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車の、保険の代金を、パチンコや、さんで、待ち合わせて、払ってきた。いろいろ、話していると、世間は、狭いという、ことを、感じた。少し、前に務めていた会社の社長のうちに、いっているという、そのきっかけは、高校の、クラブの、OB会で、後輩が、仕事を、探しているというので、その頃、勤めていた、所を、紹介したのだが、更に、裏の、経営コンサルタント、方に、も、紹介して。廻りまわって、今日あった、後輩の、保険やさんが、その社長を、担当しているという、『も一歩、前え』もし、後輩の彼が、もっと、その社長と、踏み込んで、付き合ったら、わかって意図でしょうに、まあ、それでも、ちょっと役に立っていてよかったという話で、さあ、仕事に行こう、
2004.11.17
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その師匠は、今度は、沖縄に、移り住むから、と、のたまった。話せば長くなるが、その師匠と、はじめてお会いしたのは、かれこれ、5年以上にもなる、昔である。こんど、タイに遊びに行くからというので、知り合いの唯一の国会議員秘書(当時は、私設秘書、今は、落ちたからただの人?)に、特別、タイで、大きく会社を、やっているという、その会社の、人を、紹介してもらった。そのように、はなっから、私のタイ行きは、怪しい、思惑があったようなたびであったが。何とか、お会いできた、その会社は、今はなくなっているが、バンコックの日本航空と同じビルに在った。Yさんという方で、タイ語ペラペラ、永く旅を、して、この会社に拾われたような話であった。忙しいそうなので、私も、其処に、長居しては、と思い、ちょうど、Yさんのところに遊びにきていた、Sさんに、誘われて、近くの、日本食の居酒屋さんに、ごいっしょしたのであった。どういうわけか、そこの、居酒屋さんの店主と、意気投合して、その後、其処を、タイ旅行のたびに、訪れるように、なっていました。そこは、三井銀行の裏手にあるお店で、結構、当時としては、流行っているように思いました。そして、その後、そのお店のマスターに、誘われて、今の師匠のお店に、行くようになったのである。そこは、パッポンと、タニアのちょうど中間にあって、そこには、シーロムでお店を、構えている、旅行代理店の方や、たぶん、もっといろんな人が、出入りしたと思う。月刊文芸春秋 去年の7月号?昭和天皇「謝罪詔勅草稿」の発見, 加藤恭子/著, 文芸春秋, のちに、1冊の本になっているその内容のことについて、話したら、ずっと、東京裁判についても、タイの置ける、米軍の反撃が、ソンクラーンからあったこと、そして、日本人が、捕虜になって、カンチャブリに、収容されていたということなど、初めて聞くことも多かった。結局、そんな話を、田舎でしても、返事返ってこないから、マスターが、特別なのかもしれませんが。アジアに出て、忌憚なく、話ができる人を、見つけたのでしょうか。帰りに、残りの本を、読んでいると、日本の、金型技術が、どんどん中国に盗まれていて、大田の、町工場の、技術者の、仕事がなくなったという話も、出ていた、そういえば、サリカコーヒーの、路地の置くのお店で、よく、話を、させてもらった方も、豊田市から来ているという、金型の技術者だったでしょうか。太平洋戦争についても、詳しかった。参考のホームページ ?門外漢の政治経済学…海運はアジア任せになるのか…http://www.randdmanagement.com/c_econom/ec_092.htmほとんど、アジアの、風に吹かれての内容では、なったかもしれませんが、ひろい 意味で、アジアに行って、外国で、がんばっている日本人に会うのも、いいかなって、思います。今回、私の場合は、向こうから来てもらったようなものですが。本当は、姪御さんの結婚式で、来られたそうですが。おまけ、マスターの話で、「中国に出て行った、企業も、(多分、中小企業のことだと思いますが、)100社出て行って、本当に、成功しているのは、ほんの2,3社だという、あとの、20%くらいが、何とかいられる、あとは、日本に、帰っている」だよと、そこで、伺ったり、いっしょに話した、10分の1も、書けませんが、言葉ができて、パタヤの、オープンバーで、いろんな、外人と話ができれば、また違う、タイも、あったでしょうが。私にとって、「日本人が、海外に住む方法」とか、「華僑といわれている、中国系タイ人って、どんな方法で、タイにきて、広がっていったのかとか、」少し興味がある問題で、それが、何とかクリアーできれば、海外で、旅ではなく、住みたいかな。