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昨日からボンのベートーヴェン生家で12年前に購入して来ました、エミール・ギレリスのCDを聴いています。初期の傑作「悲愴」、中期の代表作「ワルトシュタイン」、「熱情」がカップリングされていますが、何とも懐かしい感じがします。「大ソナタ悲愴」という標題は、ベートーヴェンが名づけた数少ない例として知られる。ベートーヴェンが楽曲に標題を与えることは珍しく、ピアノソナタの中では他に「告別」があるのみで、その他の標題(「月光」など)はベートーヴェン以外が名づけている。したがって、この標題には特別な意味があるとみなされることも多い。この曲はそれまでのピアノ曲とは異なり、人間的な感情の表現が豊かになっている。そのような点で、ロマン派音楽のピアノ書法の原点とみなすことが出来るし、ピアノのロマン的な特性を利用することに成功した初めての曲と言うことも出来る。YouTubeでも、ギレリス演奏の「悲愴」ソナタはアップロードされているのですが、音質が悪いので、クラウディオ・アラウの中庸テンポ演奏でお聴きください。Beethoven: Piano Sonata No. 8 "Pathetique" (3/3)家内はコンサートに行って一緒に聴いていても、自分の想いを積極的に口に出す性格では無かったので、どれ程好きだったのか定かではありません。唯、ベートーヴェン好きだった義父の影響で、幼時から良く聴いていたので、多分好きな曲の一つだったのだろうと推測するばかりで、確かめられないのは残念です。
2010.01.31
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民主党鳩山首相、昨年9月臨時国会の所信表明演説では「友愛」を連発し、今回の施政方針演説では「心」を連発しての理念を披露したのですが、具体的な施政方針が示されず、昨年の政権交代は国民にとって何であったのかと疑問に感じられる様になりました。政権公約マニフェスト実現の優先順位を示し、何を実現し何を諦めるのかを示すことが必要で、政権交代5ヶ月の責任ではなかったと思うのですが、何も無いので本当にがっかりしてしまいました。結局は、鳩山首相は実行力リーダーシップに欠けた使い走り小僧で、剛腕小沢幹事長の掌の上でパーフォーマンスをしているだけ、施政方針は小沢幹事長の意を汲むだけなのかも知れません。政権閣僚も、藤井財務相が辞任した後は、菅氏も選挙演説ばりのパーフォーマンスだけ、前原国交相も力量不足、他は推して知るべしの実践不足面々、加えて官僚を使いこなせていないのに事業仕分けと言うのですから、小沢氏に見縊られるのでしょう!このままでは政治主導も出来る筈がありませんので、今年の参議院選挙ではガラガラポンの政界再編が望まれ、民主党でも無く、自民党でも無い、第3のキャスティングボートを司る「みんなの党」等の躍進を期待することが大きくなりました。鳩山首相の施政方針演説は政策課題への取り組み方の濃淡が鮮明になった。子ども手当など「目玉政策」を盛り込んだ2010年度予算案の年度内成立を訴え、参院選前には注目を集めた「事業仕分け」の第2弾を実施する構えを見せた。一方で「政治とカネ」や米軍普天間基地の移設問題については具体的な言及を避けた。 来年度予算の柱として挙げたのは、子ども手当や高校無償化、待機児童の解消など、子どもに関わる政策と年金・医療だった。公共事業を減らし社会保障や文教予算を増やした点を「政権交代の成果だ」と強調した。
2010.01.30
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先々週、日本年金機構(旧社会保険庁)事務局から、家内の老齢年金を12月に入金出来ない由の封書を受取りました。家内は10月末に亡くなりましたので、その口座は11月に全て凍結したのですから、至極当然のことなのです。米国年金については11月にも入金があったので、米国大使館との電子メールのやり取りで、支給停止要請をし、11月支給分は私の支給金を減じて処置することで決着したのです。日本の老齢年金は、死亡届の横連絡で社会保険庁にも通知され、自動的に支給停止措置が取られると思っていたのですが、全て縦割組織でそれは無かったのだと認識しました。其処で年金ダイアルに電話し確認した処、12月入金は10,11月分、10月は存命で支給されるとのこと、必要書類を郵送しますので、死亡届と未支給年金請求書を提出してくれとの回答でした。今週初めに郵送されて来ましたので、必要書類を整え、昨日担当する年金事務所に出向き、漸く処理することが出来ました。死亡届の添付書類1.年金証書2.死亡診断書(コピー)年金請求書の添付書類1.年金証書2.戸籍謄本3.請求者住民票4.死亡者住民票(除票)5.請求者銀行通帳死亡者住民票(除票)とは初めて聞く住民票でしたが、兎も角全て整えて、年金事務所に出向き、1時間以上待たされる大勢の相談者とは別窓口扱いとなり10分程で処理完了となりました。家内の生きた証が消えて行く寂しさはありますが、これも「生者必滅、会者定離」と言う世の常なのだろうと納得せざるを得ません。結局、近親者と付き合いあった方々の心のみに刻み込まれることとなって、折に触れて思い出されることしか無いのでしょう!
