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昨日行ってきました。教習所。9時~12時までの3時間やりました。おもしろかったです。1時間目は右回り、左回りと外周を走って、教習車(ブルトーザー)に慣れるという感じ。教習車の大きさというか、運転台の高さというか、トレーラに乗っていた経験からかそんなに違和感はなかった。2時間目は外周に加え交差点に入ったりしての右左折の仕方。3時間目は外周に交差点をやってバックでの車庫入れの練習。3時間通して注意されたのは「確認」の仕方。出発するときは5箇所の確認。「左ミラー」「左後方」「ルームミラー」「右ミラー」「右後方」。そして右のウインカーをあげて「右ミラー」「右後方」を確認して・・・。緊張しているところへもってきて、「出発する時はこう」「交差点右に曲がるときはこう」「左折のときはこう」と一気に言われても覚えられないつーの。必ず、一箇所ぬける。そしてその都度注意される。頭の中は確認のパターンでいっぱい。よく分かってもいないのに返事だけはする私。ま、教習所とはこんな所です。基本の基本を教えるところ。今日はお昼から3時間の予定です。昨日教わった「確認」をちゃんと整理して楽しんでこようと思ってます。
2006.02.28
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ブルーの気持ちもだいぶ癒えました。山田さんの事は一つの現実としてしっかり受け止め、また一歩づつ前へ歩いていこうと思ってます。昨日、中学の時の友達と会いました。ほんと久しぶりだったので昔話に花が咲き若かった頃を思い出すことが出来ました。10年近く会っていませんでした。その時私の病気の話もしたのですが、ものすごく親身になってくれました。しばらく会っていなかったのにやっぱり友達は友達ですね。「今年からはまたときどき会うようにしよう」と約束しました。そんな時を楽しみにしながら、一日一日を大切にして行こうと思いました。(気分転換でテンプレート変えてみました)
2006.02.27
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冷え込んだ朝でした。
2006.02.26
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昨日、コメントくださった皆さん、ありがとうございます。心がホッとしました。と言うのも、以前この日記にも書かせてもらった、入院時に大変お世話になった山田さんが、1週間前に亡くなられていました。知りませんでした。昨日思い出したかのように山田さんにメールを出したんです。「最近どー?」って。今朝PCを開くと返信がありました。それは山田さんの息子さんからでした。「14日の日から急変し、頑張ったのですが18日の朝亡くなりました。」と。身体が固まりました。ある日お見舞いに行ったとき、話しの前後は忘れたのですが、こんなことを言ってくれました。「北富さんは生きようと思ったでしょ、だから今生きてるんだよ!俺も生きるよ!」って。思ってもどうしようもできない現実というのもあるんですよね。これで入院時に仲良くしてもらった方がみんないなくなっちゃいました。入院していた頃の事を肴にしてお酒を飲もうと思っていた方がみんないなくなりました。さすがの私もブルーです。今日だけはブルーに浸らせてください。
2006.02.25
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なんか両足の付根が痛みます。きっとタイヤ交換の後遺症?立ったりしゃがんだり、タイヤを持ち上げたりして普段使わない筋肉を使ったのでしょう。たいした運動量でもないのにこうやって足の付根が痛むと言うことはまだまだ鍛え方が足りないと言うことでしょう。トレーニングセンターに通っているときは「自転車こぎ」を中心に筋トレのマシーンを一通りやってはいたのですが、それでは鍛えきれなかったのでしょうね。そのほかはどこも痛くないのでトレーニングセンターの効き目があったのかな。これから暖かくなってくるから、なるべく外に出て身体を動かそうと思います。そして少しでも病気をした以前の体力に近づけないと・・・。痛みを感じると言うことは「生きてる」ってことですよね。ある意味、感謝です。
2006.02.24
