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キャンパスで転んで左肘と左手小指を怪我したようです。息子から、会社にまで電話がありました。小さい頃、転んでばかりだったのが流石にこのところは転ばなくなっていたのですが。「医者に行った方がいいかなあ、小指がすごく痛くて骨が折れていると心配なんで。一応、指は動くんだけど」と不安そうな声。おいおい、骨折の疑いがあるくらいならと、「行った方がいいんじゃないの」と伝えると、「じゃあ直ぐに行ってくるわ」と何だか弾むような声を残して医者に向かったようでした。なんだか不思議な雰囲気だなあと思って家内に電話すると、どうやら、キャンパスのちょとした段差に躓いて転んだ拍子に左肘を擦りむくと同時に左手の小指を突き指したようなのです。家内が看ると、全然大したことがなかったので、「擦りむいたところを消毒でもしておけば大丈夫よ」と伝えたらしいのですが。その家内の態度が不満だったらしく、抗議の意味を込めたのかもしれません。わざとらしく、家内の目の前でオヤジに電話して聞いてみようと言って、それで私への訴えるような電話になったようなのです。医者に行ったらの一言が嬉しかったようです。幼いながらも感情が絡んだ彼の行動に少々楽しくなってしまいました。そういえば、彼は突き指は初めての経験で、その痛みに不安になったのでしょう。それに、ちょうど、先々週、体育の時間に右肘をかなり激しく擦りむいて、手当てもせずに帰ってきて、毎日ガーゼの交換にずっと痛い思いをしてきたところだったということもあったのでしょう。さらには、私が以前、ミシンを蹴飛ばして右足の小指が恐ろしいほどに腫れて1週間ほど痛みが全然引かず、たまらずにレントゲンを撮ったら結局、折れていると思いますよと病院で言われてきたことを思い出したことも効いたのかもしれません。どうしても医者に行かなければという彼らしい独特の思考経路によるものでしょうか。それとも、右肘から左肘へと移動した擦り傷のことが相当気になったのでしょうか。それにしても医者のことは小さい頃からかなり嫌っていると思っていたのですが。その疑問は、なかなか秋空のようにスッキリとは晴れません。携帯から書いたものを今、病院から帰って修正しました。テーマも選択してなかったので。
Oct 30, 2007
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療育施設で父親に向けて講演することになってしまいました。といっても、講演と質疑応答で小1時間。半分は質疑応答ということですので実質は20~30分程度でしょうか。中味も父親としてやっておいて良かったと思うこと、やっておけば良かったと思うこと、それに周囲の理解を得るためにやっていることと肩肘の張らないテーマです。ところで、発達障害・感覚統合障害の息子のことを中心に話したらいいのか、脳障害・四肢機能障害の娘のことを中心に話したらいいのか、時間もあまりないようですので、そこだけが悩むところです。やっておいて良かったこと、それはいろんな人がいいと薦める科学的なことはもちろん非科学的なこともやったこと。ただしこの場合、明らかな害(副作用)がないという条件で。幼児のころから息子には、水泳教室、体操教室、リトミック、感覚統合訓練、言葉の教室、ピアノ教室、書道教室、学習塾、整体、温灸、いろんなところに通わせました。今、すべて、やっておいて良かったと思っています。効果は別になくても、後であの時あれをやっておけば良くなったかもしれないのにと思うことがないことが何より良かったと思います。ちょっと趣旨は違うのですが、娘が小学校に上がる前に、市の教育委員会の方と小学校2校の特殊学級担当の先生に面談を申し込んだことがあります。いずれも、数回、家内と二人で面談しました。娘は重度重複障害で養護学校以外はとても無理だろうと私は理解はしていました。普通の小学校ではまずは受け入れてもらえないだろうと。でも、養護学校へ行ってから、情緒豊かな子なのでやはり普通の学校の方が適しているかもなんて後悔することがあるかもしれないとふと思って、家内の求めがあって面談してもらうことにしました。2校の担当の先生ともに当然のごとく養護学校を薦めました。でも、何とかここに入れてくれないかと迫りました。そして二人の先生に同じように、最終的には親が決めることですけど、養護学校のほうがよろしいですよと言われました。そこで、家内が納得したのを見て、養護学校に決めますと返事をしました。実は、家内は当初、娘を普通の小学校に入れるつもりでいたように思います。自分が付き添うことで、普通学級と特殊学級で過ごし、もしだめになったらその時は養護学校に移ればいいと思っていたように思います。受容のための時間と環境が必要でした。2人の先生方には申し訳なかったのですが、家内はこの間に現実を理性的に受容したのだと思います。家族同士の付き合いをしている当時の文部省の友人にも失礼な態度を取ってしまいました。