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談志師匠に仕える弟子談春さんを考えていた。夫婦でそれを話題にした。談春さん、落語「芝浜」の亭主に気遣いしてよく仕える女房みたいだと思った。落語はときどき夫婦愛の話が出てくる・・だから私にピッタリなのだ。平均年齢の若い職場にいると、若い人が話のネタにするのは恋愛の話。独身の男性同士が居酒屋にいくと女性の話になるそうだ。若い年代は「恋愛」に興味があるが、自分くらいの年代になると関心は「夫婦愛」となる。帰宅後すぐのお風呂はやめて、すぐの食事にかかった。一日一食の普段の食事に戻った。労働後のご飯はうまいし、それだけで幸福感に満たされる。急速に眠気くる。仮眠。営業で店舗先などを一件一件訪問して交渉している夢。夢の中でなんとエネルギッシュに働いてるんだろう。最近夢が多い。落語にちなんで。落語は夢の話がよく出てくる。体がぽかぽか熱くなってきた。2時に目が覚めた。「起きて、ちゃんと寝て」と夫「いや、起きる」と私。「夜中おきてると朝方眠くなって、また起きれなくなるよ」夫「仕事終わって、ご飯食べて、朝方まで寝て過ごす一生なんて嫌だよ(おまいさん)」私「そりゃそうだ」夫・・「あたし達は家庭を本当にうまくやっているよね」私は起き上がってしみじみ言った。家庭生活を飽きることなく、楽しく、年月を増してなお新鮮で活きのいい面白み。帰りの電車で読んだロマンロラン「ジャンクリストフ(3)」から新たな発見をした。少ないお金でやりくりし、余ってるお金のないところに、私たちの家庭生活の結束があると思った。◇ ◇ ◇ロマンロラン「ジャンクリストフ(三)」詩人のオリヴィエは金持ちのジャックリーヌと大恋愛で結婚するくだりまできた。遺産が入って妻の持ち物は二倍に増えた。遺産がジャックリーヌに渡されたときに、オリヴィエは親友クリストフが金銭について言った言葉を思い出す。オリヴィエ「ぼくたちはこんなものを持たないあいだ幸福に暮らしてきた。どうもこいつが一つのわざわいの種になりそうだ」妻ジャックリーヌの変化・・所得が三倍に増え、なんのためということもない出費が増える。たくさんの出費はたちまち習慣になる。生活の贅沢。よそおいの奢侈(しゃし)。彼女のやさしく身についている魅力は日ごとに消えうせていった。彼女のポエジー(詩)が消え去った。彼女は俗っぽくなった(P74)~思うぞんぶん金をつかえるようになった彼女、富裕層との交遊は働いている人々への軽蔑心を吹きこんだ。愚鈍な、どんな良い実りをももたらす力のない魂の人々にたちまち彼女を同化させた。結婚当初、恋ごころのゆえに彼女がけなげな献身の生活をしていた、あの以前の時期のことを今ではもう彼女自身理解ができないまでになっていた。以前にはどうしてあんな少ない所得でやっていけていたか。その「どうして」をこの際よく考えてみるべきだった。恋!それが自己献身であるときには、それは人間的なもののうち最もこうごうしいものである。それが幸福あさりであるときには、それは最も愚劣で最も頼りないものである。(P77)夫オリヴィエの変化・・教職を辞して、もうどんな義務的な仕事にも結び付けられていなかった。文筆の仕事だけをしていた。そしてそのために彼の生活は、そのつり合いが以前とは違ったものになっていった。これまでは芸術に専心することができないのが悩みの種だったが、全面的に芸術のために生きている現在では、取りとめのない世界の中へおちいったような気がした。芸術のための生活が、芸術への対重としての一つの職をもたず、支点としての強い実際的な生活をもたず、日常的任務の針の痛みをその芸術の肉体に少しも感じる必要がなく、自分のパンをかせぐ必要がないとき、その芸術は力と存在性との最良の要素をなくしてしまう。それは奢侈の花である。もはやその芸術は、人間的な悩みから実った神聖な果実ではない。(P75)◇ ◇ ◇私は小説を、落語を読むように読んでることに気づいた。私には私の生活の落語がある。私には私の落語がかけるはず。70代の師匠は三百から四百の落語の演題ができるという。昨夜、深夜にかけて大洗濯をしながらしみじみ与えられた啓示~落語家はこんな苦労して練習して覚える。私は神様から出た落語をマスターしよう。決意した。これが私が繰り返して覚えたいことだ。到達したと思った。私が本当にやりたいこと。大洗濯しながら、コーヒーすすって、会社提出の目標ポスターに色をつけていた。翌朝、ボスに渡す。