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神戸市営バスで、無断で臨時バスを運行していたことが問題になっている。以下、Yahoo!ニュースより引用(元記事)---------------------------超勤手当欲しさ?臨時バス無断増発、客1人でも…神戸市2月28日15時11分配信 読売新聞 神戸市交通局の市バス石屋川営業所(灘区)が昨年10~12月、計83本の臨時バスを無断で運行して、運転手の超過勤務手当を申請し、約50人に計27万円の手当が支払われていたことがわかった。 市は、石屋川営業所長(53)ら4人を減給などの懲戒処分、1人を訓戒とした。 市によると、担当外の路線で臨時バスを運行するには、内規で市バス運輸サービス課や、担当営業所からの応援要請が必要だが、石屋川営業所は要請がないのに魚崎営業所(東灘区)の路線で1日1~3便の臨時バスを運行していた。乗客が大人1人だけとみられる便もあったという。市の調査に、石屋川営業所の職員らは「需要があると思って運行した。運輸サービス課には口頭で打診していたので問題はないと思っていた」などと説明。市交通局は「手当が目当てだったと言われても仕方がない」としている。市バス運転手の平均年収はボーナスや諸手当を含めて約880万円。最終更新:2月28日15時11分------------------------------(引用ここまで)この記事を見ると、ただ単純に超過勤務手当が欲しいために臨時バスを運行していたと見て取れるのですが、原則的にはこの問題は「内規違反」でしかないのが意外ですね。臨時バスを運行するには運輸局への届出等の面倒な手続きが必要なのかと思っていましたが、運輸サービス課や営業所の要請があれば神戸市営バス内部だけで臨時便の運行ができるシステムだったのですね。ここでひとつ疑問が・・・なんで他の営業所担当の路線に無断で臨時バスを運行していたのでしょうか?自分の営業所担当の路線でやれば、(超過勤務手当欲しさという点は除いて)内規違反にはならなかったのでは?もしかしたら、自分の担当路線ではすでに臨時バスを走らせていて、他の営業所の路線に手をつけるしかなかったのでしょうか?さて、今回の事件は超過勤務手当、つまり残業代欲しさに無駄な残業を行っていたようなことで片付いていますが、このニュースを見たとき、京都市営バスの「幽霊バス」問題を思い出してしまいました。京都市営バスの「幽霊バス」は、労働組合がヤミ専従を否定するための口実として、本来存在しないはずの無届け路線を設定し(どうやら路線を設定することについては運輸局への届出が必要のようです)、組合役員に乗務させ仕事をしているように見せる路線バスのことで、現在は運行を停止しています。今回の神戸市営バスの問題も、このような労働組合が一枚噛んでいるように思ってしまうのは私だけでしょうか・・・
2009.02.28
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森内閣の退陣を沈没と発言した笹川総務会長が、不適切発言を認め、謝罪したとのこと。結局、この発言のどの点がどのように不適切なのかを検証しないまま、笹川氏謝罪で幕を降ろすことになりそうです。以下、Yahoo!ニュースより引用(元記事)---------------------笹川総務会長が陳謝「えひめ丸事故で森内閣沈没」発言撤回2月27日19時50分配信 読売新聞 自民党の笹川総務会長は27日の記者会見で、2001年にハワイ沖で起きた愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」と米原子力潜水艦の衝突事故を引き合いに、当時の森政権の退陣を「沈没」と表現した自らの発言を撤回し、陳謝した。 笹川氏は「不適切な部分があった。関係者におわび申し上げる」と述べた。最終更新:2月27日19時50分-------------------------------------(引用ここまで)麻生政権の支持率が低いことで、謝罪せざるを得なくなったのでしょうか。ところで、この不適切発言についてのコメントをネット上で探してみると、「森内閣の退陣を、9人の犠牲者を出したえひめ丸事故に例えるなんて不謹慎」という声をちらほら見かけました。民主党の鳩山氏も、「こういう比喩(ひゆ)を使われるということ自体が、えひめ丸で亡くなられた方々とか、ご遺族の方々の心をさらに痛めてしまうのではないかと心配だ。この船(えひめ丸)が沈没したから森内閣も沈没したなどといわれることは大変心外ではないかと思う」と言っているのですが、森政権の支持率が低下して退陣せざるを得なくなったきっかけが、このえひめ丸事故(と、森首相が事故当時ゴルフをしていたことがマスコミに大きく取り上げられ問題視された。事故当時のゴルフとは全く関係のない森首相がゴルフを楽しんでいる様子が映し出され、イメージを悪くした)だったことは否定できないと思われます。