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cozycoach @ Re:徳川忠長 兄家光の苦悩、将軍家の悲劇(感想)(11/20) いつも興味深い書物のまとめ・ご意見など…
2026.01.04
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カテゴリ: カテゴリ未分類


 パトリック・ラフカディオ・ハーンは、1850年にギリシャのレフカダ島で生まれました。
 2025年は、小泉八雲が亡くなってから、175年を超えた新たな1年となります。
 ”小泉八雲 今、日本人に伝えたいこと”(2025年8月 平凡社刊 池田 雅之著)を読みました。
 日本に古くから伝わる口承の説話を記録・翻訳し世に広めたことで評価されている、ギリシャ生まれ英国・日本国籍の小泉八雲の人生と文学を紹介しています。
 その後、軍医であった父親は西インド諸島に赴任しました。
 2歳の時に、ハーンは母親とともにアイルランドのダブリンに移住しました。
 アイルランドは当時まだ独立国ではなかったため、ハーンはイギリス国籍を保有していました。
 3歳の時に父親は戻ってきましたが、母親の愛はすでに冷めていました。
 母親も異国の生活に馴染めず、神経の病を発症して故郷のギリシャに帰ってしまいました。
 以後、ハーンは二度と母ローザに会うことはありませんでした。
 そして、昔の恋人と再婚した父親も、ハーンを残したままインドに赴任して病死しました。
 こうして、ハーンは幼くして、天涯孤独の人生を歩み始めました。
 そして、ダブリンに住む大叔母に引き取られることになりました。
 13歳で、イギリス北東部、グラム市近郊のカトリック神学校、ウショー・カレブソに入学しました。
 8歳の時に、グラウンドの遊具で左目を強打し、網膜剥離で失明するという不幸に見舞われました。
 ハーンはここでの生活を通じて、キリスト教への反発を強めました。
 多神教世界だったアイルランドとギリシヤの出自ですので、一神教のキリスト教への反発がありました。
 これがかえって、異文化に偏見をもたず公平に見ていく異文化理解を形作ったのではないかといいます。
 また、家庭が崩壊したこともあって、この世界に居場所がないという自覚を深めたようです。
 その後、ハーンはイギリスとフランスでカトリックの教育を受けました。
 池田雅之さんは1946年三重県尾鷲市生まれ、1950年に上京して葛飾で育ちました。
 1970年早稲田大学文学部英文科卒業、1976年明治大学大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学しました。
 1978年早稲田大学社会科学部専任講師、1981年同助教授、1985年同教授となりました。
 この間、ロンドン大学客員研究員やタイ王立タマサート大学客員研究員を歴任しました。
 2003年に、早稲田大学国際言語文化研究所を設立して所長に就任しました。
 2007年に文部科学大臣奨励賞と博報賞を、2011年に正力松太郎賞と共生地域文化大賞を受賞しました。
 2017年に、早稲田大学を定年退職し、早稲田大学名誉教授となりました。
 早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授、早稲田大学国際言語文化研究所所長を歴任しました。
 専門は、比較文学、比較基層文化論です。
 ハーンは19歳のとき、父母に代わってハーンを養育した大叔母が破産し、単身、アメリカに移住しました。
 数年間は、さまざまな職種を転々とするどん底の生活を余儀なくされました。
 アメリカ社会の辛酸を挺め尽くしながらも、図書館などで読書をして自己研鐙を行いました。
 赤貧の生活を体験した後、シンシナティでジャーナリストとして文筆が認められるようになりました。
 その後、ニューオーリンズ、さらにマルティニーク島へ移住し、旺盛な取材、執筆活動を続けました。
 1882年に処女翻訳本を自費出版し、1884年に処女再話集を出版しました。
 そして、ニューオーリンズ万博で出会った日本文化に興味を持ちました。
 ニューヨークで読んだ英訳『古事記』などの影響もあって、来日を決意しました。
 これは、東京帝国大学で教鞭を執った英国言語学者バジルーホール・チェンバレンによる英訳でした。
 ハーンはアメリカの雑誌社の特派員として、日本に行く機会を掴んだのでした。
 バンクーバーから船に乗って横浜港へ向かい、1890年4月に日本の土を踏みました。
 同年8月に、松江にある島根県尋常中学校に赴任し英語教師になりました。
 12月に、松江の士族の娘、18歳年下の小泉セツと正式に結婚し日本に帰化しました。