それと、結構、曲りなりに(一応、5年以上同じ方と)、タイ人のお姉ちゃんと、付き合っていても、ある、物足りなさが、共通してあるだよなあ。さあ、これで、友人と、お会いする項は、一応完で、来週からは、日本で、パソコンやさんと、仕事というテーマで、動ければいいかなあと思います、最後まで読んでくれてありがとうございます。さいごに、恐れ多いことでは在りますが、昭和天皇の御かれましても、この、文章を、書かれた当時、宮内府長官だった田島道治 との御関係は、勝手に、一部を、引用させていただくと、安部能成 氏 によると、引用の引用で、はなはだ申し訳ありませんが、安部能成 『戦後の自叙伝』(新潮社 1959年)「田島君が、長官になって以来、我々、志賀直哉、小宮豊隆、和辻哲郎、私などが、天皇陛下、時には、皇后陛下を、前にして、くつろいでお話する機会が多くなった。纏(まと)まった話は、和辻君の国史や、文化史についてのものが多く、我々は、気楽に準備もなくお話するのだが、たまには、仲間のすっぱ抜きまで、申し上げて、陛下のお笑いをまねくこともあった。こういう集まりは、我々にも楽しい思い出になっているが、田島がやめてからは、この催しなくなった」と、語っている。心置きなく話せる、人を、得るということ、どんな人にでも、自分を、見出せることなんだろうなと、考えます。それと、月刊文芸春秋は、私の、好んで読む、雑誌です。今月号も、いま、枕もとにおいて、寝ようと。キーワードで言うと、話題の、西武の堤氏、読売の渡辺氏、そして、中国と、まあ、もっと別の人が、もっと深く書き込んであるでしょうから、その、古い文春には、司馬遼太郎についても、扱っている。よみがえれ、「坂の上の雲」実は、わたしは、読んでいないのである、幕末に比べると、明治のものは、ちょっと、言って、いまだに避けてきたが、自信を、失った日本人にとって、司馬遼の、小説は、元気が出る、自信がつく、本だったんだという。私も、ストーリーは、だいぶ忘れたが、坂本竜馬像は、「竜馬が行く」で、作られたんだと思う。昨年発行の、文春のなかでも、定価の710円以上の価値があったと思う。ほとんどは、ほかの人の受け売りみたいな文で、どうもでした。参考天皇の国民への「謝罪意志」はなぜ封印されたのか? 昭和天皇「謝罪詔勅草稿」の発見 ショウワテンノウシャザイショウチョクソウコウノハッケン 加藤 恭子 ■内容紹介■ 「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」衝撃の文言を含む田島宮内府長官の詔勅草稿に、天皇の意志は反映されたか。『文藝春秋』で話題騒然 http://www.bunshun.co.jp/book_db/html/3/65/53/4163655301.shtml
2004.11.14
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とつぜん、電話が鳴って、『メール見てる?明日、タイから、日本に帰るよ、日曜日あいているかいって、メール出したけれど、返ってこないから、電話したぞ』最近は、コンビニに行っても、日本酒より、焼酎のほうが、幅を利かせており、まあ、日本酒は、日持ちもしないし、悪酔いはするし、というわけで、焼酎を、主に、日本酒のよい酒も、格安で、手に入る、楽天商店?を、こまめに、整理している、サイトを、LINKさせていただきました。けっしって、お酒を、呑むことは、勧めませんが、酒好きの、バンコックの友人に、届け物を、するときに、ココから調べて、買って行こうかと思っております。ちなみに、先日の、台風の翌日、パチンコやさんの、両替所が、海になっていた日の、翌日、越の寒梅を、格安?格安玉で、2本も、手に入れました。もう、1っポンは、呑んでしまったけれど、もう一本も、タイに行くひまで、もたなそうであります。おかげで、そのときは、車の、頭金くらい手に入ったのですが、後が悪い。そういうわけで、パチンコも、お勧めはしませんが。加須ニラク6連敗中の、ken3でした。それと、ありがたくも、パソコンの仕事が、ちょっとだけ舞い込みました。うまく行ったら、詳しく書き込みたいです。がうさん書き込みありがとう、こんど、ほんとうに、お会いしましょう、ただ、最近、自由になる時間が、限られていて、今度の、日曜日は、秋葉で、タイから、帰られた方と、東京見物します。さいきん、我が家の、外猫が、一日に、数回、餌を、貰いにきます。ほかにも、別の猫が、窓の外で、鳴いています。ゴメン あげられないよ。失敗の研究から、記憶より、記録を、付ける、数字を、管理する、遅ればせながら、書き込んでおります、数日前に、勤務先の、上司が、こんな朝礼での、挨拶を、されておりました。