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一番好きな動物と言えば、断然猫🐈。ただし種類にもよるが犬も好きだ。九州の実家暮らしだった頃、我が家には何かしら“生き物”がいた。父も母も弟もみんな“動物好き”だった。猫、犬、ハムスター、金魚、鈴虫、コオロギ、カブト虫等など、その時代には大して珍しくなかった生き物ばかり。特に私が主体的に世話をしたのは『鳥』である。幼い頃“夜市”で黄色いヒヨコをゲットして、大事に可愛がっていた。それから小学校のクラスで飼っていたつがいのジュウシマツ。長期休みに入る度に、私がカゴごと自宅に持ち帰りせっせと世話をした。きっかけは覚えてない。学校に家が一番近かったのが理由かも。またある日、父が庭に二階建ての小屋を作り始め・・・気付いたらつがいのチャボが暮らし始めてた😲 夜明けに雄鶏は高らかに鳴き、雌鶏が産んだ温かい卵を私は日課のように母へと運んだ。それ以外にも身近にインコや九官鳥もいて。そういう意味では私にとって、『鳥』は猫や犬よりも“馴染みのある生き物”と言える。けれども若い頃、ヒッチコックのパニックサスペンス映画『鳥』を観た時はさすがに、“大量に群れる鳥”には嫌悪感を持ってしまったな💧* * * * * *今の町に暮らし始めてから。“野鳥”との出合いが色々あって。雀やツバメはもちろん、メジロ、ウグイス、とんび、イソヒヨドリ、ガビチョウ、コウモリ、カルガモ、鷺、鳩、キツツキ・・・挙げたらキリがない。おかげで、今まであまり知らなかった鳥の名前や鳴き声を調べることが楽しみになった。うちのベランダの『猫額ガーデン』にも、毎日“雀”がやって来る。鳥好きだった父が亡くなった年、急に雀がやって来るように。その雀が植栽のそばで砂浴びしたり砂を掘ったりするうち、元気のなかった幹や花がみるみる大きく強く育っていった。あれから十数年経ち、途中で世代交代もあったものの。どうやら一つのファミリーが出入りしているようだ。毎日興味深く観察してるので、メインの一羽については癖や感情が解ってきた。この雀の血筋だけが特別なのかは知らないが。かなり人間味がありやたら賢い!!だから、今最も話を聞いてみたい人は、動物言語学動物行動学専門の生物学者、鈴木俊貴さんかもしれない。とりあえず機会があったら『僕には鳥の言葉がわかる』を読んでみたい。毎年、春の訪れ🌸を鳥達の躍動🐤で知る。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「“長いお休み”も間もなく終わり!」
2026.02.20
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帰京して二週間以上経つ。なのに、思った以上に前に進めていない。新年早々から母の“余命”を意識しすぎたせい。それに加え、葬儀一式終えてもなお、全速力で走り続けている毎日だった。今頃になって疲れ寂しさ悔しさなんてものが、次々とうねりのように押し寄せてきてる感じがする。四十九日等法要には暫く帰れないものの、御香典返しの準備発送とか色々、娘としてやるべきことは山積み。けれども加齢も相まって、心も身体もだいぶガス欠気味💧 やっと最近、実家から持ち帰った荷物(のうち放置してたモノもの)を片付け終えた😅 昨秋からいつ呼ばれてもいいように“覚悟”して、体調整えて暮らしてはいたけど・・・やっぱり疲れた。それに。思いのほか様々な感情を引き摺ってしまってるなぁ。とは言え。私にもこれからの人生がある。顔を上げて前進しなければ! 仕事への復帰は“爽やかボス“の計らいで、もう少し先になりそう。先ずは日常生活の手応えをきちんと取り戻していこう。あとはもう、『日にち薬』に任せるしかない。ということで。今日から私が一番“無心”になれる裁縫を始めた。前に『スワニー』で思わず買ってしまった薔薇柄の端切れ。テーブルクロスにするつもりで選んだのだが、それを作る!と決めた。ミシンをまだ買ってないし、縁をバイアステープでぐるりと縫うだけなので、“手縫い”でちまちまと。とにかく集中できて好い! 早速癒やされまくり♨♨♨ 努力した分、縫い目になって自分の目で確認できるのも達成感があって好い!! 油断すると下がりっぱなしのテンションが、徐々に上がってきた♪ 意外と早く終わりそうなので、次に縫いたいモノも決めてある(※コロナ禍に始めて投げ出したパッチワーク😂)。よし! この調子で裁縫に没頭できてれば、なんとか『今』を乗り越えていけそうだ。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「🐈ねこにゃべ🍲美味しくいただきました♪」
2026.02.16
