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TVつけたら、元“海の王子”が三年ぶりに帰国するとかでどこの局も同じような飛行機の生映像を流しっぱなしで。コメンテーターのひとり、毒舌芸人Oは呟いた。「ずっとこの映像流してて面白いんですかね?」誰もそれに答えなかったが、私も彼女と同じ感想だった。この三年間、何かは知らんが“何かしら”異国で頑張ったんなら、それについては結構なことだが・・・この人は何もかもが“謎めいてる”というか“眉唾物“で、過去も今も“金銭問題のトラブルと忖度疑惑”がありすぎて、市井の民の私には理解し難いことばかり。私なりに何とか彼の“良い点”を見つけようとしたけど・・・う~む。しっかし、“一般人”に対し、ここまでマスコミが大騒ぎするやら国が大袈裟に“VIP待遇”するやらでビックリだ。口約束のフィアンセは、残念なことに相手方の家族を含め多くに歓迎されないままの状態である。今からこんな手厚くもてなされてて、ホントのところどんな気分なんだろう?国民が首を傾げる程の過剰なサービスを、当然のように真顔で受けている姿を観る度、“鈍感力”が長けてるのかも?と感心すらする。彼も彼なら、姫も姫。「結婚は私達にとって“自分達の心”を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」か・・・(溜息)。周りが何を言おうと、家族がどんなトラブルを抱えようと、『純愛』を貫き通すのは、普通の若者なら別に悪いことじゃない。むしろ若い二人を応援したい。ただし、“身分”が違いすぎる人との結婚だからな~。これまでの成長を温かく“支え見守って”きた者達の努力や期待を台無しにして、何もかもの縁を切って、従ってきた全員を“失望”させても、“彼との人生”がいいんだね?何かの記事で読んだが「今の暮らしを変えるには、結婚しかない」という一心で結婚を急いでいるのだとしたら・・・彼を愛しているから結婚したいのではなく、『自由になりたいから結婚したい』ということでは?本当に好き合っているのなら、今、巷で疑われている全ての問題をクリアにしてから結婚してほしかった。それができれば、世間の見方も少しは良くなったと思うのに。こうなったら、その“責任”の重さをしっかり感じて、“何があっても“一生添い遂げることで、国民に二人の覚悟と誠実さを示してほしい。『自由な一般人の新婚生活を夢見る』二人に通りすがりの平民が望むのは、それだけ。******Twitterで興味深いテーマがバズっていた。『もう40歳。』から始まるその呟きは、40代を迎えた独身女性の心の内が綴られていた。彼女は焦りを感じ、心身共に弱っているようだった。ツラくて思わず、SNS上に本音を吐き出したのだろう。とにかく弱気で「40だから恋愛結婚する余裕はない、ひとりで生計も立てられない」とボヤき、「ひとりでボロボロに生きるか、婚活して好きじゃない人と結婚するかしかない」と絶望してる。私も独身の頃、似たような想いを抱いたことはある。周りがどんどん結婚して子供を育て、彼等の暮らしや価値観がガラリと変わるのを何度も見て、自分だけ取り残されたようで焦った時期も。けれども、当時の私の結婚観は漠然としていて、“結婚”の決め手は何なのか、分からないままだった。結婚願望があるにはあるが、結婚を一度は本気で考えた人との交際に失敗して自信喪失した事が原因で、“結婚”がますます分からなくなった。そういう迷いがあるうちは、弾みで結婚しても良い結果を招くわけがない。その後ダンナと出会って、将来を彼が真面目に考えてくれたのに、私は一年くらいずーっと悩みに悩み・・・随分待って貰った。で、全然“結婚”のイメージが浮かんでこないまま時が過ぎ・・・二人で様々な問題(かなりヘヴィ)を乗り越えるうち、イイヒトなのに損な生き方をしてた彼を見て、「この人を幸せにしたい!」と強く思うようになった。それからやっと、彼と結婚の話を具体的に話し合うようになり山あり谷ありを繰り返し・・・今に至る。ま、二十数年結婚してみて言えるのは・・・アカの他人同士が結婚して暮らしていくには、いくつかの“妥協”も必要ではあるけど「好きじゃない人と結婚するしかない」と考えるくらいなら、結婚しない方がいいんじゃないかと。私達は“一般人”なのだから、↑の姫のように親の決めた結婚や子供を産むだけのために“諦め結婚“をするような道を進まなくていいのだから。第一、「好きじゃない人」と結婚して長く一緒に暮らしていくって無理だと思う。親や周りにも、出来れば祝福されたいし。たとえばヤケクソで結婚した相手と共に暮らす中で、相手の好きな点が見つかれば、素敵だとは思うけど。一瞬でも本気で、その人と結婚したいと思う瞬間がなければ、何のための結婚、だろう?養って貰ってラクしたいから? 寂しさ紛らわすため??相手の地位や財産狙いとかで割り切れるの? その人との間に子供出来たら、ちゃんと愛せる?ついでに彼女のTwitterの幾つかを読んでみたが、何もかもが否定的、消極的だった。コメントをくれた人に対しても、そんな感じでマイナス思考の返事ばかり。そういう後ろ向きな考え方をするうちは、結婚のご縁を自ら遠ざけてるよ(経験者は語る)。それに結婚したい恋愛したいと叫びながら、自堕落な生活を改めようとしないのも、いただけない。何より、「結婚すれば上がり」みたいな考え方自体、そもそもおかしい。生き方は人それぞれでいいのだし。『もう40歳。』と呟いた彼女は、結婚に一体、何を求めているんだろう??? ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと以上。「我が家の今後が決まる問題は、先輩に相談して中止に。もう暫く現状維持でいくわ。」ときめき、感じてますか?
