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昨日は仕事が休みで出かけようとしたが、行くのを辞めにして、200以上溜まったメルマガの未読分を一生懸命見て久しぶり頭を使ったのが悪かったのか、それともモニターの見過ぎが原因か晩から頭痛がひどくなり、寝こんでいた。昔から腹痛でも頭痛でもひどくなると吐き気がして今回も駄目だった。布団に入っていても暑くて毛布をかぶっていられないほどだったから熱があったのかもしれない。今朝起きても頭の芯が痛かったが、頭痛薬を服用して回復した。一昨日イチロー選手と松井選手の対談番組があったが、あれを見てイチロー選手のイメージが変わった。以前はしゃべらない、クールと言うかどちらかというと「かっこつけ」みたいな感じで余り好きではなかったが、しゃべる、しゃべる。話も面白いし、独特の感覚を持っている人だなあと。「人間はバランスの生き物だ」とか「バットは細いほうがきっちりボールを当てられるからいい」とかね。やはり打者としてあそこまで行きついた人だから何か悟っている感がするね。人間はバランスの生き物って言うのが凄いですね。良くご存知ですって。ここで何回も書いている二元性の話、もう一回おさらいと言う事で一元性=ワンネス。全ては一つ。でも一つの中にいては、それが一つだとはわからない。例えて言うなら、日本人を意識するには海外に出かけないとわからないし、自分が金持ちだと知るには貧乏を知らなければいけない。だから思考で人間は一つのモノを二つのモノに分けることにした。これが二元性。現在のこの世です。そう考えると釈迦の王族の生活から俗社会に出て行く話は、一元性から二元性(他者を知って自分を知る)の例えですね。だから、この世のものは全て2つのものに分かれている(ように見えている)んです。怒り⇔笑い、金持ち⇔貧乏、戦争⇔平和、健康⇔病気、そして昨日の話題のポジティブ⇔ネガティブ。これらは一対であって、絶対離れませんよね。例えば、この世に金持ちしか存在しなければ、貧乏はわかりません。というより存在できません。と言う風に永遠のペアなんですね。(ここでピンと来た人は凄い)怒りながら笑う人って昔、竹中直人さんのネタであったけど、そんな人は、普通いません。人間はこの2つの内、片方でしか生きて行けません。で、その裏にはその二つのうちのもう片方がくっついています。だから昨日お話したように、自分がポジティブだ!とやると、周りにネガティブなモノしか見なくなるわけです。わかりやすく言うと、「私って風邪を引かないなあ」とか「パチンコで負けへんで」とか言った途端に風邪を引いたり、負け出したりしません?じつはこの陰陽のバランスで人間は成り立っているわけで。自分がポジティブだ!と言う人はポジティブ側に傾いているだけで、もう一つのネガティブを忘れている。このバランスを元に戻すには、その人が他人に見るネガティブを自分の事だと認識すると、ポジティブとネガティブが中立し、ネガティブになる不安の無いポジティブ(難しいかな?)になる。結局のところ、他人にネガティブなモノを見なくなる。または感じない。要するに一元性に戻る。これって、釈迦のいうところの空、中庸ってことになる。修行や瞑想をしてたどり着こうとしていた世界に簡単に行けるわけですよ。自我を消していくわけ。と言う風に「本当の自分探しの旅」の途中なんですよ。私は。これってどんな本にもインターネット探しても出てませんよ。で、BBSにも書かれていたように「書くと意味が無いの」って質問ですが、上にも書いたように話したり書くと二つに分かれます。よって1/2しか伝わらないわけです。気付きを日記に書くと意味がないと前に書いたのも、本当に感じたり感動したことを話せたり書けたりしますか?ってことです。「言葉にならないほど愛してる」とか、「絵にも書けない美しさ」って言うでしょ。本当の気付きは話せないし書けないのですよ。「感じるって」ことだけが思考の世界=二元性を飛び出せる鍵なんです。ブルース・リーの有名な言葉、「考えるな!感じろ!」ですよ。
2004.01.29
日曜日に家でダラッーとしていて、ケーブルTVでスペースシャワーを見ていた。歌詞付きの番組で「シング」というのがあってゴスペラ―ズ特集だった。といってもそれを見たかった訳で無くボーと見ていた。すると「ひとり」(懐かしい)がかかっていて「♪♪♪愛してるって最近 言わなくなったのは本当にあなたを 愛し始めたから」笑ってしまった。と言っても私が嫁さんに対してそう思ったわけでは無い。(笑)逆に解釈すると彼氏、旦那があなたに「愛してる」と言うときは「愛していない」ということになる・・・。どきっ!!!とした男性の方多いのでは?またまた二元性の話になるのだが、「愛してる」と「愛してない」はワンセット。表で「愛してる」って言っているときは裏は「愛してない」楽天日記の中で最近良く見かけるHN。「ついてる○○」「ラッキーな○○」とかetc・・・。スゴーイ気になるのですが。(笑)自分で言うなあーって感じかな。「ポジティブシンキング」が世の中流行ですが、わざわざポジティブシンキングしないといけないということは、「自分がネガティブですよ」と言っているのと同じということ。だって、自分がポジティブな状態のときに「自分がポジティブだ!」なんて言います?言う必要が無いでしょ。自分がポジティブだと言う裏側にネガティブがくっついている。ネガティブになってしまう不安のあるポジティブな状態(笑)でしかない。ひょんな事で、すぐ、ひっくり返る。だから、自分のネガティブな部分にふたをせずに、堂々と自分で認めてしまいましょう。格好悪いかと思うかもしれないけど、自分にネガティブな部分があると認めることができるほうが格好良いよ。(嫁さんに「ついてる○○」とか「ラッキーな○○」って気になるねんと言うと、「あんたもそうやから違うか?」と言われました。確かにそうかも知れない・・・)