不良品が、客先まで、行ってしまった件の、反省を含めて、話しておりました。派遣の立場ながら、出来るだけ、出来るところで、協力していきたいものです。まず、マニュアルを、本当は、見せてもらいたいのですが。まあ、いいか、個人的には、上位下起?は、どこでも出来ているのですが、現場には、ホウレンソウは、来ないですね。それでも、こんな、中小で、今でも、生き残っている会社には、感謝申し上げておりますが。勉強になる点が、たくさんあります。継続は、力であり、ちょっと位、頭がよくても、長続きがしなければ、ぜんぜん、話になりません、むしろ、ゆっくりしか、出来ない人でも、こつこつと、積みかせて行くと、ひとつ、ひとつに、まじめに取り組んでいく事が、こんな、難しい時代にでも、生き残っていく会社を、作っていくんでしょうね。そのうち、個企業の、秘密事項を、除いたところで、ココの、良さを、UPしていきたい。もしかすると、数年ほど、後になるかもしれんませんが。バンコックで、ここは、風とうしがいいなあ、って印象は、やはり、私が、どこにも、所属してなかったからでしょうか。やはり、日本に帰ってくると、ガンジガラメというか、たいへんだなあと思います。さいきんは、バカの研究も、再開しております。バカになること、もちろん、私自身が、どういう行動を、取るのか、などなど、バカになるということは、バカということは、自分に、都合がいいくらい量の仕事が、来ていると、ニコニコしているのですが、もし仕事が、切れると、おなじく、 切れちゃう、怒鳴りだす、空になった、台を、乱暴に扱う、聞くところによると、多すぎても、同じような反応らしい、おおかれ、すくなかれ、誰でも、その要素が、あるのでしょうか。最後は、靴の上から、足の指を、掻くになったでしょうか。全体的には、よい職場で、よい人に、恵まれて、楽しくやっております。年末調整の紙が、きました。3大義務、徴兵、納税、修学だったでしょうか、35年前の、記憶は、あやふやで、社会参加でしたか、相手の、目を、みるでしたか、だめだ、もう考えられない、もう、寝ます、最後まで、付き合ってくれてありがとう、イラクの、フリージャ?掃討作戦で、一般の人の、犠牲者が、出る事が、少ないように、そういえば、『月光仮面と米国大統領』という、タイトルを、思いついた主題歌の中に、疾風のように現れて、疾風のように、去っていく、ー は、良い人だ、というのがあって、イラクが、悪人たちから救えたら、疾風のように、去っていこうよ、我が小泉首相には、平和になったら、何の野心もないって、テレビで、何度も行ってもらうほうが、良いのではないか。イスラム原理主義に、かつての、共産主義が、不満を、集めていったように、そういう、時代だから、今回、数人の、日本人が、殺されることよりも、数年先、十数年先に、不満の、捌け口に、身代わりになる役回りだけは、避けるためにも、最後もで、今回は、イラクに残ります。だけれども、秀吉下、朝鮮を攻めて、領土を、配下に配ろうとしたような、気配は、絶対にいけないのでは、小泉が、言わなければ、岡田でも、安部でも、いって欲しいものである。それと、日本の歴史は、日露戦争以降は、多分、間違って、帰られていると思ったほうが、無難では、中国の歴史を見れば、一目瞭然、勝ったほうが、都合のいいように、歴史を、書くのだから、あの戦争って、誰だったでしょうか、勝ったのは、それにしても、60年も、過ぎてから、そんなことにきずくとは、さいきん、私の、発言も、右傾しているだろうかな。これ以上つまらないことを、いっても、笑われるだけだから、モーニング 取締役島耕作今週号を、読みました。小学館も、かなり、右傾しているでしょうか。サビオにしても、島耕作 ありきたりで、結論が、つまらなかった。つぎは、イラクを、舞台にでもして、も少し、締まったものを、期待したいものですね。チェチェンでもいいし。
2004.11.11
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『おとといまで、カオサンに、うちの息子が居たんだよ、ハピーゲストハウス?って、名前のゲストハウスっだったかな。しってる、マイナーな、ゲストハウスかな、シングルで、150バーツって、書いてあるよ、向こうから、メールが来ていて、どういう風に、メール、送ってくるのかな。確か、ノートパソコンもって行っていないはずなんだが、hotmailで、送って来るんだよ、リアルタイムで、海外から送ってくる事が出来るんだよ、写真も、別に、CDに焼いて、送ってきたんだよ NETで送ると、おそいんだて? 』 そんな話で、迎えてくれた。私(ken3)が、タイ行きの、きっかけを、作ってくれた友人の話。