午後皆に褒められた。絵的にもよく出来ていると。(墨で描いた文字、文字の強弱、配分、配色など)「あなたは今の仕事よりこういう専門の仕事の方が向いているのでは」これは今の仕事を評価された上での、さらなる評価の言葉だった。ボスのまなざしが遠い人を見る目のようだ。私は高みに昇った幽霊のようである。霊界でいうとワンランク霊級があがったような。去年までの同じ水の中で、かけあい漫才をする友達っぽさとお別れしたようである。目標ポスター、数時間、それが貼り出される前、それをデスクの前に立て掛けておいた。波動がくるのである。文字の。言葉には魂が宿るのである。おそろしいくらい。文字は絵でもある。絵には何らかに霊が入る。私はこまごまとした啓示を受けていた。
2009年01月08日
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◇立川談春「赤めだか」というエッセイ集・・ちょっと読んでみたい気がした。文章を書く才能も師匠ゆずり。17歳で談志の「芝浜」を見て落語家を決意したという。談志師匠の「芝浜」をお正月テレビで、私も夫と一緒に見たのです。貧乏長屋のさかな屋夫婦、酒が好きであんまり仕事に精を出そうとしない亭主。ある日、芝浜でさかなと獲っていたら財布が引っかかってきて~という4、50分の長編。私もそのお芝居が心に沁みた。談志師匠の女房役の演技が、とってもいじらしく、かわいく、この女性純真さが、だめな男をもたいした亭主に引き立てる。夫婦っていいものだなあ。お互いをしあわせにする存在だなあ。とっても人生を学ぶという気がした。情熱大陸「立川談春」のテレビ欄に太マジックで囲っておいた。目覚ましをかけておいたが、目覚ましはとめられていて、その時間私を起こしたのは夫だった。ちょんちょん、夫が私の肩をたたいた。談志師匠だとばかり勘違いしていたが、テレビ画面に現れたのは先日テレビで見たお弟子さんだった。さだまさしが談春さんを大絶賛していたが、さだまさしのコンサートでの面白い話もたくさん聴いていた私。U-senの特集で繰り返し聴いていた時期があった。さだまさしの面白い話が、新聞の広告に出ていた時には驚いた。歌じゃなく、話の方の宣伝。すごい特殊技能だな。あの人の歌も若き日、いっぱい聞いていた。話変わって、談春さんの「情熱大陸」大変満足な思いだった。◇青年の落語に興味をもつ。私が知っていた落語は「日本の話芸」からで、そこに登場するのは師匠どころのベテランさん揃いで、いわば、年配の方々が多い。その舞台に一人座って話をはじめる時、その人の全部が現れる。健康状態。精神状態。人気とか運気、血の巡り具合のサラサラ度などが。そうした時に、健康状態の衰退や、溌剌さ、元気さっていうのが、とっても大事に思われた。声量。迫力。声の強弱と幅。40代のエネルギーがつまった感じに満足を覚えたのだ。コンサートに立つアーチストと全く同じで、喉の状態のよさが頼みの綱だ。これは一般の営業のサラリーマンとて、全く同じことと思う。その人のアプローチ、トーク、顔の表情、体全体に、全部出る。その人が全部、表現されている。一人のお客さんを相手にするのも気を使うところ、何万もの人を相手に話すとなると大変に神経を使うことと思う。気を揉むだろうなあ。有名じゃなくてよかった。一観客の自分は思う。無名、目立たないってことは何てラクチンなんだと。エッセイ「赤めだか」を次、読んでみようと思った興味とは・・。この人!っと、素晴らしい師匠を選ぶというのも才能。エッセイを書いた動機は、師匠の素晴らしさを残したい伝えたいとするもの。本の中でいいたかったことは?の質問に「この人についていこうと思った自分も、ちょっとすごいでしょ」というのがオチだった。◇人の本質的な欲するところは「褒められたい」「認められたい」「存在を評価されたい」素晴らしい!凄い!と。これはとっても共感できるオチだ。こういう話は、私の生活圏の中にもうんとある話。たとえば、仕事で数字が大変よく伸びた。「きみ凄いね。たいしたものだね」と夫。「うん、ありがと」と私。「自分の手柄だもんね」と夫。「ううん、そうじゃないそうじゃない」あわてて否定し「あなたのお蔭だから」に対し、夫「いやあ、そんなことないよ。あなたが頑張ったからだよ」という会話。褒められた時は要注意だ。相手は「あなたのお蔭」という返答を求めていたのである。職場の直属ボス。私個人にも、皆の前でも「たいしたものだね。あなたは会社の中で一番だよ」今日も会社でうるさいくらいに褒める。