2004.01.27
さて今日日記書くことができました。(^^)昨日の予告通り、「愛しのローズマリー」を見ての感想。(こんなの日記じゃないなあ。)とある、MLで、アメリカ在住のかたが”Sharows Hal”(愛しのローズマリーの原題)を見たことについて書かれてあって、前に予告編を見たときに気になっていたので借りることにした。ストーリーは子供のときに敬虔なキリスト教の神父である父の遺言である「女は若くて綺麗でスタイルの良いほうが良い」を聞いてそれ以来外見でしか女性を評価できなくなっていた主人公がエレベーターの故障で閉じ込められた際に有名なカウンセラー(実際にアメリカで著名なカウンセラーらしい。そのMLで発言した方の情報によると)に、内面の美しさが、外見として見れる催眠術をかけられた。(神父の父がそんな遺言を残したのも末期ガンの痛みを和らげる為にモルヒネを多用していて普段口に出せない本音が出たのでしょう)で、街で抜群の美女に出会う。これがグイネス演じるローズマリー。でもそれは内面の美しさで実際は130KGの巨漢。(グイネスの2役)主人公のハルはアタックして彼女のハートを射止める。(普段男性から異性として接してもらってないこともあるだろう)最初は疑心に思っていたローズマリーも心を許していく。ハルの親友がブス(言葉が悪くてすいません)ばかりと付き合い出すので心配してそのカウンセラーのところに行ってハルの催眠術を解く言葉を聞いて催眠術を解いてしまう。まあ、そこからは色々あってHappy Endなのだが、ハルが親友に問いただす場面が印象に残った。ハル「おまえがこの世で一番良いと思う女性は誰だ?」親友「ワンダーウーマン」ハル「で、そのワンダーウーマンのことを周りがブスだブスだといわれてもおまえはどうなんだと?」この映画では美人、ブスなのだが、こういう基準って人それぞれ。南国の島に行けば太っている女性が美人。場所によっても変わってしまう。それぐらい、モノを計る基準なんていい加減なもの。小さい頃からの影響(親、兄弟、友人、先生、マスコミ)で、どんどん作られていく。自分で作った基準のようで実は周りの評価を気にしている。そんなことで悩んでいるというのはおかしい。自分は良ければいいのだ。周りの目は気にする必要が無い。自分の物差し(基準)を持たないと。それにしても、この映画のグイネス、かわいかった。(^^)
2004.01.26
ご無沙汰です!日記書こうと思っても、今週はTUTAYAの100円セールで5本借りたお陰でネットまでたどり着けず、(結局3本しか見れなかった)久しぶりの更新になります。BBSのレスまでしていないなあ。5本借りた内、グイネス・パルトロウの出演しているが2本あったので、「別にグイネスのファンと違うから」とレンタルする際に店員さんにしゃべろうかなと思ったが、見るとファンになってしまった。なんか、久しぶりですよ。特定の女優さんとか好きになるの。「愛しのローズマリー」でベッドシーンでグイネスが下着を脱いでいくのが背中から映してあるんですけど、ドキドキしちゃうんですよ。いい年して。でも好きな人と最初にそういうことになったら、いつまでもそういう気持ちになるんでしょうね。おじいちゃんになってもそういう気持ちがなくならないのかな?無くなったらお終いでしょうね。「スライディング・ドア」は、面白いと聞いていて、でも今まで見たこと無かった。ストーリーは会社を首になった主人公(グイネス)と同棲している彼が自宅で浮気している現場を目撃するストーリーと家に帰る際に乗ろうとした地下鉄のドアが閉まって、間に合わずタクシーで帰ろうとした時にひったくりに怪我を負わされて病院に行ったことで浮気現場を目撃しなかったストーリーが同時展開する。細かいストーリーは見てのお楽しみなのだが、ラストシーンを見て思ったことは、「選択しても意味が無い。」ということだ。浮気現場を目撃したときに地下鉄に一緒に乗り合わせた男性と恋に陥るのだが、浮気現場を目撃していなかった方の主人公がラストシーンでその新しい彼とエレベーターで出会う。どちらに転んでもその彼氏と出会うようになっている。人生の選択肢って絶対にあるだろうけど、どちらを選んだところで絶対に選ばなかった方がどうだったろうと思い、これで良かったのかと後悔する。同時に2つの選択した人生は送れないのだから本当は比べようが無い。だから選択しなければいい。どちらを選ぼうかと迷う。それが悩みになる。どちらを選んでもゴールは同じなんだ。その人は変わらないのだからどちらを選んでも結末は変わらない。男女関係でもそうだもんね。今付き合っている彼氏、彼女よりもっと良い人が現れるだろうと探しまくるが、結局付き合うと自分が変わらないから同じものを見て嫌になる。選択している限り堂々巡りで、同じところをぐるぐる回るばかり。ゴールにはたどりつけない。選択してもしなくても同じだ。映画って面白いですね。見て色々感じるからね。感じないものもあるけど。昨日返す際にまた借りてきてしまった。「ロード・オブ・ザ・リング」の1と2を。「愛しのローズマリー」については、次に書きます。(明日書くとは約束できないから)(笑)
2004.01.25
