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何が何だかわからないうちに、記者会見場に入ってしまったわたし。 「ファンの方は、この列以降のお席にお座りください!」と、示した列がなんと中央ブロック5列目。 もちろんわたしは、5列目を確保 ところで、何故、ファンが同席出来る様になったかと申しますと・・・ わたしが部屋に帰っている間に、記者会見場に集まったファンの方何名かが、主催者側に、「こんなに早く来たのだから、記者会見に同席させて欲しい」と、頼んだ事がきっかけだそうです。 「相談してきます」そう言って、席をはずしたスタッフ。 そんな事がやり取りがあったとは全く知らなかったわたしは、その返事を待っている集団に、引き寄せられるようにして近付いたのでした。 そして、昨日書いたような経緯で、わたしは、記者会見場に入り、生まれて初めての 記者会見 を体験する事になりました。 キム・ジェウォンさんは、 「韓流スターと話す DVD韓国語会話入門 キムジェウォン編」 と言う、韓国語教材DVDを発売する事になって、その記者会見及びファンミーティングが、今回の来日の目的でした。 わたしは、その発売記者会見に同席できることになったのです。 会場に入って、5列目に座り、???と言う疑問がわいてきました。 「彼は、人気韓流スターよね?このファンミも、すぐに売り切れて、キャンセル待ちになったのよね?その彼の記者会見なのに、なんでこんなに、記者が少ないの?」 そうなのです。ファンが5列目(それも横10列位のブロックしか使っていません)にいると言うことは、それ以前にしか、記者はいないと言う事で・・・記者会見と言うイメージは、たくさんの記者と、たくさんのテレビカメラやフラッシュ!そう思い込んでいたわたしは、広~い会場に、30人くらいの記者、そして、同数位のファンという、それも、たぶんテレビカメラは入っていず、ハンディカメラがたぶん2台、ジェウォンに対する先入観に疑問を持ち始めました。「もしかして、ジェウォンって、ヨン様ほどの人気は無いのかしら?」ほどなくして、記者会見が始まりました。今回のファンミの主催者のご挨拶のあと、ジェウォンの登場でした・・・ 夢にまで見たジェウォンが、わたしの目の前に立っていました。笑顔が素適で、思っていた以上に細くて、でも、シャツはなんか派手で、ジーパンは、少し下げて穿いていて・・・そして声が、低く響いているのです。「ジェウォ~ン」 心の中で叫びました。心臓はバクバク、手には汗。ジェウォンの一挙一動を見逃すまいと、わたしは細い目を出来る限り見開いて、彼をみつめていました。(でも、結局舞い上がっていて、何も覚えていません)「この子笑顔がかわいいわよね♪」わたしの前に座っている、若い記者が話しています。「そうよそうよ、なんていったって、『殺人微笑(キラースマイル)』ですからね」と心の中で、わたし。「何だか、ヨン様に似ていない?」「うん、そうネ♪」と言う会話も聞こえます。「実は、第二のヨン様と言われた時もあったらしいわ!」と、またまた心の中でわたしが答えています。わたしが想像していた記者会見には程遠いものでしたが、ジェウォンの気遣いが伝わってきました。そして、わたしの想像どおり、彼は、おごりが無く、謙虚であると言う事が、にじみ出ていた会見だったと思いました。「ああ、わたしはなんて幸せなんでしょう」
2006年05月31日
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昨年7月 韓国スター キム・ジェウォン のファンミーティングに 初めて参加致しました 「キム・ジェウォン」さんにお会いするのも初めてですし、「ファンミーティング」に参加するのも初めて。その上、大阪のホテルに一人で泊まるのも初めて。すべてが初めてづくしでした。 大阪には、仲良くしている親戚がいて、その親戚の家には何度も「一人」で泊まった事はありますし、新婚旅行の途中で、大阪に立ち寄ったので、ホテルにも泊まった事があります。 でも、「好きな俳優さんに会う為に」わたしは一人でホテルに泊まったのでした。独身の時もこんな事はしませんでした。(実はサイコのライブで、仙台に一人で泊まった事がりますが・・・) 今回のファンミのチケットは、気合を入れていましたので、申し込み開始、2分ほどで送信でき、 「A-1○番」と言う、かなり良い席が取れました。 どう計算しても、前から3列以内です。でも期待しないように期待しないように・・・もし、当日、悪い席だったら、ショックが大きいですもの! わたしの大阪入りはジェウォンと同じ日でしたが、 「500人も日本人ファンが台湾に訪れる!?ほど人気が高い彼(とわたしは思い込んでいたのです)のお迎えに行っても、きっと、見えなくて、疲れるだけだわ!」 と、関空でのお迎えはあきらめました。 実際は、100人くらいのお迎えで、彼の姿ははっきり見えたそうでした。台湾に500人の日本人ファン!と言うニュースは、実は数人の間違えだったそうで・・・(全然違う 惑わしてくれましたねェ~~~)関空でのお迎えに行けば良かったなあ・・・と今更・・・ ところで、わたしは、ファンミの行われるホテルに奮発して泊まりました。きっとジェウォンもそこに泊まるに違いない。勝手にそう思い、ホテルでの偶然を夢見ていました。 「ジェウォンシー、アニョハセヨ!」 韓流にはまったばかりのわたしは、韓国俳優さんには、お気に入りのホテルがあって、来日の際にはだいたい決まった所に宿泊するという慣習があることさえ知りませんでした。(ついでに、韓国の方はおしなべて時間や約束にルーズだと言うことも・・・)ジェウォンは、そのホテルには宿泊していなかったようです。(と言う事も、後日知りました) ジェウォンに会えませんでしたが、ファンミの会場を事前に見ることが出来ました。前日、恐る恐る会場へ足を伸ばしましたら、警備員さんが立ってらっしゃいました。 「あのう~、会場を見せて頂きたいのですが・・・」「ああ、いいですよ。まだ何も出来ていませんけれどね!」 おっしゃるように、会場内は椅子が無造作に重ねておいてあるだけで、がら~んとした様子は、明日の華やかなファンミーティングには程遠い物でした。 ですが、気づいた事があります。 会場が、横広で、後ろの方でも、舞台が近い!! と言うことは、きっと、ジェウォンが近いはず「きっと、明日は期待できるはずだわ」 当日は、早くから目が覚めて、「ジェウォンが散歩していないかしら~」と言う淡い期待を抱いて、(何度も申しますが、ジェウォンはそのホテルには泊まっていなかったと、後日知りました)ホテルの周りの、川のほとりを散歩したりしました。 記者会見が始まるであろう時間の1時間前くらいに、ファンミ会場へ、偵察に行ってみました。もうそこには、スタッフが集まっていて、会場設定や、看板の設置などをしていました。ファンらしき方は一人もいらっしゃいませんでした。 受付らしい場所で、なにやら作業していた女性スタッフに、恐る恐る声をかけました。 「記者会見を、見せていただけませんか?」「ごめんなさいねぇ。記者会見は、プレス向けで、一般の方はご遠慮頂いているのですよ~」と、予想通り、お断りされてしまいました。「そうですよね。ところで、座席表って見せていただけますか」「もちろんです。どちらのお席ですか?」「A-1○番ですが・・・」「あらっ!いいお席ですね。前から3列目ですよ!」 なんとわたしの席は、縦にブロック割された向かって右側のブロックの、前から3列目、それも、ほとんど中央ブロックよりでした。 身体が、知らず知らずのうちに震えてしまい、お礼もそこそこに、部屋に戻りました。これから、ジェウォンに会ええると思うだけで、胸がいっぱいなのに、それも、前から3列目の、とてもいいお席で会えるなんて、わたしは、なんて運がいいのでしょう 部屋にいても何だかそわそわしてしまって、落ちつきません。「やっぱり、記者会見を見る事が出来なくても、少しでもジェウォンのそばに行ってみましょう♪」そう思い、わたしはもう一度、会場に行って見ました。 先ほどと違い、ファンと思われる方達が、たくさんいらっしゃいました。「この方々も、ジェウォンのファンなのね」そう思いながら、そばに寄って行くと、それと同じくらいに、ある男性スタッフが、ファンの集団の方に来て、こうおっしゃい始めました。 「今、許可がおりました。今日は特別に、記者会見に同席して頂いて結構です。ただし条件がございます。1.ご本人が登場しても、『キャー』とか『ワー』などと、声を出さないで下さい。2.写真撮影は、いっさい禁止です。これらをまもっていただけるなら、特別に同席して頂いてかまいません」「わかりました~!」他のファンの方々にまじって、その説明を聞いていたわたし。何が何だかわからないうちに、 わたしは、ジェウォンの記者会見に同席できる事になってしまいました。
2006年05月30日
