戻されて またこちらに戻ってきております。コンサートでは演奏者が演奏しているだけではなく その演奏に関わるエネルギーがやってきますし また客席からも様々なエネルギーがもたらされますので ホール自体が大きなエネルギー複合体になります。それを 光のサポートとともにリードしていくだけのエネルギーが演奏者には必要になってきますので実は演奏者は大変なのですね。ロボットのように何も考えないで どのようなエネルギーにも影響されずにドレミファを追いかけることができれば 楽譜上のパーフェクト演奏はありえるのかもしれませんが実際は ホールでの演奏は本当に大変で 演奏家の人たちは 三次元的にやってきているお客様だけではなく見えない姿でやってきているお客様も両方を癒す力が必要だなあとつくづく感じます。このごろ私のところで 演奏家や舞台芸術家の方のワーク依頼が増えているのでいつかまた機会があれば 私が見ている音楽ホールの世界をブログに書きたいと思います。さて シフトに向かって 急ピッチで動きがあるなかで 私が今感じているものはマスメディアによる情報から来るエネルギーに反応して その方が持っておられる負のエネルギーの解放が起きはじめたということです。たとえば昨日から 秀吉さまの朝鮮出兵に関しての個人セッションが 緊急で連続して入ってきておりますがこれなどは 10月12日にソウルで行われたサッカーの日韓戦が乱気流を起こしていると感じます。またチリでの落盤事故の映像から 心の奥底に封印されていた過去世での閉じ込めらた体験が突然浮かび上がってきて苦しくなってきたというケースもありました。数日前に 刑務所の方たちが中学生の勉強をやり直すというドラマがありましたがその中で 刑務所の方たちが怒っていく場面になると あるご家庭では 苦しくなって家族の喧嘩が勃発したそうです。役者さんたちの演技が巣晴らしかったということもありますが 刑務所のエネルギーをダイレクトにご家庭に引っ張ってきてしまい そういった反応が起きたようです。前に比べ いたるところからプラグが差し込まれて そのソケットになるものが反応しているのですが私の周りでは 今 マスメディアによるプラグの影響が大きく感じられます。いたるところで乱気流が起きて 上手にそれに乗っていくと 今までにない波動の上昇がおきるようですが 風の乗り方が旨くいかなくて苦しんでおられる人もあります。スピリチュアルを信じる信じないに関わらずそういった人たちが出てきています。今 いただいておりますメールへの返信が送れているのですが必要な方は 私のほうの予定をこちらのブログに書いておきますので 見ていただいてピンポイントでお申し込みをしてください。10月17日(日) 京都光講座 午後1時~4時(空き3席)お申し込みは京都ニーナカロライへ10月20日(水) 東京光講座 東京泊10月21日(木)~24日(日) 旭川 南天さまでのワーク お問い合わせはひかりkaサロン「南天」さまへ http://spiritual.nanten.biz/10月25、26日 東京でのエネルギー調整緊急セッションが必要な方は 10月16日午後6時~17日午前2時10月19日午前11時~午後5時 この間であれば 電話かスカイプでのセッションが可能です。
2010年10月15日
さて前回は石清水八幡宮のことを少しお話しました。いったいこの神社はどのような神社なのでしょうか?この神社は大安寺の行教さまが豊前国(今の大分県)の宇佐宮に籠られ日夜祈りをささげられた所八幡大神の「われ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との神託を受けたところから始まっています。国家を守る為に降りてこられた神様を 時の天皇さまが男山の地にお祀りされることになったのですね。この時の天皇さまは清和天皇さまでした。清和天皇さまは先代の文徳天皇(もんとくてんのう)が32歳で亡くなった為に9歳で即位されました。文徳天皇の時代は藤原北家の勢力が強くなった時代で 文徳天皇はこの藤原北家の藤原良房さまと後継者を巡って対立することになります。文徳天皇は 第一皇子の惟喬親王(これたかしんのう)を皇太子に希望しますが良房さまは娘と文徳天皇の間に生まれた惟仁親王(これひとしんのう)を皇太子にするべく 御所を厳重な警護で固め 惟仁親王(これひとしんのう)を天皇にしたてていきます。文徳天皇は天皇でありながら 御所にはお住まいにならなかったという話もあり死因も暗殺ではないかという説もあるようです。清和天皇即位においては この藤原良房さまの力なくしては なし遂げられなかったことを思うと清和源氏の影の功労者は 藤原北家の良房さまであるということも言えます。