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かつて、毎晩飲み歩いていた仲間からメールアドレス変更の通知をいただき、その時一緒に飲み歩いていたもう一人の宛先もCCに入っていたので、軽い気持ちで我が家の惨状を連絡したら、二人から驚くべき返事が返ってきました。まず、メールアドレスの変更の連絡をくれた友人は、息子さんの奥さんが少し前に亡くなってしまって、二人の小学生のお孫さんの送り迎えしながらお父さんが帰ってくるまで面倒を見ていて忙しくしているとのこと。もう一人の友人は、胆管ガンの手術をしたところ後に肝臓に転移が見つかったので重粒子線治療を行いながら1年ほど小康状態を保っていたところ、先月、まったく別の新発の直腸ガンが見つかり手術して自宅静養しているとのこと。驚いたのは二人のメールの最後に記された言葉。共に、以前のように飲みに行くわけにも行かないので、これからは三人で情報交換をしましょうということになったのですが、一人は、「あの頃一緒に飲んでいた仲間のうち既に二人はガンで亡くなっているので、日本人の二人に一人がガンにかかるそうだから、私がガンになったところで確率的には○○さんと○○君(私のことです)は大丈夫だね」とその前後も含めて読むと、私たちを労るように書いてきてくれました。もう一人の友人はそれを受けて、「本当に人生いろいろですね」と始めた後、お孫さんとの生活ぶりを面白おかしく紹介して近況を書いてきてくれました。そして、最後に人生を淡々と楽しむかのような素晴らしい歌が添えられていました。 私もその短歌に読まれた対象に誘われて、1年ほど前に別の飲み仲間に触発されて始めた自己流のそれこそ夏井先生にカミナリを落とされそうな俳句を三つ四つと書き送ってしまったのですが。すると、すかさずもう一人から、この春に句集を出したので送りますのでご笑納をとのメールが届きました。 彼ら二人にはかつて文章を書く際にいろいろと教えていただいた経緯があり、一気にかつての懐かしい雰囲気が蘇ってきています。 実は、二人は私が業界団体に出向していた時の大先輩で、二人とも別々の会社の方であるにもかかわらず、公私にわたり本当にいろいろと助けていただいたのです。ここ何年か不義理をしていて申し訳なかったのですが、今回の情報交換で二人の温かさに再び触れることができ、とても嬉しく思っています。息子も最近、さんづけ、君づけを必要としない友人が初めてできたようです。先日、「○○に電話しなくちゃ」なんて初めて聞いて、家内と二人、「やっと青春してるんだね」と涙を流しそうになってしまいました。そういえば、日本橋の袂の2020東京オリンピックカウトダウンボードの設置されている野村證券の軍艦ビルの船着き場辺りが先日、ライトアップされていました。
Oct 26, 2016
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息子の発案で、家内の快気祝いと私の誕生祝いを兼ねて祖父母を誘って外食をしました。シャブシャブでも食べようよと盛り上がって何日か前に予約を入れようとしたのですが、最初のお店は既に予約で一杯でした。結局、シャブシャブつながりで牛肉がいいということになり、牛100%ハンバーグがウリのお店の牛の握り寿司を含むコースを予約しました。ただし、このお店も窓際の席は既にすべて予約済みで一番奥まった席になってしまいました。ただ、私たちにとってはこれが功を奏しました。お店に案内されると、そこはほの暗い落ち着いた空間で、間接照明でライトアップされた見事な生け花を背に私と家内が座り、向かいに祖父母と息子。他のテーブルとの距離もゆったりととられており、私たちを祝ってくれるためのピッタリのシチュエーションができあがっていました。家内は退院以来、初めての外食です。というより、近所のスーパーや銀行と家から10分以上のところに出かけたことがなかったので、少々緊張ぎみでしたが、このシチュエーションと良いタイミングで運ばれる料理にとても満足したようでした。息子の司会で会は進行し久し振りの外食を堪能しました。お店は歴史のある建物で、段差も多く、祖父は杖をついて移動するのですが、お店の方が丁寧に案内してくれました。でも、この日最も素晴らしかったのは息子のホスピタリティです。祖父が階段にさしかかろうとすると、スッと傍らに寄り添い、よろけても肩を支えられる体勢を取って安全の確保に努めていました。息子にそんな気の利いた行動が取れるとはとても意外で、感動してしまいました。家内もそれに気づいて泣きそうになったと言っていました。毎日渡る日本橋の袂に遊覧船乗場に続く滝の広場があります。ここの野村證券軍艦ビルの壁面に東京オリンピックのカウントダウンパネルが設置されています。まだ、あのリオオリンピックのパレードがここを通過して2週間にも満たないのですが、東京オリンピック開幕まであと1374日なのだそうです。
Oct 19, 2016
