全12件 (12件中 1-12件目)
1
![]()
26日、文化放送メディアプラスホールにて「歌謡曲だよ、人生は」を鑑賞した。 このホールに来るのは、この日がはじめて。まず2階のエントランスに整列して、10人単位くらいにエレベーターで上階のホールに行くのだが、この入場方法がアバウトで、先に並んでもエレベーターに載る時は順番に奥に追いやられ、降りる時は後から並んだ人が先に入場と言う不条理を味わう。ホールは可動式のミーティングチェアが150席並んだホールで、映写室からは物凄い音で映写機の音が漏れてくる、映画を見るには厳しい環境。 映画の話 昭和を代表する歌謡曲をモチーフに、11人の個性豊かな監督たちが大胆な発想で撮りあげた短編オムニバス。 この作品は12曲の歌謡曲を、各監督が個性豊かに料理されているので、1曲づつ順番に一言レビューを書いてゆきます。 オープニングは「ダンシング・セブンティーン」に乗せて高円寺の老若男女が踊る映像。 「僕は泣いちっち」 昭和の香り漂う、暗めの作品。 「これが青春だ」 今流行のエアギターをモチーフにしたコメディ。 「小指の想い出」 大杉蓮主演のSF? 「ラブユー東京」 原始時代から時空を超えたコメディ。 「女のみち」 本作で唯一、オリジナルシンガーの宮史郎が主演をつとめた銭湯を舞台にしたコメディ。 「ざんげの値打ちもない」 余貴美子主演の訳あり女の情念の話。どこか石井隆監督の「名美」のキャラクターを思い出してしまった。 「いとしのマックス/マックス・ア・ゴーゴー」 漫画家の蛭子能収が内に秘めたヴァイオレンスを炸裂させたシュールな怪作。 「乙女のワルツ」 ザ・ゴールデン・カップスのマモル・マヌーを主演に、グループサウンズの郷愁漂う愛の話。ドラマの中で難病を告知する医者の役を鈴木ヒロミツが演じていて運命の皮肉を感じた。 「逢いたくて逢いたくて」 「ウォーター・ボーイズ」の矢口史靖監督、妻夫木聡主演の五郎丸さんを巡るコメディ。 「みんな夢の中」 高橋恵子主演のファンタジー。この作品にも鈴木ヒロミツが出演、大分声がかすれて弱いのが気になった。 「東京ラプソティー」 本編が終わり、帰っては駄目です。おまけ付き映像のように田口浩正が運転するバスに瀬戸朝香のバスガイドに導かれ、現代の東京名所めぐりの映像。 私の見た試写会では映画が終わったと思って20人くらいのお客さんが、この映像を見ないで帰っちゃいましたので注意が必要。 映画の感想 どの曲も一度は耳にした事のある昭和歌謡の名曲を、5分から10分くらいの短編になっているので、どの作品も飽きる事なく楽しめた。ただ、やはり短い時間で話を起承転結にするのは難しく、中途半端な印象を持った作品も多数あった。 そんな中印象に残ったのは、原始時代から時空を飛んだつながりを描いた「ラブユー東京」と、オリジナルシンガーの宮史郎が主演を勤めた「女のみち」宮の強面を活かし刺青の入れたヤクザ役を好演していて、試写会場からも終始笑いが上がっていた。それと余貴美子主演の「ざんげの値打ちもない」じっとりとした女の情念が画面から感じられた異色作。その中でも一番のダークホースは蛭子さんの「いとしのマックス」蛭子さんの中から、こんな熱いヴァイオレンスが生まれてくるとは驚きである。出演者も、最近ではバラエティのイメージが強い武田真治が、これまたバラエティ界から長井秀和、インリン・オブ・ジョイトイ、矢沢心を相手に大暴れのスプラッターテイストの作品で蛭子さんの漫画のカットも挿入された異色作だ。この映画は全編一貫してドラマが終わった後に一遍ずつ暗転して曲名と監督の名前が入るのだが、私の見た試写会では蛭子さんの名前が出た後笑いが起きた、凄いぞ蛭子さん! そして最後に、本作で2本のドラマに出演して今年亡くなった鈴木ヒロミツさんのご冥福をお祈りいたします。
2007.04.30
コメント(4)
![]()
24日、109シネマズ川崎シアター7にて「ハンニバル・ライジング」を鑑賞した。 客入りが悲惨の一言、このシネコンで一番大きい569席の劇場に、私を含めて20人も入っていない。川崎にはチネチッタ、TOHOシネマズと3館のシネコンがあり、本作は全てのシネコンで上映されているが、公開4日目、平日の昼間なのかもしれないが、これは酷い。 映画の話 1944年のリトアニア。名門貴族の家系に生まれたハンニバルは戦争の悲劇により両親を失う。幼い妹ミーシャを連れて山小屋で生活を始めたハンニバルだったが、逃亡兵たちがやって来て2人を監禁。そこでのある出来事を経て孤児院に送られ、成長したハンニバル(ギャスパー・ウリエル)は、やがて逃亡兵たちへの復しゅうを誓う。 シリーズ4作目にしてレクター博士の生い立ちが描かれる本作。予備知識は殆ど無くまっさら状態で鑑賞したのだが、オープニングに結構お金の掛かった戦争シーンが用意されていてビックリである。少し脱色気味の画面に少年時代のレクターが描かれるのだが、家族が「ハンニバル」と名前を呼んでいて違和感を感じる、確か昔は人肉食いのカニバルからハニバル・レクターだった気がしたけど、いつのまに「ハンニバル」に統一され、まさか本名までが「ハンニバル」だったとは勉強不足だった。 