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今日は、午前中は、高大の学習成果発表会の原稿やパワーポイントの作成を行ないながら過ごし、午後から出かけ、パソコン同好会の例会に参加した。パソコン同好会では2つの発表があり、一つ目は、F氏の「私の写真の撮り方」、二つ目は、Y氏の「学びとPC」であった。F氏は、自分の写真にプロの写真を交え、いい写真を撮るためのテクニックを披露された。最近では安価で一眼レフデジカメが入手でき、少し慣れればいい写真が獲れるそうだ。日頃の散策、家族の団欒、旅行、同窓会、カメラ教室、写真投稿体験などいろいろな場面での写真が紹介された。Y氏は、定年後、パソコンを使った趣味とビジネスの例について話された。趣味は俳句であり、いろいろな場面でパソコンは不可欠である。もう一つのビジネスは「e-ラーニング」という手法で、具体的には、パソコンで国家試験の勉強をするというもので、そのコンテンツを作っているそうだ。写真は、上:F氏の発表、下:Y氏の発表。
2019.02.28
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今日は、高大31日目、最後の受講日であった。今日のテーマは、戊辰戦争の第2回目で、会津戦争、函館戦争について特に会津戦争を重点的に話された。なぜ新政府軍は会津藩を徹底的に痛めつけたのか、またなぜ会津藩は最後まで新政府軍に抵抗をしたのか、その謎がよく分かった講義だった。会津藩は、藩祖の保科正之の時から、将軍家には絶体忠誠を誓う家柄であったため、他藩が次々と政府軍に寝返ることに辛抱できなかったのだ。政府軍の方は、これまで散々新撰組に痛い目に合ってきたので、新撰組を管理していた会津藩に腹が立っていたのだ。今日の講義で、近世科の授業は終った。あとは、来週の修学旅行と再来週の成果報告会を残すのみ。今日の午後は、その成果報告会の準備を行なった。そのあと、有志5人で、大阪城梅林へ梅を見に行った。まだ2分咲きだと聞いていたが、行ってみると5分~7分咲きくらいで、ちょうど見ごろであった。殆どの木に花が付いていた。
2019.02.27
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今日は朝からK病院へ行き、血液検査、尿検査、肺のレントゲン検査を行ない、先生の診察を受けた。血液検査の数値も正常に戻り、レントゲンでの肺の曇りも無くなって、完治していることを伝えられた。これからはもう抗生物質を飲まなくてもよいし、咳止めも不要となる。しかし、数日前からの陽気で、花粉が飛び始め、目のかゆみ、鼻水、くしゃみなど花粉症の症状が出始めた。マスクで防備しているが、それくらいではだめなようだ。帰宅後は、昨日の句会のまとめを行なったり、高大近世科の成果発表会の原稿を作ったりしながら過ごした。今日の画像は、マンションの庭で早くも咲き始めたユキヤナギ。
2019.02.26
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今日は、午前中は月曜講座に参加して、午後はいきいき俳句会の句会に参加した。月曜講座は、「大阪の近代アートを楽しむ」の4回目で、講師は橋爪氏、テーマは「大大阪モダニズムー近代建築はアートと共に 中之島の文化史」と題して、大正から昭和初期に中之島に建てられた名建築とその姿を描いた絵画についての紹介があった。戦後も焼け残った美しい建築がたくさんあったが、昭和末期から平成のバブル時代に殆どが立て替えられてしまった。今残っているのは、日銀、住友本社、中之島公会堂、中之島図書館くらいである。画像は、テキスト表紙と会場風景。画像は、テキストの写真より。句会の成績はまずまずで、6句出句のうち先生から2句が選ばれうち一句が特選、残り4句は仲間からは選ばれた。
2019.02.25
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今年も花粉の季節になった。昨日外出してから喉の中がかゆくて、鼻水が出たり、くしゃみが多くなってきた。今日は、一日中家にいて、HDDに録画したテレビ番組をBDにダビングする作業を行なったり、句会資料をプリントしたり、俳句を作ったりしながら過ごした。テレビでは、天皇陛下在位30年の記念式典を見たり、皇居の自然や韋駄天の総集編を見たりもした。今日の画像は、先日妻の実家の庭で収穫した甘夏蜜柑。20個を4×5、10+6+3+1、12+6+2に並べてみた。
2019.02.24
