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14日目。数日日記をお休みして申し訳ありませんでした。7時。立ち上がろう。3分間だけ肩逆立ちのポーズ。低反発の枕を壁に持っていき、そこに頭を乗せると固定されて、らくに肩逆立ちができる。それと、ピンクバンドを腰に数分巻く。これで頭がシャキッっとするはず。頭で段取り手順の構想ができると、体を、この場所まで運べた。書きたいことがいっぱいあったのに、体が立ち上がれず、朝、ここに体を書きに運べず、申し訳なかった。神様、今日はありがとう。あなたに、どうやって、お話したらいいか、わからないできたけど、今朝、日の出前に、屋上近くの階段を昇って、おどりばで、東の空をぼんやりみていたよ。父親と会話がはずまない。どう話しかけたらよいか、何を話したら話が続くか、工夫しようとも考えなかった。その父と娘の関係の距離の遠さに、不可解に、神様と私の関係と、全く同じなんだな!いつも思いもしないことを思ったのだ。作文で、私は人の美点を原稿用紙30枚書くのはわけがないなんてかいたのが、妙に詩的で、いいこと書くなあと、心に残ったの。一番すぐ書きあげられるのが、夫なんです。会社でお世話になった人に、お礼の言葉をいいたくて、私はあなたの良さをこんなに書けますなんて、言ったの。それには根拠があって、その人は、私の大好きな夫の個性に似通った性質を持っていたので、称賛する言葉に苦労なくスラスラ表現できるとイメージできたからなの。さて、私の父と、私の夫は、似てる要素が、やっぱりあるの。分析すると、統計をとると、とても説明がつく要素を書きならべられる。そっかあ!私は父の美しい要素を30枚分書くのは、難しくない。だって、夫と似ているのだから。さて、私は現在の仕事部署の上長をどんな目で、見ているか。究極的に、父と似ているのです。父の若い頃は、こんなふうだったのかもしれないと、父と重ねて、見ているのです。数えたくはないけれど、だいぶ、こちらが早く生まれた立場です。ですが、まるで、その方の年下のように、礼儀作法をもってふるまっています。立場上それでよいのです。ですが、もっと、その方の子供のような顔つきをすることがあります。それらの根拠は、私が、四柱推命の統計学で、たえず、人の美点を研究しているという研究ノートからくるインスピレーションです。神様に、こんなにも毎日、ありがとうありがとうありがとうをいいたくてたまらないのは、あなたが、私にたった一つの贈り物を下さったからです。夫です。形ある夫という存在。夫に毎日、ありがとうありがとうありがとうを、いい続ける根拠は、その推命学の研究からきています。私の命を、霊的生命をも、養って下さろうとする、親の存在のようでもある夫。私は、いつしか、夫に、あなたを重ねるようになりました。神様、それでね、わたし、祈り方のこつをつかんだよ。ずっと、空と、にらみあいしてた。言葉が、でてこず。思いもでてこず。漠然。こんとん。そらに、向かって「おとうちゃん」とよんでみた。段階があるんだから、大人の口調じゃなくても、まだ、心の世界がちいさいんだから、3歳児の女の子のしゃべりでも、いいでしょと。ふつうのしゃべりでもいいでしょと。それで、日記で、いつも、気さくにおしゃべりするように、神様に、今、こんなことおもってるんだって、友達のように、空に話しかけたんだ。そしたらね。ぽっ!と赤の半円が、東の空の、高いビルの上からから顔を出したの。その出かたがね、赤ん坊が、いま、おかあさんの中から、からだ半分だけ、でかかってます。っていうかんじで。ねっ。すごいでしょ。かんどうした。そうか!私は、こうやって、太陽のおっかけをしてるんだ。日の出と共に一日を出発して、日没には、ちゃんと、お家の中に入る、太陽の子なんだって。3日連続で、赤い日の出を体験したのです。昨夜の帰り道にはお月さまは、まるくなっていました。私が、研究したいお菓子は、ヨモギ大福もちです。夫の母がつくってくれたのが、今まで食べたおやつで、いちばんおいしいって、魂の喜びをかんじたもの。それが、ヨモギ大福もちなんだ。マルって、神様をあらわすんですね。営業で、月おわりの週の段階でも、まだゼロっていうことがあったとしても、無から有を生み出せると信じるんだ。これは訓練なんだ。かみさまを信じる訓練なんだ。かならず、うまれる。ゼロ円は、妙味がある。マル。おだんご。神様、私、数日、こころが、ぼんやりしていました。書くのが恥ずかしくなった。断食期間、苦しいこと、落ち込むことあったら、よかったと思え。この期間は、生産数をあげるのに、やっきになる期間じゃないのだよ。いらないものを捨てる期間でしょ。困難な難しいことがおこっても、当然だよね。古井戸に、石をなげこんで、澄んだふうに見せかけの水を混濁させて、水をてっぺんまで、そそぎいれて、よごれを、容器から、あふれさせる。ながしだす。二層式の洗濯機の方が、わかりやすい。とにかく、わかったんです。いちばんあらいだしたいのは、傲慢という汚れを洗い流したかったってことです。
2010年08月24日
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報告日記11日目。変化は、顔つきです。顔色が澄んできました。少女っぽさ、童女っぽさ。日中断食とヨモギ若葉の青汁効果。若さという生命力を頂きます。肌色が、白くなった。昨日の朝の挨拶をした時、上長の顔つきの反応で、やっぱり(気づかれましたか・・)と思いました。(上長も、私には修行僧に映っています)最初の好転反応状態から、ある日、突然、効果がくっきり出始めます。 8時まで20分。仮眠したい。ここで眠れ。日の出じかん1時間遅れてヨモギ畑。今日は土曜日。家近くの堀ぞいを散策。長くつで歩く。汗びっしょりかいて、マンション階段のぼり口で、こっそり飼っているらしい犬&家族に遭遇。ぎゃんぎゃん鳴かせてしまってすみません。朝に静けさに公表させてしまいまして。その時間は彼らの時間帯だったのです。日の出時間が、私専用の特別優待される時間帯だった。次から時間守ります。日の出前時間、NHKの絶景映像みながら、昨日朝どりのヨモギを洗ったあと、ザルにあげ、ボウルにて、ちょきちょき刻んでいました。