2010.01.29
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国道246号線を行き、洒水の滝近くの交差点で76号線の山道に入り、突き当って足柄街道78号線を行き、地蔵堂を横目に見て足柄万葉公園に着きましたのは午前11時半でした。自宅を午前9時に出ましたので、所要時間2時間半も掛りました。東名を使い大井松田ICを出れば、1時間半程度と思いますので1時間ロスしたことになります。足柄万葉公園は足柄峠の近くで標高756m、矢倉岳は870mですので、少し見上げる感じでした。直ぐに登山道に入り尾根道を行きましたが、高度をどんどん下げて谷合を巡って行きますので、最低標高は670m程、矢倉岳が高く見える様になりましたが、お椀を伏せた様な形は印象的です。山伏平から一気に真直ぐ登って行きますので結構きついのですが、時々コーヒー休憩をしながら登りますと、標高差200mですからそれ程時間を要しません。矢倉岳山頂に到着しましたのは、午後12時半ですから所要1時間、トレッキングとしては物足りないのかも知れません。山頂から見る富士山は、足柄平野から山麓を従えて雄大の一言、流石日本一の山と納得せざるを得ません。西南には箱根連山、金時山は近く、箱根山も大涌谷から登る湯煙も見えて、一望出来るのも魅力です。南は小田原市街から相模湾、東方には丹沢連山も良く見えますので、矢倉岳登山が人気のあるのは頷けます。昼食を含めて1時間程ゆっくり休憩し、同じコースを下山、万葉公園にはトイレがありませんので、足柄峠付近のトイレを拝借、午後2時半に帰路に着きました。家内と一緒に登ったのは8~9年前のことでしたので、良い供養登山となりました。
2010.01.28
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今日は家内の3回目の月命日です。ロゴス的には家内は充実した人生を全うしたのだと理解しているのですが、パトス的には喪失感に苛まれる状態は未だ変化はありません。そんな状況を打破するには、自然に親しむのが一番良いと判断して、天候の良い日は出来るだけ、散歩・小さなトレッキングをしているのです。それは「火の鳥鳳凰編」の我王(がおう)が両腕を失っても、生きる意欲を悠久たる自然から貰う場面に倣い、その生き方に従ったものでした。火の鳥鳳凰編奈良時代に権力に翻弄され苦悩する2人の仏師、茜(あかね)丸と我王(がおう)の宿命の戦いを東大寺の大仏建立を絡めて描く。火の鳥は、我王には悪行のせいで子孫達が持つ事になる宿命を語り、怒りを奮起させ彼の腕を上達させる、苦しみに耐え続けながらも生き続けさせる。一方、茜丸は我王に罰を与え都から追放することで栄華を得た、二度と人間には生まれ変わることが出来ないと言う輪廻転生の運命を告げる。運命を肯定する我王と、権力の庇護を得て慢心に陥ってしまった茜丸の対比。人間の名誉と愛を望む醜さ、そして真の幸福とは何かといった深い題材を取り上げた。しかし、家に戻って来ますと会話の無い孤独感から元の木阿弥になってしまい、我王の境地に達することは出来ません。未だ自力回復はならず残念な限りですが、PTSD治療には短気は禁物、じっくり待つ以外に方法は無さそうで、懐かしい思い出に涙する時は涙し、楽しかった思い出は記憶することで良き人生の充実感に浸ると言うことなのかも知れません。これは7年前2月末の写真、阿蘇の大観峰石碑前に立ち、寒い中、横を向いて笑い掛けて家内、何か面白いことがあったのか今となっては不明ですが、懐かしく楽しいショットと思えます。
2010.01.26
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開花の少ない梅林を、咲いている梅花を探しながら散歩するのは良いもので、生命力への愛おしさが感じられます。太陽の恵みを受けた、日当たりの良い場所では、早咲きの品種が見頃にも見えました。これは八重寒紅、一番早咲きの品種です。八重野梅も、比較的早いもので、此処は園内でも一番日当たりの良い場所ですので、見頃となりつつありました。毎年、夫婦2人で来ていましたが、今年からは独りとなった寂しさはあります。この画像は5年前に2人で来た時のもの、それでも、移り行く自然はしっとりと慰めてくれる気がしていますが・・果たして?
