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先週末、都内のうさぎ専門店に、うさぎさんが来店していた。しかも2匹。羨ましい!僕もモヒうさぎさんと一緒にうさぎグッズを物色したい!ホリホリマットやヒンヤリ土管へのモヒうさぎさんの反応を見てみたい!うさケツボールは、たれ耳ちゃんと立ち耳ちゃんと、どっちが好きなのだろうか。現物を前にモヒうさぎさんに聞いてみたい!さらに、お店のゲージの中には、ネザーランドドワーフさんとポーランドロップさんが、合わせて18匹も!モヒうさぎさんに見せてやりたい!!楽しい妄想がどこまでも広がっていく。でも、待てよ。来店しているうさぎさんは2匹とも、はしゃぐ飼い主をよそにダンマリを決め込んでいる。むしろ、困惑してキャリバッグの中で小さくなったり、飼い主の腕の中に蹲ったりしている。ちょっと見ただけではわからないが、うさぎさんたちはドキドキしているのではないか。そもそも、うさぎさんたちは、捕食者から隠れるDNAを受け継いでいて、慣れない場所ではストレスを感じるはずだ。人が楽しくても、うさぎが喜んでいないのでは意味がない。うさぎさんにとっての慣れない場所へのお出掛けは、人がいきなりサバンナに連れ出されるような感覚なのではないか。最近は、動物園でも本来の生態に近づけて展示する「アニマルウェルフェア」を意識しているという。僕も、うさぎさんの気持ちに寄り添う、「うさぎウェルフェア」でいこうと思う。
2026.05.03
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今週末、おゆみ野は「さくらさくさくウォークラリー」も開催。土曜日はあいにくの荒天でしたが、今日、日曜日は絶好の花火日和となりそうです。ランナーとしては、まずは早朝のジョグ&花見。春の道は、さくら公園からはるのみち公園まで桜のトンネルを走るよう。扇田小学校からのおゆみ道は、おゆみ野版「哲学の道」。花びらが川面を流れていく様を眺めていると、考えが深まる!?大百池(おおどいけ)の周りも桜が囲んでおり、満開の桜が池に映る「逆さ桜」が見事でした。一面ピンク色の花の中に、濃い緑色のこんもりした宿り木がありました。良く見ると、宿り木の中には、やはり緑色のメジロ。メジロは宿り木から首を伸ばして、桜の花びらをついばんでいました。メジロにとって、「最高の花見場所」でしょう。メジロにとっても、今日は最高の花火日和になりそう。
2026.04.05
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司馬遼太郎さんは、著書の中でイコン画の天才・山下りんに触れ、こう言っていた。「芸術の才能とは病名のことではないかと思ったりする」さらには、「とりわけ大いなる才能が宿る場合、宿主の魂を高貴にする一方で、宿主をたえず動かして尋常ならざる人生を送らせてしまう」のだと。本作は、突出した才能が宿主たる芸術家を動かし、「最高に美しい姿を芸術に残す」という犯罪をテーマにした映画である。といっても、平凡な才能しか有しない我々には、その世界観は理解しかねる。但し、尋常ならざる事件の事実には、親子の情があり、人をかばうために、毒があるように擬態という嘘を身にまとう。こちらこそが、本作のモチーフであって、我々の共感できるところである。ラスト、息子の至が父への思いを書いたメッセージを油絵の中に上書きして隠す。父・史郎は、真実を知り、息子を殺めてしまったことに嗚咽する。実は、本作は、親子の物語そのものなのである。だから、子どもを持つ親の琴線に触れるのである。
2026.03.22
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加入している動物保険のアニコム社から、モヒうさぎさんあてのバースデーカードが届いた。うさぎさんがうたっちしているデザインで、姿・形といい、表情といい、モヒうさんさんに似ていて、思わず目尻を下げてしまう。この3月9日で、モヒうさぎさんも5歳か!うさぎさんの5歳とはどんなものなのだろうか?うさぎの平均寿命は、少し前まで7~8年と言われていたが、最近は10~12年ほど生きるうさぎもたくさんいるという。しかも、ネザーランドドワーフは、さらに寿命が長い傾向にあるという。うさぎのフード・グッズメーカーであるGEX社のHPには、うさぎの年齢早見表がある。これによれば、5歳は中年期、人間の年齢に換算すると46歳ということらしい。また、7歳になると僕の年齢を超えていくことに気づかされる。動物を飼うことの宿命とはいえ、順番にいけば、いつの日かモヒうさぎさんを見送ることになるのだろう。モヒうさぎさんが最後に大きな息をして目を静かに閉じる時、我が家に来てくれて良かった、幸せだったと思って欲しい。だから、これかも仲良く楽しく過ごしていこう。そう思いながら、いつも以上に念入りにナデナデした。
2026.03.14
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著者は生物学の研究者だが、自身で「ナキウサギの研究は私の伴侶」と語るほどのウサギ愛が溢れている。なんといっても、エゾナキウサギの観察のために、北海道置土町で4年間にも渡り、テントから見張っていたという、変態(良い意味で)である。羨ましくもあり、また、その実践力に感服する。そんな「うさぎオタク」の著者による本書は、うさぎの特徴(跳ね方、手、歯、食糞、長い耳)や、うさぎの生存戦略(捕食者からの逃げ方、出産・子育て)など、うさぎ飼いにとっては、どれも見逃せない話ばかり。我が家のモヒうさぎさんのルーツであるアナウサギ関連の部分だけ読もうと思ったけれども、とても、そんなわけにはいきません。ナキウサギ科も、ノウサギ続も同じうさぎとして見逃せない、そんな気分にさせてくれた。読んでいて、うちのモヒうさぎさんと同じだーと思ったのは、ニワンポでカラスの鳴き声がした時など、このまま隠れるているか(じっとしているか)跳びだそうか、と時合を計っているところ。「隠れつづけるか、逃げ出すかかの決断は、うさぎの運命を左右する微妙なものだろう。1分以内にこの生死をかけた結果が明らかになる」との記述に、読んでいる僕まで心拍数があがった。また、ニワンポの時に、同じところを行ったり来たりすることも。捕食者の追跡をかわす「止め足」のッ習性であることがわかった。但し、にわんぽではモヒうさぎさんは、もっぱら捕食者(オオカミ)の役で僕を追いかける立場なのに、「止め足」をするのは、今後の要研究だ。それにしても、アナウサギの利他的な行動には感動する。アナウサギは、捕食者から逃げる時、自分の存在を目立たせる白い尾を目立たせて跳ねる。また、仲間に危険を知らせる「地だんだ」も、捕食者からの標的となる確率を高める行為だ。自分と同じ遺伝子を残そうとする生存戦略とはいえ、ここまでできるものなのか。驚きである。我が家のモヒうさぎさんとニワンポする際に、本書のうさぎの特性を度々思い出すことだろう。忘れないようにメモしたら、20ページにも及んでしまった。1994年発行、既に30年以上前の本だが、全く古さを感じない。ウサギの不思議と、ウサギのしたたかさ・必死さを知り、モヒうさぎさんをナデナデしながら、本書で得た知識や感動を思わず語ってしまいそうだ。「うさぎの不思議な生活(アン・マクブライト著)」や「ウサギ学(山田文雄著)」を超えた、ウサギの学術書として僕のベストだ!
2026.03.08
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2月も先月に引き続き9冊読むことができた。相変わらず、寝床では本を開いたとたんバタンキューでページが進まないが、それでも、翌日の読書意欲を掻き立てる場になっている。おかげで、通勤時間は本が読みたくて仕方がない。今月読んだのは以下のとおり。内訳は、ストーリーコンテンツ(小説・エッセイ)が5冊、事実・主張コンテンツ(ビジネス書・新書)4冊。また、分野別では、文芸5冊、歴史2冊、行政1冊、生物1冊だった。①羽田と成田(前田隆平著/時事通信出版社) ★★★★★ 今月の第1位!②神坐す山の物語(浅田次郎著/双葉社) ★★③日本史のなかの千葉県(吉野健一編/植野英夫ほか著/山川出版社) ★★★④愛犬幸福論(高橋三千綱・落合恵子・浅田次郎・村山由佳ほか著/PHP) ★★★⑤ナマケモノは、なぜ怠けるのか?(稲垣 栄洋著/ちくまブリマー新書) ★★★⑥向田邦子全集・エッセイ五~夜中の薔薇~(向田邦子著/文藝春秋) ★★★⑦保科正之(中村彰彦著/中公新書) ★★★⑧君のクイズ(小川哲著/朝日新聞出版) ★★★★ 今月の第2位!⓽向田邦子TV作品集~阿修羅のごとく~(向田邦子著/大和書房) ★★※★印は評価(★~★★★★★)月初に読んでから時間が立つのに、今も強烈に印象に残っているのが①。国土交通省の航空局長まで登り詰めた著者の、丁寧な文書の中にも、航空行政のプロとしての官僚の矜持があふれている。国際線は成田という原則を守りながら、時代の変化や我が国の国際競争力の観点から、「定期チャーター便」という概念矛盾のような手法を使って、柔軟な対応をしていく姿がリアルに描かれている。⑧では、先月に読んだ「言語化する小説思考」で述べられていたことが、実践されていることを確認。特に、「見えた世界を抽象化し、別の世界に置き換えて個別化する」ことを、人生経験こそが生きてきたことの証ということを、クイズ大会を通じて見せてくれる。ストーリーも面白い。主人公の気分になって、クイズというものの深さを知った。なんだか、クイズ研究会出身のA君や、Uさんに本書の感想を聞いてみたくなった。歴史は今を考えるヒントになる。③で、縄文時代「ほぼ島」だった千葉県が、その後も、東京湾と香取海により、西日本や東北・北関東等の影響を受けていることを再確認。江戸時代になって利根川が東遷した後も、水上交通こそが千葉県の産業を発展させてきた。現代は成田空港だろうか?千葉県は物流のハブであり続けている。⑦。保科正之の人生はなんという劇的なものであろうか。先進的な民政の施策もあって、著者がいうように、もっとフォーカスされてもいいのではないかと思った。なんだか無性に会津に行きたくなった。
2026.03.01
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大変に僭越ながら、向田邦子さんの感性や考え方、行動は僕に似ている。だから読んでいて、「そうなんですよ」、「その通り」、「それが言いたかっただ」と頓首することが多い。例えば、「心にしみ通る幸福」の一節、ー私は読んでいる途中、あるいは読み終わってから、ぼんやりするのが好きだーこれって、僕が感じているままじゃないか!さらに、このあとの表現。ー砂地に水がしみ通るように、体のなかに、なにかが広がってゆくようで、「幸福」とはこれをいうのかと思うことがあるーそう、「これこれ、これが言いたかったんですよ」感じていても文章に表せないことを代わりに表現してくれるのだ。まさに、心の中の痒いところに手が届く、という感じなのだ。本書でも、ー(ことばは)無料で手に入る最高のアクセサリーである。流行もなく、一生使えるお得な「品」であるー※「ことばのお洒落」の一節ー宇宙の未来について思い煩うかたもおいでになるというのに、たかだかビールの大中小について、懊悩するとは、なんたる小者だろう。こんなことでは、とても大きなものは書けそうにないー※「小者の証明 酒中日記2」の一節ー自分の働きと比べても、ほんの一片食(ひとかたけ)の楽しみに消える値段のあまりの高さに、美味しいなあと思って漏らした感動の嘆息よりも、もっと大きな溜息を勘定書きに見たときつくようになってしまった。このあたりから、うちで自分ひとりで食べるものは、安くて簡単なものになってしまった。※「食わらんか」の一節ー(昔の朝食は)うちだけでなく、まわりもシンとしていた。それでいても活気があった。短い時間に火を使い刃物を使う母や祖母の勢いが朝の食卓に流れていたような気がするー※「海苔と卵と朝めし」の一節ー何でも早わかりで判るより、飲んでも食べても見ても判らなくて、これが本当のヨーロッパの姿かな、などと自分なりに宿題を残すほうが、本当の外国旅行かなという気がしている。※「ベルギーぼんやり旅行」の一節などなど。ページをめくるごとに、頓首してばかりである。おかげで、向田邦子さんのエッセイは、長い時間同じ姿勢で読んでいても、首や肩が凝らずに読めるという効能が秘かにある。
2026.02.20
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勝浦駅に降りると、ひな人形が飾られていた。そうか、もう雛祭りの季節が近いのだ。せっかくだから、駅周辺をブラブラと散歩。まずは、マリブ(勝浦中央海岸)から。春の海、波打ち際は底が見えるほど澄んでいる。串浜・松部方面まで一望。おもいっきり深呼吸して背伸び!次いで、遠見岬神社へ。驚いた。河津桜がもう満開!房総半島の春は早い!神社からの眺め。いつ見てもいい!次いで、丘を登ったところにあるKuste(キュステ)へ。ビック雛祭りに向けて準備の真っ只中。準備中のひな人形を見ることが出来ました。ラッキー!勝浦の街はいつ来てもいい!心残りは、帰りの電車の都合で、勝浦タンタンメンを食べることができなかったこと・・・。しゃあない、また来ます!
