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2006年、今年見た美術展のベスト5を挙げてみます。自分にとって衝撃の残るもの、もう1回見に行きたいと思わせたもの、収穫の多かったもの、を基準にしたので、優れた美術展であっても、混雑ぶりや自分の体調の加減によって残念ながら十分魅力を感じ取れなかった美術展もあったし、また今年は日本人の作品を見ることをテーマにしたので、かなり偏りがありますが・・・☆第1位☆若冲を堪能!三の丸尚蔵館「花鳥~愛でる心、彩る技」第1期第2期第3期第4期第5期今年は文句なしに若冲年でした。本当に素晴らしかったです。プライス・コレクションの墨絵も打ちのめされるほどよかったです。9月に三の丸尚蔵館の第5期が終わってから、気が抜けたのか、急速に美術展に行く回数が減ってしまいました。燃え尽き症候群?もちろん多忙だったというのもありますが・・☆第2位☆☆ブリヂストン美術館「雪舟からポロックまで」衝撃的でした。見終わってから、まるで頭の上に水のたっぷり入った壺を乗せているかのように、頭を傾けないように東京駅まで歩きました。今見てきた記憶を少しでもこぼしたくないから(笑)という感覚的な理由のために・・・雪舟や応挙、その他印象派から現代抽象画まで東西の幅広い作品群をセンスよくまとめていたように思います。☆第3位☆新橋美術倶楽部「大いなる遺産 美の伝統展」日本画編洋画・工芸編 今年見ようと思っていた横山操との初対面ができました!日本人作家の優れた逸品ばかりで、ぜいたくすぎる美術展でした。日本人でいてよかった・・・☆第4位☆「NHK日曜美術館30年展」濃い美術展でした。また横山操を、しかも絶筆を見ることができました。ルオーもよかった、岡本太郎もよかった、濱田庄司もよかった・・・・・・・ベスト5と言ったのに、4で終わりかよっ!と自分でツッコミ(^^ゞ第5位が迷って迷って。(またsakuraさんに「生真面目すぎる!」と言われてしまう・・)楽しみにしていた「江戸の誘惑展」を見に行っていたら、きっとそれがベスト5のどれかに入っていただろうと予測します。見にいけなくて残念!!第5位に迷いに迷った次点を下記に挙げます。東京都美術館「ニューヨーク・バーク・コレクション」あまりの混雑ぶりに辟易としましたが、鳥文斎栄之、酒井鶯蒲、酒井抱一など、つややかさ、のびやかさ、きらびやかさの饗宴を味わえました。闇の深さ、光の果てしなさ「高島野十郎展」月やろうそくの絵に引き込まれました。しんとした闇と光の世界を体験することができました。奔放な色彩の輝き!~「パリを愛した画家たち」大丸ミュージアム・東京小規模な美術展ながら、粒ぞろいで、環境的にも満足のいく美術展でした。浮田克躬という、新たに好きになった画家と出会えました。虚実の境に紛れ込む~国宝:長谷川等伯「松林図屏風」魔物のような作品でした。今年も見に行こうと思います。私もとり憑かれてしまったようです・・風神雷神図屏風展や藤田やプラド、プライス・コレクションなど大物がすっぽり抜けている~~。なぜだ?(笑)あまりの混雑のせいか・・・ロダンとカリエール展、浅井忠展もなかなかよかったです。また、今年は写真展もいくつか行きましたが、印象深かったものを2つ。「杉本博司~時間の終わり」展突き抜けた世界へ~植田正治の写真展今年見たいろいろな美術展のことを振り返ると、ほんと楽しいです。いい作品、作家との出逢いがあり、収穫の大きい1年でした。それから、今年はなんと言っても、「見る」だけじゃなく、私も作品展に出品して、多くのことを学んだり感じたりしました!走墨作品展それから余談ですが、実はこの夏、アートディレクターの無料講習コースがあると知り、応募しました。が、あえなく落選(泣)有料講習コースもあったり、終了後美術展のボランティアスタッフの機会もあったり。美術について、体系的に実践的に学んだり、活動したりするなんてちょうど興味の高まっていたときだったので、楽しみにしてましたが、残念でした。しかしその後、私の中でもさまざまに動くことがあり、別な形で、美術に関わっていくことを考えています。来年は少しでもそれが具体化するといいなあ。来年もどんな素晴らしい作品や作家、機会に巡りあえるかとわくわくしています。美術の好きな方は、また情報交換よろしくお願いしますね★では今年1年、ありがとうございました。私はこれから田舎の実家へ向かいます。よいお年をお迎えくださいね!