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今日は、午前中はテレビを見て過ごし、午後から出かけ、伊丹の柿衛文庫で開催された大阪俳句史研究会の例会に参加した。テーマは大串あきらー人と作品で、講師は中村雅樹氏だった。大串あきらは昭和四年生れの俳人で、昭和59年俳句結社「晨」を創刊、平成三十年八十八歳で逝去。この間、9冊の句集を出版。平成元年には俳論「花月の思想」を出版。俳句を哲学の面から捉え、俳句に哲学(宗教または宇宙観)を取り入れようとした。代表句は次の通り。 ◎炎天の富士となりつつありしかな ◎帰り来て吉野の雷に坐りをり ◎寒桜人もをらずに咲きにけり ◎人は死に竹は皮脱ぐまひるかな ◎虫の夜の星空に浮く地球かな ◎初風はどんぐり山に吹いてをり ◎涼風のとめどもなくて淋しけれ写真は、講演の模様。
2019.02.23
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今日は、一日中家にいて、テレビではさぶさ2のニュースを見たり、俳句を作ったり、高大成果発表会の原稿を考えたりしながら過ごした。今日の画像は、先日高大登校の途中で撮った大坂城公園の十月桜
2019.02.22
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今日は、午前中は、朝鮮通信使の本を読んで過ごし、午後から出掛け妻の実家の庭に生っている甘夏蜜柑を獲りに行った。25個ほど獲れた。昨年は40個ほどだったが、今年はやや少ない。朝鮮通信使については、来月13日の成果発表会で、班のテーマとして発表するもので、全体を9人の班員が項目別に分けて担当する。私は、「朝鮮通信使がもたらしたもの」として、経済交流や文化交流の礼を分担することになっている。今日読んだ本は、日韓共通歴史教材「朝鮮通信使」というもので、日韓共通歴史教材製作チーム編で2005年の発行である。日本にも韓国にも偏らず、共同認識に基づいて書かれていることが特徴である。今日の画像は、昨日高大へ行く途中の大阪城公園で撮った鳥の写真。ハシボソガラス、スズメ、コサギ、カルガモ。
2019.02.21
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今日は、高大30日目。肺炎の入院で2回休んだが、3週間ぶりに今日から出席した。今日のテーマは、戊辰戦争1で、大政奉還から江戸城開場までの経緯を解説された。また、下校途中で、大阪歴史博物館に立ち寄った。慶喜は1866年12月に15代将軍になったばかりだったが、1867年10月14日に大政奉還を行い、その時点で薩長に討幕の密勅が出ていたのが延期された。慶喜は諸藩連合政権を作ろうとしていたのだ。しかし、11月下旬薩長は軍勢4500を京都に集結。12月8日から9日早朝に行なわれた朝議で、王政復古の大号令が発せられた。総裁・議定・参与の三職からなる政治体制が決まる。総裁には有栖川熾仁親王が任命され、9日夜の小御所会議で慶喜や親幕藩の処分が決る。親幕の会津、桑名藩や幕臣は大激怒。しかし、慶喜は9500の兵を連れて二条城から大坂城へ退去してしまう。年が明けた1868年1月2日、幕府軍は伏見に進出、薩長軍は伏見奉行所を包囲する。翌3日、両軍は鳥羽・伏見で激突、次第に薩長軍が優勢になり幕府軍は淀まで退却。4日、薩長軍が正式に官軍となる印として朝廷から錦旗と節刀が与えられた。幕府軍の中から寝返りが出始め、淀城も山崎の藤堂藩も幕府軍を攻撃する始末。大坂城では善後策を講じ再戦の声多く慶喜も応諾したが、慶喜らは6日深夜密かに大坂城を出て海路江戸は向かう。12日江戸着。この間、朝廷では慶喜ら幕臣、賊藩の処分を決定。慶喜は官位剥奪。その後2月、東征軍は、中山道、東海道、北陸道に分かれて進発。3月15日を江戸城攻撃の日と決める。3月13日、勝海舟と西郷隆盛の会談が行なわれ、15日の攻撃を延期。4月4日旧幕府に降伏条件を示し、海舟は合意。11日江戸城は無血開城される。ーーーここまでが戊辰戦争第1弾である。午後のクラスミーティングでは、3月6日の名古屋への修学旅行のこと、13日の成果発表会のことなどが話し合われた。下校途中、大阪歴史博物館に立ち寄り、特集展示「森ノ宮遺跡と河内地方の縄文土器」と特別展「はにわ大行進」を見た。前者は大阪にも縄文土器があったのかと驚くような展示で、昔、大阪には河内湾という海があり、その沿岸の各地から多くの縄文土器が出ているそうだ。展示は次のように分類されていた。 