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今日は、横浜へドライブに行って参りました。 横浜市に住んで11年ですが、やはり、未だに横浜と言えば、横浜駅や関内、みなとみらい、元町など、西区、中区のことを思ってしまいます。(わが家は、横浜市の北のはずれ、青葉区です) 同じ市内ですが、20キロ以上の道のりです。一般道で行くのはちょっと疲れるので、わたしは、いつも第三京浜から首都高を使っています。(横浜駅近辺に行く時は、三ツ沢で降りますが)そうすると、だいたい30分かからずに目的地に到着します。 今日は探偵の気分で、ある写真から、その場所を特定しに行ったのです。 その写真とは・・・ そう、キムジェウォンの写真集 「RED」 の中の写真です。 ジェウォンが、横浜で、撮影したことは皆が知っていますし、サブタイトルも「TOKYO・YOKOHAMA」です。 ホテルは写真を見ればどこだかすぐわかりますし、DVDでは、コスモロックに乗ろうとしながら、辞めてしまったかわいいジェウォンが映っています。 問題は、ある4枚の写真でした。ジェウォンがとても格好良く映っているのですが、背景がぼやけているのです。一見、どこで撮影したかわかりません。 でも、友人とわたしは、その場所を知りたかったのです・・・(実は「ジェウォンの軌跡を辿って第2弾」の企画が浮上中) 東京在住の友人より、横浜に詳しいはずのわたし。おぼろげながらもうっすら見える背景を見て、だいたいの場所を予想し、捜し歩きました。真っ赤な表紙の写真集を片手に、風景と写真を照らし合わせながら、ここでもない、そこでもない、と。 そして・・・ 「あったー」 わたしは見つけたのでした。 それも、問題の4枚3ヶ所の撮影地が、なんと100メートルも離れていない場所にあったのです。 「案外、横着していたのネ」 ジェウォンがここにいただろう,7ヶ月前を思い、写真を見て、ジェウォンがさわっていただろう所をいとしく撫でて、わたしは、満足いたしました。 早速、友人に写メールで報告。一緒に感動して頂きました。調子に乗ったわたしは、ジェウォンの軌跡を辿りました。ジェウォンが泊まった、パンパシフィックホテル、ガラスに写っていた、インターコンチネンタルホテル、そして、コスモロックの全景です。移動中の車の中から写しました。有名な老舗バー。ジェウォンがたたずんでいた、入り口です。 一昔前、松島菜々子と椎名桔平のドラマの舞台になったそうです。(そのドラマ、好きで見ていたのに、題名忘れてしまいました・・・主題歌はサザンの「LOVE AFFAIR~秘密のデート」でした。その歌も大好きでした)わたしは、誰もいないことをいいことに、ポーズを決めて、物思いに耽っていました。まるで、ジェウォンのように・・・
2006年05月29日
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約1ヶ月ほど前、長男が幼稚園の頃から親しくして頂いている方から、メールを頂きました。「わたし、○○○にはまってしまいました」そこには、ある韓国スターの名前がありました。「ようこそ!韓流の世界へ!」その方は、テレビも好きですし、音楽も好き。だいたい、はやっているものは網羅していて、芸能界の流行には敏感な方です。でも、わたしがGLAYに誘っても、ご一緒に行って下さるのですが、はまるわけではありませんし、ポルノグラフティに二人で行っても、その時は楽しいのですが、ファンクラブに入ってまで、というわけではありませんでした。その方が、韓国スターに恋してしまったというのです。メールを頂いた時、どこまで本気なのかしらと、半信半疑でした。でもお会いして、話を伺ってはっきりしました。彼女は完全に恋に落ちたのです子育ても一段落したわたし達、少し心の余裕が出来たわたし達、時間の余裕も少し出来たかしら?わたしは、今第2の青春を謳歌しています。本当に楽しくて、幸せで、若返った気分です。きっと、彼女も、そんな気分かしら?ある朝彼女から電話がありました。「みーしゃさん、今日時間があります?」「えっ・・・、今日は子供の学校に午後すぐ行かなくてはいけないの・・・何か?」「たぶん今日、彼が来日だから、ダメ元ですけれど、羽田まで一緒に行かないかなあと思って」「到着が、11時頃でしょ?(とアシアナ、大韓の飛行機の時間を把握しているわたし)手続きがあって、出てくるの12時頃かしら?・・・やっぱり学校に間に合いそうも無いの・・・ごめんね」彼女の好きなスターの事、私も好きです(ジェウォン程では無いけれど)。時間があったら、ご一緒したかった・・・「それは、残念では、もう少し1人で行くかどうか考えます」そう言って、電話を切りました。しばらくして、彼女からメールがきました。「会えました~結局来ちゃいました~格好よかった~」彼女は今とても幸せそうです
2006年05月28日
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荒川車庫前わたし達が、探し出した、写真集の撮影地です。 地下鉄、JR、都電と乗り継ぎ、その駅に降り立ちました。地図を確認し、駅を出て少し歩いて行きましたら、確かにそこにあったのです。 ジェウォンが寝そべっていた、交差点とランドリーが コインランドリーが思っていた以上に狭く、とてもびっくりしました。ここの長いすに、ジェウォンは寝そべっていたんだ・・・ わたしは、ジェウォンが撮影した場所に来れたということが嬉しくて嬉しくてたまりませんでした***************************************わたし達は、それから熊のぬいぐるみをジェウォンに見たて、撮影を始めました。衣装を着せ、アクセサリーをつけ、ポーズをきめて・・・ほとんど、友人が手際よくしてくださるのを、時には気を利かせたつもりになり(!?)、時には、と申すより、ほとんど足手まといになりながら でも、少しお手伝いをした気分になりながら、順調に、楽しく、楽しく、楽し~く撮影しました。都電から、上野不忍池、浅草、東京タワー、六本木ヒルズ、そして渋谷。浅草を出るあたりから、雨に降られ、東京タワーの写真を充分に撮る事が出来ず残念でしたが、ジェウォンがたぶん2日間掛けて撮影した行程を、わたし達は一日でこなしました。少~し疲れましたが、でも、それ以上に本当に楽しく、嬉しく、面白かったです。この時撮影した写真は、その友人が加工して下さり、物語風にして、あるサイトに載せてくださいました。これが本当に素適で面白いのです。ジェウォンの写真集「RED」と合わせて見たら、びっくりする事、間違い無しです。とても、充実した、素適な1日でした。
2006年05月27日
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撮影地が特定されたので、友人が、ルートを設定してくれました。これが、もれなく撮影地を訪れる事が出来る、とても効率的なコースでした。すごい!きっと、ジェウォンは、ロケバスで移動したはずですが、わたし達は、それを鉄道で移動します。でも本当にジェウォンの軌跡を辿って・・・そのようなルートになったのです。友人の企画力には、頭が下がる思いでした。感動ヘッソヨわたしは、その撮影地に行き、ところどころで写真を撮りたい!そう、単純に思っていたのですが、やはり、友人の考える事は違います。「ジェウォンに見立てた熊のぬいぐるみに衣装を着せ、写真に登場させるのはどうでしょう?」そのようなメールと共に、熊のぬいぐるみに衣装(それもジェウォンのものに似ている)を着せ、写真集と同じポーズをさせて、その熊をその写真集と並べて写した写真が送られてきました。これが、かわいいのなんのって・・・楽しくて、嬉しくて、「素適なアイディアです。是非しましょう」と言うことで、熊のぬいぐるみちゃんをジェウォンに見立てることにしました。また写真集とにらめっこですが、わが家には調度いい小物がなかなかありません。そうしているうちに、「こんなのがありました。」「ペットショップでいいのがありました」など、次々に友人は小物を見つけてくださいます。わたしもお役に立ちたいと、アクセサリーショップに行きましたら、笑ってしまうほど、似た様な物がありまして・・・嬉しくて嬉しくて、ニヤニヤしていました。とても怪しいお客だったと思います。ぬいぐるみも友人が用意してくださり、衣装も全て、彼女が用意してくださり、わたしは、小物を少し用意できただけでした。ですから、「当日は、お役に立てるよう頑張ろう」そう強く思いました。
2006年05月27日
