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って連呼するほどファンクが踊れるわけじゃありませんが・・・今日はファンクの日でした。1ヶ月ぶりくらいでした。仕事、残業でいつも出れなかったのが、「仕事は大事だが、こうして流されていてはいかん!」と奮起し、(なにしろ70歳まで踊り続けるんですから・笑)今日はしっかり間に合う時間に会社を出てジムへまっしぐら。先生(と言ってももちろん年下)に「久しぶりだね~」と言われ、「すみませ~ん」と小さくなる。私は精神衛生上もダンスがなきゃだめなのに、仕事が忙しいから、ほかの方に気兼ねしたりして、結局自分で自分を縛ってたんだ。もうそれはやめる。月の最終週なので、すでに振付は1ヶ月分の長さだけど1ヶ月ぶりの私は全部あたまから覚えなくちゃ。バレエや普通のジャズと違って、アップダウンのリズムが、音楽の低音が、ダイレクトに身体にここちいい。カウントは遅れ気味だったけど、集中してなんとか覚えて踊った。久しぶりのファンクはやっぱり楽しい、もっと踊れるようになりたい。ブラックテイストを感覚にしみつけたい。終わってから先生と少し話した。「振りを覚えるのが早いですね~」と言われて嬉しかったけどそれは先生の振付に慣れてきたからであって、ファンクが身体にすっかり入ってるからではないなあ。身体にしみついているジャズテイストで振りを翻訳してしまうくせがあり、でも慣れた身体の使い方をすると、スムーズに踊れるため、踊る楽しみが味わえる。余裕も出てくれば表情をつけたり、細かいところを気をつけたり、力をぬいたりできるようになる。一方、ファンクの身体の使い方、リズムを身体に取り入れたくてレッスンしてるのだから、自分の楽なほうへ持っていってはいけないと思うとそれにとらわれてしまって、振付としては踊りにくくなる・・・短いレッスン時間の中で、どちらを優先したらいいか、時折悩む。そのことを相談してみると、ジャズもこてこてに入れちゃうと違ってきてしまうけど、自分なりのテイストもいいのではないかと、また、裏のリズムをとにかく意識することが大事だとアドバイスしてくださった。そうだよなあ・・バレエなどは"型"が決まってるけどストリートやジャズなどは100%の型なんてないもんなあ。自分らしいかっこよさを見つけ出せばいいんだろうな。あと、リズムかあ。リズム取りのレッスンのときは以前に比べ、だいぶよくなったと思ってるんだけど振付に入ってしまうと振りに追われて、リズムを取れてないのかも。左脳で振りを覚えがちな私は、右脳でリズムで、振りを身につける工夫が必要かもしれない。がんがん身体で覚えていく若い子たちを横目で羨ましく眺めつつも、自分なりの積み重ねの上で、やっていけばいいんだ、と改めて思った。来週もファンク、がんばろーっ!
2006.02.27
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先日見に行った「美術商の百年~大いなる遺産 美の伝統展」、洋画&工芸編です。日本の洋画もひとり1品ずつ、いいものが揃っていて、まるでケーキバイキングに来ているような気持ちになる。松本峻介「都会」、赤や青や緑などの色に黒の線で女や疲れたような男や、街並み(なぜか馬まで)などが重なりあって描かれている。情景の重なりは心象風景をあらわしているようだ。シャガールと共通するものを感じる。7~8年くらい前に松本峻介の展覧会を見に行ったときは、こうした都会のシリーズもよかったが、黒のみで描かれた川や橋、工場などのスケッチが非常に印象的だった。センスを感じ、ジェラシーを感じたものだった。佐伯祐三「リュクサンブール公園」、秋の情景だろうか。茶や黒やさまざまな色が勢いよく煩雑にこすりつけられており、しかし離れてみると、それは木々の立ち並ぶパリの公園だし、華奢な脚で闊歩するパリジェンヌたち、ベンチにくつろぐ夫婦、なのだ。ちょっと茶が陰鬱なトーンに見える。死の前年の作品。古賀春江「白い貝殻」、遠くでこれが目に入ったときには東郷青児?かと思ってしまった。昨年見た「超現実派の散歩」とちょっと雰囲気が似てて。近くで見ると、また違った独特の味わい。嫌いではないが、まだよく良さが私には入ってこない。林 武「富士」、彩度の低い青灰色の空に突き出た富士、富士は、紅というより強烈な紅紫─まるで赤キャベツの葉の色─ですそには黄と黒と緑のどよどよ塗りたくってある樹海、絵の具がつややかにそのまま盛り上がり、非常に扇情的でインパクトがあるが、人はこの絵の前にあまり立ち止まらない。毒のある絵、なのだろう。逆に、洋画で人だかりしているのは、岸田劉生「二人麗子図(童女髪飾図)」と藤田嗣治「私の夢」が隣りあったコーナー。「二人麗子図」は思いのほかあたたかみのある絵だった。どうも岸田劉生は、私にとってはひんやりした粘土のような絵の印象が強くて。フジタの「私の夢」は、彼独特の裸婦とそれを囲む、おとぎの国のようにさまざまな扮装をしている動物たちで写実的でありながら、動物の表情や動きが面白く、いったいフジタは本当に何考えてるんだろう?と思ってしまう。背景の均一に塗られた茶とグレーが、なんとも言えずシック。すべてがちぐはぐだ。そして、これまであまり知らなくて、今回出会えてよかった!と思えた洋画家は、須田国太郎と香月泰男。須田国太郎はNHK日曜美術館でも紹介されていたし、現在竹橋で開催されている展覧会も評判いいし興味はあるけれど実際見に行こうかどうしようか迷っていた。