「はあ、どうも」「いえいえ、そんな」正月ぼけでピントのはずれた曖昧なリアクション。そうじゃないんだ。「あなた凄いね」と褒められた時は、「あなたのお蔭」という返答を期待しているのである。実際、たいした意図はないのだが、人は本質的に褒められたいのだ。評価されたいのだ。認められたいのだ。私が名女優賞をとったとするなら、陰でサポートした立て役者なる存在に対して、名プロデューサー賞、名監督賞を差し上げなければならないのだ。弟子が受けたスポットライトを、弟子は機転をきかして、すっかり、ライトのうるさいほどの光のあてどころを「あちらです」とライトをあてる人達に、あてる方向をさりげなく導かなければ。これを一月のテーマにしてみたいと思った。今日、もう一つ、大きなミスをした。ボスが話しに詰まったので、「なにか面白くない話して」と話の矛先を振られた。とっさに、出てこないで、とんちんかんなことを言った。◇「褒められたい」その源流は、神様からきている。神様はうんと褒められたい。また褒められる理由、根拠をいっぱいをもっている。去年、ボスが不在の時、二の位置の男性社員が、全体を仕切った。その人は顧客満足度ナンバーワンという評価を受けている人で、働いている人達の美点をよく観察していて細かい所を上手く褒めてくれた。さすがナンバーワンの人は違う、凄いとおもったという話。「それは僕があまり褒めないと言いたいの?」ボスの顔色曇った。さびしそう。いじけた。しかも、二の位置の男性社員は、いつ位置を追い越されてもおかしくないライバルでもあっただろうから。私(家庭生活で、夫との掛け合いの会話の修行がなってないのが、こういう所で咄嗟に出てしまうな。まずい)夫は一番の練習相手だ。一番のお客さんだ。一番、人との関係を磨ける相手、相方である。ちなみに、その二の位置の人が仕切った仕事の日、大層良い成果を残した。二の位置の男性が、「(三の位置の男性)の存在が良かったのでは」振ってよこした。意味不明で「は?はい」二の位置の人が、ずっこけるパーフォーマンスとった。「あなたのお蔭」という返答を求めていたのである。少しあとにそれに気づいて「あなたのお蔭」と新たに伝え、笑顔を頂戴したしだい。褒めるチャンスを逃してはならない。必ず褒める隙間がある。とっても小さく、瞬時のチャンスだ。◇夫と、今の仕事のボスとの共通点■「6、大草原の大蛇(己巳/帝旺)」の人・・意味(ゆったりと、身をくねらせねがら草原の草に、長い筋道をつけながら進む大蛇です。注意深く、規律正しく、ひかえ目に、やや孤独的ですが、恐れるものは何もありません。だから、よほどのことがない限り驚くこともありません。現実を理想の世界だと思っていますから、楽天的で、虫がさしたくらいでは闘志をむき出しにすることもなく、狐や狸に出遭っても疑ったりしません。むしろ気取ってみせるくらいです。ひとり悦にいって、少しばかり大きな幅を描くこともありますが、大草原からハミ出ることはまずありません。媚びや、へつらいもなく、合理的な理論を吐きますから、妨害されて理想の道を大きく迂回しなければならなくなったり、ついて来る者は誰でもかまわず連れていくので、部下に噛まれたりすることもあります。しかし、めったに冷静さを失わず、逆上して空を飛んだりはしません。大きく、長い筋道をくっきりとつけて進みますが、四角い隅も丸く廻ります」去年H20年、8月9月、一緒に仕事したとき、話芸の面白さに立ち尽くす観客のようになった自分。たくさん笑わせてくれた人で。その後、2ヶ月上が変わった。離れている間、私は落語をテレビで見た時、立ち止まった。◇「あの人の話芸は落語のリズムだ」また、最近、一緒に仕事をするようになって、仕事の合間に、話の合間に、扇子であおいでいるのを見た。「これは間違いない。この人の江戸時代に生きた祖先は落語家にちなんだ人だっただろう」と。落語に見入った動機のもう一つには、「落語に、営業マンは学ぶところがあるはず」と思ったから。一つの話に、観客は身を乗り出して30分も聞いてくれる。それも興味をもって。この秘訣とはいったいどんなものなんだろうと。ところで、今朝キャンセルがどうのという話がボスの口から出た。チラと私の顔に、ボスの視線が留まった。が忘れていた。帰り道に思い出したのである。朝の段階では「大丈夫」、昼「何事もなかったような」、言葉のヘマをしでかした夕陽が落ちる前「減るかも?