さて、何日振りの日記かな?今日は本当の本当に寒いですね。手は痛いわ。鼻は痛いわ。夏が恋しい。最近、こたつが睡眠剤と化していて昼寝(といっても平気で3時間くらい寝ている)してしまい、先週の土曜に借りたDVD5本の内「グラディエーター」しか見ていない。見ないで返すことになるのか?!と、最近同じような日々を過ごしていて日記に書くことが無かったのだが、デイリースポーツを見て面白いことが書いてあった。先週のメルマガに「目標」を決めないで生活してみませんか?のようなこと書きました。御陰様で反響ゼロ!!でもね、その目標で面白いこと書いてあった。阪神の3年連続盗塁王、赤星選手が、このオフにかの”イチロー選手”と仲良くなり、ゴルフや食事を一緒にしたらしい。そのときに去年の目標の赤星選手の背番号と同じ53盗塁の話になり、イチロー選手に「目標を達成したとき、どう感じた」と聞かれそのときに脱力感を覚えたらしい。”イチロー”は目標を決めていないのであった。ちまたの成功法則で「目標設定しなさい」と必ずといっていいほどあると思う。でも誰が見ても大成功者”イチロー”は目標は決めていないのである。???でしょ。世の中の常識は実は逆なんですよ。逆に言うと本当の成功法則は真の成功者しか知らない。ってことかな?巷にあふれる常識、知識疑ってかかってみるとおもしろいと思うよ。どれだけ嘘を言っているか。
2004.01.22
まあ、相変わらず暇で、果物やさんで、話していたときに何がきっかけでそんな話になったのかは、忘れたが震災の話になって、私が一昨日の日記に書いた通り、「自分の身の回りに怪我をしたり、なくなった人がいなかったからそれほど、感傷的にならないけどTVで流れていた式典での人みたいに、身内が亡くなったりしたら違うんでしょうけど。自分の身に降りかからないとわからないんでしょうね。」と話した。北海道の奥尻島の地震のときは、「そんなすごい津波が来たんやあ」とか何か面白いネタ探すみたいにニュースを見ていた。でも、自分が震災に遭って自分の身に降りかかるとTVでも真剣に見ていた。でも身の回りに誰も亡くなっていないからそれほどでもないでしょうけど。震災から数ヶ月して専門学校の同級生の結婚式の2次会があって出席した際に、震災のことをからかわれた。ほんの少ししか離れていない大阪の友人達にそう言われると腹立たしかったし、悲しくなった。自分の身に降りかからないとギャグ扱いになるんだ。確かに自分も大阪に暮らしていて震災のニュースを見たらそう思っていたかも。あの頃番組もバラエティーとか放送が控えられてたし「見たいのに何でせえへんねん。」て思っていただろうなあ。私でさえ、そろそろいいんじゃないと思っていたくらいだし。当日はあっちこっちで火の手が上がり、着の身着のままの人が道に固まっていて、道路には自衛隊のジープ、空にはヘリコプター。戦争があって焼け出されたらこんな感じなのかなあと思ったりした。まあ、死ぬまであのときの記憶はなくならないでしょうけどね。まあ、どんなことでも人は自分の身にふりかからないとわからない。それ以外は他人事。逆に言うと人は体験でしか得るものは無いということか?昨日の日記の続きではないけど、映画でも歌の歌詞でも感じるのは自分の境遇と似た内容だったりする。感じるというのは自分の中にあるから。だから気付いたり、本を読んで共感してこの部分忘れないでおこうとラインマーカーを引いたりする部分は実は元々持っている、知っていること。知っていることを「ああ、そうかあ」と再確認している。だから本当は知識を得ようとか勉強する必要は無い。人は元々必要なことは知っているし、持っている。だからカウンセラーが悩みだらけというのはそういうこと>ひらひらさん。悩みを解決するということは、それだけその人が悩みを持っているから答えれる。そういえば昔のドラマで浅野温子さんが出ていた「さしょうたえこ(漢字がわからない)の事件簿」ってあって、事件を分析するプロファイルする人が実は凶悪犯だった。これも事件を分析できるのはその人が犯罪者だから。日記が続いてる。何だかんだ言いながら。
2004.01.19
遅く起きたせいか、何もビデオも見れず、近くのデニーズに夕食食べに出かけただけ。まあ、そんな中、日経を取っている都合上、毎土曜日に朝日新聞のbeという別冊がついてくる。最近とんと、新聞、ニュースを見なくなったが、日経の土曜の付録とこのbeは読んでいる。このbeに赤塚不二夫さんのことが書かれてあった。「バカボンのパパなのだ」でおなじみの天才バカボンの作者で有名である。現在は病床に就かれているらしいが、私生活が漫画以上に過激だったことで有名で、あのタモリさんと毎日新宿を飲み歩いていたらしい。天才バカボンの全盛期には単行本を売り出した月は月収!1億円。昭和42年当時、都内に一戸建てが500万円で買えた時代だそうだ。それでクルーザー、家、車を買ったがそれらをタダ同然に売ってそのお金を使ってしまったらしい。で、やることやってしまったと、新宿でそこらで飲んでいる人にローレックスの時計をプレゼントしたり、オープンカーに乗って江ノ島までドライブしてまた飲むといった「自分が楽しければいいんだ」と破天荒に遊んでいらしたらしい。その私生活がそのまま漫画にも流れ込んであの作風になった。昔の芸人や作家って言う感じですよね。今の作家の人にこんな感じの人いない。どちらかというとかしこまって、上品ぶって人生うまく生きていこうって感じかな。で、そのころの新宿を追体験しようと記者が取材するのだが、他人との交わりを拒否する新宿になっていると記者は書く。ストリップは個室のビデオ屋や覗き部屋、スナックからカラオケボックス、居酒屋や焼肉屋はついたてで仕切られてゲーセンで一人遊び。で、自分以外は馬鹿だという時代になっているとくくる。他人は馬鹿だと、コミニュケーションを断ち、口にするのは他人の悪口ばかりと。これを読んだ後、報道特集で女子少年院の話を見ていたが、最近多発する少年犯罪、大人達の凶悪犯罪。この他人と切り離して自分だけは違う。というこの隔絶感、排他感が全てなのではと思う。前に二元性の話を書くと予告したが(二次元性ではないよ>ひらひらさん)ちょうど、良い題材なので書くことにする。メルマガの創刊号にも書いたが、もし、人間が一人で生まれてきたら、どうやって自分を確認するのか?眼が見え出しても、見えるのは自分の手やおなかや脚だけ。