けれど、彼の作品「樹上の鷲」に出会ってみると、素晴らしい!心がざわざわした。木の枝につかまった鷲、もやもやの背景、となんともつかみどころのない絵なのだが、荒い、流れるようなタッチには、勝手にドラクロワを思い出した。何だろう?どこが何故いいのかわからないけれど、とにかくいいと感じた。まだ彼の絵を語る言葉を私は持たない。これはぜひ竹橋に行かなくては。そして香月泰男「人と梟」。まったく知らなかったが、この作品にとても惹きつけられて何度も戻って見てしまった。ほとんどベージュと黒だけの彩色。厚みのあるマチエールも味わい深い。かくかくとした面で構成された男とふくろうがこちら側に視線を投げている。両者の風貌が似ていて、ちょっとしたおかしみと味わいがある。男はほとんどモアイ像のような顔をしている。両者は視線を合わせないが、相棒のような空気もただよい、それでいて無言の、無動の世界をつくっている。あまりにも気になって家で調べてみると、この画家はどうやら戦争体験を題材としたシベリアシリーズなどが有名なよう。それらの絵にもモアイのような表情の男が多く描かれていた。著書の一部を読んだら、かなり重苦しい。過酷だ。この画家の信念、絵に対し担おうとしているもの、を痛く感じた。「人と梟」にただようものとはずいぶん違うので驚いたが、この絵にはいったい何が込められているのだろう?それは容易には解けないが、この絵の何かが私にくさびを打ち込んだのは間違いのないことだ。そんなふうに思える画家や作品に出会えたのは大変な収穫で、嬉しい。香月泰男、彼の作品も機会があったらぜひ見に行きたい。洋画のあとは、こぢんまりした工芸室で近代の工芸作品を見た。加藤唐九郎「志野茶碗 銘:唐獅子」工芸の展示室に入ると、すーっと引き寄せられるように斜めに突っ切ってひとつの茶碗に向かうとそれが、加藤唐九郎だった。力強く大ぶりで、志野らしくない志野、と思った。唐獅子と名づけられているだけあって、釉薬の踊りがたくましく、躍動感がある。焼き物は触覚にも訴えるものがあるので、触れないのが残念。彼の狂気じみた生き方には、数年前から興味をそそられている。その奔放な熱を私にも呼び込みたい。加守田章二「曲線文扁壷」、彼の作品はテレビなどでしか、見たことがない。初めて実物を見たけれど、想像より手作りっぽい印象。もっと均一な、アールデコっぽいデザインかと思っていた。しかし実際は、ゆらぎの造形、といった印象。高村光太郎「うそ鳥」、かわいい。高村光太郎の木彫りは初めて見た。地味めな、小さな作品だが、木の肌のあたたかみが生かされている。後ろに閉じた翼の表情がつつましい。派手でなく彩色してあり、ほおの下のともしびのような赤、背中にほんのりわずかに差す緑、などがとてもいい。下の階におりて、日本や朝鮮の焼き物の部屋もあり、こちらはざっとだけ見た。古久谷、鍋島、伊万里などきらびやかな磁器は何度見ても私にはあまり魅力的にうつらない。青磁はわりと好きだけど、今回の朝鮮の青磁では惹かれるものがなかった。焼き物は好きだけど、実際使うものが好きだし、手にとって触るのが好きなので、こうした展覧会ではあまり熱心に見ないなあ。混んだ国宝室では、源氏物語絵巻を人の肩越しに見た。金箔をちらし美しくしつらえた台紙に、はかなげなかな文字が、はらはらと桜の散るがごとく舞い、栄華と滅び、両者をそのまま体現しているよう。ため息の出るほど美しい文字だった。1品ずつが非常にクオリティが高く、しかも日本の代表的な画家を網羅したようなこんな贅沢な展覧会は、今後なかなか見られないのでは・・・ますます日本の美術に期待と誇りと興味を持つことができた。大収穫。すみません、もう終了してますネ。新橋美術倶楽部「大いなる遺産 美の伝統展」2月5日(日)から2月26日(日)まで。
2006.02.25
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新橋美術倶楽部に「美術商の百年~大いなる遺産 美の伝統展」を見に行った。入館制限があると瑠璃鳥さんからの情報で知り、会期終了まぎわなので、やはり混んでいて30分待ちだった。フェルメールが5枚来たときの、炎天下での2時間半待ちに比べれば30分はそんなに問題ではないが・・入ってみると、なんだろう?あの感じは。明治から現代までの日本画家が集結して、ひとり一品ずつ作品を持ち寄ったというような逸品揃いで、どれから見ていいのかわからないくらいに圧倒され、興奮する。いつも通り、ざざっと全体を見て回ってから、最初に戻ってじっくり見た。近代日本画の美人画では、鏑木清方「いでゆの春雨」 に心惹かれた。ほっそりした面立ちの女性、品のある風情がいい。菱田春草の「柿に猫」は、穏やかな配色に、安定した構図、人口に膾炙されるのは当然なほど見事、でもなんだか出来過ぎてるくらい・・とこっそり思ったりして。東山魁夷「青い谷」、あまりの美しさに立ち止まって見入る人の多いこと。青緑の木々の深い山に、雲がかかり、遠景へとかすむ。立ち込める清涼な空気感、木々の青緑の連なりの静謐さ、奥深さ、日本の山水の美しさ、しっとりとした穏やかな瑞々しさ!これがパリの日本大使館に飾ってあることの悦び。小倉遊亀「霽れゆく(はれゆく)」 は隣の東山魁夷の作品に圧倒され、最初は見過ごした作品だったが、よくよく見ると、富士山にかかったりちぎれていたりする白雲の造形が、非常に面白い。もこもこ~んとしている。雲が白、空はさみどり、上部のわずかな暗雲はあずき色、富士は赤から淡い青紫がかり、山すそはグレー、青、となんとも奇抜で自在な色使い。想像を超えている。