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坂上是則(さかのうえのこれのり)み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり古今和歌集 325吉野の山の白雪は降り積もってゆくらしい。その麓(ふもと)の奈良の旧都も寒さが加わってゆくという。註ふるさと:遷都する以前の昔の都、旧都の址。現代語の「故郷(ふるさと)」とは意味が異なる。なりまさるなり:左の「なり」は動詞。右の「なり」は伝聞推量の助動詞。「・・・だということだ。」
2010年01月31日
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金子薫園(かねこ・くんえん)硝子戸に見ゆるかなたの冬ざれの東京湾の高き帆ばしら歌集「覚めたる歌」(明治43年・1910)ガラス戸越しに見える彼方の冬に寂れた東京湾を行く帆船の高いマスト。註明治時代の歌とはにわかに信じがたいぐらいのモダーンな感覚だと思う。作者は東京・神田生まれの都会人。ガラス戸のフレームを、あたかも一幅の掛軸の枠のように見立てて遠景を眺めている。冬ざれ:冬の荒れ寂れた様子。
2010年01月30日
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久方ぶりに、ちょっとコワモテ硬派ネタ。各メディアの報道によれば、鳩山民主党政権(・・・というより、小沢独裁政権?)が今国会に提出・成立を目論んでいた、いわゆる「外国人参政権法案」(永住外国人への地方選挙権付与法案)が、昨日までに暗礁に乗り上げた模様だということだ。これで廃案になる公算が大であり、今後当分の間俎上に載せられることもなくなった。当然のこととはいえ、慶賀に堪えない。外国人選挙権法案、提出見送りも 首相が表明【朝日】日本人一国民として、これだけはどうしても理解できず、受忍限度を遥かに超えていた。僕には在日韓国人の旧友がいて親しくしているが、それとこれとは全く別次元の話である。推進派は正気なのかとさえ疑う。よしんば全てを譲っても、これだけは絶対に譲れない最後の一線というべきイシューであった。多くの心ある皆さんが指摘している通り、これは地方参政権だけに留まる問題ではない。この法案が通れば、「庇(ひさし)を貸して母屋(おもや)を取られる」という諺(ことわざ)を地で行くことになるだろう。必ずや国政も外国勢力の影響下、ひいては支配下に置かれることになるだろう。その恐怖と絶望を、ぜひ想像(イマジン)していただきたい。明らかに 日本国憲法第15条 に違反することはもちろんだが、日本国家・国民の紐帯を破壊することが火を見るより明らかな、きわめて危険で異常な法案であった。背後には、日教組のドンである輿石(こしいし)民主党参議院議員会長の暗躍・策動があったと伝えられている。「法案は明らかに違憲」外国人参政権の理論的支柱が自説を撤回【産経】恐ろしい「永住外国人地方参政権付与」平野官房長官の暴言で明らかに【PJニュース】・・・が、どうやら今は過去形で語り始めてもよさそうである。こんなもん、成立するわけがないだろ~と高を括りつつも、万が一の“事故”もないとは言い切れないし、成り行きをハラハラしながら見守っていたが、やはり賢明な日本国民の良識は総意として作動したようである。この法案成立にきわめて積極的だといわれる小沢一郎氏の実質的な失脚・神話崩壊も功を奏したものと受け止められている。検察当局の労を多としたい。また、政権内部で強硬に反対し続けた国民新党、とりわけ亀井静香代表の勇猛果敢ぶりには満腔からの敬意を表したい。・・・今さらながら、国民新党が連立に入っていて本当に良かったと、天の配剤に感謝感激です~♪亀井氏、外国人参政権法案は「今国会に提出できない」【産経】ほっとした。とにかく良かった。こればっかりは手放しで喜びたい気分になる朗報であった。外国人参政権・官僚の答弁禁止 「小沢法案」はや黄信号【東京新聞 1月27日付朝刊】 民主党の小沢一郎幹事長の肝いり法案の今国会成立に黄信号が点灯している。政治資金問題で東京地検の事情聴取を受け、絶大な影響力に陰りが出ているからだ。典型例が永住外国人に地方参政権を付与する法案。けん引役の小沢氏の動向次第では、慎重派の勢いが増すことも予想される。(関口克己) 同法案をめぐっては国民新党代表の亀井静香金融相が反対を明言している。このため、平野博文官房長官は二十六日の記者会見で「きちっと閣内で合意しないといけない」と述べ、与党三党の党首級による基本政策閣僚委員会で調整を図る考えを示した。 小沢氏は今月十一日の政府・民主党首脳会議で、同法案について「日韓関係を考えると政府が出す方がいい」と述べ、党議拘束のかかる政府提案とするよう要望、鳩山由紀夫首相も了承した。 