ミキサーにかける前段階の作業。その後、落語をやっていたのです。タイトルは「紙入れ」。人類歴史の戒め。あやまちは、女性が先に誘惑している。落語は、私には礼拝説教と同じく感じます。げげげ、行ってきます。げげげ、から戻る。「奥さんはちっとも変ってなくてほっとします」深沢さんのセリフ。素朴、飾らないって素敵だと思った。親に仕えているから、謙虚さが、鍛錬されて、美しいのだな。今日は時間きれ。またあした。次かきたいのは、日の出時間、畑に行くのが、恋人に会いに行くということだなと、昨日、仕事時間思ったこと。家事をどんどん、しはじめたということ。スーパーで売ってる、味付け調理前の、豆腐屋からきた「おから」は、生で食せるということ。昨日、夫がいなかったので、やってみた。よかった。修行僧らしい食べ方だ。また、ミキサーにかけた水&ヨモギ、小ザルにあける。水分はペットボトルへ。ざるに残ったものも、食べれる。口の中でカミカミする際、納豆をいっしょに口に入れて、カミカミすると、ヨモギの繊維が、カンペキほぐれる。体内の掃除隊として、ぞうきん係の役割も抜群で、昨日の生おからとダブル効果で、精神的に、研ぎ澄まされる。ひらめきすごくて、詩人になれそうだ。メモをとらないと、忘れていく。メモ用意。太陽のおっかけ、楽しいな。仕事の成果も、なかなかの働き。巻くだけダイエットのピンクバンドも大活躍で。さらにいろいろなゴムひもで、腕、足、頭、血流をあやつっている。短時間で、質のよい眠り。8:40。そろそろ出発。
2010年08月21日
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十日目。三分の一の地点にきています。昨日の夜の過ごし方の出来の良さ。波にのってきた。流れをつかめてきた。報告日記は眠くても、書けないことはないと知った。むしろ覚醒しきれてない中で書くというのも妙味がある。所要時間は7時~7時半を目標に。昨日の仕事終わり以降のみごとさ。時間を意識したら、段取りよく時間が来て、会社を出られた。走れ。私には目標がある。18時17分の電車に乗るのだ。電車に乗って、18時27分の日没時間が過ぎたら、用意した水と、青汁の、それぞれのボトルをあける。乾ききった、疲弊した体内に、流しこむ。神様の愛たっぷりで潤い、電車から降りたら、いちもくさんに家に飛び込む。日没って、太陽さんが、太陽さんのお家に入ることなのですね。その後も家事こなしも、みごとだったが、この話の続きは後日。仏様のコップの水。じゃぶじゃぶと水に触りたい。皮膚が水を好み、なんでも洗うことが好きになる。毎朝の仏様の水の取り換えを、夕方も取り換えてみる気になる。その際、コップの外と内もさっと手で洗う。中に最新の水を注ぐ。「どうぞ、今日も暑かったですね」朝夕の仏様の水あげ下ろしというのも、コミュニケーションなのですね。コップの水は、自分を象徴。今日の私の気持ちです。自分そのものをコップと水に表して、お供え致します。と、いうことなのだな。断食で、中を洗い。垢と臭いを洗いおとす必要から、外もせっせとまめに洗う。新しい皮袋の用意ができましたので、最新の神様の気持ちを注いで下さいな。愛という気を。光を。今日もまんたんにして出発だ。
2010年08月20日
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薬草採取をしながら、どうぞ、この薬で、その傷口が癒されますように。どうぞ、あなたの病気が治りますように。神様、あなたを牛にたとえてみました。動物たちの運動会で、あなたは背中のネズミをゴール地点で、背中からおろしてやったのであります。子供である人間に、自分の「数」の一番をあげたかったのであります。日の出時間には、野原のモスクにでて、あなたのお出ましを待機し、日没には、もう、自分の家に入っていなければなりません。外で、余分な仕事をしているのではありません。さっさと家に入って、家ですべきことを、時間内にやりおえるのです。昨日、自分のスケジュールを調整した。仕事を18時あがりに修正をかけた。どこにも寄らずにまっすぐ家に飛び込め。どうしても、日没時間は過ぎてしまうが。そうだ!電車と家を、ひとくくりとし、18時23分、もしくは18時17分の電車に走れ。日々、どんどん、よくなっていっています。9日目(8日目は書くのを休み)ここは、森の中の小屋です。(イメージ)洗剤で、こぎれいに磨かれてなくても気にしない。野原にて、毎朝、日の出時間にせきたてられる。さあ、黄色いザルを持ってと。今朝は薬草摘みをお休みしようと思っていたが。その時間が来て、トイレに立たされる。めんどうなので、行くかどうするかを考えつめるのが、とりあえず、行くことにした。階段を下りてすぐの家の前の場所。この地点から、まっすぐ東の空から、先日、朝焼けをみたのだが、昨日も、今朝も、その姿はお目にかかれずの曇り空。毎日、日の出時間を、その場で過ごすなら、必ず、出くわせる、美しい朱のエネルギー。(エーテル体?)想念の描写。下絵、下書き、メモ書き。書くことなくても、まとまらなく、支離滅裂でも、眠くても、とにかく、紙の前に座れ。未明混沌の水の量がすすまず。入っていかない。無理する気にもならず。口の好きなようにさせておく。こまめに石鹸をつけて手を洗うのが好き。手洗い用にEM石鹸を置いてみよう。ついでに顔もあらう。こまめに手を洗いたいのなら、ついでに、こまめに、その泡で、顔も洗おう。8日目の変化。昨日朝、その石鹸で、髪を洗ったら、整髪後、しなやかにまとまって、顔つきの鏡うつりが、いつもと違って見えた。その石鹸での髪洗い、ずっと、していなかったのだが、こんなに気分よく過ごせるのか。鏡うつりに違いを感じたのは、石鹸だけではない。どうも、断食効果の変化なのだ。人の気配の雰囲気で、(あれっ?この人誰だっけ)常にうつら、うつら眠い状態に覆われながら、笑顔の薄化粧をまとう。休憩時間は、少しでも目を閉じて、休ませようと、こまめに意識。昨日も、今日も、眠気のため、なかなか、書けず。近頃の就寝時間が、24時前のため、曙前の水飲み&コーヒーの後、足は座り状態で、木枕に顔をのせ、上体をうつ伏せる。トイレの小水のニオイに断食臭が出てきた。昨日の8日目くらいから徴候。