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仕事中にBGVとしていつもTVがついている。何気無しについていた「徹子の部屋」に佐々木蔵之介さんが出ていた。佐々木蔵之介さんを初めて見たのはNHKの朝の連ドラの「オードリー」映画全盛時代の時代劇映画スターを演じられていた。初めて見る顔なのに、芝居しっかりされているので、劇団の方だろうなと思ったら、番組でも紹介があって劇団「惑星ビスタチオ」(名前だけはよく聞く)を立ち上げた方らしい。次に見たのは「美女か野獣」一転してコミカルな役をされていて、どんな役でもできる俳優さんなんだなあという印象がある程度で取り立ててファンでもない。仕事をしながら見ていたら、彼は京都の作り酒屋の息子で優等生で大学もいいとこ行っていたらしい。(聞き忘れました)大学在学中に劇団「惑星ビスタチオ」を設立。でも将来的には家業を継ぐつもりで、大学卒業後はサラリーマンをしながら芝居もして、いつかは、家を継ぐつもりだったのが、劇団が東京に進出することになって、仕事をとるか、芝居をとるかの選択を迫られたらしい。そこで芝居を選んで仕事を辞める事にした。それを聞いたお父さんは、「ようやく家を継いでくれるのか」と思ったのらしいが、実は・・・ということでかなり反対されたらしい。そのころの彼と彼の父の写真がTVで映されていたのだが、そのときの黒柳さんのコメントが「こう言っては失礼ですが、今のお顔と随分違うのですねえ。進路に迷っていたのが、そのままお顔に現れているというか、今は当然進路をお決めになって、はっきりしたお顔をしていらっしゃるけど・・・」うーん。確かに黒柳さんの言う通り。年齢と共に顔に出るというが、顔も心を映し出しているのですね。決意が顔を変えるというか・・・。知り合いに短期間で思いっきり顔の変わった人がいます。どちらかというと、ちょっとやんちゃな兄ちゃんだったのに、「一体、あんた誰」と声に出るくらい柔和な表情になっていてびっくりしたことがあります。彼はセールスマンをしていて、ナポレオン・ヒルのような成功法則を学んで営業成績を100倍にしたのですが、その結果、体を悪くして、治療代で稼いだお金を無くしてしまって、今では仕事もせずに暮らして、私のように自分を知ることをされている方なんですが。私の顔もはっきりしない顔をしているのかもしれない。他の自分の顔を知らないから比べ様もないけど。でも、自分の腹をくくって、本当の自分に全てを委ねたら、現在の顔と全く違っているのかも知れないね。
2004.09.30
毎日繰り返される早朝起きて仕事に行く。夕方に終わって、パソコンの前に座って、ネットで遊ぶ日々。こんな、毎日変わらない日常においても、「この現状をどうにかしなくっちゃ。」「朝、早く起きなければいけない。」「仕事をもっと、効率よくするには。」他にも一杯考えている。しかし、この考えている、一見かしこそうな、賢明そうな私がいくら考えても、考えてもうまくいかない現実がある。冷蔵庫に品物を取りに行くのに、自転車に乗っていくと、大雨に遭遇してびしょ濡れで寒い。次に冷蔵庫まで自転車で行くのに、傘を用意すると雨は降らない。配達に行くのに、かっぱを着ていっても雨が降らず、「かっぱ着てこなくても良かったかな」と思った途端に大雨。思考の逆、逆を行く現実。(上に書いたのは今日1日の一例で、もっと大きな裏切りは一杯あるよ)じゃあ、何も考えずに、本来の自分に全て委ねたらとイメージするだけで凄い楽になる。ずーっと、その感覚に浸りたくなる。でも、しばらくすると、また思考癖が出てきて考えている自分がいる。この「全てを委ねる」感覚に永久に浸れたら、どんなに気持ちがいいだろうか?【追記】昨日の夜の雨凄かったです。視界が悪くなるくらいの雨。こんな雨は久しぶりでした。神戸でさえこんなのだったのだから、尾鷲で記録された1時間130ミリの雨って一体どんなのだったのだろう。今回の台風で被害に遭われた方、お見舞い申し上げます。
2004.09.29
すいません、昨日は帰ってそのまま寝てしまったので、今から昨日の日記を更新です。配達の間にいつも聞いているKiss-FMで、モザイクでEPOさんのコンサートがあると聞いていたので、行ってきました。車のCMで「ダウンタウン」がかかっていて、「EPOってどうしているんやろ?」と思った矢先にあったコンサートなので。アコースティックギターとパーカッションの編成でしたが、アコギの音が良い感じでした。「う、ふ、ふ、ふ」「音楽のような風」などのヒット曲と後は新曲などで、構成されていました。昔と同じ、きれいな歌声で、歌も上手くて見た感じもかわりませんね。デビュー25周年って言ってたけど、一体、今、いくつなんやろ?もう10?年前にフィッシュダンスホール(今は名前が違ってるんですね)の掃除のバイトに行って、そのときに丁度EPOさんのライブがあって、「このままおったらええねん」とタダで見たことがあります。その当時はヒット曲連発していた最中でした。現在ではラジオ、TVでも歌声を聞く事も無いし、正直どんな感じなんやろ?と思っていましたが、EPOさんが、MCで話していました。「自分のしたい音楽を自分のやりたいようにできだしたのは、この10数年です。」20代のころは、ヒット曲を作らなければいけないと毎日毎日、曲を書かれていたそうです。でも、そんな自分に疑問を感じて、これから私はどうしたいのか?と自問自答された結果の今らしいです。他人から見れば「落ち目のアーティスト」と思いがちだけど、ご本人は、好きな音楽を好きな形で表現されている。物凄くいい歳の取り方(失礼)をされているなと思いましたね。そうでないと、あんなに若くないですよ。何かに追いかけられる人生ではなく、マイペースでいいから自分でコントロールできる人生。~しなければならないから、~したい。私の人生もシフトしなければいけないなと思いました。【追記】EPOさんが、最後にDNAの話をされていて、最近日記にもDNAの話を書いた直後なのでびっくりしました。DNAのスイッチをオンにしよう。
2004.09.28
この1週間の日記を読み返して、とある事に気づいた。それは、他人に対して起きた感情、思いが、後から実は自分にあるということを思い知らされたことが、毎日のように続いた事である。「おい、ええかげん、わからんかい!」と頭を小突かれ続けられているかの如く。まあ、毎日自分を少しずつ知っていっているのでしょう。今日も剥きにんにくの在庫が無いので、担当の人の携帯にかけると「お客様の癒合により、おつなぎすることが出来ません」のアナウンスが。「おーい。携帯代ちゃんと払えよ」と思いながら、担当の人の内線に電話する。すると、担当は不在。そこで私は「Marvinですけど、○○さん、お帰りになったら、電話お願いします」と伝言をお願いする。しかし、いくら待っても電話がかかってこない。そしてまた、内線に電話。いくら待ってもかかってこない。それを3回くらい繰り返して、「剥きニンニク2ケース頼むからお願いします」と伝言すると「もう一度○○さんに電話してくださいね」おーい!お前ら伝言も出来へんのか!とカチンときたが、ああー!そうそう、また自分の事だと思い知らされるでと、自分のことを振り返ったら、確かにお客さんに伝言頼まれて忘れた事が、多々あった。ほんまに自分のことやと、思いなおして、もう一度、電話をすると担当が出て、「携帯代くらい払いな」と嫌味言ってやった(^^)この間、3時間くらい経過していたのだが。またまた、他人の事は言えないと再確認した1日でした。