いやわからない」そして、賛美どころを間違えた私のミス・トークにボスのさびしげな顔・・そして、仕事終了時は気忙しく「お疲れ様でした」の挨拶もできず、ササササと出てきた。ボスの勝運は、メンバーの気持ちを一つに集めること。引っ張る一人を上手く活用しないといけない。私が、夫に仕えること。仕事のボスの引っ張る駒になること。談春さんが、師匠に仕えることと同じような修行だ。何も言われないより、言われた方がいい。私の場合、家庭が一番目の先生で、仕事は二番目の先生。そして、私の本当の職業は、それらをネタにして、神様がどういう方であるかというストーリーを書いていきたいのです。人は本来、神の子だから。不純物を取り除けば、神様の要素が必ず浮き出してくる。出会う人は、神様の一部分を物語っている。
2009年01月05日
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落語は聞いていると絵がぱーっと浮び上がっていく。その状景を想像する能力が、聞く人には具わっている。◇正月休み、テレビで落語番組を見逃さないようにつとめたのは初めてのこと深夜0時から朝方5時迄、番組「今日はまるごと談志の日」(立川談志の落語5本)を夫と一緒に見た。一つの演目が型破りに長かったり。まくらの話にかける時間に決められた時間がない。「日本の話芸」ではひとつの演目がキッチリ30分。編集を入れて30分に作られているのかもしれないが、このキッチリ30分というのに惹かれるものがあった。が、立川落語を聞いてみて、「型にはまってない」というのもいいかもしれない・・とあとになって思った。例えば、日々の日記も決まった型やワクを作れば、「続けやすい」という利点もありそうだ。が、自分の奥にあるものをもっと出すのには、「自由だよ」「好きなように」というのも、いいかもしれないと思った。最近、型とワクを作ってみて、「書くことが出てこない」という限界をみた。とにかく、うれしかったのは、夫と共通の番組を忍耐強く見たこと。理解しようと真剣にみたこと。「この話のオチは何か。どういう意味か。意味がわからない。未完成なものも多いのではないか」と夫。古典落語、昔の人が本当に言いたいことが理解、解読しきれていない面も多くありそうだ。(よしそれなら理解してみよう)介入できる余地あり。入り込む隙間がありそうだ。理解のしかたは自由である。舞台は高座という板床の上に、紫の座布団一枚。小道具は扇子、ふくさ、たまに湯のみ茶碗が前に置いてあったり。衣装は着物。羽織を「まくら」から本題に入る間にさらっと脱いで後ろに落とす。着物は噺家を引き立てる。年齢や体型や、魂を包む衣装。◇曽祖母「みち」さんのこと「食べることやめました」(著・森美智代)美智代さんの叔母さんが「みちさん」と呼ぶ場面を見た時、私は曽祖母「みち」さんの名前を思い出した。この方は12年前、私が勢いで市役所から戸籍簿を取れるだけ取り寄せして出てきた方。その方の存在は母は知っていたようだが、名前までは知らなかったはず。私が掘り起こした。12年前、全く気合いで取り寄せした。またそんな時間が許された。が、古い字を読み写す作業迄がやっとだった。その後、多忙となり、忘れ去り、本棚に入れたまま。何回かの模様替えで物をどこにしまったか、わからなくなったり。森美智代さんの本を読んで、「みちさん」を思い起こした。年末掃除をしている最中、なんと!見つけだしたのだ。そう。曽祖母「みちさん」は120年前に生まれた人。私の手元にある暦では、その人の命式を出すことがかなわなかった。が、最近、ネットで調べられることに気づき、やっとお婆さんが、どんな人生を生きた人なのかを知ることができた。年末、そんな作業をおそるおそるしてみた。恐山でイタコを呼び寄せるような。ご対面。ドキドキした。ワクワクする思い。私のいのちのみなもとに繋がる古典の人。明治22年生まれの木立みちさん(1889年12月8日生~S52年没/1977年6月8日AM11:05没 享年87歳)その年は丁巳年に命を閉じているということは、「いい生き方をしました」という証明。印綬の年回りに逝くのがいいらしい。Y先生の授業での教え。◇作家さんと身内の人(家系図の人々)を関連づけることによって私の古典はどんどん深みを増す「食べることやめました」とはまさに体を持たない曽祖母がまさにそうだ。亡くなった人はもはや体を維持する必要もないため「食べない」。こんな風に書いていると本当にドキドキします。自分の噂話をしている・・ということにお気づきであろうか。あなたがりっぱな方であったことを証明する子孫がいるとは何とも愉快なことです。