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神苦楽島(上)神苦楽島(下)読み終わってからもうだいぶと経つんだけど、僕をめちゃくちゃ興奮させてくれた本だし、やっぱ書いとかなきゃね。1年ほど前に『崇徳伝説殺人事件』を読んで一度は大嫌いになった光彦なんだけど、本屋さんの平台に積んであったこの本からオーラが立ち上ってて、読んじまったんよね(^^ゞでも、なんだね、光彦って、てゆうか内田康夫さんって神社とか天皇家とか神道が好きなんだろうな。今までにも、天皇がらみの歴史、斎王とか和宮とか崇徳天皇とか後鳥羽天皇とかの事をいっぱい教えてくれた。それに、巫女さんとか神主さんまで殺人事件の被害者にしちゃったりして、神罰が下らないかと心配しちゃうよ(^^ゞで、今回読んだ『神苦楽島(かぐらじま)(上・下巻)』なんだけど、今までに光彦に教えてもらった事の中でも、僕を一等夢中にさせてしまった「太陽の道」の事を教えてくれたんだ!「太陽の道」の事は、もう何回か書いてるんだけど、北緯34度32分上の東西のライン上の伊勢湾から淡路島までに、神社や遺跡がたくさんあるって事なんだ。今はやりのパワースポットもいっぱいある。本のストーリーは書けないけど「太陽の道」を上手に絡めてくれてるんよね(^^)もう読んでる途中から地図ばっか見てたよ。こりゃぁ、すげぇ!って、もう、わくわくしたな。これで、殺人事件さえ起こらなければ、もっと素敵な本になるのになぁ…。だけど、ミステリー作家が書く本なんだから仕方ないわな(^^ゞで、この本の冒頭でね、光彦が事件に関わる事になるエライ目に会うのが秋葉原なんだけどね、光彦が秋葉原に行った理由が面白いんよ。書かないけど…(^^ゞヒントは、光彦は秋葉原に何かを買いに行くんだけど、その何かとは今日日誰でも持ってるもんだけど母親の雪江未亡人の厳命によって今まで持てなかった物。分かる人には分かるだろうけど、いよいよ光彦もあれを持ったんだよ!(^。^)でね、この本を「太陽の道」の事を姉貴に話したら、ちょっと悔しい事を言われてしまったんだ。「太陽の道」の東の端は伊勢湾に浮かぶ神島と言う島なんだけど、その事を姉貴に言うと”神島って三島由紀夫の『潮騒』の舞台やった島とちょうのん?”って言われたんだ。『潮騒』は、僕も何十年か前に読んだと思うけど”へっ、そうなん?”って、びっくりしてしまった。 勢い込んで話した事なのに、聞いたほうが、よけいに知ってたりすると恥かしかったりするじゃない…(^_^;)”くっそう…(>_<)”と思って、すぐに『潮騒』を買ってきて読んだ。”三島由紀夫って、こんなほのぼの恋愛小説を書く人だったっけ!?”フセンも貼らずに、一気に読んでしまったよ。『潮騒』の舞台は歌島という島なんだけど、島名だけが違うだけで、神社や灯台や、登場する全てが位置関係も含めて、そっくり神島をモデルにしてるって事だった。でね、『神苦楽島』では「太陽の道」の事が語られてるので、「太陽の道」を初めて世に紹介した水谷慶一という人の事も書いてる。この水谷慶一さんは、30年前に「太陽の道」の事を精査してテレビ番組にしてしまったNHKプロデューサーなんだって。その水谷慶一さんが「太陽の道」の事を書いた『知られざる古代 謎の北緯三四度三二分をゆく』という本がある事が分かったのでネットで購入して読んだ。この本は四六判ハードカバーで324ページという、まぁ、普通の量の本なんだけど、読み終わるのに、めっちゃ時間がかかった。理解するのに何度も読み返す必要のある部分がいっぱいあったからなぁ。この本、もう驚くべき本でね、三島由紀夫が『潮騒』で書いた神島の事も、実際の取材と写真でいっぱい紹介してはった。神島の八代神社で行われるゲーター祭りの事なんか、びっくりした!これは、旅行案内に書いてある神島のゲーター祭りの解説↓元旦の未明に行われる八代神社の神事で、夜明け前にグミの木で太陽をかたどった直径2m程の白い輪(アワ)を島中の男たちが竹で刺し上げ、落とします。「天に二つの日輪なく、地に二皇あるときは世に災いを招く、若し日輪二つあるときは、神に誓って偽りの日輪は是の如く突き落とす」と、邪悪を払い、無事平穏な新しい年の日の出を迎える願いを込めた戦いの祭りです。 【県指定文化財】 ※昭和52年3月28日指定 これね、何がびっくりしたかというと「太陽の道」の東の端、伊勢湾の神島で太陽の祭りをやってるって事なんだ。この一点だけを取っても「太陽の道」の事を信じても良いと、僕なんかは思ってしまったな。