彼は、若い頃に、ヨーロッパや、アジアを、バックパッカーで、歩いたので、ちょうど、勤め先が同じお店のときがあり、そのときに、その頃の話を、話してくれた。その後、いろいろあって、私は、海外に遅ればせながら、海外に出かけることが出来た。いわば、彼は、海外旅行のお師匠さんに当たる。特に、アジアとヨーロッパを結ぶ?カイバル峠の、話や、ネパールの、ポカラの湖のボートを、浮かべたて、一日中ボートに揺られていた話など、旅の旅想を、誘う話は、アジアの堪民?はなしと、どこか通じていて、一生ボートの上で生活するそんな人たちの暮らしを、見てみたいものだと、心のどこかで、思っていた。まだ実際は、会っていないのだが、バンコックの、水上交通の項を、調べていたら、よく似ている記述が、あった。また、運河を、上流に行ったところに、そんな感じのボートは、発見したのだが。話していたら、小田実の『何でもみてやろう』が、きっかけのひとつだと、話した。小田実は、フルブライト留学組みで、その後も、フルブライト留学生の中に、江藤淳、そして、竹村健一も、そうだと言う。日曜日に、いっぺんいうとこうか という、番組 で、ケリーと、ブッシュが、エール大学の、同じ大学の卒業で、さらに、秘密結社にも属していると、やはり、フルブライト留学で、エール大学に、留学した、竹村健一が、話していた話などをした。彼によると、海外で、出会った元フルブライト留学生は、だいぶ変わっていて、あるゲストハウスで、同宿した、その人は、その日、ビスケットが、朝食に出されたのだが、普通なら、目安で、半分ずつ位食べていくのだが、その彼は、そんなことは、関係なくどんどん食べて、ほとんど全部、食べてしまう勢いで、たべつずけて、閉口した話などが、でた。フルブライトに、入れるくらいだから、学問は、出来るのだろうが、一般的なことは、?そんな人もいて、わたしが、一方的に、フルブライトは、よいものというのを、訂正してくれた。そのまえに、花崎の水上公園で行われていた、フリーマーケットを、覗いてきた。公園は、楓の葉も、色ズキ、黄色い黄葉の下で、沢木孝太郎の、『深夜急行』第2巻を、開いていた。岩波の、漢詩集の話が出ていて。単なる旅行記に、別のある奥深さを、与えている。ハジャイの、娼館の娼婦と、メンダー(ひも)と、旅人の不思議な付き合いの項が始まる前で、その本を、閉じた。追加タイトルの友人の、息子さんが、バンコックのカオサンに、おとといまで居たんだってという事が、これらの話の枕にあった。海外から、デジタルカメラの、映像を、送ってくるのに、CDに焼いて、送ってきたという。そのなかには、カオサンの通り、ポカラの湖、旅でであった若者、もちろん、彼の、息子さんの、写真が、あった。日に焼けて、旅の途中の興奮の成果、とても目が輝いているように、感じた。友人の話によると、男の子兄弟3人の仲で、末っ子で、高校生の頃までは、おとなしい子供さんだったらしい。父親の影響か、兄弟の影響で、海外に出るようになってから、しっかりしてきたようだ。という。海外に行く事が、最近 好きになったらしい。まあ、そんな、学生たちで、アジアの。安宿は、1年中、いろんな国から、集まってくるのだろう。数ヶ月に、亘って旅に、心置きなく出られるのも、学生の時期だけであろうから。旅も私の年齢の、2回り(24年)以上、3回り以下? 若い方が、多いのだろう。
2004.11.08
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あやしいふるほんやさんへの 書き込みhttp://plaza.rakuten.co.jp/ayashi/Re:宇都宮餃子館 総本店行って来ました。 ken3debangkokさん >赤い看板が目印の『宇*宮餃*館』。いっや、可もなく不可もない味でした。ホテルの中でした。でも、実は、遠くから着た私は、マサシ?に行きましょうって、いいた方ですが、宇都宮在住の方が、わざわざ、ホテル内のお店に、連れて行っていただきました。たぶん、餃子に対するイメージってのも、人それぞれ、受け方が、違うですね。こんど、ひとりで、二荒神社脇のお店に行ってみたいです。安いと、味が一段とうまく感じるものです。タイトルのお店も、あれが、170円ならば、よかったといおもいます。SETで、980円ちょっと高かったでしょうか。もう、今日、明日ですね、もう一度行ってみようかな。カンボジアの、舞踊教室の写真、また、拝見しました。ほんとうは、もっとあったのでしょうか、私の記憶と、見つけた写真が、違うのは、私の記憶の中で、変わったのでしょうか。それとも、いくつか、分けて、掲載されていますか。