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長男がこの春小学校を卒業し、地元の中学に進学します。小学校の6年間とこれからの3年間の長さと重みは全く別物なのかもしれませんが、後に続く妹弟の参考事例になるべく親は帰が抜けないであろうと思います。長男は学習障害があります、当初自閉的な傾向と多動性障害のようなものが合併していてとにかく小学校低学年の頃は学校から何度も呼び出され、お友達に何かしたら誤るし、担任の先生にはお母さんがずっと着いていてほしいといわれ、生まれたての次男をオブって学校に出向きました。教室から飛び出したリ、教室の中をうろうろしたりその症状は普通ではなく、障害をもっているのか?と愕然としました。あらゆる機関に出向き、相談をして対処の仕方をアドバイスしてもらい、障害を緩和させていける方法を探っていきました。環境の変化があったことが彼にかなりのダメージを与え、父親も厳しいしつけをしてきたことも影響していると回りはかなり私たちを責めました。でも生まれながらにしてのしょうがいであるとわかったとき、ショックではありましたが、ちゃんと受け止めていこうという決意と少しほっとしたことを覚えています。多動は10歳を機に収まり、環境になじんだのが影響したのかあらゆる行事にも参加していけるようになり、学習発表会でもせりふはきちんと言うし傍から見たらあまり普通の子供と変わらなく見えました。でも残念ながら学習の遅れはなかなか取り戻せないので特別学級に行かざるをえないか?と夫婦で思い、周囲の機関もそれを勧めました。でもいざ見学に行ったらここは長男が行くところなのか?と母としての疑問が残りました。そしてできることなら地元で今まで通り環境をあまり変えずに地域の人とはぐくんで行かせたいと考え、地元の中学に挨拶に行きました。長男は友だちと大好きな先輩が通っているこの学校に入れてほしいとお願いしました。学校側はとても好意的で待っているから!といってくださいました。そして入学通知書が届き、あとは説明会に行って制服を準備してと着々と中学への道に近づいています。今まで回りの人にほとんどゆだねてきたことをしばらくは親としてやれることをきちんとしていってあげようと思いました。
2006年01月31日
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池田聡、中西圭三、そしてはじめて存在を知ったギタリストの赤碕郁洋のトリオライヴが札幌のクラップホールでありました。この日のチケットは電話しまくりでやっと手に入れたものなので4人の子供たちや実家の母にも拝み倒して行かせてもらいました。夫は昨日中に帰ってくるだろうと思われるくらいでどうでもなるというわけで、私が地味な路線をたどっていることにもさほど感心を示しません。でも永島敏行がテレビで出ているとテレビを消そうかア!なんて冗談言っては見てもちょっと気になるらしい。さてさて5時半の開演にぎりぎり行ったらもう長蛇の列、整理番号136番の私は後に追いやられました。周りは自分と同じ世代か上かな?と思われ、だいたいこの辺で彼のファン層もしぼられそう。一緒に並んでいた人たちは20年間彼を追っかけていたという熱烈ぶり。しばし忘れていた私はごめんなさいするしかなかった。でもライヴはその空白をしっかり埋めてくれました。池田聡も中西圭三も歌はまったく衰えていない。中西君ずいぶんふっくらして達磨サン状態。ファンが差し入れたダンボのぬいぐるみをえらく気に入って終始ご機嫌でした。懐かしいナンバーとコピー、そしてなんとモンキーマジックをアンコールでやってしまった。それも二回ものりのりで最後は総立ちになって。もしかしたらテレビやら大きいホールでやることはもうないのかも。でもこんな形でもファンが受け入れていってしっかり支えていっているのだから強いなーと思いました。たまたま隣になった奥さんと意気投合して帰りはアイスクリームバーに念願かなって行きました。リキュールをかけながらお変わりまでして池田ファンの思いを語りました。旦那さんがCDをかけたりファンクラブに入ることを許してくれないと嘆いていました。だから今後私が情報を提供することを約束してきました。過去の人だけどそれもまたいいのかも。私自身はなるべく過去の人にはなりたくないけど。
2006年01月30日