悪霊が、どんどん、どんどん、抜けていっているっていうことか。そういうことなのか。気づきもしなかった発想だったが。そういうことなのかも。日々、帰宅後は、汗びっしょり。毎日、洗濯。二層式洗濯機で、今使っているのは、ミヨシ粉石けん。水を入れ、まわしながら、粉石けん入れ、泡を作る。濃い泡の手桶にすくい、トイレの便器を泡で洗う。気持ちいい。洗濯ものを入れる前の泡だて工程時に、トイレの便器洗浄のみなら、1分で済む。用を足した後、その都度、トレペーと水で、気になったところをひと拭きし、水に流す。7日目の仕事で、朝いちで光輝く高貴な人に出会い、帰り際、その対極のところに在る人に遭遇した話。肝をつぶす思いをしたが、美しい高貴な人は、その翌日、翌々日と、さらなる華麗な美を返してくれ、対極にあった人の影は嵐が過ぎ去ったかのように私の中からも忘れかけた、という消え方。上長の表情を見て、相手はしっぽを巻いて逃げたのか、負けを察し自分たちが不利な立場に置かれているという愚かさに気付いたのか、姿を消した様子。そういう人たちは、威勢を張るが、本当は内心おどおどしているのだろうか。悪事を企てようとか、もくらみの発そうが起こる人も、もともとは、神の子だというのに、後ろの影の悪霊のいいなりになっているのか、その人たちの食べ物は足りているのか、親はどうしているのか、子はいるのか、いろいろ思った。自分の被害の損失、立場の危険、進退問題に発展しかねない、という混沌も、通過しなくはなかったが、そういうことと常に背中合わせにある紙一重の、現地点であることを知れ。自身を戒めた。悪しき事故は、小さな負の意識の足し算。ある一定の分量がたまったら、負の現象を実現させてしまうということを、気づかされる思い。今、そんな法則があるのだったと思い出す。行者の日々に、よこしまな念に薄汚れていないか、どうか。不安な要素があるのか、どうなのか。それらは、行者自身が、わかることなのだ。この世で、人と関わりを持ちながら生きる一人びとりは、修行僧であると思った。托鉢の行は、相手を選んではならず。あばら家も豪邸も、一軒一軒をはずさず、もれなく、順番に黙々と無心で。高貴な人に出くわすこともあれば、殺人強盗の罪人に頭を下げることも。高貴な人に頭を下げれば、麗しい恵みを頂くことに。罪人とされるものに頭を下げれば、自身の罪が洗い流されるというのである。修行者は、罪人のように頭を下げて、相手が高貴な人か、対極の人かなど、関係なく、同じように、頭を下げて、訪ね行く。そうこうしているうちに、自身のでこぼこな傲慢や、劣等感や、もろもろのものが清算され、繕われ、真っ平らに、きめ細やかに、丈夫に、しっかりとした生命力が、身体に宿り、霊性を新品のように仕立てていく。ああ、神様。私は、この断食期間の出来事の中で思ったのです。私の中にある、神様の一部分である高貴な性質。そして、やくざな親玉の巨漢の悪霊。対極を示した大男は、私の中にあったものを鏡に映して、「あなたの姿だよ」と、見せて下さったのです。それらを、そういう形で、あなたは、取り除いて下さったのです。大手術のようでありながら、メスも何も使わず、あなたは、水と薬草と、いったん水を抜き、水田を干からびせ、悪い虫の正体をあきらかにし、悪なる根を全滅させたのであります。そうしてから、あなたは、天の水を、その水田に注がれようと、すでに、いのちの水を用意されているあなたなのであります。そうか、眠いと、半分、寝てる状態で、無理に上体を起こし、文字を書かせるように仕向け、書きながらにして、この期間の出来事を、よく考察することができました。「書くことは、人を善くしていくことなのです」今、そう思いました。修行僧にとって、書くことは、魂の余分な垢を落とし、眠っていたものを呼び起こします。半分寝ている状態でも、とりあえず、書き続けていってみようと思いました。人が生きる上で、避けられない喜びの対極にある物事。神様は、混沌の塊から、神様の高貴な喜び要素を取り出したくて、混沌を善悪に分けられるのであります。負なる現象があったとき、「混沌」引く「悪」イコール「善」ではありませんか。喜びを取り出して、ノートに写して、本にまとめて、神様の所に持っていったら、神様はそれを、お受取りになられるでしょう。なんて、わかっていなかった自分だったのでしょう。
2010年08月19日
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7日目。霊妙なる日の出のヨモギ摘みから、一日は始まる。5時、私は朱色の朝焼けの数分間だけ、あなたが指し示す、黄緑色の若葉を黄色いザルに摘んでいきます。神様おはようございます。今から40分以内にあなたにメール文書き、お空のポストに投函し終えます。虹のように、朝焼けのように、数分、顕れては、消えてしまう。朝のアカスリとボディ・ブラシで皮膚の毛穴を鍛錬し、活性化させ、水をじゃぶじゃぶかぶり、皮膚にたっぷり水を飲ませ。 神様、あなたは、二つのものを組み合わせて作られました。必ず、いいことも、わるいことも、セットで訪れる。いいことでない物事が来たとき、それはチャンスの前ぶれである。仕事で出会う、お客様を通して、あなたは、私の内側に、存在する姿を、人を通して、見させて下さったのであります。朝一番、美しい喜ばしいお客様。仕事終わり寸前の、真逆なお客様。それに対し、喜んだり、うちひしがれたりするところから、幽体離脱してみよう。鳥になって、上空にあがって眺めてみよう。神様、あなたを、朝に喜ばせてみたかと思うと、夜には、あなたを悲しませてしまう。神様、信用できない、この者を、なぜ、あなたは、相手にしなければ、ならないか。せっかくの朝の喜びが、夜の真逆の出来事に、喜んだ分だけ、衝撃は大きく、どっすんと、高く胴上げされた者を、地面にたたきのめす。出くわす、出来事、全てのことが、私の一部分であります。目をそむけてはいけない。コーチング・コーチは言うでしょう。その痛みを味わってみましょうと。神様、朝、わかったんだ。神様も、二つのものから、成り立っているんだって。神様も、心の部分と、体の部分が、あるんだってこと。体の部分は、これら宇宙の、目に見える巨大な、場所。誰かが、銃で、人を打つなら、その痛みを、神様は、神様の神経は、ダイレクトに、リアルタイムで、同じように、感じ受けなければ、ならない。