森政権の退陣を、何も関係のないえひめ丸の沈没を引き合いに出して比喩したのなら鳩山氏の言っていることはわかるのですが。さて、このニュースを見て、「誰に対する謝罪なんだろう」と疑問に思う人も多いと思いますが、一番謝罪しなければいけない相手は愛媛県の遺族に対してであろう・・・という意見も出るでしょう。これについては、産經新聞が伝えています。以下、Yahoo!ニュースより引用(元記事)---------------------笹川氏、「沈没」発言で陳謝2月27日12時50分配信 産経新聞 自民党の笹川堯総務会長は27日午前の記者会見で、平成13年に起きた米原子力潜水艦と愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」の衝突事故への対応で、「(森内閣が)あれでやむなく沈没した」と発言したことについて、「不適切な部分があったので取り消させていただきたい。関係者のにご迷惑をかけたので、謹んでおわびしたい」と陳謝した。 愛媛県選出の国会議員を通じ、遺族らに謝罪する意向も示した。-------------------------------------(引用ここまで)産経以外の報道では遺族への謝罪の部分が抜けているのは、後々まで笹川氏のイメージを悪くするような意図が含まれているような気がするのは私だけでしょうか?今後ますます(与党)政治家の発言に対し、あら探しと失言を糾弾する報道が多くなることでしょう。もっと他に報道すべき重要なことはいっぱいあると思うのですが・・・
2009.02.28
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自民党の笹川総務会長が当時の森内閣退陣を「沈没」に例えたことで、波紋が広がっている。色々なメディアでの報道で、「不適切発言」とか、「不謹慎」と叩かれているが(特にみのさんはひどかった)、一体どういう点で不適切だったのかが今ひとつ理解できない。この発言のどこがどういった点で不適切なのか、どの報道もその辺りを感覚的で感情的な側面からでしか「笹川叩き」を行っていないように見える。そこで、この発言が不適切発言かどうかを検証してみる。まずはこの件に関するニュース記事から。以下、Yahoo!ニュースより引用(元記事)------------------えひめ丸事故で森内閣沈没…自民総務会長が不適当発言2月25日0時17分配信 読売新聞 自民党の笹川総務会長は24日夜、都内で開かれた自民党参院議員の会合であいさつし、自らの経歴を振り返る中で、「森内閣の時に閣僚に任命されてうれしかったが、運悪く潜水艦がこともあろうに船の上にドーンと上がって、あれでやむなく(内閣が)沈没した」と述べた。 内閣退陣を、2001年にハワイ沖で実習生ら9人が死亡した愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」と米原子力潜水艦の衝突事故に例えたものだ。党内からも「被害者への配慮を欠いた発言だ」との指摘が出ている。最終更新:2月25日0時17分--------------------------------------(引用ここまで)えひめ丸事件については記憶に残っている方も多いと思うが、記事中にある「2001年にハワイ沖で愛媛県立宇和島水産高校の実習船『えひめ丸』が、急浮上した米原子力潜水艦に衝突され沈没、9名が死亡した」事件であった。そして、当時の森喜朗首相はゴルフ中に事件の一報を聞きながらゴルフ場に待機していたことが大きな問題となり支持率が悪化、2カ月後に森内閣は退陣に追い込まれた。このときの科学技術政策担当大臣が笹川堯氏であり、森内閣退陣とともに辞職した。さて、今回の笹川氏の「森内閣の時に閣僚に任命されてうれしかったが、運悪く潜水艦がこともあろうに船の上にドーンと上がって、あれでやむなく(内閣が)沈没した」という発言について、問題点を検証してみようと思う。1.この発言内容が事実かどうかという問題 この発言自体は、えひめ丸事件とその後の森内閣退陣、そして自らの経歴の中で、当時閣僚に任命された森内閣が退陣したきっかけがえひめ丸事件であることを発言している。これについては、事実関係は多少省略されているが、嘘は言っていない。この発言内容自体については問題視されるものではないと考える。2.沈没という表現が問題か えひめ丸の沈没から2カ月後に内閣が退陣したことについて、「内閣沈没」という比喩を使用している。これについて報道では問題視され指摘をされているが、笹川氏は「あなたたち(マスコミ)も、沈没という例えをするでしょう」と言っている。内閣沈没という言葉自体に問題があるとすれば、それは説明のつくものではなく、感覚的なものではないだろうか。3.犠牲者が出た事故を引き合いに出したのが問題か 私の記憶が確かならば、雲仙普賢岳の大火砕流で犠牲者がたくさん出たことについて、当時首相だった海部氏がNHKの番組で「あの時は大変だった」と発言していたが、これについて問題視されたという話を聞かない。 