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昨日は結構暖かな富山でした。そんなことも手伝ってか私の頭の中はもう春になってます(年中春と言ううわさも・・・)。時間がたっぷりある私は思い切って乗用車のタイヤ交換をしました。毎年、3月の中ごろにするのですが、「今年(今シーズン)の雪は早く降り出したし、もう降らないだろう。」と勝手に決めつけ作業開始。スタッドレスだとやっぱり燃費が悪くなります。タダでさえガソリンが高いときですから・・・。2年前にホームセンターでコンプレッサーとインパクト(タイヤのボルトを締めたり緩めたりする手に持つ機械)を買いました。このインパクトの音がたまらなく好きなんです。「ドゥルルンドゥン」っていうのが・・・。気分はタイヤ職人です。これもまた嫁さんに内緒で買いました。「年に何回使うんか?」と叱られました。そうです。年に2回しか使いません。値段にして約3万円だったでしょうか。いいんです。これで楽しくタイヤ交換ができるのです。嫁さんの車の分も私がやっているんです。とりあえず私の車だけ交換しました。でもやっぱり体力がないせいか、ゆっくりやっていたのですが、結構疲れました。でも楽しかったです。嫁さんのは来月に入ってからまた楽しみながらやろうと思ってます。
2006.02.23
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昨日、自動車教習所へ行って予約をしてきました。今回は大型特殊を取ろうと思って。特に必要と言うことではないのですが、時間がたっぷりあるし、取っておいて損はないと思うし、新しいことをやってみたくて・・・。「今日からでもどうぞ!」と受付の方に言われたけどお金も持っていなかったし、予約だけのつもりでいたから「来週の月曜日から」ということで、書類に名前、住所などを書いて家に帰りました。久しぶりにあじわう「生徒」という感じ。今からちょっと緊張してます。「大型」「けん引」も持っているのでそんなに時間はかからないとの事。何日(何時間)かかるか分からないけど楽しみたいと思ってます。
2006.02.22
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昨日いつものトレーニングセンターへ行ってきました。昨日で通い始めて3ヶ月が経ちました。一番最初に行った時に体力測定をして散々の結果だったのがどう変わったかとみてみようとまた体力測定をしてみました。へこみました。全然変わっていませんでした。柔軟性、瞬発力、筋力、筋持久力、平衡性の体力年齢が70歳です。確かに3ヶ月通ったからといって毎日行っていたわけでもないし、年末年始もはさんでいたしで回数にしてちょうど20回。体力測定の結果はあくまでも数字。実生活では階段も手すりに頼らず昇り降りできるようにもなったし、少しは成果があったと思ってます。季節もだんだん暖かくなろうとしています。3月にはいれば会社(運送屋)にも顔を出して運転までしなくても積み込みのお手伝いなんかをして、以前の体力をとりもどせればと思ってます。よし!動こう!
2006.02.21
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カメラを触る様になって10年近くなるでしょうか?最初に感動したのは、バック(背景)がきれいにぼけている写真を撮れた時だったでしょうか。あと、シャッターを押すときの音がたまらなく好きになりました。どちらかと言うと私の場合、撮る物はなんでもよくあのシャッターの音が聞ければ最高!って感じです。時代は徐々にデジカメに変わりつつある頃、カメラもあまり触らなくなりました。新し物好きの私にとってデジカメは興味がなかったわけではなかったのですが、その時デジカメを買ったとしたら今まで揃えてきたレンズたちが無駄になると思ったのです。(とりあえずちっちゃなデジカメは持っていました)しばらくはデジカメに関する雑誌や記事などには近寄らないようにしてました。最近、このブログに関わるようになって綺麗な写真をみかけるようになりました。私の「ほしいほしい病」がうずきはじめました。遠ざかっていた雑誌を一冊かってみました。「ミノルタだと今までのレンズも使える」と言うことが分かりました。決心がつきました。もう頭の中はカメラ屋さんに走っていました。
2006.02.20
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'06/2/13この日は久々のいい天気でした。
2006.02.19
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天気がよく波の荒い日でした。
2006.02.18
