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今日は出張はなく忙中閑ありと洒落て云いたい所でしたが応募前職場見学依頼に忙殺されました。企業の都合と生徒の都合を調整しなければいけないので携帯電話が鳴りっぱなしです。学校の電話を使えば良いのですがメモリーに電話番号を登録しているといちいち番号を打つのが面倒でついつい携帯を使ってしまいます。今月の請求が怖い。 午後も来客があったりで3年の学年主任から要請のあったドリカムプラン(総合学習)の評価の入力(文章表記で記入する)を職員室のパソコンルームで始めたのが16時過ぎ、あれこれ考えながら生徒の成績を入力していると妻から電話、「次男が野球部の練習中にボールが眼に当たり眼鏡が割れて怪我をして病院にいると顧問の先生から電話があった」。 スクランブル・・・愛車オデッセイに飛び乗り帰宅、妻を乗せて福山まで高速を飛ばしました。3針縫いましたが眉間の怪我は大したことはなくまずは一安心、念の為明日眼科で精密検査を受ける事になりました。
2008.07.31
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今日の岡山の最高気温は35度、暑い中今日も企業訪問です。総社市役所駐車場に集合、お惣菜製造の食品メーカーと自動車部品メーカー4社を訪問しました。食品メーカーは食品は腐敗防止の為に室温を低く設定していて出荷ヤードは10度以下に設定されていて正に冷蔵庫の中でした。自動車メーカーでも電機関連はクーラーが利い増した。流石に溶接をする工場はスポットクーラーはありますがやはり暑かったです。写真は鷺草の編隊飛行です。
2008.07.30
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7時30分出勤、事務仕事を終えて8時30分学校を出発岡山インターから高速に乗ってたつの西インターで降りて姫路の大手鋳物メーカーK社までドライブ。 使われていない大きな工場の一角で年配のいかにも職人と云った感じの指導員の方と1対1のマンツーマンで濃紺の見慣れた機械実習服を着た生徒が実習をしていました。 2年生での職場体験は3年での進路選択する上でとても大切な役割をするので重要です。職場体験学習はは仕事の厳しさや面白さを肌で感じることが出来来ます。
2008.07.29
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今シーズン最初の応募前職場見学に行きました。自動車部品の製造メーカー4社ですがそれぞれ特徴があって面白かった。自動車大好きの生徒達興味深くそれぞれの会社の採用担当者の説明を聞いていました。夕方、稲妻が走って雷鳴が轟き、念願の大粒の雨が瀧のように降りました。これで少しは涼しくなるかな?
2008.07.28
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暑い、暑い、暑いなかを 今日も玉島ハーバーまで生徒6名を引率して出撃です。車酔いすると言う生徒の希望でエアコンは付けずに窓全開でドライブです。今日は体験航海はない代わりに陸上自衛隊第13旅団第13音楽隊の演奏会を聴きました。自衛隊のイケメン3人が今話題の「羞恥心」に扮して唄い、アンコールの拍手が沸くほど盛り上がりました。昨日はロープの実技指導などがあって「ひえい」の艦内見学が十分に出来なかったので午後、「ひえい」の艦内見学をしました。暑い中でしたが楽しい職場体験だったようで笑顔の花が咲きました。写真は「ひえい」の雄姿です。「いなずま」艦上から撮影。
2008.07.27