死者がでた事件事故を発言の中に組み込んだからといって、被害者や遺族への配慮が足りないと批判されるいわれはないと思う。 これが批判されるようでは過去の事件事故について何も言えなくなる。4.沈没表現で笑いを取ろうとした? えひめ丸の沈没と内閣の沈没をかけてウケを狙っていたのでしたら不謹慎ですね。感覚的に問題があるとしたらこの部分かもしれません。 本当にそうならば、報道機関はその点をハッキリとさせて書くのが重要なのではないか?そして、ウケ狙いではなかったのなら不謹慎というものには当たらないと思う。ともあれ、この記事だけで今回の笹川氏の発言が問題発言かどうかを判断することはできないが、マスコミが「問題だ」と報道するとそれを見る方も「そうか、問題なんだ」と思ってしまうのが恐ろしい。善悪を判断するのはマスコミの役割ではないのに。さて、今回の報道で一番かわいそうなのは、犠牲者・遺族の方々だと思います。笹川氏の発言もそうだと思いますが、それ以上に、マスコミが笹川氏の発言を必要以上に問題視するために犠牲者・遺族の方々が利用されているようで仕方がありません。報道記者はこぞって遺族のコメントを取ろうと必死に取材をしたことでしょう。(宇和島水産高校関係者のコメントは見ましたが、遺族の方々のコメントは私の知る限り未だに見ていません)政権交代を早く実現させたいマスコミによる、笹川氏バッシングのため大々的な報道が、遺族の方々への精神的な苦痛にならないか、心配です。
2009.02.26
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アカハラなる言葉があるらしい。何でも「アカデミックハラスメント」つまり、大学内での教授等の教官による嫌がらせのことらしい。以下、Yahoo!ニュースより引用(元記事)------------------------------京大でアカハラ? 院生自殺で調査委設置2月22日15時5分配信 産経新聞 大学院生が自殺したのは「アカデミックハラスメント(アカハラ)が原因だった可能性がある」として、京都大学が調査・調停委員会を設置して調べていることが22日、分かった。 京大によると、同大工学研究科で男性教授の指導を受けていた男子大学院生が昨年3月に自殺。両親が京大に「教授が立場を利用して嫌がらせした可能性がある」と弁護士を通じて調査を求めた。 同大では同年11月に調査・調停委員会を設置、「調査中で詳細は分からない」としている。---------------------------(引用ここまで)このようなアカハラは、何も今に始まったことではない。私Mishizawaが大学院の研究室時代にも、今考えるとアカハラではないかと思うことがたくさんあった。なるほど、10年ほど前には闇に葬られていた教授の高圧的な嫌がらせが最近になって明るみになってきたのだろう。その他にも、教授が学生の就職活動の足を引っ張ったり(最終面接の日に研究室に拘束されたという事例もありました)、人員を確保するために学生を研究室から出したくないのが見え見えだったり・・・他の大学出身の後輩から聞いた話では、「学生には労働組合がないから使いたい放題だ」と公言する大学教授もいたとか。そんな環境下で教授からアカハラを受けても、閉鎖的な大学院の研究室ではこのような問題は明るみに出なかった。今回の事件でアカハラをはじめとする大学院研究室の実像が明るみになった。これがきっかけで、少しでもアカハラがなくなって欲しいと願うMishizawaでした。
2009.02.24
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先月、花見川団地で行われました「ダンパク3 in花見川団地」のレポートが、インターネットのニュースサイト「マイコミジャーナル」に掲載されました。ダンパクの記事なぜ"公団"の団地が魅力なのか - 団地好きが団地に集まり「ダンパク」開催ダンパク当日の雰囲気を良く伝えているレポートです。2ページ目に私Mishizawaの模型も紹介されています。興味のある方は覗いてみてください。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.02.24