そして少年レクターのトラウマ&人格形成に多大な影響となる事件があり、寄宿生活から脱走、そして叔父のいるパリに身を寄せるのだが、本作の主人公になる青年時代のレクターを演じるのが「ロング・エンゲージメント」のギャスパー・ウリエル顔立ちが細面の美青年で、晩年のレクターを演じるアンソニー・ホプキンスとの顔立ちのギャップが激しい。シリーズ物であるのなら、もう少し気を使ってホプキンス似の四角い顔の青年を選択して欲しかった。 パリの叔父の家には、叔父の姿は無く、叔父の妻であるレディー・ムラサキという日本人女性が住んでいた。演じるのは何故か中国の女優コン・リー。どうも外国の人は「SAYURI」もそうだったけど、日本人と中国人の区別が付かないようで、日本人からしてみれば面白くない。 そしてレクターは彼女の影響で日本文化に影響を受けるだが、その後のシリーズで全然そんな事描かれていないだけに、違和感がプンプンである。 映画の後半は、研修医となったレクターが自分のトラウマになった事件に関係した戦犯者たちに復讐という、西部劇か『マッドマックス』ばりの展開になると言う安直な展開に唖然となる。 映画の感想 これはちょっと違うな。まずレクターのトラウマとなった事件がフラッシュバック形式に小出しに描かれるのにイライラする。ここは映画の中で一番大事シーンなのだからジックリ描かなければ駄目だ。検閲の問題もあるかもしれないが、この映画の要をあんな形で描いたら観客は納得しないぞ。そこが無いからレクターかカニバリズムに走るキッカケが曖昧で説得力がなくなってしまうのだ。 そして日本の文化に触れたレクターが復讐に戦犯者たちの死体から首を切り、さらし首にする姿を見ていると、神戸で起きた酒鬼薔薇事件と酷似していて不気味だった。 とにかく本作は、タイトルと役名が「ハンニバル」と付かなかったら全然別の映画としてみる事が出来てしまう映画で、シリーズらしい醍醐味が感じられなかった。改めてアンソニー・ホプキンスの存在があって初めて「ハンニバル』なんだと実感させられた。 そしてエンドクレジットを見て、本作の原作と脚本がトマス・ハリスだったと知り愕然とした。何故、トマス・ハリスはこんな話を作ってしまったのだろう。 しかし驚きはまだ続く、音楽を担当した一人が日本の作曲家梅林茂だった事。多分、作品に日本のテイストを入れる為の起用だと思うのだが、日本の作曲家がハリウッドの大作で音楽を担当する時代が来たことに拍手を送りたい。 それにしても、長年のレクター博士のファンとしては不満の残る作品であった。 映画『ハンニバル・ライジング』の関連商品はこちらをクリック。
2007.04.25
コメント(6)
![]()
3月下旬、京橋のメディアボックス試写室にて『キャプティビティ』を鑑賞した。 入場時のチラシによると、今回試写でみるバージョンは初号版で、アメリカで追加撮影と再編集が決定しているとの事。 映画の話 若き美貌のトップモデル、ジェニファーは、時代のファッション・トレンドを象徴するセレブリティ。その彼女がある日突然、何者かに誘拐され、密室に監禁された。犯人の素性や目的はおろか、そこがどこなのかもわからない真っ暗闇の空間に引きずり込まれたジェニファーは、必死に脱出の手段を探っていく。やがて彼女が絶望のどん底でもうひとりの監禁被害者の青年ゲリーと出会い、心を通わせたのも束の間、この謎だらけの監禁事件は想像を絶する事態へとなだれ込んでいく…。 主演は「24-TWENTY FOUR-」のエリシャ・カスバート。驚くのは監督だ、何と「キリングフィールド」『ミッション』で知られる名匠ローランド・ジョフィだ。どのような経緯で白羽の矢が立ったかは不明だがすごい監督をチョイスしたものだ。そして脚本には『悪魔の赤ちゃん』などの”B級映画の巨匠”ラリー・コーエンだ。彼は近年『フォーンブース』『セルラー』の脚本で健在振りを発揮している。撮影には『悪魔のいけにえ』『テキサス・チェーンソー』のダニエル・パール、音楽には『スクリーム』のマルコ・ベラトラミ。ホラーファン感涙のスタッフが集結した米露合作のサスペンス作品だ。 まず、オープニングに何者かが拷問から死に至るシークウェンスがショッキングだ。そして本作の主人公のジェニファーが密室に監禁されるのだが、密室にはジェニファーの愛用品が自宅より移植されてポスターや部屋から見える風景が再現されているのが面白いのだが、ここから先がありきたりの展開になって行ってしまう。展開的には「SAW」や「CUBE」に近い印象だ。この作品を作るにあたって監督のローランド・ジョフィはこの手の作品を研究をしたらしいのだが、先人の作ってきた作品を超えることは出来ていない。まず、キャスティングを見ただけで犯人は判ってしまうのが難点。そして犯人に魅力が無いこと『羊たちの沈黙』のレクター博士や『SAW』のジグソウなど魅力的な犯人が出てくると映画が面白くなる。しかし本作は中盤あたりで犯人も判り「やっぱりね、判ってたよ。」って感じガックリである。 映画の感想 こりゃ駄目だ。