「本」から自分に関わりをもつ肉親を思う・・とは、とっても素敵なことだと感じている。三浦綾子さんの命式を出した時、私は即座に叔母「阿部静江」さんという20代初めに結核で亡くなった父の姉と関連づけた。綾子さんの本を読みながら、私の叔母とはこういう人だと考え合わせたとき、顔を見たことのない叔母が、何とも近しい理解し合える人となりえた。曽祖母「みちさん」1889・12・8/戊午・帝王羊刃(偏印)/丙子・偏印・胎(偏財)/己丑・敗財・養(敗財)・・戊丙の意「多くの困難を忍耐強さと臨機応変な才により切り抜け、最後には凶をもって吉と化すほどの確実な道を歩む。(確かな技術と活動力により、あらゆる困難を切り抜ける)」お婆さんは本当に凄いですね。普通なら早死にしてもおかしくない星もあるというのに。(空亡「子丑」が月と年に)私と同じ水星人。(母とも同じでマイナスの人)こういう話題を母に書いて送ってあげては。相手がわかってもわからなくても。(お婆さんが亡くなった日は、母の誕生日である)こういうことはよくあることで、何か意味をあらわすと高島忠夫さんの昔の本に書いていた。◇自分の古典を知れば、現在自分を取り巻く人間関係も見えてくる(「守護霊様ありがとうございます」という本だったか、昔母親が送ってきた本だった。夫の誕生日の日も、夫の父の命日である)以前、戸籍謄本や抄本とやらを取り寄せして、書き写した時、何だか、薄気味悪かった。幽霊と対峙しているような感覚。今、家系図に目を通して見ながら、笑えた。古典落語に出てきそうな名前と感じたから。笑えるなんて素晴らしい。気持ちが近づいているということ。亡くなった人が気持ち悪くない。恐くない。落語には何と幽霊の話がわんさか出てくるのだ。談志の「へっつい幽霊」へっつい(かまど)に隠しておいたお金に心を残して死んだ幽霊がお金をとりにやってくる。夜が明ける前に戻らないといけない。出てくるにも手続きがめんどうだという幽霊のセリフがある。(トイレに立つ前、ネットやパソコン、電気なのだから、霊人は比較的自由に往来できる場所かもしれないな・・などと思う)トイレではいつも妙な思いつきをする。曽祖母「みちさん」の命式を調べたのは年末だったが、紙に書いたのは1月1日の元旦だった。調べているうちに、今年が生誕120周年と知った。命式みてみると生まれ年は「己丑」なのだ。(平成21年は「己丑」年)120歳とは還暦が2回過ぎたということ。霊人である曽祖母は120年という区切りの祝いで、霊界から子孫のところへ旅行する手続きがうまくいったのかもしれぬ。どういう意味があるのかは、これから徐々に気づきが与えられていくだろうと思う。◇曽祖母はこんな人・・「55 大平原の原生馬(戊午」『見渡す限りが地平線―空と大地の間に、生まれたままの姿で生きています。野生の馬ですから、人に媚びたり、へつらったりすることができません。何ものも恐れず、悠然として草を食み、風にたてがみをなびかせながら大空にいななくところなどは、自信に満ちた気取りさえあります。声は地平線のかなたまで響き、走れば障害のない世界に住んでいるのですから、複雑にこんがらがったものがきらいです。風の日も、雨の日も、太陽が照る日とちがわないと思っていますから、空が曇っただけで逃げまどう者を見ると、不思議でなりません。雷鳴のひらめきも気にしないし、地震で切れるような細い神経もなく、失敗も成功も同じだと思っています。現実の大地をふみしめる足は、空想よりも現実を好み、風や水のようにつかみどころのないものを嫌います。しかし、合理的な信念に燃えたてば、無限のエネルギーが作動して、大地をけって翼のない天馬となります。失墜しても負けません。(帝旺)』◇古典の人々の頑張りを表彰する現代に生きる子孫の私不足部分から続きを歩いています。この占い資料を書き写しながら、ある人のことを思い出していた。去年の戊子年の7月末のこと。その人は男性の上司であり、大変お世話になった方だった。が、チーム解散前日、姑攻撃を受けたようなお叱りの機関銃に、涙を押さえながら仕事をしたことがあった。その人が、その後、どうなったのか、あまり知りたくなかった。顔を見ないようになったので、(移動になったのかも)と漠然と思っていたが、誰にも確認しなかった。年末になって、ふと「辞めたんだ」とわかった気がした。姑攻撃を受けていたときは、言われることが細かくてうるさく感じたし、言われている意味を解することが難しかった。