かわいそうだ。かわいそうだ。かわいそうだ。神様だって、泣きだしたいことが、あるだろう。神様だって、お母さんに、しがみついて、子供のように、泣きわめきたい、場面、あるでしょう。神様の親は、誰。神様のお母さんは、どこ。神様、ずっと、一人ぼっちで、さびしかった。だれにも、弱いとこ、見せられないできた。私は、靴ズレして、足に血がでて、シャワー浴びたら、ひりひりする、一部分が痛くても、神経は痛みに集中してしまう。指にトゲがささっても、気になって、するべき仕事ができなくなる。私らは、宇宙に棲む、一人一人は、あなたと切っても、切れない因縁がある。神様、この地上の刑務所に、暮らす、人たちも、あなたが、知らんぷりしているわけではない。あなたは、その中に生きる人々のことも、忍耐強く、感じておられる。太陽を追っかけて、一日を移動して歩いています。どうか、どの子も、どのお客様も、いい、わるいなんて、とんでもない。もともとは、あなたの王子様、王女様、あなたの祝福の光で、洗濯されて、真っ白になって、美しい笑顔を、神様に返すことができますように。2010年8月17日 8時前。
2010年08月17日
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6日目。スタート感謝。目覚ましセット忘れ。にもかかわらず、2時に目が覚めて、ありがとう。神様&スタッフの皆さん。もう6時。眠くなってきた。水の量、今日ははからず。自分の身体のいうことをきいた。あんまり飲みたくないのだって。ペット4本にこだわらず。テレビの時計の方が、本日曙時間の3:13を表示したので、口に残っている水は、外に出しました。水のみ中、時計の文字盤みながら、ノートに絵を描く。12数を5分割すると、一つの区間は2時間と24分なのだね。五行図を書いていたの。五行図の区切りは、「1:12」→「3:36」(なるほど!“寅の一刻”とはこれか)→「6時」→「8:24」→「10:48」(イスラームのラマダーンの祈りの時間に11時半くらいの項目があるのだが、関連の意味があるかな。あとで調べてみよう)丸いタルトを5つにわけるのに、役立つね。NHKで日曜の夕方テレビでオランダのチーズの映像。アスパラのタルトの作り方。タルト生地に、生ハムしいて、白いアスパラ、溶き卵とクリームをまぜたの、おろしチーズ。ナイフでうすく切ったチーズを朝のパンにのせた朝食。あつあつのマッシュポテトにおろしチーズをまぜこんだのを「クリームシチュー」と呼んでいた。お皿に生野菜の付け合わせを添えて出来上がり。13日の金曜日に近所の家族を集めて食べる習慣だったか。これらの食材、ほぼ私が食さないもの。十年以上前だったら、喜んで、影響受けたがる内容だったね。けど、出てきた人物、皆、身体がアップアップしている。燃焼できない。身体が重くなる。出てきた人々の表情が暗く感じた。が、オランダに旅行に行った際は食べるだろう私。嗜好品だということです。年に1回食べるような嗜好品。習慣で食すと、血液がさらさら流れない。乳牛の乳搾りから作るチーズの作り方の映像。飼われている牛さん。乳も飲まない、肉も食べない。これらも年に何回かのお祝いの時のもの?神様は牛さんをどのような目的で作られたのかな。数日前に深夜やっていた、映画「やさしい嘘」ロシアのおばあさんが主人公。食卓のシーンに、興味がそそられ最後30分くらい観た。80くらいに見えたが。おばあさん役の女性。背中が曲がって、身体が重そう。のそのそ歩く。牛さん、みたいだ。出てくる人が皆、表情暗い。そういう内容だからなのですが。(ごめんね。おもいつくままを書く場所なので、気を悪くしないで下さいね)私ね、この間、書いた文で、(向こうに行った時に、お茶とお菓子のもてなしを受け)っていう内容が、妙に気にいって、絵本のような映像が脳裏に印象づく。私、身体にやさしいお菓子づくり、研究したいなって思っているとこ。甘味料を甘酒、とまではいかなくても。黒砂糖と、すり白胡麻を一緒に食べるのが好き。コーヒーのおともにちょうど良く。今度やってみたい。じゃがいも、さつまいも、にんじん、かぼちゃ。フカシテつぶして、おやつにする方法。(検討案件)昨日、おはぎ食べた。市販のです。お供えのあと。もち米の玄米雑穀で黒砂糖を使った粒あんのおはぎ。つくってみたいな。こういうのを料理教室で、リクエストしなきゃ。曙時間3:13。アカスリと浴室掃除に70分程かけ。この時間、青汁のみちさんのことを意識して、熱中しました。家にずっといた4日間は結局、二日に一度のアカスリで。今日はたくさん出た。白い垢。「新しいぶどう酒は、新しい皮袋に」とおもい。なるほど、自分の体は、丈夫な皮袋だなと思った。何度も洗濯して、何十年もつかいこまれている。洗濯というのが、日中断食であり、石鹸洗いとアカスリだなあと。ファブリーズとかニオイ消しコロンで、すまないほどの汚れなのです。ああ、そういえば、先日、演奏会の前列にて。メインの演奏家が、たまにしか着ないのだろうなという背広姿で。Tシャツでよかったのに。その人が巨漢だった。汗が顔からいっぱい噴きだしている。毒ガスにやられて具合が悪くなった。(ごめん、おにいさん)別な場所での演奏会で、隣の人が、70~80くらいの男性だった。においと毒ガスで、具合が悪くなり。(ごめん、おじさん)去年、アカスリ最中、具合が悪くなった。自分から発散される毒ガスではないかと思った。今年は、自分のアカスリで具合悪くなるというのが、そういえばない。6月からヨモギで作る青汁のおかげではないかな。今そう思った。日の出時間4:51。そうだ!日の出時間を意識するために、この時間からヨモギ採取をしよう。という閃き。小雨。どうしよう。結局、ジーンズ・ぼうし・靴下・黒コートで庭へ。黄色のザルもって。量を取りすぎないように。黄色のザルがいい!と判断。直径20センチほどの。黄緑色の2~3センチほどの若葉。朝の日の出時間に小さな女の子が、黄色のザルを持って、若葉摘み。いいなあ。絵になるかも。プーンと蚊の音「みのがして下さいね」「ああ、もうこのくらいでストップしなさいということか」2~3回洗って、ガラスボウルに入れたのが目に入るそばに置いて、書いていました。夫出勤。もう閉じなきゃ。