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夜仕事が終わってから、アルピーヌルノーのイラストを描いてみました。モデルアートの6月号掲載のモンテカルロバージョンを参考にノーマルスタイルに仕上げました。イラストを描いてみると車のデザインがよくわかります。ただ見ているだけでは気づかなかった、曲線や部品が見えてくるのです。プラモデルを作ると、そのデザインや構造がより理解できるといったことと同じ感覚ではないでしょうか。このA110という車、サイドミラーが運転席側にしかありません。最低限これで充分だということでしょうか。ヨーロッパ的な考え方ですね。それと、この車のフロントのデザイン。現代でも通用しそうなボディーライン。古さを感じさせません。でもよくみると古めかしい凹凸のつけ方がありやはりクラシックだなと感じさせられました。(イラストではそこまで表現できなかった)あと、フランス製のスポーツはラリーが多いですね。ルノーにしてもシトロエン、プジョー大衆車メインのメーカーばかり。お国柄なのでしょうか。
September 22, 2005
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昨日、近くのショッピングセンターでミニSLがイベントで走っていました。この地域でミニSLといえば、大井川鉄道にC11を寄贈された小澤氏ではないかと思い行ってみましたら。やはり正解でした。 今日はお弟子さん?とお孫さんを手伝いにつれてSLを走らせていました。このSL、ミニとはいえどもちゃんと石炭と水で走っています。走らせるまでに石炭をくべたり水を補給したりと大変だそうです。まだ、9月とは言えども暑さが残るなか、汗ダクダクになりながらSLの運転をされていました。このSL結構パワーがあります。 客車を2両編成していますが、子供がそれぞれ5人で合計10人ぐらい乗ってもちゃんと走っていきます。ただ、機関車の後ろの席は避けたほうがいいです。煙突から舞い上がった石炭の火の粉がたまに飛んできます(笑)運転士は、機関車自体の熱と石炭の火の粉や蒸気で結構暑いのではないかと思います。最後にSLはメカニズムとしてはとてもめんどくさい部類です。起動するまでに石炭に火をいれ、水を沸騰させ圧力を高めやっとスタートです。しかも、走らせてる間、石炭をくべ、水を補給しと、手間がかかります。こんな、面倒くささやアナログな部分が逆にSLの魅力なのかもしれませんね。
September 20, 2005
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連休3日目、体力をムスメに奪われへとへとになってしまいましたが、今日は歯車のことについて、勝手につれずれと語ってみようと思います。メカニズムのことについて考えることが趣味でもありますので、興味のある方はお付き合いください。 さて、歯車は現代社会になくてはならないものです。歯車はほとんどの機械の中に組み込まれていると言っても過言ではありません。たとえば自動車などの乗り物、家電製品、PCのドライブ部など様々な場所にです。歯車はいつ産まれたのでしょうか。歴史は古くローマ時代にはすでに使われたともいわれています。この頃は水車の動力を伝えるために使われたそうです。また、時計などに使われる精密な歯車は15世紀のルネサンス時代のヨーロッパで時計職人が作り出したそうです。歯車という機構には大きく2つの役割があります。1つは力の伝達装置として、もう1つは速度の変換装置としてです。まず、力の伝達装置としての役割。小さな歯車と大きな歯車があります。小さな歯車を回すと軽い力でまわります。そして大きな歯車はゆっくりと回るはずです。このとき大きな歯車を握ったとすると、小さな歯車よりも大きな力を感じることが出来ます。これが重要なポイントです。歯車は小さい力を倍増することが出来るのです。このとき、力が大きくなればなるほど大きな歯車はゆっくりになります。 また、速度の変換装置として考えて見ます。小さい歯車の歯数が10枚、大きい歯車が20とします。そうすると、大きな歯車を1回転させるためには小さな歯車が2回転しなければなりません。ということは、小から大の歯車に力が伝わったときに速度が1/2になるということです。この原理は時計に応用されています。たとえば分針が12回転すると時針が1回転(12時間進む)すると行った具合です。分針、秒針のスピードの違いもこの原理です。この歯車の大きな2つの特徴は、歯車でなくても実はベルトと直径のちがう2つの車の利用でも出来ないことはありません。ですが、強大な力の伝達や精度の高い回転数の制御、そして小型化は歯車なくしては出来ないのです。ココで歴史に戻ります。歯車の力の伝達と速度変換の役割は18世紀の産業革命にとって重大なことでした。初期の動力源(蒸気エンジン)などは非常に非力でした。また、機械的動力源の特徴のほとんどが、ある程度高い回転数を持たなければ作動できない、逆に言えばゆっくりと回転しながら力を出すことが出来ない宿命的特徴を持っています。