心の赴くままに
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宮本常一は、全国各地を旅して人々の声に耳を傾けた民俗学者です。 民俗学者として有名ですが、農村指導者・社会教育家の側面もあります。 ”宮本常一 民俗学を超えて”(2026年1月 岩波書店刊 木村 哲也著)を読みました。 宮本常一は、1907年に山口県周防大島東和町の農家に生まれました。 周防大島は、江戸時代末期から段々畑が開墾され、サツマイモの生産量が上がりました。 それにつれて人びとの生活が安定し、人口がぐんぐん増えました。 しかし、耕地が狭かったため、農業の島でありながら非農業民の出稼ぎを輩出する島でした。 瀬戸内海に位置し海運が盛んだったため、比較的容易に本州や四国、九州などへ移動できました。 特に明治以降の近代化の中で建設需要が増加し、大工や石工などの経験豊富な職人が重宝されました。 このような、農民と出稼ぎ者という二つのタイプは、常一自身の自己像でもありました。 1922年に西方小学校を卒業後、家を継いで百姓となりましたが、夜は勉強を続けました。 1923年に大阪逓信講習所に入所し、翌年に卒業して高麗橋郵便局に勤務しました。 1926年に大阪府立天王寺師範学校第二部に入学し、翌年に卒業して泉南郡有真香村修斉尋常小学校に赴任しました。 1928年に大阪府立天王寺師範学校専攻科に入学し、翌年卒業して、泉南郡田尻尋常小学校に赴任しました。 大阪府立天王寺師範学校は、現在の大阪教育大学の前身です。 1930年に肺結核により休職して、周防大島で療養しました。 療養中に『旅と伝説』に論文などを投稿し、それらが柳田國男の目にとまり書翰を送られました。 1932年に病気が快方に向かい、泉北郡北池田尋常高等小学校に復職しました。 この年に柳田國男の諸著を読み、民俗学徒として立つ決心をしました。 木村哲也さんは、1971年高知県宿毛市生まれの日本の歴史・民俗学者です。 中学3年のとき東京宿毛会席上で、ハンセン病患者と交流の深かった詩人・大江満雄と出逢いました。 これをきっかけに、全国のハンセン病療養所を訪ね、大江満雄とハンセン病者について取材しました。 そして、高校卒業時に、民俗学者の宮本常一の著書に衝撃を受けたといいます。 東京都立大文学部在学中に、旅の見聞を伝える新聞『みる・きく・あるく』を発行しました。 その後、神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科博士後期課程を修了し、博士(歴史民俗資料学)となりました。 周防大島文化交流センター(宮本常一記念展示室)で、学芸員を務めました。 また、現在、国立ハンセン病資料館学芸員を務めています。 宮本常一は、子どものころは小説家になりたかったということです。 村に残って家で農業に従事しましたが、1年おいて大阪の親戚を頼って島を離れました。 当初は郵便局に勤めていましたが、やがて小学校の教員となり、大阪府下のいくつかの小学校を転々としました。 この頃、民間伝承の研究に興味を持つようになりました。 きっかけは、柳田國男が1928年に創刊した、雑誌『旅と伝説』でした。 やがて結核を患い、療養のために帰郷し、病床でノートに周防大島の昔話を書き溜めて柳田に送りました。 柳田は一見して貴重な民俗伝承と見抜き、『旅と伝説』に投稿するよう勧めました。 最初の投稿が掲載されたのは、1930年1月号でした。 大阪の学校教員に復職すると、1934年に京都にやってきた柳田と初対面を果たしました。 以降、1936年1月号まで、11回にわたって周防犬島の民間伝承を投稿しました。 1933年に小谷方明らとガリ版雑誌「口承文学」を出版し、1936年まで12号を出しました。 1934年に泉北郡養徳小学校尋常小学校に転任し、小谷方明の世話で大阪民俗談話会を開きました。 翌年に泉北郡取石尋常小学校に転任し、大阪民俗談話会で渋沢敬三と出会いました。 柳田國男還暦記念講習会に出席し、アチック・ミューゼアムを見学しました。 1936年に國學院大学院友会館での民俗学講習会に参加し、山村生活の研究で山村調査を行いました。 1937年にアチック・ミューゼアムの瀬戸内海巡航に参加し、東瀬戸内海の島々を周りました。 1939年に教員を退職してアチック・ミューゼアムに入り、以後本格的な民俗調査に没頭しました。 宮本常一は、日本を代表する民俗学者の一人です。 民俗学は、特定民族の日常生活や文化の歴史を、主に民間伝承を資料として再構成する学問です。 風俗、習慣、伝説、民話、歌謡、生活用具、家屋など、古くからの有形無形の民俗資料を活用します。 そして、人間の営みの中で伝承されてきた現象の、歴史的変遷を明らかにします。 それを通じて、現在の生活文化を相対的に説明しようとしています。 イギリスのケンブリッジ学派の影響をうけて、柳田國男や折口信夫らによって完成されたとされます。 その後、常一は日本列島の農山漁村や離島をくまなく歩きました。 