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海上自衛隊での職場体験学習、初日、午前中は護衛艦「いなずま」に生徒6名と乗艦、瀬戸大橋が見える所まで体験航海。 昼食は「ひえい」に乗換えて海軍伝統のカレーを頂きました。 護衛艦「ひえい」の艦内見学と概要説明。 その後、手旗信号とラッパ演奏の実演。 最後はロープの結び方の実演と実技指導。 自衛艦に乗艦するのは初めての生徒がほとんどなのでとても刺激的な一日になったようです。 離艦後はハーバーに展示してある戦車など展示車両を見学、自由時間を楽しんで1日目終了となりました。 写真は「いなずま」の艦載のヘリコブターと「ひえい」艦上でのラッパの実演です。
2008.07.26
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倉敷・総社・児島地区の産業事情説明会、水島工業地帯を抱えるだけに企業の参加数が一番多い説明会です。 月曜日の職場見学の打ち合わせをしたり、顔見知りばかりなので和気藹々の名刺交換会となりました。 会場は倉敷紡績の工場跡をそのままホテルに改装した倉敷アイビースクエアー、蔦の絡まる赤レンガ造りの建物はとても趣があって結婚式を挙げるカップルには人気の名所です。 ここは天領時代、幕府の代官所が置かれ、各地の幕府直轄地(天領)から集めた米の倉庫(米倉)が倉敷川沿いに軒を並べていました。美観地区はその名残り、この一角だけが江戸時代にタイムスリップしたような幻想に囚われる雰囲気のある街です。 写真は川船天領丸です。ちなみに船賃は300円也です。 岡山は気温37度、露天の駐車場に置いた車の温度はなんと47度でした。美観地区も茹だる様な暑さでした。 川藻に浮かぶ天領丸を観て涼をとって下さい。
2008.07.25
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午前中、水島にインターンシップの視察に行きました。暑い中機械の分解と組立てをメガネにマスクを付けて会社の制服を着て生徒たちは頑張っていました。 学校へは帰校せず午後は高梁・新見地区の産業事情説明会へ出席しました。 教師と生徒は席に座って企業の採用担当者が席を回るシステム。山間地なのですが中国自動車道を利用できる立地の為か自動車部品、電機部品のメーカーの採用意欲がここでも旺盛でした。岡山県にある本社の従業員は100人強の電機部品メーカー、タイ(バンコク・チェンマイ・アユタヤ)ラオス・中国に工場があって海外の従業員が1000人以上だとか。まさにグローバル企業「海外への出張は頻繁にあるので海外志向の方はぜひどうぞ」と生徒を口説いていました。 会場は高梁国際ホテルでしたが終了後、新見まで足を伸ばして千屋牛と野菜を購入、JAの直売所は17時閉店なんて野暮な事はしないので良かった。大好きな千屋牛もクーラーいっぱい買い込みました。 写真は今日の夕食、千屋牛の焼肉定食B(1,900円也)です。
2008.07.24
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今日は玉野です。午前9時から17時30分まで、午前中は企業の採用担当者との面談、午後は5班に分かれて工場見学、私の班は製造業で3社見学しました。船の部品はとにかく大きいです。写真は玉野広場の女神さま、奥の建物が会場の産業振興ビルです。
2008.07.23
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今週は各地区のハローワーク主催の産業事情説明会が開催されます。 既に先週トップをきって西大寺地区は終了しましたが今日は岡山地区、岡山駅西口のママカリフォーラムが会場でした。勤務校から会場まで徒歩で歩きました。いつもなら散歩コースなのですが昼下がりの行軍は汗まみれとなりました。どうせなら午前中に開催して欲しい。 写真は艦隊展示訓練中の「おやしお」型潜水艦です。海の中は涼しいかな?