2010.01.25
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郷土の森博物館の梅まつりは2月1日からなのですが、早咲きの梅である八重寒紅、八重野梅、白牡丹などは見頃となって来た様です。特に、南法面に整備されました「ロウバイ(蝋梅)の小径」では、ロウバイ(蝋梅)が満開状態のものが多く見られました。元来のロウバイ(蝋梅)は、花弁が小さく、花芯部が褐色です。ソシンロウバイは、花弁が少し大きく、花芯部も黄色となっています。その他、花弁が丸みを帯びて、黄色の濃いマンゲツロウバイ等もありましたが、辺り一面に馥郁たる香りが漂い、将に今が見頃の状態でした。
2010.01.24
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この水仙は家内が植えたもので、日当たりが良い場所にあり、寒中に咲き出しては年々少しずつ花数を増やして来ました。家内はいなくなりましたが、その遺志が通じたのでしょうか、今年も花数が数本増えている気がします。名前はニホンズイセン(日本水仙)であるが原産地は地中海沿岸。室町時代以前に中国を経由して日本に渡来したと考えられている。園芸作家の柳宗民氏は中国から球根が海流にのって漂着したものが、ニホンズイセンとして野生化して行ったとの説をとっている。漢名は「仙人で、天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」と言う古典から、綺麗な花の姿と芳香がまるで「仙人」の様な処から命名された。和名は漢名の「水仙」を音読みして「すいせん」となった。日本水仙は園芸種程の華やかさはありませんが、ほのかな香りがするのがとても良いと思っています。「・・花ぞ昔の 香に匂いける!」でしょうか?
2010.01.23
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富士霊園の希望区画墓所1ヶ月間保留手続きをしましたのは、昨年12月7日でしたので、先週東京事務所に保留延長願いを電話連絡しましたら快諾されました。我が家近郊の公園墓地を数か所見せて頂き、墓参りするには近くて便利とも思ったのですが、現在住んでいる家が終の棲家になるか否かは分かりませんので、亡き家内の好きな場所、富士山近くとか高尾山近くが良いのでは思う様になりました。高尾山近くの公園墓地はインターネットで調べてみますと、寺院が経営する小規模墓地が多かったこともあり、従来墓地と変わらない雰囲気でしたので、もっと明るい公園墓地が良いと現地見学しませんでした。遠すぎる帰来はあるのですが、やはり大好きだった富士の見える富士霊園が良いのではと結論づけることにし、申込書に住民票を添付し郵送しました。12月で落葉していますが、御殿場の山越し西北には富士山が良く見えますし、希望区画墓所が管理事務所から5分も歩けば行くことが出来るのも魅力でした。富士霊園東京事務所に電話しましたら、墓地使用料200万円の払い込み用紙、墓石刻み代12万円申込書も返送するとの応対でした。整備期間2ヶ月とのことですので、何とか春の彼岸には間に合う様な気がしています。我が家の仏壇横に置いてある家内の遺骨、何も語ることはありませんが、安眠処が確定して少し安心しているでしょうか?
2010.01.22
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関東平野の縁に立つ高尾山・景信山を歩いてみますと、登山道には層状になった光沢のある岩石が剥き出しになっていることが多いのです。色は緑色、灰色、ベージュと多彩です。関東で変成岩の名所として知られているのは荒川上流の長瀞で、緑色の緑泥片岩が主体ですが、白色の絹雲母片岩、赤色の紅廉片岩もあります。この様な地層が、高尾山・景信山まで続いているかと思いつつ、これは灰白色なので絹雲母片岩と思い自宅に持ち帰ったものですが、変成岩一歩手前と言う処でしょうか。インターネットで調べてみますと、「地質学的にみる高尾山」と言うタイトルで次の様に解説されていました。粘板岩(スレート)とは、泥岩や頁岩が圧密作用によりスレート劈開を持ったもの。やや変成の進んだ堆積岩の一種。変成岩として扱われることもある。高尾山と周辺の山々を形成している地層を、その地層が特に露出している代表的な場所である「小仏峠」から名をとり「小仏層」と呼ばれる。高尾山の地層は「互層」と呼ばれ、砂岩と頁岩(粘板岩)が定間隔で「交互に堆積した」構造をなしている。又、高尾の地層は傾斜角70~80°、海底に自然に堆積された地層が隆起したなら、地層も規則正しく水平に見える筈ですが、立ち上がり垂直の地層となっている。将に強大なエネルギーの発散、大地殻変動の証拠、1億年の壮大なドラマを見てとれる。砂岩と粘板岩が互層となっていることから、地質学的には強固な岩盤では無く、圏央道のトンネル工事は大変な難工事になることも予想されます。高尾登山を楽しむには、素晴らしい展望、マイナスイオンの多い林間散歩、種類の多いスミレ等の野草類観賞に加え、足下の岩石観察も欠かせない様です。1億年前は巨大恐竜時代、化石が見つかることは無いのでしょうか?