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内容に疑問が残る記事を書き散らした結果、発行部数が減少気味の自業自得な朝日新聞が、経済的に苦しくなったのか、国民のお金を脱税という形でちょろまかしました。さすがは反体制を気取っている新聞社だけのことはある。日本国民一人一人から4円ずつ、みんなの知らない間に盗んでいました。もしあなたが日本人なら怒るべきではないでしょうか?それでも朝日新聞を取り続けますか?以下、Yahoo!ニュースから引用(元記事)------------------------------朝日新聞社、4億円所得隠し=カラ出張で架空経費-元京都総局長、編集局長ら処分2月23日17時57分配信 時事通信 朝日新聞社が東京国税局の税務調査を受け、出張費の過大計上などにより2008年3月期までの7年間で約3億9700万円の所得隠しを指摘されたことが23日、分かった。このうち、京都総局が出張費などとして計上した約1800万円については、カラ出張などによる架空経費と認定された。 同社が明らかにした。申告漏れ総額は約5億1800万円に上り、重加算税を含む追徴税額は約1億3900万円となる見通し。 同社は同日、修正申告した上で、当時の複数の京都総局長を停職処分とし、管理責任を問い、東京、大阪、西部、名古屋の各本社編集局長を減給処分にした。 ---------------------------------(引用ここまで)もちろん、朝日新聞のニュースサイトにはこの記事は掲載されていないようです。なんだかんだ言って結局は自分だけがかわいいのでしょう。そして、朝日新聞を購読している人だけがこの脱税事件を知らずに、朝日新聞が正義なのだと思い込んでいることでしょう。朝日新聞が報道機関としての公正さに問題があることを露呈した良い例ですね。そして、身内への処分の甘さ。普通なら懲戒免職でしょう。最後に気になるのが、脱税で貯め込んだ裏金の行方。(以下、憶測)・・・北朝鮮の弾道ミサイルや核兵器になっているんじゃないか?日本国民一人当たり4円の寄付が、北朝鮮のミサイルになって日本に帰ってきました・・・って、シャレにならないよ。(訂正)朝日新聞が脱税したのが4億円なのではなく、所得隠しをしたのが4億円とのことでした。でも脱税は脱税ですが。
2009.02.24
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今月号のRMモデルズに、鉄道模型用の団地模型の新製品情報が載っていました。 欧州型Zゲージの販売で有名なミニチュア模型製作工房・クラフトからオリジナル商品として発売されるとのことです。 模型化される住棟タイプは板状のフラット住棟とスターハウス、それにボックス型ポイントハウス風の住棟の3種類で、それぞれ1/150と1/220の縮尺があるそうです。 クラフトのHPに情報は載っていませんが。 写真を見る限り、レーザーカッティングされたペーパーボード製の組み立て式で、窓枠やバルコニーの柵までリアルに再現。特定のプロトタイプは設定していない模様で、団地だけでなくちょっとした集合住宅にも使えそうなデザインでした。ともあれ、団地模型の製品が一気に3種類も出るとは、良い時代になりましたね。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.02.23
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先日の話題に出てきたAE86のラジコンを入手しました。会社の後輩がいらなくなったからということで、AE86レビンのラジコンをもらいました。これを娘(2歳)のおもちゃにできればいいかな・・・と思っていたのですが。タカラトミーから発売されているドリフトパッケージライトのシリーズ。タカラトミーのHPでは、「・・・1/26スケールと小さいながらも、迫力のあるドリフト走行が誰にでも簡単にお楽しみいただけます・・・」と紹介されており、ドリフトをするためのトイRCのようです。タカラトミー・ドリフトパッケージライトより、AE86レビン。実車のプロトタイプはカローラレビンの後期型と思われる。このドリフトパッケージ、ドリフトを簡単に行えるようにするため、シャーシのメカニズムが変わっている。まずはタイヤ。グリップが大きくなるゴムやスポンジは使用せず、プラスチック製のタイヤを使用することで滑りやすくしている。また、タイヤの厚みが外側と内側で変わっており、つまり片減り状態になっており、タイヤを付ける方向により設置面積を変えるセッティングができる。そして駆動方式はもちろんFR・・・ではなく、何と4WDなのだ。しかも前輪はワンウェイ、一方向にしか駆動力が伝わらない(もちろん前進方向にのみ駆動する)方式を採用、さらに前後のギア比を変えることでドリフトしやすくしている。その他、前輪のホイールアライメントはネガティブキャンバー、トーアウト、キャスター角が付いている。そう、すべてがドリフトを行うためだけに与えられた専用設計なのだ。まずは単4電池5本を送信側に2本、車体に3本組み込み(ちなみに三洋電機のエネループ)、ちょっと走らせてみました。確かにドリフトするのですが、これがまた難しい。コントロールができないのです。まず、タイヤが空転しやすく、まるで氷の上を走っているような感じでした。また、前進・後退・ステアがそれぞれON/OFFしかなく、微妙な調整ができないのです。