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血液の数値も安定してきて4人部屋に移ることになりました。移った先の4人部屋は私にとってはラッキーでした。それは山田さん(仮名)がいたからです。山田さんは気さくな方で(48歳)、誰にでも声をかけてくれる人でした。今でもメールでのお付き合いをさせてもらっています。山田さん本人には申し訳ないですが、入退院を繰り返され、通算で3年近くはこの病棟にいます。ある意味長老なのです。だから病気とか薬の名前とかやたら詳しいのです。下手に看護師さんに聞くより山田さんに聞いたほうが早かったりすることもしばしば・・・。奥さんも明るい方で何かと気を使ってくれました。そんな感じで私たちの部屋は朝が来るとカーテンを開け切る部屋でなにかと会話がある明るい部屋でした。というのも別の部屋だとカーテンを閉め切ったまま4人それぞれが干渉することなくひっそりと過ごしている部屋もあったからです。確かに干渉したりされたりするのは煩わしいというのも分かります。でも朝になったらカーテンぐらい開けましょうよと私は思ったのですが・・・。
2006.02.17
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もう一つ見つけた違いは「花」なんです。私がいた南病棟はお見舞いなんかでの花束の持込は厳禁でした。理由は花粉。抵抗力の少ない患者さんが多いこの病棟では花粉も毒みたいなモノなのでしょう。そして北病棟はといえば普通にOK。ある日から北のナースセンターのカウンターに大きな籠に入った鉢植えの花が3つ置いてありました。花の名前は分かりませんが、いかにも高級そうな花でした。この花はどんな花かというとどこかの組の親分さんのお見舞いの花なんです。たくさんあって自分の病室には置けきれなくてナースセンターに置いてあるみたいな感じでした。面白かったのが、エレベーター係の人(子分さん)がいるんです。いつもエレベーターの前にいるんです。病棟の奥から親分さんや関係者の方の姿が見えるとエレベーターのボタンを押すんです。これも大変な仕事だなと思いました。
2006.02.16
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私が居たのは南病棟。血液関係の病棟です。隣にある北病棟はたぶん肝臓とかの内臓系の病棟です。面白い違いを見つけました。一つは食事に関して。南病棟の方全員ということはないと思うけど、特に食事の制限はなく(生ものはダメ)どちらかというと何でも食べなさい、飲みなさい見たいな感じでした。ある日談話室に居たら、北病棟の患者さんが(50代の男性)ジュースを飲んでいました(おいしそうに)。検査の順番が来たらしく担当の先生が探していて、「○○さんここにいたんだ、んっ!今何飲んでたの?看護師さんに言ってあるの?・・・」と結構きつく叱られていました。今から検査だからというのではなく、日ごろから摂取する量が計算されているみたいで、先生からの言いつけを破ったことに関して叱られていたみたいだ。おじさんは苦笑いであたまをかきながら先生に連れて行かれました。片方(私の場合)は、特に制限はなく「どんどん食べろ」と言われながら味覚障害でなかなか食べようとしない者もいれば、もう片方で、「一日にこれ以上はダメ」みたいに言われているにもかかわらず、それ以上に食べる(飲む)者もいる。この両者の相反する立場が面白いと思いました。
2006.02.15
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今日は月に一度の外来でした。普段特にすることのない私にとって今日みたいに予定の入っている日はなんか楽しい。どんなに待たされてもお昼には終わるので、待ち時間も楽しむようにしています。(人間ウオッチ)今日の採血もあっちを向いて採ってもらいました。 今日の値 正常値白血球 6.8 (4.0~9.0)赤血球 4.07 (4.1~5.3)血小板 134 (150~350)ヘモグロビン 11.7 (14.0~18.0)先月の値と比べてみてもそんなに変わりなく、先生からもOKを頂きました。先週の我が家を襲ったインフル君の影響か少し咳き込む私は風邪薬と咳止めの薬を出してもらいました。
2006.02.14