2008.07.22
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角田覚治 真珠湾攻撃の指揮を執らせたかった。2次攻撃隊、3次攻撃隊、どこまで戦果を上げたろうか? 明治23年9月、新潟県南蒲原郡に生まれる。海軍兵学校第39期。同期に伊藤整一大将、原忠一中将、阿部弘毅中将らがいる。第一次大戦には中尉として従軍。海軍大学(甲)卒。海軍主流の砲術、いわゆる「鉄砲屋」の道を歩く。昭和4年、第1航空戦隊の先任参謀となり、はじめて海軍航空を体験するが、その後も、「鉄砲屋」として「木曽」「古鷹」「磐手」「山城」「長門」艦長を歴任す。それ以降は、航空畑一筋で、3・4航戦司令官を経て、昭和17年7月第2航空戦隊司令官となり、同年11月中将、18年7月第1航空艦隊長官。海軍兵学校教頭も歴任。「猛将」として名を轟かせ、昭和19年8月、テニアン島で戦死。 海戦当初角田は、小型空母「龍驤」1隻で、ダバオの攻撃、蘭印(オランダ領東インド)の攻略、インド洋作戦に参加し、それなりの役割を果たした。しかし、角田の能力を遺憾なく発揮する場面はなかった。 ミッドウェーとの同時作戦、アリューシャン作戦を命じられた角田は、1ヶ月前に竣工した日本最大の商船「橿原丸」を改造した航空母艦「隼鷹」に乗り込んだ。「隼鷹」は、主機関が一般の軍艦とは異なっており、特殊であった。経済速力で走行する分には何ら問題がないが、戦場に到っては、航空機の離発着に応じ、絶えず速力を変更しなければならず、不便だけでなく、危険と無理をともなった。角田はダッチハーバー攻撃を実施。別働隊がアッツ、キスカ両島を占領したが、ミッドウェー海戦の大敗北で度を失った連合艦隊司令部の緊急命令で、「隼鷹」が、しばらくミッドウェー方面に向かうというおまけがつき、本作戦は終了する。 17年10月26日、ミッドウェー開戦以来、再び日米機動部隊が、奇襲や偶然でなく、雌雄を決すべく真っ正面から激突する南太平洋海戦の幕が切って落とされた。米国では、これをサンタクルーズ沖海戦と言う。米空母発見と同時に、連合艦隊司令長官山本五十六大将は、角田少将部隊(「隼鷹」と15駆逐隊の「早潮」「親潮」「黒潮」)を南雲中将指揮下に入れ、米機動部隊攻撃を命じた。角田部隊は、一路南東の進路を取り、第1航空戦隊に策応しつつ、全速力で米機動部隊に近づく。その距離は、「隼鷹」から約330カイリ(約610km)。角田は、たとえ裸一貫となっても、敵に向かって肉薄するのが身上である。近くの洋上には、近藤信竹中将率いる第2艦隊の32~33ノット以上の駿足ぞろいの戦艦、巡洋艦がいたが、25.5ノットしかでない商船改造空母「隼鷹」が、わずか3隻の駆逐艦を従え、全速でぐんぐん追い越して行く様は、槍を構えて敵陣に殺到する戦国武者にも似て、精悍そのものに見えたと言われている。 「角田少将の胸のなかには、ただ敵をいかにして効果的にやっつけるかのほかには、なにもないようだ。できるだけ敵ののふところに飛び込んで、飛行機隊が思う存分働けるようにしてやりたい。この一念で凝り固まっている。先制攻撃を目指して、なるべく早く敵の近くにいる南雲部隊のどれかの母艦に収容してもらう。そうすれば隼鷹は無事である。それも兵術的には立派な答案である。現に隼鷹の甲板に待機している飛行機隊は十分その任に堪え得るであろう。しかし角田少将は、そのような術策はとらなかった。ただ単刀直入、はやる駒を抑えて自ら率先危地に飛び込んでいく。白波をけたてて突進する隼鷹の橋艦には、はつらつとした攻撃精神がみなぎっていた」 角田は、米空母との距離約280カイリから、第1次攻撃隊(指揮官・志賀淑雄大尉)を飛ばし、すでに大破したホーネットと無傷のエンタープライズを発見し攻撃、エンタープライズを損傷させる。その結果、エンタープライズは、護衛艦隊を引き連れ戦場から避退する。その後、第2次・第3次と繰り返し攻撃隊を編成し、ホーネットに止めをさしている。 ミッドウェー海戦で惨敗した南雲部隊を「あほう鳥」と侮辱した米国のウィリアム・ウィンターというアナンサーは、「この日ほど悲惨な海軍記念日を迎えたことは、アメリカ海軍創始以来始めてのことである」と、歯ぎしりして悔しがった。 角田指揮の第1航空艦隊は、本来1600機の大兵力をもって、浮沈空母の各島の基地をを移動し、マリアナ海域で戦勢を一挙に挽回するための、虎の子の航空部隊であった。