トイラジコンから派生したシリーズなのでこのあたりは(価格的にも)仕方ないのかもしれませんが、車の基本的な「走る、曲がる、止まる」といった動作ができず、ドリフトしてカウンターを当てて逆ドリ・・・そしてネズミ花火のようにくるくる廻るという動作をします。意外とスピードも出るので、トイラジコンとはいえ、とても2歳児が扱えるシロモのではありません。そこで、タイヤを替えてみることにしました。このドリフトパッケージシリーズに、通常のエアロRCシリーズのタイヤを履かせると普通のラジコンとしても楽しめるとのことです。しかし、エアロRCのタイヤは入手できませんでした。分売パーツとして出ているのかさえ定かではありませんが。そこで、代替品として使用したのがこれ・・・タミヤのミニ四駆用スポンジタイヤ。ナローレストンスポンジタイヤセットです。元のタイヤと比較すると、ちょっと径が小さいのではないでしょうか・・・?無理矢理はめ込みました。スポンジなのでけっこう柔軟性があります。タイヤ自体の径が大きくなった気がします。ボディを載せました。なんか違和感なく付いているように見えます。特に径が大きくなったことで、タイヤとフェンダーの間の大きな隙間が目立たなくなりました。フェンダーとタイヤがツライチに近くなり、実感的でかっこいい・・・ここで問題が発生。タイヤの径が大きくなったことで、ボディのフェンダーに干渉していました。特にフロントタイヤはステアを切れなくなってしまいました。これでは走れません。仕方がないので前輪は元のプラスチックタイヤに戻し、後輪はスポンジタイヤを少々内側にずらしてボディとの干渉を避けました。ちなみにハチロクの実車は後輪が5リンクリジッドサスを採用している関係で後輪が若干左右に動くため、後輪のトレッドを狭くしてフェンダーとの干渉を避けています。このあたりもリアルに再現・・・さて、前輪にプラスチックタイヤ、後輪にスポンジタイヤを採用したこの仕様の走りですが、後輪のグリップが良くなったためドリフトはしなくなりましたが、恐ろしくアンダーステアになりました。また、バック中にステアを切ると簡単にバックスピンターンができるようになりました。まだまだ2歳児が遊べるラジコンにはほど遠い状態です。とりあえず今はこのラジコンで娘を追い回して遊んでいます。おしまい ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.02.21
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Yahoo!ニュースで「トヨタ ライトウェイトスポーツの復活!」 という記事を見つけ、期待したのですが・・・以下、Yahoo!ニュースより引用(元記事)------------------------【トヨタ カローラアクシオ“GT”登場】ライトウェイトスポーツの復活2月19日12時36分配信 レスポンスかつてエンジン排気量1.5リットル前後の車といえば、ライトウェイトスポーツとして、車種もモデルも多数ラインナップされていたカテゴリだ。値段も手ごろでとくに若者や競技のエントリーカーとしても人気を博していた。[カローラアクシオ GT] しかし、いまやリッターカーの上は1.8 - 2.0リットルクラスになってしまい、間がぽっかり空いている。ところが2007年ごろよりこの隙間に動きがなくもない。三菱『コルト』やマツダ『デミオ』、スズキ『SX4』などがスマッシュヒットを飛ばし、トヨタ『カローラ』にターボモデルの「GT」が発売された。正確には、TRDトヨタテクノクラフトが、「カローラアクシオ」の「X」グレードにターボを搭載し、ECU、TRDスポルティーボサスペンション、エアロパーツ、17インチホイールなどを装備した「カローラアクシオ“GT”」だ。クラッチカバーも強化されており、機械式LSDはメーカーオプションで用意されている。これは、明らかに「AE86」を意識したカローラのスポーツモデルといえるだろう。このご時世、ファンにはうれしいモデルの投入だ。開発プロジェクトは08年6月ごろから動かしていたという。同年末には概要が発表され、09年1月のオートサロンでは車両展示が行われているので、媒体で目にしている人もいるだろう。《レスポンス 中尾真二》------------------------------(引用ここまで)以前からささやかれていたトヨタの軽量スポーツカーが復活する「AE86の復活がある」という噂が、ついに現実となったのかと、一瞬思ってしまったのですが、これがそのハチロクの復活だったのかと思うと幻滅しますね。確かに近年ではスポーツカーとして若者の手の届く車が少ないと感じるのですが、ただ単純にカローラをターボ武装し、クラッチや足回りを強化したチューン車の発売記事に、ハチロクを引き合いに出して欲しくないと思うのは私だけではないだろう。これを書いた人はハチロクがどういうものかを理解していないのでは?本当のハチロクファンが読んだら怒るぞ。ハチロクが今でも根強い人気なのは、非力ながらもトヨタ最後の軽量FRスポーツカーだったからというところが大きな理由だと思われる。