2026.02.17
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飲み会で帰宅が遅くなる夜。出迎えてくれるのは、妻でもなく、もちろん娘でもなく、モヒうさぎさんなのです。モヒうさぎさんは、お立ち台である箱の上で、三つ指をついて(ウサギさんの前脚の指(爪)は5本あるけれども)、出迎えてくれます。高級旅館や料亭並みの最高のおもてなしなのです。ただ、三つ指は単に丁寧な作法というわけではないそうです。かつての武士の挨拶では、親指、薬指、小指のみをつき、人差し指と中指を浮かせておくことで、不意の襲撃を受けても刀を取りやすくする姿勢だったとか。モヒうさぎさんの出迎えは、最高のおもてなしというより、むしろ、この「武士の挨拶」としての臨戦態勢のようです。現に、三つ指でのひととおりの挨拶がすむと、二本足で立ち上がってキョロキョロと周りを見回し、前脚を漕いで踊りだします。ムエタイ(タイ式キックボクシング)の試合前に選手が躍るように、やるき満々で「遊ぼ・遊ぼ」、「ニワンポ行こう!」とアピールしてくるのです。もう、日本の古来からのしきたりから、タイの民俗芸能までありったけの技を駆使してのお誘いです。かくして、霜降りの夜、モヒうさぎさんをニワンポに連れ出すことになるのです。23時過ぎ。白い息が、真南に移動しているオリオン座に吸い込まれていきます。さぶい・・・。酔い覚ましどころか、もはや修行の境地。それでも、モヒうさぎさんは、容赦ありません。追いかけっこを仕掛け、穴掘り(草ホリホリ)に誘ってきます。ただ、モヒうさぎさんに付き合っているうちに、気分が良くなってくるから不思議です。モヒうさぎさんと暮らすようになってから、二日酔いが軽くなったのは、酩酊後のニワンポの反射作用かもしれません。ウコンよりもオルニチンよりもニワンポ。これが、最強の二日酔い対策です。追記:2月14日現在、50日連続ニワンポ実施中! どこまで、この記録伸びるか?
2026.02.15
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犬の散歩をしている途中に、他の犬連れの作者に出合う。そんな気分になるエッセイ集。犬好きにとっては、どのエピソードも強く頷くものばかり。特に、印象深かったのは、言葉を理解しているかわからない犬だからこそ、人をほぐし、和ませるといること。久世光彦さんは言う。「人に疲れ、それでも人が懐かしく、(犬という人)と、これからも続く明日という日について、話している」。そして、「良く見れば、私は機嫌よく笑っているはず」。浅田次郎さんは「ペットという言葉が嫌い」だという。動物にも感謝して対等につきあいたい。落合恵子さんの「バース(ゴールデンリトリバー犬)との暮らしで、私はこんなにもたくさんの喜びをもらっているが、バースからしたらどうなのだろう」という言葉は、愛する動物と暮らす人たちの共通の感想ではないだろうか。ひたむきな動物の愛情に、対等は無理でもできるだけ応えていかなければならない。
2026.02.14
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週末は千葉市でも予想外の積雪。僕らのフィールドは白銀の冷たい絨毯に覆われていたけれども、このまま、うさんぽ無しで日曜日を終えるのは寂しい。「行かないで後悔するより、行って後悔するほうがいいれす」とモヒうさぎさんの覚悟を聞いて、僕らは庭に出た。ところが、先ほどの勇ましさはどこへやら。白い雪の眩しさが、モヒうさぎさんをすくませる。抱っこされたまま、決して庭におりようとしないので、まずは、雪が積もっていないところにそっと置いてみる。先に雪原に降りた僕を見て、モヒうさぎさんも、おっかなびっくり、雪の中に足を踏み入れる。フカフカの感触に違和感があるのか、毛で覆われた脚や、白いお腹で雪に触れて冷たいのか、いつもよりゆっくりとピョンピョンと歩く。そのうちに、庭のあちこちにモヒうさぎさんの足跡がスタンプのようについていく。よく見ると足跡は4つ固まり、内側に小さなものが2つ、外側に大きなものが2つだ。内側の小さい足跡は左だけ少し前で、外側の大きな足跡は小さな左側の足跡を挟んで平行に並んでいる。はて?モヒうさぎさんのひょこひょこ歩く姿を見ていて、謎が解けた。モヒうさぎさんは、まず、短く小さい前脚をつき、次いで、長くて大きい後ろ脚を前に伸ばして着地しているのだ。人が跳び箱を跳ぶ時のように、前脚をまずついて、後ろ脚を外があから大きく飛躍させているのだ。雪がある分、控えめだけど、いつもはもっと後ろ脚を前に伸ばしているに違いない。いやはや面白い!そんな観察をしているうちに、すっかり雪に慣れたモヒうさぎさんは、そこらじゅうをホリホリして背中まで雪まむれになっている。「風邪をひかないうちに帰ろうか」名残り惜しいけれど、今週末のうさんぽはここまでにしよう。次の祭日、週末は晴れるといいね!
2026.02.11
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1月に読んだのは9冊。内訳は、ストーリーコンテンツ(小説・エッセイ)が5冊、事実・主張コンテンツ(ビジネス書・新書)4冊だった。また、分野別では、文芸5冊、ウサギ3冊、歴史1冊。①向田邦子全集・小説4~寺内貫太郎一家~(向田邦子著/文藝春秋) ★★★★ 今月の第4位!②それを読むたび思い出す(三宅香帆著/青土社) ★★③言語化する小説思考(小川哲著/講談社新書) ★★★★ 今月の第3位!④「好き」を言語化する技術(三宅香帆著/ディスカバー携書) ★★⑤歴史のなかの邂逅2~徳川家康~新選組(司馬遼太郎著/中公公論新社) ★★⑥ウサギ学~隠れることと逃げることの生態学~(山田文雄著/東京大学出版会) ★★★⑦ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち・上(リチャード・アダムズ著/評論社) ★★★★★ 今月の第2位!⑧ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち・下(リチャード・アダムズ著/評論社) ★★★★★ 今月の第1位!⓽遅読家のための読書術(印南敦史著/ダイヤモンド社) ★★★※★印は評価(★~★★★★★)まさに、読んだばかりの⓽は、1日1冊・週6冊を目指せということだが、そこまで多読することが良いことなのかどうか。僕は読み飛ばしできないタイプだし、読むのに時間を要すストーリーコンテンツもたくさん読みたい。数に拘らず、月5冊以上の目安でいこうと思う。さてさて、今月読んだ本の中では、⑦、⑧が圧巻だった。うさぎ好きの僕としては、作中のうさぎたちの仕草に見覚えがあったり、我が家のモヒうさぎさんに似ているうさぎさんを探したりしているうちに、すっかりはまってしまい。下巻に入るともう、自身もうさぎたちの群れに入っているような錯覚に捉われ、ドキドキしながら物語の世界に没入してしまった。そして、なぜか、これを読んでから、道の端を歩き、いざという時には隠れられるような草むらを探している自分がいる。まだ、うさぎの群れの余韻が続いているようだ。①は温かい家族の物語。折しも、娘が成人式だったこともあり、娘と、作中の年頃の娘・静江を重ねてしまうともう涙がとまらなくなってしまうのだ。僕は、寺内貫太郎オヤジのように、良い・悪いをはっきり言うことができるだろうか。不安である。②、③、④はいずれも文章術の本。いずれの本でも共通していたのは、相手を意識して書くということ。④では「読者を決め」たうえで、「想定読者と推しの距離」によって情報格差を埋めるべきとする。また、③は、より踏み込んで「小説とは内輪であればあるほど面白い」として、「青春時代を一緒に過ごした友人のように情報を共有」していくのだという。③は他にも、「自分の目でしっかりと世界を見る。見えた世界を抽象化し、別の世界に置き換えて個別化する」といったことで、知らない世界のことを書いていくのだと示唆する。文学を学ぶ娘にも話したい内容である。
2026.02.08
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「怖いれす・・・」そう言うなり、モヒうさぎさんは目を見開き、後ろ脚を強くカーペットに叩きつけた。「危ないれす、一緒に隠れるれす。さあ、早く!」と言うやいなや、ゲージの最奥のトイレに逃げ込んだ。モヒうさぎさんを驚かせたのは、読売新聞が報じた「数万年前の日本にライオン生息 人類と同時期に日本で暮らしていた可能性」という記事だ。国内の化石のDNAを分析したところ、絶滅したホラアナライオンと特徴が一致したらしい。日本北部が大陸と繋がっていた約6~7万年前以降に流入し、3~4万年前に日本列島に到達したとされる人類と同時期に暮らしていた可能性もあるという。読売オンラインなんでも、このホラアナライオンは、現代のライオンよりはるかに大きくて、トナカイのみならず、マンモスの子どもなども食べていたというから驚きだ。見つかったのは、青森、静岡、山口の化石から。富士サファリパークのライオンもびっくり。巨大ライオンが富士山麓をうろつきまわっていたのかもしれない。寒冷な氷河時代で、富士山麓も一面の雪原だったにちがいない。ホラアナライオンも富士山を見上げていたのであろうか。想像するだにワクワク・ドキドキする。「モヒさん、大丈夫だよ。昔の話さ」トイレに蹲るモヒうさぎさんをナデナデしてあげる。「そうなんれすか! なーんだ、モヒがガブッとしてやろうと思ってたのに」にわかに強気になったモヒうさぎさんがゲージから飛び出してきた。′フンガフンガフンガ、鼻息が荒い。モヒうさぎさんだって、厳しい生存競争を勝ち抜いてきたアナウサギの末裔なのだ。逞しい!