小沢氏が法案成立に積極的なのは夏の参院選で在日本大韓民国民団(民団)の側面支援を期待するとともに、参政権付与に熱心な公明党と慎重な自民党との間にくさびを打ち込む狙いがあるとみられる。 ただ、小沢氏は二十三日、自らの資金管理団体による土地購入問題で事情聴取を受けた。今後の捜査の進展次第では、小沢氏の党内に対する影響力が弱まり、同法案の慎重派が息を吹き返す可能性も出てきた。 すでに民主党内では「これで法案は難しくなった」(推進派の中堅)、「とてもできる状況ではない」(慎重派のベテラン)との見方が強まった。小沢氏に近い議員も「できなくなったのではないか」と漏らした。 同様に、内閣法制局長官を含む官僚答弁を禁じる国会法改正案も小沢氏をめぐる政局の推移に成否がかかってきた。 そもそも官僚答弁の禁止は、新たに法律で規定しなくても現行法の運用で実現できる。小沢氏の推進力が衰えれば、それだけ法案の実現性が低くなるのは確実だ。[東京新聞 26日配信]ところで、普天間基地問題は、県外移設への圧力が高まる一方だが、いったいどうするつもりなんだろう?あと4ヶ月なんて、あっという間だよね。もうこうなったら、ウルトラCで、佐賀県移設しかないかな~?土地はたっぷり余ってるらしいよはなわ兄弟と松雪泰子の意見を聞いてみたい。・・・江頭2:50も忘れずに~
2010年01月29日
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俵万智(たわら・まち)青春という字を書いて横線の多いことのみなぜか気になる歌集「サラダ記念日」(昭和62年・1987)註細かい観察眼の捉えた小現実、というより、23~4歳の新人女性高校国語教師の目に映じた青春という言葉への微妙な疎外感とかズレとか白けみたいなものが、おかしみと同居しつつ表現されている。・・・こういうところは、やっぱり関西人か。初めて目にした時、上手いなあと思い、長く記憶に残っていた。最近、恰好の素材に出くわしたので、この発想をパクってみた。これはいわば、僕なりの俵さんへのオマージュである。相譲らぬ勝間和代と香山リカ「カ」音の多きこと気になりぬ(拙作──「短歌人」2009年12月号掲載作品)
2010年01月28日
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くまんパパ ウスターソース毛の国のしはすのあしたしののめの光を浴びてわれ生まれたり *1Lichtung それは日溜り 存在が開かれる場所 光の野原 *2 Worcester をマルハの魚肉ソーセージにかけて齧れば少年となるひとはみなひとりきりでは生きられぬ理由を探す旅をしてゐる空澄みて二荒颪ふたらおろしの吹きすさぶ冬下毛野しもつけぬ車窓に流るくだらない話をふたりかはしゐし車内に冬の光は射しつ紅葉もみぢたる鬼怒のいで湯に吾妹子わぎもことひと夜泊りき子が出来るまへ *3函館に行きたいわねと君の言ふ行かう行かうよいのちあるうちねがはくはもみぢのもとにわれ死なむ妻に看取られ寄り添はれつつくれなゐの房実たわわにピラカンサ滅びのごとく夕日にぞ炎ゆわびさびの予感押し寄すもう一度談志の黄金餅こがねもちを聞きたし *4「百年後残るの?」「それがどうしたの?」尾崎左永子の評価基準は *5いつの間に明治製菓のロゴマーク変はり果てしかいたく寂しゑ白秋を否みし中野重治は否まるるべきものとし思ふあやにくにこれぞ贔屓の引き倒し「齋藤茂吉ノオト」の偏頗*1 下野(しもつけ)の国(栃木)の12月に生まれた自分の誕生を詠んでみた。・・・茶目っ気である(笑)*2 哲学者マルティン・ハイデガー「存在と時間」、「芸術作品の根源」より。/「リヒトゥンク」:「光」と「森の中の空き地の野原」を多義的に含意するドイツ語の概念。*3 上古語動詞「もみづ(紅葉する)」を用いた。*4 立川談志。*5 尾崎左永子「現代短歌入門」(沖積舎・2006年)著作権を有します。© 2010 Kumanpapa Daddy Bear All rights reserved.
2010年01月27日
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くまんパパ 「短歌人」2月号掲載作品ウスターをマルハの魚肉ソーセージにかけて齧れば少年となるねがはくはもみぢのもとにわれ死なむ妻に看取られ寄り添はれつつくれなゐの房実たわわにピラカンサ滅びのごとく夕日にぞ炎ゆわびさびの予感押し寄すもう一度談志の黄金餅を聞きたし白秋を否みし中野重治は否まるるべきものとし思ふあやにくにこれぞ贔屓の引き倒し「齋藤茂吉ノオト」の偏頗著作権を有します。© 2010 Kumanpapa Daddy Bear All rights reserved.