デジタル映像あるばむ:プノンペンの芸術大学http://utsunomiya.cool.ne.jp/haruru2003/moriarts.htm たぶん、私の、思い込みが強くて、この中のいくつかの写真を、組み合わせて、別の角度の、写真を、勝手に想像したのでしょうね。でも、いい写真ですね。(2004年11月06日 06時44分)読売、お前もか、そして、西武も、ダイエーも読売の名義貸しニュースを、聞いてすぐに、感じたこと、まず、卑怯で、ずるい人は、多くいるのですが、もちろん、わたしも、ずるいし、卑怯なところも、いっぱいあって、なんなんですが、どんどん、海画でいぇ来ていますね。渡辺代表の今までのあの言葉、態度は、なんだったんだろうか、やはり、田中角栄に長く、番記者を、勤めて魂を、売っていたのでしょうか、夢なら早く覚めて欲しいものです。楽天、ライブ・ドアー、ソフトバンク、爽やかな新しい企業が、野球はじめ、マスコミ、企業、変わって欲しいものです。若くて、汚れていない政治家の出現を、望みます。がうさん の、ページに、書き込んだものを、転載しますがう さん、おはようございます。ひさしぶりに、遊びに来ました。今行っている、工場も、いろいろあって、まあ、何とかやっております。がう さんに、そのうち、インターネットウイルスと、スパイウェアーなんって、題で、レクチャー受けたいですね。最近知り合った、靴屋さんの店員さんの方に、うちの店は、店売りじゃなくて、NETで、靴を、月商、300万円売っているんですよっていわれました。5年前に、わたしが、インターネットを、接続したときは、たしか、まだ、NETでは、トヨタの、販売も始めていなかったですね。友達に、三菱の車売っている人がいて、お店のホームページ作らせてよ、いって、そのままになってしまったが、ムー、やはり、思いついたら、やってみることですよね。ちなみに、我が家の裏には、某経営コンサルタントもいて、いろんな出来事には、ことかかしません。タイトルの人は、とっても面白い人で、そのうち飲んで、もっと面白い話を、聴こうかなって思っています。たぶん、地元か、妻沼の、焼き鳥屋さんででしょうか。そのうち、がうさんとも、NETではなく、おあいして、お話が、伺いたいものです。ken3でした。いつも、コンピューター(訂正しました)話題、ありがとうございます。韓国語ではないですが、ブラジル語のほんと、フィリピン語の本を、今週は、購入しました。まあ、動機は、不純ですが。いやあ、もう、あさだひとつの文章に、30分から、1時間かかるので、もったいないので、転載が、多くありますよ、それに、もう一度、別の文章を、同じ話題で、すぐに書き換えるほど、文章が練れていないので、下手ですが、基本的に、だれそれさん個人相手でも、そのまま、転載します、あしからず。この部分は、2004/11/6 朝に書いています。うまくいけば、今日の夜にも、追加を、書き込めるかもしれません。ココまで読んでくれてありがとう、まむわん さんのページに、書き込んだもの転載します。順不同ロータッリー(タイの宝くじ)について、 ken3debangkokさん バンコックにいると、けっこう、コミッションいくらって話が多くて、むかし、あさみの、お客さんで、日本で、パソコンの、接続コード類が、売れているので、タイで、もっと安く手に入れば、商売になるんじゃないかな。って、話を、したら、そんなものを、作れる工場も、紹介するよ。紹介するには、コミッションがいるって、いわれ、そのままになってしまった。まあ、もちろん、それがなくても、何にも、発展しなかったでしょうが、まあ、お友達じゃ、高額の、コミッションも、しょうがないかなって、とも、思いますが。笑そうそう、バンコックの、ローヤル・ホテル近くに、やたらと、ロータッリー売ってる人が、固まったところがありました。王宮前広場より、民主記念塔方向に戻った、右側だったでしょうか。反対側が、カオサンの入り口にあたる。わたしは、まだ1回も買ったことはありませんよ。まだ、ケンマー?(馬券)を、買うほうが、いいでしょうか。おまけに、タイの携帯電話事情という、ページを、作っているのですが、どこからか、リンクを、貼ってくれた方がいて、急速に、HIT数が、延びています。いまいち、内容が、タイトルどうりでないので、全面書き改めてみたいのですが、実際の、タイの事情は、タイ在住のまもあんさんなら、良くご存知でしょうね、お暇なときに、のぞいて、みて、出来たら、アドバイスを、お願いします。また、そのはかの方で、ken3ここは、間違っているよって、ここは、古いよって、お教えください。