期待しすぎたのが悪かったのか、見え見えの展開と先人の手垢をぬぐうことは出来ていない。撮影に関しては犯人目線などますまずなのだけれど、音楽のマルコ・ベラトラミがやってしまった。ジョン・カーペーンターの『ハロウィン』とそっくりな曲を書いてしまった、もしかしたら、編集段階で仮曲として『ハロウィン』が使われていたかもしれないけど、これは駄目です。そして脚本のラリー・コーエン、設定など面白かったけど、もう一ひねりを加えて欲しかった。そして何よりも駄目なのはローランド・ジョフィだ。演出は手堅いのだが、監督らしいダイナミックな演出を期待したのだが、こじんまりとチマコマした印象を受けた。これでは映画会社からリテイクを出されるのは納得だ。この映画で一番ショッキングだったのがオープニングというのは悲劇としか言いようが無い。 映画「キャプティビティ」の関連商品はこちらをクリック。
2007.04.15
コメント(2)
![]()
3月中旬、日比谷の東宝試写室にて『クィーン』を鑑賞した。 映画の話 クィーン<スペシャルエディション> / ヘレン・ミレン 1997年8月、パリでダイアナが交通事故に遭い、帰らぬ人になった。王家においてダイアナはいつも頭痛の種で、民間人となっていたダイアナの死は本来関係のないことであった。女王はコメントを避けるが、ダイアナを称える国民の声は次第に高まっていく。やがてダイアナの死を無視し続ける女王に、国民の非難が寄せられるようになる。若き首相ブレアは、国民と王室が離れていくことに危機を感じ、その和解に力を注いでいく。 ダイアナが事故にあった日は今でも覚えている、日曜日の昼、NHKの『のど自慢』を見ていたらニュース速報のテロップが流れ、初めは怪我だったのが、どんどん時間が経つにつれて悪い報道に代わっていった。最悪の結果は日本人である私でもショックだったので、イギリスの国民はさぞかしショックは大きかったと心中を察する事である。そんなイギリス国民にとって避けては通れぬ歴史的な出来事を王室側から描いた作品が『クィーン』である。本作は、フィクションなのかノンフィクションなのかは不明であるが、映画に描かれたことに基づいてレビューを書きます。 映画は、首相選出の選挙の朝から始まり、ブレア首相の誕生から就任の報告に王室に迎えられるまでは割りとコミカルに描かれる。 そして運命の日、ダイアナの死によって混乱する王室が描かれるのかと思っていたのだが王室は全く他人事で、ダイアナは死んでまで王室に迷惑をかける厄介者としての扱いである。王室はダイアナの死に対して哀悼の意や声明も発表せず滞在先の城でバーベキューや鹿狩りを楽しむ姿が描かれ、国民から不満の声が膨れ上がっていく、そんな国民の声を代弁するかのようにブレアが女王を説得してゆく。 映画の感想 この作品のキーポイントはダイアナの死によってエリザベス女王の心の変化を描いた作品で、女王が側近や近親者の前で見せない顔を現すのが、森に突如現れた鹿に対してだ。 最初、鹿はセリフの中で「森に鹿が出たらしい。」から、実際に鹿狩りに繰り出す王室の人々、鹿の登場の仕方も一番初めはハンターの手の届かない小高い山の向う側にいる姿を空撮で捉え、次の鹿の登場は森の中で車の故障で立ち往生して、一人涙を見せる女王の前に突然現れ、遠くから聞こえる狩猟犬の声を聞いた女王が鹿に対して『早くお逃げなさい」と手で追い払うしぐさをした直後、鹿は忽然と姿を消す。最後に鹿が現れるのは、小屋の中でハンターに仕留められたらしく逆さ吊りの姿が映し出される、首は剥製にされるのか切り落とされている。その姿を見た女王は『苦しまずに死ねていればいいのに。」と呟く。 この流れを見てゆくと監督は、鹿狩りを比喩的に使いダイアナの死に対する気持ちを女王に吐露させたのではないだろうか?ハンターの様なパパラッチに周到に付け狙われ事故死したダイアナの姿を鹿の姿を通して描いているように感じた。 映画は再現ドラマを中心に、随所に生前のダイアナの姿と事故後のロンドンの実写映像が挿入されるのだけれど、当時の国民の姿を映像で見ていると胸が締め付けられるに対して、ドラマに対しては再現ドラマと言う考え念頭にあるせいか冷静に見てしまう。この辺がドキュメントと再現ドラマの境界線の限界を感じた。 映画『クィーン』の関連商品とスティーヴン・フリアーズ監督作品のDVDはこちらをクリック。
2007.04.15
コメント(3)
![]()