だけど『潮騒』にも、この八代神社が出てきたのに、ゲーター祭りの事が書いてなかったのを不思議に思って、『潮騒』を読み返したら『潮騒』は春から秋にかけての物語だったので元旦の祭りであるゲーター祭りの事は書かれてなかったみたいだな。でも、この「太陽の道」、僕は今頃知ったんだけど、30年も前に紹介されてるわけで、古代史ファンならみんな知ってはるようなんだよね(^_^;)でね、ネット上には「レイライン」なんて名前でよく出て来る。でも「レイライン」なんて”光の線”やんか!(>_<)誰が、こんな名前をつけたのか知らないけど、これじゃぁ、この「太陽の道」の本質をちっとも表してないように思うんだけどな…。まっ、異常なほどの英語嫌いで、欧米嫌いで、キリスト教文明嫌いの僕だから、よけいに嫌な感じをもってしまうのかも知れないけど、あぁ、ヤダヤダ(>_<)情報を取るためにレイラインで検索したりもするけど、僕はレイラインなんてヤナ言葉は、この記事を最後に使わないようにしよぉっと!(^。^)
2010年05月31日
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最近、炭水化物ダイエットをしてるんだけど、がっつり食べたいって時にニッポンハムの中華名菜ってやつを食べてる。これね、あっと言う間にアツアツの中華が作れてね、美味しいんよ♪いろいろメニューがあるんだけど、特に好きなのが、この二つ↓玉ねぎがあればすぐできるニッポンハム 中華名菜 酢豚(2~3人前)玉ねぎがあればすぐできるニッポンハム 中華名菜 甘酢肉だんご(2~3人前)↑楽天って、何でも売ってるねんねぇ(^。^)この二品は玉ねぎとピーマンだけあれば、すぐに作れる。で、この「酢豚」の出来上がりがこんなの↓最近、中華名菜をしょっちゅう作るんだけど、これ、2~3人前なんよね。量が多いので、うちの深さ50mmの浅いフライパンではあおりにくいんだ。でね、ニトリで、確か480円ぐらいだったと思うけど深さ70mmの深い炒め鍋を見かけたものだから、”これ、中華名菜用にええやん”って思って買ったんよ!昔は中華鍋を持ってたんだけど、この鍋、厚さも1.5mmほどあるし、大きさも中華名菜用としちゃぁドンピシャで、めっちゃ気に入ってるんだ♪鍋の写真↓この中華名菜、野菜を切ってフライパンで炒めるだけなのに、めっちゃ美味しい中華を自分で作ったような気分になれるんだから、なんだか得したような気になるんだなぁ(^^♪
2010年05月30日
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ねこ2匹以上と暮らしてる人なら、ねこ2匹と川の字になって寝る事もあると思う。だけど、これ、経験ある人みんなそうだと思うけど、人間は川の字の真ん中の棒じゃなくて端の棒になるでしょ(^_^;)ああ!たまには川の字の真ん中の棒になりたいよう(>___
2010年05月28日
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3週間ほど前の事、体重計に乗ると58.6kgあったんだ(>_<)ちなみに、僕の標準体重は55kg。”これはヤバイ!””もうすぐ60kgやん!(>_<)”4年ほど前に60kgになった事があって、その時に炭水化物ダイエットをやって2カ月で10kg落として50kgにした事がある。で、今回も炭水化物ダイエットを始めた。このあいだ、三輪山に登った日の前日と当日は、山の中で倒れたらまずいので御飯を少し食べたけどね(^^ゞでね、ご存じのかたもいらっしゃると思うけど、僕は無類の牛丼ずきなんだ!この頃はドライブスルーが便利な「すき家」のテイクアウトがお気に入りなんだな(^^ゞで、炭水化物ダイエット中なので、すき家の牛丼を御飯抜きでフルコースで食べたりする。フルコースというのは、味噌汁、サラダ、おんたま、おしんこ、青ねぎ、のり、といったサイドメニューをいっぱい付けるんよ。やっぱ、栄養素は多種類摂ったほうが良いもんね♪で、メインメニューは『牛皿2倍盛』っちゅうのを注文する。これは牛丼の御飯抜きなんだけど、牛丼の御飯の上に乗ってる肉の部分が、並牛丼の2倍あるんだ。つまりね、御飯がないぶん、全体の量が少ないから、2倍盛ぐらいなかったら満腹には足らないんよね。で、すき家のテイクアウトメニューにはカロリーが書いてあるんだけど、そのカロリーの値を見て、これは凄い!って思ったんだ!ちょっと、その驚くべきカロリーの数字を見てやって!牛皿2倍盛……390kcal牛丼ミニ……501kcal牛丼を普段食べてる人には分かるだろうけど『牛丼ミニ』の量って、ほんとにちょっとしか無いんだ!『牛丼ミニ』では絶対に足らないもん!なのに、なのに、『牛丼ミニ』のカロリーは『牛皿2倍盛』のカロリーよりもはるかに高いんだ!これさぁ、御飯なんだよね!『牛丼ミニ』の、あのちょびっとの御飯で、カロリーがこんなエライ事になってしまうんだ(>_<)この事実を知って、僕、炭水化物ダイエットをする事に、めっちゃ意味を感じたんだ!こりゃぁ、頑張れるよ(^^)お腹がすいたら『肉』食っときゃ良いんだもんね!(^_-)-☆