2010年01月27日
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俵万智(たわら・まち)水仙のうつむき加減やさしくてふるさとふいに思う一月歌集「サラダ記念日」(昭和62年・1987)註そういえば、水仙って真冬に咲くらしい。写真を撮りに今度探しに行ってみようかな。・・・それにしても、ちと寒いなあ
2010年01月27日
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俵万智(たわら・まち)やさしさをうまく表現できぬこと許されており父の世代は歌集「サラダ記念日」(昭和62年・1987)註作者の「父の世代」に限らず、僕を含めて少なからぬ大和益荒男(やまとますらお)は、程度の差はあれ「やさしさの表現」を苦手としているのではないだろうか。妻と話していると、思わず「イラ菅」になっていることがよくある。次長課長・河本の鬼嫁ネタには今日も爆笑してしまう。・・・深く反省すべきである最大の問題は、僕らの世代には、それが「許されて」いないということか・・・何ほどか身につまされて苦笑の一首。許されており:作者の文語体の使い方の絶妙さに、またしても感服だ(・・・口語体なら「許されている」などになるだろう)。ある種の「キッパリ」感が醸し出されている。
2010年01月27日
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俵万智(たわら・まち)落ちてきた雨を見上げてそのままの形でふいに、唇が欲し歌集「サラダ記念日」(昭和62年・1987)註一世を風靡した名作歌集「サラダ記念日」には記念碑的(モニュメンタル)ともいえる名歌が鏤(ちりば)められているが、この作品もその一つと言っていいだろう。内容のヴィヴィッドな身体感覚もさることながら、口語体と文語体をさらりと同居させつつ、終句を文語体でぴたりと着地させる技法にも脱帽(「落ちてきた」は明らかな口語体。文語体であれば「落ちて来(き、こ)し」などになる。「欲し」は明らかな文語体)。これ以後、短歌表現において、一首中での口語体と文語体の並存が(批判もあろうが)許容されるようになった。この時彼女は芳紀24歳。この一冊で現代短歌中興の祖となった。
2010年01月27日
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伝・高杉晋作(たかすぎ・しんさく)小唄 三千世界の鴉を締めて 三千世界の鴉からすを締めて主ぬしとチョイト朝寝がしてみたいサッサエッサッサノ サササッサヨイヤサノコラサノドッコイサノ ヨイヤノサッサ幕末朝っぱらからガアガアとうるさい全世界の野暮なカラスどもを絞め殺してあなたとゆっくり朝寝がしてみたい。
2010年01月26日
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初代 清元菊寿太夫(きよもと・きくじゅだゆう)小唄 初雪初雪に降りこめられて向島むこうじま ふたりが仲に置炬燵おきごたつ酒の機嫌の爪弾きは 好いた同士の差し向かい嘘が浮世か浮世が実じつか まことくらべの胸と胸江戸後期
2010年01月26日
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よみ人知らず膝ひざや手をたたいて翁おきなかへるなり江戸川柳註先日ご紹介した松尾芭蕉の名句「いざさらば雪見にころぶ所まで」をもじった川柳。和歌でいう「本歌取り」のような手法。翁おきな:芭蕉翁(ばしょうおう)。川柳は、いうなれば能に対する狂言、和歌に対する狂歌のごときもので、江戸期に俳諧連歌から派生して発達した。江戸中期の点者・柄井川柳(からい・せんりゅう)の名を冠す。
2010年01月26日
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斎藤茂吉(さいとう・もきち)冬粥ふゆがゆを煮てゐたりけり くれなゐの鮭のはららご添へて食はむと歌集「つきかげ」(昭和26年・1951)冬粥を煮ていたのだった。紅の鮭の卵を添えて食おうと。註粥の白とイクラの赤のイメージの対比が鮮やかな、枯淡の佳品。
2010年01月25日
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小島ゆかり時かけて林檎一個を剥きをはり 生きのたましひのあらはとなれり歌集「月光公園」(平成8年・1996)註時間をかけて皮を剥き終わった一個の林檎に「生のたましひ」を見ている。やや突飛な連想のようにも思われるが、想像力の一つの形というべきであろう。作者の持っている、ある種の「霊的(アニミスティック?)」な資質が“あらわと”なっている秀歌。
2010年01月25日
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北原白秋(きたはら・はくしゅう)ペチカ雪のふる夜は たのしいペチカペチカ燃えろよ お話しましょむかしむかしよ 燃えろよ ペチカ雪のふる夜は たのしいペチカペチカ燃えろよ おもては寒い栗や栗やと呼びます ペチカ雪の降る夜は たのしいペチカペチカ燃えろよ じき春来ますいまに揚やなぎも萌えましょ ペチカ雪のふる夜は たのしいペチカペチカ燃えろよ 誰だか来ますお客様でしょうれしい ペチカ雪のふる夜は たのしいペチカペチカ燃えろよ お話しましょ火の粉ぱちぱちはねろよ ペチカ作曲:山田耕筰大正12年(1923)12月作曲。大正14年(1925)5月刊「子供の村」初出。註ペチカ:ロシア式暖炉。作詞者自身は、原語のロシア語の発音に従い、「ペチカー」ではなく「ペーチカ」と歌うことを望んでおり、今日でも公の歌唱ではそうなっているという。栗や栗やと呼びますペチカ:「栗よ、おいで」と(ペチカが)呼ぶ。擬人化されたペチカが主語。いまに揚やなぎも萌えましょペチカ:「(春に柳の新芽が)萌える」と「(ペチカが)燃える」が掛かっている。いかにも歌人として出発した白秋らしい、和歌的な修辞。
2010年01月24日