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都電荒川線と言っても、西は早稲田から東は三ノ輪橋まで、30の駅があります。東京で、生まれ育ったわたしですが・・・(と言っても、東京の西の方、26市のほうです)都電には乗った事がありません。ですので、写真を見ても、DVD(同じコンセプトのDVDも発売されました)を見ても、最初はどこだか検討もつきませんでした。ですが、写真集を注意深く見て、DVDの音声を注意深く聞きましたら、すこ~し場所が特定されてきたのです。車内のアナウンスが、駅名を言っていましたので、途中の駅がわかりました。駅を降りた映像があり、その近くの陸橋名で、降車駅がわかりました。写真集で、1枚だけ、住所の入った電柱があり、そこから、路上での撮影地が特定され、最寄駅もわかりました。そうすると、写真集でうっすらボケて見える駅名が、どこだかわかりました。写真集の中にとても変わった撮影場所がありました。「コインランドリー」写真集を見た時、「なんで、コインランドリー?」と思いました。ジェウォンが、コインランドリーの前でポーズをとったり、寝そべったり・・・東京まで来て、コインランドリー???「こんなのどこかわかる訳無いわよね」とも、思いました。しかし、他の撮影した場所が特定された時、「きっと、コインランドリーも、きっと近いはず」そう思ったわたしは、コインランドリーを検索しました。すると、コインランドリーと言うのは、最近、銭湯の近くもしくは併設されている事が多いようでした。「あれっ?」実は、DVDの中で、コインランドリー全体を映した映像があり、そこに、銭湯が映っていたのです。調べ続けるうちに、撮影場所近くの銭湯を見つけ、そこに、コインランドリーがある事がわかりました。ここに間違いない!そう思ったわたしですが、もっと、確信できる物が欲しい。調べ続けましたら、なんと、その銭湯と、コインランドリーの写真がネットにあったのです。ビンゴでした
2006年05月26日
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キム・ジェウォンに恋してしまった私。 その後、1年近くの間に、10回以上も会う事が出来、(イベントなどで・・・と言う意味ですが・・・)握手も、たぶん6回はしてもらい、そして、なんと、お会いすれば、あの殺人微笑で、 「あ~。覚えていますよ♪」 と言ってもらえるまでになりました格闘技好きのジェウォンに、「わたしは空手の選手です。」とアピールした事が良かったようです。(名前まではちょっと・・・。でも、充分幸せ) そこまでに至る過程は、また徐々に綴っていきたいと思いますが、ジェウォンに恋するようになって、わたしには、ジェウォンに会いに行く時、いつもご一緒して頂く友人が出来ました。 ソウルファンミで(ソウルでのファンミーティング・・・実は昨年行ってしまいました)ご一緒してから親しくして頂き、その後、ジェウォンの来日時は、ご一緒に会いに行っています。 彼女は、とても素適な方で、ジェウォンに会うとジェウォンの方から声をかけてくれるような方なのですが、とても、気さくな方です。 「今回発表はないけれど、ジェウォン、今日の飛行機で帰国しそうだから、だめもとで、羽田にお見送りに行ってみませんか?」「行きましょう!」そんな感じのわたし達です。(これが、ジェウォンに会えてしまうのです) そんな彼女から、1週間ほど前、メールを頂きました。 「ジェウォンの残り香を訪ねて、東京の各地を訪ねて見ませんか?」わたしの恋している「キム・ジェウォン」ですが、最近日本で写真集を発売致しました。 東京、横浜を舞台にした「RED」、北海道を舞台にした「GREEN]、そして、この27日に発売となる、沖縄、大阪編の「BLUE]。 これらが、本当に素適で、ジェウォンの良さを、かなりかもし出している写真集です。 その東京編「RED」の撮影地をまわってみようと言うお誘いでした。 ジェウォンのその写真集は、昨年9月から10月にかけて、日本を縦断し、撮影された物です。 「日本の観光地を、旅行者として訪ね歩いた姿を納める」 撮影の為来日する時、そのようなコンセプトの写真集になるという報道がなされました。 ですので、東京で、撮影すると聞いた時に、東京の観光地としてわたしが一番に思いついたのが、浅草でした。その他は、渋谷、銀座、六本木、お台場・・・。横浜には行くかしら?横浜は、山下公園、みなとみらい、中華街とあるけれど、う~ん、東京編で、横浜は無いかな?勝手に私の中で、ジェウォンの撮影地が決まりました。 その中でも、「浅草は絶対来るはずに違いない。」そう決め付けたわたしは、ジェウォンが来日して、東京で撮影していると言う9月のある日、着物を着て(あわよくば、声をかけてもらえるかもしれないかもだって、日本の伝統美のき・も・のですもの)浅草に、そそくさと、出かけて参りました。そうは言いつつも、運良くただ、ジェウォンの撮影ををひと目、遠くからでいいので見られたらいいなあと言う、ささやかな気持ちでした。しかし、結局、撮影している気配など、どこにもありませんでした。実は・・・後日知った所によると、わたしが浅草に行ったその日、ジェウォンは、わたしの地元横浜で撮影し、その翌日に、浅草で撮影をしたそうです。地元の友人が、「実はジェウォン、横浜で撮影したりしてネ」と冗談で言っていた事が、現実だったのです(横浜は、まだ確認していないのですが、みなとみらい、元町、中華街、ベイブリッジ、老舗バーなどだと思います)その来日の時、ジェウォンとすれ違って会えなかったり、お見送りに行ったのに、飛行機を変更していて、会えなかったりと、何だか歯車が、合わない事が多々ありました。きっと、わたしは、ジェウォンとご縁が無いのかもジェウォンに対する気持ちは、高まるばかりなのに、現実は厳しい物だったのです・・・そんな、写真集の撮影だったのですが、出来上がった物を見ましたら、撮影地にとても意外な所が選ばれていました。都電荒川線何故に、都電荒川線???友人は、その都電荒川線を始めとした、ジェウォンの写真集撮影地、上野不忍池、浅草、東京タワー(この観光地は定番なのに、全く思いつきませんでした)六本木、そして、渋谷を写真集を片手に歩きませんか?とお誘いくださったのです。わたしはすぐにお返事致しました。「是非、ご一緒させてください!」そして、昨日、行って参りました
2006年05月25日
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昨日は、主人の誕生日でした。何十何回目かは、触れないことに致します。わが家は(わたし以外の)誰の誕生日であっても、誕生日ケーキは欠かしたことはありません。(わたしは、自分の誕生日を自らが率先してお祝いするのはとても恥ずかしいので、家族の誰かが気づいてくれるまで、思い出してくれるまで、自分の誕生日はアピールしないことにしています。)ケーキを用意すると言っても、わたしの手作りではなく、美味しいケーキを買ってくるのです。(手作りする情熱はなくなってしまいました・・・)わが家は、誕生日がとても偏っていて、5人家族の内訳は3月の末1人、5月上旬2人5月下旬1人、6月末が1人。悲しいかな、7月から翌年の2月まで、誕生日ケーキを食べる機会がありません。3ヶ月の間に5回もケーキを食べられるのなら、同じようなケーキでなく、毎回異なるケーキを食べたいなあと。ですが、最近韓流にはまって忙しいわたしは、前日まで、何も用意していなかったのでした。大慌てで、プレゼントとケーキを用意したのですが・・・プレゼントは、ネクタイ。ネクタイにはこだわる人なので、ちょっと、奮発ケーキは、ご近所にある、有名なパティシエのお店に買いに行きました。そこでは予約していないと、当日「こんなケーキが欲しい」と言っても作れないとのこと。ホールケーキなら、今、ショーケースに入っている2つからしか選べません。どうしようか?他のケーキ屋さんに行こうかなあ?でも今からでは面倒だし・・・しょうがないので、その中で台はムース、上にはキャラメルがかかっている物にしました。これが、家族の中であまり評判が良くなく残念甘すぎてしまったようです。6月のぽっぽの誕生日にはこんな失敗のないように・・・ネクタイはとても気に入ってくれた様でした。毎朝、占いを見てネクタイの色を決める主人。今まで、占いに出るから・・・と、オレンジピンク紫赤など、購入してきました。今回わたしが選んだのはみどり種類が少なく、選べないので他の柄が欲しいなあと申しておりましたので、あまり、苦労せず、選べました。とりあえず、お祝いをタイミングよく渡せて、良かったです。
2006年05月24日