2026.02.07
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サンマは目黒に限る。そして、東京出張からの帰りは高速バスに限るのである。まず、フカフカのシートに必ず座れる。帰宅ラッシュで押しつ押されつの電車とは大違いなのだ。ゆったりと本を読むのもいいが、目的地に向かいながら景色をながめつつ、飲食を楽しむのが最高だ。かつて、霞が関の官僚が深夜帰宅の際、タクシーの運転手からビールやおつまみの供与を受ける、深夜タクシーが問題になったが、近年では、居酒屋とタクシーを融合させた「新・居酒屋タクシー」なるサービスもあるのだという。高速バスの場合、他のお客さんもいるので、ジャブジャブ飲んだりはできないが、迷惑を掛けない程度にしんみりと一献かたむけるのは構わないだろう。そんなことで、先日は、コンビニでワンカップの300mlと、チーズ、サラミ、ピーナッツを買い込んで、勇躍、バスに乗り込んだ。これが大当たり!都内の夜景を眺めながら、チビリチビリと日本酒を飲む。隅田川にかかる清洲橋越しのスカイツリーの大きさよ。葛西臨海公園の観覧車からは湾岸道路はどう見えるのか。そんなことを考えながら、また、チビリチビリ。眺めのいいスカイラウンジや、大きな水槽があるバーで飲んでいるような気持ち良さだ。そうこうしているうちに、あっという間に自宅近くの景色に変わっている。もう少し、飲んでいたい・・・いや、乗っていたいくらいだ。飲食代としては、ほぼ1,000円。気分のいいせんべろを楽しんだ。東京出張の帰りは、高速バスが定番化しそうだ。
2026.02.06
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毎朝の通勤、このところ改札を抜けて、あえて狭い階段を使ってホームに降りている。理由は、これ。「やめましょう 歩きスマホ」のポスターが見たいから。京都・高山寺の鳥獣戯画をモチーフにしたこのポスター。うさぎ好きの僕は、慌てふためくうさぎと、盟友カエルの掛合に、思わずほくそ笑んでしまうのだ。「なんのこと」とばかりとぼけている「改札ふさぎ」うさぎ、「おっとっと」という慌てている「足元取り」うさぎ、「あぶなっ」というカエルと、気が付かないうさぎのギャップの「ぶつかり」うさぎ、「なんだと」「そっちこそ」と両者、大興奮の「大揉め」うさぎ、「もうだめだ―」と悲鳴が聞こえてきそうな「線路落ち」うさぎ。うさぎが加害者で、カエルに迷惑を掛けているのが、うさぎ贔屓としては少々引っかかるが、それでも、うさぎとカエルは良いコンビだと思う。そういえば、うさぎもカエルも月に住んでいるとされ、後ろ脚で跳ねるところも共通だ。喧嘩するほど仲がいいということだろうか。このポスター、うさぎファンでなくても、強い印象を残すのではないか。ながらスマホ禁止の効果もきっと高いに違いない。だから、いつまでも掲出を続けて欲しいものである。
2026.02.02
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衆議院が解散され、この週末はテレビも街頭も選挙モードだ。一方で、考えることがたくさんある。なぜ、この時期に解散?物価高対策はどうなる?食品消費税は実施できるの?株価と金利は?積極財政とプライマリーバランスは両立するの?社会保障(医療・福祉)は持続可能?トランプ関税の影響は?中国との関係はどうなるの?外国人との共生をどう考える?などなど、???????だらけなのだ。モヒうさぎさんは、突然、お地蔵さまのように固まって動かなくなる時がある。お尻拭きなど大ピンチの時だ。小説「ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち」でも、勇敢なうさぎ・ピグウィッグが、きつねと戦うのを見て、周りのうさぎが、常識外のことに思わずボンヤリしてしまう。小説の中では、このうさぎたち様子を「サーン状態」といっていた。うさぎ達の習性らしい。それでも、うさぎ達は時が経つと、それぞれが考えを持ち、不思議なことに、その考えを皆に共有し、群れで納得した結論を得るのだという。素晴らしい民主主義ではないか。僕は、若い時分、冬山にはまっていた。ある冬の白馬大池付近で、吹雪に見舞われる中、テント場へ急ぐあまり、やみくもに進んだところ、元の場所に戻るという、ホワイトアウトを体験したことがある。考え、方針を決めてから行動するという基本を、実地で思い知った。たかが一票、されど貴重な一票。やみくもに進んだりせず、大切にしようと思う。今の僕の思考は、うさぎさんでいる「サーン状態」にある。投票日まであと一週間、うさぎさんのように立ち止まって熟考してみようと思う。期日前投票ではなく、2月8日投票日まで考えてみよう。
2026.01.31
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少々恥ずかしいが正直に告白する。先日、物語に夢中になり電車を乗り過ごしてしまった。しかも1日に2度もだ。おかげで、大切な会議には、うさぎたちが巣穴に逃げ込むような勢いで駆けこんだ。それから帰りの通勤電車では、激しく疲れていたけど乗り過ごしを警戒してドアのすぐ横に立って読んでいたのに、みすみす降りる駅を通過してしまった。うさぎの群れの大哨戒(見張り)の役割だったら、群れのボスに張り倒されるところだった。前置きが長くなったが、このうさぎの冒険物語、電車を乗り過ごすくらい夢中になるのだ。うさぎたちが巣穴で、エル・アライラー(という伝説のうさぎ)の物語を食い入るように聞くように、僕もこの物語の虜になった。特に、文化の異なるカウスリップの村のうさぎたちの生活、さらにはエフラフェアの村に忍び込んだピグウィッグうさぎの活躍、そして、ヘイズルと仲間たちがチーム力で独裁者・ウーンドウォートと対決するシーンなどでは、心臓の鼓動が早くなるのを感じたほどだ。実はまだこの物語を最後まで読み切っていない。ただ、誰かにこの物語を伝えたくてたまらない。それに、読み終わったら、間違いなく、うさぎ達のホーン状態(ぼんやりとして動きを止めてしまうこと)になるに違いない。だから、先に皆さんにお伝えしたいのです。
2026.01.26
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県中央博物館が開催する講座に参加した。1月18日の講座(第1部)は、「戦国時代の恩賞と古文書」。歴史好きで、なかでも戦国時代は大好物。ひととおりの史実や人物は大抵知っている。それでも、古文書そのものを注意したことはなかったし、講座で新しいことをいくつか知ることができた。まず、古文書とは?僕自身、勘違いしていたのだが、狭義の古文書とは、特定の相手に読ませるものに限るのだという。一般的には意志を伝達する「書状」や、何らかの権利を保障する「証文」などだという。現代でいえば、書状は年賀状やメール、証文は戸籍や住民票ということらしい。だから、吾妻鏡のような広く世間に読ませるための編集物や、大乗院寺社雑事記のような日記は、古文書とはいわないそうだ。戦いと古文書の例として、竹崎季長が描かせたという蒙古襲来絵詞を例に説明していた。自身の奮闘を「書状」にしたためて提出し、戦功を確認する「証文」を得ているのだ。中世は「自力救済型の社会」。アピールしないといけないのだ。なんだか、がめつい。この時代に生まれたら、うまくやっていけるだろうか・・・。不安である。さらに、戦いの際の古文書は時系列で、戦いがあるから参陣せよ、という「軍勢催促状」があり、戦功を報告する「軍中状」で応える。そして、よくやった!という「感状」がもたらされるが、感状の中でも後日褒美をとらすという「A型感状」と、よくやったと褒めるだけの「B型感状」があるのだという。なんだか、「報連相」のようでもあり、「人事評価システム」のようでもあり、現代のサラリーマンにも通じるものを感じる。1566年の古河公方・足利義氏の恩賞給付はA型感状ではあるものの、褒美は領地ではなく官途(官職)で、官途と一緒に発給されたのは7年後。もらう側としては、ちょっとがっかりだ。この辺の気配りのなさが、古河公方衰退の要因のひとつかと思ったが、どうも、社会全体で主従関係が強化され、主君優位の中で、感状も褒美も主君次第となっていったようだ。それでも、同じ関東でも、北条氏側なら、褒美は官途ではなく刀剣であったり、もしかしたら土地を宛がってくれるかもしれない。それに、きっと7年も感状を寝かしたりはしないだろう。一方で、北条氏は、厳密な軍事動員を課すらしい。負うべき軍事負担の古文書によれば、284貫文(1貫文10万円~30万円とすれば、年収30百万円~90百万円か)の家では、二間の槍17本、鉄砲2挺、そして自身は騎乗して甲冑をつけてこい、甲冑は金色で、黒字に赤の日の丸の旗を差してこい、と誠に細かい。北条氏側の侍も辛そうだ。もし、古河公方と北条氏方の戦になり、双方から軍勢督促状がきたら?(足利義氏の時代は、古河公方は北条氏の管理下にあったけれど)自由だけど先行き不安な古河公方につくか、強固だけど管理型の北条氏方につくか、思案のしどころだ。話を聞いていて、真剣に悩んでしまった。
2026.01.24
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2025年は終戦80年の年だった。その年に公開された映画を2026年にようやく見ることができた。見ることができて良かった。「九死に一生を得ることがあっても、十死に一生はありえない」と沖縄水上特攻に際しても、帰りの燃料を要求した雪風艦長(竹野内豊)。そして、トップに対しても言うべきことを言い、組織(雪風)を活性化した、総括伍長(玉置宏)。極限の状況でもベストを尽くしたからこそ、雪風は生き残れたのだ。10年後・20年後の日本の姿を問われた雪風艦長(竹野内豊)が、「普通がいいな」と答える。その「普通」の国家でいれることのありがたみを感じる。そして、その「普通」を守ることの意義を重く受け止めた。それにしても、艦長(竹野内豊)も、総括伍長(玉置宏)もカッコ良すぎ。第二艦隊司令長官(中井貴一)もカッコ良すぎ!見ていて、背筋が伸びる映画である。
2026.01.20