13日、内幸町のワーナーブラザース試写室にて『ラブソングができるまで』を鑑賞した。 今回の主権はHMV。この数ヶ月、私も数々の試写室に通ってきたが、こんな立派な試写室は初めてだ。客席数は60席ほどたがスタジアム形式でスクリーンも大きい、椅子もワーナーマイカルと同じ椅子と思われるが試写室は飲食禁止なのでカップホルダーが無い。ちょっとした中規模のシネコンの小屋と同程度の試写室。但し、空調の音が気になる。 客入りは30名ほどで男は3名、後は全て女性。 映画の話 すっかり人気のなくなった80年代のポップスター、アレックス(ヒュー・グラント)。そんな彼のもとに、人気絶頂の歌姫からデュエット曲の作曲と収録のオファーが舞い込む。絶好のカムバック・チャンスを得るアレックスだったが、彼に作詞の経験はない。そこで、彼は作家志望のソフィー(ドリュー・バリモア)を巻き込むことに。 最近、軽いタッチのラブコメ作品に出演し続けているヒュー・グラントとドリュー・バリモアの初競演作。ヒュー・グラントも年のせいか、顔に細かい皺が目立つ、時々、寺島進に見えてしまうのは気のせい? ヒュー・グラントの役の設定が80年代に活躍した”POP”という人気グループのメンバーという役なので、随所に80年代の音楽話が出てきて、その時代を生きてきた私としてはニヤニヤしっぱなしで、アレックスが尊敬するアーティストが、ビートルズ、ボブ・ディラン、スティービー・ワンダー、スモーキー・ロビンソンだったり、テレビの番組で80年代スターの対決番組の出演者が名前だけだけど、ティファニーVSデビー・ギブソン、アダム・アンツ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドなど懐かしい名前が沢山出てくる。映画の中に使われる楽曲も80年代のテイストを旨く汲み取った曲が流れワムのジョージ・マイケル風の物から、オープニングの”POP”のプロモーションビデオなんか、昔見たMTVのビデオにそっくりで可笑しい。ビデオの中で使っている楽器も”シモンズ”のエレクトリックドラム、”スタインバーガー”のベース、”ローランドのD-50””ヤマハのDX-7”シンセサイザーなど懐かしい名機も登場。 映画の感想 うん、ボチボチって感じかな。弾け方がイマイチでヒューとドリューの組み合わせも悪くないのだが、ドリューの役をもう少しアクの強い女優(例えば、過去に競演済みのジュリア・ロバーツ、サンドラ・ブロック)だったらもっと面白かったかも。音楽業界の話なので、その時代のバックボーンを知っていればいるほど楽しめる作品である。 カリスマ歌手コーラを演じたヘイリー・ベネットが面白く、普段は殆ど無表情なのだが踊りだすとクネクネ動く姿が面白いし、可笑しな宗教観と、とてもカリスマに見えない容姿の不思議な役者。 それから、ヒュー・グラントの腰振りダンスも必見、バラードでも何でも無駄に腰を振っています。 作品的には、デートムービーなのかもしれないけど、80年代をリアルタイムで経験した音楽ファンも必見の作品である。 映画『ラブソングができるまで』の関連商品はこちらをクリック。
2007.04.14
コメント(2)
![]()
12日、シネマート六本木スクリーン1にて『学校の階段』の完成披露試写会に参加した。今回の試写会は試写状1枚に付き1名ということで開場前の入場待ちの列が恐ろしく静か。そして女性アイドルが多数出演と、主演の黒川芽以の舞台挨拶があると言うことで、お客の95%くらいが男という試写会では珍しい光景で、客入りは9割くらい。 舞台挨拶の話 司会の女性に紹介され、監督の佐々木浩久と主演の黒川芽以の登場。黒川は白のVネックTシャツに黒っぽいパンツ姿。監督と黒川は「ケータイ刑事』のコンビで「ケータイ刑事』の話や、本作の撮影裏話など、フォトセッションと合わせて20分ほどのイベント。 映画の話 天栗浜高校へ転校してきた神庭里美は、何事に対しても真剣に向き合うことにどこか臆病なところがある。転校初日、里美は校内をひたすら全速力で駆け巡り競い合う学校非公認「階段部」のメンバー・泉とぶつかり彼女にケガをさせてしまう。泉を保健室に連れていった里美は、彼女の才能を見抜いた部員のゆうこから代理として強く入部を勧められる。始めは拒否していた里美だったが、仲間たちとの部活動を通じて、「信じることを怖れない」という思いが徐々に芽生え始めた。そんなある日、以前より「階段部」を目の敵にしていた生徒会会長の中村ちづると、部の存続を賭け、校内ラリーで対決することになる。果して勝負の行方は!「階段部」の運命はいかに!? 映画の感想 映画の上映時間が1時間15分でプロジェクター上映、画面全体が黄色みがかりジャギーノイズ&ブロックノイズ出まくりの悪条件。 作品は、かなりこじんまりとした印象。もっと弾けた作品を期待したのだが、意外とおとなしめの作品である。劇中に2度黒川の歌に合わせたイメージビデオみたいなものが入るのは頂けない。本作はビデオ撮りの作品なのに、この歌のシーンはワザワザフィルムの傷を入れる念の入れようで黒川のファン以外の者が見ると白けてしまう。登場人物が表面的で背景もあまり見えてこない。『階段部』と対立する生徒会の図式が、大林宣彦監督の「ねらわれた学園」に似ていて、オペレーション室の軍服姿の生徒会委員を見ていてそう思った。 それから佐々木監督の常連俳優の三輪ひとみが乳母車を押した主婦役でチョコットだけ出演しているのだけれど、後半に大事な役目なのに棒立ちと言う酷い役で監督の演出に疑問を感じる。 作品が全体的にテレビ的で映画館で見る醍醐味が感じられないのが残念であった。あまり使いたくない言葉だが『ビデオで見れば十分の作品である。」客の反応も著しく悪く、私の席の後方からイビキをかく不届き者が二人いた。 映画『学校の階段』の関連商品はこちらをクリック。