 その後、熊本第五高等中学校に転任し、契約切れを機に神戸クロニクル社に勤めました。
 1895年に退社し、『東の国から』を出版しました。
 1896年2月に帰化して、小泉八雲と改名しました。
 8月に上京して、9月から帝国大学文科大学講師として英文学を講じました。
 そして、『心』『仏の畑の落穂』『霊の日本』『影』『日本雑録』などを出版しました。
 1903年に帝大を解雇され、後任を夏目漱石に譲り、早稲田大学で教鞭を執りました。
 1904年に『怪談』を出し、翻訳・紀行文・再話文学のジャンルを中心に、生涯で約30の著作を遺しました。
 そして、1904年9月26日心臓発作で54歳の生涯を閉じました。
 小泉八雲は、ギリシャ生まれ英国・日本国籍の新聞記者、紀行文作家、随筆家、小説家、日本研究家、英文学者です。
 『怪談』『知られぬ日本の面影』『骨董』などで知られています。
 また、明治期の日本を海外に紹介しました。
 さらに、日本に古くから伝わる口承の説話を、記録し翻訳して世に広めました。
 当時は、日本がまさに西洋化の波に呑み込まれつつあった時代です。
 八雲は、失われゆく古きよき日本の心を、独特な感性と偏見のない公平な視座で克明に書き記しました。
 「耳なし芳二率「雪女」などの『怪談』の作者だけでなく、紀行文やエッセイ、評論なども著しました。
 そして、慎ましく誠実な日本人の暮らしと、そこに息づく信仰心、美しい自然などを克明に書き残しました。
 八雲はさまざまな文化的背景をもって、異文化に対して柔らかく公平な独特な視点をもっていました。
 はるばるやってきた八雲は、日本をどう眺め、何に心を動かし、何を描き、何をめざしたのでしょうか。
 横浜港に到着したハーンは、港の光景を眺めるとその美しさは想像を絶するものがあると書いています。
 すべてが心地よく見慣れぬものではあるが、強引なものは何もありません。
 桜がほころび始めた春、空は晴れ上がり無数の鴎が船の周りを飛び交っていました。
 遠くには、美しい富士山が見えたといわれています。
 早朝の横浜港に到着し、早速、人力車で横浜の街を巡りました。
 そして、車夫や街ゆく人びとの眼差しに、驚くほどの優しさを感じたそうです。
 初めてこの国を訪れた者は、思わずお伽の国を彷彿としてしまうことだろうといいます。
 近代化された競争社会のイギリスやアメリカでは、人生のさまざまな苦労を経験しました。
 これに対して、人びとの眼差しも自然も時間の流れも穏やかな日本は、一つのユートピアのように映りました。
 また、日本の本当のよさは庶民のなかにあるといいます。
 日本人の並外れた善良さ、辛抱強さ、素朴な心などを称賛しているといいます。
 新宿区富久町の成女学園庭には、旧居跡の石碑が建っています。
 八雲は隣の自証院(瘤寺)が好きで、よく散歩していたといいます。
 大久保の家については、区立大久保小学校正面脇に終焉の地の石碑が建っています。
 すぐ近くには、新宿区とレフカダ町の友好都市提携を記念して、1993年に開園した八雲公園があります。
 公園には、ギリシャ政府から送られた八雲の銅像が建っています。
 八雲文学に流れるのは、共生の思想、アニミズムの世界観です。
 人間同志が仲良く交流し生きるだけでなく、人間と人間以外の生き物も共に生きるという意味です。
 動物も草木も同等の生命を分かち合う存在として、共に生きていこうという思想に他なりません。
 生きとし生けるものの生命は、すべて同じ重みで等しい価値を有しています。
 人間と自然、人間と動植物との関係を見直し、地球全休の健康を回復していかなければなりません。
 人間中心主義の文明観の思い上がりを脱して、共生のいのちを生きる大切さを教えてくれています。
 著者は、一人でも多くの方に八雲の生き方、考え方に共感をもっていただければ幸いだといいます。
 八雲はすでに150年前に、欧米社会が陥るであろう文明的限界を体験していました。
 それが、来日の根拠にもなっていたと考えられるとのことです。
 そして、こうした文明的視点からも、八雲という存在とその生き方を捉え直してみたいといいます。
 なお、本書の各章の文章は、これまでに発表した論文やエッセイに加筆・修正したものとのことです。
はじめに 共生きのいのちを生きる/第一章 甦る八雲の現代日本への警告/第二章 八雲と漱石の異文化体験から学ぶ/第三章 欧米人は八雲をどう見てきたか/第四章 八雲の人生と文学の素地をたどる/あとがき 日本を取り戻す








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Last updated  2026.01.04 04:58:30
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