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前処置の影響だと思うのですが、手足の爪全部に段ができました。しばらくすると(1ヶ月~2ヶ月)剥がすこともできるのでしょうが、私は痛そうだったのでなるべく先っちょにくるまでは剥がしませんでした。本田美奈子さんははがした爪に絵を書いて(ネールアートみたいに)記念に残していたとか・・・。なるべく剥がさず普通に爪を切るようにしていたので、段がなくなるまでは半年ちょっとかかった様な気がします。それとヘルペスもなりました(水ぶくれの事)。それも上の唇の真ん中あたりに。軽い気持ちでつぶしたらだんだんひどくなり、一時はぐちゅぐちゅになって、歯を磨くときや顔を洗うときなどはしみたりするのでイヤでした。治るのに一ヶ月近くかかったような気がします。ヘルペスになったのは唇の一箇所だけでしたけど・・・。あとよく唇の皮がごわごわになって自分で剥がしてました。たまに失敗して血が出ていました。看護師さんから「なるべく触らないように・・」といわれていたのですが、なんか気になって気持ち悪いものだからついつい剥がしてました。
2006.02.13
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今、超ウキウキです!!頭の中で「何を撮ろうか、いつ撮ろうか、子供たちも撮らなきゃ!」といろんな事が高速回転してます。そんな頭の片隅に後ろめたい何かがいるのも事実なんですが、「これからはこのカメラでたくさんの想い出を残していくんだ!綺麗に残す為にも必要だったんだ!」と思うようにしました。(かなりムリヤリですが・・・)以前まで使っていた707です。これが一眼レフ機2代目となるのですが、最近では子供の行事以外は使わなくなってしまいました。最初の頃はどこに行くのも一緒で娘がまだ小さい頃のかわいい写真もこの707が撮ってくれました。
2006.02.12
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嫁さんに内緒で買っちゃいました。(かなり衝動買い!) αスイートデジタルなんか良さそうですよ。今は取説を何度も見たり、ちょっとイジってみたりしているところですが(こういうのもまた楽しかったりします)、今日からデジタル一眼レフ・デビューです。
2006.02.11
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移った先の個室の窓から見えるものとして私の大好きな飛行機が見えました。そのときの風向きによって違うのでしょうが山に向かって離陸したり、海の方を向いて離陸したり・・・。そんなに近くにあると言うわけではないのですがその姿を見ているだけで大満足でした。一度やってみたいと思っているのですが、天気のいい日になんか空港にいてただ飛行機を見ていたい。そして考える。「紙飛行機が飛ぶ(浮く)のはなんとなく分かる。でも何であの鉄の塊が飛ぶ(浮く)のか・・・?」詳しく説明されても私には理解できないと思いますが・・・。(予断ですが船も分かりません。木で出来た船が浮くのは分かるけど鉄で出来た船はどうして浮くのか?)話しがそれてしまいましたが、もう一つ私が楽しみにしていたものは救急のヘリコプターです。バタバタと音が近づいてきて慌てて窓に張り付くようにして上を見てヘリのおなかが見れたときにはガッツポーズです。アホです!こんなとき私の目は「少年の眼」になってます。(今年38歳になります)
2006.02.11
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私の入った個室は1日5000円ほどだったような気がします。もう一つ6000円の部屋もあって移る前に婦長さんに「どっちがいい?」と聞かれました。この二つの部屋の差は冷蔵庫がついているかいないか(たぶん)。迷わず「5000円の方でお願いします」と言いました。このときも病院の食事はとっていなく食べ物と言う食べ物は口にしていなかった。見かねた看護師さんが「食べないと治らないよ(味覚障害)!とにかくなんでもいいから食べなさい!!。最初は飴でもなめてみたら・・・」口の中のというか、舌べろのリハビリという感じでいろんな飴をなめていました。(なんとなく味は分かった)移った個室は無菌室とは反対のところにあって病院の駐車場が見える。テレビが面白くなかったりするとずっと外を見てました。駐車しようとしている車を見ては「うまい!!」とか「どんくさいな~」「おれだったら・・・」などといっては人間ウオッチを楽しんでいました。とにかく時間はたっぷりありました。
2006.02.10