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今から20年程前スズキアルトという車のCMソングでずっとヒットを飛ばしていた池 田聡。結婚前まで東京厚生年金のコンサートなど足しげく通いました。でもこちらが子育 てに奔走している間彼の名前はメディアに載ることはなく、いったいどうしているの か・・・・とある日突然思い出してダメ元でネット検索したらなんと健在ではないです か!それもすっかりおじさんで(人のこと言えない)まだ独身らしく、地道にライヴ 活動をしていることを知りました。そして札幌にも年何回かはやってきていることも 分かり、すすきののベッシーホールでのコンサートについに行きました。ファンも健在、若 い世代も私と似た世代、それ以上と幅広く歌も昔より上手になっていてびっくり、こ ういう人が生き残っていけばいいのにとつくづく思いました。そして今日6時、同じ 場所で再び聞かせてもらいます。それもあの中西啓三ともうひとり知らない人と3人 でやるのです。元来私の好みの男性とは決して今の夫のタイプではなく、永島敏行を 筆頭にこの池田聡、稲垣潤一とお世辞にも顔がいいとは言えない人ばかりでボーっと した感じなのにちゃんと自分の信念を貫いて生きていく人なのです。池田聡の場合何 度とピアノのパートで雇ってほしいと思いました。伴奏のピアノの旋律は本当に美し く、心に染みる、今度のババールもそうなっていけばいいな。
2006年01月29日
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夫は本州に実家があり、数ヶ月に何回か里帰りします。普通は妻が里帰りするのがう ちは逆です。今日7時半に出発しました。 4歳年下の夫は音楽の世界でいうとエリートコースを歩いている人でした、だから両 親にしてみればこうやって妻の実家の方で仕事を見つけて来てしまうことを最初は都 落ちのように感じていたに違いありません。息子と母親の絆ってかなり堅いものと思 いますが、息子を音楽家にした母親はやっぱり格別の思いがあるはず。だからなにか にかこつけて実家に行っています。でも最近はいつ行くといわず突然行って1日で 帰ってくるパターンで両親もなんだ?という状態。でも遠く離れている息子に会える のは嬉しいことだろうと思います。 私と息子2人の場合はいったいどんなことになるのだろう。いずれは姑という立場に なるのか。。。と思うとなるべく個人個人で干渉しあわず、でも会ったらお嫁さんと は仲良くしたいし。。。なんて色々なことがよぎります。果たして息子たちにちゃん とお嫁さんが来るのだろうか。それよりちゃんとした大人になって行くのかがまず問 題だったりして。 夫のコピーのような顔立ちの長男はどんどん身長が伸び、かっこいい!と思いきやお 笑い系のキャラクターで将来は本当に寿司屋になるんか?と将来が危ぶまれる存在。 目下自分をバットマンの分身だとえらく勘違いしてなけなしのお小遣いで買ったコス チュームで夜はいかいするので危ない人だと間違われそう。夫と性格は正反対ですが きっと夫の隠れキャラなのでは?とひそかに思います。 そんなわけで今晩は一人でのんびり氷壁を見よう。でも明日は帰ってくるんだなー。
2006年01月28日
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朗読コンサートの日程が1つ決まりました。7月の終わりです。今日朗読を引き受けてく ださったアナウンサーと打ち合わせをして映像を取り入れべきかどうか迷いました。 読み聞かせと音楽であえて画像はなくて音から想像してもらうのもひとつのやり方か もしれません。 プーランクの譜読みをはじめました。「あらしのよるに」はNHKてれび絵本で放映さ れていたのですが音楽はそのために作曲されたものなので楽譜はなく、私が楽譜を DVDを聞きながら書き起すことに。準備は長く掛かりそうです。でも象のババールの 物語を子供に読んで聞かせてみてその音楽ととても一体化してるのを知り、楽しんで 勉強できそうです。ようやく子供のためにも音楽を楽しんで聞いてもらえる機会をあ げられることが出来そうです。でも自分のためにはやっぱりドビュッシーかな。そし てタイユフェールもまとめていつか紹介できたらいいと夢は膨らみます。
2006年01月27日
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子供のレッスンとは別に音大受験生のレッスンもやります。普通はソルフェージュだ けですが、管楽器の生徒などはピアノも見ます. 2時間ぼっちり付き合い、お互いに必死.晴れて合格してくれることをこちらも望むば かり.2月は本当に気合の入る月です。受験生が切実なのは勉強もさることながらレッ スン代の心配もある.普通は親が出してくれるだろうと思われるけど最近はバイトし て自分で払う子も。だから時々値切られることもあり.ついついおまけしてしまう.夫 は東京の感覚なので1回の値段がすごい.私はそれが1ヶ月分、じゃなきゃ生徒は逃げ ちゃうでしょう.世の中お金に翻弄されてる.レッスン代の値段で先生を選ぶ時代.そ の先生の価値はいったいなんだろう.でも自分の子供がもし音大に行きたいだのス ケート選手や医者になりたいなんていったらどうしよう.ピアノで生活できていける のかな?ほかに仕事できないからやっぱりこれしかない.世の中の親御さんたち子供 のために日々奔走ですね. 受験生諸君、もうすぐゴールだよ.