2010.01.21
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昨日は、丹沢にあるシダンゴ山に行って見ることにしました。シダンゴ山は丹沢山地の南部に位置する標高758mの山で、見晴らしの良いことで知られています。飛鳥時代に、仏教を寄(やどりき)の地に伝える仙人がいて、この山の上に居住し仏教を宣揚したといわれている。この仙人を「シダゴン」と呼んだことからこの地名が起こり、「シダゴン」が転じて「シダンゴ」(震旦郷)と呼ばれるようになった。家内と登ったのは2回あると記憶していましたが、どうも2000年秋だけらしく、10年振りの再訪となります。朝9時前に家を出て、129号線から246号線に入り、寄(ヤドリギ)交差点で右折して山道に入り神奈川県松田町内寄(やどりき)自然休養村管理センターの駐車場に停め、トイレを拝借し、準備を整えて出発しました。山頂までは1時間10分との表示板もあり、軽いものだと登り始めたのですが、傾斜のきつい茶畑を登りつめ、登山道に入る前にへばってしまいました。何回もコーヒー休憩を取りつつ林間を登って行き、漸く時間通りに山頂に到着したのは12時正午となりました。山頂広場は小さく半分ほどに見え、記憶と言うものは不確かなものですが、見晴らしは記憶通りで素晴らしいものでした。山頂は丹沢山塊が一望出来る、素晴らしい展望場所です。西方を望めば、半分しか見えませんが富士山、「肩富士」と呼ばれるそうです。南方を望めば、相模湾、もやっていなければ房総半島も見えるのですが・・バーナーとコッヘルでインスタントラーメンをこしらえて昼食、ゆっくりと休憩して宮地山を経由して下山することにしました。自然休養村管理センターに戻り着いたのは、午後2時過ぎ、往復3時間の行程でした。心中家内に、昔一緒に登った「矢倉岳」、「幕山」など富士山が望める処に再度行ってみようと呼び掛けて、帰路に着きました。
2010.01.20
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Sanは「山(さん)」から来ている珈琲店で、聖蹟桜ヶ丘の京王アートマン・ビルの3階にあります。近郊で、美味しい珈琲を出してくれる店はそれ程多くはありませんが、San Coffeeは美味しい店の一つで、よく家内と行ってランチメニューに100~200円を追加して珈琲を出して貰いました。独り暮らしとなったことで、足が遠のいていたのですが、先日は久しぶりに訪問、ビーフ・ドリアのメニューに珈琲を追加して930円でした。京王デパート、此処には毎月2回来ていましたが、それも懐かしい思い出になりつつあります。駐車場4階から見る多摩川河川敷、関戸橋も直ぐ近くに見えますが、昼日中にも拘わらず、「暗黒に湯浴みする(ボードレール?キルケゴール?)」の感情も出て来て、寂しさが募ります。しかし、近郊で美味しい珈琲を出すことでは喫茶「友愛」が一番、此処には毎週の様に通っていました。コーヒーの美味しい喫茶「友愛」
2010.01.18
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マスコミ報道も公正では無いし、検察も正義の味方では無いと思いつつ、テレビ・新聞のニュースを見ています。小沢氏は公的な人間だから、土地購入を巡る資金出資に疑義がかかれば、それを明白に説明する義務があります。その反面、東京地検特捜部の正式発表が無いまま、マスコミが“疑惑報道”を大々的に報道している姿勢に違和感もあります。剛腕小沢氏はマスコミ嫌いで知られ、悪いヒール役を演じさせるのには格好のニュース材料と判断したのでしょう。しかし此処に来て、鳩山首相の何時も見られる言動の軽さが気になります。検察との対決を宣言する小沢氏に「どうぞ、検察と戦ってください」と政権全体で検察との戦いに踏み込む姿勢を見せたのです。と、これもマスコミ報道ですので、実際の真意は分かりませんが・・日本をリードしなければならない首相が、そんな権力バトルを終結させるには、中立で原則「喧嘩両成敗裁き」が妥当な立場であると思うのですが、一方に味方することになり火に油を注ぎましたので、成行きによっては政権寿命も風前の灯に見え、将来の政治禍根を残すことになりそうな予感がしてなりません。捜査当局からマスコミへのリークはあったと考えるのは自然ですが、一般人はマスコミ情報を基に真偽の判断をしなければなりませんので、思いは複雑です。検察は捜査機密を理由にそもそも隠蔽体質、志布志事件・足利事件と国民の信用を失墜させる捜査が続きましたので、一概には強制捜査を是認出来ません。しかし、特に今回は捜査中間報告など国民への説明責任が求められることになりそうですが、果たして従来の硬い殻から脱皮出来るでしょうか?
