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2020年07月14日
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テーマ: 本日の1冊(3697)

「なにかが首のまわりに」チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ くぼたのぞみ訳 河出文庫

3月初めに小さな旅をしている途中、小川洋子の読書ラジオ番組を聴いていた。初めて聴く番組で、初めて知る作家の小説だった。アナウンサーの朗読と共に小川洋子さんが一冊の本を解説する番組だった。

1時間で、アルジェリアからアメリカに渡った女性の青春をすっかり知った気になり、私の知らない世界を垣間見た気になった。ちょっと気になって本を取り寄せたのだが、まさかあんな豊潤な世界が、こんな18ページほどの短編だったとは思いもしなかった。私は少なくとも、中編のよく練られた黒人女性のアメリカ留学の1年間を見せられたのだと思っていた。しかも、フィクションはあるかもしれないが、これは作家の経験したことだと確信していた。それほどまでに、ひとつひとつの「言葉」が立っていて、しかも無駄な「言葉」はひとつもなく、詩のように語られていた。

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

この舌を噛むような作家は、12の短編全てで、12の人生を切り取り、そして鮮やかに表現している。ホントに自分の経験を書いていないのか?と思ったが書いてないのだ。読んでいくと、現在のアメリカ黒人差別運動の現場に居合わせている気分になるような描写もある。

表題作に戻ると、朗読では気がつかなかったことに、3つ気がついた。ひとつ、会話には「」は使われていない。よって、まるで詩を読んでいる気分になる。ひとつ、ずっと(主人公の女性のことを)「きみは‥‥と思った」と過去形で語られている。朗読では女性の恋人になる白人男性からの呟きだと勘違いしていたが、白人男性は「彼」と語られていた。だからもう一つのことも、私は確信を持った。主人公女性はアルジェリアから留学して親戚のおじさん家に間借りするが、レイプを強要されそうになり、家を出てレストランで働き出す。そこでまるきり違う「アメリカという人間の世界」で生きることになる。その時「何かが首のまわりに絡みついている」のを感じるのである(この「なにか」は精霊なのかもしれない)。自分を理解してくれそうな白人男性と付き合うことで、その感触は薄れるのではあるが、父親の急死を聞いて彼女はいっとき故郷に帰ることになる。白人男性は「帰ってくるよな」と聞くが黙って彼女は別れるのである。

果たして彼女は帰ってくるのか?

小川洋子さんは「帰ってこない」派だった。実はこの文体そのものが、彼女と白人男性はうまくいかないことを証明していた。ということが読んでみてはっきりわかった。

こんな波乱万丈の物語を短編で見せて、なお、余白を感じさせるストーリーテラー。すごいと思うが、一編読むのに物凄く疲れて、この一冊でもういいや、という気になった。黒人文化に興味ある人には、必読文学だと思う。

アディーチェの文学が文庫化されたのは、これが初めてらしい。ただし高い。300ページちょっとで、1150円(税別)である。もちろん、内容の濃さはそれ以上だ。





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最終更新日  2020年07月14日 14時19分53秒
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