2006.12.31
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コヨーテさんから再三お誘いのあった「ダリ回顧展」へやっと行ってきました!この2ヶ月ばかり、スケジュールもつまりきり、疲れきって体調悪く、週末のお誘いを何度もお断りしてしまってましたが、やっとやっと(T_T)私にも絵を見に行く気力と時間が!ダリは実はちょっと苦手・・というか食わず嫌いというか、図説などで見る限り、うまいしダブル・イメージなど面白いけどなんだか嫌味なエグい印象を持っていて、ひとりでは行かなかっただろうな・・そういう意味で、逆に食わず嫌いなものを見に行く機会をくれたコヨーテさんに感謝♪上野駅で待ち合わせて、イチョウのきれいな公園内を歩いて上野の森美術館へ向かいました。あんまり久しぶりだったので、間違って遠回りしてしまった・・(>_
2006.12.17
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12月7日昨日はまた会社を休んでしまった。体調というより、精神的ストレスのせいだ。仕事関係で所属している勉強会に対する複雑なストレス。立っている位置のあまりの相違。以前も別な勉強会で、がんばって行かなきゃ、と朝服を着替えようとするのに身体が拒否するようにシャツのボタンをとめるのが苦しくそのまま過呼吸に陥ったことがある。あのときと似ている。人の目や評価を気にしていた。向上心がないと思われるのがいやだった。もっとがんばれるんじゃないか、と自分にムチ打ってしまっていた。優等生になろうとしてしまっていた。とうに優等生ではないのに。捨てたくないものにしがみついていた。この機会を失うのはもったいないとしがみついていた。せっかく親しくなれた方もいて、そのあたたかさや情熱に触れるととても刺激を受け、これからだと思っていた。でも、もうだめだ。身体が拒否している。捨てなきゃ。あきらめて、やめること。その屈辱と挫折感。すべて同じだ。でもそこから始まるのだ。以前歌とダンスのユニットを組んで活動していたとき、Kimとユニットやステージのことを夜通し話し合ったときと似ている。意見が食い違い、とことん話し合い、やっと方向性が見えてきたのに、Kimと一番深いやわらかいところで分かり合えたと感じたのに、その先にはもはや解散しかなかった。最も近づき、そして別れていく。失っていく。どうしようもない。ひどく切なく、あたたかく、哀しかった。と、同時にその先には、なんの書き込みもない真っ白なカレンダーが広げられているような解放感を感じたのも事実だった。12月8日会をやめる意思表示をしたことで、ずいぶん気分が晴れた。会社でも、意志をはっきり伝えたら、承知してくれた。親しくしてくださった方たちのことはとても残念で気になるけど、縁があれば、つながっていくだろう。何かむしろ新しく道がひらけたような感覚を味わっている。無性に本を読みたくなった。会ですすめていた本や話題になっていたビジネス本を読もうかと思ったけれど会社の近くの本屋には見つからなかった。出ているビジネス本はどれも読む気になれない。やはりこうした本は好きじゃない。本当に必要な本はどこにあるのだろう?改めて驚く。一連の出来事を俯瞰する。こんな時期だからこそなのだろうか。いつも何かを離れる、卒業する、切るのはまだ早い、これからだと思うときに、不意に心に落ちてくる。今年の最後になってやってきたこのことは、やはり自分の中の道筋に適っているのだろう。何も引きずらない、何も守らない。軽くしなやかに清廉として、立つ。12月11日先日、走墨作品集の印刷はやっとうまく行った。その後製本をし、表紙をつけ、仕上げをした。こういう作業は楽しい。1冊1冊、大事に大事に作業した。そして今年最後の稽古に出かけ、その夜は忘年会に出席し、先生とみなさんの手に作品集が渡り、ねぎらいの言葉をかけていただき、オーナーともあいさつと精算して、これでやっと作品集に関する仕事が終わった。ほっとした。いきなり解放感を味わった。その晩は「あ~!すべて終わった~!」とひとりで何度も何度も万歳し続けていた。自分なりに打ち込んでものを創るのは、ときにしんどいけどやはり楽しい。何度もページを開き、見、紙の感触を楽しむ。