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血液の数値もそこそこ落ち着いてきて無菌室を出ることになりました。次の部屋は普通の個室。4人部屋→無菌室→個室→4人部屋3回引越しをしたわけですけど、ベッドはそのままです。それと食事をするときのテーブルみたいなのもズーット同じでした。だから引越しをするときはそれらを台車代わりにしてそこに荷物をのせて移動してました。でこの個室はお金のかかる個室。ここに長居は出来ません。かといって2・3・日で「もう出ます」と自分で決めれるものではないのですが・・・。(無菌室も個室になるのですが治療費に含まれているとかで普通の個室みたいに別途請求はないとのこと)移った個室はちゃんと仕切りがしてあるトイレと洗面台があるだけの部屋でした。なかなか広くて居ごごちはいいのですが、頭の片隅にでもと言うか心の片隅に数字(料金)がぐるぐるしてました。(貧乏人のため)個室は2週間いただけでした。
2006.02.09
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昨年は多額のお金を病院に支払ったのでこんな時は申告するといくらか戻ってくると言うのを聞いたことがあったので1週間前からいろいろ準備してました。自分の分、嫁さんの分とかって小分けしてそれぞれに合計もだしたりして・・・。緊張しながら受付に行き申請の用紙をもらい、会場の中で書けとのこと。分からないところがあれば手を上げると相談員が来ますからそれに聞けということでした。適当な席に座り、用紙を広げてまず一読。見終わって速攻で手を上げました。(何からはじめればいいのかチンプンカンプン。)用紙の中にお手本みたいのがあるから、それを見てまずはやってみなさいとのこと。何度手を上げたでしょうか?時計は一時間近く経っていた。何度か見直しをして、これで最後だと思い手を上げました。相談員に最後のチェックをしてもらっているときに手にしたのは私の源泉表。その中に「源泉徴収税額」という項目があってそこが「ゼロ円」になっていました。「ここがゼロ円になっている為申告の必要はありません!」「じゃこのまま帰ってもいいんですか?」「はい。」隣のおじさんが笑ってました。私も笑っちゃいました。「何しに来たのだろう?」って。一生懸命準備して、いっぱい緊張して、いつもより綺麗に書いたのに・・・。むなしさと共に会場をあとにしました。知らないって事は損な事です。
2006.02.08
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度々の激励のお言葉ありがとうございます。おかげさまで下の子は復活しました。狭い家の中を飛び回っています。「フォ~、フォ~!」言いながら・・・。下手に寝込まれたり、病状が悪化したりするより、床に穴があくほど飛び回っている方がいいですよね!問題はおねーちゃん。寝込んでます。インフル君です。下の子と同様に3・4日で治ってくれればいいのですが・・・。ひとまず安静にしておきましょう。私はいたって元気です。一番やばそうなヤツなんですけどね。嫁さんもなんとか大丈夫みたいです。熱はでていないらしいです。今嫁さんに寝込まれると我が家は大変です。今朝から小児科へ行ったりその後の子供の世話。大変だったろうと思います。夕食の支度とか家事のことはそこそこにしてゆっくりとしてもらおうと思ってます。「元気なおまえは何してたんだ」と突っ込みの声が聞こえそうなんですが、今日は用事がありまして・・・。今考えると今日じゃなくてもよかったんですが、早く済ませようと思って税務署に行ってきました。前から今日行くと決めてたもので・・・。またこの税務署のことで面白いことがありました。あした書きます。
2006.02.07
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昨日の日記にたくさんの方からコメントいただきありがとうございました。下の子の内容にもかかわらず、私にまでご心配いただき感謝しています。さてそのインフルエンザ略してインフル君(名付けたのはかめこさん)、上の子にも手を出したみたいです。せきして熱出してます。これで今日はおねーちゃんも小児科行きです。たぶん間違いなくインフル君でしょう。昨夜は4人ともマスクをして寝ました。そしてウチの嫁さん。熱こそないもののせきしてます。インフル君予備軍でしょうか?私は今のところせきも熱もありません。(みなさんのおかげで・・・)家の中で2人が熱をだしたりして1人が予備軍。流行ってます。もう一つおまけに下の子の学年が今日から学級閉鎖だとか・・・。ちょっとビビッている北富さんでした。みなさんもお気を付けください。(ウチはみんなバ○だからインフル君とか風邪なんて関係ないと思っていたのにバ○なのは私だけってことなのでしょうか?)