2010年05月27日
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最近聞いた、ある本読みの人の言葉なんだけど「私は本を買わない」ってんよ。何故かというと、本は読めばそれで終わりで邪魔なだけだから、本は図書館で借りるか、人から借りて読むのだそうだ。なるほど、そういう人も居るだろうなぁ、って思った。だけど、僕には絶対に無理なんだ。読み終ったら、もう二度と開こうとしないようなそんな本なら、読むだけ人生の無駄遣いやないやろか?、みたいに思ってしまう…。僕の読んだ本は、たいがいフセンだらけになる。ちょっと気になる事が書いてあると、フセンを貼る。フセンを貼ってなくて、あとで気になった箇所を探そうとすると、分厚い本だったりしたらペラペラペラペラページをくって、めっちゃ大変やったりするんよね(^^ゞ外とかお風呂で読んでるときなんかはページの端を折りまくるし、そんな事、借りた本では出来ないもん。でも、読み終わった本はすぐに返してしまう人って、読んだ本の内容を全部覚えてるのだろうか?そんな事はあり得ないだろうから、忘れてしまっても平気なんだろうな。忘れてしまっても良い本なら、読まなきゃいいのに、なんて思ってしまう。僕の考え、変かなぁ…?でね、そんな事を考えてて思ったんだけど、僕の読み終わったフセンだらけの本は、僕だけの本なんだよね。フセンだらけの僕の本たちは、いつでもアクセス可能な僕の外部メモリーなんよ。本屋さんの棚にあるサラッピンの本なんかと違って、僕だけに付加価値のついた本なんだ!って、そんな事を書くつもりやなくて、最近読んだフセンだらけの本3冊と、フセンがひとつもついてない本1冊の事を書こうと思ってたのに、前置きが長くなってしまったので、書きたかった事はまた今度書こうっと(^_^;)
2010年05月26日
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庭木がめちゃくちゃ育って、枝葉がおもての道にがばがば出まくってるので、ばっさり切ってしまう事にした。おもての道から梯子を立てかけて、地上5mほどのところの枝をギーコギーコ切り落としてたんよ。そしたら、すぐ目と鼻の先にくまの顔があってびっくりした!びっくりしたけど、あわてて家からカメラを取って来て、写してあげた(^^)くまの奴、びっくりした顔をしてるけど、わざわざ庭の中から木に登って、僕をびっくりさせに来たのはくまのほうなのにね(^^ゞくまは僕が庭をいじってると必ずつきまとうんよ(^_^;)芝を刈ってると芝の中に身をひそめるし、危ないったらありゃしない(>___
2010年05月24日
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大神神社(おおみわじんじゃ)に参拝し、御神体の三輪山を登拝し、山の辺の道を北上して檜原神社へ参拝し、西へ下りホケノ山古墳に登り、箸墓古墳に手を合わせ、上ツ道を南下して大神神社まで帰った。スノボ3日分ぐらい、脚がガクガクになってしまった(^_^;)だけど行って良かった(^^♪このあいだ北緯34度32分『太陽の道』って記事を書いたんよね。北緯34度32分を通る東西のライン上に、神社や遺跡がたくさんある不思議の事なんだ。そしたら、ちょうど、その記事を書いた翌日にブロとものひさけいさんが三輪山に登拝されるって、コメントをくれて、もう羨ましくてしかたがなかったんだ。その、ひさけいさんの三輪山登拝の記事は→こちら。まず大神神社の黒い大鳥居の横の駐車場に車を停めた。ここの鳥居の外側に手洗いがあるので寄った。鳥居の外からは写真を撮るって決めてるんで写真を撮りたかった事もあったからね。だけど、この鳥居、超巨大すぎて、近くではとても写真にならないんだけど内側では写真を撮らないって決めてるんだからしかたがない。その後、大神神社の拝殿にお参りした。で、御朱印とお守りをいただいた。大神神社には御本殿が無くて三輪山自体が御神体という原初の神社の形態を残した神社なんだ。天孫降臨の時にはもう大神神社はあったみたいだから、多分日本一古い神社なんやろね。