プロローグ 河内湾岸の縄文時代集落 第1章 上町台地の縄文時代遺跡 1 森ノ宮遺跡 2宰相山遺跡 3勝山遺跡 第2章 北河内の縄文時代遺跡 1穂谷遺跡 2神宮寺遺跡 3星田旭遺跡 4讃良川遺跡 5更良岡山遺跡 第3章 生駒西麓地域の縄文時代遺跡 1日下遺跡 2神並遺跡 3縄手遺跡 第4章 河内湾南岸地域の縄文時代遺跡 1恩智遺跡 2船橋遺跡 3国府遺跡 4長原遺跡 5瓜破遺跡 6瓜破北遺跡 第5章 森ノ宮遺跡の骨・貝と漁携具 附 森ノ宮遺跡で縄文時代の人骨発見を報じる新聞記事 北河内の考古学者 片山長三画像は、パンフレットより。左:森ノ宮遺跡出土、右:上:縄文時代の大坂地図、森ノ宮遺跡出土、枚方穂谷遺跡出土、四条畷更良岡遺跡出土、藤井寺国府遺跡出土、同、長原遺跡出土、同。「はにわ大行進」は、大阪市平野区の長原遺跡から出土した埴輪160件を一堂に展示した壮大なものだった。展示は次のように分類されていた。長原地区には100あまりの古墳があり、それぞれに多くの埴輪が埋葬されていた。第1章 はにわ大行進-古墳時代の埴輪の世界- 1 長原人のおもかけ 人形はにわ 2 長原高廻り 1号、2号墳のはにわ 3 海原を行く船 船形 4 古墳を彩るはにわ 動物 家形、器材形、円筒、第2章 長原古墳群-埋もれた大古墳群- 1 一期の古墳 2 二期の古墳 3 三期の古墳 4 四期の古墳第3章 長原遺跡-ムラのくらしとモノ作り- 1 集落(ムラ)のかたち 土器、須恵器、 2 くらしの技 3 ムラのまつり画像は、パンフレットより。
2019.02.20
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今日は、午前中は、句会資料に挿絵を入れる作業をしたり、塩川雄三先生の第7句集「難波津」の一句鑑賞の原稿を書いたり、俳句を作ったりしながら過ごし、午後は、K病院へ定期診察に行った。血液検査もあり、その結果γーGTPが高く酒の飲み過ぎではないかと言われたが、薬の影響かもしれないということでしばらく様子を見ることになった。今夜はスーパームーン(17%大きな月)が見られる日だったが、生憎の曇り空で月を見ることは出来なかった。写真左上、本来なら月が写るはずだが何も見えない。右上、仕方ないので大阪城を映す。22時過ぎ、少し雲が薄くなったときがあり、その一瞬を待って左下、右下を撮った。そのしばらく待っても月は現れなかった。
2019.02.19
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今日は、朝から昨日の「俳句21」の句会の会報を作成し、印刷、製本、封筒詰めから郵送までの作業を言行なった。午後4時ごろ終り、夕方から久しぶりに妻と外食に出掛けた。今日の画像は、一昨日見た大川のカモたち。マガモ、ヒドリガモ、ホシハジロ、カワウなどがいる。
2019.02.18
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今日は、午前中は妻の買い物に付き添い、午後は俳句21の句会に参加した。長らく買物に行けなかったので、久しぶりに沢山の買い物をした。午後の俳句21では、欠席者が多く、これまでで最小の参加人数だった。この句会では私の句はいつも人気がない。今日の画像は、昨日、マンションの近くの大川沿いで見たヒヨドリ。
2019.02.17
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今日は、午前中は俳句を考えながら過ごし、昼前から出掛け、いずみホールで開催されたコンサート「映画音楽とスイングジャズ」を聴きに行った。11時半に友人と待ち合わせ、11時45分から座席指定券との引き換えが行われ、そのあと付近のレストランでランチを取り、会場に戻り、13時半からコンサートは始まった。出演は大阪音楽大学ジャズオーケストラの17名とゲストの小柳淳子(ボーカル)。座席は、前から5列目の中央に近いところが取れ、出演者の表情もよく分かるいい場所で聴くことができた。プログラムは、第1部が映画音楽、第2部がスイングジャズで、映画音楽は、ムーンリバー、慕情、第三の男、魅惑の宵、太陽が一杯、ゴッドファーザー愛のテーマの6曲だった。いずれもジャズ用に編曲されており、原曲が耳についているので、何か違和感のようなものを感じて、期待していたほど楽しくはなかった。もともと、ジャズに編曲すること自体無理があるのではないかと思った。第2部は、スイングジャズのスタンダードナンバーで良く知っている曲が多く、いかにもジャズらしい軽快で楽しい演奏であった。シングシングシング、インザムード、マックザナイフ、A列車で行こうなどは何時聴いても心が躍り出すような曲だ。画像は、左上から、案内チラシ、プログラム表紙、プログラム、出演者名、開演前の会場、座席指定券。
2019.02.16
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今日も一日中家にいて、テレビを見たり、俳句を作ったり、関西ぱずる会の会誌の原稿を作ったりしながら過ごした。関ぱ誌の原稿の締切は一月末だったが、ちょうど発熱入院と重なり、ぎりぎりまで締切を伸ばして貰っていたもの。俳句の方は17日が句会であるが、まだいい句ができていない。作成した原稿は2ページ。私の今年のパズル年賀状の作成経過とその解き方を解説したもの。
2019.02.15
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今日も、一時散髪に出掛けた以外は、ほぼ一日中家にいて、テレビを見たり、俳句を作ったりしながらすごした。今日の画像は、散髪の帰りに立ち寄った大阪天満宮の梅。紅梅は見頃だが、白梅はまだ蕾が多かった。左上から、北門(左右に梅)、西側、東側献梅、南側献梅、以下4枚は星が池周辺、右下は街路樹となっている梅。
2019.02.14
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今日は、午前中はテレビを見たり、句会のまとめの続きをしたり、午後の句会のための俳句を作ったりしながら過ごし、午後からは春麗句会に参加した。句会の結果はまあまあで、出句5句とも先生に選ばれ、うち2句が特選だった。今日の画像は、マンションの庭で咲き始めたヒイラギナンテン。
2019.02.13
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今日は、午前中は録画したテレビ番組を見ながら過ごし、午後はK病院へ行き、帰宅後は昨日の句会のまとめを行った。身体はほぼ正常に戻った感じはあるが、咳はまだ出る。
2019.02.12
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今日は退院2日目、一日中家にいて、俳句を考えたり、録画したあったテレビ番組を見ながら過ごした。本来なら、午前中は月曜講座、午後はいきいき俳句会の句会の日だったのだが、どちらも休み、句会には欠席投句だけをした。咳はまだ時どき出るが、身体の調子はよい。今日の画像は、マンションのフロントで2カ月以上にわたり、目を楽しませてくれた胡蝶蘭。大分花の数も減って来たので、このあと廃棄された。
2019.02.11
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今日は、退院の日。朝から諸手続きを経て、10時前に9日間を過ごしたK病院をあとに、退院した。まだ、咳が出るが、お陰でほぼ元気な身体になった。ご心配いただいた方々に感謝申し上げます。12日ぶりにパソコンを開いて、メールのチェックをし、俳句資料を仕上げ、明日の句会のための出句6句を選び推敲した。退院一日目はなんとか無事に過ごすことができた。今日の画像は、退院の前、病室の窓から撮った景色と環状線の電車。数分ごとに通り、この地点ですれ違うこともある。下の3枚はそれ。
2019.02.10
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入院8日目、丁度まる一週間となった。明日朝退院と決まっているので、気分も楽になった。症状としては咳がときどき出るくらいで、その他はほとんど健康体であると思う。満八十歳を直前にして、思いがけず、人生初の入院生活を体験した。今後こういうことも多くなるのかと思うと情けない。なお、今回の肺炎の原因は、細菌の種類から見て誤嚥だと思われるそうで、今後は誤嚥しないように気をつけなければならない。(誤嚥すれば必ずしも肺炎になるのではないそうだが)写真は、病室および病院のまどから撮った夜景。上:北方面、下:東南方面。
2019.02.09
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今日も気分よく過ごした。体がよくなって来ると時間を無駄にしていることが罪悪感のように思え、早く退院したくなる。私はスマホを持っていないので、記録は手帳に文字で書くしかない。家であればなんでもパソコンに打ち込めるのに。パソコンがないのはなんとしても不便である。I先生の回診があり、今日の血液検査とレントゲン検査の結果で、快復は順調に進んでいて、まだどちらも治癒したとは言えないが、このまま推移すれば今月中には全快すると思うので、退院は10日に決めたととのこと。あとは内服薬で自宅で静養をするようにとのことだった。今日の画像は、入院している病院のプラナホールという広間。5階にあり13階まで吹き抜けになっていて、音楽会とか講演会などが催されるそうだ。
2019.02.08
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今日も、気分はよく、ほとんどベッドに横にならず、椅子で過ごした。入院したときはベッドの空きがなく、呼吸器内科でなく、外科の病室に入れられていたが、今日は呼吸器内科の病室が空いたとのことで、部屋の移動があった。写真は、移動した病院の病室。左下のベッドの左はシャワールーム。
2019.02.07
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今日も、病院で気分よく過ごせた。午前に血液検査とレントゲン検査があり、昼ごろI先生の回診があったが、血液、肺ともさらによくなってきているということで、また、明後日の結果を見て、退院日を決めたいとのことであった。早ければ10日に退院できるそうだ。今日も高大のイベント(社会見学)のある日だが、休んでしまった。来週もいろいろ出掛けなければならない日があるのだが、いつになったら出られるようになるのだろう。長く休んでいると体も気持もたるんでくるように思う。写真は、病室および病院の窓からの景色。左上:北西、右上:北東、左下:南西、右下:東南。
2019.02.06
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今日は、昨日よりまた一段と気分がよくなった。明日の血液検査とレントゲンの結果が楽しみだ。俳句はなかなか作れない。子規は病床で多くの名句を残したが、凡人には病床ではいい句は作れないと知った。本は、司馬遼のものを2冊持って来て読んでいる。写真は、2日から毎日施療されている抗生物質の点滴。
2019.02.05
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今日は、朝目覚めると、昨日までの体のだるさが一挙になくなり大変気分がよかった。午前中に血液検査とレントゲン撮影があり、昼に主治医のI先生の回診があった。2日前に較べ、血液中のCRPの数値はまだ高いが肺の影は少し薄くなっているので、快方に向っていることは確かであるとのことだった。昨日までと違い、食事も普通に食べられるようになり、読書や俳句作りもする気持ちになって来た。しかし、熱はまだ平熱にはなっていないし、咳も出る。
2019.02.04
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入院初めて一夜が明けた。体がだるく、咳も出てまだ快方に向かっているという実感はない。昨日から抗生物質の点滴を受けているので少しは楽になると思っていたのだが。日曜日なので、先生の回診もなく、テレビを見ながら時を過ごす。熱があるので食事は不味い。今日は、午前中定例句会、午後は琵琶鑑賞会があったが、キャンセルした。
2019.02.03
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今日も朝からH医院へ点滴に行った。昨夜は咳が止まらず一晩中ほとんど眠られず、怖い幻覚を見た。そこで、初めてレントゲンを撮ってみようということになり、その結果が肺が全体に曇っていることが分かり、肺炎と診断された。土曜日であったが、すぐにK病院に連絡して救急として受け入れてくれることを確認し、すぐにタクシーでK病院へ向った。病院では、いろいろな検査をし、担当医も決まり、入院ということになり、15時ごろ病室に入った。ここから、肺炎の治療が始まった。H医院へ行ったのが30日の夕方なのに、肺炎ということが見過ごされ、3日遅れの治療となった。その間、病状はどんどん進んでいただろうと思うと、どうしてもっと早く見つけてくれなかったのかと思う。入院はしたが、未だ体はだるいし熱も下がらない。
2019.02.02
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今日も朝からH医院へ行き、点滴を行った。血液検査の結果、腎臓の数値が悪くなっていて、急性腎臓病の疑いがあるので、もう一度来週血液検査をし、悪くなっていればK病院の腎臓内科へ紹介するとのことだった。咳がひどいので咳止めの薬だけを処方され帰宅した。熱は高いままで、体は相変わらずだるい。
2019.02.01
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