2006.12.16
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11月6日ストレッチしているとき、Kのこと、それから父のことに思いを巡らせた。父。K。それぞれに想いをはせて、その心情を、考えていたことを理解するなんて、できそうもない。自分が破裂してしまう。11月10日すべてをほったらかして、どこかへ行っちゃいたい気持ちも、ある。昨夜は疲れのせいか、急に哀しくなって泣けてきた。泣くのは久しぶりだから、いいことかもしれない。久々に胸がはりさけ、痛む。泣きながら浮かぶ光景は、またあの北の海辺。風がびゅんびゅん吹きすさび、空はグレーで風景全体がブルーグレーなのだ。そして誰もいなくて小さな小屋がある。その後ろには荒涼としたヒースの(ような)丘。なんだかブロンテ姉妹の世界のよう。イギリスに行きたいというのではまったくないが、あの風景はどこにあるのだろう?北の地だけど雪の降るところではない。昔、自分には帰るところがない、と漠然と思っていたけれど、荒涼とした心象風景にずっと焦がれていたけれど、最近意外にも思いつくのは、こうした荒涼とした心象風景は、実は、雪のかわりに冷たいからっ風の吹く、だだっぴろく平らな故郷の地の、形を変えた姿なのかもしれない。11月16日Gから嬉しいことを言ってもらった。私がGのためにかき、贈った絵と詩を部屋にはって、心のより処としてくれているという。その様子を聞いて感激してしまった。たったひとりでもそう言ってくれる人がいることは嬉しいしありがたいことだ。私は描き続けるべきであろうし、書き続けるべきであろう。たとえ評価されても評価されなくても。そうにしか生きていけないのだろうし。11月24日ひどく疲れている。ひどく疲れている。目が痛み、頭が痛む。怒涛のように動き回り、自分が麻痺している。ジムに行けてない。踊れていない。もどかしい。身体がこりかたまり、腰がのびない。脚にしびれが走る。くの字になり、歩いている。12月1日疲れている。私らしくない、最近。取り戻さなきゃ。過渡期ゆえの大変さなのだろうか。すごいプレッシャーだ。落ち着いてやって、楽しいことを考えればいいのに。しんどい。身体と感情がしんどい。肚(はら)は決まっていて、頭はめまぐるしく回転している。身体と感情が、ついていけずしんどい。12月5日おととい、家で走墨の稽古をした。その日の昼間は、新宿の出力センターまで出かけて行ったけれど、作品集の印刷のことが進まず、クリスマスのイルミネーション華やかな通りを、がっくりして帰ってきた。疲れてそのまま夕方寝てしまった。ここにたどり着くまでにも何度も修正が入り、1つ1つの作品写真の色カブリの修正やレイアウトにも時間がかかってしまった。あとは印刷と製本だけ、というところまでやっと来たと思ったのに・・期日に間に合うか、焦る気持ち。プレッシャー。みなさんを先生を満足させ、そして自分自身満足できる仕上がりにできるのか、不安になる。そんな晩なのに、何故か筆はやわらかく、なめらかに動いた。久々にその感覚を味わった。突然、かすれたラインでらせんや曲線を描きたい衝動に襲われ、くるくると描いた。あれは何だろう?本当に突如むしょうに描きたくなったのだ。文字でもなく、絵でもなく、抽象作品の意図もなく、ただ描きたくなって筆をすべらせた。自由だった。あんな自由さ、軽やかさが、作品展のときの月の作品で出せたらよかったのに。イメージでもない、身体の欲求だった。踊りたくなるのと、走り出したくなるのと一緒で、ただ内側から曲線が流れ出てきて、筆を動かした。どうしたらそんな状態になれるのだろう?不思議だ。
2006.12.16
