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妻の友人家族2組と我々家族で、逗子の海岸にピクニックに行ってきました。平日なので、私意外の旦那さん達はお仕事で、今日のポカポカ陽気と可愛い子供たちと楽しい時間を一緒に過ごせなかったのは残念です。子供たちと一緒に遊ぶ楽しみは、各月齢に応じた成長の度合いを観ることができ、チビ助が大きくなったらどうなるかのかなと想像が膨らみます。チビ助は昨年のクリスマス頃から歩き始めましたが、今日は今までの記録を大きく塗り替えて20歩でした。小さな歩みでしたが、チビ助なりに頑張りました!
2007.01.30
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今まで泣いてもあまり涙は出なかったのですが、最近はオッパイを欲しがっている時などはギャーギャーと涙を流して泣きます。オッパイを1時間置きぐらいで飲みたがる時もあります。それに、妻の脚にしがみついて抱っこを要求して、妻以外では泣いたりもします。甘えの時期なんでしょうね。こんなチビ助も、昨晩は私の子守唄を聞きながら腕の中で寝付いてくれました。
2007.01.29
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先週20(土)から今日まで妻の両親と一緒の石垣島旅行では、朝・昼・晩の食事時にチビ助を子供用の椅子に座らせていました。最初は楽しそうにしていましたが、食事の毎に飽きてしまうまでの時間が短くなっていき、お気に入りの人形などを直ぐにポイッと床に落としてしまいました。私たちや、宿泊施設のスタッフの人たちまでもが代わる代わる抱っこしてくれたりしたのですが。子供用の椅子に座っての最後の食事は羽田空港でのランチで、この時ばかりは聴かん坊という感じでとても機嫌が悪かったです。大人と同じように食事が出来ないのに、大人と同じようにジッと座ってるのは嫌だったよね?チビ助、ゴメン!
2007.01.27
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今月20日から、妻の両親を招待して石垣島で一週間のバケーションを取っています。観光地巡りをしていないので、青く美しい海を見ながら一日がゆっくりと過ぎていきます。チビ助は人見知りをせず、愛想を振りまいているので、ホテルのスタッフの人たちに抱っこしてもらったり散歩に連れて行ってもらったりています。今回のバケーションで一番贅沢だなーと思ったのは、1月の時期に海で泳ぐことが出来たことです。私以外に誰も泳いでませんでしたが、水温的には屋外の温水プールと変わらない感じだったので泳ぐことにしました。仰向け状態で目を閉じながらプカプカと浮いていると波の音が聞こえ、最高に気持ち良かったです。
2007.01.25
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農業は労働集約型と言われ、農業離れは深刻です。なぜか考えたことありますか? 知ってるつもりでも知らないのは、農作物の価格に労働の対価は含まれていません。同じ食べ物でも、レストランなどではメニューの値段に人件費や光熱費は含まれているため儲けが生まれます。 効率良く大量に作物を収穫するために借金までして何千万もする農工機器を買い揃え、安定して見栄えの良い作物を育てるために農薬を使います。 私は事務職ですが、プロセスは評価されず生み出された結果のみが対価となったとしたら、きっと生活していけないと思います。でも我々が野菜の値段に求めていることって、生み出された結果のみを反映させたものです。安ければ良いわけではないんですよ。
2007.01.15
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妻の実家に我々夫婦にチビ助、妻の兄夫婦が集まり、食べ物を持ち寄って新年会を開きました。床の間には正月らしいお飾りをして、テーブルには新年のご馳走が一杯!食事はいつもテーブルですが、新年の挨拶だけは全員で向かい合い床に正座で行いました。和服だったらもっと良かったかも知れませんが、節目に畏まって挨拶をするのっていいですね。なんか日本人であることを改めて実感しました。
2007.01.14
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旅行から帰宅すると「やっぱり我が家が一番!」と言ったりしますが、その気持ちは我が家のチビ助も同じだったのでしょうか?沖縄の子供たちと一緒に遊んだり、珊瑚から出来た美しい砂浜での砂遊びなど素敵な思い出がたくさんありますが、チビ助は帰宅すると興奮ぎみに我が家をハイハイしまくっていました。
2007.01.12
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恥ずかしながら、今まで広島や長崎の原爆投下についてもそうですが、沖縄上陸戦について深く考えたことはありませんでした。今回の沖縄旅行で戦争事実について改めて考えさせられました。灰谷健次郎著「太陽の子」を読み沖縄上陸戦について身近に感じてはいたものの、初めて戦争資料館を訪れ、上陸戦の事実について改めて知りショックでした。戦争体験の手記が幾つも展示されており、米軍に見つからないようにと泣き出してしまう乳飲み子を毒殺しなければならなかったり、死んでしまい冷たくなった我が子をいつまでも抱き抱え、やっとの思いで土葬した、という事実など。我が子が居ると居ないとでは、戦争事実の受け止め方が変わるものだということを実感しました。沖縄では約18万人以上の命が失われ、米軍の戦死者はその10分の1もありませんでした。軍備力も兵力も格段に違い明らかに勝算のない戦争で、本土上陸を少しでも遅らせようと時間稼ぎをして、そのために多くの市民の命が奪われました。申し訳ない気持ちと、今の自分や家族があることに感謝する気持ちでいっぱいです!米国が世界のスーパーパワーであることで平和の均衡が保たれると言われますが、最近では9.11のように石油の利権争いのために市民の命を奪うことが正当化されてしまうのでは、北朝鮮などの核保有国やテロの脅威、東海沖大地震などの自然災害やよりも恐ろしい気がします。個人レベルで何か具体的なアクションを起こさないとしても、戦争反対という強い意識を常に持っていたいものです!
2007.01.11
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沖縄旅行で感じたことですが、沖縄では年配者や老人は尊敬され、社会的に重要な役割が与えられています。集落を取り仕切ったり、技術や技能の伝承や祭礼の重役など。本土での印象は、一定の年齢に到達しただけで降格や給与カット・リストラ、私生活では居場所が無くなり老人ホームに入ったり。若年者の就職難やニートが問題視される一方で、伝統工芸・芸能などの後継者不足。年配者がリタイアするとボランティアを始める人が多いですが、この非営利活動を活用したり、今までの仕事を活かした営利活動を始めたりするなど、たくさんの活躍の場が見出だせる気がします。老人ホームは社会から孤立させるのではなく、地域社会の子供や大人と関われるようにする。幼稚園に併設して老人ホームが建てられ行事を一緒に楽しんだりしている所がありますが、良い例です!社会から孤立してしまうと、昔の姨捨山と何ら変わらないですよね。
2007.01.09
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チビ助の誕生日から8日まで、家族で沖縄に行ってきました。チビ助にとって初めての飛行機でした。授乳は何度もしましたが、終始ご機嫌でスチュワーデスさんに笑顔を振りまき、気に入られて抱っこで機内の散歩に連れてってもらったり。初日と最終日を本島で過ごし、それ以外を久高島で過ごしましたが、共通して感じたことは、子供は社会の宝であるということ。老若男女が子供に興味を持ち可愛がってくれます。見ず知らず他人の子であろうと関係なく、あやしたり話しかけてきたり。大きな子供は遊び相手を買って出てくれたり。理想的な社会ですよね。
2007.01.08
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チビ助の一歳の誕生日は1月4日で、一升餅は2日に背負いました。眠かったようで一回目は立ち上がることを嫌がりましたが、お昼寝をした後は楽しそうで、僅かでしたがどこにも掴まらず立っていました!たすき掛けにした風呂敷があまりにも可愛かったので、これからは外出の時にオムツでも背負わせようかな(笑)。
2007.01.04
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