運良く、水溜りに自分の姿を映し出せてもそれが何物かは、人間を見たことの無い自分にとっては何かわからない。だから、自分を認識する為に他人を作り出した。比べる何かが無ければ、自分が足が速い、かしこい、背が高い、美人、お金持ち、がわからない。要するに物差しが必要だった。この物差しを頭脳=思考が作り出した。元々何も無かったところに、足が速い⇔足が遅い、かしこい⇔馬鹿、背が高い⇔背が低い、美人⇔ブス、お金持ち⇔貧乏を人間が作り出したのだ。こうやって最初は、自分を認識するゲームをして遊んでいたのが、このゲームに夢中になって、ゲームを現実と思ってしまった。これが現在の人類。で、元々一つで何も無いものを認識するために2つに分けたことを二元性という。だからこの世は「他人を通してしか自分を知れないシステムになっている」上にも書いていた他人を馬鹿と思うのは、自分がかしこいと思っているから。その人は、自分の中にかしこいと馬鹿を持っている。それで、その人は自分が”かしこい”の方にバランスが傾いていただけ。それに気付くと、バランスが取れて”馬鹿”を見なくなる。だって、そうでしょ。自分がかしこいと思っても、ノーベル賞をとった田中さんの前で自分がかしこいと思いますか?結局、自分が作った物差しで他人を比較することでエゴという自分だと思っているものを守っている。この二元性とは二つでバランスを保つ言わば表裏の関係。周りで風邪を引いていて自分だけが引いていないとき、「俺は風邪ひかへんぞ」と言った途端に風邪になったことないですか?「風邪をひかない」という表の裏に「風邪を引く」がセットでついているから。ギャンブルで勝ち続けていて「俺、負ける気がせえへんわ」なんて口走った途端に負けます。(爆)別の意味で言うと「天狗になるな」となるのですが、実際はこういうこと。他人は自分。自分から見える世界は思考の作り出した幻想と実感できれば、悪口なんて何も言えなくなる。他人に対して言う悪口は全て自分のことだから。
2004.01.18
今日は震災からちょうど9年。でも、あまり意識することは無い。幸運にも自分の身内、友人で怪我をした、亡くなったという方もいないからであろうが。市場でも最初は、5時48分に合わせて黙祷したり、TV局が取材に来たりしていた。朝の黙祷が無くなっても正午ちょうどに黙祷があったのだが、今年は無し。何せ、朝から「喜多方ラーメン」の試食販売会をしているくらいだから。前じゃこの日にそんなことするの考えられないでしょ。あの時は各地の農協の方が炊き出しに来てくださって本当に助かりました。朝ご飯はそれですませ、余った分は持って帰って昼ご飯にし、晩は家の近所で配られる配給の弁当やカップ麺食べて食費全然かかりませんでした。各地からの援助品が配られるといって並んだりしていましたが、そんなに要らないはずなのに、一杯持って帰る人、援助品の中に履きつぶした真っ黒になったスニーカーが多数あったりして「乞食とちゃうぞ」と思ったりね。元から大変な人=障害者の方は自立しようと頑張って、急に不幸になると何かにすがり甘える。昔、ファミマでバイトしていたときに、車椅子のお客さんがいらして、手に届かない場所にある商品を取ってあげようとすると、不機嫌になられる。そのときは「何や。こいつ」と思ったが、何回も通われて気持ちが通じたのか、素直に私が手伝うのを受け入れてくださったが。障害者として見られたくない。一般人と同じように扱って欲しいというのがあるのでしょう。私たちはこうしたほうが、相手にいいだろうと思ってすることが、相手にとって不快なこともある。「余計な事しやがって」とね。他の方に良いことをしてあげようというエゴで、その価値観を他人に押し付けるからそこで、摩擦が起こる。本当は相手の方が助けて欲しいと救いの手を求めてから動けば喜ばれるもんね。別の言い方をすれば、自分にとっていい事を自分にしてあげるのが、自分を気持ち良くさせ、周りにも良い影響を与えてるのかも。震災の援助金でも区役所で並んで受け取るとそのまま、近所のパチンコ屋に行ったり、炊き出しでも、そんなに困ってない私たちより本当に食べるのに大変だった長田の人達にしてあげれば本当は良かったわけで。本当の本当に困っていて「HELP」と叫んでいる人だけにしてあげれば、現在の福祉の問題や財政の問題も解決するんでしょう。橘玲さんの著書「黄金の羽を・・・(題名ど忘れ)」に書かれていた、福祉や社会保険を上手く利用して食べていっている人達の事を書かれていたが、そうやってぶら下がっている人達がいるから財政が貧窮する。国民年金より生活保護を受けたほうが2倍以上もらえるって本も出てるくらいだし。別に食って行ける人達のために本当にHELPを求めている人の声がかき消されているのであれば、正さなければならない。自分の価値観を押し付けない生き方というのがこれからの生き方なんでしょう。彼女にこうやったら喜んでもらえると思って逆効果だったりすることあるでしょ。こうやったら良いとか喜んでもらえるというのは自分の中だけの価値観で言わばエゴ。それがある限りその彼女が本当は何を望んでいるのか聞こえないし見えてこない。(個人レベルに話を変えるとこうなる)周りからのオーダー(注文)があるかぎりこちらから動かないというのが正解。昔、携帯ストラップの店頭販売をしていて(たった1日だけだが)「いらっしゃいませ」「いかがですか」と声をかけてもどんどん客は逃げていく。そこで、店頭に飾ってあるストラップを眺めている人にいきなり商品の説明を始めると100%売れ出した。こちらから売ろう、売ろうとすると離れていく。来てくれるお客さん(言わばオーダーをくれる人)だけを相手にしていれば100%のビジネスは成り立つわけで。売ろう売ろうとして売れないとストレスは溜まるし、しんどいことこの上なし。最近、自分もこうやったら売れるとか考えないようにした。「これいかがですか」というやり方も辞めたら、ぽつっとお客さんが来てくれて売り込まなくても買ってくれる。