2010.01.17
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尾根緑道脇に小さな教会があります。古城の塔にも見える石組の塔が印象的ですが、桜並木がすっかり大きくなって、冬枯れの時期でないと目立たなくなりました。今まで何回となく、この前を素通りしていたのですが、昨日は見学させて貰うことにしました。桜美林学園の創始者である清水安三氏が建てたもので、プロテスタント福音派の日本基督教団(日本キリスト教団)に属する教会なのだとのことでした。当初は学校教会でしたが、1966年頃より近隣在住の方々が増え、今は2/3以上となっています。桜美林学園関係の他、福音主義派の牧師方も協力牧師として参加し、毎週の説教もローテーションを組んで地域に開かれた教会として、礼拝を大切にしています。このプロテスタント教会はカトリック教会と違い、主祭壇飾り付けも無い小さな教会で、教会内部の天井も低く実用的な祈り本位の教会でした。緑道から印象的に見えた石組の塔は、死者の為の納骨堂なのだそうです。
2010.01.16
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今日で68才となりました。よく人生は旅と言われますが、独り暮らしとなってみますとその思いが強く感じられる様になりました。松尾芭蕉は次の様に記述していますし、月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。舟の上に生涯を浮かべ馬の口とらえて老いをむかふる者は、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。若山牧水は次の様に詠んでいます。幾山河 越え去り行かば 寂しさの 果てなん国ぞ 今日も旅行くしかし、独居して生活するのも、人生と言う旅の一編であることに変わりはありません。菊を采(と)る東籬(とうり)の下(もと)悠然として南山を見る山気 日夕に佳く飛鳥 相い与(とも)に還る此の中に真意有り弁ぜんと欲して已(すで)に言を忘する (陶淵明)結局は、与えられた人生を辛いことを乗り越えて一生懸命に生き抜くことに意義を見出す、と言うことになるのでしょうか?そう言った意味では、家内の人生は満足出来る完結を迎えましたことになりましょう!この写真は、2001年1月ニュージーランドでの長男結婚式前夜のスナップ、私も60才未満、長男も30才未満で、皆トレッキングシューズで山歩きする程、元気な頃でした。老いも健康不安も感じない、人生旅の一つのハイライトだったのかも知れません。
2010.01.15
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企業再生支援機構によるJAL再建が始まることが決定的になりましたが、財務諸表優先に過ぎず再建失敗でも自己責任を問われない体制ですので、上手く行くとは思えません。1.40万人の個人株主は顧客であり、100%減資でJAL離れは決定的 株主家族を含めると100万人の顧客であり、1000億円の売り上げ減少となる 今回の100%減資トラウマでJALに戻ることは悲観的と思われる2.株主優待とマイレージの無い航空会社には魅力が無く、競合出来ない 特典の既得マイレージも従来通り利用でき、株主優待券も有効期限内であれば使用出来 るが、新生JALではそれらの特典が廃止されることからJALに乗る魅力は消失して、 競合他社ANAを勢いづかせることにしかならない従来顧客を繋ぎ止めようともせず、競合他社との生き残り競争にも対処しない再建策は、将に「木を見て森を見ない」対処療法、最悪の処方でしかありません。結局、企業再生支援機構は「親方日の丸」会社に過ぎず、経営にタッチしないことから責任を問われず、又顧客満足(CS)をも考慮せず、税金投入による財務諸表改善では上手く行く筈がありません。日本航空の再建に向け、京セラの稲盛名誉会長は鳩山首相、前原国交相と面会し、CEO就任を正式に受諾、CEOを無給で引き受け、勤務は週3~4日になり、COO(最高執行責任者)は、JAL社内から選ぶ考えを明らかにした。支援機構による新たな「再建策」も浮上、「新生JAL」の傘下に、国内・国際線の格安系航空会社設立というもの。想定モデルは、オーストラリアのカンタス航空で、格安子会社のジェットスターの好調な客足となり、赤字から回復したという。航空評論家は「アジアの格安と競合は無理だと。乗っているパイロットや乗務員の人件費を非常に安くして、同じことをやらなければいけない」と批判している。支援機構の財務諸表至上の無責任体制は既に露呈していると見ることも出来るのです。JALが会社更生法の適用を申請する方向となり、同社の株式を保有する金融機関や企業の損失も避けられない情勢だ。取引先の商社や主力銀行などを対象に、2008年3 月に発行した優先株約1500億円は大幅に毀損する。第三者割当増資に初応じたのは14社。三井物産など商社5社、新日本石油など石油元売り4社、みずほコーポレート銀行や日本政策投資銀行など金融5社が含まれる。100%減資で普通株が無価値になる可能性もあり、保有株の評価損も膨らみそうだ。支援機構による「客を呼び寄せる魅力の無い」再建計画では、力強い国の翼(National Flag Carrier)の復活は無い様に思われてなりません。
2010.01.14
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昨日、多摩丘陵地帯では午前10時頃にミゾレ交じりの雨が降り出し、正午頃には本格的な雪となりましたが、その後氷雨に変わり、積もることにはなりませんでした。平年より遅い初雪と報道されましたが、寒くて散歩にも出られず、家の中に閉じ込められることになりました。そんな日の独り暮らしは寂しいものですので、暖かい珈琲を入れ、珈琲の好きだった家内の仏壇に供えてから、ゆっくり飲みつつ、モーツアルトを聴くのが一番です。Mozart - Flute quartet KV 298 - Kuijken quartet第1楽章はホフマイスター(Franz Hoffmeister, 1754-1812)の歌曲「自然に寄す」の主題と4変奏曲から成っている。第2楽章ではフランスの古い舞曲「長靴をはいたバスティアン」が使われている。第3楽章はパイジェッロからの借用であり、「ふざけたロンド-優雅な動き、早すぎず遅すぎず-熱情と表情をこめて」と註が記されている。この曲は、モーツアルトのフルート四重奏曲4曲の内の第4番、オリジナリティの面からは他の3曲と比べられて評判は良く無い様ですが、静かに聴くには最適でしょうか?