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これを書くのは迷う。が、自分を引き締める意味でも書いておこうと思う。10月30日100km大会を終えて、日常に戻ってきた。日常のいつもの風景。長かった。やはり長い旅だった。サポートでの参加では、思い描いた感動とは違ったけれど、何かあとから思い返しながらじわじわくるかもしれない。10月31日心が叫ぶ。せわしなく動いている。乱れ、うまくまとまらない。見たくないけど見なければならない。11月6日一歩踏み出した。自分でもびっくり。しかし前々から準備されてきたことだ。3日、3連休の初日のこと。先週の100km大会の疲れも残っていて、1日だらだら寝て過ごしていた。夜になり、頭、特に前頭葉と、右目奥が痛くなり、つらかった。Hちゃんがキッチンで夕食の準備をしてくれた。あのとき私の中に吹き荒れていたものを何と呼べばいいのだろう?鳥取と倉敷への旅行のとき感じた"美に関わる仕事をしたい"という思い、100km大会を通じて感じたこと、勉強会で心に強く残ったこと、先日Yが私に言ってくれた意外な言葉、GやSさんやRさんの在り方、絶対帰らないと思っていた故郷に土地を買ったこと、今の仕事や会社のこと、姉のこと、走墨作品展をやって感じたこと、この1年日本の画家の作品を飢えたようにがつがつと見まくったこと、とめどなくあふれる数々の光景、言葉、思い、可能性と恐れ・・・自分で仕事をすること。いつか選ばなければいけないことだとは思っていたし、2年後くらいには選択の時期が来るだろうと思っていたけれど、今、今しかない、と唐突に思った。今から準備をしなければ。頭は痛み、変な感じだった。考えと言葉が同時にあふれ出してきた。痛む頭のまま、思うことをHちゃんに、キッチンで夕食をつくるHちゃんの背中に向かって、しゃべりかけ続けた。アウトプット、アウトプット、アウトプットした。うまく行くかはわからない。しかし、100km大会では、100km歩けたとき、100km行き着くことしか考えなかった。やめるとか挫折することはまったく考えなかった。イメージがゴールすること、その途中をクリアする自分、だけだった。これまでネガティブだった私が、本当に飛ぶためには、無理やり前向きにしか考えられない状況に行ってしまうしかないのかもしれない。現状把握は大事だけど、いいイメージを持つこと、を自分の中に植えつける。その仕事を軸に、生き生きと活動する自分、そしてさらにその先の理想を具現化する自分をイメージする。昔、バレエで知り合ったU野さんは私に言ってくれた、「人生に失敗ということはないのよ」今さらそんな言葉を思い出す。
2006.12.16
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10月25日昨日の寒さとは打って変わって、シドニーかL.A.を思わせるほどのまぶしい天気となった。1日会社の休みを取って、田舎の実家にきている。前日母と打ち合わせた通り、午前中銀行へ行き、土地代金を下ろす手続きをする。なりゆきで、母と共同で土地を買うことになったけれど、昨年から何かの流れに導かれてここまできた。自転車で故郷の街を行くと、さまざまなことを思い出す。毎年お正月に家族で行ったボウリング場。学校帰りに立ち寄った書店。子ども会の運動会の開催された中央公園。大好きだったクラスメイトのAさんの家を探してみたけど、わからなくなってしまった。忘れていたり、変わっていたりするあちこちの場所場所。さびれた商店街。何度も名前の変わった銀行。銀行で順番待ちをしている間、手にした雑誌で偶然H.R.という名前が目に飛び込んでくる。昔、詩の雑誌などでまだ投稿者として目にしていた名前だった。シャープで、こころもち空虚感の漂う文体が印象的だった。今ではこんな美しい写真のあふれた雑誌に小説を書いていることを初めて知った。今なぜ10数年ぶりにこの方の名前を見ることになったのだろう。そうしたこと。そうした何かを示唆するような1つ1つのこと。H.R.さんに流れた20年、私に流れた20年、に思いを巡らす。