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名曲。当時、歌詞は分からないままでも、楽曲の美しさに聞き惚れていた。ギルバートオサリバンは最初はきれいな顔してるが、後年は脂ぎってじじむさい顔つきになっちまったな。歌詞はせつなさとダサさが混じった味のある詞かな。「塔の上に登って飛び降りるのさ。身体がこなごなになるってどういうことかみんなに判らせてやるんだ。」ってなかなかいい。そこからいきなり教会の中に状況が移ってしまうのが最初は面食らった。ずっと残る世界的名曲だな。
2009年09月25日
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昔、「さぶ」、「薔薇族」、「アドン」が元気に売れ続けていたころ、日本は健康だった。今、これらの雑誌は発行されていない。正確に言うと、「薔薇族」のみネット販売されていたらしいが次号で完全に終焉するそうだ。タモリのボキャブラ天国で「さぶ」が面白おかしく使われた時代がなつかしい。コントで、「僕たち、薔薇族」で終るのもあった。コンビニとネットで全てが変になってしまった。弱肉強食が当たり前のようになり、自己責任の名の下に、罪のないひとびとが無視され死に絶えていく。こんな馬鹿げた現状は変わるべきだろう。
2009年09月24日
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漢字検定一級なんか合格しても何にも実生活には役に立たないしな。2月に178点で合格してから半年すぎて、覚えた漢字もだいぶ忘れかけてきてる。でも長野県では19人受験して合格したのは俺だけだったから少しは気分良くなれたから全く役に立たなかったわけでもないか。2年前まではよくウォーキングしてたけど、もう今は全然歩いてないから身体の調子もいまいち。スキーも2年間ほとんど行ってない。それまでは戸隠(長野県)でたっぷりと滑ってたのに...40度の急斜面やコブコブの斜面を滑りたいなあ。洗濯や料理もしなきゃならないからしてるけど、店の経営と家事とその他いろいろが一気に自分にかかってきたから俺もだんだん疲れてきてる。精神的にも肉体的にも疲れてきてる...
2009年09月04日
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御巣鷹山の日航123便墜落事故の写真でフォーカスだかフライデーだかに載っていた墜落直後の犠牲者の写真が忘れられない。その写真は墜落時の残酷で冷酷な事実をそのまま写し取ったものだった。小学生と思われる男児が恐怖と激痛の表情を浮かべたまま焼け残った枯れ木のそばで真っ黒な遺体となっている、しかしその遺体は永遠に続く不条理の結果としてまるでオブジェのように身体を立たせている。もしこの遺体が地面に伏していたらこれほどの衝撃を僕に与えはしなかったかも知れない。そのこどもの遺体は、生きていたいのになぜこんな苦しい目に会うの?なぜ死ななくちゃならないの? なぜ、なぜ、なぜ?と問いかけているように思えた。当時、まだ青年だった僕は「死」という存在ははるか向こうの方にあるのだろうけれど、まったく自分とは関係のない「もの」だった。そんな僕にその写真は自分よりも幼い存在が受けた「死」という恐怖と巨大な苦しみをその表情に刻印して突きつけてきた。今、幾分か大人になった僕は「死」の苦しみは生きるための苦しみと共通の性質を持っていることにやっと気がついてきたところだ。生きることに苦労していなかった季節は過ぎ去ってしまい、経済的にも家族的にも苦労だらけになってしまった時間に僕はときどきあの日航機の事故を思い出す。あの日航機の機長はほとんど操縦不能になった機体を30分余りの間、力と技術を搾り出して操縦し続け、山にぶつかりそうになり、その山を越してまた次の山が迫ってくるという連続だった。「頑張れ、頑張れ」と自分を鼓舞して自分や乗客の「生」を維持するための努力を続けた。しかしついにあきらめの時がやってくる。ボイスレコーダーには「これはだめかもしれないね..」という機長のつぶやきが記録されている。僕は今、この機長と同じ気持ちで生きているのかもしれない...
2009年09月02日
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