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薄明薄暮性のうさぎの朝は早い。朝6時部屋の中はまだ真っ暗。目を閉じていても感じる何者かの視線。といっても、まだぬくい布団に未練たらたらなので、視線の主に気づかれないよう、薄目でそっとうかがうと。やはり、モヒうさぎさんがじぃっーと、こちらの様子をうかがうに前のめりで見ている。「起きているれすか?」目つきは、鵜の目鷹の目そのもの。こんな真剣な目をされると、鵜の目鷹の目うさぎの目、と慣用句も変えた方がいいのではないかと思う。でも、もう少し布団の中で・・・。目を閉じて、見て見ぬ振りをする。6時5分タタン・カサカサ と音がする。モヒうさぎさんが木製ハウスに飛び乗ったに違いない。木製ハウスはペットサークル(柵)の際にあって、僕の布団のすぐ先だ。恐る恐る薄目でうかがうと・・・なんと、モヒうさぎさんが木製ハウスの上で、後ろ足二本で立ち上がり、前足をちょこんとお腹のあたりに当ててこっちを見ている。それにしても、すくっと立った、うたっちの美しさよ。なんだか、ボディビルダーが、大会でポージングしているようではないか。強烈なアピールに思わず笑いたくなるのをこらえて、しばし就寝・・・。6時10分ついにモヒうさぎさんが実力行使に出た!ペットサークルをガシガシ齧り、さらにサークルを歯で噛んで持ち上げ、床に落とすという、ウサギ式パイルドライバーの荒技を繰り出した。「うるさいなー」僕の眠気も吹き飛び、もはやギブアップして起床しようとも思うが、この荒技がクセになっては、モヒうさぎさんの歯が心配だ。おまけに、打ち付けられるフローリングも心配だ。ここはモヒうさぎさんへの躾の意味も込めて、無視を決め込む。6時15分相手にされず失意のモヒうさぎさんが、「パパのバカ―」とばかりにゲージに帰っていく。なんだか、夕陽に向かって走る青春ドラマの一コマのようだ。それでも、モヒうさぎさんは前向きだ。そして粘り強くて策士だ。今度はチモシーアピールだ。うさぎの主食であり、健康に欠かせないチモシーを食べると褒められることを知っているのだ。そして、チモシーを食べる時には、ノリノリの 〝チモシーコール” が沸き起こることも。その証拠に時々、振り向いて 〝チモシーコール” を喚起している。6時17分モヒうさぎさんの熱意にほだされ、ついに布団から抜け出す。モヒうさぎさんの情熱が、僕の冷え切った体に勇気を与えたのだ。早速、チモシーを食べるモヒうさぎさんにあわせ、僕もパクパクする。そして、手を叩いて 〝チモシーコール” だ。平成初期の学生のノリで、すっかり目が覚める。そして、モヒうさぎさんの食事を目の当たりにして、なんだか空腹を感じる。「おはよう、モヒうさぎさん」声を掛けると、モヒうさぎさんも「待ってたれす」とばかりに頭を僕の足に当ててくる。今日もよろしく!良い一日になりそうだ。
2026.01.17
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明日は成人式の式典。娘は慣れない着物で参加するから大変だ。千葉市の場合、中央区・若葉区・緑区が午前組。式当日の着付けは、なんと5時50分から。これでも、高校2年生の冬に予約したにも関わらずだ。ただ、朝3時台の方もいるというから贅沢も言えない。さらに、式前日は高校の謝恩会、式直後は中学校の謝恩会というから、大忙しの週末になりそうだ。健闘を祈る!ちなみに、30数年前の僕が成人式に参加した時は、中学校の同級生たちと飲み明かし、翌日の大学の定期試験をパスしてしまったが、今となれば良い思い出だ。まだまだ、親の脛かじりの娘だが、徐々に大人の自覚を持ってくれたら!期待してるよ!!
2026.01.11
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豊臣兄弟の初回放送を見た。ラストで震えの止まらない小一郎。小一郎のセリフ「私が恐ろしかったのは兄者じゃ!」が、今後を暗示している。厄介者の兄・藤吉郎(秀吉)に振り回される弟・小一郎(秀長)。ただ、藤吉郎は常人離れしている。信長のためにはなんでもするし、感情を表に出さずに人を斬る。気味が悪いほどだ。今後、藤吉郎の自我はますます膨らんでいくだろう。今は明るく文句も言える間柄だが、いずれ有無をいわさない関係になっていくのだろう。小一郎だけでなく、なか・とも・あさひといった家族みんな巻き込まれていくのだ。今から、つらいような、それでいて楽しみなような。このワクワク感は、「鎌倉殿の13人」以来。そういえば、「鎌倉殿の13人」も、仲睦まじい田舎の豪族だった北条家の面々が、義時が暗黒落ちするなど、変わっていく物語だった。第2回の放送が待ち遠しい。テレビの前で時間前から待ってまーす。
2026.01.11
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早朝のランニングに出て、月の大きさに驚く。そうか、今日はウルフムーンか。そこで、はっと閃いた。水面に浮かぶ月の中を見て、月の中の兎が波の上を走るのを見ようではないか!醍醐天皇時代の謡曲「竹生島」の一節。緑樹沈んで魚木に登る気色あり 月海上に浮かんでは 兎も波を奔るか 面白の島の景色やその意味は、木々の緑の影が湖面に映り、水中に泳ぐ魚はあたかも樹々を登るかのよう。月が湖上に浮かぶと、その月の中の兎も波の上を走るかのようというもの。月の中の兎が湖面に映っているなんて、なんと幻想的なんだろう。後世、蕪村も、詠っている。名月や うさぎのわたる 諏訪の海いずれにしても、波に兎 は、新たな門出や成長の祈りを込めた縁起物らしい。是非とも、月の中の兎が湖面を走っている様を見てみたい!!目論見どおり、大百池(おおどいけ)では、正面の空に浮かぶ月が、水面に黄色い光を落としていた。さすがに、水面に浮かぶ月の中にうさぎの姿は見えなかったけれど、僕は、モヒうさぎさんが走る姿をありありと思い浮かべた。なんだか、とてもいい気分になった。因幡の素兎(白兎)の物語にもあるとおり、兎は海を渡ってきた福の神なのだ。ありがたや、ありがたや。
2026.01.04
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のっけから、タヌキ・・・いや犬が「拾ってください」「飼いやすい」のフィリップ芸。犬がフィリップ芸なんて、そんな馬鹿なと思いつつ・・・、完全に否定できない。僕の目の前にいるモヒうさぎさんも、嬉しいと尻尾がピンと上がるし、コリコリと歯ぎしりする。作中の犬が嬉しいと、頭に乗せている葉っぱが咲くのと似た感情表現だ。作中の犬が書く「遊ぼう」というフィリップ芸だって、モヒうさぎさんがピョンと二本足でうたっちするのと同じイメージだと思う。フィリップ芸は、動物と人のコミュニケーションをわかりやすくイメージしているのだと思う。アニメ「雨と君と」にはまった。主人公は、個性的な作家。我が道を行くタイプだが、率直に感情を表現する君(という犬)と出会い、心を通わせていく。主人公と君とのやりとりがほほえましく、ほくそ笑みながら見る。エピソード12で、君が山で仲間と別れ、田んぼを通って、船に乗るシーンがある。君はどこから来たのだろう。主人公と同じく、我が道を行くタイプで、しかもフリップ芸をするくらいだから、言葉を探しているのだろう。そして、雨が大好き。主人公と君の出会いは運命だったのだろう。主人公と君のその後が気になる。続編はないのだろうか。
2026.01.03
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年賀状が届くのを楽しみにしている。だから、元旦は、郵便配達のバイクの音に耳をそばだてる。モヒうさぎさんが、注意する方に耳を向けるように。毎日が元旦だったら、僕の耳もうさぎさんのように、自在に動くようになるかもしれない。郵便受けに投函された音がしたのは12時すぎ。ところが、枚数が少ないのである。心なしか、ハガキをまとめる輪ゴムもゆるゆるだ。数えてみると32枚しかない・・・。70枚近く出したのに・・・。うーん。音沙汰のない友達の非人情をそしりたくなるではないか。さらに、大きなショックが僕を襲う!「新年のあいさつは今年を最後とさせていただきます」。まあ、定年退職されて数年たっている先輩なら当然だろうが、おない年の親友たち、へろし(仮称)、ノブノブ(仮称)、「お前ら、それでいいんか!年賀状仕舞いでいいんか!」。付き合いが深いほど、そんな気分になる。要はさみしいのである。年賀状の元旦の配達枚数(速報値)は、前年比26パーセント減の3億6300万枚だとか。年賀状離れが加速している。一方で、林総務大臣も言っているではないか。「年賀状は単なる通信手段ではなく、人と人との絆を結ぶ大切な習慣だ」よおし、たとえこの先、ますますマイノリティになろうとも、力の続く限り僕は年賀状を続けるぞ!そう誓った2026の元旦なのでした。
2026.01.02
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帰省した娘は、紅白歌合戦が終わるやいなや出掛けていった。高校時代の友達と年越しをするらしい。なかなか帰ってこないので心配してLinesすると、娘から「日の出を見ようとしています」と。なんとも、精力的ではないか。僕自身も、おゆみ野の丘(有吉貝塚公園)に出かけたが、東の空は一面の雲で、初日の出を拝むことはできなかった。2024年、2023年と拝めたのに、残念・・・。2025年の初日の出2024年の初日の出それでも、ジョギングしながら地元の寺社を初もうで。輪くぐりにもチャレンジして、気分すっきり。2026年、良い年になりますように!ちなみに、帰宅した娘に聞いてみると、運転していた友達が睡魔に襲われ、九十九里まで行きながら、日の出前に退散したのだとか。父娘ともども、初日の出を拝めず。2026年空振りのスタートです。
2026.01.01
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暮れも押し迫った29日、僕らが育った町の居酒屋に幼馴染4人が集まった。いつ以来だろうか? 友人の一人が結婚したころに遊んだ記憶はあるから、かれこれ30年振りといったところだろうか。皆、見た目は少しづつ変わったし、それでも会えば、昔話に花が咲く。懐かしい旧友との思い出やイベントを思い出し、酒が進む。自分たちの身の上話はほどほどだが、皆、それぞれ元気そうだし、楽しそうだ。竜宮城のような気分になり、あっという間に4時間も経過!亀は送ってくれないので、終電にかろうじて滑り込んだ。来年も皆、元気で会えるといいな!再会を祝して、良いお年を!