特に80系カローラはセダン系がFF(前輪駆動)に移行する中で、ハチロクをはじめとするスポーツモデル、カローラ・レビン/スプリンター・トレノを敢えてFR(後輪駆動)として残したことが走り屋の間で高く評価されていると理解する。その後のレビン/トレノは92系、101系、111系と3代続くのだが、駆動方式をFFにしたため、ハチロクほど根強い人気車種にはなっていない。今回のアクシオGTは、キャラクター的にもスパーチャージャーで武装したAE92系にむしろ近いのでは?そもそも、今回の「カローラアクシオ GT」はもともとハチロクを意識して作られたものではないと思う。カローラアクシオをベースにスポーツチューンを施したエントリーカー・・・この車自体にはそれほど嫌悪感を感じない。しかし、この車を「AE86を意識したスポーツモデルの登場!」と宣伝するから角が立つのだ。この記事を書いた記者の罪は重い。
2009.02.20
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公団型団地住棟の模型化。前回までで塗装は終了。いよいよ仕上げを行って完成です。前回、ウェザリングまで行った住棟模型。このままでは建具が取り外されコンクリートスラブだけ残された状態で解体を待つ団地になってしまいます。実際にこのような状態の住棟はあるのですが(周りに足場を組んで防音シートを張るとよりリアルになります)・・・今回はこの住棟に窓サッシやバルコニーの柵を取り付けます。窓サッシは自作です。作り方は、まずパソコンで実寸データを作成し、透明ラベルにアルプスのMDプリンターで白色単色印刷します。印刷面を保護するためさらに透明ラベルを上から貼ってから透明プラ板に貼付けののち切出し、窓サッシパーツを作り窓部分にはめ込んでいます。窓のパーツは裏側から透明ラベルを全面に貼って固定しています。バルコニーの手すりは光栄堂の建築模型用柵パーツ(白色)を使用しています。これをバルコニーの柵部分にぴったりとはまる大きさに切り出し、木工用ボンドで固定しています。光栄堂の建築模型パーツは縮尺が1/100なのですが、1/150スケールでも充分使用できます。団地側面の住棟番号は、本来ならインレタを転写して表現したいところですが、満足なフォントが見つからなかったため、パソコンで作成した数字データをクリアディカールに印刷して貼付けています。今回の団地住棟の壁面のようなつや消しのざらざらとした表面には本来ならディカールを貼るには不向きなのですが、何とか貼付けることができました。また、クリアーの余白部分がうっすらとわかってしまうので、フォントが合えばインレタで表現したいところです。公団団地の住棟番号は俗に「公団フォント」と呼ばれる独特なもので、既製品のインレタにはまずありません。ちなみにこの住棟番号ですが、実物では黒いモザイクタイルを並べて数字を表現しているケースが多く、この部分だけ艶のある質感になっています。屋上にはダストシュートの臭気抜きを付けました。ダストシュートの最上部に板状のフタが少し浮かせた状態で取り付けられ、臭気抜きの開口部に雨が入らないようになっています。実物の団地の屋上にはこの他に換気扇の開口部と思われるものやパイプシャフトの点検蓋のようなものが設置されているのですが、今回は省略しました。以上で住棟部分は完成となります。作例はひばりケ丘団地に実在する44号棟です。植栽も実地調査のうえ忠実に再現しているつもりです。植栽を含めたジオラマベースの作り方はまたの機会に紹介します。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.02.15
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団地めぐり、多摩平団地。今回は最後に残ったエリアのうち3K型住棟エリアを中心に紹介します。まずは豊田駅前からまっすぐ進みます。やがて右手に2DK住棟群が現れました。豊田駅前通り沿いの2DK住棟のうち、一番北側は南階段室型住棟になっていました。南側にバルコニーと階段室があるため、北側は窓しかない殺風景な雰囲気になっています。この建物、知らない人が見たら団地だと気づかないかもしれません。そして、交差点を挟んではす向かいに広がるのが3Kの住棟エリア。・・・今回の団地めぐりはここで時間切れ。また改めて訪問することになりました。2006年 7月 再訪ふたたび多摩平団地にやってきました。写真はかつてテラスハウスがあったエリア。囲いがされていますが、囲いの中は更地でした。そして駅前商店街。団地が消えても商店街は残るようですが・・・そして、3Kエリアへ足を踏み入れました。いきなり団地側面写真。焼却炉の煙突が残る側面ですが、焼却炉スペースは物置に変わっていました。この煙突も穴だらけで、もしかしてこれらの穴から排煙する構造なのでは・・・と疑ってしまいました。まさかぁ・・・住棟南面です。住棟自体は3Kの間取りでバルコニー側に勝手口を持つオーソドックスな造り。