2010.01.13
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JAL株の40%を占める個人株主には甚だ辛い決定、再建を主導する企業再生支援機構が100%減資と上場廃止で株主責任を問うと言うことで、JAL株は紙くずとなることとなりました。個人株主は破産もあり得ない大会社でJAL株主優待券が魅力で、保有している方々が多い筈ですので茫然自失の状態、将に晴天の霹靂となりました。我が家では家内の五島にある空き家に毎年行く為に、JAL株主優待券が欲しくて、JAL株を購入して経緯があり、10年ほど経ちます。2人分の航空券半額を享受して、得られた節約金額は毎年8万円ほど、合計80万円となったでしょうか? 尤も昨年は家内が闘病で1人でしたので、少し少ないかも知れません。10年の間JAL業績悪化で株主配当も殆どありませんでしたので、投資額300万円、ゲインが80万円では、酷いコスト・パフォーマンスとなりました。年金生活での、思いも因らなかった300万円損失、資本主義の常なのでしょうが、個人株主には辛いこととなりました。本日はストップ安でも売買が成立しない状態で、全くのJAL株閉店セールが続いています。12日の東京株式市場で日本航空(JAL)株が売り気配。ストップ安となる前週末比30円安の37円まで切り下げた。同水準で差し引き5億株を超える大幅な売り越し。19日にも会社更生法の適用を申請する方向と伝わっている。再建を主導する企業再生支援機構が100%減資と上場廃止で株主責任を明確にすべるきだとしていることを受け、幅広い投資家による見切り売りが膨らんでいる。先週には、証券会社からは「売りに出されるなら連絡ください」と電話も貰っていたのですが、この状態では売買出来る筈もありません!
2010.01.12
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昨日も小春日和でしたので、甲州街道から旧甲州街道を経て、小仏バス停を通り過ぎて車道止めまで行き、路上駐車しました。3連休の中日ですので、低山登山者が多くて、車道止め付近の駐車場が一杯だったのです。中央高速道の小仏トンネル横にある登山路を使ってみましたが、此処は何回となく家内とも登ったコース、登りがきついのですが景信山への最短路で、1時間程で山頂まで行くことが出来ます。天気晴朗で日差しが強く、途中ウィンドブレーカーを脱がなければ暑くて仕方が無い程となりました。他の登山者に殆ど追い抜かされる程、思い出に浸りつつ、ゆっくり登って行ったのですが、ほぼ1時間で山頂の山小屋に到着しました。団体客も多く、驚く程の混雑でしたが、何とか腰かける場所を見つけることが出来ました。景信山標高は727mですので、隣山となる標高599mの高尾山は眼下となります。家内がした様に、キャベツと白ネギを小さめに切ってポリ容器に入れて来ましたので、バーナーとコッヘルで塩ラーメンを作って食しました。珈琲と蜜柑・菓子も楽しんでゆっくりと時間を過ごす内に、団体客が下山しましたが、それでも何時もより沢山の登山客が屯していました。午後1時も過ぎましたので下山、小仏峠を経由しましたが、この峠の茶屋2軒は閉められてから数年経ち、大部分がブルーシートで覆われていたのは寂しい限りでした。替りの峠モニュメントはタヌキの焼き物、昔はタヌキが多く住みついていたと言うことなのかも知れません。独り登山とは寂しいものですが、人生を共にした家内への感謝を胸に閉って、新たな目標を定めつつ、その寂しさに慣れなければいけないのが私の今後の課題です。
2010.01.11
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冬の星座であるオリオン座は浪漫に溢れていますので、夜空を時々眺めます。近頃目も弱くなって、裸眼では中心部の三つ星がぼやっと見える位なのですが、縦長四辺形の中心部に見える三つ星が目印で、直ぐに識別出来るからです。四辺形の左肩にあるベテルギウスは1等星と明るく、冬の大三角の一つとして良く知られていますが、超新星爆発に近い状態とのニュースがあって吃驚しています。冬の大三角の一つであるベテルギウスは、赤色超巨星と呼ばれる巨大な星。直径は太陽の千倍で、太陽系にあるとしたら、地球や火星はおろか木星までが覆われる大きさだ。重いため一生は短く、まだ数百万歳(太陽は46 歳)だが、既に寿命に近い。最後は超新星爆発を起こし、ブラックホールになるとされる。地球からの距離は約600光年。これまでは大きな望遠鏡でも点程度にしか見えなかったが、複数の望遠鏡を組み合わせて解像度を上げることにより、その表面や周囲のガスの流れまで撮影出来るようになった。 ドイツ・マックスプランク電波天文学研究所の大仲研究員は「爆発がいつかは分からないが、死の直前を見ているのは間違いない。今まで想像するしかなかった星表面の様子も、実際に見て確かめられるようになってきた」と話す。悠久な宇宙の話は壮大なもので、地球惑星は取るに足りない存在でしかありませんし、人間の苦悩等は、それと比べますと疥癬にも満たない些細なものなのかも知れません。