2004.09.27
さて、イチロー選手の大リーグ年間安打記録更新にも王手が、かかっていますね。どうせ、新記録樹立されたら、楽天日記でもこの話題沸騰になるでしょうから、先に書いちゃいます。(テーマ一覧で見ても「イチロー」選手はありませんでした)春くらいにイチロー選手とヤンキースの松井選手との対談番組がありました。(確か日記にも書きました)そこで見たイチロー選手って野球選手というより、アーティストのようでした。イチロー選手は細いバットを好んで使うらしいです。細い方がバットの太さ=芯の太さになって、より芯に当てることができると。私だったら少しでもバットが太い方が、当たる確率が大きいから良いのにと思うのですがさすがイチロー選手は違います。大リーグに行った当初は、通用するかどうかと言われていたのに、大リーグ100年の歴史を塗り替えようというのだから凄い奴です。高校の時には「センター前ヒットなら100%打てる」と豪語していたらしいです。一般の野球選手とどう、違うのでしょうね。彼がバッターボックスから見る風景は他の選手と違っているような気がします。感覚が違うというのでしょうか?言う事も普通とは違っていて、「目標を持ったらいけない」とかね。他には「人間はバランスの生き物だから」など。一般で言われている成功法則とは、違う何かを生れながらに体得しているのかも知れません。いくら成功法則とはいっても、成功する確率はそれを使っても2~3%、実は普通に暮らしているのと変わらないのですよ。(こんな事書くと少しやばいか?)真の成功法則って一般で言われている事の逆なのかも?(何せ、この世はパラドックスだから)まあ、何はともあれ、これからもガンガン打って、良いニュースの無い野球界の明るい星になってください。【追記】今日は久しぶりに髪の毛切りに行きました。セリで帽子を被ると「井川みたい」って言われるし、前髪がうっとうしくなっていたので、すっきりしました。#TV中継を見ていて「井川の髪の毛うっとしいねん」って言いながら、自分が言われるなんて。自分の姿を井川に見ていたのかな。しつこいくらいに書くけど、本当に人のことは言えない。
2004.09.26
仕事に行くのは、毎日朝の4時過ぎ。当然、この時間帯、道を走っているのは新聞配達の叔父さんくらいで、交通量もまばら。毎朝、同じ道を車を走らせているのだが、道もすいてるのにもかかわらず、早く行きたいという気持ちがあって、以前は前の信号が赤になっていると、信号の無い裏道に入っていった。今では、そんなことしても時間は変わらないどころか、逆に時間がかかる(その裏道は信号が無い代わりに「止まれ」が多い。)ことを知っているので前の信号が赤であってもまっすぐ進んでいる。実際、前を走っている車が裏道に入っていったのだが、結局その車が、私の走っている道に合流するのを横目で見ながら、走っていったことがある。これって人生と同じではないのだろうか?こうやった方が上手く行くとあれこれ考えてやるのと、何にも考えずに漠然とやるのと大して差は無いのではないのか?あれこれやることによって遠回りをしているのかも?でも、あれこれ考える事が悪いと言っているわけでない。そうすることによって、何も考えないのと大差が無いことに気づけば良いのだから。やってみなければ、気づかないのだからね。そう考えると何をやってもO.K.って気がするね。正しいも間違いも善も悪もその人の考え次第、受け取り次第なんだから。
2004.09.25
みなさん、中央市場の八百屋さんってどういうイメージありますか?商店街にある八百屋さんって何でも揃っていて、果物から、なかにはお菓子とかまで置いていますよね。でも、中央市場の八百屋さんって割にカテゴライズされていて専門分野がはっきりしているんです。私の店でも祖父の代はワサビしか売っていなかったらしいです。#そんなので食べていけたのか・・・。仕入れするロットが大きいので、売れない商品まで扱いきれないというのが、その理由と思われます。八百屋というくらいで野菜の種類って非常に多いですからね。という訳でどうしても揃えきれない品物は、よその同業者と融通しあう訳で。さて、ここからが本題。連休前に、とある同業者の社長が、カット葱が足りないから「貸してくれ」とやってきた。そこで1ケース渡した。で、連休明けになってもなかなか返してくれない。「私だったら、朝一番に持っていくのに」と気が効かないなあと、思っていた。別件で、その同業者の従業員の方が来たので、「休み前に貸していたから返してくださいね」と声をかけたら、「そんなの聞いてないよ」という感じだったが、返してもらった。そして水曜日は、水曜の日記にも書いているが、非常にカット葱の入荷が少なかったので、その同業者にカット葱を借りに行った。ダメ元で行ったので「1ケースでも2ケースでもあるだけで結構ですので、あるだけで助かります」なんて言って1ケースを貸してもらった。そして、休み明けの今日、その同業者の社長がやってきて、1ケース貸してくれと来たわけ。それで「前に貸した分・・・」と言ってきたのだが、私は「ちゃんとしましたよ」と答えたわけ。実はこのとき、休み前に1ケース借りているのをすっかり忘れていて、連休前に貸したことだけ覚えていたんです。だから私は返してもらったと答えたつもりなんです。(笑)全く話が噛み合っていないんで、私がいない間に、そこの従業員の方が来て、「返してもらっていない」と言ったことを兄から聞いて、はじめて思い出しまして、すぐに謝りに行きました。社長はすこし怒っていたけどね・・・。相手の事を気が効かないなんて思っていたけど、自分も忘れてしまっているんですからねえ。時間を経て自分を見たって感じですか・・・。本当に他人のことはとやかく言えないってことですよね。【追記】近鉄バッファローズの最後の大阪ドームの試合、TV中継していませんね。「何でやねん!!!」って感じです。しかし、今まで一緒にやってきた仲間が、来年からはバラバラになってしまうなんて、可愛そうですね。どうにかそのまま、新球団に移行できないのかなあ。
2004.09.24
ついに、選手会と経営者側はスト回避で妥結。来期からの新規参入の為の審査機関の設置、加盟金の撤廃、などで経営者側が折れた。ここまで、世間とマスコミの論調が選手側に傾けば、将来の1リースを目指している巨人、西武、オリックスの反対していた球団も親会社のイメージにもマイナスになるので、納得せざるを得ない。古田選手会会長はじめ選手会のみなさんの働きもあるが、世論の力は凄い。でも、この世論の発端になったのは、例の「選手ごときが・・」発言だと思う。それ以前から、この人の発言は、マスコミが取り上げていたが、この発言のインパクトは大きかったですね。ここから悪役の道をひた走ったという感じ。ドラフトでの不祥事も暴露され、1線からも退いた。こんな善悪はっきりしてわかりやすくなったのも世論が選手についてきた理由の一因だと思う。政治もこれだけわかりやすかったら、選挙も盛り上がるのにね。それにしてもマスコミの重鎮なのに、世論をなめた発言をしたのもねえ。その一言の重大さに気づいて、最近は一切口を閉ざしているから。私も言葉には気をつけなければと思った一件でした。【追記】給料日前で、この間の連休で予算を使い果たし、晩御飯は質素に行こうと話していた。が、墓参りの帰りに御飯食べに行った際に嫁が見た週刊誌の「秋のスイ―ツ特集」を見てしまったから、そこに載っていたモンブランを見て、それぞれの小遣いから出す事で、食べに行くことに決定。高砂からの帰途のついでに、阪急御影駅前にある「御影高杉」に初挑戦。値段が結構高いのに驚いたが、久しぶりに美味しいケーキを食べに行って、休みのお昼って感じを満喫して大満足でした。晩御飯は、御影界隈のハイソなイメージと全く逆の新開地で安くすまそうと180円ラーメンに行こうとしたが、店のお客の入りを見て足が進まず、松屋に入ってしまった。(笑)ハイソなイメージが自分には、少し違うかなとも思ったが、思いっきり下町も、ちょっと無理な感じ。中途半端なんですよ、結局。