徳岡神泉「蕪」、やわやわとした優しいみどりの縦長の背景に素朴な蕪が中央にとん、と浮いている。イラストレーションに近い感覚があって現代的だ。かわいい、ほっこりしている。切り揃った茎の先もなぜかかわいい。右にひしゃげた、ちょこんとしたしっぽもいい。肌合いの優しい、いびつな実もほほえましい。植物、食物として、充実した美しさがあり、画家の慈しみの目を感じる。手のひらに包んで頬に押し当てたい気持ちになる。横山操「清雪冨士」、昨年この画家を知り、今年ぜひ見てみたい!と思っていたが、初めて会えた。雲ひとつない群青の空に、こってり白絵の具を盛った富士山。足元には金色の草の穂が連なり、秋の充実した里の風景のようだ。若い頃から壮年期にかけて描いていた爆発的な墨絵と違って晩年、病に伏してからは、こういった里の穏やかな絵を描いたと昨年TVで紹介されていた。小さなTV画面で見ても、それらは心にしみるような繊細な絵だった。しかし、これはまた違っていた。こんじきの繊細な田園風景からまったくタッチの違う、富士が突出している。怖いくらいの存在感。その尾根尾根の、白い絵の具の盛り上がりの表情の中に、横山操がいはしないかとつい探してしまいたくなる。吸い込まれるような、心の絶え入るような群青の空、宇宙の色、それをかき切るように描かれる白の稜線、白と青との境に、生死の相克を見ていたのではないかと思ってしまうような、何かを分かつ、ぎりぎりのライン。初めて直面する彼の絵の前で、私は立ち尽くすしかなかった。日本画セクションの最後は、棟方志功の木版画「華狩頌」。2年前、棟方志功がむしょうに見たくなって渋谷Bunkamuraでの「棟方志功展」でも、大原美術館でも堪能したけれど、そのときはこのシリーズについては、良さがあまりわからなかった。今回はよかった!見入ってしまった。狩人や獣たちの、原初的な血と力を感じるし、私の中で、装飾に対する感じ方が変わった。これまで装飾を装飾としてとらえてきた私だったが、あらためて、この絵の装飾は装飾ではない、シャーマニズムの彩色、己を守るもの、敵を威嚇するもの、神とまじわるためのもの・・etc.とあらためて装飾そのものにこめられている力を感じ取った。それは古代から続く日本の、日本人の力であり、知恵であり、意志であり、精神であると感じた。洋画や工芸についてはまた後ほど書きます。ふ~っほんと、佳品が多くて・・新橋美術倶楽部「大いなる遺産 美の伝統展」2月5日(日)から2月26日(日)まで。
2006.02.25
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今日はジムでのジャズ、ストレッチ、バレエのレッスンでした。ジャズはだんだんこの先生に慣れてきて、振付も少しずつ好きになってきて、とても楽しい♪自分の中では、最近復活したジャズですが、身体がジャズのテイストを覚えていたのは感激したものだけどまだまだ早さについていけない・・もっともっと踊りたい欲求に駆られてます。ストレッチのとき流れた曲、ベートーベンの「月光」には心が震えて、また泣きそうでした。ダンスのときにバラードとか静かな曲を聴くとなぜか泣きたくなります。ダンスは私にとって"自由"を体現しているものであって、素晴らしく踊る人は、最高に自由に見えてしまいます。どんなジャンルのダンスでも、何度となく時間をかけて身体を伸ばし、同じステップを踏み、あるいは思いのままにステップを踏み、感覚を研ぎ澄まし、精魂をこめ、それが素晴らしいリズムとラインと、"気"を発する瞬間を見ると、鳥肌がたつくらい感動して胸焦がれてしまいます。静かな曲、穏やかな曲を聞きながらストレッチをしているとそんなダンスの世界、自由の世界へ、自分も踏み込んでいくのを無意識に感じるからかもしれません。ふだん頭でっかちで、ずいぶん抑圧している証拠かもしれませんね。現に、一週間ぶりに思い切りレッスンしたら、いきなりストレスが吹っ飛び、身体も軽く、心も弾力を取り戻したような感覚。やっぱり忙しいからと言って、ダンスのない生活はだめだ!!前に「いくつまで踊れるだろう?」とか書いてたけどその直後に、mahamoさんのブログで「憧れてた★バレエ★大人から始めました」を読んで、また、BBSにいただいたコメント、「足がボロボロになっても70才まで踊っていたい」というのを読んで、とても感じ入るものがあり、感激したり恥ずかしくなったり。思わずあついコメントをさせていただき、さらに勢いづいてこのブログのプロフィールの「夢・目標」のところにこれまでは「模索中」とかなんとかあいかわらずモラトリアムなことを書いてましたが、mahamoさんに刺激されて、それを変えました。70歳まで踊る!100歳まで絵や書をかく!120歳まで思索の旅を続ける!うわ~っ!書いちゃってから我ながら別な意味で恥ずかしくなりました。でも、これくらいの気概でやっていきたいな~。(そんなに長く生きられないでしょ、と友人には当然つっこまれてます(^^;))今まで漠然と、ダンスできるのは40代くらいまでかな~とか、もうすでに身体の衰えをひしひし感じてるしな~とか思ってたけど、大胆にも「70歳まで踊る!」と言ってしまうと、どうしたら70歳まで踊れるだろう?と考えるようになりました。そういえば、以前バレエを教わっていた先生は今60代で、昨年のモダンダンスの舞台でも素晴らしい踊りをされてました。プロで活躍されている方と、素人で多趣味な私とではとても同じようには行かないけれど・・・私は心当たりはないけど、腰椎に亀裂が入ってしまっていて無理をするとぎっくり腰になってしまいます。