2010.01.10
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午前10時に風呂の掃除をし、布団を干したが、寒中とは言え小春日和ですので、ハムエッグのサンドウィッチを作り、珈琲をポットに入れて、町田市小山田地区の白山谷戸から小野路城址に散歩に行って来ました。案の定、快晴の青空で、暖かく冬の寒さはありません。2ヶ月前の葬儀直後では、歩いている時に涙が止まりませんでしたが、今回は独り静かに散歩が出来ました。人間の感情と言うものは刻々変化している様です。但し、寂しさが募って来るのは避けられませんが・・谷戸の中の今まで行かなかった道を種々探索しつつも、結局は小野路城址に行きつくこととなりました。城址と言っても、祠が祭られているだけの小さな平地の小さい山頂です。此処の木の根元に腰かけて、サンドウィッチ・お菓子類と珈琲で昼食を取り、1時間半程で戻りましたので、往復しても到底1万歩には足りません。
2010.01.09
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昨日は1月7日、例年ならば家内が前日に「七草粥セット」を買って来ておいて作ってくれたのですが、独り暮らしですとそんなことを忘れてしまっていました。冷蔵庫の野菜室を見ますと大根があって、その頭に葉が残っていましたので、気は心で良いと「一草粥」と思い作り始めましたが、緑が少ないので、細ネギを刻んで入れ、切り餅を入れてあった言う間に完成、仏壇に供えてから食べました。昨夜はNHKでHV特集「日本の名峰・ふるさとの富士」を見ていましたら、薩摩富士「開聞岳」が紹介されていました。家内と共に其処を訪れましたのは2年前、健康にも不安の無い最後の旅行でした。2日間は悪天候で見えず、折角来たのだからと、指宿国民休暇村に連泊して3日目に漸く見ることが出来ました。適当に予定を簡単に変更できる気ままな旅が我が家では好きで、海外・国内共パック旅行を利用したことはありませんでした。
2010.01.08
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私自身もJAL株を9000株保有し、実損(Capital Loss)が230万円を超えているのでこのニュースには注目しています。本件、国交省主導による私的整理に基づく経営再建ですんなり行くのでは思っていたのですが、企業再生支援機構は会社更生法適用による事前調整型再建を主張していることから情勢は混沌として来ました。私は国交省主導による私的整理が実損拡大が抑えられる最善策と見ているのですが・・企業再生支援機構が銀行団に提示した日本航空(JAL)再建案の骨格が明らかになった。2010年3月期人員削減などのリストラで1兆円規模の特別損失を計上。会社更生法の適用を申請して株主などに一定の責任を負ってもらい、銀行団には3000億円の債権放棄を要請する。支援機構も3000億円をJALに出資する。 銀行団の金融支援と、社債や従業員退職金など債権カット額は7300億円を軸に交渉する。しかし、事前調整型再建となりますと、企業自体が資金借入も出来ず自力更生が不可能となりますことから、JALは強硬に反対を主張しています。JALの西松社長は、「企業再生支援機構」が有力視する法的整理に反対する姿勢を明らかにした。成長を見込めるアジア戦略を考えると、国際航空連合を移籍するのが有利で、提携する米航空会社としてはデルタ航空の方がアメリカン航空よりも望ましいとの考えを示し、国際線事業からは撤退する考えがないことも強調した。JAL株動向は、それらを反映して、極めて五里霧中な状態で推移しています。JAL株価が1月4日に21円高の88円で引けた。政府が政策投資銀行(DBJ)のJALに対する融資枠を1000億円から2000億円に拡大することを決めたことで、当面は法的整理の不安が遠のいたと判断した為だった。しかし、11月に前原国交相が法的整理を示唆する発言をし、12月2010年度予算案にはJAL向け融資の政府保証枠を計上しなかったことから、9月に180円近くあったJAL株は、100円を割り込んだ。しかも、1000億円の融資枠の内の550億円を使っていて追加支援策が必要なことが分かっていたにも拘わらず、政府の煮え切らない態度が更なる株下落を招いた。債務超過状態のJALは、機構が支援しなければ結局は法的整理に追い込まれる可能性が高い為、機構の意思がJALの再建手法を左右するが、事前調整型には債務者であるJALの積極的な協力が不可欠。機構は銀行団との調整が終われば支援決定したい考えだが、国交省や銀行団は私的整理による経営再建を主張しており、交渉が難航し、今後JALと機構の協議がぎりぎりまで続くことになりそうです。