こうやったら仕事の段取りが速くなって等考えないようにして、とりあえず先にしなければならない仕事を片付けていくと仕事が終わるのが早くなった気がする。何せ、一番のメリットは、考えないから楽チン。どうせ考えても、同時に二つのやり方はできないのだから比べようが無い。考えるだけ損。話は変わるが、仕事が速くすむので変な癖がついてしまった。帰ってからすぐにコタツで寝てしまうことだ。3時間くらい平気で寝て、結局本当に寝るのが1時か、2時。睡眠時間が1時間か2時間。で、眠たいから昼寝というパターンに陥っている。TUTAYAで100円セールをしていたのでビデオ5本借りる。「グラディエーター」見たかったので今日中に見ようと思っていたのに嫁さんがレッスンに出ていった6時半から帰ってきた11時半まで寝てしまい、そこから2時半過ぎまで起きたいたが5時まで寝てそれからようやく、布団で就寝。「寝られへんかなあ」と嫁さんに言っていたらしいが瞬間で寝ていたらしい。濱口もびっくり!!(めちゃいけ見てる人だけにわかるなあ)で、朝9時半にアラームの音で目覚めたが結局11時まで寝ていた。何時間寝るねん。うー。話めちゃくちゃですね。日記やしええか。
2004.01.17
今日は寒かった!!!そのためか、朝はばたばたしたが、結局暇で配達の途中に家によってサボっていたのに、昨日よりも仕事が早く終わる。でも、店の車が私の自家用車なのに、叔父がその車で配達に行ってしまったから、仕方なく市場に居残る。で、仲の良い同業者の店に行って話しこむ。そこで、青谷コテージとかウエザーリポートやイエスタディ等の昔の店の話で盛り上がる。(イエスタディの一号店はアメリカにあるイエスタディを模倣して作ってあって雰囲気があった。市内にあった)楽しかったので、車を乗っていったことは許してやろう。(^^)で、家に帰って昼寝するつもりは無いのだが、コタツに入ると寝てしまい、起きてからメルマガ執筆。ご飯食べて今、日記書いています。昨日、書き忘れたが、【金持ち父さん】関連のMLに参加していてゲーム会を通して去年、不動産投資に挑んだ。そこで新聞の折込みチラシで不動産の広告をファイルしたのを掃除がてら捨てた。実際、物件を買うところまで行ったが、ローンが下りずに辞めた。それでも、信用情報を取りに行ったりして頑張ったのだが、月数万円のキャッシュフローを取ったところでどうなん?という思いがあったのと、勉強、知識を求めるのを年末で辞めたので封印。でも、面白いものであれだけ一生懸命情報を集めたり、勉強したのに「辞めた」と思ったら、全然興味無し。本当に俺に必要なものだったら、それでも興味あったりするでしょう。ということは、関係無いってことやね。どうにかして自分の経済状態を少しでも変えたいという想いが、「不動産投資しなければいけない」と自分を追い込んでいたんでしょうね。ふー。今回のメルマガのテーマも同じなんだが、本当に自分で狭めてしまうんですね。自分といってもエゴ。「これに気づいたらいいんや」ということ。でも、封印したからといって「アパートあげます」と言われたら遠慮無しに頂きます。(笑)さてさて、BBSを読んでいて追加で書きたくなったので一言。昨日気づきを書いたり、話したらそれは気づきでは無いと書きました。で、色々ご意見頂きました。BBSで書くと800字制限の枠があるのでうっとしいからここに書きますね。人類史上最大に気づいた人って誰やろう?世界3大宗教の創始者、キリストに仏陀にマホメット。(でも、このマホメットという人については、全く知識無し)というわけでキリストと、仏陀。異論がある人はそう無いでしょうね。で、この二人、奇遇なことに自分の考えや教えを文字として残したり一切していない。弟子たちが数百年後に、キリストや仏陀はこんなこと言っていたと頼まれもしないのに教えや経典を作った。これこそ、弟子たちが教えを広めたいというエゴ。だからキリスト教も仏教も本来の教えから遠く離れていってるんですよ。それが正しいのならとっくの昔に世界は良くなっているはず。キリストや仏陀は、気づきを紙に残しても何も意味が無いと知っていたんですよ。しかし、気づいたことは意味がありますよ。それを書いて後で自分で読み返したりして気づくことやそれを他人が見て感じることもあるでしょうしね。でも、それは他人の体験であって自分の体験ではないですからね。自分で体験して感じないことには、本当は意味が無いんですよ。本当に自分が感じたことを他人にわからせることなんて不可能です。自分のことは自分でしかわからない。他人は他人で、またその人の世界がある。それを他人がいじったりすることはできない。前にとあるMLで、恐怖によって人は変わると発言された方がいてその人ともML上でお話しましたが、そんなことをすれば、余計にどつぼにはまる。お金が無くなるという恐怖が貧乏にしたり、仕事が無くなる恐怖からリストラされたりするので、その恐怖にフォーカスさせると、その恐怖から逃げるためにその人は努力するのだろうけど、どんどん深みにはまっていく。その方は例の「戸塚ヨットスクール」を誉めていらしたが、恐怖を与えたから自分も恐怖をもらった(逮捕された)んじゃないの?人を変えたろうというのもエゴ。それでは変わりません。他人を変えるには自分を変えること(次回のメルマガのテーマの予定)この現実が他人や、自分から見える世界を通して自分を知るというシステムになっているのだからそこからは逃げられない。で、自分を知っていくとどんどん自分から見える世界が変わる。その自分を知るというのが「感じる」ことなんですよ。思考や知識が離れた世界。良く精神世界の方が自分の今の状況を見て「どういう意味があるんだろうと」分析したり考えたりするが、それでは、何も変わらない。もし、変わったとしても思考は二元性を生むので逆の結果がついてくる。明日は二元性のことを書こう。(あくまで予定)