2006年01月26日
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生まれてまもなくカトリックの洗礼を受けています。これは自分の意志ではなく親が 二人とも信者であって当時は子供には必ず授けるという義務的なものがあったので しょう。でもそれがあって私がピアノへの道へと進み,学校もミッション系に進み,夫 も担当教授が熱心なカトリック信者で音楽とキリスト教との結びつきを説かれ、私と 出会って結局婚約と同時に洗礼を受け,4人の子供たちもやっぱり教会へ行くことにな りました。今日は月に一度ある乳幼児の親の集いという会に出席しました。私が通う教 会は今アメリカ人の神父様が主任を任され,それはそれはアクティブで豪快な説教で す。でも今日は母親の仕事がすべて祈りにつながっている,まさに祈りなのだといわれ ,出席しているお母さんたちはかなり日々の生活に追われる身ながら,救われたと思わ れます。母親の仕事をサラリーマンのお給料にたとえたら月30万ほどの価値があると 聞きます。やっていることが報われているなら無報酬でも救われているのでしょうね。
2006年01月25日
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長男が1年生になった頃からにわかに小さい生徒が増えてきました。それまでは高校に勤めていたこともあってもっぱら受験生のソルフェージュのレッスンに追われていましたが、子供のために始終歌って音を覚えたりリズムを打ったりしていくのもまんざらではない!と思い始めました。確かにはじめが肝心。高校生でソルフェージュを・・・といっても手遅れになっていることが多いわけでそれならもっと初期の頃から一緒に遊びながら音を覚える方が利口だろうと思います。日記にも書きつづけていますが我が子にも同じことを求めるのにはかなりエネルギーがあります。ピアノ弾きのこどももやっぱりピアノ。。。と思われることに子供にどれだけ気持ちの負担があるのか。。。とつくづく思います。今のところ本気でピアニストになるなんて言葉は4人からは聞きません。もっぱら魔法使いだのペットやだの車やだの空想の世界に浸っているものばかり。一人料理人になるとけっこう現実的な長男。本気だったらどんなにいいか。さっきピアノの生徒のお母さんから連絡があり,母がピアノの先生だから当然将来も音大目指す!と思っていた娘が突然ピアノを止めるとイッテイルといいました。ママのために今まで続けてきたけどもういい!といわれ,かなりショックな様子。親のために負担になっている子供が世の中にいるとしたら音楽は苦しいものになってしまう。改めて子供と音楽について考える日になりそう。
2006年01月24日
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何がきっかけでやったかは覚えていないのですが,エアロビをやっています。それも 月曜の10時半からのクラスしか参加できないのでこれを逃すと一週間全くいかれませ ん。そんなわけで今年は今日最初のレッスンを受けてきました。私が参加しているク ラスはスリムといって初級をちょっと卒業したところ。中級になるとおっかないおば さんたちがいっぱいいて後でこそこそ踊る感じになってしまうのですがこのクラスで は少し自信もって一番前でずうずうしくやっています。でも今日は久々だったから ハードだった。こんな母親から出てきた4人の子供もなぜか踊り好きで去年はぺコリ ナイトに明け暮れました。リズム感あって然り。音感あって然り。朝あのパパイヤ鈴 木がダンスの番組にでていて音感というのは自分ではないと思っても実際はあること が多いんだと言っていました。じゃあ逆だったらどうなんだ?世の中いわゆる音痴と いうか音程がなくて平気で歌っている人いるけど。とりあえず5歳の坊主も朝の連続 ドラマ風のハルカのテーマをいっちょまえに歌ってちゃんと音程取れているのを聞い てまあこんなもんかあと満足している自分はなんて欲がないんだろう。一人ぐらい音 楽家に育ってもいいんじゃない?といわれることのつらさ。ましてや男で演奏家にす るんだったら並みの神経ではいられない。変わり者の母と化し、日々特訓するのもこ ちらがつらい。音楽家はとかく変わり者と思われるからせめて普通でいたい部分があ ります。