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8月の最初の土日、わたしの大好きな(はずの)GLAYと元BOOWYの氷室京介が、東京の味の素スタジアム(元の東京スタジアム)で、コラボに寄るライブを行うそうです。GLAYのメンバーが、BOOWYのファンだったそうですが、その関係で、今回のライブが決まったのかもしれません。GLAYのファンクラブに7年前から入っているわたしの所に、FC先行申し込みの手紙がきたのは、2週間ほど前のことでした。「氷室さんとコラボ?それも、2万人が入る東京スタジアム?」GLAYのライブであれば、東京ドームでも行きたいわたしですが、GLAYが何曲唄うかわからない中で、抽選によっては、すご~く後ろの席になってしまうチケットを、それも、今回は8000円と言う高額なチケット、買うかどうか・・・といいますかライブに行くかどうか、躊躇していました。ついこの間の2月、武道館やzepp東京などでライブがありましたが、そのチケットの抽選にことごとくはずれ、見事に撃沈したわたし。GLAYのライブは、昨年3月の東京ドーム、それも、ファンクラブのチケットなのに2階席の上から3列目と言う、すご~く遠くの席から参加して以来、一度も行っていません。というか、行けていません。実は、、韓流にはまって以来、GLAYのCDさえも聞かなくなってしまい、(なぜなら、韓国ドラマのOSTを聞いたり、韓国語レッスンのCDを聞くのに精一杯だからです)ちょっと前に、GLAYがEXAILEとのコラボで出したシングルCDは、購入したものの、封さえ開けていない始末です。(わたしは本当に、ファンなのでしょうか???)8月6日(日)は次男ぴっぴの全国大会ですから、最初から、行く気はありません。というか、行けません。では8月5日(土)。時間的には行けそうです。コラボだけど、生GLAYは魅力的やっぱり申し込みしようかなあ・・・そう思い、今日取り出した申し込み用紙・・・締め切り5月22日(月)時、すでに遅し
2006年05月23日
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そもそも、「ファンミーティング」って、何なのでしょうか?ミーティングと言えば、会社勤めをしていた身からすれば、会議ですよね?それに「ファン」がつくのなら、ファンの人たちが、まあるくなって、意見を交換し、ああでもない、こうでもないと、ファン同士が交流する会議。そんなイメージを持っていました。ですが、ジェウォンのファンミーティングの内容を見てみると、なんだか、違うようです。トークショーゲームコーナープレゼント抽選会参加者全員との握手会後で知ったことですが、韓国俳優さんが、ファンとの交流会を開く時、それを「ファンミーティング」と言うようです。いわゆる、「ファンの集い」といったところでしょうか?ということは、「ジェウォンと握手できるの?」もう、夢みたいな話です。ジェウォンと会える!そして、握手も出来る!これは絶対、チケットを確保しなくてはそう思いましたが、ジェウォンのファンがどれだけいらっしゃるか想像がつきません。とりあえず、チケット発売日の、着物のお稽古は、「子供の学校の用事があって・・・」お休みすることにしました。着物のお稽古は、10時から13時。チケットの発売開始時刻は12時。着物の時間は貴重ですが、ジェウォンのためならしょうがありません。チケットを申し込みする為の時間の余裕はできました。心の準備も完了です。そんな、チケット発売、1週間ほど前。すごいニュースを目にしました。「韓流スター、キムジェウォン。台湾でのファンは50万人ほどといわれている。このたびの台湾訪問では、ファン1万人が集まる。日本からのファンも、500人程、台湾まで訪れた」というものでした。50万人といえば、日本のGLAYのファンクラブは30万人、GLAY以上ってことかしら?それに、日本からの熱狂的なファンが500人もいるということは800人のファンミーティングの枠は後300人しかないって事かしら?頑張ろうそう決意しました。実は・・・この記事はとて~も数字が大げさに書かれていたそうです。台湾に50万人も、ファンはいないそうですし、日本から行ったファンも、数人だそうです。このことは、後日知りましたが、申し込みの時は、全く知らず、「わたしは大変な人のファン人なってしまった・・・」と青くなっていました。
2006年05月22日
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急速に募っていく、ジェウォンへの想い。今度は、ジェウォンを想って、食事が喉を通らなくなってきました。 いわゆるこれは、恋煩い明けても、暮れても、ジェウォンのことを考えていました。ある日の事。その日も、いつもの様にジェウォンの情報を探して、インターネット上をさまよっていました。すると、「キム・ジェウォン 大阪にてファンミーティング決定」と言う情報を発見!ほぼ1ヵ月後の平成17年7月30日土曜日、大阪の帝国ホテルにて、ファンミーティングがあるというのです。「絶対行く」わたしは決めました。31日は、次男ぴっぴの空手の全国大会が川崎で行われるので、それに間に合うように帰ってくれば行けるはず。「重ならなくてよかった!!!」数あるジュニア空手の全国大会で、たぶん、一番大きくて、強豪が集まるだろうその大会は、ぴっぴの目標です。息子の大事な試合と重なっていたら、泣くに泣けません>_<ところで、ファンミーティングって何
2006年05月22日
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ジェウォンに惹かれるようになって、わたしは、ジェウォンに関する事を少しでも知りたいと、インターネットをはしごしたり、雑誌を購入したりしました。そして、「ロマンス」以外のジェウォンのドラマを、インターネットで購入し、次から次へと、鑑賞しました。そこで、彼が、前の年(2004年)に3回も来日している事を知りました。最後に来日したのは、クリスマスの頃のHMV。ほんのちょっと前に、彼の事を知っていたら、絶対会いに行ったのに・・・渋谷へは、電車で20分。そんな近くに、ジェウォンが来ていたなんて・・・その上、韓国にあるファンクラブの募集は、すでに終わっているそうです。(日本人でも入れるらしい・・・)「3回も来日していたのね。ファンクラブにも入れないわ!今からファンになっても、遅くないかしら。大丈夫かしら?」ヨン様を好きになった時、ヨン様の古参のファンの方たちとの、意識と言うか、思い入れ、古いファンと新しいファンとのギャップをとても感じました。また、GLAYのファンである(とりあえず現在進行形です)と、古いまだブレイクする前からのファンと、新しくファンになった方たちとの間で、ブレイクと同時くらいにファンになったわたしは、居心地の悪い思いをしています。「このまま、ジェウォンを好きになっていいのかしら?」自問自答しました。好きになったら、のめりこんでしまうタイプのわたし。ジェウォンを知れば知るほど、いい人らしいですし、何しろ、笑顔が本当に素適どのドラマをみても、演技は上手いし、格好もいいもう、半分のめり込んでいたのですが、このままだと、行く所まで行ってしまいそうで怖かったのです。(どんな所でしょう???)その頃、私にとって、大きな事件が起こりました。Psyco le Cemu(サイコルシェイムと読みます)GLAYをみる為に行った、2002年のNHKのポップジャムの公開録画で、わたしが一目ぼれしたバンドです。ボーカルの子の笑顔と、歌声にひかれ、その後、3年間で、20回ものライブやイベントに参加しました。コスプレが特徴ですが、曲は奇抜な事はない、ポップ+ロックと言う感じのバンドでした。昨年の今頃だったと思います。外出中のわたしに、弟からメールがきました。「ボーカルが覚せい剤で捕まったよ!」「えっ」「コスプレバンドのボーカル、覚せい剤で逮捕」Yahoo!のトピックスにも、上がってしまう様な、大変な事になっていました。「嘘でしょ?でも、あの、急な痩せ方は尋常ではなかったし・・・でも、タバコも嫌いって言っていたじゃない・・・」わたしは、ショックで、寝込んでしまいました。信じていた人に裏切られたという気持ちでした。(といって、別に彼との間に、個人的には何があったというわけではありませんが・・・)何とか家事はこなせたのですが、食事が喉を通りません。(夫や、子供がいる人とは思えないですよね)2日くらいたって、やっと少しづつ、食事が取れるようになってきました。気持ちを紛らわせるために、ジェウォンのドラマを見、ジェウォンの出ている雑誌を読み、ジェウォンのことを考えるこようにしました。ボーカルへの気持ちを、全て、ジェウォンに向けたのです。すると、気持ちが落ち着き、冷静にボーカルの事も考えられるようになってきました。結局、ボーカルは罪を認め、執行猶予の有罪判決を受け、バンドは無期活動延期になり、新たな道を歩き始めたようです。ジェウォンがいてくれて、わたしの気持ちは救われました。そして、その笑顔に、ますます惹かれてしまったのです。そしてわたしは、ジェウォンから離れられなくなってしまいました
2006年05月21日