このことは今も昔も変わりません。この動力源の特徴のために歯車がなければ自動車も工場も動かすことが出来なかったでしょう。また、科学にとっても重要でした。特に歯車を使って作られる精密な時計がなければ、現代の科学の発展は不可能だと思われます。物理においては、時間経過に対する物の移動を測定することで様々な自然法則を見出しています。化学においても、時間当たりの化学反応の変化量の測定も非常に重要です。結果として歯車を作る技術がある国だけが先進国として発展していきました。「歴史の歯車がまわる」とよく使われますが、歯車が回ったから歴史が動いたともいえるかもしれませんね。(~_~)関係ない話ですが、本日、近くのショッピングセンターで娘とミニSLにとりました。この話については明日。
September 19, 2005
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ホビーに費やすお小遣いをほとんど子供に吸い取られていく金欠の私は、しょうがないのでイラストでも書いてみました。パソコンで描いたので金はかかりませんでした。飛行機好きの人は知っていると思いますが、第二次世界大戦末期の有名な試作機です。 チャンスボート社のXF5U。別名フライングパンケーキとよばれています。この飛行機は円盤翼であり、真上からみると丸っぽい機体になり胴体と主翼の区別がつきません。なぜこんな機体になったかというと、超短距離の離着陸を狙ったため。円盤翼は失速しにくい特性があるため、空母で運用すれば短い甲板で発進ができるというわけです。しかし、この機体トラブルが多かったそうです。ジェットエンジンのように見える吸気口は、実はレシプロエンジン。ここからシャフトドライブで左右のプロペラを回したという事。また、左右の回転数が変わらないように左右エンジンもシャフトで連結したそうです。当然、そんな複雑な機構はトラブルのもと。ギアボックスの故障が多く、なかなか完成ができなかったそうです。そうしたなか、第2次世界大戦が終戦。フライングパンケーキはそのままお蔵入りになりました。ただ、実用化されても戦闘機として使えたかどうかは怪しいらしい。短距離離陸はできても、スピードがあまり出せなかったとか。また円盤翼は地上から見ると空飛ぶ的これではとても軍用で使えないですね。しかし、現代だったら民間用として使えるかもしれませんね。復活したら面白いかも。
September 18, 2005
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今日は蒸気機関車の動輪の写真です。これは熊本県八代市内の公園に展示されているC57の動輪です。この動輪、市内でも有名な鉄道マニアO.T氏から寄贈されたものです。さて、O.T氏が集めた鉄道グッズ。大から小まで色々とあるのですが最大の鉄道グッズはなんと実物の蒸気機関車C11退職金で買ったのだそうです。(前借だったかもしれないですけど)実はこのO.T氏は僕の小学校の元担任。もう20年たちますが、たまに市内のミニSLイベントで会って話をしたりします。その中でこんな裏話。O.T氏は他にも蒸気機関車の部品(本体かもしれない)を持っていたそうですが、☆Rが部品を寄贈してくれと頻繁にせがみに来たとのこと。☆RもいくつかSLを走らせていますがそのほとんどが老朽化。部品を作ろうにも、一品物の生産はコストが高すぎてつくれない。(技術者もいないので作りたくても作れない事情も)だそうで、しかも、予算自体もないものですから買取ではなく寄贈してくれと。そういうことを言って、☆Rは頻繁に部品を持って行ったそうです。このままでは静態保存していた蒸気機関車C11も部品取りの危機が。そんなことをするぐらいなら、もっとC11を大事にしてくれる所に丸ごと寄贈してしまえ!!というわけで大☆川鉄道でC11が復活となりました。大まかな話ですが本人から聞いたので大筋はあたってると思います。ちなみに、このC11の購入はいくらだったかと聞きましたところ、移動のクレーン車代とトレーラー代のほうが高かったそうです。O.T氏は現在もミニSLの運転を元気にされております。
September 15, 2005
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せっかく自分の地域で「つばめ」が走っているので、歴史を調べてみました。1代目1930年東京神戸間を結ぶ特急列車の名称として登場。東京神戸間を9時間かかって走破したそうです(今では遅い!!)しかし、SLとしてはすごいことらしく、特別に給水タンク車を連結して途中の給水によるロスタイムを省くなど、工夫をしたそうです。2代目1950年東京大阪間を結ぶ「へいわ」を改称。しかしまだSL。3代目1960年電気車両として登場。しかし、1964年東海道新幹線の開通によって舞台が新大阪~博多間に移ります。さら新幹線に延長によってツバメは西に移り、岡山~西鹿児島間の運行となります。