2006年01月23日
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久々に晴れました。晴れると気温はなぜか下がり,顔はぴりぴり状態。次女はスキー 教室に行っているので真っ黒に日焼けしてはかわいそうと日焼け止めをべたべた塗っ て出しました。小学校でもスキー授業が始まり,スキーの板を学校に運んでやらなく てはならず,3人分担いでいきました。スキー板は私の頃と比べてどんどん形が変わっ ています。ほとんどスノーボードに近いデザインでさぞかしスピードが出そうです。 さて私の今年の演奏の予定は10月に夫とのデュオ、そしてついに朗読とピアノのコン サートが実現しそうです。去年フランス6人組の作品をやったときにタイユフェールの 作品を手がけたいと思いたったと同時に象のババールをやりたいと思いました。そし て演奏会の案内をする目的と一緒にあるアナウンサーに一緒にやれたらいいですね。 とラブコールを送ったところ,なんと先だって連絡があり,秋までならやれそうですと いわれました。ババールだけではなく,あらしの夜や北海道らしい出し物もできたら いいですねと構想は膨らみました。そんなわけでこれから会場をどこでやれるかをあ たらなくてはならず,手っ取り早く時計台か美術館をあたろうということになりまし た。どこで話が発展するか本当に世の中わからない。
2006年01月22日
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ガソリンスタンドの下宿が始まり、同じ学校のベルギー人のお友達が出来ました。ベルギー人はとにかく語学力があり,もちろん必死でオランダ語は勉強しましたが英語の方がらくなのでついつい会話はそっちに言ってしまいます。母国語がフランス語とオランダ語の2つを持つこの国の人々は他にも英語やドイツ語、スペイン語を勉強しています。オランダ語は世界では余り通用しないからECのお膝元であるこの国の人々は語学で勝負なのでしょう。でも音楽はいたってのんびりでまだチェルニー30番を弾いているありさま。でもやっぱりソルフェージュをしっかりやってるから表現力は日本人は真似できない。耳が多少出来ているとたかをくくっていた私がソルフェージュをうたう授業ではけちょんけちょん。絶対1年でなんとかしてやると試験前は必死。その甲斐あってか結果は最高位。目的はそれを演奏でいかに役立てるかの段階になりました。つづく
2006年01月21日
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留学が決まり,いざ部屋探しとなると候補の物件を一つ一つ見て確かめることになりました。大学でも寮生活だったので一人暮らしは初めてとあり,何をどうするのか検討もつかずに,回りました。たいてい物件にはベッドと家具がついているのであとはふとんやら細かいものをそろえればいいとのこと。大学から紹介された物件を回ってるところで住所がまちがっていたのか行き着いたところはモロッコ人のお宅。英語とささやかなフランス語で説明するとここではないということがわかり,連れて行かれたのがガソリンスタンド。その2階が実は下宿だったというわけ。ただ問題はお風呂もシャワーもない。ベルギー人は週に1回シャワーに入るだけの習慣だそうで,私としては困った。。。と思ったらさっきのモロッコ人の家族が入りに来ていいよといってくれ他のです。以後週3回洗濯物まで持ってそこのお宅にお邪魔するヘンな生活がスタートしました。つづく
2006年01月20日