2021.09.27
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『人生ゲーム』の生みの親でゲームデザイナーのルーベン・クライマー氏(99歳)が、先日亡くなった。世界各国でロングセラーとなったこのゲーム。実は聖書の教えが原型で、もとは子供達に夢を持つことや、お金の大切さ、自立して生きること等を教える教育的狙いがあったらしい。子供の頃、親族で本家に集まると、夢中になって遊んでいた。ルールもマスに書かれた内容もよく分からないまま、メチャクチャな遊び方をしていたように思う。それでも“現実”離れした大人の世界(しかも米国が舞台)のストーリーにワクワクしてた。意味が分からないなりにすごく面白くて、ボードゲームで一番気に入っていた。だってホント、“あり得ない”人生なんだもん。私のルーレットの回し方ひとつで、簡単に未来が変わってしまう。マスを何個か進んで突然一山当てて大金持ちになったり、大失敗して全財産失ったり・・・かと思えば前に進む度に車に乗りきれないほど子沢山にもなるなんて!ゲーム製作者の狙いであった“学び”について、どれだけ役に立ったかは分からないけど、とりあえず幼いながらに「堅実に生きろ」という教訓を、遊びながら得た気がする。しかし、振り返れば『人生ゲーム』まで派手に浮き沈みはないものの・・・私の生きてきた数十年、本人はいたって慎重に物事を進めているつもりだが、毎回が『一か八か』な日々だった。そして昨日、また“人生の岐路”に立たされた。このところ我が家の“一大事”は休み前に起こる。今回もその日の朝まで何の問題も無かったのに、午後から突然大きな悩み事を抱えてしまった。今後の人生を左右するかなり重要な事。本当ならソレについて考えるのは、あと二年位経ってからのハズだった。それがちょっと“早まった”というか・・・早めざるを得ない状況になってしまった。で。早速昨日今日と夫婦だけだけど、『柱合会議』並みの真剣さで『家族会議』を行った。深刻な内容ではあったけど、意外にも二人とも“結論”は同じで、あっさり答えが出た。そうは言っても、私達の今後が決まる大事な答えなので、昨日は正直なところ、私の心も少し揺れていた。あれこれ細々と気にしてしまうと、“今” でいいのか?という不安も無いわけでは無い。きっと周りに話せば「リスキーだ」と呆れられるかもしれない。けど、私達夫婦は“結婚生活”が始まる前からずっと“冒険“続きだった。去年だって姑を看取るまでの暮らしも“冒険”と言うより“綱渡り”だらけで。今年やっとや――――っと十数年ぶりに“穏やかな”日々を感じていただけ。それが、もう少し続けばいいな~と願っていたけど・・・我が家の『運命を決めるルーレット』は、『人生ゲーム』ばりに“一休み”さえも許してくれない。今回もなかなかの『試練』を用意してくれた。まあ、昨日はちょっとだけ眠れないで“悶々”としてたけど、今日は二人ともわりと平気で。腹を括ったというか、『二年先』の予定が少しだけ早くなったんだと、考え方を変えれば抱えた錘が少し軽くなるわけで。私は良いことも悪いことも『表裏一体』で在ると思うようにしてる。周りを見回して何不自由なく“幸せ”そうに見える人、いつも笑ってる人が、必ずしも“幸せ”とは限らない。だから今流行りの『親ガチャ』って言葉も嫌い。そんなので“自分を言い訳にする”のもみじめで、体よく逃げてるだけだ。確かに私やダンナの人生には酷いときが多い。だからこそ、ソレを生きてるうちに必ず“挽回できる”んだ!と思い込まないとこの先、生きてゆけない。どんな星の下に生まれても、最後は自分の力で突き進むしかない。随分前にどん底だった私に、教師になった友達は言ってくれた。「落ちるだけ落ちたら、後は上る一方」と。今回、意図せず計画が早まってしまったのは、悔しい。でももしかしたらコレが『チャンス』なのかもしれない。心配が頭を支配しないうちに、前向きな考えで埋め尽くすことにする。かのダビンチの名言に「幸運の女神には前髪しかない。チャンスがやって来たら逃さず掴め」というのがある。もとは人文学者で医者・作家のフランソワ・ラブレーの言葉「機会は前頭だけに毛髪があり、後頭ははげている。もしこれに出会ったら前髪を捕らえよ。一度逃がしたら、神様でもこれを捕らえる事は出来ぬ」なのだが・・・どんなに悩んでも、明日のことは誰にも分からないってのは平等なのだから。くよくよせず自分のカンを信じて進めばいい!そう信じ込むようにする。今回掴んだ“前髪の主”が、どうか“幸運”の方でありますように🙏★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「このくらい暑いくらいがちょうどいいなぁ。」こんな世の中に効く阿佐ヶ谷姉妹💕見てるだけで♨ほっこり♨🍵🍡