それが、その後の連合艦隊司令部の猫の目のように目まぐるしく変更する作戦命令と相次ぐ基地移動のため消耗し、19年4月時点では、半数以下の700機を揃えるのがやっとであった。6月には、残存機数わずかに20%であった。米機動部隊の西部ニューギニアのピアク島来攻により、またぞろ連合艦隊司令部は、角田に兵力の小出しを迫る。ところが、大本営の敵情判断は根本的に間違っており、大兵力移動展開中に、米機動部隊がサイパン島を攻撃、上陸するや、第1航空艦隊主力を呼び戻すことはできず、「攻撃を開始せよ」との連合艦隊命令に、猛将角田をもってしてもなすすべもなく、さらに「待避せよ」の命令変更により、サイパン・テニアンから編隊が、トラック、パラオへ移動準備中、米艦載機群の攻撃にさらされる。猛将角田は、目の前で自軍の「待避中」の戦闘機が米軍機の攻撃にさらされている光景に、ほとんど正気を失いかけ、参謀長に連合艦隊司令長官(最後の司令長官・小沢治三郎)の弱腰を非難し、命令違反を承知で「攻撃命令」を出すよう参謀長・三和義勇大佐に訴えたという。圧倒的な米艦載機(1000機)の前には、全機種実働250機ではどうしようもなかったが、「武人ならこのまま自滅するより、刺し違えて倒れる攻撃を選ぶ。とにかく、敵輸送船団が300隻も目の前にいるのだ。一機でも叩き墜とし、一船であれ体当たりで沈めたいのだ」と角田は叫んでいたという。 「角田中将の闘志は、まことに比類ない珠玉だった。第1段作戦にも、南太平洋作戦にも、遺憾なくその強さを示した。だが、基地航空戦の指導には柔軟性がなければならない。適材適所の人的配置を要する理由がここにある。角田中将は基地航空部隊の指揮官として配するよりは、海上部隊の指揮官とする方がはるかに板についていた。いまにして思えば、この人をマリアナ沖の海戦なり、フィリピン沖の海戦なりの立役者として登場させていたならば、と惜しまれることが数々ある」と淵田美津雄・奥宮正武、両氏は著作の中で述べている。 昭和19年8月2日、「見敵必戦」の猛将・角田覚治中将は、テニアン島で戦死。 写真は空母見たいな護衛艦「しもきた」です。
2008.07.21
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展示訓練に初参加、艦隊行動を初めて観ました。飛行艇の着水もまじかで観る事が出来ました。暑かったけど初体験はいくつになっても新鮮で刺激的です。せとゆきは「はつゆき」型護衛艦の10番艦として三井造船玉野事業所で建造された多目的護衛艦です。写真はお世話になった「せとゆき」です。飛行艇 US-1A 着水の瞬間です。
2008.07.20
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先日行った赤磐市にある岩神神社のゆるぎ岩です。駐車場から徒歩20分とありましたが登り坂はきつくて20分以上かかったような気がします。石段の参道を登って神社に到着すると大きな野生の鹿が逃げて行きました。ゆるぎ岩は、岩神神社の境内にある岩石で、その形は、花崗岩が板状節理によって風化浸食して生じた偶然の奇現象によってできました。巨岩群の中に長さ約4m程の台石があり、その上に舟状の岩石約5mが台石の一点を支点としてシーソーのように人の力で上下に揺らぎます。頭の良くなる神様と言われ、一見して落ちそうでおちないことから受験生に敬われています。
2008.07.19
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夏休み前の最終日、全校集会(前期・後期制の為、終業式とは呼ばない)で就職夏の陣では他校の生徒に負けないように応募前職場見学で自分の適性になった合った就職先を探すように檄を飛ばし。 その後は生徒の応募前職場見学の申し込みにてんやわんやとなりました。会社によっては旅費を全額負担してくれるところもあります。流石大企業余裕を感じます。 夕方19時から奨学会(PTAに相当)主催の保護者懇談会に出席、社会人になって頑張っている卒業生の話をしました。 20時30分終了の予定が議論白熱で延びてしまい私がいつも餌を調達している釣り具屋さんは21時閉店、間に合わないので他の釣り具屋さんで青虫を調達、昨日針に掛からなかった彼女を釣り上げるべく出撃しました。 チヌ針2号にハリス1.5号、浮きも1.5号と今回は完全なチヌ狙い、これが裏目に出てしまいました。ウキを飛ばしてタモ網をセットしている間にウキは海中に引き込まれてしまいました。