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長い 長い間疑問だったことがある。いったい、どこからどこまでが悪口なのか。誰かに言われてショックを受けて、聞いて欲しいときがある。でも、それを言うことは、悪口になってしまうのか・・・聞いてもらいたくて話した際に相手によって、悪口だととられる場合もあるし、本当に難しい。悪口の定義って、なんだ????あなたの中では、溜まったものをすっきり言いたいのと、それを言うと悪口になるという見えない鎖で縛られているのです。実は、殆どの人はあなたと同じです。ただ、そこに意味を見出したりすること無く、その場しのぎの部分もあるし、枠にとらわれることが気付かないうちにありそのまま過ごしているのです。あなたの言う悪口とは、感情の高ぶりのケースが殆どで、その感情の高ぶり(苦しさも含む)を表現することが悪口となってしまう。でも、言ってスッキリしたいというジレンマもあるのです。世の中の殆どは、「悪口・陰口はいわないこと」といわれておりますので、皆、何の疑いも無くいけないことだと思っています。人間は感情の生き物でもありますので、なにか腹の立つこと、嫌なこと、苦しいことがあれば当然のように心がざわつきます。そこに親しい人がいれば、話したくなるのも当然でしょう。問題は、悪口と捉えられるか、発散と捉えられるかのちがいですね。悪口とひとくくりに捉えて欲しくないというあなたの訴えなのですね。では、本当の悪口・陰口とはどんなものかといいますと、『故意のもの』となります。それは、愚痴でも発散でもなく、相手を陥れるために噂を流すなどです。そして、相手が噂によって独りぼっちになって悲しんでいるところを見て一人ほくそ笑むことなのです。私共が捉える悪口とはそんなところでしょうか。人に嫌なことをされて、そのことを聞いてもらう行為、すなわち発散とは、相手を陥れることでもなんでもなく、その人にとっての嫌なことがあったという事実なのです。何でもかんでも悪口と捉えるのはストレスになりますね。私共からみれば、発散しないで溜め続けるほうが心にも体にも毒といえるのですから・・・
2007.12.23

私は、直接は耳にしたことが無いが、噂を流されることがある。どんな噂なのか・・・わからないが、明らかにはじめてあったときと態度が違うのだ。何年も経ってから「実はね・・・」と聞かされることもある。その内容は、実際とは異なりすぎていて笑ってしまったことがあった。そんな人の側には、大抵決まったある種の人がいる。そんなこんなを乗り越え?今日の私がいる。どんな噂を流されているのかも知らないのに、噂撤廃をするのも馬鹿げているし、かといって、噂を「気にしない、言わせておけ」っていう気分にもなれない。無性に腹が立つし、悲しい。でも気がついた。噂を聞いて、ころっと態度が変わるひとは、所詮私とはウマが合わないことに。今、あなたの周りで起こっていることは、枠はずしですね?あなたの中で、枠が外れてきているのと同時に、一人ひとりが他人から言われて染み付いた先入観でみることから、自分の感性で見るという流れに変わってきているのです。あなたは、多くの噂を流されてきたのかもしれない。しかし、幸いあなたは直接その噂を耳にすることはほとんど無く、ただ噂を聞いたであろう人の雰囲気が良くない(又は急に変わった)という程度のまま来たのです。それはあなたにとって幸いなことでした。あなたのことを快く思っていない人がそれを 「悪口」とは取れないような形で噂を広めそれを受けて信じ込む人と、自分の目で確かめていく人大きく分けて2つに分かれます。あなたの元には、「噂で聞いたあなた」というサングラスのようなものを通してあなたを見るのではなく、あなたという人はどんな人なのだろうと、自分の感覚で判断した人が残る形となっているのです。本当にあなたにとって良かったことは、あなたに近づいてきてくれる人には自分の感性を信じている人が多いことなのです。ふるいみたいなものですね(笑)だからあなたはこの先どんな噂を流されようと、その噂を撤廃することなく、ただ黙って放って置けばいいのです。一概に噂は悪いものではなく、悪い噂を流されれば流されるほど本当の信頼できる友が発見できるものなのです。やはり、何度も言うように、一人ひとりが先入観を取り払い、どう感じたかということが一番大切なのです。だから噂は放っておきましょう。自然現象として放っておきましょう。一見悪いような中にも、このお陰であなたにピッタリな新しい友が待っているのかもしれないのですから。全てはうまく行っているのです。そう思ってあなたは自分を信じて進むことでそれを見ている人は必ずいるのですから。
2007.12.22

私は自分の中で重たいものを感じてきた。それはなんなのか、天使にメッセージをもらってわかった。私の考え癖のひとつに、自分の過去の言動を許していないというのがあった。そして、他人の過去の言動にもこだわっていた。「あ~、またあんなこと言っちゃった」「あんな風な言動をとって、よかったのかなぁ」就寝時、起床時、自分の過去の言動を徹底的にチェックしていました。それが日課になっていたかも。最近人と長く話すことが多くなり、振り返って自分の言動をチェックすることが大変になってきた(笑)チェックすることなんてやめたらいいのに、そのときに言葉を発している自分がまだ信用できなくて、ついついやっちゃう。でも先日天使と繋がって、このことに関して聞いてみたら、もう過去の自分の言動と、他人の言動にこだわるのはやーめた!!と本気で決心した。つい先程、ご主人が『言っちまったことは、仕方ないでしょ』といいましたね。わかりますか?あなたの重さの大半は、あなたの過去の言動を引きずる、そして、人の言動を引きずることなのです。それらは全て過去から来ているものです。もう今はありもしない過去をあなたは思い出し、悔やんでいます。どんなときでもそうです。それが今、まざまざと見せられ、そして、手放すときがやってきたのです。悩んでみてどうでしたか?(ただ苦しくて、悩みエンドレス・・・)そうなんです。あなたはずっと長い長い間、自分で作り上げた重荷を担いできました。もう、相当な量になりました。この先を軽く生きたいなら、もう過去の産物はいらないのです。今、たった今から、まっさらに変わりませんか?(ハイ!変わります!)一瞬一瞬を注意深く、今を生きればいいのです。反省の必要はありません。
2007.12.10
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