2004.09.23
皆さん、他人の自慢話を聞いてどう感じますか?本当は前日に書く予定だった話なのですが・・・(詳しくは前日の日記参照)仕事に行くとまず始めに、カット葱を取りに行く。いつものようにネコ(人力車のような、台車のこと)をひいていくと、同業者の中で大手の店の息子に会う。私より10歳近く若いが、なかなかやり手の彼。良く売るのは確かなのだが、それを少々鼻にかけている。今朝も「Marvinさん!最近どうですか?」とまず声をかけられ、私が、「まあ、ぼちぼち違うかなあ」と返すと、「すだちの在庫が300ケースあって、どうしようかなあと思ったけど、どうにか売れたわ」また、始まったか・・・。私の店ですだち300ケースも在庫抱えていたら、おかしくなったん違うかと思われるか、「何考えてるねん」と言われるかのどちらか。半年分の在庫になるんじゃないかなあ・・・。まあ、そんなことどうでもいいのだが、彼の発言が【自慢】に聞こえるのは、自分に自信が無いからだと思った。自信の無いことの逆(自信がある)が彼を通して私に教えてくれているのだろうと、受け取った。しばらくしてから、カット葱の担当の人から電話があった。この間の台風の影響特に塩害で全国的に青葱が品薄になっていて、関西圏の大手スーパー、コンビニ全てのパックのカット葱を納品しているこの会社も(私の会社じゃないよ、勘違いしないでね)全国を飛び歩いて青葱を探しているらしいが、品薄で、納品が減るとのこと。その結果、20ケース頼むところが、5ケースしか回ってこない。私も得意先に、入荷が少ないから協力頼みますと電話して回って、配達先でも、あまり関係ないのに、「明日、20ケース頼むところが、5ケースしか来ないんですよ」と言い回っていた。その自分の言葉に、ふと気づいた。「あっ、私も自慢しているわ」と同業者の中で専門にカット野菜を作って納品している会社があるが、その会社でも5ケースくらいしか買わないのに、専門でない私の店が20ケースも売るんだと、暗に自慢してるわと。(実際、次の日に違う同業者に同じことを言ったら、「良く売るねんなあ」と言われた)朝に会った彼について「自慢しい(関西弁で自慢家ということ)」と感じていたことは、自分の事だったんだと改めて気づく事に。自分もそうなのに、そのときはたまたま、自分は「自慢しい」では無いと思っていただけ。今日も自分の一面を知ることができました。
2004.09.22
天才・小田真嘉さんの日記の題名「人の自慢話を生かす」に引かれて読んでいくと、かのユニクロが販売に乗り出していたのだが、あえなく撤退してしまった「永田農法」の話が出ていて、それにインスパイアされて書きます。#というか自慢話を題材に書きたかったんだけど・・・。永田農法って何っていうことで、小田さんの日記を引用させていただきます。以下引用。「岩山のようなやせた土地を選び、ほとんど耕さず、有機物を与えず、水や肥料も最低限に抑えるんだよ。トマトの場合はわずか100分の1の水、10分の1の肥料だけで育てるんだ。雨なんか降ったらシートをかぶせて調整する。そこまで徹底するんだよ。それで作られたトマトは本当においしい。皮が非常に硬く、においは野性味溢れ、果肉は甘く、心室の数が多く、ゼリー状の部分もしっかりしていて、みずみずしい。」以上、引用終わり。トマトって原産がアンデス山脈で、その原産地は水分も少なく、砂知みたいな荒れ果てた所。要するにこの永田農法というのは、その野菜の本来育っている環境に戻して、その野菜(ここでは、トマト)の持つ本来の姿に戻しているという事。#別名、原産地農法といって、こうやって作ったトマトを売っているお客さんが、かつて、うちの店に来られていました。バブル絶頂の時は箱で1万円以上の価格で取引されていたんだが、その後は・・・。どんなに品種改良しても、故郷の土壌、気候に戻すと、トマトの持つDNAにスイッチが入って、本来のトマトを取り戻す。どんな環境に育てられても、どんなに人が手を加えても、DNAは本来のトマトという自分を知っている。人間も親、兄弟、友人、先生、近所の人、周りの目、マスコミなどを通して、本来の生まれ持った自分とはどんどんかけ離れた自分を演じていく。時には良い子を演じて、人に認められようとし、時には悪ぶって、目だって、人に構ってもらおうとする。どんどん外向きに外向きに、心はフォーカスされる。「評価されたい」「認められたい」「愛されたい」どんどん、本来の生まれ持った自分とはかけ離れていく。他人に良いように思われるように、又は疎まれるように演じていく。自分をどこかに、放り出して生きている。でも、トマトが本来の自分を知っているように、本当は人間も本来の自分を知っている。いつでも、どこでも本当の自分に戻れるようにセットされてある。外の世界に振り回されない、完全なる自分を。細胞に書かれたDNAは、知っているのだ。本当の自分の物語を
2004.09.21
甲子園でも「古田コール」が起こるくらい、大多数のファンの後押しもあってついにプロ野球初のストに突入しました。スポーツニュースを見ていると、2日野球を見れなかったファンと、2日野球ができなかった選手が、野球を見れることの楽しさ、野球をプレイする事の大切さが、再確認できて各球場盛り上がっていたみたいですね。特に新庄選手。ゴレンジャーのマスク被るわ、サヨナラ満塁ホームランを打ったんだけど、前の走者を喜びのあまり抜いてしまってアウトになってサヨナラヒットにしてしまうと、相変わらず派手ですね。阪神の時は敬遠のボールを打ってサヨナラヒット打った事もあるし、そういう星の元に生れた選手なんでしょう。プロ野球にとって、この2日のお休みは良い結果になりそうな気がします。親元を離れて1人住まいして初めてわかる親のありがたみ。日本を離れて暮らして改めて知った日本の良さ。みたいな感じでプロ野球が、当たり前のようにあって、TV中継があっての当たり前が無くなって、ありがたさが、選手、ファン含めて分かったんでしょうね。無くしたり、離れてみたりして距離が無いと、わからないんですね。たまには、いつも居る場所から離れてみたりしてありがたみを感じないといけないですね。【追記】昨日の晩は頭が痛いし、頭痛薬を飲んで治ったんだけど、体はだるいし、眠たいし、これってもしかして「夏ばて」?生れてこのかた夏ばてを経験していないので、わかりません。
2004.09.20