2006.02.07
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下の子(小1)がインフルエンザにかかってしましました。土曜日あたりから様子がおかしいと思ってはいたのですが。今朝体温を計ると38・5度。学校お休み決定。嫁さんもお仕事お休み。即小児科へ・・・。(せきもしているのですが、見た目はわりと元気そうなんです)ウチはインフルエンザとかは無縁なんだと思っていたのですが(バ○だから)、下の子はそうじゃないみたいですね。お医者さんからは「タミフル」を貰ってきたとの事。「インフルエンザはなめたらイカン」と聞きます。最悪死にいたるとか・・・。ちゃんと看病して無事に治ってくれればと思ってます。
2006.02.06
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採血で針を刺される時ときとか、予防注射で刺される時ってその瞬間を見ている事って出来ますか?私はダメです。子供のときからダメです。必ずあっちの方を向いています。正直に言います。「怖いんです!」気の小さい男なんです。入院していた頃は2日に一度は刺されていたわけなんですけど、痛かった時と、痛くなかった時がありました。痛くなかったときは「エッ、いつ刺したの?」って感じで。こんな時は何か得をした感じでした。これって看護師さんの上手、下手とかあるのでしょうか。それともたまたま痛くなかっただけなのでしょうか?採血のときはいつも右手のひじの内側から採ってもらってました。一時その部分が青くなってました。現在は月に一度の外来です。採血、採尿、問診。今でもあっちを向いて採血してます。
2006.02.06
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雪はもういらないです。でも子供の頃は好きでした。遊び道具のひとつでした。あれは56豪雪のときだと思うのですが、学校へ行くとき玄関の戸を開けると背丈ぐらいまでに雪が積もっているのです。雪をかき分けて学校に行きました。(こんなのが何日かあったような)学校に着くと一時間目は授業をやめて除雪の時間になったりしてました。当然のごとく先生の目を盗んでは雪合戦のはじまりです。校門から給食のトラックが給食のコンテナを下ろす場所まで離れている為、トラックが通れるように除雪するのです。お昼に給食が間に合わないと大変です。真剣にやってました。雪合戦。ふと、幼い頃を思い出してしまいました。でもこの雪のおかげでたくさんの恩恵を受けていることも忘れてはいけないなとも思います。(確かに除雪とかは大変ですが・・・)ん~、大人になったな~。
2006.02.05
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これは今朝の一枚です。ほんのちょっとの時間でしたが太陽が顔をのぞかした時に撮りました。この後降ったりやんだりでした。せっかくドカッと積もる覚悟をしていたのにちょっと拍子ぬけしました。天気予報なんかで「降るよ降るよ!」といわれ実際には大したことがなかった。と言うのはよくある話なんですが、ありがたいです。こんな時は予報が大きく外れてくれくれた方が嬉しいです。県内のスキー場の関係者の方にとっても今年は十分に降っているのでもういらないでしょう。もう2・3回は大きな寒波が来ると思うのですが、今日みたいに積もらない程度にしてほしいナ!