2007.04.13
コメント(0)
11日、北の丸公園内のサイエンスホールにて『明日、君がいない』を鑑賞した。 入場時に入り口に『シークレットトークショーあり」との張り紙が張ってあり期待する。客入りは当日は雨と、作品の知名度の為か7割ほどで空席が目立つ。 シークレットトークショーの話 まず司会の伊藤さとりの登場、最近は彼女をよく拝見する。そしてシークレットゲストの紹介『元祖ブログの女王といえば・・・。』観客『わぁー』とザワツク。司会『真鍋かをりさんでーす。』ゲストの真鍋かをりの登場、白のスーツに黒のキャミソール姿で、背がすらりと高く手足が長いが丸い顔が大きい。真鍋いわく本作を見ると『見た後はガックリと落ち込みます。」との事。その他、芸能界のいじめ話など、フォトセッションなど20分のイベントが終了、真鍋が見れただけで今日は試写会に来てよかった。 映画の話 さわやかな風が吹き抜け、生徒たちの声でにぎやかな教室、廊下、グラウンド。あるハイスクールの見慣れた朝の光景に、今日もいつもと変わらない平凡な1日を過ごすかに見えた6人の高校生たち。しかし、時間の経過とともに彼ら一人ひとりが悩みや問題を抱え、誰にも言えないまま押し潰されそうになっている現実が次第に明らかになっていく。そして、やがて午後2時37分ちょうどに起こる悲劇。はたして自ら命を絶とうとしたのは誰なのか、そしてその理由は何だったのか…。 映画の感想 うーん、確かに真鍋が言ったとおりガックリと落ち込む作品であるが見るべき点も多々ある。映画は最悪の悲劇から、その日の朝に戻る構成で、6人の高校生のそれぞれのエピソードが時間軸をずらしながら交差させている所が感心したのと、随所に入る白黒のインタビュー映像が話を膨らませている。HD撮影の映像が何ともリアリティがあり見ていて窒息感を感じる。オーストラリアと言うと開放的で自由なイメージを持っていたのだが、この映画の高校生達が思い悩む姿が意外で、一人一人が自分だけが悩んでいると考えているが、その受け止め方もバラバラで他人の事は考えていないのが良くわかる。その悩みもかなりディープで、近親相姦、同性愛、失禁症など人には言えない悩みに苦しむ姿が描かれている。生徒たちが独りで悩みを見つめ合う場所が、学校というオープンスペースの中で唯一独りになれるパーソナルスペースがトイレというのもまたリアル。それにしてもオーストラリアの高校生は服装も自由で昼間っから校内や校庭など所かまわず男女がブチュブチュとキスをしているのはどうなんだ?ストーリーの性質上なのかもしれないけど、彼ら彼女らは羞恥心と言うものが無いようだ。まぁ最終的な結論から書くと『自分の事だけ考えず、他人に対して思いやろう。」と言う話だったように感じた。原題は『2:37』、若干19歳の監督が作った作品なのだが、かなりクオリティは高い。 映画『明日、君がいない』の関連商品はこちらをクリック。
2007.04.13
コメント(0)
![]()
東映本社試写室にて『大帝の剣』を鑑賞した。 映画の話 ときは江戸。驚異の力を秘める地球外金属「オリハルコン」から作られた三種の神器のひとつ“大帝の剣”を背負い旅をする大男の源九郎。彼は亡き祖父から「三種の神器を全て集め本来持つべき者に届けよ」という遺言を受けていた。途中、豊臣の生き残りである姫・舞と佐助に出会い共に旅を続ける源九郎だが、神器を狙う宇宙人と妖怪忍者軍団・土蜘蛛衆が彼らの前に立ちはだかる。 夢枕獏の原作を堤幸彦が監督、主演は阿部寛。「TRICK」の監督と主演のコンビで製作されたハイパーSF時代劇とでも呼ぶべきか。映画は、江守徹の重厚なナレーションで映画の舞台背景が語られるが言っている事はハチャメチャ。そしてオープニングから『スターウォーズ』ばりの宇宙船どおしの戦いに続き、舞台は江戸になり阿部寛演じる万減九朗(よろずげんくろう)の登場。三種の神器の一つの大剣を背負った大男という阿部寛の体格を最大限生かした役どころだ。とにかく設定が無茶苦茶で、回想シーンで減九朗の少年時代が出てくるのだが、お父さんは黒人で少年時代の減九朗は黒人と日本人のハーフの男の子と思われる少年が演じていて、現在の姿が阿部寛である。それにしても、阿部寛という役者はここ何年で目覚しく大成したものだ。私が始めて映画で阿部寛を見たのは、1987年の南野陽子主演の「はいからさんが通る」だ。ヒロインの相手役で「デカイだけで役者としては大成しないな。」と言う印象だったのだが、「TRICK」辺りからメキメキと力を付けて、「はいからさんが通る」から丁度20年目で同じ東映作品で堂々主演であり、阿部寛本人も感無量であるに違いない。 減九朗は、宇宙人に乗り移られたら舞姫と、その世話役の佐助と共にオリハルコンを求めて旅をするのだが、その前に立ちは下がるのは徳川から指令された怪人集団【土蜘蛛衆】だった。 この土蜘蛛衆の大親分の破顔坊を演じるのは竹内力だ。素顔で出てくるのは、ホンの一瞬で後は顔全体をマスクを被り、本人の顔は目と口だけのなのにマスクの顔が竹内力だと直ぐに判るのが凄い。