他に何の要求もせず税金を払って義務を果たしているのだから、普通の小学校に行くことぐらいは国民として主張してもかまわないのではなんて。家内もその時の友人の哀しそうな顔を見てそこまで言わなくてもと思ったことでしょう。でも、これらの儀式を終えることによって、私たちは完全に養護学校行きこそが娘にとってベストの選択であると強く思えるようになったのです。その後、養護学校の6年間、娘の成長に対する考えは一度も後戻りすることはありませんでした。やっておいて良かったと思うことと少しニュアンスは違うかもしれませんが、娘のためにはそして何より家内のためにこのことは本当に良かったと思っています。医者にもっとしっかりと意見を言えれば良かったかなあなんて思うことはあります。医者は特別の存在でしたし、子供が小さい頃は私たちも純情でした。講演会では、こんな話でもしようかなあ、なんて思っています。
Oct 24, 2007
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後期の講義がはじまり2~3週が経ちました。困難な状況に直面していました。理科系なら、実験リポートの提出が途切れたときが進級をあきらめるときというのは常識。後期最初の物理実験リポートが提出されていません。主な原因は発達障害独特のスケジュール感のなさとこだわりとそしてあきれるほどの手際の悪さ。先々週、実施された物理実験は1週間後が最初の提出期限。なのに実験ノートをどこかに置き忘れてしまったようでデータがなくてリポートに取りかかれません。そのことに気づいたのがその週の土曜日。どうやら土曜日も開いているらしいというので、大学の事務局というか忘れ物センターのようなところに彼は出かけていきました。でも、結局、届いていないとのこと。それでも、週明けの月曜日に改めて探すと幸運にも事務局に届いているとのことで、なんとか材料は揃い、リポートのメドはたった、はずでした。何を思ったか彼はこのリポートをLATEXを用いて取り組むことにした様子。前期の講義で教わったからだそうなのです。リポートはもちろん手書きでOKとのこと。今回は時間も限られていることもあるし、手書きにしたらと言っても彼は一度決めてしまったら聞く耳を持ちません。もちろんこれまでにこのLATEXなるものを実用としては一度も試したことはありません。マニュアルを見ながらのチャレンジです。リポート提出日の前日深夜0時前に、やっと実験データを基に作成した表からグラフを書き終えることができました。と思ったところで表の作成ミス発見。ということで、当然この表を基にして描いた3種類ずつ各5枚のグラフもすべてパー(グラフは手書き指定だそうで)。ということで表の計算値の修正入力を行い、なんとか提出日の午前2時過ぎに表の修正までは完成。あとは、これをもとにグラフを描いてその結果から考察を加えればOKということでほっと一安心。一応、ここまでプリントアウトしておけば何とか格好はつきそうだね、よかったね。ということで、プリントアウトしておこうとしたら、むむむ、エラー表示。いろいろやってみても印刷できません。なんと、彼はLATEXなるものを初めて使っていて、リポート完成寸前まで印刷できないなどのミスが生じる可能性をまったく想定していませんでした。ということで、提出期限内の提出をあきらめたのでした。次の実験も既に済んでいるので、とにかくこのリポートを1週間遅れでも提出しておかないと(1週間遅れまでは評価は落とされるが受理はしてもらえる)ということで、昨日は午後からモニターとにらめっこしていたようなのですが、結局、私が学生時代の友人達との会合から帰宅した10時にはまだエラー箇所を見つけられない状態が続いていました。酒の入った私とそれに家内が加わって、といってももちろん二人ともLATEXはわかるはずもなくうるさい外野状態以外の何ものでもないのですが、3人でモニターを眺めて続けました。半時間ほどして、彼がおもむろにある箇所に記号を2つ3つ入れると、エラーが解消されて印刷画面がこの日の秋晴れの空のようにすっきりと表示され、パソコンの前でおーっと3人揃って感動の声を上げることになりました。三人寄れば文殊の智慧だろ、とまとめたのでした。
Oct 22, 2007
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友人が亡くなりました。今、勤めている会社に途中入社した時、配属された支店に彼はいました。当時、彼は入社3年目でいきいきと仕事をしていました。大学卒業後3年間別の会社につとめた後に今の会社に途中入社した私に同期のように大切にそして気さくに接してくれました。入社して右も左もわからない新人の私を彼はとてもよく面倒を見てくれたのでした。随分世話になりました。親友というとちょっと違うし、先輩でもないし、もちろん同期というわけでもありません。やはり親しい友人としか言いようがありません。私が東京に異動になり、そして何年かして彼が会社を辞めて実家の仕事を継いだ後も、一緒に二人で釣りに出かけたりしていました。