ぐぐっと竿を煽ると強烈な引き間違いなくチヌだと思った瞬間ハリス切れ残念無念じゃ。 ハリス5号のケン付きセイゴ針15号に交換して再チャレンジ、今度こそ・・・ そろそろ帰ろうかと想いながら捨石の際を流していたら赤い電気ウキが沈んで大きく合わせると竿は半円を描いて撓ります。久しぶりのチヌの感触、タモ網が少し遠い所に置いていたのでブッコ抜こうかと想いましたが流石に重過ぎて2号の磯竿が折れる可能性もあるのでタモ網の所まで誘導し無事ゲット出来ました。 もしかしたら最長寸かも、チヌの最長寸記録は35cmか?33cmか?うーん思い出せない。なにせ30代に鳥取砂丘で投げ釣りで仕留めたチヌなので記憶が定かでないのです。
2008.07.18
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連夜の釣行となりましたが戦果は昨夜のカサゴ1匹のみ。牛窓の常夜灯のあるいつものマイポイントへ、年配の先客がいました。同じ岡山市からの常連さんで釣り談義に花が咲き楽しかったです。常連さんは奥方からの帰れコールに従い撤退されましたがその際余った青虫を私に譲って呉れました。頂いた餌を放流のため?小雨の中児島湾へ出撃、昨日の仕掛けをそのまま使い、18号のスズキ針、ハリス5号、3号の自立電気ウキで勝負、勝負。なんども赤い電気ウキが水中に引き込まれますが針に乗って呉れません。少し針が大き過ぎたかな? 1時間弱で雨が激しくなり青虫を放流して撤退しました。
2008.07.17
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今日は倉敷市営球場で試合がありました。初回に1点を失いどうなる事かと思いましたがまたしても逆転勝利で2回戦を突破しました。
2008.07.16
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今日は卒業生が2人来校。 ひとりは私が3年間担任をしたY君、10年前の卒業生です。現在ディスカウントスーパーの青果部門で働いています。彼は卒業式の日に「先生が3年間担任で良かったです。ありがとうございました。」のメッセージを添えてマグカップをプレゼントしてくれた心優しいナイスガイです。千屋牛のランチをと思いましたが残念ながら定休日だったので豚カツ屋でランチを一緒に食べました。 もうひとりは今春卒業したばかり、ピカピカの新入社員のT君です。18時過ぎに来校、会社の制服を着て帰宅途中に寄ってくれました。自動車部品メーカーで溶接の仕事をしています。T君は初め学生服製造メーカーを希望、私と一緒に応募前職場見学に行きました。職場見学の結果自分のイメージと違っていた為今度は自動車部品会社に応募前職場見学に行き、気に行ったので採用試験に応募、採用されました。在学中はボーリング部で活躍、天文学の好きなこちらもナイスガイです。 暑いけど卒業生の笑顔には癒されます。
2008.07.15
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私の勤務校の試合がありました。 美咲町のエイコン(どんぐり)球場で9時プレイボール。2ランホームランで先制される苦しい展開でしたが何とか逆転で今大会の初勝利です。 晴れやかに校歌を歌う生徒たち、笑顔の花が咲きました。
2008.07.14
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娘を英検の受験会場の岡山市西部の高校まで送りました。旭川の堤防を走りながら小学生の時にここでシジミ採りをした事を思い出したようで私とドライブに行った時の話で盛り上がりました。山陰に釣りに行って北朝鮮の船を観たこと、賀陽町のため池のアヒルが馴れなれしかったこと、アクアスに白イルカを観に行った事など・・・ 娘を正門まで送り届けた後は近くの西大寺観音院へ、ここには寺院なのに珍しく観客席が設けられています。西大寺裸祭りの時の見物客の人たちのものです。今は岡山市に合併されてしまいましたがかつては西大寺市でした。吉井川の河口に開けた門前町、その中心が観音院なのです。観音院では「幸せになりなサイ」像を買いました。 今度はブルーハイウェイを一路西へ日生を目指します。前回休館日だった南米美術館(旧森下美術館)へ。マヤの人形が可愛かった。カカオを加工して食べた最初の人類はマヤ、香辛料のトウガラシの発見もマヤ文明ですが当時は強烈な辛さを求めるものではなく日本のかつおぶしのように香り付けのうま味成分として利用されていた。