銀行を出ると、よく晴れてめまいがするほどまぶしい白昼の街。車はひっきりなしに大通りを通っていくけれど、私の中にはまたあの静けさ、無音の空間が広がるのを感じる。啓示の訪れる予感。あれは何だろう?道を広げる駅前通り。これを行くと、市役所、そして私の通った高校へとつながる。小学校のポプラの木。友達がバイトしていたお店や、男の子と歩いているのをこっそり見かけたショッピングセンター。母が入院したときかけつけて、夜に駅から家までケータイで姉としゃべりながら歩いた道。小学校の頃初めて行ったファーストフードの店はとうの昔になくなっている。高校の文化祭のあとみんなで行った喫茶店もすでになくなっている。あの店で、「キャッツ」の舞台写真の特集された雑誌を見て、無性に憧れた。知り合いが出演する「キャッツ」が私にとって初めての「キャッツ」になるとはあの頃は想像もつかなかった。仕事を終える母との待ち合わせ時間にはまだ間があるので静かな店でひと休みした。ここでも、パリ旅行から戻ったとき立ち寄り、啓示を受けた。Yと行ったパリ。今はバンドネオンの音がBGMで流れている。Kと別れたときも、この店にひとり、立ち寄った。どうしてだろう、過去へ過去へ旅してしまう。土地の手続きが終わった。午後、母と改めて銀行や郵便局に出向き、それぞれ手続きし、不動産やさんと待ち合わせて別の銀行へ移動し、奥の部屋で司法書士の方を交え、書類にサインした。あろうことか、自分の名前を書くのを間違えた。そのとき初めて異様に緊張しているのを自覚した。しかし、4年半前に離婚届にサインしたときほどは手は震えなかった。終わるとどっと疲れが出て、本当は母と温泉にでも行こうと言っていたのが、家に帰ってソファで寝てしまった。起きてからも、ごろごろしながらテレビを見たり、お茶を飲みながら母とおしゃべりしたりして、夕方、東京へと向かった。疲れた。実際の作業はあっという間だったが、ひどく疲れた。小さな駅。石のくいが並び、小さな待合室には誰もいない。さびしい灯りがともっている。夕闇の青の中に沈み、列車を乗客を待ちわびている。小さな駅。ここに戻ってきて、またここから新たな旅が始まる。帰り、駅構内のスタバにて。ガラスの向こうを、路線を乗り換えする人々の群れが行き交う。そうして視界の中を、人々が流れるがままにさせておく。私の中に何かが流れ込み、流れ去るがままにさせておくように。とりとめなく。目の前の流れを見ていない。その奥を、遠くを見つめている。それが何かを、心がとらえるまで。何だろう?この感じ。何に気づけというのか。過去のこと、これからのこと。すべて結びついて、先へ先へ行く。そのための何か。
2006.12.16
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10月22日「夏の夜の夢」を見に行った。私の通っていた劇団の劇場が取り壊される、稽古場も事務所も。苦い思い出のほうが多かったかもしれない、でも20代前半の一番エネルギーに満ちた時代をそこで過ごしたのは、とても大きい。その、最後の公演を見に行った。劇場の入り口。同期のKAYAちゃんも、期は1つ上だけど同い年のYUYAちゃんも久々に舞台で見られるので楽しみにしていたが、とてもよかった。全体的に面白く仕上がっていた。長いのに、飽きずに見ることができた。装置はシンプルながら美しく、衣装もよかった。洗練されていた。オーベロンもすてきだったし、ボトムたちもいかにもという感じでよかった。YUYAちゃんの演じたヘレナ、KAYAちゃんの演じたタイターニアとヒポリタ、あんなにアグレッシブなヘレナは見たことないし、あんなにかっこよくユーモラスでコケティッシュなタイターニアも初めて見た気がする。終演後。花びらに埋め尽くされた、白い舞台装置。KAYAちゃんに会いに楽屋に行ったら、YUYAちゃんもこちらを覚えてくれてたので、嬉しかった。2人とも、今では声優としても活躍していて、こうしてラスト公演でもいい役をもらっているのを見ると、非常に嬉しく感じる。