彼は私の実家の近くに新居を構えたこともあり私が帰省した際には彼の家に寄ったりしていたのです。といっても、ここ十数年私は実家には帰っていなかったので、彼の新居には2、3度ほどしか行ってはいないのですが。彼が東京に出て来た時にはこの間、何度かあっていました。チヌ(クロダイ)のすごいポイントを見つけたと駆け込んで来たことがありました。よく聞いてみると、本人は一人で何日間も通っているのに、釣り上げたことはなく、何度かハリスを切られているということでした。どうして、彼にはそれがクロダイとわかったのでしょう。それより、彼がどうしてそんな場所を見つけてきたのか、結局、聞けずじまいになってしまいました。1時間ほど山越えのドライブを要するそのポイントは、外海には面してはいるものの、奥まったところにある石積の防波堤で、夜釣りともなれば地元の人も誰も来ません。二人で出かけました。1回目、2回目と当たりは何度かあるものの釣果どころか獲物の雰囲気さえ得られず仕舞い。3回目の釣行だったか、彼が仕事で都合がつかないというので初めて私一人でそこに出かけました。まあ、こういうときには得てしてこういうことが起こるのでしょうねえ。夕まずめから、20センチ位のグレ(メジナ)が3枚、4枚と立て続けに釣れました。日がとっぷり暮れて星が夜空を支配し終わった頃、突然、電気ウキが海中に消えました。慎重にやりとりして取り込むと30センチ超えのキジハタでした。かなりの引きで彼が言う50センチクラスのクロダイに間違いないと思ったのですが、この超高級魚にビックリ。それから、30分もしないうちに今度はゆっくりと電気ウキが海中に入りました。さっと合わせると引き込まれるような力強い引き。意外にあっさりと上がってきたのが狙っていたクロダイでした。家に帰って測ったら48センチありました。翌日、彼にその報告をすると、うっそだろうを連発しながら、なんだか泣き笑いのようなとても複雑な表情を浮かべた後、よかったなあ、よかったなあと自分のことのように喜んでくれました。そして、いいポイントだろうと念を押したのでした。その後も彼と何度かそこを訪れたのはもちろん、私が東京に戻った後も彼はそこに通いました。しかし、結局、彼はクロダイを釣り上げることはできませんでした。48センチのチヌ上げたよと告げた時の彼の顔を今でもはっきりと覚えています。そんな彼が、脳腫瘍に罹りその後一時復帰したこと、そして肺ガンで闘病生活をしていたことなどまったく知りませんでした。あの時の泣き笑いのような彼の顔が忘れられません。合掌。ご冥福をお祈りいたします。
Oct 12, 2007
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感動するって、感動して涙を流すなんてことは、彼にはないのだと思っていました。発達障害は感動という情緒的活動を排除するのかとほとんど納得しつつありました。そこに至る充分な現実を私達は見てきたからです。これまでも、家内と私はちょっとしたお涙ちょうだいドラマを見ても、時には子供用のほのぼのアニメでも、しばしば感動の涙をながしたりしていたのですが、息子はどんなすごい感動ものにも、それこそ夫婦揃って号泣するようなドキュメンタリーやドラマを見てもまったく動ぜず、彼には感動という言葉はないのかと、私たちはいつの間にかそう結論づけていました。夏休みもまだ半分かと鬱陶しく感じ始めていた8月末の頃だったか、家族揃ってドラマを見ていました。内容はまったく覚えてはいないのですが、クライマックスではなんとしても泣かせるぞとの制作者の意図が始めから垣間見えるようないかにもありがちなストーリーだったように思います。家内と私はその制作者の意図をイヤだなあと感じつつ、それでもいつもの通り、そのドラマのクライマックスを迎えるずっと前から、目を潤ませていました。私達はドラマのクライマックスが過ぎた頃、お互い見合わしつつ、またこんなチープなドラマで泣いてしまったかと頷き合い、さり気なく息子の表情を盗み見ました。すると、息子の様子がいつもと違う。いつもならテレビを見ている彼の周りには、ソワソワとした軽薄な空気が漂っているはずなのですが、なにやら神妙な雰囲気です。あれ、どうしたんだろうとよく見ると、なんとなんと彼の目には涙が滲んでいるではありませんか。感動して泣くなんてことは彼には決して訪れないと思っていた私にはこの夏最大のサプライズです。ところで、なぜ、私達には、でないかというと、家内は少し前から既に何度か彼の感涙を見ていたそうなんです。私に、自分の目で確かめて、驚き、感動してほしかったんだそうです。教えてくれよなあ~。2日越しで、携帯で書いた日記を治療室入室直前に送信したら、校正前のものがアップされてしまいました。ということで、今、帰宅と同時に息子のパソコンで修正。
Oct 4, 2007
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