で、三輪山に登拝するには大神神社の摂社の狭井神社で申し込みをしなきゃいけないんよね。登拝の注意事項の説明をしていただきタスキを貸してくれる。タスキには鈴がついていて、涼やかな良い音がして、僕の持ってる熊除け鈴よりずっと良い音だったな。三輪山自体が御神体で”御神体の様子はあんまり吹聴しちゃぁいけない”みたいな事を聞いた事があるし、三輪山に何があるかは登ってみてください。で、三輪山の山頂は北緯34度32分のライン上、つまり「太陽の道」にあるわけで、「太陽の道」の中でも三輪山はやっぱ大物だったよ!三輪山を下山して、タスキを返してから山の辺の道を檜原神社へ向った。三輪山登拝で、かなり足を使ってしまってたみたいで、しんどかったよぉ(^_^;)檜原神社へは突然横手から入るみたいで参道もなにも通らずでびっくりしたよ。で、突然現れた檜原神社がキレイなのでびっくりした。なんか檜原神社って、寂れた神社だって勝手に決め付けてたんよ。というのが檜原神社には現在は本殿も拝殿も無いって聞いてたものだから、勝手に無人の神社を想像してたんだ。そしたら、境内はキレイに掃除されてるし、これまたこぎれいな授与所があった。そんなんで、急遽御朱印をもらう事にした(^^)大神神社では、非公開の「三輪鳥居」が檜原神社では見れるらしいので、それは楽しみにしてただけど、本殿も拝殿もないから、見れるも何も三輪鳥居に向って参拝するんよね。で、この檜原神社も見事に北緯34度32分のライン上なんだけど、ここが太陽の道として意味シンなんよ。ここは、宮中に祭ってあった天照大神を初めて宮中外に出して祭った所で、その後、倭姫が伊勢の斎宮跡に持って行ったんよね。だから檜原神社は元伊勢といわれてる。太陽神、天照大神が動いた道が「太陽の道」ってのも出来過ぎてる!余談なんだけど、檜原神社の前のお店でガラス瓶のラムネを売ってた。あんまり美味しくて珍しかったものだから、持ち帰りでもう1本買ったら瓶代を30円取られてしまった。つまり瓶は、回収してそのままラムネ工場で再利用されるから、持ち帰りだと瓶代がかかるんだって!今時”やるやん!”って思ったよ(^_-)ちゃんとビー玉が入ってるでしょ(^_-)-☆檜原神社を出て、「太陽の道」に沿って真西に下りて行った。正面に二上山が見えてた。トンボが写り込んでた。箸墓古墳の東のJR桜井線のすぐ東にある「ホケノ山古墳」に登った。ここは、実は抜群の場所なんよね!何が抜群って、まっ、次の2枚の写真を見てやって!東に三輪山が見事に見える。西には眼前に箸墓古墳が見える。しかも、この古墳、高さはわずか5mほどだと思うけど、登ってみれば高原の草原にいるみたいになって、三輪山や箸墓の全体を見渡せるんだから、めっちゃ気持ち良い!(^_-)で、このホケノ山古墳をどうして知ったかというとね、内田康夫さんの浅見光彦シリーズ『箸墓幻想』の主舞台がホケノ山古墳だったんだ。『箸墓幻想』が大好きだったから、前に来てみたら、こんなにごっつぅ良い感じの場所だったんだ(^_-)-☆それから箸墓古墳に行って参拝した。箸墓古墳の北西側にこんな石碑が立ってる。これ、何て書いてあるかを書きだすね。「大坂に継ぎ登れる石群らを手逓伝に越さば越しがてむかも」↑これは「日本書紀・巻第五・崇神天皇」の中の「四道将軍」に書いてある、箸墓古墳を造営する時の苦労を人々が詠んだ歌なのだそうだ。意味は「大坂山に人々が並んで登って、沢山の石を手渡しして、渡して行けば渡せるだろうかなあ」なんだけど、大坂山というのは穴虫峠のことで、近鉄南大阪線で奈良県から大阪府に入る峠の部分の事なんだ。つまりね、箸墓古墳を造営するための石を奈良盆地の西の端の穴虫峠から、東の端の箸墓古墳まで運ぶという訳の分からない事をやってるんよ。これね、実は穴虫峠も箸墓古墳もピンポイントで北緯34度32分上にあるんよ!どちらも見事に太陽の道の上にあるんだ!つまりね、箸墓を作るための石を、春分と秋分の日に太陽が沈む場所から採集して、奈良盆地を横断して運んだって事になるんだ。ほらっ!めっちゃイミシンでしょ(^_-)-☆その後は、古代の道「上ツ道」を大神神社まで帰った。上ツ道から「逆さ三輪山」を見れるポイントがあったよ♪大海人皇子が近江京から飛鳥まで剃髪して1日で逃げ切った事が永井路子さんの『茜さす』って小説の中で語られてる事に影響されて、僕、去年近江京のあった滋賀県大津から、飛鳥まで歩こうと計画してたんだけど、そのルートに、この上ツ道が入ってるんだ。で、そのほんの一部の箸墓古墳から大神神社まで今回歩いたんだけど、たった1kmなのに飽きてしまったし、しんどかった(>_<)大海人皇子が踏破した総距離は70kmぐらいはあったと思うから、僕にはとても無理だって事を思い知ったよ。