23歳のころから何度ぎっくり腰になっただろう・・・舞台直前になったこともあるし、なるたびにもう踊れない、と絶望的な思いをし、それどころか、仕事に行くこともできないし、普通に生活していくのさえ不安で20代のころは、先が真っ暗な気がしたものです。今はだいぶ自分の身体や症状とも和解し、コントロールするようになりました。一時期はかえって無理をしなさすぎで、体力・筋力ともにひどく落ちてしまったのですが、それはかえってマイナスなので、数年前からジムでトレーニングするようになりました。トレーニングしてやっと人並みの筋力に戻ってる感じなんですけどね・・(^^;)でも、そのおかげでか、そういえば最近はぎっくり腰してない・・それに昨年100km歩けました!踊れない、働けない、歩けない、と嘆いていた自分からは想像できないことです。そしてもちろん、トレーニングはし続けなければ意味がないとわかってるのですが、ここまで来てむくむくわいてくる思いは・・・やはり踊りたい!なんとも発展も落ちもない、シンプルな(芸のない?)思いです。今の環境に感じていた不満が、より表面化してきたのを自覚してます。仕事の時間に押されてレッスンに間に合わなくなったり、トレーニングできるのはいいけど、ジムのダンスレッスンでは物足りなく感じてたり、ダンスの仲間が欲しい、と切実に思ったり。限りある時間、体力、経済状況、人間関係、それらをバランスとりつつ、次の一歩を踏み出す時期なのかなあ。あるいは思い切りバランスを打ち破らないとくすぶっている思いは実らないかもしれません。捨てるべきは何か。
2006.02.24
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大丸ミュージアムに「パウル・クレー展~線と色彩」を見に行った。最近仕事自体はいいんだけど、仕事の時間を減らしたくてしょうがない。でもなかなかそうはいかなくて、ひどくストレスがたまっていた。自分で自分を束縛してるというのもある。今後の活動や仕事について、最近ちょっと悩んでるというのもある。そんな自分を立て直すためにも、あえて平日夜にかけつけてみた。しかしそんないらいらしっぱなしの状態では、なかなか絵は色は線は、こちらに入ってこない。見る状態をつくって行かないと、得るものも得られないと改めて痛感した。最初はうすい皮膜のこちら側でもどかしく眺め歩いていたが、そんな自分をなだめ、受け入れてくれたのは「ピラミッド」という、小品の多かった今回の展覧会の中では比較的大きな一枚の作品だった。「ピラミッド」落ち着いた色彩の、多面で構成された作品で、配色がなんとも言えず美しく、非常にセンスがいい。暖色がすさんだ心をじんわりとなだめてくれる。鋭角のピラミッドに、小さな赤い月(のようなもの)、それらに重なるようにもうひとつのピラミッドが画面左上から逆さに配置されている。四角の枠があるので、窓からピラミッドと赤い月を眺めているような気分だが、月とおぼしき赤い円の上には、細い棒が画面右から差し出され、まるでおもちゃの月をぶらさげているようにも見える。人形劇の舞台のようだ。そして逆さのピラミッドは、さらに大きな宇宙的な位置にあるピラミッドの影であるかのようにも見える。現存するピラミッドも大きいし、古代の人間の叡智とパワーを感じさせるけれど人間の視野に入らぬさらに大きな存在の影が、この世界に投げかけられているかのような、遠大な想像を掻き立てられる。先日書いたミクロとマクロの世界観をちらと思い出したり・・しかし、そんな意味や想像を見出さなくても、幾何学的な構成力と色彩感覚がじゅうぶん素晴らしく、存在感はあるのに、存在が多弁でない感じがするのがかえって魅力的。「つなわたり」「つなわたり」は1923年制作の彩色石版画。ときどき何かで見かける作品だけど、オリジナルは初めて見た。ピンクの背景に、白の十字の線が入っているのは十字架だろうか?そして黒の線で、バランス棒を持ち、つなわたりをする人物が描かれている。石版画の特徴なのか、黒がこなこなとしていて、汚れのように全体を覆い、ピンクの色やラインそのものはかわいいのに、どこか不穏な雰囲気。つなを支える機材もこちゃこちゃしていておもちゃのよう。渡った先には階段があるけれどまるで転落するのを助けるかのような軽さの線だ。時期的に、第一次世界大戦の兵役のあとなので、より人生の、世界の、「つなわたり」的な危うさを間近に感じていたのかもしれない。しかし現代の私には「つなわたり」の言葉自体の発する危うさ、生や時間の限定感はかえって魅力的にうつる。クレーは詩も書いていたというし、また日記の言葉がパネルとして会場のあちこちに散りばめられていた。美しい言葉ばかりだったけど、書き留める時間はなかったな・・絵のタイトルも「星の同盟者たち」「来るべき者」「動物たちが出会う」など詩的なエッセンスを感じさせるものがあり、それらはひっそり光り、画家という枠におさまりきらないものを感じた。彼がバイオリニストとしても演奏活動していたのには驚いた。クレーの絵の、音楽的要素は聞いたことはあるけれど、こんなにも音楽、詩、絵画が技術的にも結びついている画家は珍しい気がする。決して派手ではないけれど、静かに光る小宇宙を手のひらの中で大事に育てあげた人のような印象が残る。大丸ミュージアム「パウル・クレー展~線と色彩」は東京駅から直結、大丸の12階にて2006年2月9日(木)~28日(火)まで開催。
2006.02.23