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今日は、主人が仕事でお世話になっている方の、結婚披露宴に出席して参りました。結婚して十数年になりますが、親戚以外で、夫婦揃ってのご招待は初めてです。私自身、数年前の甥っ子の結婚式以来の披露宴出席でした。若い方の人生の門出をお祝いできるなんて、とても光栄です。その上、華やかな席は、気持ちを明るくしてくれます。ご招待いただき、とても嬉しく思いました。ところで、わたしは、着物の着付けをしています。以前は、先生と呼ばれた時期もありましたが、今は、お教えしていません。(所属しているお教室の師弟制度みたいなものが、少し重荷になりました・・・)今は着付けの勉強を続けながら、自宅でひっそり、お着付けのお仕事ををしています。(どなたか、習ってみたいという方がいらっしゃいましたら、是非、メールをくださいね)着物の帯結びは、だんだんと進化していますし、得意な形、不得意な形があったりします。また、いつも手を動かしていないと、手が忘れてしまうのでお勉強は続けているのです。着物が着たくて、着付けを習い始めたわたしは、今は、着物を着てもあまり目立たない場所には、なるべく着物を着ようと思っています。特に、披露宴は着物を着るいい機会ですよね。普段着のつもりで、着物を着ても、「今日はどこかお出かけですか?」というように声がかっかったり、「お茶ですか、お花ですか?」と、習い事を聞かれたり・・・「着物が着たいから着る」という発想の無い世の中になってしまった様です。もとは、皆が着ていた着物ですが、高価であったり、着方が難しかったり、動き辛かったり、その上、手入れも大変。なかなか、気軽に着るという事が出来なくなったようです。ですから、わたしは、このようなお席では、着物を着るようにしています。というより、是非着たい、そう思っています。今日は、160人くらいご出席の盛大な披露宴でしたが、お着物をお召しの方は、両家お母様と親戚の方が1名、黒留袖を着ていらしたのと、訪問着を着ている方が、5名でした。振袖の方が一人もいらっしゃらなく、残念に思いました。でも披露宴自体はは、とてもアットホームでいいものでした。お二人の幸せを、心より、祈っております。*************************************余談を少し。ご出席者の中に、韓国からいらした女性の方がいらっしゃいました。新郎の職場に、以前、韓国から研修でいらして、と言うご縁だそうです。お祝いのスピーチを、かなり上手な日本語で、話していらっしゃいました。ただ、メモを確認しながらでしたので、日本語が完璧ではないのかもしれません。韓国語を少し勉強しているわたしは、是非話し掛けたいと思い、そして、思い切って、話し掛けました。チョギ・・・結局、わたしが質問して、日本語交じりで返事していただきました。「韓国語上手ですね。」そう言っていただきました。実は、大したことありません。でも、以前、TDLで、韓国の方に偶然出会って、話し掛けたら、その時も、「韓国語、上手ですね」と言って頂きました。韓国の方は、誉め上手かもしれません。
2006年05月20日
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5年生の長女「はんこ」は、水泳選手です。週に5日か6日練習しています。4歳の頃から、習い始め、見る見るうちに上手く、速くなっていきました。ぽっぽも、ぴっぴも同じように水泳を習っていましたが、(ぽっぽは、今も、中学の水泳部で続けています)同じ年のときの上二人と比べて、これが段違いに速いのです3学年違うぽっぽより、50M背泳、50M平泳ぎ、200M個人メドレーでは負けません。ところで、小学生の水泳選手の目標は、ジュニアオリンピックカップです。(略して「JOC」、もっと略して「JO」)この大会は、毎年、3月末と8月末に東京辰巳のプールで、全国から選りすぐりの選手が集まって、ジュニアの日本一を決める大会です。年齢、種目、距離で、細かく階級があり、それぞれの得意な種目で、タイムを競います。この大会に出るためには、各県予選で、JO基準タイムを突破しなくてはいけません。そして、その予選に出るためにも、基準タイムがあって、誰もが出られるわけではありません。また、その予選に出るためにも、規定の大会で、基準タイムを突破しなくては出る事が出来ません。「練習でいいタイムが出たので、出場したいです」と言うわけには行かないのです。あくまで、公認大会で基準タイムを突破しないとどの大会にも、出場できないのです。また、JO基準タイムはそれぞれ、年齢別になっていて、当然ながら、年が上がっていくにつれて、タイムも厳しいものになっていきます。ですから、春の大会は4月生まれは有利、夏の大会は9月生まれは有利などといわれています。春の大会は、毎年3月27日開幕です。出場者の年齢は「大会初日の、満年齢とする」と言う規定があります。実ははんこは3月26日生まれ。大会の日には、ひとつ年をとってしまいます。春の大会に出るためには、ひとつ上の年の基準タイムを切らなくてはならず、とても苦しいのです。(すご~く速ければ、何の問題も無いのですが、体が小さく、まだ、基準タイムに達していないはんことしてみると・・・)ですので、はんこの目標は、夏のJO大会。練習で計ると、50M背泳では、JOの基準タイムまであとあと1秒を切っています。そして、今は伸び盛り。初めての全国大会に向けて、本人も、コーチも、そして私も、その日のために、頑張っていました・・・ところが・・・昨日、はんこは腕を骨折してしまいました。右とう骨(松井と同じ骨らしい)をおってしまったのです。学校の体育の時間、跳び箱の着地に失敗し、右手を強くついてしまったのです。全治、1ヶ月。少なくとも、固定は3週間そのままだそうです。JO予選に出るための大会が、5月28日と、6月4日にありました。どちらかの大会で、JO予選基準タイムを切り、そして、7月2日か9日のJO予選で、JO基準タイムを切って、JOに出場!というシナリオを描いていましたが、今回のチャンスは、閉ざされてしまったようです。はんこはずっと泣いていました。でも、これは、神様が与えてくださった試練かも。食べなさいといっても、好きな物しか食べなかったはんこ。いりこが身体に良いからと、毎食、出していたのに、「嫌い!」と言って、手をつけなかったはんこ。この1ヶ月の間、身体を休め、身体を作り、春だ夏だと気にせず、大会に出られるような選手になるために、そして、水泳が出来ない苦しみ、泳げる事の幸せをかみ締める為に、神様が与えてくださった試練だと、わたしは思うのです。1ヶ月辛いですが、治療し、食べて、身体をいたわって、春の大会を目指しましょう!はんこ、ファイティン!!
2006年05月19日
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先日のある日わたしの空手の稽古から帰り道、(大体、週に2回位稽古しています)ご近所の奥様(と言っても、わたしの両親くらいのご年齢)にお会いしました。会えば、いつも立ち話をするようなご関係です。その時、わたしは、稽古着を着たままだったので(その上に、上着ははおっていましたが)「恥ずかしいな。何か言われちゃうかしら?」と思いながらも、覚悟を決め、「こんにちは。いいお天気ですね」とご挨拶致しました。すると、その奥様は、挨拶も無く、いきなりこうおっしゃられたのです。「お宅、変なにおいしませんか?」「はあ」詳しくお話を伺うところによると、その方(Aさん)のお隣(Bさん)から、変なにおいがして来るそうなのです。その上、真夜中に変な音が聞こえ、夜も寝られず、体調もすぐれず、病院にも通っているそうです。警察に電話して、来てもらったり、においの原因を調べてもらう為、保健所に電話もしたそうです。でも、原因はわからず仕舞い。「困っているのですよね、Bさんには」ここまで、お話を伺っていると、Bさんに何か原因がありそう・・・と思ってはいけないのです!これは、認知症の症状です。(きっぱり!)実は、わたしは、認知症の方が何人かいらっしゃる所へ、たま~~に(本当に申し訳ないくらいたま~~に)ボランティアに伺っています。少しだけ、介護の勉強をし、ヘルパーの資格と、ちょっとだけ、相談業務につける資格をもっています。(頭でっかちで、経験が無いので、説得力は薄いのですが・・・)Aさんとお話している間中、「これは、困った事だわ。認知症に間違い無いわ。ご家族はご存知かしら?Bさんはどんな被害をうけているのかしら?わたしはまず何をしたら良いのかしら?」Aさんの話は、繰り返しでしたので、聞き流しながら、「どうしよう?どうしよう?」とこれからのことを考えていました。「認知症」とは従来で言う「痴呆」です。良く知られているのは、お財布が盗まれたという勘違い、自宅がわからず迷子になった、ご飯を食べた事を忘れてしまって、もう一度食事をとってしまう・・・etcいろいろな原因がありますが、これは病気です。Aさんは、ご主人と二人暮らし、自慢のご子息がいらっしゃるそうですが、遠くにお住まいだそうで、一度もお会いした事がありません。