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北原白秋(きたはら・はくしゅう)落葉松からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。からまつはさびしかりけり。たびゆくはさびしかりけり。からまつの林を出でて、からまつの林に入りぬ。からまつの林に入りて、また細く道はつづけり。からまつの林の奥もわが通る道はありけり。霧雨のかかる道なり。山風のかよふ道なり。からまつの林の道は、われのみか、ひともかよひぬ。ほそぼそと通ふ道なり。さびさびといそぐ道なり。からまつの林を過ぎて、ゆゑしらず歩みひそめつ。からまつはさびしかりけり、からまつとささやきにけり。からまつの林を出でて、浅間嶺にけぶり立つ見つ。浅間嶺にけぶり立つ見つ。からまつのまたそのうへに。からまつの林の雨はさびしけどいよよしづけし。かんこ鳥鳴けるのみなる。からまつの濡るるのみなる。世の中よ、あはれなりけり。常なれどうれしかりけり。山川に山がはの音、からまつにからまつのかぜ。歌誌「明星」大正10年(1921)11月号初出。註浅間嶺(あさまね):浅間山の嶺(みね)。いよよしづけし:いよいよ閑寂だ。かんこ鳥:閑古鳥。郭公(かっこう)。常なれどうれしかりけり:(このような、もののあわれの寂寞の中にあって)当たり前だが/平凡な感情だけれど、やはり嬉しいものだなあ。
2010年01月23日
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雪雪やこんこ霰やこんこ 降っては降ってはずんずん積る山も野原も綿帽子かぶり 枯木残らず花が咲く雪やこんこ霰やこんこ 降っても降ってもまだ降りやまぬ犬は喜び庭駈けまわり 猫は火燵で丸くなる作詞作曲者不詳文部省唱歌明治44年(1911)6月刊「尋常小学唱歌 第二学年用」註こんこ:擬音語(オノマトペア)ではなく、「来む来む」の転訛であると解されている(国語学者・大野晋氏説)。「む」は推量の助動詞だが、婉曲な命令のニュアンスもある。「雪よ、来い来い」という意味か。作詞者は、天才的童謡作詞家高野辰之であるとまでは断定できないが、当時の文部官僚であることはほぼ確かであり、少なくとも高野が深く関与したことは疑いない。「こんこ」は、いかにも聞き慣れない言葉だが、高野の郷里・長野の方言でもあろうか。犬として雪を喜び猫として炬燵で丸くなる熊である(拙作 ──「短歌人」2008年4月号掲載作品)
2010年01月23日
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今野寿美(こんの・すみ)冬牛蒡せいせいと削ぐ時の間も詩語ほろび詩となる言葉あり歌集「世紀末の桃」(昭和63年・1988)註ゴボウを「せいせいと削ぐ」という言い回しが珍しい。これは漢語であろうか?「精々と」「せっせと」ということか。擬音語(オノマトペア)で行くなら「さりさりと」なんてのが浮かぶが。・・・下手な解釈、休むに似たりというところか。ところで、1988年といえば、初めて現われた完成度の高いライト・ヴァース(軽やかな口語体)で一世を風靡した俵万智の「サラダ記念日」発刊の翌年であり、文語体(≒詩語)の滅びを、当時の歌壇をはじめとして、言葉の表現に鋭敏な誰もが意識した時期だったといえよう(・・・僕自身も、衝撃を受けた。ある種の爽快感も伴っていたけれども)。それに対する文語体陣営(?)からの重厚な反応(リアクション)という側面も感じられる内容である。もちろん、文語体の生命力は、今なお現実には滅んでいないと僕は観測しているが。
2010年01月22日
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野坂昭如(のさか・あきゆき)ハトヤCMソング伊東に行くならハトヤ 電話は4126ヨイフロ伊東でいちばんハトヤ 電話は41264126よんいちにろく 4126ハッキリ決めた ハトヤに決めた伊東に行くならハトヤ ハトヤに決めた作曲: いずみたく昭和36年(1961)
2010年01月22日
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竹山広(たけやま・ひろし)人界に降りくだるときある雪はためらひて宙に戻らむとせり歌集「射祷」(平成13年・2001)註精緻な観察眼が光る秀歌。まことに何気ないことだけれども、僕らも確かに目にした覚えのある小さな現実を、確乎とした言葉の形にできる力量に感服。しかも、「人界」という非日常的な言い回しで、ある種の寓意性をさえ伴わせるに至っている。天使のような純白の雪と、悪魔のような汚濁の現世、みたいな。竹山広:大正9年(1920)生まれ。結社「心の花」の重鎮。
2010年01月21日
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先週から今週にかけて、栃木県立と宇都宮市立の両図書館で山ほど本を借りてきて、しだり尾の冬の夜長の晩酌の肴として読み耽っているところである。一円も金がかからないのが、何といってもいいよね~僕の場合、おのずと和歌・短歌関係の専門書が多くなってしまったが、一般書で最も気に入ったのがこの本である。龍馬の手紙坂本龍馬全書簡集・関係文書・詠草坂本龍馬/宮地佐一郎著〔講談社学術文庫〕こいつはスゴイや。文句なし。儲けた気分だ。つとに筆まめで知られる坂本龍馬の真筆書簡は、残っているだけでも100通以上になるというが、どれもこれも真情溢れ、非常な長文だったり、俗語交じりの(今でいう)口語体のものも多い。その全書簡がそのまま活字になって、詳しい解説が加えられている、歴史ファン待望・垂涎の本。特に、実姉の坂本乙女(ひいては実家)宛ての手紙は、おなじみ「・・・ぜよ」の語尾も躍りまくり、読んでいてものすごく楽しい。まさに天馬空をゆくが如き人間像が生き生きと呼吸していて、ページを繰るたびにわくわくする。妻お龍宛ての手紙は、お龍がある折にまとめて焼き捨ててしまい、わずか1通しか残っていないというのが、返す返すも悔やまれる。残っていれば、すべて間違いなく重要文化財クラスだったろう。残った1通の手紙には、以前にご紹介したこの歌などが含まれている。ただ、あえて難を言えば、すべての自筆書簡に詳細な註釈と写真版が付いているのだが、逐語的な現代語全訳はないので、古典文を読みつけていない方には、多少ハードルが高い部分があるかもしれないことである。・・・とはいうものの、読書百遍、意自ずから通ずという。大丈夫だ~。平安時代じゃあるまいし、たかだか百数十年前の幕末の文書だから、すでにけっこう現代語に近く、虚心に読めば意味はだいたい分かりまする。歴史居士、なかんづく幕末フリークの皆様には、必読の書であると思う。龍馬の手紙■ この本についての読者レビュー