これから朝ドラのゲゲゲ時間まで木枕で仮眠。起きたら、逆立ち1~2。いきものがかりの歌が終わるまで。ドラマ中にハサミで、ヨモギをカット。チョキチョキと。ドラマ終わったら、荒くカットされたヨモギと、水でミキサー。木綿袋でこし、搾る。それをペットボトルにいれる。鞄入れて会社にもってく。日没時間18:31になったら、青汁を飲もう。ちょうど休憩時間内だ。意識できるのもちょうどいい。いつか、青汁のみちさんに、あいさつをすることができますように。あなたの本のおかげで、青汁が実践できるようになりました。今日、あなたのお顔を思ったときに、チャームポイントはお顔の頬の丸みだと思いました。あれが、あなたの運勢だ。あなたに注がれた、神様の愛だ。いつか、そのことをあの方にお伝えすることが、できますように。映画のお顔も、なかなかでしたよ。女優さんのようでした。私が、あなたから受け取ったものは、こうです。(自分のことは、よいのです。世の中の人のためにお役に立てれば)ああ、竜馬も、きのうのセリフで、そんなことを言っていた場面が。自分のもうけは、いらないという話。
2010年08月16日
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日中断食4日目。トイレに入るたびに閃きが。0時からあけぼの時間3時過ぎまでの時間の魅力もなかなかだな。身体が、野菜が不足という訴え。水とにんにく酢で中和。青汁3日間お休み。今日こそは日中のうちにヨモギ若葉の採取をよろしく。日没前には用意ができていますようによろしく頼みます。青汁担当者さんへ。神様、13日の締め切り日の15時には作文の提出を終了。私はいつも時間ぎりぎりの人です。原稿用紙を何枚も書き直し、編集作業していました。日中断食でグダッとしたところで、文をまとめるとは、なんて、つかれる作業って、思ったりしていました。ですが、終わってみると、なかなかの充実感。原文も書いて、編集も、一人だけでできるというのがいいな。より、思考がまとまるし、尊厳を傷つけられないし。作文教室を楽しもう。いつか役に立つことがあるかもしれない。いつか。しかしここで、書く、下書き作業もなかなか楽しいものだな。ただ、ボーっとして、意味もなく書く。少し前は、(ごみをふやす)のではないか・・と思っていたことも。神様、お空はこんなに広い。我が家のスペースは、小屋ほどのコンパクトさですが、お空の書庫はこんなに広いよ。いくらでも、どんどん、送って、けっこうだよ。って、神様が、いらっしゃいって、歓迎してくれているようだ。コーチングの成果。「ただ、口にまかせて、発してみる」無、考えない。そうすることによって、整理がつく。要るもの、要らないもの。残しておくもの、捨てていいもの。見逃してはならないもの、みおくっていいもの。休みの2日間は作文を仕上げることがテーマだった。多少のぐだぐだの一日もヨシとされた。自分に。日中断食が始まって、クーラーのない昼時間を過ごすのもおつかれさまです、と、いたわる気持ちも。やはり断食らしき、好転反応もおきているようだ。腰痛。身体の悪い部分の修正期間だから。頭部からも毒素がいっぱい出ているような気がしている。一年のほぼ9割が、日中は断食の自分なのだが、通常は水を日中飲むのに対して、ラマダーン時期だけは水も断つため、特別なひと月である。そう、私は先ほど台所にて、モハメッドさんや、イスラームの人たちに感謝する思いをもった。この断食に出会わせて頂いて、私の生命が、助けられています。一人ではできない。でも皆もこの乾きを共にしていると思うと、充実がくる。モロッコのフナ広場の情景のにぎやかさと、人々の笑顔を想像して。私もあの笑顔を表現できるようになれたらいい。顔がどんどんアートのように、詩的に、音楽のように、よい風がそよぐアーティストになれますように。今シャワーとアカスリを終えて。アカスリ石鹸の高麗人参の香りと、アカスリ後の炭石鹸の香りと。アカスリ・グッズは古いのと、新しいのと2種使っている。そうそう、神様、私が、なぜ、こんなにもラマダーンを支持しているかといいますと、一番の恩恵は、自分のもつ霊界の庭が、非常に質がよくなると感じるからであります。自分という一生命体が、なかなか素晴らしい生き方をしているのではないかと、ほれる気持ちをもつことができるからです。想念の庭が美しくなるのです。この喜びは、今までかつて、体験したことのない、出会いなのです。老いや、病や、死や、生活苦や、不安など、そういったものを超越します。顔つきなど、美的喜び。健康の自信。どんなに豊かな死、エンディングに向かっているアートな一生涯の途中の道を歩いている今であるか。少ない生活必需品だけで生きられるなら、最小限の食物で生きられるなら、生活苦というものは存在しない。坂村真眠のように12時に起きて創作活動というのもいいなと思い、この連休中は深夜起きていてもよいことにしたお試し。断食のよさは、身体と心の両者が、大変近づけるのである。一つになれるのです。仲良しの夫婦になれるのです。北と南が一つになれるのです。これが、一番の幸せだ。楽しい。台所の場所にたつと楽しい思いが湧いてくる。風水的によい位置でもあるらしいのだが。今おもったのは、身体の温度調節が良好であること。アカスリをすると必ず、毎日でも多少の垢が出る。全くお湯は使わず、水シャワーだけ。が、垢は出る。毒ガスの発散と感じる。で、夏なのに暑さを感じない。扇風機の微弱だけで、快適に過ごせるのである。その恩恵に、喜びを感じるのです。朝、大きなお便りの頃になると、身体が暑さを忘れている。本当に涼しげな身体になるのです。また、さっき思ったのは、イスラームでない私が、ラマダーンを通して、イスラームを理解したり、話題にすることは、イスラームの人々の美点を見出すことにつながるので、私はイスラームの人々と一般の人たちより、近づいていると思うのだ。仕事で、イスラーム関連のことが、もし今後あるとすれば、きっと、うまくやれるのではないのかな。なんて、そんなこと、はじめて想像してみた。世間にうとまれる野蛮な行為をする特定の人たちについて。幼児虐待の最近のニュースと重なる。ほとんど、人は自分がされたように、ふるまうという話。やられたように、やりかえす。連鎖が断ち切れますように。