金曜のNHKのスタジオパークで日本人の新鋭ジャズピアニストの上原ひろみさんが語った話が印象的だった。彼女はバークレー音楽院を主席で卒業し、去年でアメリカでデビューした。その様子をたまたま見た「情熱大陸」で知っていた。すごいエキセントリックというか、緊張感のあるプレイで見入ってしまう。そんな彼女がジャズの巨匠オスカー・ピーターソンのオープニングアクトを勤めることとなって、共演できた感想を話していた。「彼がステージに出て来ただけで、オーラが漂って、一音弾くだけで彼だとわかる」と。まあ、これがオンリーワンなんだろうね。オスカー・ピーターソンでなければ、できない事。というより、彼はオスカー・ピーターソン=伝説のジャズ・ピアニストそのもの。他の誰でもないオスカー・ピーターソンということを知っている。どうしても成功していない人(自分もそのうちの1人)は、自分を変えようと、少しでも成功者に近づきたいと、成功者の話を聞いたり、セミナーで学んだりする。でも、自分を変えようとしても、自分は自分。自分は自分以外の誰にもなれないのである。それなのに、自分以外の誰かになりたくて、いろんな知識を追い求めるのは、自分の影を追っかけて追っかけても追いつかないのと同じ事。オスカー・ピーターソン=伝説のピアニストだけど、言い換えればピアノ馬鹿。でも、話を聞くと全ての事に通ずるような話が聞けると思う。全ての事を知ろうと、色んな知識を詰め込もうとするが、実は一つのことを深く深く知ったほうが、全てを知れる。この世はパラドックス。真実は思っているのと全て逆に映っている。この世のことは、全て自分の中に内包され、でも自分を知るには、外に映った鏡を見て知る。だから、どこに行かなくても、全ては知れるんだ。
2004.09.19
昨日の「せかちゅー」の特別編にがっかりして、今日は連休前という事で、いつもより、少しだけ早く寝ました。いつもの時間より30分前には着いておこうと予定はしていたのだが、それほど着いた時間は変わらない。連休前とはいえ、値段が高いので、お客さんが敬遠してあまり売れている実感は無い。でも、さすがに連休前、ややこしさは、凄い。仕事は進まない、進まない。そんな中でも、葱が高いのもあるんだろうね、カット葱の売上が今までの記録を更新しました。150キロ以上売っている計算。確か今年の正月前でも100キロを越すかどうか。お陰さまで売れるようになりました。毎週土曜日は嫁がジャズダンスのレッスンに行って家にいないので、普段は家でたべるのだが、今日は帰りも遅いので食べて帰ることに。市場の近所のセルフの讃岐うどん屋さんに行く。ぽつぽつお客さんが、入っている。安さに釣られて入るんだろうなあ。冷たいぶっかけうどんといなり寿司を食べる。600円強。これが、あまりおいしくないんだ。酢だちの代わりにレモン載ってるし。おいしくない料理を外で1人で食べてると無性にわびしくなるんです。私って。隣にひとりもんのおっちゃんが座っていたが、どういう気持ちで食べているんでしょうね。(私もいい年こいて、破れてるジーンズ履いているから妻帯者には見られないんだろうな。そんな格好していなくても独身に見られることが多い)もし、嫁さんもいなかったら、1人で外食なんて、できないかも知れないなあ。寂しすぎて。無理やりにでも、誰か誘って食べに行くだろうな。家で1人で食べるにはどうって事ないんだが・・・。結構私って寂しがり屋ということに気づいた連休前の土曜日でした。
2004.09.18
一昨日のother-selfさんがBBSに書き込んで頂いた「計画すると・・・」は本当にこの商売をすると実感するのである。現在の様に商品の入荷が少ない時に、当然、同業者、普段買わないお客さんが、私の持っている在庫を買おうとする。でも、そういう時は、当然普段買ってくれているお得意様に残しておきたいと考える。そこで「ごめーん。まだお客さんが来てないから、渡されへんわ」と答えて、売らない。そして、肝心のお得意さんが来ると「昨日売れなかったから、要らんわ」とか、「さっき寄った店で、勧められて他に買うもの無かったから付き合いで買ってしもてん」と必ず言われて、結局残ってしまうのである。こうなる確率は非常に高い。それも私だけでない、うちの店の全員が経験していること。という事を知っている私は、在庫が無くてやばそうな時でも平気で「いいよ」と売る。他所の店に貰ってくる自身が無い時は、さすがに断るが、めったに断らない。今日もカット葱の在庫がほとんど無いのを知っていて、まだお客さんも来るのを知っていても、「はいはい」と売った。ここで断ったからって、その時間に戻って映画の「スライディング・ドア」の様に私が同時に存在して比較できる訳ではないけど。よく、目的を達成する為に、まず目標を設定しなさい。その目標を達成する期限の途中、途中でまた目標を設定して、最後には毎日の目標を設定して日々計画しなさいと言う。でも、こう予定した事が、どんどん覆されているのにそんな、計画しても無駄じゃないのと思う。逆に言うと計画するから覆される。最初から計画しなかったら、覆されるはずが無い。そして「○○したいなあ」と言うことが、全然計画に入っていないところからやってくる。計画とか予定しなければ良いんだよ。本当は。今日も仕事を早く終えて、「セかチュ―」の特別版を見る前に、先週に録画した最終回を見ようと「計画していた」が、見事に久しぶりに会った友人に会って午後7時まで話していて無残に散った。(単なる誘惑に弱い)という事もあるが・・・。でも話していて面白いんです。彼は。まあ、これはこれで良かったんでしょう。何か気づく事も多かったし。彼との話はまた書きます。
2004.09.17
台風で、木がなぎ倒されて、絹さや、三度豆の入荷が少なくなっている。でも、注文のFAXを見ると、結構な量の三度豆の注文が。どんな三度豆でも良い注文ならいいが、ホテルに納品している得意先なので、良い品物でないといけない。入荷が少ないので、都合良く良い品物を買えない。セリでは産地ごと、サイズごとに売られているのだが、12ケース入荷の分が2ケースしか当たらないとか、文句が出ない品物は4ケース買えただけ。後は、綺麗だが、太いんです。業務用特に、ホテル、割烹などは、太さまで要求してくるんです。それでも5ケースの注文が上がっていて、そのお客さんが特にうるさい気を使うお客さん。できるだけ同じ品物で揃えてあげたかったが、2ケースずつしか当たらない状態。だからバラバラ入れるだけ配給に入った。荷受会社がセリで売った三度豆を売り先ごとに振り分けている最中に2ケース当たっている三度豆が3ケース余っているのを見た。これで5ケース揃うやんと、「3ケース頂戴!」と声をかけても無視されて大手の同業者に持っていかれた。少し腹が立ったが「あーあ、まあ仕方無いわ」と店に帰った。そのうるさいお客さんに品物を見てもらうと、細めの2ケースだけを気に入って、後の3ケースは要らないという。あのとき、3ケースを持って帰ったらそのまま売れ残っていた。「よかったあ」要らないと言われた残りの三度豆も他の客が声をかけてくれて無事売れた。普段なら気にならない程度の在庫だが、値段が高いので、値下がりを考えると持っておきたくない。自分の目の前に起こった出来事に、文句をつけたり、どうにかしようとジタバタする必要は無いんだな。起こった出来事は、逆らったり、逃げたりせず淡々と受け止める。そのままでO.K.なんですよ。昼から入力を終え、1階に降りて自分が売った品物の数合わせを終え、上がろうとすると兄が「上もめてるで」と。配達から帰った叔父と叔母が2階で言い合いしているのがドア越しに聞こえる。叔父が血相を変えて叔母に向かってどなっていた。前に私にむかっていったのと同じ口調、言葉。そのときを思い出して少しブルブルした。詳細は分からないが、市場の誰かが、叔父のやっていることを叔母に言いつけたらしい。昨日の臨時収入も実は問題があるお金なのだが、叔母にも叔父にも私は言わなかった。それ以外も色々知っているのだが、兄に報告するくらいで2人には一切口にしていない。でも黙っていれば、誰かが代わりに言ってくれるみたい。私が言って下手に恨まれるよりいいもんね。自分が黙っていれば、自分の内を他人が話してくれるんやね。ふーん。昔の人は良い事言うんだな。「沈黙は金なり」と(意味が違うか!)