2010年01月21日
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石川啄木(いしかわ・たくぼく)しらしらと氷こほりかがやき千鳥ちどりなく釧路くしろの海うみの冬ふゆの月つきかな歌集「一握の砂」(明治43年・1910)* 改行、ルビは原文のまま。
2010年01月20日
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室生犀星(むろう・さいせい)小景異情ふるさとは遠きにありて思ふものそして悲しくうたふものよしやうらぶれて異土いどの乞食かたゐとなるとても帰るところにあるまじやひとり都のゆふぐれにふるさとおもひ涙ぐむそのこころもて遠きみやこにかへらばや遠きみやこにかへらばや「抒情小曲集」(大正7年・1918)故郷は遠いところにあって思うもの。そして悲しく歌うもの。もしも落ちぶれて異郷の乞食になったとしても帰るところではあるまいよ。独り都会の夕暮れに故郷を思い涙ぐむ。そんな心をもって遠い都会に帰れたらなあ。註人口に膾炙した名詩だが、擬古的な文体を読めば読むほど、意味および作者がどこで歌っている(設定な)のかがなかなか難解で、読者を悩ませることでも知られている。結論から言えば、テキスト上は、現代語拙訳の通り、故郷の石川・金沢で歌っている(設定)であろう。そして、作者にとっていい思い出があまりなかったとされる故郷に帰ったことを後悔し(半ば自嘲し)、故郷への思いを断ち切るような悲壮なニュアンスとも捉えられる。「犀星」のペンネームは「犀西」、すなわち故郷を流れる犀川から取ったといわれる。そうした故郷愛と、悔恨・怨恨が綯(な)い交ぜになっている錯綜する感情を歌った、複雑な思いを秘めた詩であるといえそうだ。室生(むろう):歴史的仮名遣いでは「むろふ」であるから、現代仮名遣いでは「むろう」と書く。遠きにありて:「遠きところにありて」の「ところ」が省略されている、活用語の連体形の準体言(見なし体言)用法。古典文学では頻出し、現代短歌でも普通に用いられる。あるまじや:この「や」の解釈で、意味が180度変わってしまうのが厄介である。多くの読者が躓(つまづ)くのも、ここに主因があるだろう。感動・呼びかけの間投助詞と解せば、「あるまいよ」の意味になる。一方、疑問の助詞とすれば、「あるまいか?」という、詠嘆のニュアンスを伴う反語的疑問形になる。普通の詩的表現の用法ではこちらが多いように思われるが、全体の文脈などから見ると、ここは前者と解すべきか。
2010年01月19日
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くまんパパ おざわざわめく検察と闘うべしと総理言うおまえは左翼革命家かよっ面白きこともなき世を面白く小沢一郎興廃の春黙秘権行使指揮権発動と権力闘争楽しそうなり信じたい信じ切れない小沢氏に民主議員の一蓮托生逮捕起訴進退よぎる小沢氏の首筋寒き背水の陣不動産買い漁るのは小沢氏の趣味なりという 分かる気もするふるさとのイーハトーブの冬嵐こころほのかに哀しみの見ゆかなしみはおざわざわざわおざわざわざわわざわわと消えやまずけり冬ざれの田を駆け抜ける魁偉おのこあり金集めたりばらまいたりの田舎者林檎の気持ちはよく分かる刎頚の友渡部恒三胆沢ダム小沢ダムとぞ言いにける忝かたじけなきは地元の駄洒落死にたいと石川議員 小沢氏せんせいは何があっても捕まりませぬ先生の忠犬なれば石川わたくしに疚やましいことはつゆありませぬ身の危険誰もが感じ黙もだしつつ斯界の闇の無限増殖この道はいつか来た道ああそうだよ越後の山と陸羽の山とにっぽんの民主政治よ真白にぞ富士の高嶺にいや重しけ吉事よごと初春の通常国会開幕すああ世はすべて太平記かな* 現代かなづかい。
2010年01月18日
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藤原龍一郎(ふじわら・りゅういちろう)CLOSED そして新宿蠍座の浅川マキの深き淵より歌集「嘆きの花園」(平成9年・1997)歌手の浅川マキさん死去 団塊世代が支持【共同通信 18日】演出家の寺山修司さんに見いだされ、「かもめ」などの曲で団塊の世代を中心に支持された歌手の浅川マキさん(67)が17日夜、滞在先の名古屋市のホテル自室で倒れているのが見つかり、その後死亡が確認された。愛知県警によると、死因は急性心不全という。石川県出身。70年にアルバム「浅川マキの世界」でデビュー。当時「アングラ」と呼ばれる前衛的表現の代表的な担い手として熱い支持を受けた。[1月18日 13時53分配信]
2010年01月18日
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藤原龍一郎(ふじわら・りゅういちろう)精神に文学的な傷跡のありてアクション仮面になれず歌集「嘆きの花園」(平成9年・1997)註うちの子供たちも大好きな「クレヨンしんちゃん」に出てくる「アクション仮面」というのがどういうのか、正直いって詳しくは知らないが、ちらりと一瞥した限りで言えば、おおかた、よくあるステレオタイプな、括弧付きの“正義のヒーロー”なのであろう。ヒーロー物でお馴染みの重厚な声色で知られる玄田哲章が声を当てている。あの作風から見ると、多少シニカルに戯画化・デフォルメされているのかも知れない。現代短歌を主導する歌人の一人でありつつ、発表当時東京・千代田区にあるラジオキーステーションの現役ディレクターの激職にあった作者は、日々の多忙と鬱屈の中で、そんな単純明快な正義の味方になんかなれっこないよと自嘲している。・・・その半面、男の中には、いくつになっても(「アクション仮面」かどうかはともかく)、ある種のヒーローでありたいという内的衝動がどこかの片隅にあるのも事実であろう。ふと、ミスターチルドレンの名曲「HERO」(作詞作曲:桜井和寿)を連想した。♪ でもヒーローになりたい ただ一人 君にとっての・・・分かる、分かるって感じだ。