タイ国の携帯電話事情URLhttp://www.geocities.jp/ken3debangkok/thai-link-link/tuushinn.html ken3作成の、へたくそな地図URL 王宮前広場http://www.geocities.jp/ken3debangkok/area/SanaamLuang.html 長くなり、しかも、お願いまで書いてゴメン。いつも、タイの話題を、ありがとうございます。(2004年11月06日 02時09分) このエリアは宝くじセンターがあるので売り子さんが集中しています。 ken3debangkokさん まもあんさんどうも、早速ご返事ありがとうございます。そうですか、センターでしたか。いろいろ、見るのですが、いやあ、見ていたと思うのですが、たずねることが出来ないので、いつまでたっても、くつのうえから、足の指を、掻くなんってことになっていますね。携帯は、下駄のようなもので、化石のような携帯の件、そうですか。そういう私も、日本では、携帯もっていませんよ。それより、ノートパソコンと、エアーH?の組み合わせが、欲しいですね。バンコックでは、スターバックスコーヒーでは、無線LANで、インターネットに接続できるって聞きましたが、先日上野の、マルイの、地下の同店に行って聞いたところ、やっていませんよって言われた。まむわんさんのように、1日に、数度、NETに接続したいなあと思っております。『アンナのxxx』『バンコックのxx』などの、あぶないタイ紹介のHPで、携帯の情報は、教わったりしています。タイのお姉ちゃんと、連絡する方法って、日本にいると、必需品ですからね。スーパーガイドの泥んこ物語風の結末を、迎えるってのが、定番ですが。はなしが、落ちそうなので、このへんで、失礼します。 (2004年11月06日 05時43分) とりあえず、これで、NET接続を、切ろうかな。最後まで本当にありがとう、皆様の今日一日が、よい一日でありますように。個人的には、江川の監督姿も、そのうち見たいものですが。
2004.11.06
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追加テレビ朝日の、朝までテレビを、見た。中国の方が、お二人ゲストで、出ていた。一人が日経の地方社員?一人が、帝京大学勤務、日本に、留学されたり、多くの中国の方がこられているが、米国のプリストン大学に、留学された日本人から、傑出された人物が、多数輩出されているのに、日本の大学や、企業では、同じならないだろうなあと思うようなことを、感じた。中国の方に、最後のほうで、中国の人の発言に対して、反論というか、いっせいに、よってたかって、やり込める場面が、ありました。もし、中国から、米国と、日本と、どちらでも、好きなほうに、留学できるチャンスがあったら、米国がいいですよ。朝まで生テレビに出ている方は、まあまあの日本を、代表する論説?批評家であろうが、大人気ない、ところでした。ただし、議論の中で、『日本人自身で、大東和戦争を総括していないのが問題だ』ということについては、そうかなっと思った。まあ、難しい話は、したくないですが。中国の男性の方が話してくれた、毎年、中国に、企業の調査で、帰ったときに、政府の批判を、する会話も出る会に出ることがある、...その次の言葉が聞きたかったなあ。ある日本人のオバカちゃんが、それをさえぎって、だから中国に言論の自由がないんですよって言っていた。何のつもりであったのか、深読みすれば、口を滑らすのを、防いだとのか、いいや、議論の間中、余裕がないんだろうなあ。あの、植草さんが、なつかしい。さいきん、田原さんも、ちっと、偉そうですね。でも、この人に変わる人もいないのだろうから、こんな番組が、だらだらと、続くんだろうなあ。それと、イラクが、もし、うまく行っていたら、米軍は、北朝鮮攻撃を、空爆を、視野に入れているだろうな話し、これも、そんな難しい話を、するなって、止めた人もいたなあ。微妙に、会話の流れを、コントロールさせながら、あの。朝日新聞関連テレビは、けっこう、日本の保守的な視聴者を、あつめている。田原は、小泉首相の靖国参拝は、猫じゃらしだといっていたが、朝までテレビは、朝日新聞の、猫じゃらしなんでしょうね。もっと極端に言えば、朝日新聞の革新的立場も、わしゃ、猫じゃらしじゃないかなあとも思う。そういうわけで、覚えていたら、明日、朝日を、買おうかな。高校時代に眺めた『朝日ジャーナル』がなつかしいなあ。本文 最初に書いた文きょう、相変わらず、昼間、工場の、昼休みに、近くの、ローソンまで、日経を、買いに出かけた。一緒に、棚に、産経があり、1面タイトルをみて、産経も、ついでに買った。日経の、先月は、読み応えがあった。どこかというと、前の、FRBの、ポール・ポルカー Paul Voleker ?私の履歴書 高村薫 新リア王東北のどこかの、政治家一家の政治小説どちらも終わってしまった。どうしても、配達されて、家においてあると、これが読まな一だよなあ、ところが、もし家になければ、140円持って、コンビにまで出かけるんだよなあ。ついでに、野菜ジュース 、ゴマせんべいを、買って、500円で、おつりを、貰う。バンコックにいたときも、けっこう、街の、新聞売りまで、出かけた。まあ。一人で、住んでいる人で、なくては、難しいが、新聞を、楽しみに読みたくなるまでは、遠ざけて、欲しくなるまで、無理やり、読むことは、ないかなあ。いやあ、最近は、日経を、読むのが、楽しい。面白い。