2004.09.16
実は先週の木曜に、配達で集金したお金を落としてしまって、自分で穴埋めした為に、手持ちのお金は、心細くなっていた。兄貴が気を使ってくれて、「パチンコで勝ったらその分出したるわ」なんて優しい事を言ってくれたが、元々ギャンブルが好きなだけで強くない兄貴だけに何にも期待してなかったら、全くその通りになった。先週の土曜の勉強会の後にみんなと御飯を食べて帰ろうと思って、無いお金の中からお金を調達して、準備していたのだが、みんなは昼から出席していたから、さっさと帰ってしまった。自分がこうしようと思ったことは、全てひっくり返されたのだが、お金だけは助かっていた。次の給料日まで1000円札一枚と小銭だけ。でも、「ちちんぷいぷい」で紹介していた「パンプディング」を昨日はお土産に買い、「黄金伝説」の1万円生活をきどって、どこまで給料日まで粘れるか楽しもうとしていたら・・・来るものですね。お昼に叔母が、先週にあった懇親旅行の積み立ての戻り金の一部を私にくれた。集金で無くした金額の倍のお金で、元より増えた。普段、財布からお金を出す時に、かかさず、自分に感謝をすることを習慣化させているのに、何故という思いもあったけど。嫁さんが欲しいといっている「ごりえ」の「Micky」でも買ったげようかな?
2004.09.15
毎日、野菜が暴騰を続けております。あんまり高いので、売るこちらが気が引けます。でも、注文が入ってくるので、「こんな手を出さないと買えないのか」とあきれるくらいの値段をセリで出して買っています。しかも高いのに品物は悪い。ダブルパンチ!!反面、「これだけ良く送ってくるなあ」と思う位、品物が溢れるくらいにセリにかかるときがある。こういうときは「安い」と思って買うと、次の日は更に量が増えていて、手持ちの品物の値段が下がる、ガックリ来る時がある。このどちらもが、相場なんだろう。でもね、こんなに極端に振れなくともいいと思うが・・・。相場だけでなく、天気もそう。今日は夏真っ盛りのような暑さ。でも、この間の台風もそうだが、晴天と大雨の今年の夏だったと思う。天気も両極端。昨日も書いたけど、勝ち組みと負け組みとか言われるように、経済も両極端。新聞の広告を見ていて大阪の弁天町の駅前に高さ200mの超高層マンションが建つみたいですが、その最上階の値段っていくらなんでしょうね。価格は載っていませんでした。でも、億はくだらないでしょ。そんなマンションでも買える人がいる反面、私みたいな貧乏人もいる。全ての面で両極化、極端に降れる現象が起きていると感じているのは私だけだろうか?人間が比較し、自分と他者と分け隔てて考えた事の最終章なのかもね。
2004.09.14
最近、ふっと思った事がある。ロシアで起こったテロ、毎日繰り広げられる事件、これらの行為の元にあるのは、奪い合う経済が関係あるのかなと感じたのである。ロシアのテロはチェチェン共和国の独立を目指すグループが起こしたもの。ロシアはカスピ海からの原油の輸送ルートにチェチェンが当たるということが、独立に反対している大きな原因という。現在、「2極分化」という言葉が、よく紙面なんかを飾る。勝ち組みと負け組み、高所得者と低所得者。こういう両極を生み出すのも奪う経済だからだろう。私たちが普通に生活する事から国家の政治まで、お金、経済が関わらないものは無い。でも、その歴史は他人から奪うことを繰り返していた。しかし、世界を凝視すると、違う経済で成り立っている地域もある。アフリカの未開の部族は、未だに昔ながらの生活をしていて、取ってきた獲物をみんなに平等に分け与える。獲物を取ってきたから、俺がたくさん取るとかでは、無く。奪う経済ではなく、分け与える経済。未開の地だから、その経済も未開だと思いがち。でも、昔から、それも何千年もその生活を守れてきたのだから、進んでいると思われている私たちが、国家の誕生と破滅を繰り返しているのだから、本当はどちらが進んでいるのか?何千年も続けてこれたからには意味があるのでは?駅の出口の前で寝ていたホームレスも「分け与える経済」なら救えるのではと、思いながら家路を急いだ。
2004.09.13
金、土と仕事から帰ってきてすぐに集まりに出かけたりして、更新する時間が無く、今日まで更新できませんでした。未だに風邪は治らず、それでも無理して金.土出かけて「今日は1日寝てればいいや」と思って本当に昼間で寝ていましたが・・・。こうやって3日間更新しない間に、自分の中で気づいたり、思った事は一杯あって、早くそれをここで吐き出したい自分がいることに気づきました。アウトプットすれば、自分に帰ってくるなんて始めたこの楽天ですが、自分の思いを吐き出す、言い方を格好よくすれば表現することが好きなんですね。私って。そういえば、芸術家気質っていわれた事あるな。何も音楽していないのに、全然違う2人に「ミュージシャン?」って言われた事ありますよ。(音楽は大好きですよ。今も「デニース・ウィリアムス」の「Free」聞きながら書いてますし)芸術家って自分の思いを文や絵画や彫刻や音楽や体で表現してるんだから、私も自分の思いをここで表現しているのは、「プチ芸術家」ってことだよね。私の事をよく知っている人がこの日記を見て「そんなに考えたりしてるんやあ」と言われましたが>ね?酒レンジャーさん。外目には、のんびりしていて癒し系の私(自分で言うな!)ですが、人って見た目の表側と全く逆の内面を持っているもんだからねえ。この楽天で良いことばかり書いていません。自分でここまで書いていいの?と思うくらいダークな事書いていますが、それまでも自分で楽しんでるのに気づいた。(作家さんでも、自分の事をさらけだして書いている人いるけど、他人にさらけ出すのが好きなんだろうなあ)良いことばかっり書いていても、本音の所では苦しんだり悩んだりしているはずだから、隠すのは「ええ格好しい」だもん。「ええ格好しい」はしんどいよ。本音を口に出したり、文に書けば、自分でそういう感情を持っているんだって再認識できるし。新趣向として今日から遡って金、土と日記更新していきます。(後から見ればそんな事わからないから全く意味が無いが、自分で楽しんでればいいやん)では、後ほど。
