大玉南洋真珠のお店ルコリエのブログ
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
久しぶりの冒険旅行記になってしまいましたが、今回からはエベレスト街道の特集です。エベレスト街道とは、文字どおり世界最高峰エベレストへまで続くトレッキング街道のことを指します。最終地点のカラ・パタールと呼ばれる場所はなんと標高5545メートル。世界の屋根と呼ばれる天空に最も近い大地の風景を、撮影した写真を織り交ぜながらご紹介していきます。エベレストトレッキングDay12002年10月ネパールの首都カトマンドゥを離れた飛行機はエベレストの壮大なら山並みを見ながら、エベレスト街道最初の町ルクラに到着します。あまりに急峻な土地のためか、飛行場がすごい角度で傾斜しています。着陸時には坂を上る感じで着陸するため、非常に短距離での着陸が可能なのですが、離陸の時は坂を下っていくので、やっぱやめたと言えないのが難点です。このルクラ、トレッキングの開始時点ですでに標高2800メートル。高度順応ができていない体には、少しの移動でも息が切れます。このルクラの町で初めに行うのがポーター探し。ポーターとは荷物持ち兼道案内人。ポーターを雇うことは現地の法律では必須ではないのですが、5000メートルを超える高地、そして雄大なヒマラヤを旅するならやはりいるに越したことはないのです。(注:国によって安全のためトレッキングにはポーター必須という国もあります。マレーシアのキナバル山とか)僕のポーターは、バースー。カトマンドゥの日本人経営の旅行社で経由で紹介された、明るくてちょっとおっちょこちょいで、とっても純朴なネパーリー。トレッキングの旅は、ルクラから山間にある街々を通り抜けながら続いていきます。そこで目にするのは、戦前の日本を思い起こさせるような農耕の生活。土間の前で洗濯をしながら会話をする親子。家の裏手の畑作業に精を出す子供達。かつては日本のいたるところで見受けられ、そして失われていった、共同作業を通した家族の絆というものを見ることができます。日暮れとともに、街道の村に投宿しました。電気もガスも水道もまだないこの山間の宿では、ろうそくの光の元、木材を燃料に調理を行います。ろうそくのともすわずかな明かりを見つめながら、宿の家族みんなと一か所に集まって食事をしました。夜に明かりが一つのろうそくというのは本当に不便です。明かりがなければ個人個人が自由に行動するということはできないからです。でも、だからこそ、人は一か所に集まり、そこから語らいが生まれ、家族の絆というものが自然と結ばれているのを感じました。今の私達が、無くしたものはなんだったのか。そのことを教えてくれる体験でした。⇒第2日目に続く。
2008年10月13日
コメント(0)