それにしても竹内力も面白い役者人生を歩んだ男だ。1986年の大林宣彦監督の『彼のオートバイ、彼女の島』で二枚目スターとしてデビューしたはずだったのに、いつの間にか”Vシネの帝王”を君臨し、ヤクザ物からコメディ迄こなす個性派俳優と変貌していた。そんな阿部と竹内、二人とも1964年生まれで、デビューもほぼ同時期、違う道を歩みながら(私の記憶が正しければ)初共演で初対決、これだけでも見る価値ありの作品だ。 映画の感想 うーん、かなり微妙。かなりスケールの大きい話なのに、そんな事を微塵も感じさせない映画で、いちおう笑いのシーンも数々用意されているのだが、大爆笑と言うのは無かった。クスクス笑い止まりである。これは見る人の主観によって変わるのかもしれないが、堤監督作品に共通していえる事で堤監督ファンの方々は、そこがまた良いのかもしれない。映画は支離滅裂で話も判った様な判らないような話なので、出てくる映像を楽しむべき作品であり、宇宙人に寄生されたマタギを演じた遠藤憲一が怪人のメイクと「あららら」と言うセリフだけだったり、六平直政も凄いメイクに変な奇声をあげる役だったり、杉本彩と阿部寛の温泉での素っ裸の一騎打ちなど奇想天外な映像のオンパレードである。 時が経ち、何時か近い未来に同じ東映作品の「宇宙からのメッセージ」みたいにカルト作品として語り継がれる作品なのかもしれない。 映画「大帝の剣」の関連商品はコチラをクリック。
2007.04.08
コメント(2)
![]()
築地のソニーピクチャーズ試写室レッドにて「オール・ザ・キングスメン」を鑑賞した。 映画の話 新聞記者ジャックは、下級役人のウィリーが告発した学校の欠陥工事を記事にする。それを機に一躍、英雄となったウィリーはジャックの後押しもあり知事選挙に勝利。しかし5年後、彼自身が汚職や愛人におぼれていた。 映画は、闇夜を走る一台の車が映し出され、重奏なジェームズ・ホーナーの音楽で始まるのだが、このカット割りと音楽がマーティン・スコセツシ監督の『タクシードライバー』のオープニングに似ている。多分、編集段階で仮の音楽として『タクシードライバー』の音楽が使われていて似てしまったのだろ。まぁ、その辺は目を瞑り。車の中にはショーン・ペンとジュード・ロウ、そして運転するのは何と『がんばれ!ベアーズ』シリーズのジャッキー・アール・ヘイリーではないか!彼は20年ぶりの銀幕復帰だそうだ。車はただならぬ雰囲気で何処かへ向かっている・・・。そして話は過去に戻る。 映画は、下級役員のウィリーが知事選の対抗馬として担ぎだされ、自分が知事選で他の候補の当て馬だった事を知り、通り一遍の演説が怒りの込めた演説スタイルに変わってゆくウィリーの姿が映し出されてゆくのだが、ウィリーを演じたショーン・ペンが旨い。初めはしがない役員が、怒りに満ちた男に変貌してゆく人物を大熱演である。ところで、私は個人的に最近のショーン・ペンの表情や立ち振る舞いが全盛期のロバート・デニーロに似てきていると感じる。『俺たちは天使じゃない』でデニーロと共演して感化されてしまったのだろうか?正にミニ・デニーロである。 それと相反して、ジュード・ロウ演じるジャックは、上流階級出身の新聞記者と言うことで落ち着いた抑えた演技で応えている。 映画は、知事になり地位と名誉と権力を身につけたウィリーが理想に燃えた知事から、金と愛人と汚職にまみれた知事に変貌してゆく姿が描かれる。 映画の感想 まず豪華なキャスティングなのだが、ジュード・ロウの初恋の相手がケイト・ウィンスレットと言うのは頂けない。先に見た『ホリデイ』では兄妹だった二人が恋愛関係というのは見ていて居心地のいいものではない。そしてアンソニー・ホプキンス、この何ヶ月で『世界最速のインディアン』『ボビー』と立て続けに3本も彼の出演作を見てきて、段々ホプキンスの鮮度が落ちているように感じた。 映画は権力を持った男の悲劇として捉えるのだが、本作のオリジナル版が1949年で私は未見だが50年以上も前の作品であるのだが、今現在も通じる話で、何処の国も権力を持った人間のやる事は同じで、人間と言うのはつくづく学習をが出来ない生き物である。作品は、知事の地位と権力の象徴として絵作りに高低差を旨く使い、人間の二面性を表すが如く陰影の強い絵作りをしている。 映画『オール・ザ・キングスメン』の関連商品はコチラをクリック。
2007.04.08
コメント(0)
![]()