2021.09.23
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昨日はココでかなりボヤいてしまった💧自分の中に溜まる澱を吐き出す目的で始めたblogだから、扱い方を間違ってはないんだけど・・・ちょっと反省。今日も天気が良くないせいか心も体も重く、睡魔に負けそうな1日になりかけていた。でもいつまでもダラダラしてたら、時間がもったいないと思い始め・・・午後からやっと前向きになれ、「何かワクワクできそう」なコトを求めてネット上をぶらぶら。と言っても私が興味を持って動けそうなのって、結局“文章”を書いたり何かをイメージして表現したりすることになっちゃう。だからはじめから、“できそうなこと”の範囲が狭いわけだ。それでも何とか、私にもチャレンジできる面白そうなコトを見つけた。ので、試しにひとつ、早速挑戦した。8月まで続けていた音楽系の原稿応募よりは地味だし、ワクワク度も小さめ。でも、同じように専門家に審査されて、運が良ければ“採用”されることもある。モチロン誰かに認められて“採用”されるのも目標にしたいけど、今の私には、ひとつの目標に向かって“あーだこーだアイデアを練る“時間を持つことの方が大事。編集部の都合で音楽系の投稿という趣味を奪われた代わりに、暫くこのコトに集中してみよう。とあるサイトのテーマを見たら、あれもこれも挑戦したくなって、徐々にやる気出てきた。欲張りすぎず、気楽に始めてみることにする。仕事じゃないから、自分に合わなきゃ、誰にも遠慮せず自分の意思で止められるのだし。その場所を通じて“私の生み出した表現”がいつかは、“どこかの誰かの役に立つ“日が来るといいなぁ。それを夢見ながらも、今は目の前に与えられたテーマについて、「私ならどう料理するか?」を考えてみよう。やっぱり私は、“言葉で何かを生み出す喜び”を味わいたいのだと、それしかできない人間なんだと、改めて思った。「それでもできることを積み上げたら、できないと思っていたことも、気づいたらできそうになっている。できちゃっているかもしれない。」by 藤井風(news zero 2021.9.10 O.Aより) ★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「あー、猫もふりたい!」減量成功して、シュッとしてきたね~♪
2021.09.14
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一昨日辺りから、窓を開けるとどこからともなくふんわりと。あま~い香りが鼻孔をくすぐるようになった。この家に暮らし始めて10数年経つけれど、オレンジ色のそれが近所のどこに咲いているのかを、いまだ見たことがない。私が最初に見つけた花は家からだいぶ離れた所に咲いてるから・・・そこがこの香りのモトだとしたら、もの凄い拡散力。香りにしろ味にしろデザインにしろ『甘い性質』のモノが、それ程好みじゃない。毎年、この香りを初めて嗅ぐ日は、新しい季節を感じて嬉しい反面、“秋“を否応なく認めさせられるので、ちょっとテンションが下がる。つまんない事で直ぐに気が滅入るようになる。初夏生まれだから、大好きな夏が終わってほしくなくて。そもそも秋からの季節があまり得意じゃなかったのが、実父の死を境に更に好きになれなくなった。今冬で13年経つというのに、今でもあの日からの数年、私が経験したキツめの出来事の色々が、よみがえってしまうから・・・この時季どうも調子がよくない。上向きな気持ちになりづらい。って、ウジウジとこの件についての屁理屈を毎年のようにここに書いてる気もするけども。気分を変えるために何かしなくちゃ!とは一応思ってはいる。ただ、思うだけで大して動けず。『自己肯定感』が笑っちゃうくらい低いから、何に対しても中途半端に思える。私の成す事すべてに自信が持てない。特に仕事のないこの時季、ゆらぎのお年頃の心身の変調も加わって、あれこれ考えてるうち、どんどん自分が何者か分からなくなる。