それにしても三輪山に登った後、あっちゃこっちゃ歩くのは、きつかったなぁ!(>_<)でね、三輪山の下山途中にすれ違ったおじさんが、美味しいそうめん屋さんを教えてくれたんだ。『池利(いけり)』というお店で、量が多くて、おしゃれで美味しくて安かった!僕が食べたのは、確か「てんぷらつき三色そーめん」っちゅうやつだったと思うけど1000円しなくて、お腹いっぱいになったよ!場所は最初の写真の黒い大鳥居から北へ400mぐらい行った東側だよ(^^)その、そうめん屋さんを教えてくれたおじさんは気功をやってはるそうで、何度も三輪山に登ってはって、”かなりビリビリ来る”っておっしゃってらした。残念ながら、僕には、そういうビリビリみたいなのは何にも感じられなかった「太陽の道ツアー」だったけど、今、自分の中で一番盛り上がってる「太陽の道」を快晴の太陽の下で歩けて超満足だったよ(^^♪
2010年05月21日
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昨日の夕方、ねこのアニメがテレビに流れてたんだ。(土曜日・午後5時25分~30分・関西テレビ)ぼぅっと見てたんだけど、ねこがお姉さん(おばさんかも?)を見上げて「ささみ!ささみ!ささみ!ささみ!ささみ!ささみ!」って連呼してるんよね。で、お姉さんが、連呼するねこをジーっと睨みつけると、ねこは肩を落としてすごすごとカリカリ(ドライフード)の所に行って、カリカリカリカリとカリカリを食べてるんよ。もう、可笑しくって、笑い転げてしまったよ(爆)だって、うちのたまとおんなじやねんもん(^。^)たまの場合は「かにかま!かにかま!かにかま!かにかま!かにかま!かにかま!」って、際限なく叫び続けるんだけどね(笑)で、僕がかにかまをくれないって諦めがついたら、すごすごと去って行くんよ。で、しばらくすると餌場のほうからカリカリカリカリって、カリカリを食べてる音がしてくるんだ(^^ゞだけど、たまの場合は時々手をだすんよ。こんなふうに↓これ、スウェットだから、爪が引っ掛かってるだけなんだけど、地肌の時は痛くて、たまの暴力に屈してしまう僕なんだけどね(^_^;)でね、このねこのアニメのエンディングで、タイトルが『くるねこ』だと分かったので、YouTubeで探してみたらいっぱいあった。見てみたら、どれもこれもオモロイのなんのって、僕が知らなかっただけで、きっと猫飼いには超有名なアニメなんだろうなぁ…。
2010年05月16日
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昨日から、5月も半ばだというのに冬に逆戻りしたみたいに寒い!(>_
2010年05月14日
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テレ朝のドラマ『同窓会~ラブ・症候群』見てるんよね。番組ホームページはこちら。この春クール、僕の見れるドラマがほとんどなくて、こんな不倫ドラマなんか見たくもないと思いながら見はじめたんだ。だけど、こんなに自分に合ったドラマが消えちゃうと、テレビって媒体が僕に提供してくれる一番楽しみな物が無くなってしまったって事で、テレビその物の魅力がガタ落ちなんだよなぁ(>__
2010年05月13日
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遭遇ってのは嘘で、森上さんを待ち伏せしてたんだけどね(^^ゞ今日は、おととい書いた記事「『熊野古道をゆく』NHK街道てくてく旅。」 の森上亜希子さんが熊野古道歩く番組の3日なんよね。番組ホームページはこちらでね、今日はお昼前には『大鳥大社』の表の大鳥居の横で待ってた。どうして、ここで待ってたかっていうとね、ここは熊野古道が通っていて、しかも北緯34度32分なんだ。北緯34度32分ってのは「太陽の道」と言ってね、7日の記事「北緯34度32分『太陽の道』」 に書いたんだけど、東は伊勢湾手前の「斎宮跡」から、西は大阪湾手前の、ここ「大鳥大社」まで紀伊半島を東西に突っ切ってる不思議な道なんだ。ちゅう事で、「大鳥大社」前ってのは熊野古道と太陽の道がクロスする唯一のポイントなんだ!謂わば、このポイントって、今流行りのパワースポットとしても超一級のポイントやないやろか?って、僕なんかは思うんよね!(^_-)-☆だって太陽の道なんかパワースポットだらけだし、熊野古道沿いにも延喜式に記載されてる1000年以上の歴史のある神社がいっぱいあるもん。