バルコニーも2戸1組の、よく見かける構造です。ただし、このエリアの住棟は少なくとも昭和35年までに建てられているのですが、昭和30年代前半の3K型住棟はバルコニーが階段室とは反対側に付くのに対し、この多摩平の3K住棟は階段室と同じ側に付いています。そして、昭和30年代後半になると3K~3DKの住棟ではこのバルコニー配置が当たり前になります。住棟北面です。一見オーソドックスな北階段室型住棟です。しかしよく見ると、サニタリー系の小窓が連続している部分に、ちょっと古めかしい雰囲気を残します。昭和30年代後半に入ると、2DK~3DK型住棟ではトイレとバスルームの窓がそれぞれ独立した小窓になるのですが、この多摩平の住棟ではそれらの小窓がつながっている昭和30年代前半までの設計の名残りが見られます。このように、多摩平の3K型住棟は南面は新しく北面は従来のままの過渡的なスタイルであったことが伺えると思います。集会所がありました。団地内の雰囲気は前回訪問した2DK~1DKエリアとは異なり、空が広く見える、言い方を変えれば高い木があまりない普通の団地のような印象でした。ところで、下の方に気になる柵があります。こんなところに何でしょう。無数の柵で通路が作られています。よく遊園地の順番待ちで並ぶエリアに、このような柵で区切られたとぐろを巻いた通路がありますが、そのような施設なのでしょうか?そもそもこんなところで順番待ちの行列ができるのかと疑問に思いますが、あるとしたら入居者の抽選会場として使用するくらいでしょうか。・・・ただの迷路という話もありますが・・・団地内には駐車場もあります。もはや森の中の団地のイメージはありません。住棟間の小径から見た風景。多摩平団地の他のエリアと比べ、高い木が少なく開放的です。植栽が人工的な感じは多摩平団地の中では異質なエリアです。何処か普通の団地の雰囲気です。プレイロットも整備されています。前回訪問したエリアのプレイロットは森の木々の間にぽつんと遊具が配置されていたのですが、このエリアはプレイロットがはっきりとした区画で区切られています。子供の遊び場を大人が管理し始めた時代の到来・・・この3Kエリアは多摩平団地の中でも多摩平らしからぬ印象でした。まるでこれ以降の団地の形を暗示しているような、そんなエリアでした。以上、多摩平団地でした。
2009.02.14
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団地めぐり、多摩平団地の続き。前回の2DKエリアから道を挟んで南側にある住棟群。こちらは1DKタイプの住棟が並ぶエリア。この中がすごい事になっていました。住棟エリアに足を踏み入れるとこんな雰囲気。団地というよりは、まさに森です。一般に見られる団地のように人工的に植栽を造っただけではここまでの森になるはずはありません。この森のような環境が多摩平団地の魅力といっても過言ではないでしょう。そんな森の中に住棟が建っていました。団地の住棟だけを撮影するのはこの団地では困難です。同住棟の北面も木々に囲まれていました。団地内の通路が森の小径になっており、住人の方は毎日森を歩いています。住棟の南面には芝生があり、ここだけが日の当たる開けたスポットに見えます。こんな背の高い木々に囲まれて、日当りは大丈夫なのでしょうかという心配はあまりしなくても良さそうです。まるで山歩きをしていたら急に開けた尾根に出たような印象。森の中のすべり台。コンクリート製ですが、実は方持ち構造で、裏側に柱はありません。こんなところにも瀟洒な要素が隠されていました。ブランコもありました。遊具エリアと住棟エリアの境が明確でなく、木々の間のスペースに遊具が置いてある感じです。昭和30年代の団地ではこのような感じの配置が多いそうです。森の住棟群を抜けると、いきなり街の光景です。ここは商店街のバックヤード、豊田駅前の通りの裏通り的な道。車があまり来ないので駅へ歩く人が多い。つづく。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.02.13
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団地めぐり、今回は公団多摩平団地の在りし日の姿。撮影 2006年 6月案内板です。この多摩平団地は、中央線豊田駅前に広がる大規模団地でした。案内図は北が左下に来るように書かれていますが、右上が豊田駅、そして豊田駅の通りと、それと直交し緩やかなカーブを描く通り、そして現在は20号バイパスとなっている通り、3つの通りに囲まれた扇状の形でした。住棟はテラスハウスと中層住棟から構成されていましたが、中層棟を豊田駅前通りと現20号バイパスに沿って配置し、中央部分をテラスハウスで埋めるような配置でした。2006年訪問当時、すでにテラスハウスや20号バイパス沿いの中層棟はすでに取り壊され、一部が「多摩平の森」に建替えられていました。