藤原良房さまは 嵯峨天皇に信頼されておられたようですから嵯峨天皇の離宮があった大山崎の淀川をはさんだ男山の地に石清水八幡宮が作られたこともご縁があるのでしょう。(地図で大山崎と石清水八幡宮の位置を見てみると 本当に興味深いです。)さて 清和天皇の時代には 一つの事件がありました。応天門の変(おうてんもんのへん)です。平安時代前期の貞観8年(866年)に起こった政治事件で この事件によって当時は大きな勢力を持っていた大伴氏、紀氏が滅びていくことになります。この事件の処理に当たった藤原良房さまは、伴氏・紀氏の有力官人を排斥し、事件後には清和天皇の摂政となり藤原氏の勢力を拡大することに成功します。この10年後の貞観18年(876年) 清和天皇は第一皇子である9歳の貞明親王(陽成天皇)に譲位。御自分は出家され畿内巡幸の旅へ向かわれます。丹波国水尾の地に入り、絶食をともなう激しい苦行を行われたようです。そして31歳の若さで崩御されました。清和天皇の流れの清和源氏は 貞純親王(清和天皇第6王子)→源経基 と受け継がれていくのですが それはまた次にお話することにします。以前私は 高野山の方面へ京都から南下したことがあります。吉野の近くの丹生川神社のところで 紀氏が私を攻撃してきた経験がありなぜ、紀氏が、、? と思ったのですが私の御先祖が清和天皇とご縁があることを考えるとなるほど そうだったのかと思いました。また 長岡京の都から大伴氏がだんだんと葬りさられていくのを見たときに大伴氏が気になってしかたがなかった訳もわかりました。これらの一族は 清和天皇と藤原氏のセットによって排斥されていったのですね。大伴氏は 天孫ニニギノ命に先だって降臨されたといわれる天忍日命(アメノオシヒノミコト)を祖神に持ちます。天忍日命を祭神とする神社は少なく、降幡神社(大阪府南河内郡河南町)にその痕跡を見るとなんだか 涙が出てきました。清和天皇の御陵がある水尾ですが 私の家に伝わる家系図にはその家系図を作った人によって 次のような一文が添えられていました。『水尾の里に住む人々によって 清和天皇の御陵がずっと大切にお守りされており水尾の里の人々には心から感謝している。』 ニーナカロライには 藤原のご縁を持つ女性たちも沢山いらっしゃいますがその中のKさまは ニーナにいらっしゃる度に京都 嵯峨春秋庵さまのお菓子を持ってきてくださいます。そのお菓子屋さんの包装紙には 水尾の里がとても美しく安らかな花の里として描かれていて 私は その包装紙を見るたびに心安らぐのです。ああ、 もうひとつ 付け加えて欲しいと言っている霊体があります。大伴氏ですが 後に末裔が 鶴岡八幡宮初代神主になり 血筋を伝えていく事になります。なんとも不思議な因縁ですね。今日、このブログに登場する全ての存在に 深く深く心を寄せて彼らを癒します。 また 感謝します。 そして 心から祝福します。
2010年10月08日
片桐且元(かたぎり かつもと)の霊体に導かれての大山崎訪問は次には大山崎歴史資料館にたどり着くことになりました。こちらの資料館は初めて訪問させていただきましたが 小さいながらも見る人に親切で分かりやすい素晴らしい資料館だと思います。秀吉さまと明智光秀さまとが戦った山崎の合戦について 両者の動きが電光パネルの地図の上で分かりやすく見れるようになっています。備中高松から畿内に戻ってくる秀吉軍の総勢4万、安土に居た光秀さまの軍勢が慌て迎え討つために安土→瀬田→長岡京の勝竜寺に軍を進めるのですが その数はおよそ1万6千。6月13日両軍は山崎でぶつかって2時間で決着がつきました。資料館の説明員の方が親切にいろいろなことを教えてくださいました。実は この山崎の合戦は 別名天王山の闘いと呼ばれているので 天王山で戦われたように思われており私も 名神高速道路の天王山トンネルでは幽霊がでる話が昔からありますのでてっきり天王山で戦われたのかと思っていたのですが戦いの舞台は 長岡京市を南北に流れ淀川にそそぐ小泉川であることがわかりました。そう、あの小泉川です。 数日前に長岡京市の方がニーナカロライに個人セッションに来てくださった時に小泉川にそって 現在工事がされていて それが気になるとおっしゃっていた川です。(過去ログ) この資料館に展示してある資料の中で 一番私の興味を引いたものがケースに横長に展示してあった古地図です。手書きで書かれたものですが 当時の建物、地形が事細かく書いてあって本当に素晴らしい歴史資料だと思いました。その地図が横に長いのは 横に流れる淀川にそってその地図が書かれているからです。時代は室町から戦国に至るころの地図でしょうか(すみません、見とれていて時代を確認しませんでした。)当時はこの辺りには 山崎の津という港があって 大阪湾から送られてくる物資を荷揚げしていたのですね。