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ベルギーでお世話になった日本人の先生はそれぞれベルギー在住10年ほどでもうすで に永住権を取っていました。そのうちの一人は日本人でありながらすでに英語で話す ことと書くほうが自然で私とのやり取りも日本人同士でもなぜか英語でした。彼女と は帰国後も新年の挨拶を欠かさず,今年もメールでgreetingがありました。そこでな んとなく例の,タイユフェールの楽譜のことを相談したらなんと3日後AIRMAILでその楽 譜のコピーが送られてきたではありませんか!もうびっくりでス。我が母校も捨てた モンじゃないとにわかに愛校心が湧き出しました。それと同時に私の英語の説明も ちゃんと通じたとほっとしたり。そんなわけでやっぱりタイユフェールの作品演奏会 をやろうと決意を新たにしました。パリ国立図書館なんてくそ食らえ。あるところに はあるのだ。ベルギーは今ごろやっぱり寒いのかな?私がいた時-20度を経験しまし た。札幌でも体験したことのない寒さ。雪のない寒さは格別でした。そんな寒い時期 にバーゲンセールに行く現地の人のようすは意気揚揚としていました。私も思わずダ ウンジャケット買ったし。帰国して数年たって友人の結婚式で再度訪れたときには母 親になっていたせいで目に付くものは悲しいかな子供服ばかり。キッドクールという お気に入りのブランドも出来、日本でも躍起になって探しました。でも数年後バブル の崩壊とともに日本を撤退しました。やっぱりベルギーは小さい国です。でもいいと ころが山積み。続く。
2006年01月19日
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もう10年以上前になってしまいますが,地元の高校に就職してから2年間休職してベルギーに留学していました。本来は演奏の勉強のためにさらに研鑚を積むことが多いのですが,私の場合は大学でソルフェージュを強烈に勉強したのでそれをなんとか自分の演奏に役立てて、さらには教えるときのベーシスとしていこうと思ったので,勤務途中でやっぱり行かせて下さいと願い出たわけです。なぜベルギー?ソルフェージュの発祥はフランスですが,それを隣国に徐々に広まったとされています。九州ほどの規模しかない小さな国で母国語も2つもある。。。,フランス語を勉強しなきゃ!と個人の先生についてやっていたらなんとフランス圏は年齢制限あり!ではオランダ語をどうやって勉強するんだ?とすったもんだしているうちにとりあえず英語でなんとかいける!とロータリー財団の奨学金を申請し、現地でみっちりオランダ語の修業に励みました。そんなわけでベルギーのそれも全く知らないルーバンという街のレメンスインスティテュートというカトリックの音楽大学に入れていただきました。ルーバンという街は日本でいえばつくばのような学園都市で世界中からルーバン大学に勉強にきていることを現地に行ってから知りました。でもレメンスは知名度が少なく,日本人は3人、日本人の先生も2人いらっしゃいました。続く。
2006年01月18日
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今日から3学期が始まりました。朝早く起きるのがつらいのは冬場かなり感じます。今日は最高気温がー6度だといわれ,外はぴりぴり状態です。去年は演奏でも身近な出来事も出会いと別れが混在しました。恩師や親しい友人が急に亡くなることもこの年になって経験しました。演奏の方はいつものドビュッシーのピアノ作品演奏会だけではなく,フランス6人組の作品を手がけるチャンスをいただき,それがきっかけでジェルメーヌ・タイユフェールの曲に魅せられ,片っ端から楽譜やCDを集めていきました。日本にない楽譜をフランスのパリ国立図書館に所蔵していることが分かり,問い合わせたところで彼女の孫娘が親権を握っていてコピーすることをなかなか許可してくれず,申請してからはや4ヶ月が過ぎてしまいました。著作権の侵害とよく聞きますが実際に曲が世界中に知れ渡って演奏されることこそ作曲家冥利につきるとおもうのですが融通が聞かないようです。タイユフェールのパストラーレ変イ長調の楽譜を奔走して探す日課が続きます。
2006年01月17日