2004.09.12
人間って何かしら「レッテル」を貼りたがる。私も「こいつは偉そうやな」とか、「嘘つきやな」とか、他人にぺたぺた「レッテル」を貼る。この「レッテル」についた糊は強力で、なかなか剥がれない。そしてその「レッテル」を貼られた人はその「レッテル」通りに行動する。そして更に癖の悪い事に、他人もその「レッテル」を同じように私に聞かせてくれる。「そうやなあ、あいつ偉そうやなあ」「ほんま。私にも嘘ばっかり言うねん」それを聞いて自分は、再確認する。「やっぱり、みんながそう思っているんやな」ますます、「レッテル」は、剥がれない。何故、こんなことを書くかというと、思わず「レッテル」を貼る自分に気づいたから。自分で何でこんな恐い事するんやろうと。前にも書いた通り、その人は「レッテル」を貼った通りに行動するんだから。そして、自分にも「レッテル」を貼る。伝票の入力をして、入力結果が打ち出される。その商品別に打ち出された金額を見て、自分の担当の商品を足して合計した金額が、その日の売上の1/7だった。それを見て、「給料こんなんでも、仕方ないわなあ」と自分でレッテル貼ってるんである。この「レッテル」を剥がして違う「レッテル」を自分に貼れば良い。その「レッテル」通りの自分になるんだから。ゲームみたいにリセットが効くんだから。
2004.09.11
2度の台風の為に野菜は暴騰してて大変。北海道を直撃しているから、航空便で送られてくる絹さや、三度豆が入荷がストップする。でも、全く入荷が止まっている訳ではない。他所の市場に既に入荷されているのを、転送して送ってくるからだ。東京、大阪の市場は他市場に送る事が売上の大きなウエイトを占めている。でも、こういう品物は、いつの品物かわからないから悪いのが多い。で、そういう品物に当たったわけ。転送品とは知らずに買って。1箱、4000円も5000円もするのに・・・。しかし、こんな品物を買ったからといって、返品は聞いてくれない。(普通の商習慣では考えられないでしょ)ほんの少しまけてくれるだけ。掃除して良いところだけを売るか、捨てるのと同然の値段でどうにかお金にしなければいけない。品物が少ないので掃除して売るんだけど、ずっと同じ姿勢でしているから肩が凝って仕方が無い。という訳で、担当の人間に電話する。「今日買った雨竜の三度、悪かったわ。生産者番号が・・・」で、他の三度を買うとサイズが秀S表示なのに明らかに優品。生産者は平気でこういうことやってくる。ほとんど、狸と狐の馬鹿し合いの世界。生産者と直取引ではない、現行の市場システムの弊害が生んだ悲劇(ちょっと大袈裟か)でも2回目の電話をするのが、気が引ける。場面は変わって昨日。(ドラマみたい(笑))中学の友人がスーパー(商店街がスーパー形式に変更した)をやってるんですが、電話がかかってきて「○○で買った絹さやが酸っぱい匂いがするねん。今の絹さやってこんなんなん?」私「そんな事ないで。うちのは、そんな事無いし、言うて代えてもうたらええねん」そういうやりとりがあって、今日その友人が店に来ました。友人「絹さやを見せに持ってきて箱を開けたらカビが生えてたわあ」私「そうやろう。やっぱり言わなあかんで」友人「あの社長。何か言い難いし」何でそんなに言い難いねん。と思った瞬間に、「あっ、自分も一緒や」と私も担当の人間に何か言い難い何かを感じているんですね。友人に自分の姿を見ていただけなんです。早速、担当に電話をかけたのは言うまでも無い。(笑)
2004.09.10
昨日は結局寝て過ごした。(ToT)熱っぽいし、節々が痛いし、おなかは気持ち悪い、だるい、結局は夏風邪なんですが・・・。「ヘキサゴン」見てるとイタリアのミラノにあの「ブルガリ」の経営しているホテルがあるらしい。日本人殺到するんだろうなあ。日本人だけに「ブルガリ」のネームが入った浴衣が出てくるらしい。日本人さまさまじゃん。しかし、うちの夫婦、買えないこともあるのだが、ブランド知らないなあと実感。お金を持っても果たしてブランド物持つのであろうか?「トリビア」を見て、余りにもしんどいので珍しく早く寝ることに。風邪でも引かないと早く寝ることないものね。こんなにしんどいのに明日仕事行けるのかと心配していたが、いざ3時半に目が覚めると、行けるもんなんですよ。相変わらず体はだるいし、おなかは気持ち悪いが。でもね、お客さんが殺到して、「あれとってきて」「これとってきて」と言われるのを想像すると嫌になる。しかし、いざそうなると、体は動くし、体動かして、汗をかくせいか、だんだん楽になるんです。そうなっても、また、心配になるんですね。明日、仕事が終わって、集まりに出る予定があるんだけど、行けるかなあとね。そんな自分をふと振り返ると、まだ来ない未来に常に不安になっている。不安なんだけど、いざその時が来れば、全然平気。だったら心配しなくていいのにね。不安になるだけ損だよね。【追記】別にファンではないのですが、「女子十ニ楽坊」がアメリカでデビューしたんですが、まさか、アメリカでそのまま「女子十ニ楽坊」のままなわけないですよね。さて、アメリカではどのような名前でデビューを果たしたのか・・・答えは「Twelve Girls Band」です。ベタですねえ。ついでにアルバムタイトルは、「Eastern Energy」です。更にベタ。
2004.09.09
折角、仕事が休みなのに、夏風邪ひいてしまったみたいです。お昼から「ディープ・ブルー」を見に行こうと思っていたのですが、(水曜は誰でも1000円らしい)いざ、ネットで劇場案内を見ると18:30からなんですよ。ちょっと熱っぽいしなあ。前から予定を組んで、いざその予定が、潰れてしまうと、暇ですねえ。さああって、これから何しようかな?
