ウンとかスンとか mamatamの日記

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2023.03.20
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カテゴリ: お出かけ
萩旅レポを続けます。

説明不足でしたね。
さて、次は萩で一番大きなお寺、東光寺さんだそうです。
海産物マーケットの萩シーマートとか河津桜がきれいに咲く展望台とか大きな蒲鉾屋さんの脇とかを通り過ぎてお寺に向かいます。
禅宗である黄檗宗の寺院です。 毛利家の菩提寺で 、長州(萩)藩の奇数代の藩主の墓所だそうです。
そういえば、幕末になって萩藩は萩にあった藩庁を山口に遷したんですって。
あれがなかったら、山口県は萩県で、県庁所在地は萩だったかもしれないと、運転手さんはちょっと残念そうに言っていました。


入り口は総門。この門をくぐり、拝観料を払い、書き置きがありますと言われて
御朱印を拝受。なぜ書き置きだったのか、後でわかりました。
めちゃくちゃ立派な山門をくぐった先には
御朱印に書かれた大雄宝殿。
正面から見ると
まさに勇姿です。

大雄宝殿の鬼瓦です。こちらは修復されたもののようですが、24個あるうちのいくつかは創建(元禄時代)当時のまま残されているそうです。

大雄宝殿の奥の墓所に続く石畳。その奥には500を超えると言われる石灯籠が立ち並ひ、その先に見える鳥居の奥に代々の藩主と奥方の墓碑が並んでいます。
真ん中が第3代藩主と奥方のお墓です。
いきなり出て来たこの美味しそうなパンは大雄宝殿の隣の方丈の裏手にひっそりと立つお寺直営のパン屋さんの製品。カンパーニュの1/4カットの一部(誰かが食べた残り😂)です。このパンが、御朱印が書き置きだった理由なのではないかとmamatamは推測しているのですが、だって、住職さん、このパン屋さんのレジにいらして、「はい、300円戴きます。」っておっしゃっていたんですもの。写真の2倍弱の大きさのカンパーニュが300円って安すぎません?しかも1/4カットはお値段も1ホールの1/4なのです。優しすぎ!荷物に余裕がありさえすれば1ホール1200円、絶対買いだったのに!
聞けば、ここは、パンが大好きなさ住職さんの希望で、本当はご飯党のパンはほぼ召し上がらないお嬢さんが焼いて、奥様が売り場を守っていらっしゃるお店なんだそうです。

パンを買って次に向かったのは、「萩といえば」な松陰神社でした。
運転手さん、吉田松陰さんを「松蔭先生」と呼んでいらっしゃいましたよ。小学校の頃、朝礼のように始業前に松陰さんの言葉や歌を唱和するとかそんなふうにして育つので、 萩の方にとっては 親しむと同時に無条件に尊敬する方なんだそうです。

松陰神社、鳥居と

御本殿、



これがあの松下村塾!最初は右側の部分だけだったそうです。本当に狭くて、八畳ほどのお座敷一間だけです。のちに一門の人たち皆で左側に一回り広い部屋を増築して拡げたそうですが、それにしてもやっぱり狭い、ほとんど小屋のような建物です。
ここから伊藤博文や高杉晋作はじめ何十人もの明治時代を作ったとも言える人々が巣立って行ったとはとても信じられませんでした。
しかも吉田松陰が松下村塾で塾生たちと接した期間は、松陰がアメリカ密航を企てた罪で萩に幽閉された年から安政の大獄に連座して江戸で刑死するまでのわずか一年ほどなのです。
松蔭の生涯を辿ると、本当に驚くことに、9歳で藩校明倫館で兵法を教え(学び、ではなく)、11歳で藩主に講義をして才能を認められ、明倫館の塾頭として桂小五郎や山縣有朋にも兵学などを教え、やがて松下村塾を引き継ぎ、罪を得て斬首されるのですが、享年わずか29歳と言う早熟の天才でした。本当にユニークでなかなか傍迷惑な人ではあったそうで(運転手さん談)、同時代の人々、とりわけ頭の硬い幕府の役人、要人たちには到底理解が及ばなかったのだろうとは思いますが、それにしても、これほどの頭脳、才能に天寿をまっとうさせていたら、日本はどうなっていたことだろうと、思わずにはいられませんでした。
今、この現代でも、松陰を師と慕う人がたくさんおられることが頷ける気がします。
そうそう、大事なことを忘れる所でした。
こちらの松陰神社では、御朱印を目の前で書いていただけました。ご覧にいれますね。

この言葉は松蔭を語るのに欠かせないもののようです。
萩をめぐる観光タクシーはここが終点で、バスセンターに戻り、楽しいガイドをしてくださったドライバーさんとはお別れです。
その前に美味しいお昼を食べられるお店を紹介してくださったのですが、そこでまた素敵な出会いに恵まれました。
そのお話はまた、明日にでも。





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最終更新日  2023.03.20 13:57:11
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