そう考えたらね、「大鳥大社」って神社はもっと格が高くても良いのになって思う(^_^;)↓はい!この写真が「熊野古道」と「太陽の道」のクロスポイントを森上さんが通過した時の証拠写真だよん(^^♪このあと、森上さんは屋台の出店をいっぱい楽しんでから大鳥大社に参拝されたみたいだ(^^)↓カステラを買い食いしてた(^^ゞ↓お参りをしに参道を入って行かはった。この日はね、通称「にいび」といってね、二日、十二日、二十二日の二の付く日に大鳥大社の境内で開かれる縁日の日だったんだ。偶然「にいび」の日にあたって、森上さんラッキーだったよなぁ(^^♪実は、日本の古本屋で注文した『知られざる古代・謎の北緯三四度三二分をゆく(水谷慶一著)』という本が、昨日届いたんよね。(「日本の古本屋」では、まだ何冊か売ってるよ)この本は30年前に、日本放送協会出版から出版された本なんだけど、著者の水谷さんが初めて大鳥大社を訪れた時の事を書いてはるんだけど大鳥大社についての面白い事が書いてあった。神社はすぐに見つかった。大きな石の鳥居から参道の奥に縁日の人出で賑わい、その雑踏の中でぼくは何度も人とぶつかった。あとで聞いたのだが、毎月二日、一二日、二二日と二のつく日に縁日がひらかれ、ちょうどその日にぼくはでくわしたのだった。森上さんが訊ねた今日も「にいび」だったし、30年前に水谷さんが訪れたときも「にいび」だったなんてね!だって「にいび」でなかったら、ほんとに静かで、全然違う大鳥大社で、そちらのほうが普通の大鳥大社なんだもんなぁ。上の事を書いてあるページには写真も載ってる↓この写真は、森上さんが入って行った表門じゃなくて大鳥大社の裏門のようなんだ。確認しようと思って裏門に行ってみた↓流石に30年の月日は隔世の感があって、道路は舗装されてないようだし、鳥居は建て替えられてるようだった。だけど神社の石組みの柵だけは当時と同じなのを確認出来て嬉しかったな(^^♪それと、この本に書いてある縁日の様子が面白いんだ♪↓鉄、包丁、大工道具などを売る金物屋が多いのも、いかにも中世以来、鍛冶の伝統のある堺の町にふさわしい。その他、ここには生活万般あらゆるものが出揃っていた。そのくせ、いわゆる縁日の風物としてよくあげられる綿菓子とか金魚すくいなどという店はすくない。そういえば近頃の東京の縁日は、すっかり趣味化してしまった。縁日はもはや日常の必需品を買いととのえる場所ではない。神社や寺にかわってデパートなどが音頭をとって縁日が開かれるという奇現象さえ起こっている。ここは、まだしも人々の生活に直結しているというたしかな実感があった。これね、今日初めて大鳥大社の「にいび」を見た僕には、水谷さんが30年前に見た風景そのものに見えたんだ。↓古道具↓衣類30年の歳月で、いろいろ変わってしまってたけど、ここの縁日の風景は少しも変わってないのかも知れなって思った。こんな縁日、僕は初めて見たもんな(^^ゞっと、忘れてたけど、この日の分のオンエアーは、明日5月13日(木曜日)の朝:8時~8時15分夜:7時45分~8時(再放送)
2010年05月12日
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だいぶと前から、いっぱい番宣が流れてたNHK・BS2の『熊野古道をゆく』がいよいよ今日から始まったよ♪この「街道てくてく旅」は3年ほど前に中山道をスピードスケートの勅使川原郁恵さんが歩いたのが最初だったんだけど、あの番組は岐阜や長野の僕の好きな場所がいっぱい出てきて、とっても楽しかった♪その後、いろんな人がいろんな街道を歩いたけど、やっぱ、あれだね、思い入れの無い土地を見続けるのって、興味が続かないんよね(>_
2010年05月10日
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ガレージ前の道路でくまと会った。しっぽちゃんになってる。猫は狭い溝が好き(^^)僕の足にキーック!ねっ、遊ぼ!ブロックに喧嘩を売ってみる。あっ、自転車が来る。自転車が通りすぎるあいだは少し緊張。
2010年05月08日