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久しぶりに病気療養中のKちゃんから電話があった。彼女は最近やっと認知も広まってきた「低髄液圧症候群」のかなり重い症状を抱えている。いろいろあった。生と死の境にいるような時期も。病院側の無理解やひどい仕打ちには私も驚愕し、憤ったし、泣いた。Kちゃんのお母さんのこれ以上ないような強さ、お父さんの泣きたくなるような優しさ、を目の当たりにし感動もした。無理やり追い出されるように退院してから1年とちょっと。大きな波がありながらも、自宅で療養している。まずしゃべるスピードがやっと昔のKちゃん並みになってたのが驚いて、嬉しくて、そう伝えた。歩くのもしゃべるのも、どんな動作をするにも何倍もの時間がかかっていた。本人もどんなにもどかしい思いをしてきたことだろう。普通にしゃべること、普通に歩けること、普通に食べられること、それができることが驚きで喜びで幸せなことなのだと私はKちゃんからいまさらのように教わった。しかし、電話でしゃべるのも、携帯でメールをするのもKちゃんはしんどくてできない状態が多いので、ついこちらから電話するのも憚られて、たまにしかしてなかった。だから数ヶ月ぶりにKちゃんの調子がよくて電話できるのはとても貴重な時間。なのに、どうしてだろう。そういうときには、普段言いたかったこと、伝えたかったこと、聞いてみたかったこと、いっぱいいっぱいあるのに、なかなか出てこない。Sくんの結婚式に出たこと、Kちゃんがつくってる俳句や手編み帽子のこと、飲んでる薬のこと、少しずつあっちこっち飛びながらもお互いの近況を話すけど、「・・・・・」「・・・・・」と沈黙がはさまれてしまう。本当はもっと話したいこと、いっぱいあるのに。感じてること、考えてること、とっても大事なことがあるのに。Kちゃんと私の間では大学のクラスで出会ったときからいつでも思索的な話を多くしてきて(そうじゃない話ももちろんあるけど)膨大な時間が堆積している。だから日常のこともほとんどすべて深い話に結びついていく。また、お互いの過去や成長過程のあれこれに話が結びついていく。ひとつ言おうとするととても長く深くなってしまうのでどれから話していいか、わからなくなるのだ。濃密な沈黙がKちゃんと私の間に横たわる。ちょっと苦しいような切なさにのどがしめつけられる。そうこうしているうちにKちゃんの携帯の電池が、切れる。今回もまたじゅうぶん話せなかった。Kちゃんもそう思っていることだろう。その思いが、同じ認識が、逆にお互いの結びつきの深さと比例して感じられる。Kちゃんと思い切り話せるようになるのはいつだろう。すべて胸のうちを話しきって、もう話すこともなくなってただあはははは!とバカみたいに笑い合ってみたい。ゆったり午後の日差しをあびながらお茶でも飲んで、一緒にぼーっとしたい。生きててよかったね、ここまで一緒に来れてよかったね、と無言の了解を感じたい。そこではもはや、苦しいような濃密な沈黙ではなくて、さらりとした満ち足りた沈黙が私たちを包むことだろう。 「生きること ただ生きること 冬木立」Kちゃんが先日送ってくれた100編の俳句の中でシンプルだけど私の一番好きな句。この句を墨と筆で書けるといい。もし作品に仕上げることができたら、ささやかながらKちゃんに贈りたい。
2006.02.18
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大学のミュージカルサークルのとき同期だったSくんの結婚式に出席。先輩方に会うのはとっても久しぶりなのでどきどきしたが、汐留のおしゃれな展望レストランにて、肩のこらない人前結婚式&披露宴だったのでリラックスして楽しめた。Sくんとはおととしの忘年会で10年ぶりに会ってあらためていい友達になれるかな~と思ってたけど結婚したらどうかな?この間みたいに夜通しビデオ見たりおしゃべりしたり気軽に遊びに行けないよね?ちょっと淋しい気もするけどでも、とっても幸せそうだし、嬉しい。同期の子とは連絡を取っていたけど、先輩方とはこの4年、私からは音信を絶っていた。懐かしい顔ぶれと再開し、名刺を渡すことができ、嬉しかった。時の流れを感じる・・サークルでの芝居の師匠であるS山さんには「ずいぶん長い雲隠れだったねえ」と苦笑され、舞台美術のK村さんには「年賀状かえってきちゃってたよ・・」とつぶやかれ、私はすまなさで小さくなった。不義理をしていたしょうのない後輩を、とまどいつつも穏やかに受け入れてくれる先輩方に感謝した。披露宴では、みな晴れやかで、幸福に満たされていた。大きくRを描く、広いガラス張りの窓の外には東京湾と汐留のビル群、そして東京タワーが見える。気取らないあいさつと司会で、まったく退屈することなくスムーズに披露宴は進行していった。先輩がタップとジャグリングのにぎやかなショーを繰り広げ、Sくんの知り合いのジャズバンドがジャズを演奏した。新郎のSくんもサックスを披露した、曲は「ミスティ」。結婚式にふさわしいかどうかはわからないけれど、バックの、ほんのりもやめいた外の景色に合っていて、今でもSくんの弾いたそのメロディが、私の中に流れ続けている。Sくんはにやけながら、常に優しく花嫁をエスコートし、芸大出身で絵付けの仕事をしているという花嫁は、上品なウェディングドレスのあとは、最高に愛らしいピンクのドレスをまとい、ゆったり落ち着いてみなの視線にこたえていた。オリーブオイルの香りがただよい、私たちは笑いさざめき、拍手を送り、舌鼓を打った。