きまぐれの音

きまぐれの音

PR

×

Profile

tc2003

tc2003

Favorite Blog

All About Jukeman ! しろむっくさん
酒のとも がねちゃん1220さん
ゆた吉 yutachan1970さん
裸もブラッド・ピッ… たけもりっちさん
☆一歩前進 二歩前進★ つくしん坊さん
─ 灼熱 ─ HEAT1836さん
toco to toco… 松谷雪絵さん

Comments

遠藤知子@ Re:生きてます(06/05) ご無沙汰しています。この最終更新からも9…
TopCypedyedly@ Re:近況報告(10/20) oriempoke [url= <small> <a href="htt…
TopCypedyedly@ Re:近況報告(10/20) oriempoke [url= <small> <a href="htt…
richuqq@ ニューバランス &lt;a href=&quot; <small> <a href="http…
reirertooms@ ルイヴィトン 財布 コピールイヴィトン 財布 コピー [url= <small> <a href="http://www.rukus…
Pemypiewpycle@ kjdpnprvymsd dhrof &lt;b&gt;&lt;a href= <small> <a h…
triepedek@ ofirpcaeriol &lt;b&gt;&lt;a href= <small> <a href="h…
Pemypiewpycle@ uguksmhgagbv axogc &lt;b&gt;&lt;a href= <small> <a h…
triepedek@ ayodcbkesbyv &lt;b&gt;&lt;a href= <small> <a href="h…
triepedek@ dmmeqbcolcdd &lt;b&gt;&lt;a href= <small> <a href="h…
2006.01.01
XML
カテゴリ: ユーミン
ネットサーフィン中にこんなコラムを見つけた。面白い切り口なのでご紹介したい。

中国新聞「こころの回廊 ひかる海」より

光る海5 航海者  

松任谷由実に『ボイジャー』というアルバムがある。ボイジャーは宇宙船の名前にも使われたが、航海者のことである。このアルバムの曲には恋の歌のように見えて、どこか親鸞の人生やその浄土教と重なるものがある。『トロピック オブ カプリコーン』という曲がある。題名は南回帰線を意味する。太陽がこの線まできたときが北半球では冬至である。ここを折り返すと春に近づく一陽来復の線である。その南回帰線に向かってヨットを進める。太陽を追いかけて、常世の波をさかのぼり、魂のふるさとを求める旅である。「ああもうすぐ空は燃えて 短すぎる命は 短すぎる命は 愛のためだけにあるの」ここでも夕日が登場する。夕日が燃えるとき愛が燃える。この愛は私には夕日に象徴される如来やまだ見ぬ浄土へのあこがれに重なる。そして太陽はその愛に応えるかのように返ってくる。「太陽も折り返す遠い海…もどれない情熱に身を委せて」この返ってくる太陽に「還相回向」を感じる。「こころから望むならただひとつそれが真実」これは親鸞が求めた「本願一実」に聞こえてくる。さらに二番では「ああ月日は去るのではなく ああとこしえにやって来る」と歌われる。循環思想だが、逃れるべき受動の輪廻ではなく、これも、能動の輪廻というべき親鸞の還相を感じさせる。
 そして最後に「太陽も折り返す遠い海…人は皆海流の中の島々」と結ばれる。私にはこれは浄土から流れてくる本願の海流に浮かぶ我々を歌っているように感じられる。常世からの海流でもかまわない。あこがれ、なつかしさ、安らぎ、愛。浄土教は宗教界の浪漫派である。

光る海6 「曲解」  

ある雪の降る夕方、ラジオを聞いていると松任谷由実の『春よ、来い』がかかった。私の好きな曲だが、この曲にも私は浄土教を感じる。「それはそれは空を越えて やがてやがて迎えに来る」春が私を迎えに来るのだが、私には常春の浄土からの、如来の来迎を歌うかのように聞こえる。来迎は法然浄土教で往生の証として重視された。親鸞の『教行信証』は正式には『顕浄土真実教行証文類』というが、それにならって『顕浄土真実歌曲類』が作れるのではないかと思う。松任谷由実(荒井由実)の曲からそれに入りそうなものをあげて、私の「曲解」を付けてみよう。『空と海の輝きに向けて』はそのまま海の浄土教のテーマソングになりそうだ。その二番。「果てない旅路にやすらぎを求めて いつしか かの胸にいかりをおろす 呼び合う世界で空と海が出会う おまえは歌になり流れていく 遠い波の彼方に金色の光がある 永遠の輝きに命のかじをとろう」彼女が十八歳の時の曲である。宗教的感受性の持ち主なのだと思う。『瞳を閉じて』は「遠いところへ行った友達に潮騒の音がもう一度届くように」手紙を入れたガラスびんを流す。『椰子の実』の逆になるのだが、親鸞の著作は、「同朋」という友へ届ける浄土からの手紙だと思う。『ボイジャー』からは『不思議な体験』を追加したい。「眩むような白い光」を見た体験を歌う。「遠くであなたが見つめてる いつでも心を送ってる」「遠くであなたが呼んでいる 両手を広げて立っている」「今 全てが生まれ変わるとき」親鸞はよく経文を読みかえたが、真実は時として「曲解」を許すのではなかろうか。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.01.01 21:48:18
コメント(2) | コメントを書く
[ユーミン] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: