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今日は暇なので街に気分転換にでも行ってみようかと思ったが土曜日だし、人出も多そうだしインフルエンザが流行っているようなので虚弱体質なワタクシは、うつされるのが嫌なので朝から、近くの山に登ってきた。ジジイの一人登山で往復でも3時間程度のいつも登っている山なのでたいした感動はないが俗世界を離れて自然の中にいるのは気分は良い。昨日書いた自分の息子を殺害した元農水事務次官だけど本当に保釈されてしまった。それも控訴をせずに。なんで?普通は控訴をしてからだと思うがこんな事は初めて聞いた。何が起こるか分からないものだ。1月6日までに控訴をするという前提のもとなのだろうか?それとも裁判官の忖度?分からないけど本当に何が起こるか分からない。同じ人殺しでも法律ではいろんな罪がある。殺人罪 (故意に人を殺すこと)傷害致死罪(殺す気はなかったが過失により人を殺すこと)過失致死罪(相手を殺した行為自体が過失であった場合)業務上過失致死罪(医師等が誤って人を殺した場合等)過失運転致死傷罪(車を運転していて死傷させた場合)などがある。人を殺してしまっても、元々殺意があったわけではなく結果的に死亡させてしまった場合は傷害致死罪や過失致死罪となる 傷害致死罪は、相手に暴行を加えたけど殺すつもりはなかった場合に当てはまる。喧嘩で相手を殴ったら、打ちどころが悪く死亡してしまったといった場合はこれ傷害致死罪となれば3年以上の懲役(無期はなく必ず有期刑) 過失致死罪は、マンションの上階から誤って物を落としてしまい通行人に当たり死亡させてしまったといった場合に成立する。過失致死罪となれば50万円以下の罰金になる。 しかし、加害者に殺意があったかどうかは本人にしか分からない。 子供を虐待して殺した親があまり長くない刑になるのは殺す気はなかったと言い張るからだよ。証拠がなければ言ったもの勝ちだ。日本の法律はそうなっている。池袋で2人をひき殺したあの人も過失運転致死傷罪なのであまり重い刑は食らわない。どうしても人を殺したくて死刑や長い刑は嫌だと思う人は殺人罪以外で よ~く考えてくださいよ。いやいや 人殺しは良くありません。
2019/12/21
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年末も近くなったけど忙しくもなく、暇でもなく中途半端な人生を過ごしている。ワタクシ、明日からはもう年末の休みに入る。今年はやりたい事の85パーセント位は出来たのでまあ、良かったのかなと思う。今週はニュースになる裁判の判決が出た。16日に農林水産省の事務次官が懲役6年の実刑で18日に新幹線での殺人事件が無期懲役だったが周りでもこの判決に対していろんな事を言っている人がいるがいかにも日本的な判決だったと思う。日本は法治国家なので法律が絶対だ。法は弱き人の見方ではない。法は法を知っていてそれを上手に使える人の味方なのだ。新幹線の殺人事件は無期懲役になりたくて2人までは殺せると考えて犯行に及んだ。結果は1人を殺害して2人を傷つけたしかし、このまま罪を認めて悔悛の情を見せれば懲役30年の有期刑になる可能性がある。しかし日本の判例では死刑にはならない。奴は言いたい事を言って馬鹿な事をすれば自分が望む無期懲役刑になると計算したんだろう。希望通り無期懲役の判決を貰って万歳をして喜んでいた。奴はある意味賢かったのかも知れない。無期懲役では30年から40年で出て来るのではないかと言う人がいるがまずそんな心配はないと思う。出てくるのは塀の中で模範的な態度で30年以上生活して身元引き受けがある人だから奴はおそらく一生出てこないだろうと思う。本人の希望どうり塀の中で獄死する事になるだろう。元農水省の事務次官の方は検察が懲役8年の求刑だったので一般的には求刑の8掛けで懲役6年くらいの無難な判決だったが年齢が年齢だし再犯の可能性もほとんどないし執行猶予があっても良いのではないかと言ってた人もいるが裁判員裁判であっても日本の裁判官は前例を考えて無難な判断をする傾向があるのでこんなもんだろうけど控訴して保釈申請して最高裁まで引っ張れば何があるか分からない。本当に何があるか分からないのでもしかしたら娑婆で人生を終えれるかもしれない。この人は仕事に打ち込みすぎて子育てを間違えてしまったのかもしれない。娘は自殺し息子は自分で殺害してしまった。高級官僚になっても、こんな人生では悲しい。息子が小学校が煩いと言って怒鳴り込みそうになったので殺害したみたいなことも言っていたようだがそのまま突撃させていたらどうなっていただろうか?息子が小学生を殺害していたら元事務次官は少なくとも殺人者にはならなかった。まだ忘年会の予定が残っているが令和元年がもう少しで終わる。
2019/12/20