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約1年ぶりに内田康夫さんの浅見光彦シリーズの新作を買ってしまった(^^ゞ1年ほど前に『崇徳伝説殺人事件』を読んで光彦の事を大嫌いになってからは、もう一生浅見光彦シリーズを読む事はないと思ってたんだけど、本屋さんの平台に積んであった『神苦楽島(かぐらじま)上下巻』が僕を呼んでるようで、つい手に取ってしまったんだ。神苦楽島(上)神苦楽島(下)帯の「牛頭天王」の字、それとオープニングの「古事記」の一節。それにタイトルの「神苦楽島」。”こりゃぁ辛抱堪らんわぁ~っ!”で、読んで行くと面白いのなんのって、光彦シリーズの中で僕の一番になりそうだよ!でね、この本の事を書こうと思ってたんだけど、この本の中で重要な意味を持って登場する『太陽の道』の事が、今の僕の心を占領してしまっててね、先に『太陽の道』の事を書こうと思う。この『太陽の道』ってのは、写真家の小川光三さんが発見しはって、NHKプロデューサーの水谷慶一さんがそれをさらに確認して、番組まで作っちゃって有名らしいんよ。僕は全然知らなくて、確認すればするほどびっくりするような事実なんだ!で、『太陽の道』がどういうものかというと、北緯34度32分を通る東西のライン上に古代において重要な施設がいっぱい存在してるって事なんだ!ちょっと列記するね。・伊勢斎宮跡・箸墓古墳・聖徳太子御廟所・大鳥大社ちょっとネットを検索すると『太陽の道』についての情報がいっぱいあって、もう重要そうなものがいっぱいでぐちゃぐちゃなんだよね。で、一般に言われてる『太陽の道』は伊勢湾の神島から兵庫県の淡路島までらしい。面白いのがね桜井市の大神神社の御神体の三輪山もピンポイントでライン上で、その近くの檜原神社もライン上なんよ。『太陽の道』というのは東から昇り西に沈む太陽の道って意味だけど太陽神である天照大神の道って意味もあるんよね。でね「檜原神社」というのは、その昔、天照大神を宮中に祭るのは良くないって事になり、とりあえず祭った神社なんだ。その後、天照大神はお伊勢さんに遷るんだけど、伊勢での最初の場所は倭姫で有名な「斎宮跡」なんだ。ねっ、天照大神の道でしょ。で、西の端が「大鳥大社」なんだけど、ここは古代においては、あとは大阪湾に出るだけの西の端なんだ。伊勢湾から大阪湾まで続く『太陽の道』の東の端が「斎宮跡」で西の端が「大鳥大社」なんだ。「大鳥大社」は日本武尊の魂が白鳥になって飛来し、最後にたどりついた所ってんだけど、これも太陽が沈む西の端って事で、ここが最後の場所だったんじゃないだろか?まだ『太陽の道』の事を知って二日目なんだけど地図を見れば見るほど、いろんな妄想が広がって来る。だってさぁ、古代において緯度を正確にはかるすべなどあるはずないし、普通に考えても意味不明だもん!そりゃぁ、妄想、妄想って、妄想を楽しむしかないもんね(^^ゞあっ、緯度の「度」「分」と言ったって、どれぐらいの距離があるのか分からないから、この『太陽の道』ってのが、どの程度すごい事なのかイメージしにくいと思うから、ちょっと「度」「分」を距離に計算するね。地球の周囲360度が約4万kmだから1度は40000÷360=111km1度は60分だから1分は111÷60=1.85kmつまりさぁ四捨五入して北緯34度32分になる、北緯34度31分30秒から北緯34度32分30秒までの間の幅は、わずか1.85kmってわけなんよ。斎宮跡から大鳥大社まで直線距離で約110kmの間で南北の幅が1.85kmで収まってるってわけだ。でも地図で確認した物件はどれも、かなりピンポイントで1kmの誤差もなかったけどね。NHKで番組を制作された水谷さんの本を日本の古本屋で見つけて注文したところで、まだまだ知識が足りないんだけど書きたくてたまらなくなって書いちゃった(^^ゞウィキペデイアには所在地の緯度・経度が記されているので三か所ほど証拠を載せるね。この三つの物件だけ見ると、南北に最大で16秒しか離れてないしっ!ちなみに16秒は約500mだよ!大鳥大社所在地大阪府堺市西区鳳北町1-1-2位置北緯34度32分12.7秒東経135度27分38.7秒主祭神日本武尊大鳥連祖神社格等式内社(名神大)・和泉国一宮・官幣大社・別表神社本殿の様式大鳥造例祭8月13日 表・話・編・歴 斎宮跡(斎王の森史跡公園)(北緯34度32分28.3452秒東経136度37分0.6096秒(世界測地系))箸墓古墳箸墓古墳(北西方面から)位置北緯34度32分21.34秒東経135度50分28.42秒所在地奈良県桜井市箸中形状前方後円墳規模全長278m、高さ30m築造年代3世紀中頃被葬者倭迹迹日百襲姫命(宮内庁指定)、卑弥呼説あり出土品特殊器台形埴輪、壷形埴輪史跡指定宮内庁指定(倭迹迹日百襲媛命大市墓) 表・話・編・歴
2010年05月07日