私が何のために生まれ、この先何をすべきなのか? 何を生き甲斐に生きればいいのか?そんなどーでもいいこと、今更大真面目に考えないでいいようなことをくどくどクドクド考えてしまうから、ほんと好くない。暇すぎて、自分でもイヤになる“悪いクセ”が出がち。 で。できるだけ深刻に考えず“その日暮らし”をするようにしたら結局、今日も手抜き家事の後、ダラダラと海外ドラマやYouTube見続けて、もうこんな時間💦まぁ、こんなメンタルの時に無理に何かしようとしても、かえって悪いこと起きたり疲れたりストレス溜めたりするだけだから、決して“頑張る”ことなんかしない。第一「頑張る」って言葉自体、好きじゃないし。そんなわけで、夕飯の準備までもうちょっと自分を甘やかしてダラダラ継続中。時の流れに抗わず、今は素直に身を任せつつ、この贅沢すぎる“暇”な日々を有り難く生きていこう。秋・・・あんまり得意じゃないけれど、ウォーキングに最適なのは好い。海水浴客もいなくなったことだし、久しぶりに潮風と波音感じながら砂浜踏みしめたいな。神社仏閣巡って心静めるのも、今の私には効きそうだ。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「昆虫食は無理。」大好きなスタジアム⚽×大好きな人🎹= God bless us🙏,゚.:。+゚
2021.09.13
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この冬と来春に予定されてる催し物に、もの凄く行きたくてチケットを取る気満々でいたけど・・・それも無理なのかもしれない。コレを逃したら次いつチャンスが巡ってくるか分らない貴重なモノで、どうしても行きたい!! 諦めきれない。だけど、全く終息する気配のない『変幻自在の魔物』が蔓延る空間に、自分や周りの人達の『命』を懸けてまで行く価値があるのか?と考えると・・・YESとは断言できない。初めは私に勧めてくれていたダンナも、今はやめた方がいいと言うようになった。ダンナの職場関係で再び『感染疑い』の人が出たらしい。その人は濃厚接触者で、検査待ちの状態。『友人』の感染が判ったのだと・・・このご時世に友人と会ったのだろうか?詳しいことは分らないが、彼等と直接関わりがないとは言え、今流行りの変異株はどこでどう広まるのか、これまで以上に分らない。まさにロシアンルーレット。そんなわけで、我が家にも再び“緊張感”が高まった。今や新型コロナの変異株のパワーアップ版が日本各地で発見され、その威力がどれ程凄いのかも、専門家でさえ判らない。どんなに国がワクチンワクチン言い張っても、ワクチンは感染した時の重症化リスクと後遺症を軽減するためのものだから・・・結局はこれまで通り気を緩めることなく、国民それぞれの衛生観念に基づく地道な心掛けに頼るしかないわけだ。つまり、仲間とワイワイやGo Toトラベルなんてのは時期尚早。自由に遊び歩く以前のような暮らしなど、夢のまた夢である。そうは頭で解っていても、新型コロナに怯えながらの暮らしも1年以上経ち、いまだに『行きたい場所に行けない。会いたい人にも会えない』ままじゃ、インドア派な私であっても息苦しい、元い『生き苦しい』と感じてしまう。本当にどこまでこんな『先の見えないトンネル』が続いているのだろう?前の人も散々だったけど、今日の速報を観て呆れすぎて溜息さえ出なかった。世の中を混乱させ、更に状況を悪化させるだけ悪化させといて、TOPとしての役を果たさず。頑なに自分を貫いてヤバくなれば、我々を見捨てて素早く『逃げる』という最悪の結末。「国民の命と健康を守る」と言い切ったのに、やはり口だけ。この人もまた、守りたいのは自分だった。国を背負う立場のいい歳の人間が、こんなことを繰り返すようじゃ、子供が大人を信じなくなる気持ちも解るよ。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「あー、まだ今年スイカ🍉食べてないわー。」今の時代にこそ、聴いて欲しい🎸🎸
2021.09.03