地図の中でひときわ光を放って 私の注意を引いた建物が 離宮八幡宮という建造物でした。かなり大きな神社であったようです。離宮八幡宮とは 一体何なのでしょうか? 時代は少し遡って 行教という大安寺のお坊様の時代のお話になります。大安寺というお寺は初めて私は聞いたのですが このお寺を調べてみると大安寺(だいあんじ)は、奈良市中心部にある高野山真言宗の仏教寺院。本尊は十一面観音。開基(創立者)は聖徳太子と伝える。南都七大寺の1つで、奈良時代(平城京)から平安時代前半は東大寺、興福寺と並ぶ大寺であった。とのことです。この行教さまが藤原良房の外孫惟仁親王(のちの清和天皇)の即位を祈祷するため、九州の宇佐八幡宮へ派遣されることとなったのです。しかし、親王がまもなく即位したことから、翌貞観元年(859年)改めて天皇護持のため宇佐八幡宮に90日間参篭したとき神託を受けたのです。翌貞観2年(860年)宇佐神宮から京都府の男山の護国寺に八幡大菩薩を勧請して石清水八幡宮を創建したとのことです。石清水八幡宮のホームページによると「我、都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん。」という御神託であったようです。宇佐八幡宮からの帰りに男山に至る手前で 霊光を見て、この地に何があるのかを人に聞くと この地は嵯峨天皇の離宮跡であることを聞き この地にたちより掘ってみると岩間から湧き水が出たという話です。男山の石清水八幡宮の元宮ト呼べばいいのでしょうか 当時 人々は石清水八幡宮にお参りするときは まず 離宮八幡宮にお参りして それから山崎橋を渡り、 石清水八幡宮にお参りをしたのです。「え~~! そんな橋があったんですか?」 資料館のガイドさんの説明に びっくりしました。大山崎とは川向こう(東側)に橋本という地名が現在残っていますが山崎橋はもう現存していません。Wikipedeaには次のように説明がされていました。{山崎橋}行基が神亀2年(725年)に架けたと伝えられる。たびたびの洪水で流され、嘉祥3年(850年)にも架橋の記録はあるものの、11世紀にはいったん廃絶。豊臣政権下で一時復活された。その後失われてからは現在に至るまで再建されていない。橋が失われた後は1962年まで渡船が運行されていた。しばし 私は古地図をじっと眺めながら 当時の人々の想いを感じていました。川と共に生きた人々。 川にかけられた橋を渡る事は 神社の聖域の入る前の禊を意味したのでしょう。離宮の水が神社の手水、 ここでまず、手と口をすすぎ、 川を渡ることで心身を清めていく。秀吉さまがこの橋を復活させたことを知って ちょっぴりクスッと笑ってしまいました。秀吉さまを感じてみると 決して上杉謙信さまのような神仏に対する真摯な信仰はお持ちであるとは思えないのですが でも 時々 失われた神々が喜ぶような寺社の保護をされているのですね。隣で 且元(かつもと)が 山崎の合戦の時、秀吉さまが当地の神社に戦勝祈願されましたがわたしめが代理で詣でました。 と笑いながら話しています。且元の話によれば 信長さまがお亡くなりになった後、秀吉軍は中国の毛利攻めからの大返しを行い長岡京の勝竜寺城で迎え撃つ光秀軍と対峙することになるのですがこの中国大返しが出来たのは 街道に商人たちの協力が(協力せずとも黙認)があったからだと思われます。秀吉さまの軍勢が動けるように経済的に支援してまわった別働隊が しっかりしていたのでしょうね。山崎は油の商人たちが「大山崎惣中」なる自治組織を作り 信長さまから特権を認められてきた町でした。この油とは神仏に供える灯明のことで 彼らは 石清水八幡宮と密接に結びついて勢力を伸ばしてきたのです。このあたりは 一介の油売りから身を起し美濃一国を手に入れた斎藤道三さまの世界ですね。 (『国取り物語』 司馬遼太郎作)この石清水八幡宮の神を源頼朝さまは関東に勧請されました。そしてこの社殿を中心にして、鎌倉幕府の中枢となる施設を整備していかれたのです。グーグルマップで石清水八幡宮を検索してみると 今日のお話の舞台になった場所が地図上にあらわれてきて いろいろな事が感じられます。(皆さまもぜひ やってみてくださいね。)------------------------山崎の戦いによって殺傷された秀吉、光秀両陣営の皆さまと その戦いに巻き込まれてしまった全ての存在を心から癒します。 また 懸命に時代を生きて私たちにつなげてくださったことに感謝します。宇宙の創造主の光が沢山、沢山 これらの存在に降りてきますように。わたしは 皆さまを祝福します。
2010年10月06日