世の中が、今日一日、平穏でありますように。皆が、仲良しに過ごせますように。ラマダーン初日、駅でスカーフを被った女性二人を見かけた。声かけるぞ、前もって意識に入れていたのだが。「アッサラーム アライクム」「ラマダーン カリーム」と学習していたのだが、声かけられず。やはり、その方々も、(断食していますグダッ」とした殺伐とした表情にも感じられたし、その顔をみて、自分の顔もおなじように思われた。その朝、声をかけられない事情がもう一つあった。電車に乗り遅れて、15分遅刻しますと報告電話を入れた朝だったから。その日の仕事は、いつも以上にうまくいった。遅刻に対して、上も横も、おとがめなし。なにごともなかったような、人々のおだやかな顔。が、私の中では、セミナーがおこなわれていた。いつもぎりぎり。時間すれすれ。時計の老化で、おはらい箱はかわいそうだなんて、古時計の機能を警戒しなかった。おひとよし。だまされやすいタイプ。愚か。時間の管理の悪さは、いい仕事を生まない。私の人生の肝心な部分をも浸食するだろう。神様、この期間、どうぞ、悔い改めを深められますように。時計の健全性をチェックして、どうぞ、来週からの出勤は8時59分の電車に乗って、途中、ホテルで朝刊を20分読んでから、会社に入れますように。このことを通して、学ぶことができますように。2010/08/14(土)
2010年08月13日
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私の趣味は、人の美点研究。ある冬の期間、早起きして読書し、読書ノートに思いつくままを書いていったの。日常の気になること、仕事で心を動かされたこと。職場の人たちから教わったこと、影響を受けたこと、それによって自身が好転したことなど、気づきメモから文章化。これは私の特技になるかもしれない!楽しい気持ちが沸き起こる。人から受けた美しい印象を、忘れたくない。繰り返し感動を再現したいから、書き留めておかなきゃ。心の中で、その人のことを好きと認識すれば、それは必ず相手に伝わります。(私の長所に、よくぞ気づいてくれました。ありがとう)というメッセージが、以心伝心で返ってきます。顔の表情で汲み取れます。この方法で生きていったら、いつかこの身体の消費期間が終わる時には、私が書き貯めた喜びノートはたいそう充実したものとなって、身体の殻を土に埋めると同時に、抜け出た魂に飛ぶ装置が与えられ、神様はお祝いの旅行券を下さるでしょう。喜びノートをおみやげに、神様のお家を訪問します。天使たちが出迎え、お茶とお菓子の接待を受けます。「やあ遠いとこよく来たね、お疲れさん。どれどれ、出来たのかい。見せてごらん」どこからか、声だけが聞こえます。この地球に棲む一人一人は、神様の個性を表しているから、人々の美点研究は、実は神様を研究していることそのものなの。毎日の仕事は血の巡りをよくするための運動です。人と関わりを持ちながら心身を研磨し、茶色のまだら模様のたぬきちゃんから、光がはじける色白すべすべの女の子に変身するための、限られた命の期間。研いで磨くのですから、冬の季節を忍耐するカリキュラムも含まれています。そんなときはこんな呪文をつぶやくと、トンネルを抜けるのが早く感じます。「それをどう思うかは自分しだいです。これ以上の苦難に遭ったとしても、感謝できる私を育てるための神様の愛なのです」そよ風の笑顔と、ゆっくり頭を下げ、楽器のようないい声で、縦の挨拶。自分によくしてくれる些細な物事に「よくしてくれてありがとう」音楽のように口ずさむのが日課であり、それがご飯を食べるための仕事につながります。売れる本を書きたいのではないの。神様のお家にもっていく、おみやげにしたい、感動ノートを書いていきたいの。外にでることは、ネタ集めと取材です。よいニュースは見出そうとしなければ、見つけられないようになっているの。日々の営業活動と一緒なんです。
2010年08月12日
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「報告。5時半~8時迄仮眠。ここまでを宇宙ポストへ投函」神様おはようございます。神様に管理してもらうには、生活を報告することでありましょう。(ああ、そうなのですね。日頃、夫にメールで報告を入れるのは、正され、間違わないように、夫の意識と管理の中に生きたいからであります)一日の有り様をそのまま報告したらよいのです。その中で、自身に気づきが起こり得るでありましょう。今朝、夫との会話。「なんで今、手で口を押さえたの?」「ふいに口に食べ物いれないように」「日の出からじゃないの?」と尋ねられ「あけぼの時間。今日のあけぼの時間は3時8分で、日没時間は18時36分。だいたい1分ずつ日没が早くなっていくの」そう、あけぼの時間の方は日々、約1分ずつ遅くなっていく。毎日持ち歩くA5手帳に前持って記しておいた。4時半、大きなお便りあり。ちょうどコップ1杯分の腰にあてた湯たんぽがぬるくなる時間。湯たんぽをキッチンテーブルに置く。シャワー浴びる夫がそれをみて「なんで湯たんぽ?意味わかんない」うん私も、よく説明できないが、自然療法の「お手当」の意味があるのだろう。去年は湯たんぽと、専用やかんで熱くしたコンニャクも一緒にあてたのだった。(大きなお便りという表現は非常によい)トイレの中で思った。「昨日一日の過ごした生活ぶりがよくできました」と、はなまると100点満点をもらった気分。そういう点数をもらった記憶はない。それをこの一ヶ月間はこの調子でいけば保障される。去年はそうだった。毎年そうだ。早起きの時間を守るためと短眠のため、食べ物の質や量を脱線しないよう心がけるためだ。(四角い答案用紙に毎日100点と赤ではなまるか)映像を思い浮かべる。これは仕事の成果を上げることになりそうだ。こうやって書いてみると、なかなか私はまじめな人のようだ。先日の8月5日のコーチング・セミナーでペアの女性の【こんな人に見えますワーク】の際、「まじめ過ぎるくらいマジメ」というのは、(そうかも?まあ、そういうところもあるかも)と思った。昔母親にも言われたことがあると思い出す。「あんまりそうなので冗談も言えない。へんなこと言えない。気をつかう」と。堅物(かたぶつ)ということか。