上に立つ人が変わってから、その人から教えられたことの意味を徐々に理解するようになった。その人のもとを離れてから「お疲れ様です」と小さく会釈する場面があった。「頑張ってるみたいだね。自分のやり方は良くなかったのかな・・」よく聞き取れなかったのだが、最初の言葉だけが聞こえて「はい」と小さく言ってみた。あとで「あっ」・・とおもった。今、私はその方のお蔭で成長できたことを、何かの勝利の際に言いたい、そう思っていた矢先だったのである。今回、曽祖母を調べるにあたって、同時に調べ出したのは曽祖母に仕えた息子の嫁さん「チセ」さんだった。兄の嫁さんに似てる人だったと知った。「母と嫁さんの関係と同じ型」が、そっくりさんのように昔も実在した。家系図と生年月日の写しの目的は供養心からだった。私ができるただ一つのこと。それは、その方の美点と、生前頑張った隠れた点を引き出して、賞賛したいということ。
2009年01月04日
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日記を書くことがとってもよいことだと語られていた。書くということが「よい死に方」「よい生き方」をするためになる。日記を書くことに張り合いが出てきた。タイトルに惹かれて早朝の番組を録画。(教育テレビ5時「心の時代」香川県立中央病院医師:朝日俊彦氏のお話)「日記を書き続けてニ十年、欠かさず書き続けた。身についた習慣になってしまうと出張で遠出する時にも必ずもち歩くという。仏教の『八正道』の教えを読み、それができているかどうか、心の状態を確かめるために書き表すことを実行に移す。心の状態は放っておくと消えてしまう。毎日夜寝る前に書く。付き合いでお酒を飲んだ日は翌朝書く」日記帳に細かく整然とした文字がビッシリ。見開き2ページに6日分が横文字でおさめられている。「書いていると気づきを与えられる。インパクトある気づきは最後の一行を赤ペンで書く。患者さんと接してみて、いつか死ぬと考えている人は少なく、考えたことがない人とは多いのではないか。ずっと生き続けるんじゃないかと錯覚しているのでは。「死」の話題はタブーとされているようなところある。が、医師と患者がそういう話ができるようになるといい。「死に方」考えることによって残された「生き方」を考えるようになるから。患者さんと話し合いができるようになるために壁を作らない。権威ある人には聞きにくいもの。が患者さんというのは実は聞きたいことがいっぱいある」何でも思ったことがすぐに聞ける上の人との関係。そこに不安がないと、仕事も、家庭も、心も、生も、内容は安定したものとなると思った。書くことって、そんなにいいことなのか。新鮮に日記書き習慣が、自身の生きる内容をよくする善行に思えた。
2009年01月03日
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何か得るものが与えられますようにと、祈りつつ映画を観る。最後の場面、鐘作りを客観的に主人公と共に見つめ、それぞれの「自分のすべきことにかからねば」というやる気を興させてくれた。【感想】アンドレイは、人々を不安にさせる絵を描きたくなかった。上の権威ある者から描けと言われる絵は、人々が罪を犯さぬように、悪いことをすれば釜茹でにされてしまうぞという脅し、罰を意味する絵だった。才能があると持ち上げられても本心が描くことを拒絶した。タタールの襲撃から白痴の娘を救うため人を殺してしまうアンドレイは罪の呵責にさいなまれ絵筆を折ってしまう。人々は死に、娘だけが生き助かる。貧困の生活の中へタタールがやってきた。娘に馬肉を投げる。拾ってむしゃぶりつく白痴の娘。ついてくれば妾にしてやり豪奢な生活を与えてやるとそそのかす。娘を守ろうとするアンドレイ。娘はアンドレイを振り払って、悪しき男の馬に自ら乗って去っていく。自分から罪の中へ飛び込んで行った白痴の娘。肉のおもいだけに生き、何という神から遠い女。こんな娘のために、人を殺し、結果絵画も捨てねばならなかった。何と愚かな、これまでの正義感が台無しにされたような絶望、虚無感。白痴の娘は堕落した人類を象徴する。また、神の前に堕落して、神のみ言葉がわからなくなってしまった人類始祖の女性をあらわす。また、その堕落人間の前に裏切られるように十字架につけられたイエス様を象徴する主人公アンドレイ。最後の巨大な鐘作りの完成という喜びの時、「父から秘伝を教わったというのは嘘だったのだ」と泣きじゃくる。