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このブログは物欲ぶろぐなので、政治経済時事問題等は扱わないって言う原則を自分自身に課していたのですが…
今回の所謂「事業仕分け」で俎上に乗せられた「自動車アセスメント」などの件を見てしまっては、触れないわけにはいかんでしょう'`,、(´∀`) '`,、
独立行政法人などに巷で言うところの「無駄」が存在するって言うのは分かります。それ自体無駄な物があるとの指摘も理解できます。
しかしこの「自動車アセスメント」に関してネット上の記事などを見ると、前回の事業仕分けでも見て取れた「仕分け人達の無知」を華麗に披露してくれていて、なんともやりきれない思いです。
ワシ自身は専門家ではないけれど、衝突時のエネルギーが速度によって変化し、最終的には実験によって確認されるべきものである事くらい容易に理解できます。
それをw仕分け人の真意は別として50Km/ hじゃだめなのか的な発言があったやに聞くと、ワシは60Km/hでやってくれって思います。
担当の仕分け人はせめて自動車の安全性を国がある程度担保するにはどのようにすべきなのかくらいは十分把握して、まず縮減削減ありきの議論をしないで欲しい。
第一に、発売前に行う試験と販売後に市場で流通している物に対して行う試験とでは、その目的も方法も違うはずです。
それを似たような試験だからとか言って統合する事は出来ないのではないかと思うんですが(´・ω・`)
試験する施設も国内には数えるほども無いと聞きます。本来ならそれこそ「あらゆる」テストのできる施設を国が整え、どの団体にも実費負担で利用できるようにするべきではないかと。なんと言っても自動車産業は日本の基幹産業ですしね。
ほんの20年ほど前まで「国産車」の安全性は「外車」の足元にも及びませんでした。
当時の日本車は同じモデルでも「海外仕様」があり、ドアのラッチ部などが明らかに強い強度の部品を使っていました。
そのころのメーカーの経営者は「安全は金にならない(儲からない)。」「重視すべき車の性能は、先ずデザイン、そして馬力(数値)。」などと公言していたのです。
それらを是正すべく安全規制や安全基準を設け、メーカーも意識を変え、より安全で損傷被害の少ない自動車が開発されて来たのです。
それを実現する過程では、そりゃあ無駄も有ったでしょうし今も有るでしょう。その是正は必要でしょう。
こんな事はどのような組織にも言えることです、たとえば政党とか、議会とか、市民運動とか。
「2位じゃダメなんですか?」という言葉や「明日、ぽん、と光より早い通信速度の技術が出来たら…(速度と容量の区別がついていないらしいw)」とかいう言葉が象徴していると思います。
技術や文化と言うものは、その全てが積み重ねです。
突然w「ぽん」なんて言って生まれる事はありません'`,、(´∀`) '`,、
あらゆる文化や技術は、先人達の弛まぬ努力の継承によって今日の姿があるのです。
彼らを見ていると、今の自分たちが文化文明の最先端且つ最上位に存在し、その全ては自分たちが築いた物であるかのような思い違い(神の視座)をしているように見えますネ申..._φ(゚∀゚ )アヒャ
以上のような事を承知で故意犯がこれを行っているとしたら、ワシら国民は彼らから見下されているような気がしてならない。ようは「馬鹿」にされているって事かとβακα..._φ(゚∀゚ )アヒャ
どちらにしても国家の根幹にもかかわる事を、幼児の口喧嘩みたいな言葉遊びで弄ぶような事はやめて欲しい(*´・ω・)(・ω・`*)ネー
そんなに民意が大事なら他にやるべきことが有るでしょう。
それこそ公開で自由参加の政治討論か、お得意のツイッターで会議でもしたらいいでしょう。これこそマサニ民主主義じゃないの?
民に出来る事は民に!
ってwじゃあ、民に出来ない事って一体何?
民主主義を推し進めるのなら議会なんていらない。
ツイッターで全国民に参加させれば良い。
自分たちに都合の悪い本質的な問題は見えて見えない振りをし、「民意」を操るパフォーマンスに血道を上げる。過去のナチス政権やソビエト共産党政権などを彷彿とさせる。
こんな事では愚集政治(近年の自民党的政治)以下ではないか。
民主主義の限界を感じずには居れん(´・ω・`)
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