1950年博多まで新幹線が延びたときに「つばめ」は役割を終えました。4代目1992年博多~西鹿児島間を結ぶ特急として「つばめ」が復活。787系独特のデザインが印象的。ビッフェ車両を備えるなど豪華な装備となりました。5代目2004年九州新幹線が部分開業。新八代~西鹿児島間を結ぶ新幹線「つばめ」として採用。787系の「つばめ」は博多~新八代間を結ぶ「リレーつばめ」と改称し活躍しています。しかし、つばめはスピードの象徴であります。新八代~西鹿児島間を35分。787系では2時間10分もかかっていました。違いが大きすぎます。地元にいる私達はこのことをよく実感できます。まあ、鹿児島本線の八代、西鹿児島間は単線区間が多く海沿いのカーブの連続だったからしょうがないですね。九州新幹線はトンネルばかりです。車窓を楽しむのはほとんど無理です。(すぐ終着もするし)
September 14, 2005
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今日は朝から親戚の見送りのために熊本県の新八代駅に行ってまいりました。新八代駅は、JR九州の九州新幹線の西鹿児島までの始点となります。博多~新八代間は現在工事中で数年後に開通の見込みです。そのため、新八代までは旧特急ツバメ787系がリレーつばめと名称をかえ、やってきます。新幹線との乗り継ぎのために八代駅では新幹線と特急列車が同じホームにならびます。新幹線と特急は必ず連絡してあるので毎回並んでいる姿が見られますが、この姿も全線開通するまでの期間の間だけです。さて、新幹線と特急のパンダグラフの写真です。こちらは787系、旧式のスタイルでしょうか九州新幹線800系のパンダグラフです。シンプルで、しかも空気抵抗が少なさそうです。特急が最高130km程度、新幹線が2倍の260kmですから、こんな形に差が出るのでしょうね。
September 13, 2005
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今日はトミカについて色々と考えたことがあるので書いてみます。ただ、トミカのマニアックなうんちくではなく、私の主観による感想です。この前、アフィリエイト用のトミカのカタログページを作りました。トミカの基本は1番から120番まであります。この番号枠内でその時代のの車を入れ替えています。このトミカを調べるうちに発見したことがいくつかあります。その中でも僕が特に気に入っている発見は、トミカは建設機や消防、警察などのいわゆる働く自動車が半数ちかく占めていることです。なぜに、働く車がそんなに多いのだろうか?もっと話題になった車や人気車種はたくさんあるはずなのに。勝手な想像ですが、これはトミカのポリシー、そして子供達へのメセージではないかと思うのです。現代の日本社会は自動車によって成り立っていると言っても過言ではありません。ほとんどの自動車は乗用車ですが、町にはさまざまな機能をもった働く自動車が存在し、それらが社会を支えています。しかし、働く自動車は忙しい時間の中で見過ごされています。また、なかなかお目にかかれないものもあります。ですがミニカーにすればじっくりと眺めることができ、子供達はその車がどのように動き、役に立っていくのかを想像していきます。これが、トミカのすばらしさではないかと思うのです。こうゆうふうに考えてみるとトミカはただのミニカーではなく、一種の教育玩具の要素も含んでいるともいえます。このことがトミカをベストセラー商品にした要因の一つではないでしょうか。
September 12, 2005
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ディアゴスティーニの週刊戦艦大和の発売で映画公開前の盛り上がりがますます大きくなっています。さて、戦艦大和の兄弟戦艦には戦艦武蔵と空母信濃があります。今日はこれらの沈没の様子について調べてみました。ます、魚雷を受けた数ですが戦艦武蔵が20本戦艦大和が11本空母信濃が4本(間違えていたらごめんなさい)さて、同じ船体構造のはずなのになぜこんなに魚雷の数が違うのでしょうか。どれも注排水システムを持ち撃沈には相当な攻撃が必要なはずです。ではまず戦艦武蔵から考えてみます。戦艦武蔵は魚雷を20本受けつつも、注排水システムが働き最後まで横転することがありませんでした。徐々に静かに沈んで行ったそうです。これは注排水システムといっても人的な要素が凄く大きいのです。ベンテランの熟練した船員がいてこそ轟沈を免れたのでしょう。また、20本という数も凄い数です。不沈戦艦といわれた英国海軍のプリンスオブウェールズも日本軍の5,6本の魚雷で撃沈されています。戦艦大和、武蔵の基本設計は相当優れているのでしょう。それに比べ戦艦大和は10本の半分です。実はアメリカ軍が武蔵で相当てこずった経験から研究をし、船体の片側から集中攻撃して注排水システムの能力を超える浸水をさせようと考えたのです。注排水システムは右が傾くと左に水を入れたりすることでバランスをとります。ですから片方からの極端な浸水でははたらかなくなるのです。結果、大和は横転撃沈されることになります。さて、それに比べてさらに信濃は4本と少なくなります。同じ大和級の船体をもつのに、これは弱すぎます。先に述べたように注排水システムは人的な要素が働いてこそ機能するもの。終戦に近い頃の信濃には経験の浅い船員が大半で魚雷を受けてもどうすることもできなかったのが実状だったのでしょう。こう比較すると、日本海軍が終戦にむかって弱体化していく様子とアメリカ軍の優勢が強まる様子がみえます。この教訓は現代にもいかされるかもしれませんね。■戦艦大和の模型特集コーナーを作りました■ホビーリンク「戦艦大和特集」ぜひご覧ください。