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ネットサーフィンをしてて興味深い記事があった。「字が書けない」若者が増加中 デジタル化の裏で深刻化する「漢字忘却」と「美文字」教室ブームのなぜ|概要|ニュース|ピンズバNEWSスマホやタブレットが欠かせない現代。その影響で幅広い世代に『手書き』する機会が減り、自分の手で記録する習慣が失われつつあると。特に若者層の変化として、「漢字が書けない、字が書けない」人が増えた・・・という良くない結果が。確かに仕事で若い世代と関わっている私も、年々それを強く感じるようになった。いやそれでも、若者が手書きをしなくなったと聞くわりに、文字自体は皆、かなり上手だ。私がどんどんヘタクソになるので、彼らの文字に添えて書くのが恥ずかしいくらいに。ただし皆、言葉を知らない。だから自分の考えや感情を表わす言葉が驚く程“単調“。悪く言えば小学生から成長していない印象を受ける。たとえ、ちょっと大人びた表現や洒落た言葉を使った人がいたとしても、残念ながらとんでもない誤用や発音の勘違い等が実に多い。例えば本や漫画を読むのが好きな人であれば、視覚的に多くの情報を脳に記憶できる。そのせいか、本を読まない人より言葉を自分なりに使いこなしているのが判る。これに“声に出して読む”のをプラスすると、聴覚的にも脳への刺激が強まり、言葉を自在に操れるようにもなれるだろう。もちろん、この「漢字が書けない、字が書けない」問題は、若者層だけでなくそれ以上の世代(私のような年寄り)も他人事ではない。読み書きをする機会が多くても、新しい単語を必死に復唱して覚えたつもりになっても、寝ればリセットされてる・・・なんて惨めさ😅だからというわけでもないが。もともと大の『メモ魔』なので、スマホ以外に手帳でのスケジュール管理も長いこと続けてる。そして一日が終わるタイミングで思い出し、“今日の出来事“を事細かに手書きで記録する。いつしかダンナも毎日、ほぼ私と同じようなメモを細々とるようになった。その時にも結構な確率で漢字を思い出せない💧 だからその都度、調べて正確に書く。若者のように柔軟な脳じゃなくなってるので、言葉がどれだけ定着してるかは怪しいもんだ。それでも諦めず、しつこいくらいに言葉を文字を、何かにつけて積極的に書く。それができなくなったら。昨秋から何ヶ月も休んでいる「文字を書く」仕事にも復帰できないから。その復帰を目指し、今日も明日も明後日も、私はこの手でメモをとる。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「たかが一票、されど一票。」
2026.02.05
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10年と2ヶ月ぶりに九州に帰省した。四年間入院していた母を“見送る”ために・・・・・・新年が明けて間もなく。独りで家を守る弟から「母の容態が悪化した」という報せが。昨秋に一度目の“余命宣告”を受けていた。しかしその後奇跡的に持ち堪え、主治医の予測以上に生きながらえていた。“事の始まり”は四年前に遡る。あれも1月が始まって直ぐのことだ。母は長年の持病が悪化し、緊急手術を受けた。その頃はまだ術後のリハビリにも励み、再び“デイケア”に行けるよう退院を目指していた。大好きなカラオケも久々に唄ったと聞いた。けれど新型コロナをはじめとする幾つかの病に次々罹り、入院2ヶ月目頃には“様子が違って”きて、会話ができなくなっていたそうだ。好奇心旺盛で、誰に対しても平等に接する世話好き。“おしゃべり大好き人間大好き”な母がもう喋れない。様子を見に来た弟には必ず反応して、何かを言おうと口を動かすのに、喋れない。そんな日々が長く長く続いた。10年も帰れなかった間、私は私で姑の介護と見送り、自身の闘病、コロナ禍の制限された暮らしのあれやこれやで余裕がなかった。無理してでもひと目会いに行けば良かった・・・・・・今さら悔やんでも遅いのだけれど。四年前に連絡を受けてから私は、「いつでも直ぐに飛んで帰れる」ようスーツケースに荷造りをしては、季節が進む毎に中身を入れ替える作業を繰り返してきた。そのうち“余命時間“は次第に短くなり、遂に先日、私が帰る日が決まった。最期の日。その数時間前。夜遅く仕事を終えて駆けつけた弟に気づき、目を開けて彼を見て、涙を流して口をパクパク動かしたそうだ。「あん時、かあさんワシに何を言いよったんやろ・・・」 葬儀の終わった夜。口数の少ない弟がぽつんとひと言呟いた。きっと最後の最後まで“親孝行で不器用な息子”のことを心配していたに違いない。“親不孝な娘(=私)”のことは、いつまで母の記憶に在っただろうか?晩年は随分痩せたらしい。それでも最期に見た母の寝顔は、いつものままだ。ふっくらとして穏やかで、とても美しかった。これでやっと苦しい病や辛い治療から解放される。母が天に昇る日。朝から風が最高に冷たくて凍えそうだったけど・・・空は一点の曇りもなくどこまでも青く高く澄んでいた。父を見送ったあの日と同じ寒さ厳しくて清らかな青空。美しいあの空を、私は一生忘れない。母がいない最初の朝。★ ★ ★ ★ ★今日のひとこと。「早咲きの🌸が、あちこちほころんで。」
2026.02.02
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