2004.11.05
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どうも、ニュースを、聞いていると、ブッシュが当選したいみたいで、敗選後の、ケリー氏の、顔を、見ていると、とても、世界一の、米国の、大統領には、不向きの、顔に、見える。大統領選中の、ケリーには、余裕が無かったようだ、負けと決まって、あれだけ晴れ晴れとしている顔を見ると、傍目ながら、この人が、選ばなくて良かったとおもう、もし、神が、ケリーに、大統領に、なって欲しいなら、残念だ、次は、絶対に、大統領だ?そんな顔を、させるだろう。昨日から、我が家のテレビは、タイのインターネットTV (ITV)を、パソコンで映している。本当なら、フロリダあたりで、大統領選中、バナナの、?椰子の葉の木陰かで、米国の選挙戦を、見たかったのだが、バックでは、タイの音楽が流れている。たいしたことでは、無いが、我が家の、LAN?が、やっと、2台の、パソコンを、何にもせづに、認識してくれた。秋葉で、3500円で、買った、TOUSHIBAの、ノート620CTが、Ethernet Pc Card で、yahoo BBに、2台目で、接続できた。さらに、ICQで、タイ在住の、彼女の、携帯電話に、ショウトメールを、送ろうとしたがだめだった。もし、気が向いて、これを、見られている方で、ken3と、直接、話しが、したい、そんな奇特な人は、ICQで、ニックネームで、ken3debangkok で、探してください。今日は、少し、二軒目の、飲み屋さんで、口が滑らかだった。さあ、イラクの、次は、北朝鮮を、何とかしなくては、ブッシュさんとりあえず、こんな、楽天の、日記などは、読んでないだろうが、おめでとう。第二期目は、もっと責任が、重いですよ。まあ、小泉首相が、大統領に、なって、何日目に、米国に、行くだろうか、どうせ行くなら、早いほうが、良いとおもう。出来はしないだろうが、もし、私が、岡田さんの立場なら、小泉さんの、1っぷんでも、前に、あめりかに、行くのだけれど。そして、ブッシュを、民主党も、支持する、米軍基地の、首都、東京からの、撤退または、縮小を、さらに、アメリカの、置き土産の、憲法を、改正してでも、イラクに、いる自衛隊も、増強、自己完結型の、普通の、軍隊にする用意がある。言えれば。きた抽選の、話が、友人たちは、後どれくらい、中、決に、虐げられるのだろうか。むかし、むかし、高校生のころ、恩師の、藤井先生に、朝鮮は、日本にとって、どんなものであるかというと、文化の面では、(本当は、そんな断りは、無ったかもしれないが、)中国は、お母さん、朝鮮半島は、おっぱい、日本は、乳呑み児、貿易では、日本を、抜き去って、中国は、米国に続いて、2位に、なったという。きしくも、きょう、文化の日は、日本文化の、大部分が、中国から、朝鮮を、透して、日本に伝わったことを、考える、日でもある。ありがとう、むかしの、中国、ありがとう、むかしの、朝鮮。小泉首相も無理して、中国に、行くことは、無いかも知れない。まずは、1000人の、中国人強盗団を、日本から、追い出すほうが、先決であろう。中国に行ったら、日本人が、外国に行って、1000人の、強盗団には、ならないでしょうと、言ってあげてください。まあ、そのかわり、結構、知能犯が、外国に、行っているでしょうが。だめ元でも、中国の、教育が悪いから、1000人もの、強盗団が、発生したんだと。中国人を見たら、強盗団の、片割れとおもえ、というくらいの、疑いの、目で、見ようと。虎・虎・虎 という映画を、黒澤監督が、作ろうとしていたというのを、2001年ごろの、月刊文芸春秋読み返しています。新1万円札と、新千円札を、見た。ある人に言わせると、日本も、100円札を、発行したほうが良いとおもう。特に、カンボジア、ほか、東南アジアでは、1ドル紙幣が、大量に、流通している。その、1割でも、流通できたら、日本の円も、値打ちが、上がるであろう。1ドルは、古くなると、一般では、受け取ってもらえなくなっている。コピーが、出来なくする、技術を、使用した、100円札が、発行されれば、いくつかの、方法を、さらに、付け加えれば、ドルの、世界支配に、穴を、開けられるかもしれない。欧州と、米国の、経済発展が息切れはじめた現在、日本と、アジアに、機関車役を、引き受けて貰おう という声、増えるだろ、今の時期に。