「ほんとは、父は何も教えてくれなかった」と。が鐘はみごとに完成した。亡き父が息子に臨んだかのように。鐘作りの名匠という芸術家、聖画の名匠という芸術家。秘伝というのは教えられたのでなくても、父の子であり、作りたいという情熱があれば、神が智慧を与える。また人の心が一つになれば神が働き、できないと思われることが、形作られていく。完成されていく。その過程は厳しい修行生活であろうとも、どうして神が手伝ってくれないと言いきれるだろうか。【解説】ロシア最高のイコン(聖像画)画家と呼ばれながら、その生涯についてほとんど記録が残っていない、美術史上に不世出の天才画家と言われるアンドレイ・ルブリョフの(1360?一1430?)。300年にわたって異民族タタールの侵攻に脅かされ続けてきた15世紀初頭のロシア。貴族は不毛の内乱に明け暮れ、民衆は飢えと疫病に苦しんでいた。この激動の時代に名作「三位一体」がいかにして生まれたのか?映画はこの偉大な芸術家を主人公にすえ、15世紀ロシアの社会と人々の広範なパノラマを展開し、時代のさまざまな状況との関わりのなかで苦悩する芸術家の内面を浮き彫りにしていく。この映画は歴史の解釈をめぐって論議を呼び公開が5年間棚上げされた。【ストーリー】1400年、降りしきる雨の田舎道を急ぐアンドレイとキリールとダニールの3人の僧侶はモスクワのアンドロニコフ修道院で、信仰と絵画の修行を積んだ仲である。彼らは道中、旅芸人が権力を風刺して捕えられるのを目撃して圧制下の民衆の生活を思い知らされる。1405年、キリールは旅すがら出合ったビザンチンの名匠フェオファンが、モスクワでの新しい仕事に同輩のアンドレイを抜擢したことを知り、自分より画才が優るアンドレイヘの嫉妬心から俗界へ下った。モスクワでの仕事が始まってのちも、アンドレイの苦悩はいよいよ深まる。貴族の血なぐさい内紛、タタールの来襲、芸術家の両眼をつぶしてしまうような大公の残虐な仕打ち、夜の河辺で全裸で踊りふける異教徒の猥雑な騒ぎなど、ロシアの混沌を目のあたりにして、アンドレイの苦悩は深まるばかりだった。そしてタタールの襲撃から白痴の少女を救おうとして一人の男を殺してしまったアンドレイは罪の深さに絵筆を捨てて厳しい修行生活に戻る。1423年、教会のために巨大な鐘の鋳造が行われている。この時、鐘作りの名匠の父親は既に亡かったが、父から鋳造の秘伝を教わったと偽って鐘づくりに凄まじい情熱を賭ける若い職人ボリースカの姿があった。彼と民衆の情熱が鐘を完成させるのを見て、アンドレイは再び民衆への信頼と愛をとり戻す。偉大な画家への一歩はこの時始まったのである。(終)
2009年01月02日
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5、◇「抜け雀」「宣教師ペテロ岐部の生涯」「恋空」で解けたこと。時間がかかる目標もある。けれども積み重ねれば、あきらめずに求めていけば実現の扉が開かれるのではあるまいか。(23時)その夜観た映画「恋空」で、ここ数日の私の思索は完了した。人類歴史は男女問題で堕落した。神の子はエデンの園を追われ、ボロ服を着て修業に出る。勘当が解ける時がきた。父である画家は雀だけでは時の制限の中だけでしか生きられない。だから、「鳥籠」という「エデンの園」を与えよう。また「止まり木」という「生命の木」を与えよう。永遠のいのちという神の子の権能を授けた。父親名人画家が鳥篭と止まり木を描くことによって、肉体という時の制限だけのいのちでなく、「永遠のいのちを授けよう」そういう意味だったのだ。「恋空」のヒロが「美嘉と子供と三人仲良く」という死を前にした願い。それを日記帳に絵に描いていたページ。女の子だったらしい子供の流産。命日参り。美嘉が何者かに辱めを受ける。それは愛の怨みによる前の女の仕業だったという怨念。もし人類最初の男女に過ちがなければ、こんな苦労の回り道をして、こんなに人は傷付き合い傷付け合う泥試合をしなくてもよかったものを。神様という親をもボロの服を着せて大変な親不孝の道を行かせてしまった。また画家親子が創造主とイエス様にも思えたのだ。世直しに送られたにも関わらず、志し半ばで地上を後にしなければならなかったことを悲しませたことを許して下さいと。6、◇ 罪の自覚に一旦は落胆、が頭を下げて許して下さい、罪の報いは当然ですと認めたときに、救いがあった。引き上げられたような気持ち。真っ白な紙からやりなおすことはいつでもできる。