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こたつに足だけ入れてクッションにもたれて本を読んでたらくまがお腹の上で寝ちゃったんよ。本を読み出したら、僕はほとんど動かないのでくまが寝床にするには具合が良いんだろうけど、お腹にくまに乗られると腰が辛いんよ(>___
2010年05月06日
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猫のご飯のカリカリ(ドライフード)って、長年おんなじのをあげてると、猫って飽きて来るのかあんまり喜ばなくなるでしょ!でも、違うのを買っても、全く食べてくれないかもしれないと思って、なかなか新しいのって買うのに勇気がいるじゃん。で、うちのくまたまは、どっちもカツオ味でなきゃ食べないんよ。このあいだ、ナフコってホームセンターに行ったときに、ナフコブランドのカツオ味のカリカリが、めっちゃ安くて売ってたんだ。で、あまりの安さに、食べてくれなくても良いや!って思い切って買ってきた。これ↓そして主食として与えてみた。そしたらまぁ、上の写真のように、まるでオヤツを食べるようにガツガツ食べてくれたんだ(^^♪猫飼いには分かると思うけど、嬉しかったなぁ(^^)
2010年05月05日
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先週、堺の宿院に居てるときに、「方違神社」ってのが近くにあるんじゃないかとカーナビに入れてみたら、めちゃ近かったのでお参りしてきた。方違神社って、昔から何百回と耳にしてるのに行った事がないし、ちゃんとは何処にあるのか知らなかった。多分、読み方が独特だから耳にするたびに気になってたんだと思う。で、お参りしてみたら、とっても立派な神社だった。本殿も拝殿も立派だったんだけど、鉄筋コンクリートの大きな社務所が目立ってしまって、本殿の作りもどんなだったか忘れてしまった(^_^;)御朱印帳を持ってたので、授与所で御朱印をいただこうと思ったら、その鉄筋コンクリートの社務所の中に案内された。社務所の中のホールには、郵便局や役所みたく記入机と書類とペン立てにボールペンが立ってた。希望の祈祷によって書類に記入して提出するようになってるみたいだった。で、御朱印をお願いしたら、待合室で待つように言われた。ホールの横に広い待合室が在って、御祈祷待ちの人が10人ほど居らっしゃった。なんか、びっくりしちゃったよ(^^ゞ目の前で書いてほしかったな…。僕は鳥居をくぐってからは写真を撮らない事にしてるので、外から撮ろうと思ってたんだけど車だから撮るの忘れて帰ってしまったんよね(>_<)そんなだから、もらった御朱印だけ載せておくね(^^)境内を歩いてたら「三国丘」って彫ってある石碑があった。”あれっ?ここは三国ケ丘だっけ?”って思った。だってJRと南海高野線の三国ケ丘駅は、ちょっと違う場所なんだ。で、神社の由緒書きを見ると面白い事が分かった。ちょっと転載するね。 当神社奉斎地は昔、百舌鳥耳原又は石津原と称し、摂津住吉郡・河内丹治比郡・和泉大鳥郡の三国の境界なる故に三国丘と呼ばれ、何処の国にも属さない、方位の無い清地であるとされてきました。へぇ~!(@_@)って思った。大阪府は旧国名で摂津国、河内国、和泉国の三国なんよね。その三国の接点、いわば三角点みたいな土地だってんよね。で、何処の国にも属さない、方位の無い清地なんだって!だから方違神社だったんだ!で、神社に近付いて行ったときにカーナビで分かってたんだけど、方違神社に隣接して反正(はんぜい)天皇陵がある。神社の境内の際まで前方後円墳のお堀があった。神社から見えるのは後円部だけだけど、大きい古墳だったよ。天皇陵が、こんな風にポコポコあるこの地方って、考えてみると凄い土地がらだと思った。で、反正天皇ってどんな人なんだろう?って思って調べてみた。この人、16代仁徳天皇の子で、17代履中天皇の弟で19代允恭天皇の兄で18代天皇なのだそうだ。だけど「反正」って、正しい事の反対みたいで、なんか酷い名前って気がするよね(^_^;)たった5年しか在位してなくて60歳の若さで崩御されたそうだ。そんなだから、その治世期間に何をやったかはあんまり分からないらしい。だけど、なんでも、歯並びの美しいイケメンだったらしい。って、そんなんどうでもええわ!って思った(^^ゞだけどね、この人、淡路島生まれなんだって!淡路島ってとこが、日本の国の成り立ちにとって、とっても重要な所だって事を最近いろいろ耳にしててね、この反正天皇が淡路島の人って話は、興味津々だったな(^^)
2010年05月03日
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