2004.09.08
やっと、日記の更新が追いつきました。(^^)台風18号が、各地で猛威を振るったみたいですね。こちらでは、風が強かっただけで、雨はほとんど降りませんでしたが、市場の面している海は、仕事から帰る午後7時前には、道に海水が溢れていて、向こう岸に駐車しているトラックが海の真ん中に浮かんでいるように見えたくらいですから、今年は本当に台風の当たり年、日曜には地震があって、その前には浅間山が噴火と天災が重なって来ますね。この間、本屋さんに行った時に、福岡正信著の「わら一本の革命」が再び新刊になって、話題書の中に置いてあるのを発見したのも何かの縁でしょう。環境について私個人の考え方を書いておきます。この福岡正信さん、自然農法の第1人者として著名な方ですが、日本国内より海外の方が有名な方です。自然はできるだけ手を入れず、自然に任せるのが一番と言う考えで、砂漠でも緑化できる「泥団子」を考案されました。これはあらゆる植物の種子を泥で作った団子に固めて、ばらまくだけの農法です。福岡さんに、感銘を受けたというより、自分の考えを再確認させてもらった著書ですね。結論から言うと環境をよくするためには、人間が地球からいなくなれば良くなります。自然は自然治癒する力を持っているからです。人間がいなくなって、ほったらかしになれば長い年月をかけて自然は元に戻ります。木を切りすぎてハゲ山になった山に人間が、緑林をする。でも人工的に植林する為に同じ種類の木を植えるので、その林に病気が流行ると一斉にかかったり(例えば松しか植えないと松食い虫にやられたりする)他の植物が繁殖しずらいので、根がつかなくて砂の部分が流れたりして山の保水としての機能を果たさなくなるので、余計に植物が根ざさなくてはげ山に拍車をかける。はげ山のままにしておけば、最初は雑草から茂み出して、その雑草の根が砂を流出するのを防ぎ、その影で大木の幼木が生えやすい環境を作る。これは前述の「泥団子」と同じであらゆる植物の種子をまいておけば、その環境に適した植物がまず、芽生え、茂み違う環境を作ってその環境に適した違う種子が芽生える。自然にお任せなのだ。これか過激な発言かもしれないが、環境を破壊するものと環境を守って保全していこうとするのも同じことだと思う。大きな視点で見れば・・・。自然を人間がコントロールしようとする一点で。農薬を無くそうと無理やり害虫の天敵を入れようとすると、その地域の生態バランスが崩れる。とある方が、農薬を使わない、有機肥料の農業を志して畑を借りてやってみたが、無農薬のキャベツは、葉脈しか残らず、有機肥料を与えると更に害虫を呼ぶ。その方は別に仕事をしながら畑をされていたから、次第にほったらかしになって、雑草がぼうぼう生え放題の畑になった。すると雑草の中に隠れて生えているキャベツに害虫はつかずに代わりに雑草が食べられている。そのキャベツを食べると相当の美味だったらしい。言葉どおり「自然に任せた結果だった」だとしたら人にできるのは、環境をどうしようと話し合ったり、環境を変えようと新しい物を導入したりしないで、何もしないで見守るのが一番なんではないのかな?【追記】自然は食物連鎖や水も海水から蒸発して大気中に拡散して雨となって湖や川になって再び海に戻る。永遠の循環をしているから浄化される。お金=経済も綺麗な循環を続ける限り永遠に循環する。それを溜め込んだりして循環を止めるから駄目なんだろうな
2004.09.07
昨日の地震で、夜更かしして、寝不足で会社に出勤。(いつものことだけど)毎日のようにバタバタ仕事をしている。店の前の方で、絹さやや、三度豆、スナックを数えたり、重さを量ったりしているので、来るお客さん、お客さんに声をかけられやすい。そのときにすぐメモできればいいのだが、(中央市場では、こういうメモ書きをする紙を「手板」と言う。他の業界でも、この言葉使うのかな?)「手板」が手元に無い事が多いので、メモするのを忘れてしまう。今朝も「誰かが俺に何か言ったなあ」との思いが有るのだが、思い出せない。「3」という数字が印象に残っているのだが・・・。でも、思い出そう、思い出そうと思うのだが思い出せない。でも、仕事も忙しいので、そんな事も忘れてしまっていたときに、叔父が「○○さんの荷物これだけやな」と、とあるお客さんが自分で選って固めておいてあるのを指差した時に「はっ!」と思い出した。そのお客さんが「ミニトマト3個置いといてよ」と頼まれたのを思い出した。忘れたことを思い出すときに、思い出そう、思い出そうと、考えている時は思い出せない。思い出そうとするのを忘れたときに「思い出す」んです。皮肉に聞こえるかも知れませんが、身に覚えありますよね?思い出すこと以外にも何か成し遂げたい時に、「○○をする」と思いすぎると上手く行かないことが多い。そういう時は、忘れてしまうことがお奨め。願い事を紙に書きなさいってよく言いますが、「毎日、毎日眺めるのは良くない」願い事が叶うときって、自分の書いた日記や作文を読み返して、「ああ、このとき書いたこと叶ってるやん」というのが、ほとんど。でも書いた本人はとっくに忘れてしまっている。この「忘れてる」というのがポイント。
2004.09.06
昨日の日記を今書いています。昨日の地震書かない訳にはいかないでしょう。巷で今、話題の「ダビンチ・コード」を探しにジュンク堂に行っている最中に地震があった。ジュンク堂に行くと、普段はビジネス書が置いてある3階にいるのだが、楽天日記やメルマガやMLで紹介されている本がたくさん並んでいたが、そんな本には目もくれず、「ダビンチ・コード」を探したが無い。結構売れている本と聞いていたので、違う階の目立つ場所にあるだろうと、ワンフロア降りてみると、ありました。このジュンク堂三宮店をご存知の方はわかるのだが、3階には、壁沿いに座って本が読めるように、小さなベンチ(というより板)が並んでいる。でも、2階には、一部しかベンチが無い。無理やり窓際に座って読んでいると、「ゆさゆさ」揺れるではないか?結構大きな声で「揺れてる」と言ったらしくて、隣にいた嫁さんに怒られた。でも、立ち読みしている人は全く気づいていない。少し離れたベンチに座っている人達はザワザワしたいた。中には、立っている人でも気づいた人がいたみたい。携帯を見ると阪神―巨人戦が中止になっていたから地震の為かなと思ったら、雨だってね。まあ、地震で中止って余程の事が無いとありえないもんね。家に帰ると、マンションのエレベーターが止まっていた。(やっぱり結構揺れていたんや)TVを見ても一向に地震のニュースが無い。11時半のニュースで初めて地震のニュースがあった。すると、起こるんですね。不思議と。12時前に「ゆさゆさ」と横揺れがあって、長い長い。その横揺れがひどくなると、物凄く不安になる。あの震災の時の揺れを思いだすんですね。あの時は仕事中で、同じように横揺れが続いた後に、「ドン!」と地面に叩きつけられましたからね。一生のトラウマになるんでしょうね。これだけは。
2004.09.05