一緒に行ったやはり同期のYと、4人で写真を撮った。Yが稽古場を見たいと言ったら、後輩だったOさんが案内してくれた。懐かしすぎる!がさがさの木の床、テーブル、椅子、黒い暗幕、天井の照明用のバトン、パネル、フェンシングの道具、ピアノ、ドガの複製画、屋根裏にある衣裳部屋・・・覚えているもの、いないもの、いろいろ写真に納めた。もうなくなっちゃうんだなあ・・劇場だけでも残ればいいのに、と思うが残念だ。劇団自体は本拠地を変え、続いていくけれど、劇場や稽古場は舞台人の血肉でもあるから、多くの心の血が流れることだろう・・劇場を出る頃はすっかり外は暗くなり、雨も降り出していた。すでに看板のライトは消され、先ほどまでシェークスピアの物語の妖精たちが飛び回っていた夢の箱は、残骸のように蒼暗い風景の中に雨に打たれていた。帰りにYとお茶をした。とりとめなく芝居のこと、これからのこと、仕事のこと、身体のこと、話した。思い出話も。あの辺りに行くと、いろいろ思い出してしまう。同期の子たちのこと、稽古のこと、本番のこと、向かう方向を探しあぐねながら居心地悪く過ごしていた自分、壮絶に死んでいったTちゃんのこと、いくつかの苦い恋の思い出、妹と住んでいた古い古いアパート、母を憎んだりしたこと。生活は不安定で、先も見えず、消えてしまいたいと思ったときもある。すべてすべて遠い昔のものがたり。Yはここ何年か、声優学校で芝居を教える仕事をして充実そうにしていたが、今年、念願の妊婦さんになり、仕事はやめた。妊婦になってから、さらに若くみずみずしくなった。驚くほど。Yは今、守られてると感じると言う。子供も自分も守られている、と。それが守護霊なのか、神様なのかわからないけれど、何かそういったものに包まれて守られている、と。不思議な感覚だろうな、私には想像もつかないけれど。妊婦だけが感じうるものなのだろう。産まれて名前が決まったら、名前を墨で書かせてもらおう。破壊、喪失、そして誕生、再生。時のうつろいと巡り。すべて生まれ変わっていく。
2006.12.14
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時間が経ちすぎて、書き込むことができなくなった分を一部また心配されるかもしれないような表現もありますが(^^;)誤解を恐れずに書いておきます。10月13日今日はバレエのとき、啓示を受けた。そしてそのあとストレッチしているときにも、それは続いた。まずはHIPHOPのレッスンでほぐれ、バレエ用のストレッチで身体がのび、バーレッスンのときには深い呼吸をしながらできた。意識をぴーんと張り、でも身体はのびのびとしていて、それが脳に何かいい影響を与えたのだろうか。振りをやっているとき、それは突如やってきた。創ることに関して、1つ思いついた。それこそ私のもう一歩やるべきことだと感じた。こういったことが頭を巡ると、いきなり世界がひらける。さらにストレッチしながら、言葉と想念がわいてくる。幸せすぎなくてよかった。10代、20代、私は幸せすぎなくてよかった。さまざまな困難と悩みがあってよかった。今、こんなに幸せでいいのか、と思うくらい幸せだ。全ては今のためにあった。そしてこれからもどんどん世界は広がる。エナジーがみちる。遠くまでいける。十分に幸せであったら、こんなに飢餓することもなかっただろう。求めることも創ることもしなかっただろう。死や神を恐れない、ただ自分を失うこと、何者にでも屈服することのみを恐れるようでありたい。幸せな家庭や結婚に憧れることはない。ただ遠く行くことだけを望む。宇宙の果ての小さな星屑になってのたれ死ぬ。前世も死後も考えない。ただ今在る不思議さ、悦びを信じる。今、時を共有している友人たちに感謝する。振り捨ててきたもの、踏みにじってきたものにもきっと意味はあるのだろう。いつかその啓示も感じることがあるのだろう。
2006.12.14
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