豊田駅前通りに沿った中層棟群だけが案内図右側の8の字に区画されたエリアに残っており、これらが最後まで残った住棟群です。豊田駅前通りからはこのような団地の姿を見ることができました。路上パーキングの付いた近代的な道路から雰囲気の良い団地が見えていますが、団地内に足を踏み入れるとそこには都会のけん騒を忘れてしまうような別世界が広がっていました。2DKエリアの住棟の間を抜けて振り返ります。住棟はNSペアと呼ばれる、北階段室型と南階段室型の住棟を南北に採用し、入口を向かい合わせて配置することで住棟間に人が集まるように設計されている部分なのですが、ここに立っている木々が高く、住棟の高さを超えています。多摩平団地は、緑が豊富なのです。その豊富さは尋常ではありません。住棟間の広場にあったジャングルジム。良く見かける四角四面のタイプではなく、優美な曲線をふんだんに使用したデザインは昭和30年代の瀟洒なイメージ。道路を挟んで南側にも住棟群が広がっていました。つづく。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.02.11
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団地めぐり、今回は公団多摩平団地。東京都日野市、豊田駅前に広がっていた緑の多い団地でした。2009年1月、ダンパク3 in 花見川団地から、愛知へ帰る途中に寄りました。多摩平団地の南側に最後まで残った中層棟がまだ現存しているはずでした。豊田駅に近い南側の住棟です。すでに仮囲いや足場、防音シートが設置され、建具は外され、コンクリートスラブの解体を待つ住棟です。ちなみに間取りは1DKのようです。豊田駅前の通り沿いに3棟建っていたはずの2DK型住棟も解体されていました。写真奥に見えるのはスラブが残った南階段室型の住棟。この住棟の手前に、北入り住棟が2棟建っていたはずですが、解体され、すでにありません。また、この住棟の間には木々が豊富にあったはずですが、どこに行ってしまったのでしょうか。2DKエリアから交差点を挟んではす向かいの3K型住棟エリアも、すでに仮囲いで覆われていました。まだ現役の頃から最後まで残ると思われたこのエリアは、窓やバルコニーの柵の撤去がこれからといった感じでした。おそらくは最後に取り壊されることでしょう。この団地内には鉄塔が立っており、仮囲いは鉄塔部分で切れています。この隙間から内部を見ることができるのですが、団地内の撤去はまだ手つかずのようでした。いずれは更地になるのでしょう。これらの写真は1月中旬に撮影したため、現在は工事が進んでいるはずです。次回は多摩平団地の在りし日の姿を紹介したいと思います。つづく。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.02.02
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公団千里竹見台団地の高層スターハウスを模型化できるか検討しています。公団の団地住棟では、5階建てまでの中層住棟は標準設計のようなものがあり、図面は共通の場合が多いのですが、高層住棟ではそれぞれの住棟が一品ものの専用設計のようで、この点が今まで模型化した団地と異なり図面化が難しい部分です。前回の時点で、この住棟についての資料はペーパークラフト写真集「団地さん」しかありませんでした。「団地さん」には、外観の立面の展開図(簡略版)があり、模型化する際にはそのまま使用できるはずですが、なにぶん全体が小さく、詳細な図面は新たに描かなくてはなりません。とりあえずこの「団地さん」をベースに、ネット上の写真をディテール詳細の参考にして図面を描いてみました。今回は試作のため、とりあえず南ウィングの立面のみ作成。(ここでは便宜上、スターハウスの3つのウィングを「南ウィング」、「東ウィング」、「西ウィング」と表現します。)竹見台の高層スターハウスの平面はおもしろい構造で、この南ウィングは内側に廊下があり、その左右にほぼ同一の間取りの1DKの住戸が4戸ずつ並んでいます。この図面はそれらの1DKが1フロア4戸、14階建ての立面となります。この左右対称バージョンが南ウィングの反対側の面に付きます。太い柱の間が1戸分のエリアですが、2つの大きい窓の片方は室内側にセットバックいたバルコニーになっています。(「団地さん」では当然省略されています)これらのバルコニー表現をどうするかが課題です。残りのウィング「東ウィング」「西ウィング」の図面を作る予定ですが、こちらのウィングはちょっと厄介です。間取りは2DKなのですが、南面と北面で図面が異なり、さらにはスキップフロア構造になっています。そして、基本となる間取りが5種類あります。次回、詳細な間取り図の入手について(予定)。 ←他の方の珍しい趣味のブログはこちらから
2009.02.01
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