2010年01月18日
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藤原龍一郎(ふじわら・りゅういちろう)葡萄牙、西班牙に牙あることの詩と真実を話せば長い歌集「嘆きの花園」(平成9年・1997)註「ポルトガル、スペイン」と読めば、こう見えても(?)韻律(五七五七七)はぴったり合っている。内容は、洒落のめしているようでいて、言外に深い「詩と真実」を示唆しているような、・・・そうでもないような。
2010年01月17日
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藤原龍一郎(ふじわら・りゅういちろう)寒雷雨暗き茶房にやり過ごし戦場に行ったジョニーのことも歌集「19××」(平成9年・1997)註これは、都市生活者のある種の暗喩だろうか。はたまた「黙示」と言うべきか。都市のさなかの辺境に、暗い抒情が立ち上る。* ジョニーは戦場へ行った
2010年01月17日
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藤原龍一郎(ふじわら・りゅういちろう)バスにて過ぎる千石の町雪降りてイエスを名のる男のその後歌集「夢みる頃を過ぎても」(平成元年・1989)註「時代を詠む歌人」藤原龍一郎氏のクールな抒情性溢るる秀歌。僕の師匠であります。* イエスの方舟事件
2010年01月17日
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松尾芭蕉いざさらば雪見にころぶ所まで句集「花摘」さようならばこれにて。私は雪見に行く。雪に躓(つまづ)くところまで、行けるところまで。註貞亨4年(1688)旧暦12月3日(新暦の今頃)、名古屋の門弟で書籍商・風月堂孫助(俳号:夕道)邸の雪見の宴に際しての初案「いざ出でん雪見にころぶ所まで」(真蹟懐紙)。推敲案「いざ行かん雪見にころぶ所まで」──句集「笈(おい)の小文(こぶみ)」所収。上記掲出作は最終決定稿。名句であるが、初案および「笈の小文」の第2案が良く、最終案(決定稿)はむしろ改悪ではないかというのが、大方の見巧者の意見であろう。僕もやや同感。侘び寂びを漂わせ脱俗洒脱といえる初案・第2案とニュアンスが変わり、離別句めいた妙な悲壮感を漂わせてしまっている。・・・好みの問題だとは思うが。
2010年01月15日
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先ほど、累積222,222アクセスのゾロ目キリ番を超えたところです~222,222番目のご訪問者は、常連読者の *.xbs.co.jp さんでした。いつもありがとうございます~。こんな地味めな趣味ブログをいつもご愛読いただきまして、まことにありがとうございます。常々皆さまに深く感謝しております~通りすがりのフリのお客様にも厚く御礼申し上げます。これからもよろしくね~次のキリ番といえるのは、30万アクセスかな?・・・ずいぶん先の話ですね~222230 2010-01-15 11:34:16 しのぶ(*^-^*)ゞさん222229 2010-01-15 11:34:11 misterkei0918さん222228 2010-01-15 11:34:03 MoMoCo2009さん222227 2010-01-15 11:32:47 [楽天ポイント]さん222226 2010-01-15 11:31:28 ***.ad.jp 222225 2010-01-15 11:31:10 のりちゃん4752222224 2010-01-15 11:15:02 *.ocn.ne.jp 222223 2010-01-15 11:13:17 MoMoCo2009さん 222222 2010-01-15 11:13:06 *.xbs.co.jp 222221 2010-01-15 11:13:01 kasumi3523さん222220 2010-01-15 11:12:36 HTNMさん222219 2010-01-15 11:12:26 MOMO0623さん222218 2010-01-15 11:11:33 宝石のつぶやきさん 222217 2010-01-15 11:11:02 *.eonet.ne.jp 222216 2010-01-15 11:08:26 minacha-さん222215 2010-01-15 11:08:20 *.spacelan.ne.jp 222214 2010-01-15 11:08:17 しば♪さん
2010年01月15日
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天皇陛下御製木漏れ日の光を受けて落ち葉敷く小道の真中まなか草青みたり皇后陛下御歌君とゆく道の果たての遠白とほしろく夕暮れてなほ光あるらし歌会始註(歴代)天皇の詠んだ和歌を「御製(ぎょせい、おほみうた・おおみうた)」という。奈良時代からの伝統。また、皇后の詠んだ歌を「御歌(みうた)」といい、その他の皇族の歌を「お歌」というのが現在のならわし。皇居で新春の「歌会始」【NHKニュース・14日正午】新春恒例の「歌会始」が14日、皇居で行われました。天皇陛下は、新緑の吹上御苑を散策中に木々の間から光が差し込み、落ち葉の中で草が青く生えていることに気づいたときの情景を詠まれました。「木漏れ日の光を受けて落ち葉敷く小道の真中まなか草青みたり」ことしのお題は「光」で、海外も含めてあわせて2万3000首余りが寄せられました。歌会始は、午前10時半から皇居・宮殿の「松の間」で行われ、はじめに入選した10人の歌が披露されました。