皆さま毎日、いかがお過ごしですか? 私の方は新潟ツアーの後の作業がずっとつづいております。新潟でのあの経験はその場にいた者ではなければ言葉では伝えられないくらいの沢山の濃い出来事がありました。それゆえに おそらくツアー後もそれぞれの方たちが 自分の分野で課題に取り組んでおられるのではないかと感じています。私のほうもあれからは皆様とは連絡を取らず ひたすら自分の波動をあげることに専念しておりました。というのも新潟で私に降りてきたエネルギーが (それは戊辰戦争における無念な想いであったり 裏切られた事に対する怒りであったり またさげすまれ、虐げられた人たちの呪いであったり 女性たちの恨みであったりしたのですが)それが あまりにも波動が荒くて 私の3次元の肉体をたいそう傷つけてしまい その修復に時間がかかっているのです。今までに私ができる自己ヒーリングでは追いつかず 宇宙存在たちのサポートを受けて修復しています。シリウス、アルクトゥールズ、プレアディスなどからの応援を得ていますがこれまでは受け取れなかったプレアディスの光がより強く感じられるようになって辛いことがあって初めて受け取れるものもあるのだと痛感します。 さて 自己ヒーリングの毎日が続く一方で 私のところには大阪の淀川エリアからの訴えがたくさん寄せられています。こちらを見てほしいとそれぞれが訴えかけてきているのですが その代表例が先日お話しました長岡京です。長岡京は大阪からの淀川が3つの川(桂川、宇治川、木津川)に分かれる分岐点のちょうど北に位置します。平安京の都が作られる前にたった10年しかもたなかった長岡京の都は この水運の便を利用して作られた平安京と同規模の大きさの都でした。この長岡京のあたりで 苦しい波動がたまっているようなので 私はしばらく地図とにらめっこしていたのですが どうもこの淀川が三川分離する場所が気になっておりました。奇偶にも翌日娘が 水無瀬にバイオリンのレッスンを受けに行くというので車で送って行き その後で感じるままに水無瀬の地を訪問してみることにしました。片桐且元(かたぎり かつもと)さま(霊体)が わたしの導き手となって案内してくれました。この方は 秀吉さまの家来で 以前私が島本町に行った折に 姿を現してくれた方ですね。(過去ログ) まず 私が彼に案内を頼んだのは 水の神が祭ってある場所です。こういった川が集まっているところでは昔から 水の神が祭ってある神社があるものです。まずは 三川合流の大切な地場に立っている水無瀬神宮に行ってみることにしました。この神社を訪問してみてびっくりしました。以外にもそこにお祀りされていたのは 後鳥羽天皇・土御門天皇・順徳天皇。 時は鎌倉幕府が立てられ 源氏のなかでの一族の争いが激しくなってきた時代にさかのぼります。承久元年(1219年)1月、3代将軍源実朝が甥の公暁に暗殺されました。実朝の急死により、頼朝正室の北条政子が代行し、執権である弟の義時がこれを補佐することになるのですがこの機に乗じて朝廷の力を取り戻そうと 後鳥羽上皇は討幕の意志を固めていきます。この後鳥羽上皇の二人の息子うち土御門上皇はこれに反対したのに対して 順徳天皇は討幕に積極的であったといわれています。そしてついに承久の乱が承久3年(1221年)に勃発します。結果は朝廷側の負けでした。首謀者である後鳥羽上皇は隠岐島、順徳上皇は佐渡島にそれぞれ配流されます。討幕計画に反対していた土御門上皇は自ら望んで土佐国へ配流されました。(後に阿波国へ移される)京方の公家、武士の所領約3000箇所が没収され、幕府方の御家人に分け与えられ全国に新しく地頭が鎌倉幕府の命を受けて配置されることになったのです。(このあたりは 新潟ツアーで見つめた新潟への鎌倉幕府、関東武士団の新潟支配と関係のある部分ですね。)まさか 水の守りである場所にある水無瀬神宮がこういった鎌倉幕府に葬り去られた天皇さまをお祀りする神社であるとは知りませんでしたので私は 本当にびっくりしました。境内では 七五三のお参りに来られたのでしょうか 幼稚園くらいのお子様がご両親と参拝されており 宮司さまが にこやかに応対されていました。3人の不幸な境遇な天皇さまのお話とはうらはらに とても和やかなムードが漂っており、 ふと見ると 湧水を求める人たちが三々五々やってきては神水を頂いて帰っていかれました。(島本町のホームページに水無瀬神宮、「全国名水百選」に選ばれた離宮の水の写真があります。 グーグルマップも張り付けてありますので この地域の地場を是非ご覧ください。)水の神様は お祭りされていない。 しかし 御神水が自然に湧き出でている.......。次に 片桐且元(かたぎり かつもと)は 私に近くにある資料館に行くように導いてくれました。そこでは さらに沢山のことが知らされることになりました。(つづく)
2010年10月06日
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