きまぐれの音

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2005.03.04
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カテゴリ: 観る・聴く
BS-iで2~4日の3夜にかけて放映された唐招提寺平成大修復工事のドキュメントを観た。

巨大な仏像を金堂から搬出する様子は「あっそんなところを持って大丈夫か?」とか「腕が扉に引っかかりそうぢゃないか!」などと余計な心配をしながらハラハラして観てしまった。とにかく天平時代の貴重な仏像である。担当者は胃を悪くしてないだろうかなどとボソっと思ったり。仏像の修復の様子は今後の放送で紹介されるだろう。今回の番組では唐招提寺にまつわるふたつのミステリーに焦点があてられている。

ひとつは仏像、ひとつは金堂そのものである。

明治期にフェノロサ随行の写真家に撮影された「shodai-jiにて」というタイトルでボロボロになった仏像が無残に積まれている写真を元に、廃仏毀釈運動の中で捨てられたり海外に流出してしまった仏像の所在をめぐるルポがあった。当の唐招提寺のほか米国ボストン美術館、ワシントンのスミソニアン・フリア美術館、フィラデルフィアの美術館など著名な美術館を当たるも残念ながら該当する仏像は存在しなかった。唐招提寺の記録では仏像の持ち出しはほとんどないそうで、事実収蔵館には国宝、重要文化財クラスの仏像がところせましと置かれていて、何体かは別のフェノロサの写真にも載っているものであった。

調査の中でアメリカのある美術館で明治期の奈良で撮影された大量のガラス乾板が保存されているのがわかったが「調査完了していない」を理由に閲覧が断られた。実に残念。美術館サイドでもチェックなしにとんでもないものが写っていたら大変だろう。アメリカには、その分野で世界にひとつしかないようなお宝が山のように集められているという、インディ・ジョーンズ第一話の最後のシーンを見ているような気がした。

さてもうひとつのミステリーが、今の金堂は天平時代の姿と違うのではないか?という見方である。かねてより金堂に安置されている千手観音が持つお堂のミニチュアが金堂そのもののミニチュアではないかという説があり、そのお堂の屋根の勾配がかなりゆるやかであるのだ。その事実を確かめる上でも平成の解体修理は絶好のチャンスだ。

まずは金堂をすっぽりと覆う仮屋根の下で、数万枚の瓦、下土、檜の拭き板が慎重に取り除かれてゆく。これだけで400トン!。これらを取り除いたとき軒が5センチ上がったとのこと。ほほうと感心したが実はこの値はあらかじめ計算したより少なく、東大寺大仏殿の修理では40センチも上がったらしい。原因は明治期の改修で小屋組み(屋根の構造)に西洋式のトラスを用いたため屋根の荷重に対して強くなったそうだ。その分個々の木材に対する圧力も相当なものでかなりの材が割れたり圧縮したりしているので今後の修理で新しいものに替えられる。軒を支え、露出して外観にも影響する重要な部材には選び抜かれた檜が使われる。1センチの間に年輪が12本というような厳しい品定めに対応できる材木がちゃんと用足しできる、社寺と林業とのとてつもない長いお付き合いがあることも初めて知って興味深かった。

さて、外された木材はどこに使われていたかが全部克明に記録されてゆく。釘穴ひとつひとつも見落とさない。気の遠くなるようなパズルだが作業を進めてゆくと新旧の釘穴の位置から過去に使われていた位置が違うことも分かる。その過程で屋根の勾配を決めるある重要な部材が見つかり天平時代のオリジナルの金堂の屋根の傾斜がいまより緩やかだったことが分かった。しかし現時点ではいつから勾配が今のようになってしまったかは不明である。

金堂が創建当時の姿でないのではないかというもうひとつの事実が発見された。金堂の屋根の棟飾り(頂上にある天守閣でいうと鯱に当たる巨大な瓦=鴟尾(しび)が左右に載せられている)である。そのひとつ(西側:正面から向かって左側)は天平時代のものである。まさしく「天平の甍」であるが通常80~100年しか持たないと言われている大瓦が奇跡的に残っているのも修復保存技術が昔から高水準だった賜物だろう。その鴟尾の底部に、通常入母屋造りでないと開けない穴があることがわかった。現在の金堂はなんと寄棟造りである。今後の調査の進展が楽しみである。





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Last updated  2005.03.12 11:50:43
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