これといった、趣味をお持ちでないような気がします。外出も、あまりなさっていないご様子。これでは、病気は進んでしまいます。Aさんと別れ、すぐBさん宅へお伺いしました。「何かAさんと、トラブルがおありではありませんか?」「実は・・・Bさんによると、1年くらい前から、「匂いがする。夜中の音がうるさい」と苦情を言われているそうです。最初は、排気口がAさん宅に向いたので、排気口を移す修理をしたり、クーラーの室外機がAさん宅側にあったので移動したり、換気扇を使わないようにしたりしたそうですが、苦情は収まらないそうです。そのうち、警察官が「お隣から苦情があったので・・・」と話を聞きに来たり、保健所が「抜き打ちに検査に来ました」とにおいの測定に来たり・・・と、身に覚えが無いのに、でも、もしかしたら何かお隣に対して、気に障る事をしてしまったのかも・・・と、ご家族だけで、悩んでいらしたそうです。わたしは気づきませんでした。Bさんは1年も悩んでいらしたそうなのに。Aさんは、わたしと会う時はいつも普通でした。(そう。認知症は、本当に普通で、クリアな時が多いので、普段一緒にいないとわかり辛いのです)「Aさんは認知症です」そう申し上げたましたら、Bさんはとてもほっとしたご様子でした。(この時ほど「認知症」と言う言葉が有り難いと思ったことはありません。「痴呆」ではやはり、抵抗があります・・・)「やっぱり御病気だったのですね。病気かなあとは思っていても、確信が無いし、もしそうでなかった悪口になってしまうし、私が我慢すればいいと思っていました」こうおっしゃるのです。 認知症の場合、一番負担が来るのはご家族です。上のような症状なので、ご家族がたいへんな思いをされる事がしばしばです。ですが、Aさんの場合、ご家族に気持ちをぶつけられない分、お隣のBさんに対象がいってしまったようです。数日後、わたしは地域包括センターに主人と一緒に相談に参りました。ご家族に認知症の自覚が無い様なので、行政から、アプローチして頂き、認知症の原因を見つけ、少しでも、症状が進む事を抑えなくてはいけないと思ったからです。ご近所の人が、いきなりAさん宅に伺い「病気のご様子なので、治療したらいかがですか?」とは言えませんよね。また、行政に行って、単なる主婦が「ご近所の方を助けてください」と訴えたとしても、取り上げてくれるか不安でしたので、介護に関わった仕事をしている主人の肩書きを使わせてもらいましたその後、民生委員さんと地域包括センターの方が、Aさん宅をご訪問されたそうです。Aさんがこれから良い治療や、介護をお受けになり、心安らかに生活なさる事を心より願っています。Bさんにも、お隣に悩まされる事の無い生活が再び訪れる事を、心より祈っております。
2006年05月18日
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長男ぽっぽが数週間前から、そわそわしていた。「もうすぐ、『ハリーポッター』の新巻(第6巻)が出るんだよね・・・」「ふう~ん」とわたし。「僕さあ、発売日に学校に行く前に手にいれて、学校で読みたいんだよね・・・」「えっ」ぽっぽは、ハリーポッターの大ファン。今まで発売されている、ハリーポッターの本は、擦り切れるまで読んでいて、「その話は、第○巻の第○章の『○○○』という所の話でね・・・」などと、かなりコアな会話までしてしまうほどだ。(わたしはすでに、4巻で挫折してしまったのだが)映画は全て見ているし、当然ビデオも持っている。(わが家は、まだまだ、アナログな家族である)彼は、予約をしたいのだが、どこで予約すれば良いか悩んでいるらしい。通信販売で注文したら、前日には届くであろうか?八王子の「くまざわ書店」という所では、朝早くから発売するそうなので、そこに行けば、朝一番に手に入るはずだが、他にも、その様に発売する書店は無いだろうか?八王子はあまりにも遠い(気がする・・・)そこで、頼りになる(?)母の出番。ネットで、ハリーポッターを調べる。静山社を調べる。くまざわ書店を調べる。5月17日に発売される事は周知の事だが、案外、詳しい事は、どのサイトにも載っていないようだ。くまざわ書店のことは、前回の本の発売の時にニュースになった。早朝から、翻訳者(静山社の社長)自らが来店し、発売していた事を、ワイドショーなどで取り上げていたのだ。実は、八王子は、わたしの通った高校がある街で、わたしが高校生だった○○年前、くまざわ書店には良くお世話になった。(とても懐かしい)わたしはまず、静山社に電話した。「5月17日の午前5時解禁で、それ以前は、どちらでも、手に入れることは出来ません」きっぱりと(ちょっと冷たく)言われてしまった。「実は子供が、学校に行く前に手にしたいと申しておりまして・・・『くまざわ書店』で、早くから発売されることは知っていますが、他に、早くから発売する所を教えていただけませんか?」すると、子供と聞いて気の毒に思ってくれたのか、かなりトーンが、柔らかくなり、「どちらにお住まいですか?もしかしたら、お近くの書店が、その日だけ開店が早くなるかもしれませんので、お尋ねになってみて下さい」「出版社は、特定の書店を紹介は出来ないのね。」わたしはそう解釈した。くまざわ書店に電話した。とても親切な応対だった。やはり、朝5時からハリーポッターの発売をするそうだ。「ご来店頂かなくても、この電話で、予約お受けしますが・・・」「子供の本なので、子供にきいてからまた電話させます。」電話で得た情報を本人に伝え、「とりあえず、学校の近所の書店に、早朝発売するかどうか聞いてみれば?」学校の近くには紀伊国屋書店があるので、可能性はあるかなあと思っていた。しかし、答えは「ノー」。通常営業だそうだ。ぽっぽの学校は、中央線沿線にある。学校に行く前に、八王子に寄って行くことは出来ないことは無い。彼は、くまざわ書店で買うことを決め、自ら電話した。「ハリーポッターを予約したいのですが・・・」かなり長い電話だった。彼は、予約し、待ち時間を聞いた。前回は、300人の人が並んだそうだ。「一人30秒で販売しても、300人だと150分2時間半。早くから行かないと学校には間に会わない。「ぼく、5時前には並びたい」書店からは、仮装して来た人への特典の話があったそうだ。たまたま、ぽっぽの妹「はんこ」が、水泳でお世話になっているお姉さんから先日頂いたお洋服の中に「グリフィンドール」のマントが入っていた。(はんこのサイズなので、ぽっぽには小さいのだけれど)「ぼく、これ着る」仮装特典が何かわからないが、彼は、ハリーポッターに関するもの何でも欲しいらしい。きついのを我慢して、買う時だけ着て、学校に行く前に駅のコインロッカーに預けると決めたそうだ。だが、八王子への行き方を検索していた彼が落ち込んだ声でこう言った。「おかあさ~ん、電車が無い」八王子まで、普段なら、電車で1時間くらい。朝5時に八王子に到着するには、4時頃の電車に乗らなければならないが、地元の駅の始発は5時2分。「お母さん、悪いのだけれど、朝、町田あたりまで連れて行ってくれない?」なんて、かわいいこと言うのだろう。途中までで良いから、後は自分で行くから・・・と。「わかった。八王子まで連れて行ってあげる!」こんなに、楽しみにしていている上、母親に迷惑ををかけないようにと気を遣う、そんな健気な気持ちに答えない訳にはいかない。甘えてくれるのも、あと数年なのだから。わたしは、八王子まで車を飛ばす決心をした。そして今朝。午前3時50分に家を出て、普段なら、早くて1時間半かかる八王子までの道を、わたしは、40分で走りぬけたすでに50人以上の人が列を作り、報道のバンが何台か並んでいた。「お母さんありがとう。ぼく行ってくるね」彼は嬉々として、列に加わった。わたしは、帰路へとついた。先程、午前5時半に彼から電話があった。「お母さん、買えたよ仮装特典ももらえたよ本当にありがとう」
2006年05月17日
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ヨン様、キムジェウォン(以後、ジェウォンと書きます)に惹かれ、ますます、韓国映画、ドラマを見るようになったわたし。数を見ていると、何だか、韓国語が少しわかるような気がしてきました。「ホテリアー」の吹き替え版で、「ドンヒョクさん」と言うセリフがなじめませんでしたが、それは韓国語で、「ドンヒョクシ」と、言っているのを日本語に訳しただけという事がわかりました。日本語で「ドンヒョクさん」と言うと違和感がありますが、「ドンヒョクシ」と韓国語で聞くと、とても心地良い発音とリズムでした。「・・・が」という日本語字幕がついている時にセリフの時に韓国語でも「・・・ガ」と聞こえてきたり、「・・・ですか?」という時にも「・・・(イムニ)カ?」などと、韓国語は日本語と、語尾が良く似ていました。少し、韓国語学習の本を読んで見ると、主語、目的語、述語という語順も日本語と似ているらしいのです。ジェウォンの事を知りたく、インターネットで彼のサイトを探しましたが、見事に韓国語でした。ヨン様を好きになり、英語を勉強しようとしましたが、英語を勉強したって、ジェウォンの事を理解できそうもありません。それなら、韓国語を勉強しようわたしはそう決心しました。そして、わたしは、昨年4月から、NHKラジオハングル講座・入門編を毎日聴き始めたのでした。勉強が嫌いだった、若い頃。あの頃は、勉強する意味がわからず、ただ試験の為、言われるままに、勉強していたのでした。だけど、今度は違います。惹かれてしまった人が韓国人だったので、彼を理解する為、彼とコミュニケーションを取るため彼の出演作品を字幕無しで楽しむ為、わたしは、韓国語を勉強する事にしました。この頃すでに、ヨン様への気持ちは薄れ、ジェウォンへと心は傾いていたのです。