シャンパンやワインをのみつぎ、とりとめなくしゃべった。空気の粒子ひとつぶひとつぶが、すがすがしいプラチナ色に輝いているような、清廉とした空間だった。この場にいて、なんともいえない幸福感を味わった。やっと帰ってきたんだな。そういう思いが不意に去来し、自分でもそのことに驚いた。そんなふうに思うなんて。4年前に大きく環境が変わってから、ずっとずっと閉じこもっていた。みじめな姿をさらしたくないと思ってきた。過去交流のあった人たちとは、遠くまったく別世界にいるような気がしていた。決して埋めようのない断絶された溝を感じていた。それが帰ってきた、という言葉が出てくるなんて。今でなければだめだった。いろいろ元気にチャレンジしてたけど、昨年でもまだだめだっただろう。こんな時期に結婚し、この場に引き合わせてくれたSくんに感謝している。2次会は横浜のパーティ会場へ移動。今は休止しているが、OBで活動していた劇団で、毎回それぞれの結婚パーティでは、2人のなれそめや結婚までのいきさつを短いコメディ芝居にして上演する。噂には聞いていたけど、私は見るのは初めてでわくわくしていた。早めに会場入りして、私もゲネプロ(笑)を見ながら、音響チェックなどのお手伝いをした。MCがいて、途中、芝居の中からクイズもいくつか出題され、正解した人に新郎新婦からプレゼントが渡されるという、凝ったつくりだ。劇場ではないため、声の通りや音響に若干不安があったが、本番では予想以上にウケて、まずまず成功だった。劇団の活動は休止していても、こんなふうに機会があれば脚本を書き、稽古をし、人を楽しませようとする、エンターテイナー魂にあらためて感じ入るものがあった。思い切り思い切り拍手をおくった。また、MCをつとめたK子先輩は、以前と変わらず華やかでエネルギーにみちているように見えたが、「最近ダンスはしてるんですか?」と聞くと実は難病を患い、一時期歩けない状態だったという。完治する病気ではないため、今は薬で進行をとめているのだと聞いてかなりショックを受けた。K子先輩はひとつ上の学年で、歌もダンスも芝居も社交性も事務作業も、すべてにおいてうまくこなし、いつも"気の利いている"感じのする、華やかなパワーをはなつ先輩だった。今もまったく変わらなく見えたのに、そんな病気になってただなんて・・踊ることができないなんて!人一倍動き回ってきた先輩が、どんな思いでその病気を受け止め、そうして乗り切ってきたのだろう。「だからこれからは声の仕事をやれるようになろうと思って」と先輩は笑いながら抱負を語る。その強さ。想いの強さ。私にそれだけの強さがあるだろうか。かえってパワーを与えてもらった。芝居のあとには、またジャズの演奏があり、目立ちたがりの新郎Sくんももちろんサックスを披露した。それにしても、Sくんは芝居や絵もけっこう本格的にやってたのに、サックスまでいつの間にこんなにうまくなったのだろう。Sくんのなんでも打ち込んで取り組む姿勢、こだわる姿勢は頭が下がる。Sくんは仕事柄、カクテルも詳しくて上手につくる。おととしの忘年会のときのホワイトレディ、おいしかったな・・・エンターテイナーの新郎と、アーティスティックな新婦、とてもお似合いで、幸せそうで、私も嬉しくて一日ずーっと笑いっぱなしだった。一度大きく離れた川が、また合流したような感覚を味わった。それでいいんだ。合流してしまっても、大きく婉曲して巡ってきた私の時間はそれはそれで私の一部だし、私だけが大きく変わってしまった気がしていたが、他の人たちもみなそれぞれ葛藤や喜びのつまった時間を過ごしてきて今ここにいるのだ。変わっていくのが当然なのであって、しかし、こうした人たちとは昔の思い出だけでつながっているのではない。今何を考え、これからどうしていくのか、志向を認め合えば、新しい関係をつくっていけるのだ。みなの前にいるのは、のんびりやで垢抜けない、ちょっとナルシシストな昔と変わらぬ後輩の私かもしれないが、と同時に、この数年がつくった、みなの全く知らない私でもある。昔の仲間のところに帰ることで、また新しく私の世界がひらけた気のする、不思議な、長い長い、いい一日だった。
2006.02.12
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会社では、ひとり長期休暇をとっていたため、この2週間はストレスたまりまくりでした。そんな怒涛の2週間がやっと終わった。ふ~っ!外部スタッフをのぞき、実質3人だけで回してる会社なので、ひとりいないとけっこう大変なのです。今日は午前中はだらだらしてしまい、午後は洗濯・掃除をしてます。終わったら買い物に出かけよう。せっかくのお休みですが、あまりゆっくりできないなあ・・土日両方スケジュールがあいてれば、どっちか一日、家事やったりちょっとした用事をすませたりしてどっちか一日、のんびりできるのですが・・・明日は大学の同期のSくんの結婚式!式と披露宴と夜の2次会とで、まる一日出っぱなしだ~。まだご祝儀袋を買ってないので、これから買いに行ってきます。せっかく書をならってるので、夜(なんてぎりぎりな(^^;))一生懸命「寿」とか書きたいと思いまーす。結婚式に出席するなんて、とっても久しぶりのことなので、最近の結婚式、ゲストの服装の傾向はどうよ?と思って先日からネットなどで調べたりしてましたが、フェミニンな服装のほうがはやりなんだろうけどなんかドレスやワンピースは私には恥ずかしくて・・舞台なんかじゃどんなのでも全然平気なのになー。結局、前回やはり同年代の友人の結婚式で着た黒のパンツスーツを着ていくことにしました。