ヒロの「三人が手を繋いだ絵」それはイエス様の願いであったし神様の願いであった。「神の子の血統を種を残すという使命」ペテロ岐部・・この名前を覚えておこうと思います。私は、その人の前に卑しい立場にあったものではないだろうか。宣教師という救世主と似たような理不尽な納得のいかない誤解や孤独、辛さ、信じ難い過酷さ。正しい道を極めようと選択した道の険しさといったら。 今また謝っておかしなボタンを押してしまった。画面きえた。まっしろ。元に戻った。文章が残っていた。(ほっ)一瞬、消えたとおもったあと、(やはり「ペテロ岐部」のことを話題にしたことでまた怒りをかったのではないだろうか)そう思った。が、復元した。許されたと思った。私は何かにビクビクしている罪人のようだ。岩手県出身の方の本から玄米菜食を学びいのちを甦らせたことがあった。また岩手県出身の方とその近くの出身の方と、職場でひどく相克な心情に陥りもがいたことがあった。が、それらの傷もすっかり癒えたようだ。炎症が和らいでいるではないか。人は知らないところで罪を犯している。決して人を悪く思ってはいけない。始めに、こちらが悪くしたいきさつがあったかもしれないから。悪い膿が出せて中の病気が治ったことに感謝致します。晴れ晴れとした気分。7、◇ 目標ポスターA4の真っ白な紙に、墨汁の黒、色鉛筆で色の3原色(青・赤・黄)で全5色。縦横8×8=64文字分の長方形のマス作り、書く内容入れていく。型を作ればかえって自由。自分の存在が認められたような気持ちです。これからまた、神様は真っ白な紙を与えてくださる。新年の新しき時間迄、あと21分。ああ、神様、本当に書きたかったことをまだ、書けてないのです。27日(土)私は新月の日、目標ポスターを書いたのです。初めてそういう思いつきを興しました。墨汁を使うのも初めて?いえ久々です。なぜか近くに全ての備品は用意されてあったのです。それでね、神様、書き上がったポスターをキッチンに貼ってみたのです。驚いたのです。文字が紙から抜け出てきそうな勢いがあったからです。まるで言葉がイキモノのようで表情をつけてニマ!こちらに働きかけてくるではありませんか。私はある人の言葉を思い出しました。自分の戸籍を取り寄せ家系図を筆ペンと墨汁で作成したことがあるのですが、ある人に見せたら褒められました。「うまい!文字に勢いがあるよ。お金を払っても作ってもらいたくなる」というような「売り物になるね」というお褒めの言葉。(かもね)内心喜んで賛美を受け取った。これから私はどんどん習字ならぬポスター書きをしていこう!そう思った。目標ポスター、これは仕事がらみで毎月の始めに突然紙を渡され5分で書くように言われるのであらかじめ書く内容を準備しておくようになったのだが。8、◇ 「いつでも欲しい分だけ用意はしてあるよ。できなかったのは、それを取りに来なかっただけ」本気でやろうと思ってなかったでしょ。できると本当に思ってなかったでしょ。私は3ヶ月単位で同じ目標にこだわり続けてみようかと思い立った。トイレ掃除してトイレの張り紙も挑戦してみる。目標ポスター、大きい数字大きい言葉を書くのは恥かしい。出来なかったら格好悪いし、人から(随分大きいことを書いている)笑われているだろうというおそれや遠慮。けど、人に何と思われてもいい。どういう目標を書こうが「タダじゃん」笑われようが「無料」である。また「自由」である。そう思った時、現実的にはできそうにない、ひるむような数字であっても、「やってみたい!」という夢。これは、実に、誰も文句をつけようがない。つける権利は誰にもないのだ。その内容と数字の大きさは誰でも夢を持つことが許されているのだ。口先で言っているのでなく、「紙に書いた」ということであり。それにかなり近づいた結果を残してきているのである。自分でも「導かれている」という感は強い。仕事の神様が私を応援してくれているようだ。いつでも欲しい分だけ用意はしてあるよ。この目標書きをもっともっと研究してみようと思うようになった。仕事のことだけじゃなく、もっと本当に近づきたい映像をもっと明らかにしてみたいという願望。神様、そういう修業を通して、私も本当の人間に近づきたいよ。時計を見た。カウントダウン。天の神様に敬礼。ご先祖様の位牌に敬礼。夫のところへ行って敬礼。そしてしばしベランダに出て今の心境を神様にお話したのであります。
2009年01月01日
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