2010.01.07
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昨日は立川市在住の旧友宅まで出掛けました。「正月3ヶ日も過ぎたので、午後から気軽に遊びにお出で下さい」との嬉しい招待があったからです。その直ぐ近くに会社時代の先輩で、ヒューストン在住時代にはキャッチャーを務めてくれました元営業部長宅に、午前中に伺って年頭の挨拶することにしました。昨夕は、その先輩も交えた元会社連中の年賀の会が予定されていたのですが、「私は喪中でもあり欠席しますので、出席予定の皆さんに宜しく」と伝言をお願いしておきました。午後1時となりましたので、先輩宅を辞して五日市街道まで助手席にて案内して貰い、其処でお別れしました。旧友宅は10分程で歩いて行ける距離ですのに、狭い道と一方通行でなかなか行きつけません。立川市の新興住宅地(と言っても30年も経つのでしょうが)なのですが、国分寺市の境界で国分寺市側からは車道に殆ど車止めが設置されていて、入れないのです。何回も辺りを周回しつつ、何とか着くことが出来ましたのは午後2時40分、1時間半も掛りました。遅くなったことを詫び、こん睡状態での病院見舞い、葬儀での遺骨取り上げもして頂いたことに礼を言いつつ、しばらく種々四方山話をしました。珈琲等を飲ませて頂いている内に薄暗くなって来ましたので、失礼しようかと言いましたら、「夕食を一緒にして、泊って行ってください」との申し入れがありました。折角ですから夕食に相伴させて頂きつつ、屈託のない旧友夫妻との会話は良いものだと、改めて思いました。お腹も一杯となり、午後8時となりましたので、泊ることを遠慮して旧友宅を辞し帰宅となりましたが、帰り道に「この前伺った時は、家内も元気だったのに・・」との感慨が浮かんで来て、一時涙が流れて仕方がありませんでしたが、直ぐに治まり午後9時に無事帰着しました。今後も折に触れ、この様な思い出トラウマが出て来るのでしょうが、無理に抑えないで感情を自然のままにして、時の流れに任せた治癒を待とうと思いました。
2010.01.06
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このカセットテープは、30年前ヒューストンのメモリアルショッピングセンターで買ったもので、聴けるか否かは定かではありません。当時はCDが市販されていませんでしたので、これをカセットテープ・デッキで良く聴いたものでした。残念ながら、この演奏はYouTubeでもアップされてはいない様ですので、コープマンのものはどうでしょう?Haydn Symphony 103 'Drumroll'ヨーゼフ・ハイドンの103番交響曲は、ザロモン・セットの最後から2番目の交響曲で、太鼓連打の愛称で知られるハイドンの代表作である。第1楽章の冒頭と結尾で、ティンパニの長い連打があることからこのように呼ばれる。私は、ハイドンの最高傑作とされる交響曲第104番「ロンドン」よりも、こちらの方が型に嵌まらない自由闊達がある様に思えて好きです。ハイドンは、告別交響曲(Farewell Symphony)でも分かる通り、自由闊達な作曲法が信条かも知れません!
2010.01.04
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大晦日から正月に来てくれた息子たちも帰り、独り暮らし再開となりました。大晦日恒例となっていた冷凍タラバガニも平らげてくれたし、元旦には家内風のお雑煮を作ってくれたし、出来合いを買って来たおせちも完食してくれました。息子達も、若くして母親を失ったと言うトラウマがあると言うのに、思い遣りのある性格に育ったのは有り難い限りで、家内の影響が大きいと思われました。死んだ人の歳を数えても詮方無いことなのでしょうが、今日は67才の誕生日、「又、同い年になったね!」と毎年10日程同い年となる時の会話が、今年は残念ながら出来ません。私自身、家内の最期1ヶ月がこん睡、見るに忍びない状態でしたのでトラウマが大きく、朝晩涙する悲しさが続きましたが、少しそれが薄れて、代わりに寂しさが募って来る方に変化しつつある様に思われます。東京では連日快晴、玄関前から写真を撮ってみました。このアングルは好きで、油絵として2枚描き、その内の1枚は長年事務所受付をしてくれた女性の方が勤務地変更になる際に記念として差し上げましたので、我が家には残っていません。“Seize the Day”と言うフレーズは書き込みがあった方から教えられたのですが、「頑張って、その日その日を生き抜こう!」と解釈しています。喪失感に塞ぎ込むこと無く、意義のありそうな生き方を見つけて行こうと思いますし、それが亡くなった家内を供養することになると考えています。
2010.01.03
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