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今日は2月28日。Kiwiに言わせると「今日で夏が終わる。明日から秋だ!」と言う。NZ、特にWBが住むHawkes Bayには、どちらかと言うと春夏秋冬より大別して夏と冬しかないように思える(笑)。冬でも日差しの強い日には半袖・半ズボンで過ごせるそんな天気のせいもあるだろう。 夏の終わりの今日は、空も夏の終わりを悲しんでいるのか?と思わせるような天気だった。夜が明けると空一面の曇り空。日中には小雨もパラつき気温も18度までしか上がらず、昨日までの「残暑」がウソみたいな一日だった。会社に行く道すがら無数にある果樹園は何処もリンゴがたわわになっている。そして果樹園の入り口には Wanted Apple picker!!(リンゴを収穫してくれる人募集中)の看板が出ている。この看板とリンゴの赤い色が、なんとなく秋の訪れを感じさせる今日この頃である。WB
February 28, 2007
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WBの友人(Kiwi)で、何時も文句ばかり言っている御仁がいる。まだ若い彼は、最近長男が誕生したばかり。本来なら一番楽しい時期のはずなのに・・・??? 奥さんが産休で収入が減った事。奥さんが育児で疲れ気味な事などもその理由かもしれない。 本来彼は明るい若者で、頭も悪くない。仕事をやらせても大雑把なところはあっても、ポイントだけはチャンと把握している。 そんな彼を見ていると、自分はどうだろう? ふと思う。彼のように文句ばかり言っていないだろうか?物事に否定的な態度を取っていないだろうか? 元来WBはなるべく物事を前向きに考えるようにしている。もちろん、牧師さんやお坊さんほど悟れていないので、たまには文句も出る。でも彼のように全ての事に対して懐疑的、否定的、不満が生まれるような事はない。 例えば今の生活。離婚後3年。スミと二人の静かな生活と言えば聞こえがいいが、表現を変えると寂しい生活となる(苦笑)。子供もそれぞれ成人しているので、顔を見るのは一年に1~2回。でもたまにしか逢わないので、お互い懐かしく"中身の濃い時間を過せる。" 生活も決して楽と言うわけではないが、なんとか食べているというよりサバイバルしている と言った方が的確な表現かもしれない(笑)。でもそれなりに"生活の知恵が自然と身についた。""無駄な生活をしなくなった"のは特筆できる部分だと思う。 会社の仕事は、ルーティンでおよそ自分が今までやってきたクリエイティブなものとは程遠い。しかし、慣れればあまり"ストレスがたまらない"仕事である。 労働時間は、週35時間ほどで3日働いて4日休みのパターンで労働時間が短いの不満。反面"空いている時間を自分の好きな事に使えるし、会社から警備の仕事が回って来て給料を補填する事ができる"。 遠距離恋愛にしても、逢う事は一年に一回程度。お互い逢いたいときに逢うことは全く不可能。でも、"逢えない時間に愛を育てる" 普通のカップルには出来ない愛の育て方を実践中。 そう、もうお分かりだと思う。不満を別の面から見ると、今まで不満に思えていた事に別の可能性がある事が見えてくる。上の文章で" "で囲んだ部分は、先の題材のポジティブな考え方、結果となっている。これは自然と自分の人生の中で身についた考え方だ。 世の中文句を言ってもなにも変わらない。それなら、文句を言わずに別の方法を考えよう。文句を言う時間があれば、何か別のアイデアが生まれるかも知れない。前述の彼にもこの話をしたが、頭では理解出来ても若い彼にはまだまだ時間が必要なようだ。 ただ、誤解のないように書いておくが、WBはごく普通の人間である。宗教に凝った事もなければ、誰かの本に感化されてこのような事を書いているのではない。悟ったような事を書いてはいるが、本来煩悩だらけで、およそ悟りの境地とは程遠い人物である(苦笑)。 では何時の頃からこの考え方が身についたのか?多分NZへの移住を決意してからだろう。 ある意味海外での生活は不満だらけと言っても良いかもしれない。なぜか? それは日本と比べるから。でも海外には日本には無いものも沢山ある。だから自分は移住したのではないか? 17年前は夢中で此方に渡ってきたが、いま振り返ってみると色々な面も見えてきた。これも年のせいか(苦笑)?いや"時間がある"せいだろう。 WB
February 11, 2007
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近頃、不二家が色々のニュースで取り上げられている。 自称不二家のファンとして寂しい限りである。 不二家の歴史はWBの生まれ育った町、横浜の歴史とかなり密接な関係にある。幼い頃、母親に連れられて横浜の伊勢崎町で買い物をすると、必ず不二家によってホットケーキ、パフェなどを食べさせて貰ったのを覚えている。子供心に母親が教えてくれた「此処は(伊勢崎町のレストラン)は不二家の本店なのよ。」と言った言葉が今も心のどこかに残っていたらしい。 それを確かめる意味で不二家のサイトで歴史を調べてみると、第一号店は横浜の元町にあったとある。なるほど。WBが子供の頃、伊勢崎町は横浜随一の繁華街。横浜の人間は伊勢崎町と呼ばず「ザキ」と呼び鳴らしたものだ。またザキの裏通りは通称「親不孝通り」と呼ばれ、そこいらにたむろする人間には絶対になってはいけない!!とかなり厳しく言われたのも不思議と心に残っている。 一方当時の元町は今の元町とは全く違い、高級店がポツポツとある静かな商店街だった。元町で買い物をする。 それはザキで買い物をするのとは全く違った意味合いを持っていた。WBの記憶でも小さい頃に元町に連れられて行ったのは数える程だ。 後年、元町に会った英語学校に通うようになるが、なぜか元町は懐かしくもそして心が落ち着く町でもある。 話が横道にそれたが、当時の"ザキ"の不二家は入ると確か回り階段があったと思う。子供の頃の記憶なのでもし間違っていたら許して欲しい。ドアを入ると、ガラスケースにケーキがならび、お菓子もこれでもかと言うほど、溢れんばかりに並んでいた。レストランに入り席に座って、不二家のオネエサンが注文をとりに来るまでの時間がなんとも言えなかった。後年、食券を先に買うようになって、あのドキドキするような長いような短いような待ち時間がなくなり味気なくなったのを覚えている。 待つ事しばし。 出てきたホットケーキはふんわりと柔らかく、シロップを一杯に掛けて口一杯に頬張って食べた。いまでもホットケーキと言えば必ず不二家のあのホットケーキを思い出す。まさに三つ子の魂百までである(笑)。 さて、その歴史ある不二家。不祥事を起こし、それを自力で更正できないほどの事態に陥っているらしい。WBはホットケーキばかりでなく、ショートケーキ、シュークリームも大好きである。そう、WBは甘辛両党使いなのである(笑)。もっとも近年シュークリームは大振りのコージーコーナーがお気に入りであるが(笑)。 こんな歴史ある不二家。あるいは歴史あるゆえにこうなったのか? とも言えるが、とに角一日も早く更正して庶民の洋菓子店として復活して欲しい。浜っ子の一人として節に願うものである。 では。WB
February 4, 2007
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