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9月1日で18年周年である。楽天でblogを始めたのが2003年の9月。だから今日から19年目に入ったということだ。それ以前にも別の場所で長文を書きまくってたから、私のblog歴は更に長いけれども。詳しいことは毎年9月に入る前後でくどくど書いてきたはずだから、今更説明不要だな。さっき去年の記念日の記事をちょっと見たら、これから書こうとしたことと大して変わらない気がした😂そうだわ! あの頃、久しぶりに謎の蕁麻疹出てた時期か。ならば、私が鰹の刺身断ちして1年が経ったとも言えるわけだ。18年か――――――――――。そんなに長~くやってる感覚はないんだよな。仕事でもプライベートでも喋ること以上に書くのが当り前の暮らしが長いから、全く苦じゃないので。去年もblogで書いてたけど、私にとってこうして書くことは呼吸するのと変わらないのだ。でも私に子供がいたとして、18歳となると高校卒業して大学進学とか就職するくらいの年齢になってるんだよなぁ。そう考えると、俄然月日の流れを感じるわー。確かに始めた頃の私と今の私では、暮らしてる町も家も仕事も見た目もだいぶ違う。頑固だから基本の考え方はきっと変わってない。それでもあの頃の色々を歳を重ねるにつれて手放したことで、随分生きやすくなった気がする。ガツガツ・セカセカしてたあの頃は、出会いや刺激やチャンスに溢れ、それはもう欲まみれだったに違いないけど。だからって、今あの頃の私に戻りたいか・・・って考えるとそうは思わない。若いうちに遣りたかった夢を叶え、充分遣り尽くしたと思い込んでるから、あれで満足しちゃってるんだろうな。それに、自分の能力や体力の限界も見えて、これ以上高みを目指しても、私には無理なのが分かってたのもある。18年間で私の価値観や容姿風貌も変わってしまった。しかし、それ以上に世の中が思わぬ方へと進み、何もかもがガラリと変わってしまった。まさかこんな世の中になるとは・・・ね。ユーミンじゃないから、「あの日にかえりたい~」なんて未練がましいことは言わない。ただし、“今の自分”が間違った方向に進んでいないか確認の意味も籠めて、時々このblogの過去の日記を読み返してみるのは、大事かもしれない。もしかしたら、あの頃の私から“学ぶこと”があるかもしれないし(んなわけない)。******最近ど忘れやうっかりが多くなった。人と接する機会が減ったせいもあり、編集者時代のように人の名前も顔も直ぐには覚えられないし、記憶も定着しづらくなってきた。そして、いつの間にか“本当に自分に必要”な人や物事以外の情報を、インプットしないクセがついてしまった。そんな私ではあるけれど、(このblogの前の)blogを遣り始めた頃から今まで、ネットという不思議空間で偶然知り合った人達のこと、わりと細々覚えてたりする。で、その人と何を話したかを急に思い出したりもして、懐かしくなる。「○○さん、元気でいるかなぁ」なんて、まるで同窓生や故郷の顔見知りを思い出すかのように、顔の見えない相手に思いを馳せる時が今でもたまにある。相手は、ホントにたまたまココに辿り着いただけだとしても。私にとってココは、いつの時代も『子供の秘密基地』みたいな聖域だ。今まで、好き勝手に書き散らした雑文に対し、繰り返し立ち寄ってくれたり、言葉のキャッチボール相手に気軽になってくれたり・・・・・・そういう好意的な反応や彼等の生きる姿勢ひとつひとつが、どんなに励みになったことか。思い出すのは、それぞれに個性的で好い人ばかり。今もどこかで幸せでいてほしいと祈りつつ、私は私の日々を進もう。この先19、20年目と・・・いつまでこのblogが続けられるのか、楽天のゴキゲン次第なのが玉に瑕だけれど・・・この8月に趣味の音楽系投稿サイトが急に閉鎖したせいもあり、私が息抜き毒吐きできるオアシスは、もうココしかなくなった。それ故に私の心の拠り所が末永く続くことを願いつつ、これからもこのblogと共に成長していきたい。******今まで立ち寄ってくれたみなさん、ありがとうございます。自分語りで気持ち悪いかもしれませんが、自己解放のために続けてます。自分への教訓としてココで私、飽きることなくこれからも語り倒します。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「我を通して許されることと許されないこと、あると思うけどね。」place of healing🍀
2021.09.02
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