辞書を引く。【まじめなだけ。がんこで。融通のきかない人】そうとも言える。そういうところもあったから、悩むということが生じるのか。と今思う。甲田光男先生が、「長生きの人はウイットに富んでる」と言われた内容の記事があった。それを読んだとき、えらく沁み入ったものだ。(人からキツイことを言われたとしても、軽く受け流す感覚でいけという意味だな)なるほど!と。自分に追加させたい性質だと思ったものだ。今さらにこう思う。キツイという事態が人生の中で、起こったとしても、軽く受け流すことだ。いちいち気にしないことだと。そうですよね、神様。【これ以上の苦難があったとしても、感謝できる自分をつくるための神様の愛】なのですよね。そうです、そうです。キツイなと感じることがあると、私はいつも詩のように、心でそうつぶやきます。(中断。5時半眠気。仮眠。8時起き。目覚ましセット。朝ドラ後洗濯。2010/08/12木・休日)
2010年08月12日
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ラマダーン一日目。神様おはようございます。2時きっかりに目覚めました。新めざまし電子音のはじめの小さな音に夫が反応し、ちょんちょんと私を起こしました。(窓を開け放ちのため、近所迷惑にならぬよう。夫も配慮)テレビ下のビデオ機のデジタル時計で2:00ちょうどを確認し、即たちあがりました。キッチンにて、ペットボトルの水4本の用意。コーヒーを淹れ。パソコンをたちあげ。扇風機をまわし。BGMを小さくつけ。(ユーセンC21モーニングミュージック~心地よい朝の目覚め~)これら水分を1時間かけて、ちびりちびり飲む。PCでラマダーン記事などを探しながら。去年はラマダーンという言葉をあまりつかわなかった。日記を書くにあたって。よそものが、イスラームの儀式に便乗していることをムスリムの人たちはよく思わないのではないかという懸念からでした。一人では日中断食がなかなか出来るものではないですが、世界10億の人たちが一斉におこなっている中に参加すると、日中断食はわりと出来るものである。先日、コーチング・セミナーに参加して。(そういうパラダイム、既成概念とか壁って、とっぱらってもいいかもね)って思った。つかいたい言葉をつかおう。常識の範囲内で、人に不快を与えないようにという最小限の礼儀をもって。だって、曙時間から、日の出の運行、神様という存在は一つだ。世界の皆は兄弟姉妹です。この期間、10億人のイスラームの人々を少しでも理解できたらいいし、きっと親しくなれると思う。頭の想念ではモロッコの笑顔の人々の映像が流れている。私もあの屈託のない天然の笑顔の人になりたいです。韓国人のにんまり相好をくずした笑顔も好きです。◇トイレ休憩。4:20大きなお便りありがとう。去年の夏ラマダーンからの思いつきで、冬に使う湯たんぽの活用を思いついた。コップ1杯程のお湯を専用やかんで沸かし、大正湯たんぽを腰にあてる。大きなバスタオルで腰を巻く。扇風機のそよ風。これで腸の留まっているものが自然に出る。3:07あけぼの時間よりラマダーン一日目開始。お口の飲食ストップ。2リットルとコーヒーが入ったお腹の後ろに、湯たんぽをあてながら書く作業。4:20排泄。体に留まった余分なものが排泄されると、断食は快適なものとなる。苦痛がない。日中の仕事はいつも以上に集中力が冴えわたる。コップ1杯分の熱湯を入れた湯たんぽのため、腰に一部分だけが温まる。これはお灸のような気持ちよさで、体が暑いと感知しない。意外と中の臓器は冷えているの?大きなお便り後、扇風機をとめる。いらなくなる。朝起きてきた夫が「暑いな」と言った。同じ瞬間、私は(涼しくて気持ちいいな)と感じていた。◇においについて。石鹸で手洗い。洗いもの。(アカスリ石鹸をキッチンにもおけばいいのだ)と思いつく。高麗人参の香りが好き。断食するとニオイには大変敏感になる。人がつけている汗のにおいを消す汗止めスプレーの香料や、人がつけているアロマのコロンなど苦手。胸の具合や、脳の気分をも不快にする。朝の電車、隣席の女性は20歳前ほどの人だったが、くさく感じた。講演会や演奏会など、年配の男性の横や後ろは、極力避ける。においに閉口。(どうぞ、においをキャッチする私の体の器官さん、においをキャッチする能力を少し弱めてちょうだいね。気分を超越して集中できますように。隣人を悪く思わないよう無になれますように)◇仮眠。日の出4:47分後眠たくなる。正確には大きなお便り後。整体の施術後、気持ちよくて眠たくなるのと同じ。腰部分のみの湯たんぽが、お灸か温シップの効果で血の巡りがよくなり眠気。5時~6時くらいまで仮眠。椅子に座ったまま後ろの背椅子と壁にもたれて。右に設置されてる大テーブルにうつ伏せになり。堅椅子3つ並べ、うつ伏せに体を伸ばし。想念は起きている。脳内では内観道場のような座禅で思い浮かべるであろう、さまざまな映像や思いを浮かべている。家系図に存在する人々のこと。生まれてから今に至るまでのありがたい、いろいろなこと。心地よいと感じている。BGMのピアノ音が、高い霊界の場所で聴く音楽に思える。四角い部屋が、スウィート・ルームに見える感覚。(いい部屋だな)と感じている。うす桃いろ。白。クリーム色。朝日の光。ヨモギが干されているにおい。◇7:30夫出勤。ピッチを上げてA4分を2枚書いて宇宙ポストへ投函しよう。ゲゲゲ女房5分前までを目標に。すっかり目覚めた。昨夜21時半に就寝。19時仕事終え、20時家に入る。シャワー浴び食事終えたのが21時。ヨモギ青汁。玄米2杯。醤油で納豆小2個。ゴボウのさつまあげ。豆腐半丁。梅干し数個。塩。生姜味噌。おやつにミックスのおかき。21時半いつの間にか眠ってた。が眠る前、時計の文字盤しっかり見つめて、2時起きを意識に入れる。想念の中で書きたいこといっぱい浮かぶが、体がシャキッとせず、文字に写せず。今日一日仕事行って、明日から盆休みの4連休だ。神様、なんとか、今年も私のラマダーンを出発できたようです。感謝致します。意識が明確になる。冴えわたる。うれしいな。ゲゲゲ観てきます。~終了。台所洗いものして、シャワー浴び出勤。早めに出よう。神様、こんなわけで、第一日目の出発をきらせて頂きありがとうございます。こうして、紙に報告しながら書いていけば、なんとか、なりそうです。粗雑ではありますが、いい展開でいけますように、よろしくサポート願います。昨日朝刊一面が、臓器提供の話でしたが、今朝、夫ともその話をした。私らの間ではそれに対する見解をもっているが、どうか霊界ではどういう明確な解説があるのか、論理的にもっと知りえることができますように、それが、今回の日中断食のテーマかもしれない。日没18:37分。17時仕事終え帰ってから青汁作って飲みます。