2025.12.31
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今年一年で、いったい何冊の本を読むことができたのだろうか。元来のズボラな性格で読みっぱなし。これではいかんと、一念発起して8月16日から、書評をつけはじめた。ちなみに、8月16日といえば、太平洋戦争が終わり、日本が新しい国家に向けてスタートした日ではないか。意図したわけではないが、始めるのにぴったりの日だったのだなあ。年途中からの4か月半分で記録した書評が43冊分。月平均9.5冊読んだことになる。分量的には、まずまずよく読めたのではあるまいか。記録した書評を読み直して、私的ベストテンを選んでみた。第10位 アナウサギ党の戦い(ハンス・ボルケルド著/山手書房新社) 副題は「人間社会のゆがみを描く現代版イソップ物語」。人間の行き過ぎた自然破壊等の行為について、アナウサギの視点で考えさせられた。第9位 ブルーベリー(重松清著/光文社) 学生時代の青春の物語。「東京の言葉、練習せんといけんよ」と寂しそうに地方に帰っていった彼女。「正確にいうならそれは遠距離片思いだったのだ」で恋に破れた親友。ホイチョイの見栄講座から本当の美学を身に着けたナカムラ君 などなど。読後に、大学時代の友人に連絡したくなった。第8位 向田邦子全集・新版6・エッセイ二 眠る盃 8月以降、向田さんの著作を6冊読んだ。おそらく、今年、一番読んだ作家ということになろう。表現が巧みでユーモラス。主義主張があって、どんでん返しがあったりもするから、中毒になる。本全集の中では、「字のない葉書」や「父の風船」で厳しくも暖かい父親を描いている。来年も、向田さんの全集に手を伸ばすに違いない。第7位 NHK国際放送が選んだ日本の名作(朝井リョウ/小川洋子/角田光代/東直子ほか 双葉文庫) 人気作家たちの競作。白鳥に出合い、別れて孤独に戻る番人の寂しさがしみる「愛されすぎた白鳥(小川洋子)」や、母親からのプレゼントの鍋がアラジンの魔法のランプのごとく人生を切り拓く「鍋セット(角田光代)」、日記になって愛する人を見守り別れていく「日記(東直子)」などなど、ストーリーの妙にうならせられた。第6位 眠り人形(向田邦子著/ライオンブックス) 東芝日曜劇場の原作らしい。表題の「眠り人形」も、「当節結婚の条件」も、「花嫁」も、喧嘩をしたり、過去のわだかまりを抱えて駆け引きがあったりするけれど、やっぱり家族はいいな、と思える物語だ。但し、これから年頃を迎える娘を抱える父親としては、この先の振るまいに不安を覚えたのも事実・・・。第5位 父が子に語る昭和史(保坂正康著/ふたばらいふ新書) 昭和時代は、戦争、敗戦、占領、テロ、革命運動、飢えから飽食まで、あらゆる課題が網羅されている。だから、もっと謙虚に学び、現代に生かすべきだと思った。ちなみに、保坂正康さんはちょうど僕の父世代であり、まさに、父が息子である僕に語ってくれているようでもある。第4位 ウサギの不思議な生活(アン・マクブラド著/晶文社) 野生の穴ウサギを科学の目でみつめた本だが、ウサギの生活の不思議さと生存戦略が語られていて興味深い。我が家のモヒうさぎの行動に思いあたる節もたくさんあり、モヒうさぎさんへの理解も深まったところも嬉しい。第3位 除霊会の夜(浅田次郎著/朝日新聞出版) 僕にとっても、あの時こうしていたらという後悔や、申し訳ないことをしたという贖罪の意識がいくつかある。そして、会ってみたくなる人もいる。そんな思いに駆られた不思議な物語。強烈な印象が残る。第2位 作家と犬(押井守/米原万里/幸田文/田中小実昌/江國香織/鴨居羊子/吉本ばなな/管啓次郎ほか /平凡社) 無人島に一冊だけ本を持っていくなら、この本かもしれない。なぜなら、この本があれば、かつてともに過ごしたリキやんと一緒にいるような気分になれるから。いくつかのエピソードが、リキやんの思い出を想起させて、ともに並んで座っている気分になるのだ。第1位 生き物が老いるということ(稲垣栄洋著/中公新書クラレ) 自身の老いに向かい合うのは怖い。それでも、本書は、老いは人間が選んだ生存戦略であり、人間が獲得した特権であると主張する。経験をもとに生き方を示し、実りを残そう。何度でも読み返そう。そうすれば、老いを前向きに受け止める勇気が湧いてくる。来年も良い本をたくさん読むぞ!
2025.12.30
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僕は就職試験、とりわけ面接が滅法得意だった。というのは、20分やそこらなら、デキル(もしくはデキソウナ)雰囲気を醸し出すことが出来たからだ。実際には、オッチョコチョイだし、すぐに根をあげるしで、全然、デキルわけではないのだけれども。現代の就職試験は、インターンシップがあったり、SPIなる試験があったりで様変わりしていると思いきや、やはり面接重視で人物を評価するには無理があるようだ。本作は、そんな就職試験で人を判断できるのか、という疑問を投げかけている。そして、月に裏表があるように、誰もが人には知られたくない暗部を持っているが、それを知っても互いを認めあうことができるか、というところがモチーフになっている。最後まで犯人がわからずにハラハラ。そして、ラスト、一転して爽やかな気分になりました。
2025.12.29
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僕的には早い21日にとりかかったものの、ポストに投函できたのは26日。2026年の年賀状づくりは例年以上の激闘だった。まずは、例年どおりの印刷かすれ。続いて、替えのインクカートリッジが浮き上がるという、かつてないトラブルが発生。全6色を装着感のよいカートリッジに全取り換えしたものの、うち2色が目詰まりして出てこない。そこで、ダメ元で、水で湿らせた綿棒で、ノズル部分を擦るという一か八かの荒技まで繰り出した。さらに、ハガキを吸いこまない。プリンターを弄り、なだめすかして、ようやくオモテ面が印刷できるようになった。ここまで約3時間。そして、写真付きだから、1枚印刷するだけで1分以上。オモテ面全70枚を印刷するのに、約1時間30分。やれやれと安堵したのだったが・・・まさか、宛名面でさらなる試練が待ち構えているとは・・・ハガキソフトの住所録が保存されているのは、古いデスクトップPC(Win7)で、もはや無線Lanに繋がらないのだ。慌てて、プリンターケーブルを購入するも、それでも、デスクトップPCとプリンターが接続されず。コントロールパネルで、無線Lanがオンのままだったことに気づくまで約1時間。ようやく、宛名が出てきた時の喜びといったら!冷蔵庫から缶ビールを取り出して、エプソン君と乾杯したほどでした。エプソン君もタッタッタッと誇らしげな音を立てて、誇らしげでした。ありがとう、エプソン君!君の頑張りに答えるべく、即、深夜までかかってコメントを書き終えたのでした。ところが・・・。翌26日の朝、寝ぼけまなこでぼんやりとしていたので、年賀状投入口でないところにポストインしたような・・・。最後までバタバタの年賀状騒動でした、トホホ。僕の2026年賀状、元旦に届くかどうか!?作るのは面倒ではあるけれど、懐かしい面々から近況が届くのが楽しみ。ハガキで旧交を温める年賀状文化が続くといいなと思う。
2025.12.27
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僕自身、団地に住んだことはない。父と母は高根公団の団地に住んでいたのだが、僕が生まれるタイミングで勝田台のテラスハウスに引っ越したからだ。その高根公団が、本書では憧れの名団地として、ひばりが丘団地や常盤平団地などの有名どころと並んでフューチャーされているのだ。親戚が箱根駅伝に出場したかのような気分だろうか、ちょっと嬉しい。高根公団は、1961年(昭和36年)入居開始というが、父と母はいつから住んだのだろうか。1967年(昭和42年)くらいだろうか?田舎ではまだまだ竈や薪が活躍していた時代に、団地には電気・ガス・水道が完備。トイレは様式で、浴室まで付いているというのは、当時の最先端の設備だったらしい。入居抽選率は宝くじ並みともいうから、父と母も喜び勇んで越してきたに違いない。本書によれば、高根公団は、名建築家の津端修一さんが設計し、長大住宅とポイントハウスで丘の上のテラスハウスを取り囲む環境。地形や風土を踏まえた設計で、空が広く、まるで高原に住む感覚だと絶賛されている。父と母は、そのうち長大住宅に住んでいたらしい。狭いながらも庭つき2階建てのテラスハウスに憧憬を持ったのではあるまいか。それで、僕を育てる環境として、次はテラスハウスを求めたのではなかろうか。父と母は、賃貸の公団から、建売のテラスハウス、そして建売戸建て、さらに注文住宅へと住まいを移した。それは、塹壕を掘って陣地を固めながら、一歩一歩戦線を前進するかのようだ。堅実な父らしい。今度、帰省したら、父と母を誘って、高根公団に行ってみたくなった。
2025.12.22
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相当にリアルで際どい話である。と思っていたら、64ページに改心あるいは今後の決意が表明されている。ーありのままを書くつもりでいたのに、いつの間にか私はさみしさの漂ういいお話を紡いでいたような気がする。ー自分の人生を肯定したいからだ。―どんなに下衆な話でも、どんなにしょぼい話でも笑い飛ばし、無様な不都合を愛憎でなぎ倒してこその現実ではないか。そして、著者はグラスの炭酸水を一気に飲み干す。なんと男前な!ここから、さらにボルテージがあがるのである。ー禍福はあざなえる縄のごとしというが、親子は愛と憎をあざなった縄のようだ。ー愛も憎も量が多いほど、縄は太くなり、やがて綱の強度を持つようになるだろう。著者の親子も、父は娘に金銭的に寄生しようとし、一時、娘は絶縁寸前になるまで距離を取る。それでも、父娘はいつまでたっても父娘であり、家族なのだと思った。我が親子関係ー父と僕、あるいは僕と娘の関係は、著者とは大きく異なる。著者の場合、自己中心的な考えは、父親>>>>>>著者なのだが、僕の親子関係に置き換えれば、娘>>>>>僕>>>>父なのだ。著者が多くを父親に捧げているのを見るにつけ、見て見ぬふりをしている僕の心はかき乱される。それでも老いをはじめ、親子の愛憎は共通の部分もある。本書においても、参考になった部分について、記憶しておきたい。まず、老いが進んだ父親と僕の親子関係についてー世間が自分にジャストフィットするように作られているのが当然と勘違いし、テンポの異なる人々を態度で排除する。忙しさにかまけ、不遜な態度にさも理があるように振る舞う。また、僕自身のこれからについてー男はさ、弱みを見せたくないから、歳を取ると友達が減るんだよ。さらに、僕と娘との親子関係についてー(娘は)あまりにも多面体で、まるで五角形のサイコロのようだ。(僕は)そのうちの「父へ」という面でしか向き合ってもらえない。五角形のサイコロは不安定で、「父へ」の一面は都合の良い時にしか現れない。などなど。この先も模索していくしかあるまい。