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体育の日の昨日、息子は朝からバタバタしているので、どうしたのと声をかけると、今日は上野に行ってみようと思っているとのことでした。上野に遊びに行くのなら西郷さんの銅像の写真でも撮ってきてねと話したのですが。夕食の準備てで気を揉んでいる家内と連絡が来ないねえと話していると、夕方、6時前にやっと帰ってきたので夕食時に「上野まで行って何してたの」と聞くと、「美術館巡りをしてきた」とのこと。「西郷さんの写真は」と聞くと、「もちろん西郷さんの写真は撮ってきたよ」とのこと。息子が得意気に話すには、「上野の森美術館に行って、次に世界文化遺産に登録された西洋美術館、そして科学博物館を経て東京都美術館と昼食を挟んで3つの美術館と1つの博物館を巡ってきた」のだそうです。一番印象的だったのはゴッホの自画像だったそうです。でもやはり、「科学博物館が一番良かったかなあ」なんて補足してくれました。ちょっと芸術の秋がワンランク落とされた感じになってしまいましたが、やはり、彼のこと、それだけでは終わりませんでした。「でも、本当に本当に一番良かったのは何」と聞くと、「うーん、やっぱり舎鈴のつけ面とみはしのあんみつかな」って。それじゃあ、結局、芸術の秋どころか完全に食欲の秋じゃん。それにしても、前回、両津展に行ったときにも男二人でみはしであんみつを食べたばかりなのに、今度は男一人でみはしに入るとは。空気を読まない強みでしょうか。先週末のオリンピックパレード、私はちょうどパレードが日本橋に到着する頃に会合があり、結局、パレードを待つ見物人の列と終了した後に片付けられた備品しか観ることができませんでした。親子ともに残念な結果に終わったここ数日のイベントでした。
Oct 11, 2016
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手術から1ヵ月半ちょっとが経ちました。家内は極めてゆっくりとではありますが、順調に快復に向かっていることを実感しております。今週に入り、近所のスーパーまで買い物に行けるようになりました。帰ってくるとヘトヘトで、まだまだ、不自由なことが沢山あるようですが生活の一部が修復されつつあります。それと共に、私も息子もこれまでの緊張感を持った生活に緩みが出てきています。起床時間が少しずつ遅れてきたり、この1ヵ月半協力してきた細々とした家族の一員としてのやるべきことが疎かになったりしてきています。まあ、それだけ家庭内では家内の日常が戻ってきているということでもあるのですが。さて、前回の日記で書ききれなかった息子の企てについて留めておきたいと思います。とにかく、家内が入院した後のこの1ヵ月半は、何もわからないだろうと思っていた娘も含めて我が家はかなりしんどい状況でした。娘は施設やグループホームの方々にも支えられて何とかやってきましたが、息子にはいろんな面で辛抱をさせざるを得ませんでした。息子は、ちょうど先月は繁忙期に当り仕事もたて込んでいて、そのようななかで自分の通院と娘の薬の処方をお願いするために2週間毎の有給休暇を取らせて病院に行ってもらったりもしました。もちろん、私も結構大胆に有給休暇を取ってはいましたが。そして、平日帰宅した後もできるだけ自分のことは自分でしてもらい、土日も病院に届け物をしたりといろいろと協力をしてもらいました。でも、そのような厳しいなかで、息子は息子なりの企みがあったらしく、娘がグループホームに泊めてもらえる宿泊予定表を睨みながら私を巻き込んだ計画を進めていました。計画することが苦手なはずなのに洩れなく手順を踏んでいて、まんまと巻き込まれてしまったのでした。息子は亀有派出所のファンで、単行本を1巻からすべて揃えています。ちょうどこの期間中に最後となる第200巻が出るというのでもちろんこれも予約していました。それと共に、日本橋高島屋で両津展があることを突き止め、この入場券が当たる懸賞に応募していました。そのためにはどうやら一度も買ったことがない少年ジャンプを2週続けて買わなければならなかったようなのですが、これも事前に買って確りと応募券?をゲットしていました。そして、忘れずに応募して、見事に両津展ペア入場券まで当てていました。さて、入場券はペアです。息子には誘える友達はいません。そこで、白羽の矢は私に向かいました。なんと、両津展のその日は珍しく、というか9月で1日だけ私の予定が空いている日だったのです。彼はそこを狙い撃ちにしていたのです。彼の企みはこうです。まず、高島屋に向かい両津展を観る。そしてその後、家内のお土産に高島屋に入っているシニフィアンシニフィエのパンを買う。そして、隣の日本橋タワーの仙台牛タンの太助で牛タンとテールスープのランチを食べる。その後、東京駅まで歩いてみはしのクリームあんみつを食べる。そして、帰りにその日の夕飯に好きな駅弁を買う。以上をすべて付き合わせた私に支払いをさせる。ずっと手伝ってくれていた手前、私にこれを断る理由は見つけられません。何週間前からか準備をしておかないと実現しなかったこのイベント、見事に完遂したのでした。手順を踏んで計画するなんてことはとても苦手だったはずなのですが。
Oct 5, 2016
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