2010年08月11日
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神様お久しぶりです。今夜はうちのおにいさん(夫)不在のため、そうだ!書いてみよう!なんて思い立ちました。これから何十時間後から私ラマダーンに突入いたします。すっかり私のお楽しみイベントになってしまいました。うしろの風景が修行僧の私にとって、この儀式は本来の自分に帰るような懐かしささえ覚えるのです。おにいさんにも、前々から宣伝しておりまして、協力を仰いでいます。昨日は新しい目覚まし時計を買いに行きました。電子音の新しいタイプのものを選びまして、朝2時起きをイメージしております。新しいアカスリグッズも用意しました。毎日いっぱい汗かいて、さらに毒もよけいに出すため、水シャワーのあとアカスリ石鹸。その後アカスリ5分を日課とする予定です。髪は二カ月程前から「イメチェンした?」と言われるほどバッサリ断髪しました。修行僧のため毎日頭皮を丹念に洗いたい為、ぎりぎりの短さでしたが、次はもっと短くてもよい。断食シーズンは頭皮からの排毒も多いはずですから。そして今日は一日休みをとって環境整備にあてました。イスラームの皆様もきっと準備を整えていることでしょう。私は今回で6回目なのです。身近にイスラームの人は相変わらず全くいません。毎回被りものをしている女性を駅などで見かけるのですが、一度も挨拶をしたことはありませんでした。向こうの言葉で言おうとするから声をかけられないのだと気づきました。ふつうに「こんにちは」と言えばいいのだと、いま思うのです。ここは日本なのですから。「私も断食やっているのですよ」って、仕事帰りの時間だったら声をかけてみようかなと思っています。去年、出勤の朝、駅でスカーフの女性見かけたのでしたが、暑くて、ふうふう言いながら、気持ちが急いでいたので、また水を飲めない状態だったので、声をかける余裕がなかったのです。その女性の方も、そんなふうでしたし。ぼうぜん。私の断食行事は、イスラームの人のように賑やかでも華やかでもなく、たいへん地味で食事も質素なものです。早く寝て、早く起きる。時間勝負のため、時計をジーっと、睨みます。最低22時には寝て、4時間熟睡し、2時に目覚める。あけぼの時間のおよそ3時頃までに、水をちびちび2リットル流し込み、コーヒーを飲みスタンバイ。今年の特別なる猛暑の夏、本当に出来るのだろうか?と疑ったりもしました。無理しなくてもいいのだよと、迷ったりもしました。ですが、思い込みの壁が、パラリと剥がれ落ちたのです。今年はいつになく気温高いため、水をいっぱい飲んで、いっぱい歩く私は、汗をびっしょりかきます。サウナです。それだけで既に排毒作用です。汗のべたべたが気持ち悪いです。臭いがクサイと感じます。ヨーシ!いいぞ!これがいいのです。神様、わたし久々に書いています。2ヶ月以上書いてないのです。なぜでしょう。私、ズーっと出ずっぱりでした。イベントに出かけてばかり。演奏会、バレエ、講演会、最近は文章講座なんかにも出かけています。本をじっくり読めていません。家事も細やかに出来ず。ですが、よいのです。あなたは大変よく動いています。問題ない。今日も環境整備、進んでいるじゃないですか。床拭きもかなり行き届いているし、トイレ掃除も念入りでしたよ。そう、この日記に挑むため、あなたは水シャワーを浴び、アカスリ石鹸、アカスリ5分、スキッ!っとしてから、この白PCの前に座ったではありませんか。たいへん真面目で、よろしいです。扇風機のそよ風も、ちょうど好いです。ほんとですね。アカスリで毛穴がスキッ!っとしたため、そよ風が、肌にフワリとやさしく心地よいです。あなたはこの家を夏は避暑地のようだ別荘のようだ、それほど浜が近いこの場所はクーラーなしでも心地よいのだと言っていました。昨日、今日は家で過ごして、家事を丹念にやってみると、やっぱり、本当にここは避暑地だと思えました。神様、私、文章講座で、何かを書きあげて、提出しなければならないのですが、実はなかなか、手をつけられないでいます。下書きしてみて、(ヘンかも?)って、思ってしまうのです。ですが、なんですか、楽しくなってきました。神様に話しかけるのって、おもしろいなー。神様と対話している気がするのです。神様にニックネームをつけようとしてみたのですが、おもいつきませんでした。神様は、神様なんです。ここに神様って、書けば、読む人も誤解なく、ああ、この人は神様に呼び掛けるようにして書いているのだなとわかるから、それはそれでいいのかなっていう結論です。明日、あさってと二日、出勤すれば、4日間お盆休みに突入です。お盆の準備をしながら、どんどん、ここで書く練習してみてはどうですか?やってみましょうよ。(楽しそう) でしょう?うん。先日、コーチング・セミナーっていうのに参加してきました。AさんとBさんとでペアを組み、一方的に思ったことを言っていくワークの際「相手がどういう人であるか言い当てようなんて思わず、口から出るままにまかせてよい」と。講師がおっしゃっていました。へえ、そうなのかー。そんなのでいいのかー。まるで私の日記です。日記もそれでよいのだと思いました。楽しかったなーあの時間。たまたま隣に座った女性の方とペアを組んだのですが、私がどんな人なのかを、言って頂いた内容が、全部あたっていました。帰り際、お見かけしたので、挨拶しなくちゃと、駆け寄りました。あちらが手を差し伸べて下さり、久々に人と握手をしました。「また、どこかでお会いできたらいいですね」と言って頂き、なんだか小学生の親友同士になった瞬間でした。
2010年08月09日
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