このうち、大阪・堺市の森脇洲子さん(69)は、目の難病で視力を失い、去年、熊本に里帰りした際に手を取って付き添ってくれた家族の存在に光を感じて詠みました。「我が面は光に向きてゐるらしき近づきて息子こはシャッターを押す」また、記録が残る中では最高齢の入選となった東京・目黒区に住む94歳の古川信行さんは、太平洋戦争中、軍人として乗っていた補給船が攻撃を受けて大きく損傷し、暴風雨のなか、なんとか日本にたどり着いたとき、海岸にあかりが見えた喜びを詠みました。「燈台の光見ゆとの報告に一際ひときは高し了解の聲こゑ」続いて、皇族方の歌が披露されました。体調を考慮して欠席した皇太子妃の雅子さまは、お住まいの赤坂御用地の庭を散策中、穏やかな冬の日に池に立ったさざ波が日の光で美しく輝く様子に心を動かされて詠まれました。「池の面もに立つさざ波は冬の日の光をうけて明あかくきらめく」皇太子さまは、おととしの夏富士山初登頂を果たした際、眼下に広がる雲海から上るご来光が、山肌を燃えるように赤く染めた情景に感動を覚えて詠まれました。「雲の上へに太陽の光はいできたり富士の山はだ赤く照らせり」皇后さまは、夕暮れの皇居内を天皇陛下とともに散策している際、道の前方でまだ光が残っている辺りが白く見えた情景を、ご結婚50年を迎えた去年4月ごろに詠まれました。「君とゆく道の果たての遠白とほしろく夕暮れてなほ光あるらし」最後に、天皇陛下が、新緑の吹上御苑を散策中に木々の間から光が差し込み、落ち葉の中で草が青く生えていることに気づいたときの情景を詠まれました。「木漏れ日の光を受けて落ち葉敷く小道の真中まなか草青みたり」来年の歌会始のお題は「葉っぱ」などと書く「葉」です。「若葉」などと熟語にしても差し支えありません。9月30日まで受け付けられます。〔NHK 1月14日12時22分インターネット配信〕
2010年01月14日
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面白「とちぎ」ネタ満載!U字工事の 大好き とちぎかるたU字工事の肉声CD付き〔送料無料〕¥2,100-■ 無果汁で レモン風味の レモン牛乳■ ぽっと出の 浜松に負けんな 栃木餃子■ あこがれは 海がなくても 埼玉県■ 茨城と 群馬に負けんな 栃木県■ おっとっと 出された料理 しもつかれ栃木県のちゃんとした家庭では、毎年この時期になると、竈(かまど)と鍋を使い、スローフードの代表といわれている(!?)「しもつかれ」を作ります~。
2010年01月14日
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高安国世(たかやす・くによ)寒疾風かんはやておよばぬ地下の蜂窩街方位感などつねに閉ざして歌集「虚像の鳩」(昭和43年・1968)註蜂窩(ほうか): 蜂の巣 honeycomb 。
2010年01月12日
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若山牧水(わかやま・ぼくすい)ウヰスキイに煮湯にえゆそそげば匂ひ立つ 白しらけて寒き朝の灯ほかげに歌集「黒松」(昭和13年・1938)* 原文にルビは振ってありません。
2010年01月12日
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正岡子規(まさおか・しき)冬ごもる病やまひの床とこのガラス戸の曇りぬぐへば足袋たび干せる見ゆ歌集「竹の里歌」(明治37年・1904)
2010年01月11日
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坂本龍馬(さかもと・りょうま)世の人はわれをなにともゆはゞいへ わがなすことはわれのみぞしる龍馬詠草(重要文化財・京都国立博物館蔵)世の人は私を何とでも言うならば言え。私が為すことは私だけが知っている。註ゆはば:原文のまま。土佐弁(訛り)の「言はば(言わば)」。「言ふ」の未然形「言は」に仮定条件の接続助詞「ば」が付いたもの。もし言うのならば。■高知県立坂本龍馬記念館・関連ページ〔参考〕論語・学而篇冒頭「人知らずして慍(うら)みず、亦(また)君子ならずや。──世間の人々が自分を認めてくれなくても恨まず憤(いきどお)らず、穏やかな心でわが道を貫く。これもまた立派な人ではあるまいか。」
2010年01月10日
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小池光(こいけ・ひかる)いつものやうに帰宅し来ればこはれたる華厳の滝をテレビは映す歌集「日々の思い出」(昭和63年・1988)
2010年01月10日
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伊藤左千夫(いとう・さちお)冬涸かるる華厳けごんの滝の滝壺に百千ももちの氷柱つらら天垂あまたらしたり明治37年(1904)作「左千夫歌集」(岩波文庫、絶版)所収■華厳の滝、冬■冬の華厳の滝(ユーチューブ動画、昨年1月11日撮影とのこと)
2010年01月10日
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石川啄木(いしかわ・たくぼく)いつしかに正月しやうぐわつも過ぎて、わが生活くらしがまたもとの道みちにはまり来きたれり。歌集「悲しき玩具」(明治45年・1912)註改行、句読点、ルビは原文のまま。 啄木歌集 枡野浩一 石川くん
2010年01月09日
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石川啄木(いしかわ・たくぼく)さいはての駅えきに下おり立たち雪ゆきあかりさびしき町まちにあゆみ入いりにき歌集「一握の砂」(明治43年・1910)
2010年01月09日
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石川啄木(いしかわ・たくぼく)子を負おひて雪ゆきの吹ふき入いる停車場ていしやばにわれ見送みおくりし妻つまの眉まゆかな歌集「一握の砂」(明治43年・1910)註停車場ていしやば:(鉄道の)駅。当時の口語では、こう呼ぶのが一般的だったと思われる。* 改行、ルビは原文のまま。