2025.12.18
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高校時代、部活の合間に飲んんだグレープフルーツジュースは、なんであんなに美味しかったのだろう。ダイドーのグレープフルーツジュース100%。100%ジュースはまだ貴重で、瓶詰で200mlも入っていなかったのではないだろうか。熱く乾いた喉をあの酸味が流れていく時には、僕も周りの友達も最高の笑顔をしていたはずだ。この本で、果物屋さんのたつ子さんも言っている。「たべて、腐ったもののことは忘れちまいなさい。いまどきのグレープフルーツは、まったく目が覚めるような味がしますよ。」そして、みずみずしい香気とともに、食べた画学生は明るい霧のような笑みがひろがっていくのだった。この時期、おゆみ野の宅地には、蜜柑や夏みかんがそこかしこに実っている。冬の澄んだ青空と緑の葉と、橙や黄色の丸い実のコントラストを見ると、ほっこりする。柑橘系には人を元気にする力があるに違いない。丸い実からビタミンが周囲に拡散しているのではないだろうか。そんなわけで、この時期、柑橘系の実を求めて徘徊している。落ちた蜜柑を食べているヒヨドリのキーキーという声も、生命力にあふれていた。
2025.12.17
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今年の漢字に「熊」が選ばれた。アドベンチャーワールドの熊猫(ジャイアントパンダ)4匹の中国の返還もあるが、何より、日本各地で熊が人の生活圏に出没した驚きだろう。ツキノワグマのオスの行動圏は100~200平方キロメートルだという。これは、相当に広い。10~14km四方という広い範囲だから、一般の市がまるまる一つ入るくらいの大きさである。メスは少し行動範囲が狭いが、それでも50~100平方キロメートル。そして、ツキノワグマはメスのみで子育てをするので、エサが少ない年は我が子のためにオスを上回るほどの広範囲を移動するのだという。今年は、特にドングリが少ないのだとか。母熊も必死になっているに違いない。行動範囲が広いツキノワグマにとって、市街地が拡大した現在の環境で人間に出くわさないことは不可能に近いのではあるまいか。僕自身、かつて、北海道の渓流釣りで、爪で引っ掻かれたような樹木の傷と、掘り起こされた土。そして、その近くに大きな動物の足跡を見つけて戦慄した。ヒグマの恐怖に怯えながら、車に戻るまでの恐ろしさといったらなかった。また、日光山中で鹿をツキノワグマと見間違って、恥ずかしながら座りこんでしまったこともある。今年の熊の状況を見ていると、この先、登山や渓流釣りに行くのも躊躇してしまうかもしれない。
2025.12.15
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雨には負けるれす でも風には負けないれす霜降る冬にも 夏の暑さにも負けないれす丈夫な体を持ち 獣医さんの世話にはならぬれす甘えん坊でナデナデ好きナデナデしてもらうためには うたっち ゴロン なんでもござれなのれす一日にペレット十五グラムじゃ足りないれすチモシー まあ、お腹がすいたら食べるれすパパさんと同じ巣穴で暮らし朝陽がのぼれば起きろといい薄明薄暮(はくめいはくぼ)にニワンポし寝る前ナデナデするれすよ東に疲れているパパさんあれば 撫でろと額だし西にパソコンに向かうパパさんあれば つまらないから撫でろと言い日照りの時は テラコッタの上でゴロンして星降る夜は 白い尻尾をフリフリれすみんなに かわいいーーと呼ばれニワンポたっぷりナデナデたっぷりペレットたっぷりそういううさぎに わたしはなりたい。
2025.12.14
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ふたご座流星群が見られるチャンスと聞いて、うさんぽ中に夜空を見上げる。確かオリオン座の左側と聞いたので、そのあたりに目を凝らす。このあたりは、街灯も少なく結構な数の星を見ることが出来たが、なんだか、見える星の数が減ったような。大気汚染などの環境が急に変化したわけではあるまい。僕自身の視力が落ちているに違いない。「あーあー」落胆混じりのため息を吐き出すと、星空に向かって白い息が昇っていくのを眺めていた時、一筋の光の線が、向こうの家の後ろに落ちていったのである。一瞬ではあったが流れ星だ。願い事をする間もなかったけれど、確かに見た。さらに、二匹目のドジョウを待ったが、それっきり流星は現れなかった。我が家の南東面には、電線が複数本、架かっていて、夜空を眺めるには邪魔だなと思っていたが、よく見ると、架線越しにまたたく星たちは音符のようで、架線を跨いで前後に並ぶそのさまは楽譜のようではないか。今日の夜空は、どんな音楽になるのだろうか。今夜、青白い星たちが奏でるのは、澄んでいて流れるような旋律である気がする。 架線ごし またたく星を 眺めれば 夜空の音符 奏でる シンフォニー 夜空に見入る僕の足元で、モヒうさぎさんも夜空を見上げていた。月のないこの夜、モヒうさぎさんは夜空に何を見ているのだろう。
2025.12.13
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本との出会いは運命である。あの日、図書館に行かなかったら。図書館で動物書籍の企画展示がなかったら。この本に出合うことはできなかっただろう。たまたま通った、あの日、あのコーナーで、周りから浮き出るように、僕の目に留まった本。それが本書である。昭和の文豪から現代の人気作家が語る犬たちに、かつて僕が飼っていたリキやん(柴犬系雑種)の面影を重ねる。例えば、・公園のベンチに座り、肩を組んで夕日を眺めるくらいにでかくなった。(杉浦日向子/クロや)・相手によって、ウラ、オモテがある。/犬は、僕のことをはっきり犬だと思っている。(田中小実昌/犬の悪口)・短い尾をちぎれるほど振って喜ぶ。(山田風太郎/わが家の動物記)・たぶん、私よりずっと揺るぎない人生を持っている。(江國香織/雨はコーラがのめない)・ひとまず心配事は脇において、とにかく散歩いたしましょう。散歩が一番です。(小川洋子/とにかく散歩いたしましょう)・いつまでペラペラしゃべって遊んでるんですか!あなた!(鴨居羊子/海の散歩道)・帰るまでの途中で、何度も私の顔を見上げ、二人は同時にニーッと笑いあった。よかったねーと言い合った。(鴨居羊子/海の散歩道)・彼らがどんなに自分の動きに注意を払っているのかわかってびっくりした。(吉本ばなな/いつも見ている)・一緒に過ごした人間は時を経て変化するけれど、犬はいつも変わらない。(山本容子/芸術の神様)・私の家の庭へ入りもせず、ただ家の外をさまよっただけで、あきらめて神田へ行ったのである。(川端康成/愛犬家心得)などなど、枚挙にいとまがない。これらを読むたびに、目の前に在りし日のリキやんがはっきりと現れるのだ。また、リキやんの思い出は、僕の青春時代や家族の日常、故郷の風景と重なる。嬉しい時にはリキやんとはしゃぎ、苦しい時にはリキやんの隣に座った。家族はリキやんの話題で笑い、始終、窓の外の犬小屋を眺めた。そして、リキやんの好きだった公園や空き地、焼き鳥屋さん。当時の街並みが散歩中の夕暮れの中に蘇る。僕も実家の両親も時を経て変化したけれども、リキやんの思い出は家族が賑やかだった頃の記憶を呼び覚ますのだ。無人島に行くときに一冊だけ持っていく本は?という質問がある。これまでは、司馬遼太郎の「項羽と劉邦」(厳密に一冊なら下巻)と答えていたけれども、ちょっと迷う事態になった。菅啓次郎さんの詩のラスト。ーぼくはパピルスーー君の心にあってーーきみが忘れたすべてをーーぼくが覚えておくよー本書を持っていれば、無人島に行ってもリキやんと一緒だ。だから、真剣に悩んでいる。
2025.12.12
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野暮用が早く終わって空き時間ができた。折角なので、西葛西駅で途中下車して葛西臨海公園に向かってみる。駅から公園までは、2~3kmほどあるだろうか。それでも、公園から公園へ緑道がつながっていて気持ちがいい。おまけに途中に運河があったりで退屈しない。あっという間に到着した。前回来たのは、娘が小学校低学年の頃だっただろうか。大きなマグロのヌイグルミを両手で抱え、口を真一文字に結んだ娘の表情は、大物を釣り上げ得意げに魚をみせている漁師さんのようで、おかしかったことを覚えている。あれから、10年以上は経っている。あっという間である。久々に見たマグロは、記憶に比べて数が少なくて、泳ぐスピードも緩やかだった。記憶の中のマグロたちは、ビューンビューンと何かを追っかけているように全力で泳いでいたのだが、目の前にいるマグロたちは、池の錦鯉のようにゆったりと泳いでいるのだ。長い水族館生活で、そんなに無理しなくてもエサがもらえることを学んだのか?そういえば、大学1年次の一般教養・生物学の先生は、葛西臨海水族園の園長さんで、マグロを自然のままに泳がせる苦労を語っていた。先生は、今の水槽のマグロたちを見てどう思うだろうか。なんだか、現代のZ世代やちょっと前のゆとり世代を想起させる。水族館に来ると、釣り人の血が騒ぐ。釣りのターゲットとなる魚種の生態が気になってしかたない。シロギスは息で砂を吹いてエサを探しているようだとか、アナゴやギンポは穴の中に身を潜めてエサを待っているようだとか。また、マハゼは、底にはりついているだけでなく、杭や岸壁にも垂直にはりついてのを発見して、驚いたり。目だけを出しているマゴチの先に、エサをぶら下げて誘いたいとか、妄想が止まらない。そんな釣り人の気持ちをわかっているのか、キャットウォークがあって、水槽の上から釣り糸を垂れる気分も味わえる。と見ているうちに閉館の時間になってしまった。いくでも見ていられる。やっぱり、水族館は楽しいのだ。
2025.12.10