2004.01.15
前回、日記を更新したのが10日なので、4日ぶりの更新になりますね。仕事が忙しいわけで無く(今日は今年で一番暇だと言えるほど)3時に帰って、最近の家の課題”たこ足配線”(笑)を解消する為に買ってきたテーブルタップを付けると、どうしても家具の裏の埃が溜まっているのが気になって掃除したくらいですしね。と、この日記を更新していない間にも数多くの方がこの日記を見に来ていただいていて感謝ですね。楽天のメンバーの方だとどう言う方かわかるのですが、それ以外の方だと見当つかないので、良ければBBSに書きこみお願いします。レンタルビデオ借りに行くと癖になるのと同じでモニターの前に座ってメール見たり(特にメルマガをこの間、数えたら54誌も購読していたことに気づいた。未読になったままのものも多いなあ)この日記を書くことが習慣というか自分に対して強制していたような感じだったが、一端向かわなくなると、モニターに向かうのがおっくうになる。まあ、その気がないのだから、それでいいのだけれど。ちょっと前は、半分ネット依存症?って自覚するほどだった。(携帯でパソコンに来るメールを確認していたほど)外が寒いし、帰ってきてコタツに入ってすぐ寝てしまうというのもネットを見なくなった原因の一つだが(笑)で、前置きが長かったが、この日記を更新しなくなった理由と言うのが、本当はある。それを告白する。(ちょっと大袈裟か)それは、「気づきを話したり、書いたりするとそれは気づきで無くなる。」ということを師匠に言われたことが発端だ。では、これについて説明を。「気づき」とは、気がつくこと。大まかに言うと「感じること」この「感じる」ってわかりますか?本当のこと。これ、結構みんな、わかっていないんですよ。例えば「言葉にならないほど感動している」とか「悲しすぎて言葉にならないとか」言ったり、実際感じたりするけど、本当に「感じる」と、言葉にならないんだ、字にも書けない。言葉にしたり、字に書くことでそれは、単なる知識になる。この間、遊びに行かせていただいたNaokieさんの日記にも書かれていた通り、この「知識」「思考」が人間を苦しませてきた。人間が一番最高と思っている「知識」「思考」が、本当はゴミなんですよ。でもね。人間は思考が無くては生きていけない。何か食べようとか、どこかへ行こうとか、誰かに会おうとか、話すこと、書くこと全て思考=我のなせること。自分の気づきを他人に日記で書いて他人に教えようとするのは、私のエゴ。でも、これを読んだ人が何か感じたり、書いた当人の私が読み返して気づくこともあるかもしれない。まあ、そんな感じで日記を更新していこうと考えております。なので、書きたいときに書きたいと思う事を書くので、今まで隠していた本音をずばずば書くかもしれないので、読んでいる人が気分悪くするかもしれないけど、そんな人はどんどんBBSに書き込んでください。前にも書いたけど「しなければならない」は、できるだけしないようにと思っております。
2004.01.14
久しぶりに日記更新します。と言っても、今書いているのは昨日の日記。(現在11日の朝)ずっと商売暇で連休なんてたいしたことないと鷹をくくっていたらはちゃめちゃに成る程忙しかった。お陰で久しぶりに嫁さんがジャズダンスのレッスン休みで「ラストサムライ」に行くか、えべっさんに行くか思っていたのだが、しんどくなってご飯食べてから寝てしまった。お得意さんの一軒が、月曜分のカット葱とコールスローの注文がまだ上がってきていないとの事で「今日中やったらいつでもええで」と言われ帰りに6時半ごろ持っていったら店閉まってる!!!携帯に電話しても留守電。仕方無しに店に引き返して冷蔵庫に入れに行ったのだが、その途中に色々考えてしまう。本来ならもっと早い時間に配達行きたかったのだが、帳面しなければいけないので、叔父に行ってもらいたいが、すぐ近所の配達でも面倒くさそうにするので言いづらいからなあとか、色々嫌なことを考える。なんやかんや考えていたからしんどくなったんやろうな。他人が悩んでいるときに、「そんな考えたらあかんで」って言うけどそれは自分にも当てはまる。考えてろくなこと無し。考えて考えて考え抜いてもうこれ以上考えられないとなったときには良い考えが思いつくんだろうし。って、そんなに考えた事は無いが。作曲家の人がラジオで話していたが、ドラマのテーマ曲を依頼されたときにシナリオを読んだり、関連するDVDを見たりして湧いてくるらしい。だから同時にまったく違う仕事(例えばNHKスペシャルと幼児向けのアニメ)を受けると片方の曲が湧き出すとその曲が頭の中で鳴り続けてもうひとつの仕事が手につかないらしい。そうなんですよ、良い考えというのは考えるのではなく、思いつくこと。わかっていても思考の作り出すマトリックスに嵌ってしまう。まあ、私なんてモーフィアスに「これは仮想現実なんだ」と教えられてたまに銃弾をよけられるネオでしょう。(←自分のこと良い風に言いすぎ?)死んで自分の見る世界が暗号に見えるくらい実感しなければこのマトリックスを自由自在に動かせないのでしょうけど。頭の中でわかっていても何の意味も無いということです。全然話し変わりますが、最近モニターから遠ざかっている。でも、メルマガ書いた木曜は3時間向かっていたし、(簡単なようでメルマガ書くのは時間かかるんですよ。私の場合ビデオ見てそのストーリーを書き写すのに時間かかるから、後は感じたことを書くだけだからそこからは早いけど。本当の作家の人も取材に時間かかるんだろうな。浮かべば早いからね)でも、総時間は減っているね。今日は15時間働いたから寝てしまったんですが、前だったら毎日更新しないとと言う感じで夜更かしして書いてましたからね。以前メルマガの中でも書いたのですがこの日記をメルマガにするみたいな事を思っていたのですが難しいですね。最初のほうはそれを意識して書いていますが(12月分の始めの日記参照のこと)途中で続かなくなりましたからね。そう思うとかめおかゆみこさんの「フォーカスチェンジ」凄いですね。頭が下がる思いであります。毎日よう書けるわ。ほんま。と、9時過ぎに前述のお得意さんから電話があって明日6時に待ち合わせ。明日は山崎に行くからゆっくり寝たいんやけど。何か思いっきり独り言って感じになりました。この日記の方が「Marvinのぽつりと独り言」って感じやなあ(笑)