ここは写真撮影原則自由。沢山写真撮りました。 南米美術館から港の見える丘展望台へ、山頂から日生の港と街並みが展望できます。晴れていれば小豆島もくっきり見えますが今日は靄がかかっていましたがそれでも薄ぼんやりと観ることは出来ました。 今日は牛窓で夜釣りの予定でしたが五味の市の裏にいた釣り人にキスが釣れると聞いたので早速挑戦、日生での初釣りとなりました。貨物船の係留場ではカップルがサビキでママカリを釣っていました。竿はルアー用でしたが結構釣れていました。昨日の投げ竿に20号のオモリ、カレイ針の10号仕掛けの2本バリに青虫を付けて遠投。待てど暮らせど当たりなし。夕暮れ時のアナゴを期待しましたがこちらも不発でした。 夕暮れ時、カニ捕りの家族づれが続々車で到着、懐中電灯とタモで頑張っていました。 電気ウキも試しましたが当たりなし。 その代り大きなエイ嬢と遭遇しました。岩壁のカニか牡蠣でも食べているのか横になって何やら食べていました。横になるのでヒレが海中から出ていて最初鳥の羽かと思いました。かなりの大物、次に回遊してきた時、タモで掬おうと試みましたが大き過ぎてどうにもなりませんでした。 常夜灯はあるし車横付け可能、近くにコンビニあり、私にピッタリの釣り場ですがレンタルビデオの返却日が今日なので8時30分納竿となりました。
2008.07.13
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午前中、JAの直売所に花の苗を買いに行きました。苗を買いに行ったはずが野菜やもち米を買い込みました。もち米は新庄村がブランド化を推進し村の存続を託している「ひめのもち」、これは買わないわけにはいかない。桃も売っていたけど桃はJA一宮の直売所で買う事に・・・午後、JAの直売所が閉まる前に桃を買いに行きました。やはり産地の直売所は安い。やや難ありの通称「ハネ桃」5個で350円、15個買いました。夜、いつもの約束の場所へ急ぎます。今日は投げ釣り用の竿を1本追加、久しぶりに投げ釣りにも挑戦です。いつものスズキ狙いではないので遠投の必要がないため自立ウキは使わず、1号の電気ウキを使用、ハリス4号15号の丸セイゴ針で勝負です。投げ竿は軟調の竿に夜光塗料を塗った針に青虫を房掛して投入、久しぶりで力が入り過ぎたのか飛び過ぎて困りました。投入後竿先に鈴を付けてセット完了です。今日の戦果はチヌ、今回は腹ビレも黒いチヌ姫でした。一昨日釣れた場所よりやや西よりでしたが釣れたのは捨て石の際で同じです。一昨日より一回りサイズアップ、塩焼きには程良い大きさです。2匹目、可愛いセイゴちゃん、こちらは一昨日と同じ幼稚園サイズだったので大人になっても再会を約してもちろん放流しました。 潮位が下がり、捨て石が露出した所で終了となりました。投げ竿の鈴は一度も鳴る事はありませんでした。美味しいアナゴ丼は次回に持ち越しです。その後玉野方面に偵察に行きました。田井港は船が係留していて狭い所に釣り人多数。活き餌を使った電気ウキでアオリイカ狙いの釣り人もいました。メバルはぼちぼち釣れているようです。宇野港はイカ墨の汚れがあったからイカが釣れている情報はウソではないけど車を横付け出来ないのでこちらもパスです。明るくて波形の石のベンチもあって恋人たちの夜のデートには良いかなと思ったのも束の間、花火をする若者達の嬌声にうんざりしました。
2008.07.12
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鷺草が精いっぱい羽を拡げて咲きました。ホントに鷺みたいで可愛い花です。
2008.07.11
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釣り好きな生徒とアオリイカ釣り談義をしたせいか、急に逢引がしたくなって釣り具屋へ青虫を買っていつもの待ち合せの場所へ。 潮位も確かめず釣行したので干潮で潮位が低く捨て石が露出してました。 流れも余りないのでいつものスズキバリ18号の大物仕掛けは止めて15号のセイゴ針に変更、赤い電気ウキの仕掛けで捨石の際を狙います。電気ウキが一度海中に引き込まれて大きく合わせますがすっぽ抜け、それでも当たりがあれば俄然やる気になります。 暫くして再び電気ウキが海中に引き込まれ今度は慎重に前より少し遅れて合わせ、念願のキビレ姫とのデートを楽しみました。 2匹目は可愛いセイゴ、こちらはスズキに成長してからの再会を約して放流。3匹目を狙っていると沖に漁船が来て何やら叩く音が・・・これでは釣りにならぬと納竿となりました。