September 10, 2005
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ライトフライヤーについて調べたことがあるので書いてみました。ライトフライヤーは世界最初の動力飛行に成功した飛行機として有名です。この飛行機を別の視点から考えてみたいと思います。ライトフライヤー初飛行成功後の話。ライトフライヤーも発明品として特許を申請しており、ライト兄弟はその利権を売ることに非常に熱心でした。初飛行の成功後、ヨーロッパ、アメリカにライトフライヤーを売り込みに行きます。しかし、テクノロジーの進歩はすさまじいものがありました。売り込みの間に現在のスタイルの飛行機たちがどんどん成功していくのです。そのスピードはあまりにも速すぎました。ライトフライヤーはあっという間に陳腐化されだれも見向きもしない不恰好な飛行機となってしまうのです。みなさんもご存知の通り、ライトフライヤー型の実用機は存在しません。 なぜ、ライト兄弟はあのスタイルにこだわり続けたのでしょうか。はやく、現在のスタイルの飛行機の設計に取り組めば更なる成功があったはずです。なぜできなかったのか、それは特許が邪魔をしたのです。ライトフライヤーの特許は飛行を制御するときに翼をねじって制御するというものでした。簡単に説明すると折り紙飛行機を飛ばすとき羽をまげれば曲がります。反対に曲げればそちらに曲がるというものでした。(現在の飛行機は、翼にエルロン(曲がる部分)をつけ飛行機を制御します。) ライト兄弟が特許で富を得るには翼をねじる制御の飛行機を売らなければ話にならなかったのです。しかし、そのような方法は当然効率が悪いため、技術が進歩すると見向きもされなくなります。結局、ライトフライヤーは名誉だけの飛行機となるのです。 今回の話は、ライトフライヤーの悪い点のクローズアップになってしまいましたが、ライト兄弟の努力は尊敬すべきものがあり、忘れてはいけません。この時代、たくさんの飛行機への挑戦者がいました。このほとんどは実験もせずに想像力で機体を作り、飛ぶことが出来ませんでした。飛べないだけなら良いのですが、無謀にも高所から飛び出して怪我するものや死亡する者もいました。こんな中、ライト兄弟は実に理論的に飛行機を製作したのです。ライト兄弟は初飛行まで、何度も何度も実験を繰り返しています。また、初飛行時は救護班まで準備するという安全への徹底振りです。ライトフライヤーが成功することは当然だったのです。そして、このことがライトフライヤーの最も評価されることではないのでしょうか。
September 9, 2005
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赤いザクといったら、シャー専用。では、赤いガンダムといったら?はい、ガンダムSEESディステニーでのカガリ専用機のことです。ストライクルージュがPG(パーフェクトグレード)で新発売です。前回のPGストライクをベースにカラーリングを変更しましたが、細部が強度アップや作りやすさの向上などが施されています。さらに、スカイグラスパーまでセットされていますので劇中のシーン再現もばっちりです。カガリのフィギアもついています。バンダイ PG ストライクルージュ + スカイグラスパー
September 7, 2005
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あの話題のマシンが純国産仕様で発売されるのです。おおげさに言い過ぎ?スイマセン。マシンといっても戦艦大和のこと、実はこの戦艦の新たな切り口の模型が発表されたのです。それはブロック製の戦艦大和です。さて、ブロックといえばLEGOが有名ですが、レゴはデンマーク製。戦艦大和はカワダのダイヤブロック製です。ダイヤブロックは純国産品のLEGOに対抗する大きなブランド。この純国産品で、ある意味国産の最高傑作ともいえる戦艦大和をつくることはなんとも味があっていいではないですか。さてこの商品1/350スケールと縮尺がはっきりとしていますが。ココで凄いことはよくこのサイズにまとめきったということ。ダイヤブロックはレゴブロックよりもサイズが少々大きく表現力が少々劣るのですが、写真をクリックして詳細を見てください。特に艦橋よこの高射砲の表現や、小さな機銃を丸い小さなブロックで表すなど、上手にディフォルメされています。まさに大和魂の逸品ですね。発売は10月下旬、予約が開始されています。もう待ちきれません。【御予約特典送料無料!!】(沖縄除く)ダイヤブロック戦艦「大和」【10月下旬発売・御予約品】