2004.01.10
書いていることを実践していたら日記の更新2日振りです。(メルマガに書いている毎日更新中を変えなあかんな・)書きたいことがあるときに書きますのでよろしく。ずっとロト6を買っておりましたが、買いに行こうと思ったときにふと(買わないと当たってしまうのでは、無いかという恐怖心で買っている。これでは当たらないなと)思った。前にナンバーズを買っていて、もう当たらないから買うの辞めた途端にすっと追っかけつづけていた番号が当選したことからロト6でも同じ数字の組み合わせ1通りだけを毎週買っているのだが、買わないと当たってしまうと口では言っているのだが、思い返すとこれは恐怖なんですよ。と思い、買うの辞めました。(この数字当たるかもね。でも教えないよ)「しなければならない」ともうひとつ、「してはいけない」物心ついたときから親から、教師から、世間から散々言われます。世の中の常識みたいなものでしょうか。この「してはいけない」と「しなければいけない」をどんどん、自分から外していくと、もうこれだけは無くては”私では無い”というものにぶつかるんじゃないのでしょうか?それってこの世に生まれてきた意味というか、使命ともいうか、SMAPの「世界にひとつだけの花」のオンリーワンですね。これが本当の自分探し。ひらひらさん、答えになってますかねえ。
2004.01.07
昨日はとある新年会に出席しまして、その後、2次会、3次会と出ておりまして帰ると12時回っておりました。で、昨日のことからぽつぽつと。新年会に出るということで、普段思いっきりカジュアルな格好しかしないので、いざとなるとそういうときの服が無いことに気づいた。ここ2年くらいまともに服買っていないし、10年前の二コルの10万円以上したスーツを着ても形が野暮ったい。結局、いつもと同じ服装に。今年はいい服買おう。その会場が、普段はハウスウエディングする所で、本当に元は、住居らしい。でもめちゃくちゃかっこいい家。こんな家に住んでたら外に出かけなくても人を呼んでパーティーできるしね。で、自己紹介を一人一人することに。普通に挨拶するだけでは、面白くないので何か話をしようと思うと、順番が来るまでドキドキする。(関西人のサガで受けたいのよね)まあ、一応それなりには受けたが・・・。そしてスピーチの時間になり、色々な人が話す。すると、いきなり私が指名された。何の断りも無しに。でも、ドキドキしない。話はまとまらないが。面白いもので何か話そうと意識するとうまく話せない。いきなりで準備できていないときは思いつきで話すがドキドキしないし、後で他人に聞くとそれなりに上手く話していたでと。自分で話がバラバラだと思ったときは、上手く話せていて、上手く話せたと思ったときは話がバラバラらしい。まあ、事前に言ってもらわなかった事が良かった。準備なんてしなくていいという事やね。スピーチの中で心療内科のお医者さんが話されていた、考えたり、頑張ったりしないで、感じて気づくことで病状が良くなってくることを話されていてすごく共感した。で、また後の2次会でそういう話。~~しなければ、を辞めたら良いと。楽しくてやっているならいいが、それがしなければとなってくると本質から外れてくる。パソコンも使えるのだから別にええやん。日記も別に毎日書かなくてもええねんし。と、今日から「しなければ」というものを外してみると、不思議なことにパソコンに来るメールが気になって仕事中携帯からアクセスして見ていたのが、そんな気が起きなくなった。なんか、今日は楽ーな感じ。頑張っても仕方無いでしょ。と言うわけで今日から、書けないときは日記更新しません。知らず知らずの間にMUSTになっていた。自分で楽しむために書くのだから。
2004.01.05
祝!!!1000アクセス達成!!前のガイアックスでは、11ヶ月で2000アクセス程なので超ハイペース。(ガイアックスでは、最初開設したけどほったらかしになっていたしね)ひらひらさん、ちゃむさん、M圭さん、さんそんさんに日記リンクした頂いたお陰でもあります。特にちゃむさん、メルマガ誌上で私の日記紹介して頂いて感謝しております。これからも皆様、よろしくお願いします。とか言っておいて、今日はネタ無いのよねえ。パソコントラブルと格闘中で。すいません。そういう日もあります。今日は初仕事出かけて帰ってから日記を書き、それからパソコンのトラブルを調べるためネットで検索の嵐。2時間しか寝ていなくて朝の11時にあえなくダウン。暗くならないうちに初詣しようと思っていたが、4時におきて遅いお昼を食べたら暗くなっていた。普通なら大きな神社に行くのだが、自分の生まれた場所の近くの神社=産土が良いと聞いたので数年前から夫婦で行っている。でも、お互いの産土さんが、寂れた神社なので、暗くなると気持ち悪い。いつも暗くなってから参っている。それから近所のソフマップに行ってパソコントラブルの本を読みまくり、BIOSの設定がおかしいみたいらしい。で、家に帰ってBIOSの設定を変更したのだが、相変わらず起動ディスクからしか起動しなかったが、「メールマガジン発行システム」が立ち上がるようになった。それだけは嬉しい。他にしたいことが山積みなのに、パソコンにかかりっきりで何もできない。早く終わらせたい。
2004.01.03