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副題には、ー人間社会のゆがみを描く現代版イソップ物語ーとある。たしかに、人間社会の問題を動物に託して語らせる手口は、イソップ物語風かもしれない。加えて、ピーターラビットで描かれたアナウサギの生き生きとした動きや、逞しさも随所に感じられるので、ー環境問題に仲間とともに立ち上がるピーターラビットーともいえそうだ。ピーターラビットの時代には保たれていた人間と自然・動物たちとの共存のバランスが崩れ、小さなアナウサギたちが、まとまって対処する物語。人間と同じようにアナウサギたちも、それぞれ価値観や主義・主張があり、目が離せなくなり、あっという間に読破してしまった。作中にあるように、アナウサギが放射能の問題やゴルフなど人間の趣味について、知識があるはずがない。それでも、モヒうさぎさんの深く澄んだ目を見ていると、何か、僕ら人間にはない英知や知識を持っているように思える。特に、捕食されるアナウサギだからこそ、僕らが見過ごしているような環境の変化にいち早く気づいていることもあるかもしれぬ。だから、本書でアナウサギ達が議論し、まとまって行動しても何ら驚かない。うさぎと暮らしたことがあれば、半分以上、信じてしまうのである。神が(あるいは誰かが)、人間の理性を信頼して与えてくれた能力を、人間は非理性的にもて遊びすぎているのかもしれない。アナウサギの故郷の自然破壊もしかりだ。アナウサギたちの抗議活動で、一度は頓挫したゴルフ場開発だったが、本書の最後で対策が強化され、環境への負荷も増した。クマ―ツァンの後を継ぎ、大統領となったシュトメルや、その妻・フリッタ、息子のベン、友達のブッツ、ヴァッケル、ブルータス、リューベツァール、ピフ、プフィのその後はどうなっただろうか。気になって、物語の舞台となったジルト島のことをインターネットで調べてみたが、アナウサギのことはわからなかった。心配である。
2025.12.08
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健康診断で要精密検査となり、MRI検査なるものを受けてきた。ベッドに仰向けになるや、円筒に覆われて閉じ込められる感覚。これって、どこかで体験したような?そう、かつて登山に夢中になっていたころの小さなテントーエアライズ2だ!そういえば、真冬の富士山五合目で、一畳半ほどのこの狭いテントで、ヘロシと二人過ごしたあの夜。急に息苦しくなって、テントから飛び出したんだっけ。あの苦しさはなんだったのか?気密性の高いテントでの酸欠か、はたまた閉所に閉じ込められた恐怖か。MRIの中で、あの時のように急に息苦しくなったりするのではないか。急に不安になってきた。幸い、あの日のテントとは違って、息苦しさは感じなかったけれど、別の存念が頭に涌きあがってきた。病床で体が動かず、意識だけがあるとこのような感覚になるのだろうか。さらに、棺桶の中で意識があったら、こんな景色になるのだろうか。もちろん、そんなことは想像だし、誰にもわかりっこないのだろうけれども、死生観について少し考えてしまった。55にもなると、若い頃には想像しなかったようなことに思いを馳せるのだ。30分後、円筒が開き、MRIが終わった。現実の世界に戻ってきたのだ。あの夜、富士山五合目のテントから飛びだした時、眼下の御殿場の町が、大きなスクリーンで映し出されたスターウォーズの一幕のように、嘘っぽいほど輝いていた。僕の人生、山頂―ピークは過ぎて、これからは下山だろう。でも、あの夜、見たような風景にまだまだ出会いたい。正直、まだ生きていたいと強く思った。
2025.12.06
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植物学者・稲垣栄洋さんの「雑草先生の短歌教室」を読んでいる。本の中で、短歌は、脳みそだけあればよくて、始めるのに何の準備もいらないと。また、通勤電車の中だとか、退屈な会議の最中でもどんな時間でもできると。ビジネスマンこそ短歌をというではないか。僕は単純なので、俄然、やる気になった。風景を眺めていると、いろいろな考えが浮かぶ。12月になって、温暖な千葉県ではようやく紅葉の本番である。そこで、安房もみじ 師走にようやく 青赤に 南国のサンタが やってきた稲垣さんは、凡庸な五七五に 凡庸な七七を並べてもいい。まずはやってみいというので、やってみた。さらに、うさぎと庭ンポをしている時。鮮やかなモミジの葉が庭に落ちていて、モヒうさぎさんの帽子にしたらと思った。ところが、モヒうさぎさん、「なんだ、なんだ」とばかりに頭を振ってモミジの帽子を脱ぎ(落とし)、あろうことか、クンクンした挙句、「食べるれす」とばかりにムシャムシャと食べてしまったのだ。広島県大久野島のウサギたちのドキュメンタリーである、「うさぎ島の晩秋」でも、うさぎ達は葉っぱを食べていたから、うさぎ達にとっては自然な食べ物なのかもしれない。ミネラル分もありそうだし。そんな光景を目の当たりにし、赤もみじ 帽子にどうぞと すすめたら クンクンムシャムシャ うさぎ食むなりお粗末さまでした。
2025.12.04
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モヒうさぎさんは、クンクンクンクンと僕の匂いを嗅ぐ。「パパさんのこと、もっと知りたいれす」とばかりに、ひっきりなしに匂いを嗅ぐ。僕だって、「モヒうさぎさんのことをもっとよく知りたいよ」とばかりに、モヒうさぎさんのことをクンクンクンと嗅いでみる。でも、なーんもわからない。ただただ、なにやらプゥーンと臭ってきた。「こりゃ、いけねー」ばかり、お尻のあたりを確認したら、少し毛が汚れていた。盲腸糞の上に座りこんでしまっただろう。もう、これは尻洗いせねば!尻洗いは終われども、肝心なモヒうさぎさんのことは相変わらずさっぱりわからない。不幸にして、人間の嗅覚は退化していて、おまけに僕は花粉症でもある。匂いでは、モヒうさぎさんのことを探れないのだ。そこで、本から学ぶことにした。根っからの文系の僕は、生物学の基礎知識はなく、専門用語を調べる覚悟もない。それでも、図書館で物色しているうちに、引き込まれた一冊の本。アン・マクブライドさんというイギリスの動物行動学者が書いた「ウサギの不思議な生活」という本だ。モヒうさぎさんの一族・ネザーランドドワーフ(カイウサギ)の野生種である穴ウサギを中心に話が展開するから、モヒうさぎさんをイメージしやすいのだ。そして、「モヒうさぎさんと同じ習性だー!」と思ったところに、付箋をつけていったところ、付箋だらけになってしまった。モヒうさぎさんは、野生の穴うさぎの習性をおおいに残しているのか!例えば、・前と同じ足跡を踏んでゆくほど保守的で、ひとつづきの踏み跡を残すこと、・草を食むのを小刻みに中段して、頭をもたげてあたりを見回ること、・寝床を汚さず、決まった場所をトイレとして使うほど家を誇りにすること、・(穴ウサギではなくヤブ野うさぎですが)ヒースロー空港で離着陸する飛行機と競争するように、自分とは別の早く動く物体に対抗して競争すること、などなど。モヒうさぎさんの日頃の行動を思い出し、ニヤニヤしてしまう。図書館の周りの人は気味悪かったかもしれない・・・。そして、爪切り以来、他のウサギさんと会ったことのないモヒうさぎの飼い主にとって、未知の領域が結婚と子育て。なんと、穴ウサギのオスの告白は、未来のお嫁さんのそばを通りすぎざまに、走りながら体の後部をひねって、お嫁さんにオシッコをお見舞いするのだとか。えっ、これって、庭んぽの時、いつもモヒうさぎさんが僕にお見舞いしているやつじゃないか!マーキングだと思っていたけど、告白していたのか!!「気持ちは嬉しいけど・・・」いつか、モヒうさぎさんには真摯に返答せねばなるまい。なお、穴ウサギのオスの睾丸は繁殖期以外は体の中にしまいこまれていて、繁殖期のみ最大3cm×0.8cmほどのモノがぶら下がってくるというではないか。いつもブラブラさせているモヒうさぎさんは、いいモノをお持ちなのかもしれない。生殖にかけては穴ウサギ界に入っても、やっていけるかもしれない。自信を持て、モヒさん。そして、穴ウサギの子育てにもびっくりした。穴ウサギのお母さんは、なんと一日のうちわずか0.1%の時間しか子育てしないというのだ。0.1%といえば、15分程度。人間の世界なら育児放棄で、児童相談所に通報されるだろう。ところが、これぞ弱者たるウサギの戦略。母ウサギは、うまく隠した子ウサギを置き去りにして、できるだけよりつかずに、捕食者たちの注意を巣穴に向けさせない戦略なのだとか。母ウサギだって、巣穴に帰って子ウサギに会いたいだろうに。迷いを断ち切って、巣穴を離れているだ。なんといじらしいのだろう。楽しい話だけではない。シリアスな話もあった。1953年にイギリスに持ち込まれた粘液種というウイルスで、穴ウサギの99.99%が死滅した事実。それでも、生き残ったわずか0.01%の穴ウサギには一生分の免疫がつき、胎盤を通して子ウサギたちにも、いくらかの免疫を伝えた。また、毒性の弱いウィルスほど、穴ウサギが死ぬ前に他の寄主(穴ウサギ)に乗り移り長生きするので、毒性に強いウイルスよりも優勢になった。さらに、ウイルスに耐性を持った穴ウサギが出現し、着実に生息数を回復した。ところが、問題は複雑で、継続している。イギリスでは、穴ウサギが、最も重要な「動物・草刈り機」の役割を果たしていて、穴うさぎの生息数が植物相や動物たちに多大な影響を与える。また、農業被害も甚大だというから、深刻なのだ。この秋、日本でもクマの被害が問題になっているが、かの国では穴ウサギが人間の脅威になっているのだ。穴ウサギは群居性の動物で、大きなウサギ穴には数十匹が集落を作って住んでいるという。我が家は、モヒうさぎさんを含めて4人家族。同じ巣穴の仲間として、これからもよろしく!図書館から帰ってきて、同じ巣穴の仲間としてモヒうさぎさんをナデナデした。
2025.12.02
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サラリーマンになって、「座持ち」という言葉を初めて知った。「座持ち」とは新明解国語辞典によれば、その場に集まった人々が退屈しないように、いろいろな人の興味を引くことをすること。また、その人。とある。Mさんは、そんな「座持ち」のいい人なので、一緒にいるとついつい飲んでしまう。先日も、Mさん起点のラーメン談義で、おおいに盛り上がった。Mさんによれば、世の中には「湯切り」なる技があるのだとか。名人のそれは、芸術の域だとか。カウンター越しに眺めるだけで、魅了だれるのだという。それから、「お腹ペコペコの時、盛りをどうします?」と問いかけて、皆が「そりゃ、大盛りでしょ」と答えると、待ってましたとばかり「並盛りです」「大盛りだと、麺とスープのバランスが崩れるんですよ」と。「並盛りで足りなかったら、もう一杯頼めばいいんです」とも。うーん、奥が深い!ラーメンにしても昆虫採集にしても、Mさんの趣味は徹底している。そして、共感してしまう。それは、他の人をアッといわせてやろうとか、自慢してやろうとか、そういった邪念がなく、自らが楽しむことに集中しているので、美しく高く響いてくるのだろう。着丼したラーメンに顔を近づけ、「うーん、いい顔してるな」とつぶやくMさんの姿が目に浮かぶ。ちなみに、Mさんが食べるラーメンは年間300食、ほぼ毎日ラーメンを食べていることになる、ラーメン大王だ。「食べなくて死ぬくらいだったら、食べて死ぬ方が後悔は少ない」との名言で、日々、ラーメン道に邁進していらっしゃる。これからも、楽しい話を聞かせていただけくことを期待してやまない。