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今日も雪です。明日からやっと3学期が始まるので子供たちは自由研究の仕上げに慌 てています。小学校の自由研究は手芸や工作がほとんどでしたが高学年になったら調 べ物になり,ほとんど親のための勉強そのものです。長男の宿題のおかげで地球の温 暖化や京都議定書のことなど今までよくわからなかったことを少し覚えました。そも そも音楽をやる人間はなんとなく片和な気がしています。バランスをとるためにやっ ているはずなのになにかに片寄りがちでいわゆる音楽人間、つまり趣味と実益が一緒 になってしまう人になっているのでしょう。学生の時、親しい友人は音楽以外のジャ ンルの人と付き合って結婚するコースをたどりました。私はなぜか狭い範囲でしか縁 がなく,ついにはピアノ同士ではたまた年下の彼と結婚というコースに行ってしまい ました。もっとも避けたいパターンでした。でも今の自分がこうやって仕事をして自 由に時間をやりくりして子育てする生活はサラリーマンの妻では出来なかったかもし れません。あちきち転勤して歩くたびにレッスンの生徒を手放し,いつのまにか音楽 から遠い生活を送る人もいるようです。やっぱり音楽をやっていることが生活のベー スなのでしょう。
2006年01月16日
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昨日から長女の友達が泊まりにきていました。彼女はなぜか男の子の友達が多くて兄弟も一緒になって遊びます。私自身が彼女の年齢だったころなんてとても考えられなかったことで親子でこんなにも性格が違うのかと感じます。子供には自分にないものが備わると思われ、逆に自分にあるものがないとどうしてなのかと不安になります。でも人間の機能はうまくできていてそれでバランスがとられているのでしょう。教会で神父様が人間には耳が2つ、口が1つ付いているのはなぜか?という話をされました。これは人の話を良く聞き、それから話すことが必要だからだという答えでした。なるほど。。。と納得。でも神父様はよくしゃべる。自己主張がはっきるしているからちゃんと伝わるのだと今日も思わざるを得ませんでした。
2006年01月15日
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今日は少し寒さが和らぐと思ったら相変わらず冷え込みます。でも私が小さい頃より 雪が少なくなってきている気がします。やっぱり温暖化の影響なのでしょうか。土曜 日は9時から生徒が来るので朝雪が積もっていたら雪かきを懸命にしなくては追いつ かないのですが、最近は毎日のようにやらなくてはならず夫と長男の仕事は続きま す。 最近音楽以外ではまっていることといえばキムポッシブルのグッズを集めることです。 私のためではなく次女のため。。。と称してYAHOOオークションに入札するのが日課 となりました。子供の服なんてすぐきれなくなるからあまりお金をかけないですむ方 法となるとこんなことをやっているのです。でもそれと同時にこの年でもかっこいい 女の子にあこがれるという経験が新鮮です。わたしの性格はおっとりであまり本音を 相手にしっかり伝えることが出来ず、あとでかなり後悔する事が多いです。音楽をや る人間としてはもっと主張をしっかりしなくてはならないのにと思う反面あまり個性 を強調しすぎる演奏も考え物かなー。でも自分の正直な気持ちをしっかり伝えたから こそ恋愛や結婚が成就して今の家族ができあがったのですからかつてはやるときは やったのかな。
2006年01月14日
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今日から日記をつけます。 子供たちがまだ冬休みなのですが、こちらはほとんど年中無休の状態、あまり関わっ てやれなかったのを気にかけて昨日は次女のピアノの練習に付き合いました。人様の 子供には一生懸命教えるのに自分の子にはだめだわーっと仲間うちではもっぱら悩み の種、御多分にもれず我が子にもなかなか手が回らない。でもとりあえずあーだ、 こーだといって自分の言った事が娘の手によって形になって行くのは嬉しいことで す。4人も子供がいれば誰かが後を継ぐであろうと思われがちですが、子供にしてみ れば人生は自分で選択してしかり。。。でしょう。でも音感があって左右ばらばらな ことができる、ましてや聞いた音楽をなんとなく弾けてしまうなんてことができるの はどんな人でもできたらいいなーと思うこと。子供ながらに少しそれがかなうのもま んざらではなさそうな我が子です。
2006年01月13日
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