そして、出会った人びとの話を聞いて地域の生活や文化を記録しました。 常一は旅する民俗学者と言われ、日本中を旅して庶民の暮らしや文化などを調査研究しました。 旅で歩いた距離は約16万km、旅した日数は約4,000日、撮った写真は約10万点と言われます。 実に、1200軒以上の民家に宿泊したそうです。 膨大な記録の相当部分は『宮本常一著作集』(未來社)で把握できますが、未収録の記録も少なくありません。 中でも「忘れられた日本人」は、老人たちの昔語りから民衆の智恵をすくいあげた一冊です。 これは民俗学の古典といえる作品であり、戦後の早い時期に農民漁民のくらしを古老から聞き取りました。 常一は一方で、ひとつの土地に根を下ろして農業で一生を終えるタイプの民衆像を描きました。 他方で、全国を移動して技術や文化を伝え歩くタイプの民衆像も描きました。 単に学問のためではなく、農業指導、離島振興、山村振興、地域おこしなども展開しました。 地域に住む人びとの暮らしの向上のため、具体的な提言や実践を各地で展開したのです。 1961年に、研究と長年のフィールドワークの業績により、東洋大学より文学博士号を授与されました。 また、『日本の離島』により、第9回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しました。 1962年に東京水産大学水産学部講師、1964年に武蔵野美術大学非常勤教授となりました。 1965年に武蔵野美術大学教授となり、近畿日本ツーリスト提供「日本の詩情」の企画監修にあたりました。 1966年に、近ツリの出資で日本観光文化研究所(現・旅の文化研究所)を開設し、初代所長になりました。 武蔵野美術大学に生活文化研究会をつくり、学生と共に共同調査を行うこととしました。 1967年に雑誌「あるくみるきく」を創刊し、早稲田大学理工学部講師になりました。 山口県文化財保護委員会専門委員、農林省生活改善資料収集委員会委員などにも就任しています。 1975年に日本民具学会を設立し、幹事となりました。 1977年に武蔵野美大を定年退職し名誉教授の称号を授与されました。 そして、1981年1月30日に、胃癌のため73歳の生涯を閉じました。 生前からスタートした『宮本常一著作集』が、未来社から刊行を続けています。 そして、著作集に入っていないテキストを集めた単行書も、多数刊行されています。 それらを合わせると、100冊を超えるといいます。 本書は常一の生涯をたどりながら、重要な仕事のいくつかを取り上げています。 常一の民俗学は非常に幅が広く、後年は観光学研究のさきがけとしても活躍しました。 民俗学の分野では生活用具や技術に関心を寄せ、民具学という新たな領域を築きました。 著者が大学時代は、宮本常一といえば完全に忘れられた存在だったそうです。 学問的な理論がないとか、実証的でない言われることがあったようです。 没後、1990年代半ばから再評価が始まりました。 先鞭をつけたのは、主として民俗学の外部にいる人物によってでした。 学者でありながら、地べたをあるき庶民の言葉を記録した旅するイメージがクローズアップされました。 民俗学者によって、学問的評価の再検討がなされるようになってきたのは近年のことです。 常一は、均質な日本像の持つ画一性に異議を唱えました。 そして、日本人という支配的な言説からこぼれ落ちる人びとと、共に生きることを理想に掲げました。 宮本常一は、稀有な民俗学者と言えるでしょう。 本書は、民俗学以外の分野で、宮本から何かを受け継ぎ自分の仕事の中に発展させた人物に触れています。 鶴見俊輔、安丸良夫、網野善彦、宮崎駿、谷川雁、島尾敏雄、石牟礼道子、森崎和江、本多勝一、司馬遼太郎、鶴見良行などです。 本書を通じて宮本常一から受け取るべきものはなにか、その可能性を考えてみたいといいます。 プロローグ/故郷・周防大島から/第一章 明治維新を聞き書きする―鶴見俊輔と『日本の百年』/第二章 世間師の発見―安丸良夫と民衆思想史/第三章 非農業民への視座―網野善彦による歴史の読み直し/第四章 離島から日本を見る―谷川雁のコミューン構想と島尾敏雄の「ヤポネシア」論/第五章 「土佐源氏」をめぐって―石牟礼道子と詩的インスピレーション/第六章 「される側」からのルポルタージュ―本多勝一の方法/第七章 人の移動と文化の伝播―司馬遼太郎と『街道をゆく』/エピローグ 「日本」をめぐって―鶴見良行のアジア学 [http://lifestyle.blogmura.com/comfortlife/ranking.html" target="_blank にほんブログ村 心地よい暮らし]宮本常一 民俗学を超えて (岩波新書 新赤版 2096) [ 木村 哲也 ]【中古】 宮本常一 旅する民俗学者 KAWADE道の手帖/佐野眞一(編者)
2026.05.09
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