2008.07.10
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岡山駅で見つけた可愛いアンパンマン電車を紹介します。
2008.07.09
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京都日産自動車専門学校から日産スカイラインGTRに乗って校長先生と広報担当の方が来校されました。 車大好きな生徒達は大興奮、もちろん教員も。 その教員のひとりが私です。
2008.07.08
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私の勤務校の正門に大きな笹の七夕飾りが2つ、生徒、教職員の願いを書いた短冊がいっぱいです。 大きな笹は私の同僚の山から切り出した笹です。大きな笹なので運搬も大変だったとか。七夕飾り、季節感があって良いですね。 写真は先日企業訪問の途中で見つけた案山子です。
2008.07.07
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国道430号線、玉野市民会館前に玉比め(たまひめ)神社があり、境内には大きな霊岩がある。ご祭神は豊玉姫命こと竜宮城伝説(うらしまたろうが出てくる昔話)の乙姫様である。 玉比めの「め」が楽天ブログでは出ません。田に羊と書いて「め」です。 本殿 霊岩
2008.07.06
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山陽自動車道三木サービスエリアの売店で売っている豆大工道具セットです。同じサイズのミニのみを持っていますが、ミニと侮るなかれ、切れ味は本物と変りません。また値段の方も負けていませんのでこのセットの購入は見送りました。飾って置くには良いのですが余りにも実用性がないので・・・釣り用のミニナイフ(キーホルダーサイズ)もありましたが3,990円だったのでこちらも断念しました。
2008.07.05
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「花よりもなほ」と「憑神」をレンタルして観ました。「憑神」は原作を読んでいたのでどうも映像になるとイメージが違って駄目ですね。最後に作者の浅田次郎先生が登場したのはご愛嬌と云ったところでしょうか。 「花よりもなほ」は宮沢りえの着物姿が良かったです。DVD 花よりもなほ【通常版】[DVDソフト] 憑神 (通常版)
2008.07.04
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先日、高速道路のパーキングエリアで捕獲したミヤマクワガタです。高速道路のパーキングエリアは明るい電灯に引き寄せられて虫達が集まって来るのでクワガタ捕獲の穴場です。
2008.07.03
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今日は愛知県の大手自動車メーカーに就職したO君と玉野市の大手造船メーカーに就職したT君を講師に招いて職業を知るの授業をしました。卒業して1年と3ヶ月、スーツ姿も初々しい二人の現在の仕事についての講演に生徒達も興味深々でとても刺激的な良い授業となりました。 講師紹介の大任は私が勤めました。 真面目で在学中はどちらかと言うと目立たない存在の2人でしたが19歳とは思えぬ態度で講師役を勤め在校生からの質問にも的確に答えていました。 社会人になって鍛えられるな。良い会社に就職出来て良かったなと想いました。 教師冥利な晴れやかな気分の一日でした。
2008.07.02
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午前中3時間授業、午後からは求人依頼の採用担当者が多数来校され接客で大忙しの1日となりました。 応募前職場見学の日程が気になる生徒は求人票が来ているかどうか進路指導室に押し寄せるし・・・まさに千客万来と相成りました。 写真は赤穂市大石神社の恵比寿様です。
2008.07.01
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