2006.02.04
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今週末は大荒れと言うことで覚悟はしています。でこの写真は今日の午前中に私の部屋から撮ったものです。「ついに来たな」と思ったのですが、このあとはあんまり降らずに積もるという事はなかったです。でも寒かった。明日からかな?
2006.02.03
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毎週月・水・金が採血の日でした。朝の6時ごろに看護師さんが来て手際よく採っていかれました。その日のお昼ごろには結果が出てその数字を見ては一喜一憂するのです。「白血球が上がった、下がった」って。(白血球:○○○、好中球:○○○、赤血球:○○○、ヘモグロビン:○○○、血小板:○○○と書かれた紙をもらうのです)「正常値:4000~9000」白血球前処置したころ 1700移植して一週間後 05月~7月 ~4000(投与する薬によって上下が激しい)8月前半 2900 退院間近 5000~6000退院する前日(8/19)の検査では5300でした。この日は血液型検査もしてもらいO型からA型になったことを証明してもらいました。
2006.02.03
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移植をした病院の売店について。パンがおいしいと結構評判なんです。地元の小さなパン屋さんが作っているものらしいのですが・・・。お昼をすぎて買いに行くと一個もなかったりします。私がよく食べたのはチーズの粒が乗っかっている2個入りのパン。味覚が変わっているので変に味がついたのを食べるより食べやすかったです。4人部屋にいたときですが、お風呂のときに点滴をはずしてもらうわけですが、そのままお風呂に入らず、売店に行ったりしてました。売店は結構狭いんです。あの点滴の棒を連れて行くと一苦労するんです。お昼ごろに行くとただでさえ狭いのに入院患者さんや外来の患者さん、ドクターに看護師さんと店内はすしずめ状態。そんなときにあの点滴棒を連れていると邪魔なんです。でも車イスで買いに来られている人もいましたが・・・。入院中一番イヤな時間は食事の時間(味覚が変わっているので食べれない、食べたくない)。逆に楽しかったのは売店に行った時。たかがパン1個買うだけなんですが、ショッピングって楽しいですよね!(部屋から出るときはマスク着用です)
2006.02.02
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午前中は読書してました。「野村ノート」人生哲学でも学ぼうかと・・・。お昼からはトレーニングセンター(リハビリ)。そして今帰ってきて、パソコンの相手をしてる。この後は家族で夕食を楽しんで、その後一家団らんを楽しむ予定。しかしヤツらはいつもゲームばかりしている。挙句の果てにケンカ。そしてそれを止めるのに嫁さんの雷。そしてどっちかが泣く。そして寝る間際に宿題をするおねーちゃん。静かにコタツを囲み今日あった出来事なんかを聞いて笑ったりして10時ごろには寝る。ということを望んでいる私が悪い。無理だ。騒がしいのがウチの団らん模様。これはこれで幸せなことなんだと思う。感謝!
2006.02.01
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移植後1ヶ月ほど経った頃でしょうか、無菌室から出てもいい許可が出たのは。でもトイレとお風呂の時のみ。トイレもポータブルから卒業できたのは嬉しかった。だって同じ部屋にあるってなんかイヤじゃないですか。で、お風呂なんですが、これがまた大変。入る時と出たときが。首から点滴が通っているので看護師さんに、はずしてもらわなければいけません。そしてガーゼをあて水が入らないようにテープを貼ってもらうのですが、一部分がうなじあたりの中途半端に毛が生えているところにあたるため、どんなに上手に貼ってもいつも水が入っていました。でも点滴をはずしてもらったときのあの開放感はなんともいえない感じでした。寝るときもトイレの時もいつもあの点滴をぶら下げている棒がないんですから・・・。お風呂の時間は一人30分。テキパキと体と頭を洗って着替えを済まし、看護師さんを呼んで点滴をつないでもらう。お風呂はいつも午前中に入っていました。(男性は月、水、金)点滴をつないでもらった後はいつも寝ていた。このお風呂に入る行為がメチャメチャ疲れるんです。というのも体力がないため・・・。
2006.02.01
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