2004.11.03
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本当は、あまり堅い話は苦手になりつつあるのだが、あと、数十時間で、米国の新しい大統領も決まり、日本と、米国の関係も、少しずつ変わるでしょうが、少し視点を、変えて、東南アジアあたりから、日本の戦後を、考え直しても、良いのではないでしょうか、開戦時の、日本の駐米大使の行動とかも、いろいろ在ったみたいですが、実は、タイ国のアメリカにいた、駐米大使も、外交官として、タイ国にとって、最善の外交努力を、したことなど、ほとんど、誰も知らないでしょうが、もちろん、私も知りませんでしたが。この本には、そんなことも、詳しい。また、米国の、外交手法は、60年前に、日本に行った頃と、今回とでは、いろんなことが、違いますが、岡崎氏は、タイの大使も勤めた外務省出身の、現在は、テレビで、評論家として、活躍している方ですが、日米関係や、日中関係について、的確な意見を、言う人ですが、最近、数冊の、古本を、手に入れた。この中で、普段は、あまり語られない、太平洋戦争開始当時の、日タイ関係、その後の変化、更に、敗戦後の、タイの日本人に対して、抑留中の、日本人に対して、好意的な取り扱いを、されたことなどが、詳しく書かれている。また、泰緬鉄道の建設当時のことについても、欧米と、タイと、日本での、捕らえ方の、違いなども、語られている。もちろん、元、日本の外交官であったことを、割り引て見ても、ふだん、一般のわれわれが、聞かされている話と、違う立場の話などが出てくる。日航の深田氏の、泰緬鉄道も話は、いぜんに、深田氏の、本を、読んだときに、書き込んだことがありますが、深田氏は、欧米の新聞や、欧米の人に直接、岡崎氏は、外務省の、資料や、タイの人々から、歴史を、調べながら書かれている事柄は、たいへん参考になる。私などは、イメージで考えてしまって、それぞれの人に、資料に、直接当たるということが、出来ず、真実に近づけないが、ついでに、それの、目次を、紹介しよう、徳間文庫 教養シリーズ 629円 古本にて、300円で購入。1998年3月15日 初版この作品は、徳間文庫のために、構成されたものです。 という、ことが書かれていて、実際は、1983年3月から、1996任までに、発表されたものである。第1章 朝鮮問題 以下省略第2章 中国問題 以下省略第3章 タイ第1~13節;『新しいアジアへの大戦略』(読売新聞 1993年6月)第1章全節第14節 開発途上国における民政と軍政 ;『クーデターの政治学』(中央公論社 1993年9月)序章第4章 サウジアラビア 以下省略全文を、通して読んで、他の本も読んでから、気がついたことがあったら、また、書いてみたい。どこかで、江藤淳の、ごっこの世界は終わったか の、一連の評論に、通じるものがあると思う。ひとつ、これからのことを、暗示しているところで言えば、軍備と、文化が、なくて、これから、どんどん、国際的に、重要の役割をしていくようになろうとしても、今までの、歴史の中で、そんなことが出来た国はないでしょうという部分は、たとえば、イラクで、人道復興援助に限定して、自衛隊が行っているが、もし攻撃を受けて、尻尾を巻いて、自衛隊が、逃げ帰ってしまったり、米軍や、イギリス軍の庇護下に入ったまま、震えていたりしたら、日本の価値は、地に落ち、しまう。難しいですが、ここは、何とか踏ん張って、ロケット弾の攻撃等が、あるでしょうが、日本の旗を、とられないように、自衛隊の方々に、がんばってもらいたい。日本の旗については、石原都知事の政策や、陛下のご発言が あって、話題ですが、属国と、言われないようにするには、周辺の国々と、バランスを、保つだけの、軍備は、必要だと、わたしは、思うのですが。たぶん、岡崎氏も、日本の軍備を、ある一定の高さを、維持するべきであると、考えている節があります。まあ、むかしから、どんな外交交渉にも、軍隊を、持たない国のいうことは、通らない。ちなみに、日本のODA予算の、アジアへの、配分も、人口も影響しているでしょうが、インドと中国が、突出して高額なのは、その両方の国が、強力な軍隊と、原爆保有国だということも、誰も言わないかもしれないが、関係していると、私は、思う。
2004.11.01
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