2006年05月16日
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「ロマンス」主演俳優は、ぱっと見、いまいち。「男子生徒と先生の恋」と言うのも、ピンときません。だって私は、すでに30代。大人の恋物語が見たいのです。自分と女優さんを置き変えて(なんとずうずうしい!)、夢見るような、そんなドラマが見たい。そう思っていたのです・・・ただ、「ロマンス」この題名に何だか惹かれるものがあって、期待せずに第1話を見たのです。そして・・・私は、恋に落ちてしまいましたドラマの中の俳優の屈託ない笑顔、顔に似合わない、低く響く声、そして、なんと、ドラマの中で、片手腕立てを軽々としていたたくましい肩と腕。良く見ると、洋服の上からでもわかる、筋肉質の身体。ああ、私は、彼に心奪われてしまいました。彼の名前は、キム・ジェウォン。彼に出会って、わたしは、初めての経験をし、初めての挑戦をし、友人が出来、少し自信を持つ事が出来、そして人生が、楽しくなりました。
2006年05月15日
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今日は母の日でした。私の母は、すでに亡くなっていますし、もともと、母の日に何かするという習慣はありませんでした。あまり、行事を好む母ではなかったですし、私も、面倒で、何もしないことを恒例としていました。結婚して、義母が出来た時、かわいい嫁として母に喜んでもらいたいと、初めての母の日に、日傘をプレゼントしました。主人と相談して母が喜びそうな物を、妊婦だった私はいそいそと買いに行き、母の日にプレゼントしたのでした。「こんな重い傘をもらってもねえ」おしゃれな母のために、麻の傘(それもちょっと高級品でした)にしたのですが、渡した第一声がそれでした。その時の私の気持ち・・・義母とは、あまり仲良くなれず、結局、それ以降、もともと、面倒で、自分の実の母にも何もしなかった私は、母の日に、主人の母へプレゼントはせずに過ごしています。現在、認知症になってしまい、穏やかな母になりましたが、私は、母の日に何かするということを忘れてしまいました。そして私は、母の日だったのに、老人ホームに入居している母に会いに行こうとは思わないような、薄情な嫁です。そんな私ですが、私の子達は、私にプレゼントをくれたのです。私は誕生日が5月2日です。誕生日にも、素適なプレゼントをもらったので、(これも感動でした)2週間もしないで訪れる母の日には、「気持ちだけで充分。何もしないでね。」そう言っていたのに、長男ぽっぽ、次男ぴっぴ、長女はんこ、そして主人は、私のために、カーネーションを用意してくれ、私の大好きな「ゴディバのチョコレート」をプレゼントしてくれました。「いつもありがとう」という手紙まで添えられて夕食の後は、子供達3人が協力して、食器を片付けてくれました。これは今日だけではなく、いつもしてくれていることです。(すごいでしょ?)「素直に育ってくれているなあ。」本当にそう思います。中学生と、小学校の高学年。親に反抗する年頃ですし、実際私も、その頃親に反発していました。ですが、子供達は、競って私に話しかけようとしますし、外出も、一緒に行きます。私がしかると、しゅんとしますし、ほめると喜びます。何かすると「ありがとう」と言ってくれますし(母として当然のことをしただけなのに~)、「ごめんなさい」も言える子達です。ぽっぽが、勉強と水泳。ぴっぴは、空手。はんこは水泳。それぞれ、自分の目標に向かい、努力もしています。いつも、幸せをかみしめて生きていますが、今日は、飛び切り幸せな、母の日でした。私の方こそ、私を幸せにしてくれてありがとう。子供達と主人に感謝しています。
2006年05月14日
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ヨン様に惹かれてしまったわたし。それは、遠い十代の頃の、恋に恋するような、何だかふわふわした気持ちでした。ヨン様のことを知りたい。そう思った私は、ヨン様の乗っている雑誌を購入したり、出演している番組を録画したり、インターネットで検索したり・・・そうした時、ヨン様の韓国の公式サイトにたどり着きました。韓国語のわからない私は何が書いてあるかわかりませんでしたが、日本語に翻訳されたページに助けられました。でも、ヨン様は英語も話せるらしいとのこと。そう言えば、「ホテリアー」のドンヒョクは、英語が堪能でした。そのサイトにも、英語のページがあったのです。「そうだ!英語を勉強すれば、ヨン様とお話できるかも」本来なら、韓国語を勉強して、ヨン様を理解しようとすればいいのですが、その時の私は、「韓国でしか通用しない韓国語を勉強するよりは、一応、過去に何年も勉強してきた、世界で通じる英語を、もう一度勉強し直した方が今後の為にもなるわ!」と思い、英語を勉強し直す決心をしました。直ぐに、英語の本を買い込み、NHKテレビのテキストも買って、教育テレビも見始めました。勉強し直すには、中学校の教科書が1番!と聞いたので、教科書まで買ってきました。そうしながらも、ヨン様のドラマは見ていました。その時は、衛星劇場で、「若者のひなた」、東京MXテレビで、「愛の群像」が放映されていました。ヨン様以外でしたが、日テレでは相変わらず韓流アワーがあり、フジでも、土曜日の午後に、韓国ドラマを放送していました。特に衛星劇場では多くの韓国ドラマが、放送されていました。韓国ドラマを数多く見ていると、良く出てくる韓国語の簡単な単語が、わかるようになってきました。「ネェ」「イェ」が「はい」と言う意味らしいし、「アニエヨ」「アーニョ」が、「いいえ」と言う意味らしい。「ヨボセヨ」は「もしもし」、「コマオ」は「ありがとう」で、「ミアーネ」は「ごめんなさい」。「愛している」は「サランヘヨ」。「韓国語って、もしかして、面白いかも!」ちょっと興味がわきました。何のドラマか忘れましたが、衛星劇場で放送されているあるドラマが終盤を迎えた頃、次のドラマの番組宣伝が、やたらと流れてきました。「生徒と教師の禁断の恋!」「ロマンス」と言うドラマの宣伝でした。「♪♪ラ~ビングユ~ ラ~ビングユ~ ネ~ガ・・・♪♪」と言う、音楽にのって、そのドラマのことがやたらに流れていたのです。女優は、「キム・ハヌル」と言う人で、何だか良く見るし、有名そう。でも、男優は「キム・ジェウォン」???誰、この人?韓国四天王の、ヨン様、チャンドンゴン、イビョンホン、ウォンビンのように格好良くないし、ちょっと見、あまりぱっとしない人だなあ。韓国ではこういう人も人気あるんだ~!これが、私とキム・ジェウォンの出会いでした。
2006年05月14日
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昨日は、一昨年の年末に「冬のソナタ・完全版」を見たことまで書きました。あまり真剣には見ていませんでした。インターネットをしながら、耳で聞いて(韓国語でしたから、全く理解していなかったのですが)気になる所は手を止めて見て・・・だから、話がわたしの中で飛んでしまったりしましたが、それでも、とりあえず、私の中では「『冬ソナ』完全版を全部見た~!」と言う満足感がありました。そして、初めて聴いたヨン様の声。低音で、響いて、「なんて素適な声なの?」また初めて聴く韓国語のリズムや、ところどころ、字幕の日本語がそのまま発音されている様な不思議な感覚。「韓国語と日本語って、ちょっと似ているのかしら??」私の気持ちの中で、何かが起こっていたのにその時は気づかずにいました。そして、明けて2005年お正月。1月2日より、東京MXテレビで、「ホテリアー」の2日間一挙放送がありました。以前、日テレで見た「ホテリアー」が忘れられず、今度は字幕で放送されると知り、今度は、第1話からちゃんと録画をして、私は見たのです。そして、私はドンヒョク@ペヨンジュンに、落ちてしまったのでした知的な姿、そして優しさ、あの、低く響くでも、甘い声・・・「ペ・ヨンジュン」に惹かれてしまった私は、その日の夜に、インターネットで、「ペ・ヨンジュン」を検索し、彼のことをいろいろ調べ知るにつれて、胸の中が彼でいっぱいになりました。