「masalaの辛口映画館」のアクセスが20000件を突破しました。いつも訪問して頂いている皆様に感謝を申し上げます。 4日、新宿の厚生年金会館にて「ブラッド・ダイヤモンド」を試写会にて鑑賞した。客入りは上々1階席は、ほぼ満席。さすがディカプリオ主演作。 映画の話ブラッド・ダイヤモンド 地中から掘り起こされ、人の手に触れたとたん、そこに群がる人間のあらゆる感情を吸い込むかのようにうごめきだすダイヤモンドという貴石。3人の男女を引き寄せたのは、めったに産出されることはないという巨大なピンク・ダイヤモンド。彼らはそのダイヤに、それぞれ別の輝きを見た―。 『ディパーテッド』に続いてのディカプリオの最新作、監督が『ラストサムライ』のエドワード・ズウィックと言うことで見る前から期待をしていた作品である。 ただ、チラシを見ると地味な印象を受けていたのだが、映画はオープニングから凄まじいシーンから始まる。反政府軍のRUFが村人を無差別にマシンガンで撃ち殺していく、そして生き残った人々を捕まえ、ダイヤの採掘に使える人物を選別する、使えない人物は腕をひじから先をぶった切ると言うショッキングシーンで幕を開ける。 その生き残りの漁師ソロモンが巨大なピンクのダイヤを採掘した事により、ダイヤを売買して資金源にしているRUFと、ダイヤの密売屋のアーチゃー、ダイヤの密売のスクープを狙うジャーナリストのマディー、更に軍まで絡み壮絶なダイヤの奪い合いが描かれる。 とにかく大掛かりなアクションシーンに度肝を抜かれた。軍と反政府軍RUFとの市街戦に巻き込まれたソロモンとアーチゃーが逃げ惑うシーンを見ていたら、スピルバーグ監督の『宇宙戦争』のオープニングの地中から現れた戦闘マシーンが次から次へと人々を殺傷していくシーンを思い出した。主人公だけが生き残り周りの人間はバタバタと死んでいく。この映画のディカプリオは元傭兵と言うことで数々の切れの良いガンアクションを見せている。それにしても最近のディカプリオは癖のある役を旨く演じている。そしてハリウッドの黒人俳優の中でも指折りのジャイモン・フンスーが家族離れ離れにされた父親役を繊細に力強く演じている。ただ唯一マディーを演じたジェニファー・コネリーが綺麗すぎて戦地のジャーナリストに見えないのが難点に感じた。それから『ハムナプトラ』のイムナホテップを演じたアーノルド・ボスローが軍の大佐役て゜好演。 映画の感想 今年に入りアフリカを舞台にした映画を多く見せられている、『ルワンダの涙』『ラストキング・オブ・スコットランド』そして本作と3本もアフリカを舞台にした映画を見てきた。どの作品にも共通なのは、乾ききったアフリカの大地に無数の人間の血が流された事。直接、人間が無差別に殺されるのは『ルワンダの涙』に近いが、『ルワンダの涙』はナタとこん棒で人を殺していたが、本作はピストルやマシンガンやライフルで殺される、そしてアクションはかなり派手なのたがドラマがいささか弱い気がした。RUFに連れさらわれ少年兵になったソロモンの息子ディアの心変わりを丁寧に描いて欲しかったが、割とサラリと描かれてしまうのと、アーチャーとマディーの恋が映画の中で余計に感じた。 しかし、アフリカの狂気と混乱をズウィック監督は旨く描けていたし、怒号のアクションシーンは見るものがある。そしてディカプリオとジャイモンの演技はリアリティが有り素晴らしい。デート映画としては不向きであるが、大画面で見るべき作品であるので劇場での鑑賞をお勧めしたい。 映画「ブラッド・ダイヤモンド」の関連作品はコチラをクリック。
2007.04.06
コメント(4)
![]()
27日、北の丸公園内の科学技術館サイエンスホールにて「リンガー!替え玉★選手権」を鑑賞した。客入りは開場直後は50人ほどで、コレャダメかなっと思っていたが、なんとか開映直前くらいで6~7割くらいの客入りとなった。 映画の話 平凡なデスクワークの日々を送るスティーヴ・バーカー(ジョニー・ノックスヴィル)は、ある日、意を決して上司に昇進を願い出る。しかい、予想外にも条件付きで希望が叶ってしまう。その条件とは長年管理人として働いてきたスタヴィ(ルイス・アヴァロス)をクビにすることだったが、解雇通告を聞いたスタヴィは取り乱してしまい……。 本作の制作が障害者を笑いの種にしてきたファレリー兄弟と言う事で覚悟をして鑑賞した。それにしてもスタッフ、キャスト共に知らない人ばかりである。 映画の話は、事故に遭った友人の手術費を捻出する為に叔父とつるんで、知的障害者のスポーツの祭典スペシャル・オリンピックに知的障害者を装い出場をして一攫千金を目論む話。 知的障害者を装うと言えば1975年の名作『カッコーの巣の上で』を思い出すが主人公のジョニー・ノックスヴィルの顔立ちが何処と無くジャック・ニコルソンに似ているのは気のせいか? それにしても無茶苦茶な話である。何の審査も無く自己申告で競技に参加出来てしまうアバウトな展開であるが、想像しているよりもまともな作品だ。 スティーブはジェフィと言う名前を騙り障害者の仲間となるのだが・・・。 映画の感想 まぁまぁかな。アメリカと言う国は寛大な国である。こんな話、日本だったら「不謹慎だ」と言われ製作されない作品だが、本作はスペシャル・オリンピックの全面協力で製作され、出演者も本物の知的障害者なので見ていて気分の良いものではない。かなりブラックな笑いも多く試写会場も冷え切っている中、私の座った斜め後方の席のオバサンが一人でゲラゲラ笑っていて不気味だった。映画は、スティーブとボランティアのリンとの愛も絡めながらオリンピックの話となるのだが、スティーブは一人になると顔が普通の人間に戻る瞬間が面白い。それとオリンピックがTV中継されているのに周りの誰も気がつかないというのも無理がある。劇中、スティーブの同級生が気づくシーンはあるのだが、スティーブの周りの人々の反応も話しに絡めれば話が広がるのに勿体無い。 まぁファレリー兄弟の作品では、まとも方の作品になるのでは。 それから、またEW&Fの『セプテンバー』がダンスのシーンで流れていました。これで今年に入り『バベル』『ナイトミュージアム』に続いて3本目、もしかしてアメリカではEW&Fがリバイバルブームにでもなっているのかな? 映画『リンガー!替え玉★選手権』の関連商品はコチラをクリック。