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過ぎ行く日々は早くてもう12月も半ばだ。令和元年がもうすぐ終わろうとしている。15日が日曜日になるので繰り上げて13日は年金の支給日だしちまたの労働者にもボーナスと言うものが支給されてきているだろうから街中は少しづつ賑わってきている。13日は気合を入れて裁判所に出かけた。裁判おたくのワタクシが少し気になる事件の判決を聞きたかったからだが30数席しかない傍聴席は数百人が詰めかけて抽選となって残念ながら落選。残念 はいそれま~~で~~よ。仕方がないのでこの日は事務所で雑用をこなしながら判決の速報を待っていた。聞きたかった判決は2017年6月に福岡県の小郡市であった妻子3人が殺害された事件で殺人罪に問われている警察官の夫の判決だった。この事件、直接の証拠はなく警察官であった夫は逮捕段階から一貫して無罪を主張している。裁判最大の争点は被告が犯人であるかどうかという「犯人性」と犯人である場合にどの程度の刑を科すかという「量刑」だった。公判では被告の関与を示す直接の証拠はなく検察側が示した間接的な証拠を裁判員がどう判断するのかが注目された。裁判員裁判の間一日だけ傍聴できたが弁護士がやる気なさそうに見えた。「無罪を勝ち取るぞ!!」というような気迫が全く感じられない。訴えようによっては無罪もあり得るし有罪ならまず死刑の裁判なので弁護士に頑張ってほしいと思って見ていたが結果は死刑判決が出てしまった。被告は即日控訴したので次は高裁で争われるが出来れば無罪請負弁護士と呼ばれているやり手の弁護士を付けてやってもらいたいけど金がかかるから無理かな?国選の弁護人ではまず勝ち目はないだろうな。冤罪か本当に犯人なのかは本人にしか分からないけど判決の理由を詳しく読んでみたい。「地獄の沙汰も金次第」なのかな。
2019/12/14
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今日は太平洋戦争開戦の日だ。1941年(昭和16年)12月8日に太平洋戦争が始まった。今から78年も前だ。1945年(昭和20年)8月15日に日本の敗戦で戦争は終わった。3年と9か月続いた戦争で軍人等が230万人一般国民80万人合計310万人の国民が亡くなった。8月の終戦記念日が近づくと太平洋戦争の悲惨さを伝える特別番組がよく放映されるが真珠湾攻撃をした開戦の日の事はあまり放映されない。マスコミ的にはあまり興味がないのかな?あまり思い出したくない日なのかもしれない。ワタクシは右翼でも左翼でもない取り柄のない人畜無害なジジイだと思う。広島に行けばついでに平和記念公園行くし長崎に行けば平和公園にも行く。神も仏も信じないけど寺にも神社にも教会にも行く。数日前には暇だったので鹿児島の知覧まで行って来た。知覧は太平洋戦争末期に特攻と言う人類史上、類の無い本当にバカで愚かな飛行機もろとも敵艦に体当たり作戦を決行した事で知られている。特攻機と言えば「ゼロ戦」のイメージを持つ人が多いが「ゼロ戦」は海軍の飛行機なので海軍は同じ鹿児島県だが鹿屋基地から特攻に出撃した。知覧は陸軍の基地なのでここから出撃したのは陸軍の戦闘機「隼」や「飛燕」だった事はなぜか知らない人が多い。学校ではこんな事は教えていないから仕方がないか!知覧の特攻平和会館には特攻隊員の遺品や遺書を展示してあった。特攻に出撃して行ったのは20歳前後の若者たちが大多数だ。なんとも切ない気分になる。遺書に「天皇陛下万歳」や「悔いは無し」なんて書いてあるがこんなのはみんな嘘だろう。言論統制された中で手紙類はみんな検閲されると分かっている。実際に「検閲済」の判が押してある展示物がたくさんある。本当の気持ちなんて絶対に書けるはずがない。国の為に喜んで死にますなんて本当に思った人はほとんどいないのではないか?志願と言う名の強制や召集令状一枚で集められ親や妻や子供を残して喜んで死にますなんて言えないだろう。ワタクシが幼少の頃お世話になった海軍の写真班あがりのおっちゃんが言っていたが戦争に反対して特高警察に捕まって拷問され獄死した人もいたらしいが家族・親戚一同は非国民の身内として悲惨な生活を送らなければならなかったらしい。それは嫌だから志願して特攻の道を選んだ若者も多かったと聞いた。ワタクシが小学生の頃、近くの家、数軒に「遺族の家」と書かれた札が貼ってあった。子供の頃は「遺族」という意味がもう一つ判ってなかったが物心ついてからは、 この4文字はとても悲しい思いがした。 愛する家族が戦場に散るという事は残された家族にとってはものすごく辛い事だと思う。本当に戦争は悲惨だと思う。70数年前には生きたくても生きることが出来なかった若者たちがいた。それを今の若い人に言ってもなかなか理解できないかもしれないがワタクシは今戦争のない平和な時代を過ごすことができて幸せだと思う。願わくばこの平和な世の中が孫やひ孫その先の先の代まで永遠に続く事をを願っている。
2019/12/08
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