非常に楽になりましたね。今朝、自分が思考の世界にどっぷり漬かっていたことがわかりました。気持ちは楽になった反面、仕事は忙しいというか「ややこしい」土曜日は土曜日しか来られないお客さんが、いらっしゃって、他の店が一服つきだす9時以降に忙しくなる。その為に遠方のお客さんの荷物を積み残して、配達してくれとの電話があった。「帰るの遅くなるわ」と思っていたら、珍しく叔父が「昼からのワシの配達で間に合うか?」と言ってくれた。気持ちが楽になっている分、現実も変わっている。前にお客さんの所に配達に行った際、話していて「○○さん(叔父の事)好きな人、市場に居るか?」と聞かれたのをふっと思い出した。ああ、これも私の言葉(気持ち)やったんやなと気がついた。この日記を読んで頂いているみなさんのクラス、職場にも1人は「嫌われ者」がいると思います。特に自分が嫌いな人について、みんなが「嫌い」と思っていること多いと思います。「やっぱり、みんな、あの人のこと嫌っているんや」と思うのが普通ですね。でもね。本当は違うんです。「あの人を嫌い」と言っているみんなは、あなたの心情を代弁しているだけです。(何かメルマガ調の文章になってきた)嫌われ者は「あなた」が作っているんです。(うーん。完璧に「マト謎」や!)ここに気づいた瞬間に少し現実が変わっていますよ。(絶対、Marvinが保証します。)このことは、前から頭の隅にあったのに、腑に落ちたというか、思い出したというのか、気づきました。さーて、これから御飯食べて「バイオハザード」見ながら「マト謎」書こうっと。【追記】昨日、パソコンにCDから録音する事に熱中していてドラマ「せかちゅー」見るのを忘れていて気づいたのが10時45分。急いでTVをつけると空港での2人のシーン。「朔ちゃん。あの世なんか無いよね」「天国も無いよね」「ここ、ここ」「ここが天国だもん」この台詞良かったですね。思わず涙してしまいました。このシーン、見逃さなかっただけで意味ありますよ。現実が天国と気づけるように、実感できるようになりたいですね。このシーン見れた自分に感謝。
2004.09.04
昨日、一昨日の「キレた」事件。私の中で解決を見ました。まあ、いいかげん、自分の役割を果たさなければいけない時期が来たことを受け入れなければいけないのかなと思いました。読まれたみなさんは、「何のこっちゃ」ですが、これは思い切りプライベートな事でここでは、書けません。日記を後に読み返すときに、「ああ、この日にこんな事思ったのか」という備忘録のため。ここから本題。とあるMLで、「幸せとは」というスレッドがありまして感じたことを書きます。「幸せ」ってそれぞれの人が、「幸せ」だと思った瞬間が、「幸せ」なんだ。ある人はオリンピックで日本人選手がメダルを取った瞬間に自分の事のように喜び、私なんて「茶豆」がおいしくて辞められない時とか、お風呂で湯船につかって、「気持ちいい」ってなる時、他人から見ればどうってこと無い瞬間でもその人にとっては幸せだったら、それは幸せ。お金があるから幸せ。健康だから幸せ。と、幸せに条件をつければ、前提条件が覆ったときには、幸せではなくなる。そして、前提条件が覆る不安を常に抱く。もう、その時点で幸せではない。人を好きになるときでもそう。好きになるのに理由は無い。「高学歴だから好き」「高収入だから好き」同じように、勤めていた会社からリストラされた、経営していた会社が潰れたから嫌いになるの?幸せに理由をつけた時点でそれは幸せでないと思う。幸せに理由は無いのだ。幸せと感じた瞬間が幸せ。
2004.09.03
実は昨日、書いた日記には続きがあって、仕事の帰りに知り合いから電話があり、叔父から受けたトラブルが抜き差しならない状態にまでなっていることを聞いた。少し前に叔父にキレられた時に聞いた言い分とは全然違う話。これは仕返しどころか、店から追い出すこともできるネタ。でも、その事を望んでいたのに、いざ手に入れると使うのに迷うんですね。今朝もこちらが何も言わなくてもトマトをぱっくしてるしね。「少しくらい可愛げあるやん」と思ってしまうし。手に入れたネタも今日の所は様子を見ようと思った。今日は何か疲れていたのか、家に帰ってから11時まで爆睡してしまった。で、TVをつけると「キレない子供にするために」「セカンドステップ」という取り組みを特集していた。自分がキレた翌日にこういう番組みてしまうんですよね。おもしろいね。子供がよくキレる。なくならない「いじめ問題」の解決のためにアメリカで始まったプログラムらしい。まずは、子供に感情を教える。次に感情のコントロールする技術を教える。という手順でおこなわれる。昨日、自分でキレたからわかるけど、「キレる」というのは、普段から蓄積された怒りとか不満を我慢している、言い換えれば表現が下手って言う事だと思う。昨日も書いたけど、「キレる」ことで自分の感情、その内側もわかるし、思い切り怒ると、今日みたいに怒りも半減しているし、感情をコントロールするのは、どうかなと思う。感情を押さえ込むより、その感情と向き合って、自分の中に受け入れることのほうが良策だと思う。小さい時から親から虐待を受けていた子が出演していた。ある施設に彼はいるのだが、そこの用務員の女性の方の手を離さない。彼は愛情に飢えているんですね。その施設に入った当時は彼は、反抗的で常に辺りをにらんでいて、最終的には暴力に訴える。そこで「セカンドステップ」を学んで彼が変わった。友人と遊ぶことが楽しいと感じるようになった。怒りを自分の中に感じたときは好きなことをすると収まるらしい。それを聞いていて、感情を理性でコントロールできない子供を普通の大人にするだけの話。ストレスを感じたら憂さ晴らしすることでしょ。これって。根本的な解決には至っていないんじゃない?怒りから逃げているだけ。きっちり向き合っていない。怒る時は思い切り怒ればいいんじゃない。キレルことが良くないって大人が思っているからだろうね。感情を抑えることばかりしてると人間じゃなくなるよ。実際に感じれなくなっている大人が一杯いるんだから。感じるってことは人間の特権なんだから。体験して感じる為に地球に生まれてきてるのに。【追記】私は感じる事が出来ないって思っている方に良い方法を教えます。「私は感じない」って感じてみてください。
2004.09.02
今日は久しぶりに「キレテ」しまった・・・。こんなことではいけないのだが・・・。一緒に働いている叔父。昨日も締め日で、請求書をしなければいけないのに、1時間もあれば帰ってこれる配達から3時間以上帰ってこないで、何かごちゃごちゃやっている。昨日はいつものことで、別にこのことについて腹が立ったりしなかった。「月末は忙しいわなあ」と嫌味なこと言っていたくらいで。今朝は三度豆700本数えなくてはいけなくて、トマトのパックや他の品物を揃える暇がないのだが、叔父は自分の仕事が終わると、新聞読んだりしていて、何も用意しない。まあ、それを口で言えば、それまでなのだが、普段仕事していないことを自覚すれば、1から10まで言わなくてもわかるやろうと、そのままにしておいた。(まあ、今から思えば、これも自分が仕事をしているというエゴの裏を叔父が「演じている」のだが)三度豆も数えるのも途中でセリに出かけた。水曜で暇だろうと思っていたが、セリから帰ってくるとお客さんが、たくさんいらっしゃっていて、「キャベツ無いよ」「トマト無いよ」「にんじん無いよ」と無いものだらけ。叔母が伝票を書いているので、動けるのは私だけ。私は走りまわされて、自分の仕事も何も出来ない。そこで、見えた「ぼー」と突っ立っている叔父を見て、「こらー、トマトパックせんかいやあ!!!」とお客さんの居る前で「キレテ」しまった。(恥ずかしい)普段から、ここには書けないほどのトラブルを起こし、他人に迷惑かけっぱなしなのに、自覚は無い、責任は取らない、全部他人のせいにする。ととんでもなく嫌い。この「自覚は無い」「責任はとらない」「全部他人のせいにする」も自分の事とは、わかっているのだが、ねえ・・・。叔父以外の人なら受け入れるんだが、この人だけはねえ・・・。あまりにも酷すぎて、受け入れる前に「吐き気がするほど」嫌いという感情が先に走ってしまって・・・。>other-selfさん、会った時に聞いてね。「キレテ」しまったことはいけないことなんだが、「キレル」ことでわかったことがある。自分の怒りの原因だ。会社をクビになるほどの事を起こしながら、本人に自覚は無く、いまだに同じ事を繰り返し、仕事はしない、それに対するペナルティーは無いのに、私より給料が遥かに多い。これなんだね。結局のところ。店を辞めたいと思うのもこれが主因。ようやく自分で納得する理由がわかった。怒りを抑えるのが偉いわけでなく、(大人は怒ってはいけないって思っていない?)感情を出す時は、出さなければいけないんだね。
2004.09.01
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