(パンツスーツはダメ!っていうアドバイスも中にはありましたが、 レストランウェディングなので、そんなには形式ばらないはず・・)もともとスーツについていたシャツはブルーグレーでちょっと暗めかな?と思い、先月、襟のかっちりした、白いかっこいいシャツを買いました。白シャツとパンツスーツを合わせて「どう~?」と友人に見てもらったらぼそっと「・・・・・なんだかヅカみたい」ガーーーーーーーーーン!!言われてしまった・・・時々言われる・・嬉しくない例え。もちろん、宝塚出身のかっこいい女優さんはすてきだな~♪と思うけど宝塚自体のイメージはあまり好きじゃない。好きじゃないのに、時々言われる・・・(T.T)どうしてかなあ?白いシャツは私には似合ってると思うんだけどスーツとあわせると、確かに我ながらヅカ?ホストクラブ崩れ?みたいなあやしさ(^^;)結局もともとついてるブルーグレーのシャツのほうがむしろほんのりフェミニンさをかもしだすので、やはりそちらを着ていくことにしました。「ヅカみたい」なんて絶対言われたくないし~。それにしても・・本当にタカラジェンヌのように目鼻だちがくっきりしたお顔で身のこなしもスマート&エレガントでばしばしオーラをはなってるようだったら、それはそれで嬉しいけど決してそういう意味で言われてるわけじゃないのが、複雑。なんなんでしょうね~。とりあえず、学生時代の懐かしい人たちにも会えると思うのでどきどきしながらも、楽しみです♪
2006.02.11
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でした。いつも金曜日はこれかい!って感じですが・・(^^;)今日はまた大残業で、ジムにかけつけたけど30分のストレッチのクラスには間に合わず、がっかり。1時間のバレエレッスンだけに出た。最近すっかりレッスン&トレーニング不足でせっかくついた筋肉も落ちてるみたい・・側筋も緩んだのか、ウェストがぼよ~んと見える。これはいかん!!気を引き締めてバーレッスンした。脚の締め、膝裏の伸びが足りないことを指摘され、より反省。身体はどんどん歳とともに衰えるのに加え、このレッスン不足。以前はまだ出来ていたことさえも後退していってるのではないか、と悲しく思う反面、いや、身体は覚えているはずだ、意識よりも身体は頭がいいのだから、と自分を励ましつつ、レッスンする。いったいいつまでダンスできるだろう?いくつまで踊り続けられるだろう?70くらいまで踊れるだろうか?(日舞だったら70、80、90代までやってる人もいる!)それより前にあきらめるときが来るんだろうか。あきらめざるをえない状況に追い込まれるときがくるかもしれない。やめるときはどんな思いだろうか。昔の私はそれを恐れたが、今の私はそれを恐れない。やめることにより広がること、わかることもあるかもしれないから。
2006.02.10
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さてさて、植田正治の写真展を見たあと、コヨーテさんと飲みに行きました。和食のおしゃれな居酒屋さんは、夜景はきれいなのですが、さすがに土曜の夜、どんどん混んできて落ち着かなくなったので早々に引き上げてしまいました。ちょっと話し足りないな~と思ったので、今度はレトロな喫茶店に入ってみたら、やっとじっくりいろいろ話ができました。それにしても・・昔は蕎麦屋だったのを改装したのか?と思うようなその和風レトロな内装の喫茶店でも、飲みに行く前にひと休みした、ホテルのサロン風で、籐椅子がちょっと乙女チックな印象の喫茶店でもコヨーテさんはまったく気にしないので、そのギャップがおかしくてしょうがない。だって見た目コヨーテさんは、茶髪ロン毛、黒の上下にシルバーアクセサリじゃらじゃらのロッカー風なんだもん。そんなハードなお姿で、籐椅子に座ってクリームたっぷりのチョコバナナワッフルを食べてるのでもう私はくすくすしっぱなし!(^m^)見た目ハードでも、内面はとてもソフトな方なので話はしやすく、じっくり話すのは2回目だけど、かなーり話し込んじゃいましたよ~。絵や仕事の話はもちろん、家族について、家について、人との距離感について、生と死について、宗教について(お互い無神論者だけど)・・絵を描くときの線の見極めの話は、あ~わかるわかる!そうか、プロのコヨーテさんでも一緒なんだなあ・・と嬉しく感じ、勇気付けられました。また、コヨーテさんの、宇宙を含めたミクロとマクロを行き来するという世界観は壮大でしたね。感性の方なので、言葉で表現するのが苦手と言ってたけど、全然!淡々とですが、語りきってました。彼なりに"突き抜けた"結果、そうした世界観に辿り着いたようです。そして最後は端的なシンプルな考え、ある意味かわいいような表現に落ち着いたので、まるでクレーかミロの絵のようだと思いました。どんどん突き抜けると、かわいいシンプルな童心のようなところに戻っていったりするのかもしれないなあ・・・私はそこまでマクロには考えられなかったなあ。でも死生観は、似ているところがあり、その点は共鳴したように感じました。彼が影響を受けたネイティブアメリカンの死生観と、私が影響を受けた、哲学科の日本思想の教授の言葉と、表現は違っても、そこから感じ取れるニュアンスは非常に似ていると思いました。死も生の一部であり、逃げでも投げやりでも美化でもなく、死を受容しようとする生き方、死に対する価値感の持ち方など恐らく同質のものであるように感じました。語り好きな私も、まさかコヨーテさんとそこまで話ができるとは思ってなかったので嬉しかったです。コヨーテさんは「人は下ばかり向きがちだけど自分はせめて空を見上げたり、雲や月を見たりしようとしてる」と言ってた。そういえば恵比寿のスカイウォークを出たところで最初の言葉が「(昼だけど)月が出てるね」だった。それにつられて私も、信号待ちの間、空を見上げ「今日は雲がぜんぜんないですねー!」という話になったんだった。とりあえず、宇宙までは行かなくても私も空をマクロな気持ちで日々見上げてみようかな・・刺激を受けたいい夜でした。また遊んでやってくださいね♪