今日はほとんど、パソコンと格闘した記憶しかない。年末からパソコンが不安定で(これは年末の日記にも書いたが)再起動をかけたときにいきなり「Windowsを再インストールしてください」のメッセージが出て再インストール後、起動ディスクを入れないと、起動しない。その起動ディスクもメッセージが、文字化け。デスクトップが頻繁に強制終了。Windows Updateを頻繁に起こって最新のバージョンをダウンロードするが、何回も同じ分をダウンロードしようとする症状が出て困っていたのだが、年末が忙しかったのでこの正月休みの間に解決することを決意した。具体的には新しい容量の大きいがハードディスクを買ってきてそれにWindows98をインストールしてバックアップしていたデータを入れるという事である。前からある1GBのハードディスクにメールなどのデータをバックアップし新しい40GBのハードディスクを接続。Windowsをインストール。ここまでは良かったのだが、パーテーションが切れていないことが判明。再びWindouwsをインストール。しかし、起動ディスクを入れないと起動しない。それで、本を見ながら悪戦苦闘。でもわからない。パソコンに向かって5時間。今日は私の実家に行くことになっているのだが、中途半端で行きたくないので出れないでいると母から催促の電話。後ろ髪引かれる思いで実家に。「クイズミリオネア」のスペシャル見ながらご飯。ゲスト6人の中で誰かが1000万取ったみたいなのだが、誰だかはわからない。このゲストの中で無理なのは「新庄だろうなあ」と言っていたのだが・・・。新庄に出された問題は10問目までは、馬鹿にしているのかという程の問題。100万円までは取らせてくれる番組側の意向。でもそこからは鉛筆を削ったサイコロなどで15問迄行っちゃいました。さすが意外性の男。改めて知識より勘。感性というのがわかりましたね。10時ごろに家に帰り、またまたパソコンへ。起動ディスクを入れたら立ち上がるので1GBのハードディスクをつなげてデータを移動。でも肝心のメルマガエディタ、「メールマガジン発行システム」が「レジストリの設定に失敗しました」のエラーメッセージが出てセットアップできない。さて、どうしよう?この日記をお読みのメルマガ作家の方、メルマガを作成するのに特別なエディタを使ってらっしゃるのか?教えてください。またそこからパソコンにかかりきりで、気づけば朝の4時。7時に正月分の品物を預かっているのをお客さんに出さなければ行けないので6時まで仮眠を取ることに。しかし、7時の約束がなかなか来ない。40分遅れでお客さん到着。そして家に帰ってこの日記を書いているのです。さて、一眠りしようかな。
2004.01.02
昨日は嫁さんの知り合いのバーでのカウントダウンパーティーに行く積もりでいたが、面倒くさくなってお参りでも行くかとなったが、二人でコタツで寝てしまい、結局何処も出なかった。ある意味、お正月らしい・・・。お昼前に起き、ボジョレーで乾杯。(まだ、飲んでいなかった。味が濃くて甘味もあっておいしい)で、嫁さんと何処かに行くよりおいしいの食べたいという話になって「よし、来年は正月に城崎の西村屋本店に泊まる」という宣言をした。しょぼい宣言なんて言わないでね。うちの家の財政事情ではこれは、ミラクルに近いので。普段良くお世話になっている義父と義母連れて行けたらいいねと話した。(これができると凄い。はっきり言って20万円コース)なんだか良く分からない、今年の目標がひとつ出来ました(笑)で、ご飯食べながらTV見ていると、錦野 旦さんと石原義純さんがカンボジアとケニアの子供に水泳を教えて勝負という企画があった。どの子供も泳ぐのは初めて。で、まず浮くことから覚えさそうとしていた。いきなり、浮ける子や駄目な子がいた。私達ならわかるが、浮こうと意識して体に力が入ると沈んでしまう。力を抜くと浮く。そうなんですよ。これって全てに通ずる話なんですね。このことをたまに私達は体験から知っているんだけど、ほかに応用できない。頑張ったらできるとか、集中したらいいとか、常に意識しろとかね。成功法則にはまっている人、ドキっとしたんじゃない?(爆)逆のことやってるんですよ。人間は。(自分も含めて)「意識しないと実現できるんですよ。」だから西村屋の話もこの日記に書いたからといって、毎日意識していたらできません。忘れます。で、来年の正月に、「去年、どんなこと考えていたんだろう」と日記を見て振り返ると「おお、実現してるやん。」となってたら最高!!それから嫁さんの実家に新年の挨拶へ。嫁さんの弟夫妻と、嫁さんの義母の妹一家が来ていて。義弟と嫁さんのいとこと話しが盛り上がる。嫁さんのいとこはある車メーカーのテストドライバー。普段会えない職業の人なので業界の裏話を聞いて盛り上がる。で、晩から今日は映画の日なので、「ラストサムライ」見ることに。義弟も一緒に行くことにする。ところが上映時間の1時間前に着いたのに、「ラストサムライ」は後1人しか見れない。(がっくりー。)で、義弟は「マトレボ」私達は「ブルース・オールマイティー」見ることに。こういう時、シネコン便利ですねえ。でも、ラストサムライ見れなかったことが意味があったかのように「ブルース・オールマイティー」良かったあ。泣いちゃいましたあ。映画見て泣くの久しぶりです。ラストの神さんとブルースのやりとり、言いたいことは「マトリロ」と同じなんですね。でも、神さん役のモーガン・フリーマンはまってるなあ。泣くばかりでなく笑えましたけどね。元旦に映画いいですね。1000円で見れるし、有意義な元旦でしたよ。でも、「ラストサムライ」を見たい3人は、3が日中のリベンジを誓って帰りました。
2004.01.01
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