2025.11.30
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いやはやすごい人もいたもんだ、と感心していたが、よくよく調べてみるとどうも架空の人物らしい。それでも、リアルに感じてしまうのは、歴史上の人物(安藤信正など)や出来事(安政の大獄や坂下門外の変)とリンクしているからだろう。それに、「パーソナル イズ ポリティカル」を体現し、こんな町奉行所同心がいてくれたら、と待望しているからだろう。万兵衛が町中で安藤信正とばったり出会った時の言葉が忘れられない。「どうやら、私はあそこにおわするあの家族のために働いておりますようで」「つまりあの家の者どもが不幸せになるような世の中であってはならぬーそれは、ほかの誰であろうと同じこと。ご奉公の大根の考えがそこから発しているようでございます」そんな万兵衛が仕事の犠牲で愛する家族を失い、悲劇的な最後を迎えることになる。舞台は坂下門外。安藤信正から賜った「雪の日や おれも人の子 樽拾い」と書かれた白絹を鮮血に染めて倒れるのである。時代の急激な変化に合わせて、尊王攘夷に変節しても、「パーソナル イズ ポリティカル」の精神を持ち続けていたことがせめてのもの救いであろうか。先日、映画で見た「室町無頼」を彷彿させる。本作も映画化されないだろうか。
2025.11.29
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本編の主人公・村井長頼は凡人かもしれない。それでも、時に失敗し、利家や秀吉、家康といった大物との自身の器量の違いを感じつつ、成長していく物語。自身の役割を意識して、全力を尽くす。現代のサラリーマンにも通じる物語ではないだろうか。通勤電車の中で読むと、職場に向かう足どりが軽くなる。そんな本である。副題の加賀百万石の礎のとおり、ハイライトはお松さま(利家の妻)を、お家存続のために、江戸に人質に出すシーンだろう。ただ、僕の心に残ったのは、主君・利家のいまわのきわに際し、自身の妻を立ち会わせるシーン。物語の冒頭に登場した女性を、物語後半(300ページあたり)まで引っ張って再登場させるとは。あっと驚く伏線回収に平伏いたしましたぞ、砂原殿。
2025.11.28
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幼少の頃より、真田びいきだった。上田城や松代城を訪れ、六文銭の旗も買ってもらった。当時は、真田昌幸・幸村がスターで、信幸(関ケ原の戦い後、信之に改名)への関心は低かった。ところが、この歳になると体制を守ることに苦心する信幸への興味が沸々と湧いてくるのである。歴史上のヒーローも、自身の年輪によって変化するのであろうか。信幸が93歳の長寿であったことを初めて知った。時代は既に、4代将軍家綱、下馬将軍・酒井忠清の治世である。近代でいえば、明治維新から大戦を経て、戦後まで見続けたようなものであろうか。お家騒動の収拾は最後の大仕事だったのかもしれぬ。守成の人・信幸の家と領地と領民を守るための攻防は、大坂の陣の幸村の活躍と同じように、ワクワクするのである。改めて、松代の町に行ってみたくなった。
2025.11.27
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娘が、いよいよ年明けに成人式を迎える。成人式当日は、早朝から、髪を整え、着付けをして、それはそれは大変らしい。まあ、今回は、写真撮影だけの成人式の前撮り。本番前のウォーミングアップ程度の軽い気持ちで同行したら、とんでもない。結構、大がかりでびっくりした。まずは、お化粧や髪のセットで、約1時間。そして、ようやく撮影だ。その撮影が凄かった!カメラマンさんと助手さんが、つきっきりで着物や髪の毛を直したり、ポーズをアドバイスしてくださる。ところどころで、「カワイー!」、「いいねー!」と合いの手が飛ぶ。さらに、傘をもってみたり、屏風をバックにしてみたり、背景が藤の花に変わってみたりで、娘本人もノリノリになってくるのだ。まるで、芸能人が写真集を出すような物々しさ。撮った写真の数、なんと約120枚!ここまでで、3時間半以上経過していた。最後に、写真選び。撮影した写真データは1枚8,000円也!! 但し、コースなら約120枚の全写真のデータと25枚を選んだアルバムがついてくるというが・・・。このコースのお値段は、16万円!!結構なお値段です。とはいえ、今や気持ちが乗っている娘に我慢せよとは言えず、お店の方の「だいたい皆さん、コースですね!」とニコッと営業されては断れず。まあ、娘が喜んでくれれば。それにしても、着物レンタル(着付け+成人式当日の髪型セット)が25万円くらいしていたから、合計40万円超か!このビジネスモデルの洗礼、前にもどこかで受けたような!?と考えていたら、思い出しました。大学受験に向けた塾の三者面談。あの時も、前のめりな塾の先生に乗せられた娘のやる気を見て、余計な講座を随分と申し込んだような。子育てには、結構なお金がかかりますねー。
2025.11.26
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冷たい雨があがり、太陽が眩しい。気持ちのよい朝だ。絶好の散歩日和だ。こうなるといてもたってもいられない。僕自身、前世は犬だったのではないかと思っている。だから、こんな日は、散歩を待ちきれない犬のように、尻尾を振るがごとく家を飛び出した。近くの泉谷公園は、思ったとおりの気持ち良さ。モミジが赤・黄・青のグラデーションに染まり、ヒマラヤスギが青空に向かってすくっと立っている。昨夜の雨の雫が、樹々の葉を濡らし、色めきを与えている。そんな風景にうっとりした僕は、あちらでパシャリ。こちらでパシャリ。犬がオシッコで縄張りを主張するかのごとく、スマホであちこちの風景をマーキングする。実際、泉谷公園は犬の散歩のメッカである。樹々にかこまれた芝生は、犬たちにとって社交場であり、公園でもある。この朝は、嬉しいことに、日本犬のサロンになっていて、柴犬さんと甲斐犬さんが5匹も大集合。嬉しそうに群れて遊んでいた。これは、犬人間としてはたまらない。僕も、さりげなく犬たちの群れに入っていく。犬たちは、クンクンクンと僕の匂いを嗅いで、やがて、僕に体当たりしてきたり、からみついたり。どうやら、群れの仲間として認めてくれたらしい。嬉しい!こちらも、アゴや頬をナデナデしてやり、顔を近づけてお返しにクンクンクンと匂いを嗅いでやる。楽しい!家に帰ると、今度は、待っていたモヒうさぎさんがクンクンしてくれる。もて期到来か!?犬にうさぎに大もてだ。ところが、洋服に犬の匂いや毛がついていたのかもしれない。モヒうさぎさん、目を大きく見開いて、足ダンをしてきたのである。「犬と遊んできたれすね(怒)」「モヒというものがありながら、あなたって人は(怒)」とでも、言いたげな表情である。モヒうさぎさんは、その後、うさんぽしてもなかなか機嫌を直してくれなかった。悪いことをしたかな、と思ったが、また、あの犬たちにあったら、きっとじゃれてしまうに違いない。浮気をする人の気分が少しわかった気がした。
2025.11.24
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浅田次郎さんは、夢を操れるというというようなことをエッセイに書いていた。眠る前にこんな夢をと念じれば、実際にその類の夢を見ることができるのだという。本作品も、そんな見たい夢から着想を得たのではないか。但し、本作品は、夢ではなく既に彷徨っている魂と対話するのだから只事ではない。本作品のテーマは、そんな贖罪を償って荷を下ろすことだが、一方のモチーフはなんだろうか?僕は、二つの話とも、高度経済成長のもたらして光と影なのだと解釈した。ひとつめの話のキヨの家族は、こうした影の犠牲になったが、二つ目の話の百合子は、影を乗り越え、かつ高度成長に置き去りにしてきた美徳を武器に逞しく生きていったのである。誰しも、あの時こうしていたらという後悔や、申し訳ないことをしたという贖罪の意識のひとつや二つはあるだろう。だから、本作品は、誰にとっても他人事ではない。本作品を読んで、思い浮かべる人がいるはずである。
2025.11.19
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「〇〇歳を過ぎたら好きなことをしなさい。好きなものを食べなさい」といった中年・高齢者向けの指南書をよく目にする。歳を経るごとに人間は我儘になる気がする。また、体力的にできることも限られてくるだろう。将来の展望も限らてきて、もうジタバタしてもどうしようもない。残りの人生、限られている中で、我慢して余計なことをしなくてもいいのだと思う。僕の場合、新型コロナウイルス対応で生活が大きく変わった。仕事の環境が変わったばかりでなく、マラソン大会や外食など外出の機会が激減した。一方で、外出しなくても、結構、楽しめることがあることを知った。amazonプライムやTverで映画やテレビを見ながら、コーヒーを飲む至福。ちょっとしたおつまみを手作りして宅飲みする缶チューハイ。周りを気にせず、「ウィー!」でも「うまっつ!」でも法悦の声をあげ放題だ。庭に出て、モヒうさぎさんと追いかけっこやダルマさんが転んだ遊び。モヒうさぎさんの生き生きした動きや表情を撮影して、ニンマリするという少々暗い趣味も覚えた。やりたいこと、楽しいことはたくさんあるのである。昨夜は、ベランダに出て月を眺めながら歯磨きをしてみた。ものすごくいい気持ちだった。幸せを感じた。幸せの青い鳥は、身近にあるものだ。これからも、自分の身近な幸せをみつけ、楽しもうと思っている。
2025.11.17
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