2006.02.04
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植田正治の写真展「写真の作法~僕たちはいつも植田正治が必要なんだ!~ 」を見に、恵比寿ガーデンプレイス内にある東京都写真美術館へ行った。急遽コヨーテさんも一緒に行くことになり、恵比寿で待ち合わせ・・コヨーテさんとは、昨年のダ・ヴィンチ展のキャンセル以来で、久々に会えて嬉しかったな。植田正治氏の名前は知らなかったが、以前何かで作品を見て、印象に残っていた。また、おととし鳥取砂丘を旅したとき、みやげもののポストカードに植田氏の砂丘シリーズがあったかもしれない。茫漠とした砂丘に黒い山高帽をかざしたり、山高帽をかぶって黒いコートをまとった男が立っていたり、どこか異国的で、シュールな感じのモノクロ写真。今回のちらしになっている「妻のいる砂丘風景」という作品も砂丘にぽつんと着物姿の女性が横すわりしており、背後に濃い影が落ちている。地平線の向こうには、もうひとり女性が謎の笑みを浮かべながら立っていて、その上半身だけが見えている。黒い喪服のようなワンピースを着ているのが、何か不吉な予感を与える。どちらの女性が妻なのか、おそらく着物の女性だろう。では、喪服のワンピースの女の存在はいったいなんだろう?これら砂丘シリーズは1950年代の作品だというから、懐かしい雰囲気もありつつも当時としてはかなり斬新だっただろう。世界的にも評価されているという。先週、恵比寿に寄ったときに写真集をぱらぱらと見て、「なんて"突き抜けてる"んだ!」と感じ、この写真展をぜひ見たいと思った。彼の感覚は確かに突き抜けてる。先月の杉本博司氏の写真展のように、大きなパネルで砂丘シリーズなどをゆったり見たら、その世界にきっと引き込まれてしまうに違いない、と楽しみにして行ったのだが、実際は近寄らないとじっくり見ることはできない、小さめな写真がほとんどで、ちょっとがっかり。雑誌や本に掲載するのが目的で、大きなパネルでの展示は昔はあまり考えてなかったのかなあ?会期終了間近で混んでたのでよけい、そう感じただけかもしれないけど。初期の30年代の作品はすでにセピア色を呈している。その中では、「電信柱」という作品が私好みだった。向こうはもう海で、遠くに突き出した岩が見える。そんな地の果てに、つとっと立っている一本の電信柱。もうそれ以上は送電線も行かない。人も行かない。地の果て。人の世界を区切っているような印象。退色しセピアがかった背景色が、より寂寞とした空気感をかもし出しているように感じられる。また、砂丘シリーズと同年代で、「童暦」という子供の風景を題材とした作品群は、言い知れぬノスタルジックな雰囲気がある。そこに登場する少年少女たちは、懐かしげな服装をし、男の子たちは膝小僧を出し、丸刈りの頭に大きな絆創膏がはってあったりする。童暦シリーズでは、タイトルはなかったが、白昼の道路を、女の子が小さな乳母車を押して渡ろうとする刹那を写した、非常に強烈な、印象的な作品がある。白黒のコントラストがはっきりしているため、駆け出す少女の姿も、道なりに婉曲するガードレールも家々の屋根もみなシルエットとなっているのに対し、道路と空は永遠に時間を止めたように、白に消し飛んでいる。息をのむような峻烈な一枚である。少女の跳ね上げた後ろ足が、そんな眠っているような光景の中で劇的に静かな躍動感を感じさせる。永遠の白昼を焼き付けたようなこの写真は、デ・キリコの「通りの神秘と憂愁」を思い起こさせ、胸がざわざわする。また、それ以降の作品でも、土手の上にぽつーんと人がいたり、下4分の3くらいはそうした土手などで真っ黒な作品が私は好みだった。写真集と違って、さすがに黒のつややかさ、密度の濃さ、塊(マス)としての黒の迫力、などを味わうことができた。デザイナーであるコヨーテさんはと言うと、もっと後年の、オブジェを配置して撮った、現代的なカラーの作品郡のほうが、興味深かったらしい。球体が浮いていて「どういうふうに撮ったんだろう?」と思うようなトリッキーな作品や、硬質な物質を組み合わせてあるのに、かすかなエロティックさを感じさせる作品など。また、風景写真でもどちらかというと、ノスタルジックなものより何か意図が込められているかのような幾何学的なものや、偶然の現象などを撮った「風景の光景」シリーズのほうにより興味をもったらしく、デザイナーの感性は、また違うところに目をつけるんだな~と思った。砂丘に憧れて旅したのはもう2年も前だけどまた鳥取を訪れる機会があったら、植田正治写真美術館に行ってみたいな・・・そこでは本当に彼の中の、砂丘のイメージ世界に浸れるかもしれない。そして、"突き抜けた"世界を、全身で感じてみたいと思った。
2006.02.04
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