(これでも、既婚、3児の母なのですけれどね♪)次の日には、ビデオショップに行くと言う主人に彼の出演作のリストを渡し、「この中で、何でも良いから借りてきてください w(_ _)w」(実は、私の主人はかなり年上。言葉には、気を遣っています)そして、借りてきてくれたのが「初恋」全部で60話なのです。最初の3巻くらいを借りてきてくれたのですが、一気に見てしまい、見終わったら、自ら返しに行き、そして、生まれて初めてビデオショップの会員になり、生まれて初めて、ビデオショップで、「初恋」の続きを借りました。家事と、子供の送り迎えの時間を除き、それ以外は、食事も食べずに、睡眠も惜しんで、なんと5日間で、全部見てしまったのです。(その時、私は3キロも痩せました。これはとてもラッキーでした)次に、「裸足の青春」を借り、見終わった時、わが家に、ケーブルテレビと言う物があると気づき、改めて、プログラムをじっくりと見ました。「衛星劇場」と言うチャンネルがあり、そこで、「若者のひなた」が放送されているのを知りました。衛星劇場と言うのは、オプションチャンネルで、申し込みをしないと視聴出来ないチャンネルなのです。私は迷わず、直ぐ電話し、視聴出来るよう申し込みをしました。 この、衛星劇場を申し込んだ事で、 私の人生が変わりました・・・
2006年05月13日
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おととしの終わり頃まで、ヨン様を初めとする韓流ブームは、わたしにとって、全く別の世界のことでありました。なぜ人は、ペヨンジュンにはまってしまうのかわからない・・・ペヨンジュンのどこが良いの?そんなことを、口出していたりしました。実は、冬ソナも見たことなかったのですが。その頃のわたしは、ニュースとワイドショー以外は、テレビを見ることもなく、音楽を聞くことと、インターネットをする事を楽しみにして過ごしていました。音楽も、偏っていて、聴いていたのが、GLAYと、Psycho le cemu(ご存知ですか?)がほとんどです。ミスチル、サザン、スピッツ、浜省、陽水・・・CDでは聞くのですが、ライブに行くのは、その2バンドのみです。それも、GLAYは、ファンクラブに2つも入っていながら、なかなかチケットが取れず、また、巨大な会場でする事も多くあり、なかなか行く事が出来ませんでした。7年間で20回程度しか、ライブに行っていません。Psycho le cemu(以後、サイコと書きます)には、かなり入れ込んで、仙台のライブに行ったり、ファンクラブの旅行に参加したりしました。ライブは、2年間で20回位行きました。その上、握手会やサイン会、トークイベントにも何回もさんかしています。残念ながら、いろいろあって、ついこの間の、5月7日のライブを最後に、無期活動休止になってしまいましたが・・・(サイコについては、また、書き綴りたいと思っています。)ある日の午前中、掃除をしながら、ふとつけたテレビが日テレの韓流アワー、「ホテリアー」。たぶん第4話でした。何気なく、見たら、そこにヨン様の素適な水着姿が・・・「えっ?なぜ、こんな優しい顔をした人が、こんなにがっちりしたした身体をしているの?」ちょっと、興味を持ちました。わたしの男性の好みの基準が、笑顔の素適な人と、体を鍛えているスポーツマンというものだったからです。そして、次の日から、月曜日から木曜日まで連続であった韓流アワーの「ホテリアーー」を録画して見るようになりました。最終回まで見て、とても面白かったのですが、ソンユナの吹き替えの「ドンヒョクさん」と言う声がなかなかなじめず、また、韓国の名前に、~さんと言うのはなんか変で、違和感を覚えました。その後、その時間帯は「パリの恋人」「真実」「屋根部屋のネコ」などが放送され、私も、気軽に、韓国ドラマを見る事が出来ました。そして、パクシニャン、リュウシオン、キムレウォンなどの俳優を知ったのですが、この人たちよりは、ペヨンジュンの方が、格好いいわね。なんて思っていました。そして、その年末、NHKBSで、冬ソナの完全版が、字幕版で放送されたのです。普段からテレビをあまり見ないわたしは、冬ソナがいつから始まるか知らず、また、まだそれ程興味を持っていませんでした。たまたま夜友人から、「今冬ソナ見てるけど、見てます?」というメールを頂き「あっ、冬ソナやっているんだ。見てみよう」そのような感じで、見始めたのが5話目くらいから。もう、ミニョンになっていました。それでも、まだのめりこむ事なく、録画もしないで、最終話まで見ました。本編終了後の、ロケの様子やインタビューの映像をみて、「きっと、ヨン様のファンはこれを見て、感動しているのだろうなあ」とは思っていたのですが・・・子供のための時間が来てしまったので、この続きはまた明日。
2006年05月12日
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昨日、空手を習っているぴっぴが、同じ道場の子達と一緒に、他の道場へ練習に行くと言う「出稽古」がありました。3ヶ月に1回くらい、この様な出稽古があるのですが、今日は、いつもの出稽古とは違っていました。なぜなら・・・K-1選手の、小比類巻貴之さんが、練習を見に来ると言うのです。ミーハーな私は、色紙を買って、いそいそと一緒に出かけて行きました。(サインは、その場で購入した「コヒTシャツ」にも、ぴっぴの名前入りで頂きましたよ)そして、なんと、ぴっぴは小比類巻選手とスパーリングをさせてもらえました。もちろんコヒ(彼はそう呼ばれているらしい)は本気では無いですし、たった40秒ですが、その中でぴっぴは、内蹴りで、コヒを一瞬「ぐらっ!」とさせる事が出来ました。ぴっぴの成長を、心から、嬉しく思いました。ぴっぴが空手を始めたのは、今から約6年前、幼稚園の年長さんの時でした。身体は人一倍大きかったのですが、何しろ気が弱いのです。自分の半分位しかない子に「ごりら!」と言われただけで泣いてしまい、何か言われてもされても、仕返しをするどころか、言い返せないような有様でした。そのぴっぴがとうとう、登園拒否をしたのです。いじめられている!そう思ったからでした。先生と話して、何とか幼稚園での生活が楽しくなるようにしていただけるようになり、とりあえず、幼稚園には通えるようになったのですが、私は半年後の小学校への入学がとても不安になりました。「ぴっぴはとても優しくていい子ですよね」ぴっぴを知る方は、みなさんそうおっしゃって下さいます。そして今もそれは変わりません。でも、体が大きいので、皆がからかうのです。6歳の誕生日に、すでに121センチ、33キロありました。同級生でもからかうのなら、小学校に行けば、きっと上級生がからかうはず。私はそう思いました。それではぴっぴがかわいそうなので、ぴっぴに何か自信をもたせなくては!そうだ!長男「ぽっぽ」が習っている空手をぴっぴにも習わせよう。(ぽっぽは今はもう空手は辞めてしまいました)空手を習っていれば、何かあった時に自分を守れるし、習っていると言うだけで、気持ちが強くなるかもしれない。それが、ぴっぴ年長の11月、道場に入門させた動機でした。そのぴっぴが、この3月に1級『茶帯』に昇級し、先日のウェイト制大会で優勝し、そして、K-1選手とスパーリングをさせてもらえるまでに成長しました。 ぴっぴと小比類巻選手兄弟3人の中で、何しろ、心配だったぴっぴ。ぽっぽと、1番下の長女「はんこ」は器用で、やる事がそつないのに比べ、不器用で、要領が悪かったぴっぴ。ここに至るまでのぴっぴの努力、親子の葛藤、夫婦の見解の相違については、またの機会に少しづつ、書き綴っていきたいと思います。
2006年05月11日
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何だか、とても書きたい気分になり、勢いで、ブログを始めることにしました。パソコンは不慣れですが、書くことは大好きです。これから、空手のこと、水泳のこと、韓国のこと、着物のこと、老人介護のこと、子育ての事などなど、少しづつ、少しづつ、書き綴っていきたいです。もし読んでいただけたなら、とても光栄です。どうぞよろしくお願い申し上げます。さて、表題のわすれな草ですが、大好きな花です。初めて知ったのは、祖母がなくなった13年前。愛媛の田舎で葬儀が行われたのですが、その時の香典返しと言うのでしょうか?喪主(母方の叔父)からのご挨拶状の中に、「わすれな草」の種が一緒に入っていました。その説明書にあった花言葉。「真実の愛。私をを忘れないで」結局、その種を咲かす事は出来ませんでしたが、祖母の思い出と共に、その時から、「わすれな草」は私の中で、一番の花になりました。
2006年05月10日
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