2007.04.02
コメント(2)
![]()
1日、109シネマズ川崎にて「デジャブ」を鑑賞した。 昨日は映画の日と言う事で、客入りも上場、121名定員のシアター3に7割くらい、ただ隣に来た親子の親父が上映中終始ポップコーンを口を開けてムシャムシャ食べていて参った。映画の日はマナーの悪い客が来るので注意が必要である。 映画の話 デジャヴ / デンゼル・ワシントン フェリー爆破事件の捜査を進めるダグは、手かがりを握る美しい女性の死体を見た瞬間、奇妙な感覚に襲われた──「私は彼女を知っている……」。果たして、彼は“すでに殺された女性”を救い出し、“すでに起こった事件”を防ぐことができるのか?その答えは、“デジャヴ”に隠されている。 「クリムゾン・タイド」「マイ・ボディガード」に続いてデンゼル・ワシントンとトニー・スコット監督の3度目のコラボレーション作品と言う事で期待して見たのだが、何じゃこりゃ的な作品で、ジャンルで言うとサスペンスSFミステリーと呼ぶべきか? 以下ネタばれを含みますので未見の方はご遠慮願います。 まず、フェリーが爆破されてダグが捜査に乗り出す辺りまで良かったのだが、話はトンでもない所にぶっ飛んでゆく、ダグが特別捜査班に参加するのだが、その捜査班は[タイム・ウィンドウ]と呼ばれる4日と6時間前の映像を自由に見られる監視システムで捜査をしていた! 「はぁーっ?」と頭の中は?マークで一杯である。 セリフの説明によると、4つの衛星と監視カメラを駆使して作り上げているバーチャル映像で早送りは出来るが巻き戻しは出来ないという、何とも中途半端なシステムであるが録画は出来る。そして室内の映像は熱感知で映像を作ると言う、摩訶不思議な機械で偶然に出来たらしい。丁度、Google Earthを更に進化させて、タイムトラベル機能が付いたスペシャルバージョンのようなシステムである。 しかし、この映画何処かで見たぞというデジャブ感で記憶を辿ると、同じジェリー・ブラッカイマー製作、トニー・スコット監督の「エネミー・オブ・アメリカ」にテイストが似ている。 それにしてもトニー・スコットはSF心が無いというのか、力づくで状況設定を観客に押し付ける監督である。例えば4つの衛星を利用しているなら、その映像をCGで作って4つの衛星がどの様に役目を果たして行くかを絵で見せなければいけないシーンをセリフで語って省略してしまう。一番大事なシーンなのだから、いかに絵空事を観客に納得させなければいけない。 そして部屋の中の映像が見えると言うのは、トニーの兄リドリー・スコットが「ブレードランナー」の中で平面の写真の中の裏側まで見えるという3次元写真が出てきたが、本作はそれを上回る奇想天外な設定だ。 しまいには、頭に装着して見た映像の過去の映像を受信するゴーグルという機械に軍事目的でも使用しない厳ついミニバンや、任意の場所に物体を転送出来るタイムマシンなど支離滅裂な設定なのだが、見ている間はトニーの力づくの演出にねじ伏せられ妙に納得してしまっている自分がいることに気づく。 映画の感想 うぅーん微妙な作品だ。ブラッカイマー作品らしくアクションと爆破など炸裂しているのたが、取っ掛かりの部分がイマイチしっくりこない。タイムトラベルというSF的な話なのにSFらしさを微塵も感じさせない変わった作品である。タイムパラドックスで考えるとフェリーの爆破直前に同じ時間軸にダグが二人いた訳でSFファンとしては、その辺もしっかり描いて欲しかった。例えば大林宣彦監督の「時を掛ける少女」では、タイムトラベルをした和子が幼少期の自分を見ると、幼少の和子は姿を消すが、現在の和子がいなくなると幼少の和子が現れる。というシークゥエンスがあるのだが、本作にはそんな器用なシーンは皆無である。というかブラッカイマーとトニーにはそんな繊細な心があるとは思えない。アクョションと爆破を見せれば観客が喜ぶと思ったら大間違いだ。 そんな中、ジム・カビィーゼルが不気味な犯人役を好演していた。『パッション』でキリストを演じただけあって独自の思想感を持ち冷酷で頭のいい犯人役が印象に残った。 それからFBI捜査官のバル・キルマーがすっかり太ってしまい「バットマン・フォーヴァー」の頃の精悍さは無くなり、どことなくジョン・トラボルタ風の容姿にショックを受けてしまった。 とにかく、突っ込みどころ満載の摩訶不思議な作品であり、トニーは兄のリドリーを見習ってSF心を身に着けたほうが良いのでは。 映画『デジャブ』の関連商品はコチラをクリック。
2007.04.02
コメント(4)
全12件 (12件中 1-12件目)
1