2010年01月09日
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松永貞徳(まつなが・ていとく)おもふどち野べに出いでつつ 春はつみ秋はをりとる七種ななくさの花家集「逍遊集」(江戸初期)思う者同士仲良く野辺に出かけて春は摘み 秋は折り採る七草の花。
2010年01月07日
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西行(さいぎょう)卯杖うづゑつき七種ななくさにこそ老いにけれ 年を重ねて摘める若菜に家集「山家集(さんがしゅう)」卯杖をついて毎年七草粥を祝っているうちに老いてしまったものだなあ。年を重ねて 摘んだ若菜で。註卯杖:正月初の卯の日に、魔よけの具として用いた杖。柊(ひいらぎ)、桃、梅、柳などの木を5尺3寸(約1.6メートル)に切り、2、3本ずつ5色の糸で巻いたもの。
2010年01月07日
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赤染衛門(あかぞめえもん)春日野のけふ七草のこれならで 君をとふ日はいつぞともなし家集「赤染衛門集」春日野の今日の七草摘みの好機を逃してはあなたに逢える日はもういつとも知れないのよ。註彼女は、紫式部や清少納言と同様、上級貴族の子女の女房(にょうぼう、女官兼家庭教師兼秘書のようなもの)で、今で言う国家公務員のキャリアウーマンのような立場だった。恋をする暇も、そうそうなかったのかも知れない。さしずめ、今でいう「婚活」問題を千年以上も先取りしているような歌。
2010年01月07日
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安永蕗子(やすなが・ふきこ)七草の七つ数えて皿に盛るこの時の間まの繁みぞ佳よけれ歌集「緋の鳥」(平成9年・1997)七草の、七種を数えて皿に盛るこの須臾の時間の稠密(ちょうみつ)がとてもいいのよねえ。
2010年01月07日
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正岡子規(まさおか・しき)あらたまの年のはじめの七草を籠こに植ゑて来し病めるわがため歌集「竹の里歌」(明治37年・1904)* 子規没後、弟子たちにより刊行。粗い原石のように新たな年の初めの七草を籠(かご)に植えるように飾って持って来てくれた人がいる。病臥の私の恢復を祈って。註あらたま:粗玉、荒玉、璞、新玉。土から掘り出したままで磨かれていない珠玉。原石。「あらたまの」は、音と意味から「年、月、日、春」などに掛かる枕詞(まくらことば)。
2010年01月07日
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若山牧水(わかやま・ぼくすい)七草のなづなすずしろたたく音高く起れり七草けふは歌集「黒松」(昭和13年・1938)俎(まないた)に載せた春の七草のナズナや大根を囃(はや)しながら包丁でとんとん刻む音が高く起こって耳に心地よい。はや七草の日だなあ、今日は。註七草をたたく:七種(くさ)の節句の前夜または当日の朝、春の七草を俎に載せ、「七草薺(なずな)唐土(とうど)の鳥が日本の土地に渡らぬ先にトントンバタリトンバタリ」などと唱えながら打ち囃して叩くことを「七草を囃(はや)す/七草囃し」という。七草を打つ。薺打つ。俳句では新年の季語。今日でも「鳥インフルエンザウィルス」が、大陸からの渡り鳥を介して国内に感染するといわれていることなどを考えると、あながち全く非科学的とも言い切れない文句である(?)当日の朝、この叩いた菜を入れて粥を炊き、七種の粥として食べる、日本古来の良俗である。
2010年01月07日
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よみ人知らず芹せり 薺なづな 御形ごぎやう 繁縷はこべら 仏の座 菘すずな 清白すずしろこれぞ七種ななくさ註南北朝時代の1362年(南朝:正平17年、北朝:康安2年・貞治元年)刊の「河海抄」(当時の文人・政治家の四辻義成著)という随筆が初出か。秋の七種の歌は万葉集に見え、歌人・山上憶良というれっきとした作者がいるが、こちらは古い俗謡か。「河海抄」著者の四辻義成作との説もあるが、不詳。いずれにしても、野趣溢れ人口に膾炙した、なかなかの名歌と言っていいだろう。芹せり:セリ科。薺なづな:アブラナ科。通称ぺんぺん草。生長すると花茎の塔(とう、あららぎ)が立ち、三味線の撥(ばち)のような果実を付ける。冬から早春の若葉(ロゼット)を食べる。御形ごぎやう:母子草。キク科。繁縷はこべら:ハコベ。ナデシコ科。仏の座:コオニタビラコ(小鬼田平子)。キク科。菘すずな:蕪(かぶら)。アブラナ科。清白すずしろ:大根(アブラナ科)の美称。「蘿蔔」とも書く。
2010年01月07日
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小池光 「春に」 3首めぐり来る春をわづかもうたがはず蕾を立たすさくらの枝は寒かんの水飲み干すときにわがのみど若き日のごとく鳴れるうれしも冬空にかがやく遠き白雲はなにかを告げてうごき初そめたり読売新聞 1月4日付朝刊「新春を詠む」より* 適宜ルビを振りました。註読売歌壇選者による毎年恒例の新春詠新作より。わが「短歌人」編集人である小池光氏の新春詠は、奇を衒わない平明な表現の中に円熟と自然体の滋味が溢れ、まさに大悟の境地というべき至芸であろう。ここ数日、枕頭に置いて何度も読み返したが、そのたびに雅量に盈(み)ちた言葉がじんわりと温かく心に染み入って来る心持ちだった。流石であると舌を巻くほかはない。のみど:「のど(喉)」の語源である古語。「飲み・処(と)」に由来する。
2010年01月07日
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