September 5, 2005
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ガレージで休んでいた、曲線の美しい車に目を奪われました。中学生のころ通学路のあるガレージには曲線美の美しい車が一台いつも休んでいました。デザインの雰囲気から外国車であることは明らかです。 エンブレムを見るとフォルクスワーゲンのエンブレムが。そのころビートルとゴルフしか知らなかった私は、名前はなんと言うのだろうかと興味を持ちながら今まで知る機会がありませんでしたが、とうとうわかりました。タミヤ 1/24【自動車 プラモデル】フォルクスワーゲン カルマン・ギア・クーペ1966年型カルマン・ギアという車だそうです。ベースはビートルなのですがギアという会社がデザインをしてカルマン社がボディーを作ったからカルマンギアということ、なんだかストレートですねえ。もとがビートルなので走行性能自体はそこそこですが、やはりデザインが魅力的。出た当初は大ヒットしたみたいです。クーペ型もありますがコンバーチブルも存在します。ミニチャンプス 1/43 VW カルマン ギア コンバーチブル 1957 イエローこの車に乗ったら、かっこよく生きていけそうです。乗る車というよりも「着る車」ではないでしょうか。パワー、スピードと関係ない車もいいものですねえ。
September 4, 2005
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今日の仕事帰り。気分よく運転していると、闇夜から突然、赤いライトセイバーみたいなものが! そうです。警察の検問でした。おまわりさんが免許証の提示を求めてきたがしかし、今日は免許を持ってきていないのだ。家を出発するとき遅刻寸前だったので持っていく手間をケチったのだ。こんなことなら、1,2分の探す手間を惜しむのではなかった。だが、おまわりさんは僕が忘れました~と素直に告げると、今度からちゃんともっててねと、今回はお咎めなしだ。ラッキー。帰り際に、何の検問なのかと聞いてみた、多目的検問です何じゃこりゃ、結局は秘密ってことなのね。まわ、文句言われなかっただけましということで。【単品トミカ】インプレッサ パトカーやはり、WRX仕様でしょうか。公道最速?
September 2, 2005
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ガンダムや仮面ライダーが好きなのだけど、でも実は○○○も好きなのです。子供の頃、ガンダムやヒーローモノがはやっていたなか、宇宙戦艦ヤマトだけは異色の光を放っていました。このアニメだけまさに大和魂が流れていたのです。あの有名な主題歌の通り、地球の運命をせおって、立った一隻でガミラス帝国と戦うすがた。まさに魂です。一撃必殺の波動砲の強さと、365日のタイムリミットが運命をさらに感じさせます。それに加え隊員たちの使命感と友情が哀愁を漂わせています。まあ、第2次世界大戦の大和を改造したものだそうですから。そんな感じなので、当時小学生の間では表向きは話に出ないようなマイナーな存在だったようですが。でも、みんな実は宇宙戦艦をしっかりと見てたりします。隠れファンが多いアニメなのです。ポピニカ魂 宇宙戦艦ヤマト
September 2, 2005
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ラジコン空飛ぶドラえもん。割切り方がすごいのです。ドラえもんのタケコプターはひとつなのになぜ2つなの。プロペラが1つの場合は物理的な問題でドラえもんの体まで一緒にぐるぐる回ってしまいます。本物のヘリコプターは機体の後ろにプロペラが付いていてこれで機体が回らないようにしているのです。しかし、ドラえもんのお尻にプロペラをつけてはイメージが壊れてしまいます。そこでプロペラの上にもうひとつ反対に回るプロペラをつけたのでしょう。これならばタケコプターのイメージを大切にできます。この割切り方がいいところですね。 もうひとつ、よい割切り方があります。それはコントロールを上昇下降のみとしたこと。前後左右のコントロールはできません。しかし、もともと飛行時間が1分程度なのでコントロールができたとしてもたいしたことができないのです。それよりも、上昇下降だけであとは風任せのほうが子供でも簡単に遊べます。 おもちゃとはいえども、仕組みを考えてみると製作者の思想が見えて面白いですね。タイヨー 空とぶドラえもん【送料無料】電動ラジコン
September 1, 2005
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